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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ツチノコ捕獲大作戦
●序
「ツチノコはいるのです」
 その依頼人、田中・智弘(たなか ともひろ)は草間興信所に来て、開口一番にそう言った。草間の加えていた煙草の灰が、ぽろりとその場に落ちた。どうみても中年の男が目をきらきらさせながら言う事は、普通におかしい状況に見える。
「は?」
「いえいえ、ツチノコですよ。知りませんか?」
「……蛇の太い奴みたいな生き物でしょ?名前だけなら知ってますけど」
「そうです。そのツチノコです。いや、最近ツチノコを見たという情報が舞い込んできましてね。是非ともお手伝い頂きたいと思って来たのですよ」
「はあ……」
 何故うちに来る……と草間は小さく舌打ちした。が、どんな依頼でも客は客。飯の種になりうる存在だ。
「それで、今度の日曜日に麝香川(じゃこうかわ)上流で、捜索が行われる事になったんですよ。そこで、是非こちらの調査員の方々にお力を貸して頂きたくて」
「うちの?」
 眉を顰めながら草間が問い返すと、田中はこっくりと頷く。
「腕利きの方ばかりだと聞いておりますし……不思議なものに精通してっらっしゃるとか」
(ある意味はな)
 草間は小さく溜息をついた。田中は「宜しく」と言って『ツチノコ捜索』の内容がかかれているチラシを手渡した。
「では、また日曜日に!あ、それとツチノコを捕獲したら金一封が出るんですよ。100万くらい」
「100万……!」
「私はツチノコが見たいだけですから、賞金は差し上げますよ。依頼料とは別に」
 そう言って、田中は帰っていった。跡に残された草間の顔は輝いていた。プリントには「場所:麝香川、時間:朝10時から夕方4時まで、持ち物は自由、賞金100万円」と書いてある。そこに草間は赤ペンで書き加える。
「これでよし」
 満足げに頷き、壁に貼る。
『参加者は草間まで。ただし、賞金の1割は興信所に納めること!』

●土曜日・午後3時
「毎度、何かありませんか?」
 草間興信所のドアを開けるなり、鋼・孝太郎(はがね こうたろう)は元気良く尋ねた。
「んー……今の所はそれくらいかなぁ」
 何故か妙に元気の無い草間が、一枚のチラシを指差した。壁に貼ってあるチラシを、孝太郎は見る。黒髪の奥に見える緑の目が、大きく見開かれた。
「ひゃっ……百万!」
 孝太郎の頭の中で、金のハンマーがきらきらと煌いた……ような錯覚を覚えた。
(興信所に1割収めるにしても……90万!)
 瞬時に計算が割り出され、大当たりしたスロットのようにじゃらじゃらと頭の中でお金の音が鳴り響いていく。
(そんだけあったら、あれ買って……あれも買って……おお、使い切れないかも?すげっ!)
 様々な孝太郎の欲しい商品が流れていき、最終的に一つのものに辿り着く。……肉。
(何てったって、肉が食える!肉!)
 脳内で、じゅう、と肉が焼ける映像が流れる。分厚く切られた肉から滴る肉汁、広がる肉の焼ける匂いと煙。熱くなっている鉄板に、ステーキソースが流れ落ちてそれもまた、じゅう、と音をたてる。
「えーっと……鋼君?」
「おっと」
 草間に呼ばれて気付いた孝太郎は、ごくり、と涎を飲み込んだ。
「参加してみたらどうだい?」
「そうですね!本当、そうですよ!」
 妙に力強く孝太郎は頷いた。頷いた動作の裏には、「肉」の文字。
「そうか!頑張ってくれよ、是非とも」
 草間も妙に力強く頷いた。何かあったのかと疑いたくなるほどの力強さ。
「じゃあ、俺、見回りがあるんで」
(そして、明日は肉)
 孝太郎はもう一度チラシを確認し、『参加者は正午にスタート地点に集合の事』という文字を頭に入れてから、敬礼して草間興信所を後にしようとする。
「ああ、鋼君」
「はい?」
 不意に呼び止められ、孝太郎は振り向く。実に真剣な顔つきで、草間はじっと孝太郎を見る。真剣な眼差し。
「本当に、頑張ってくれよ?」
「それはもう」
「出来れば、大きな酒瓶を持ったお兄さんよりも早くにね?」
「へ?」
 一瞬、孝太郎の目が点になる。一体何のことだか訳が分からない。
「今は分からなくてもいいんだが……明日になれば分かるさ」
「はあ」
 不思議そうに孝太郎は答えて「では」と言い、今度こそ草間興信所を後にしようとする。
「いいね?大きな酒瓶を持ったお兄さんだよ?!」
 孝太郎の背中に、草間の声が追ってきた。孝太郎はそれを不思議に思いつつも、とりあえず心には留めておく。
(それにしても……何を持っていこうかな。ツチノコかぁ……蛇みたいなやつだよな)
 自転車をこぎながら、孝太郎は考える。頬に受ける風が、心地よい。
(そうだ。わんくうを連れて行こう!)
 黒い柴犬のわんくうが、脳内をよぎる。尻尾を振りながら、今も孝太郎の帰りを待っているに違いない。
「一緒に肉食おうな!」
 つい口に出してしまったその言葉に、通りすがりの茶髪の青年がびくりとした。が、孝太郎はそれに気付かずに一心に自転車をこぐのだった。

●日曜日・午前9時40分
 快晴。わんくうもご機嫌。孝太郎は大きく伸びをする。既に麝香川上流に設置された、本部にて登録は済ませた。本部と言っても、簡易テントなのだが。その簡易テントには未だに参加を申し込む登録者が途切れていはいない。
「しっかし、いい天気になって良かったな。な?わんくう」
 孝太郎の言葉に、わんくうは「わん」と一つ吼えて答えた。尻尾も千切れんばかりに振っている。どうみても、どうやっていても……可愛い。連れてきて大正解だと、孝太郎は微笑む。
(頑張ろうな、わんくう。ツチノコ捕獲に成功して、肉だ!)
 孝太郎は川に近付きながら、もう一度わんくうに視線を移す。すると、突如わんくうはグルル、と唸り始めたのだ。川に向かってグルル、と。
「こら!どうしたんだよ?わんくう」
 わんくうは、孝太郎の疑問には答える様子も無く、ただグルル、と唸っていた。
「もう、どうしたんだよー」
 孝太郎はそう言ってわんくうの頭を撫でる。先ほどまで、わんくうの様子に変なところは何処にも無かった。寧ろいつもよりも上機嫌であったほどだ。それなのに、突如わんくうは唸り始めた。川に近付きながら歩いていただけなのに。
(川?……まさか)
 目の前に広がる川には、何も可笑しい所は見受けられない。たださらさらと光を浴びて流れて行く川が、そこにあるだけだ。上流の為か、その水は透き通っている。清浄な空気をその姿から感じるほどに。
「匂いを感じ取っているんですよ」
 突如声がし、孝太郎は振り返る。茶髪に緑の目の青年。彼は孝太郎と目を合わせてにっこりと笑う。
「草間興信所からの調査員の方ですよね?こんにちは。灰野・輝史(かいや てるふみ)です」
 輝史はすっと手を差し出してきた。孝太郎もつられてにっこりと笑って手を握り返す。
「どうも。鋼孝太郎だ。で、こっちは相棒のわんくう」
 わんくうの頭を撫でながら、孝太郎は笑った。輝史も微笑み、わんくうに「おはようございます」と声をかけた。
(いい人だな、この人)
 孝太郎は、直感した。それから、先ほど言われた言葉について尋ねる。
「で、どういう事だ?匂いを感じ取ってるって……」
「この麝香川は、その名の通りに微かな匂いがあるらしいですよ。俺達には分からなくても、わんくうさんには分かったんではないでしょうか」
「匂い……はあ、なるほどね」
 孝太郎はうんうんと頷く。その時、マイクの音源を確かめるようなトントンという音が響いた。そして、中年男性がマイクの前に立つ。依頼人の田中だ。
「えー……時間が参りましたので、これより第一回ツチノコ捜索大会を開催致します」
 孝太郎は周りを見回す。総勢約40名。皆、思い思いの荷物を手に開会式に臨んでいる。
(結構いるな、参加者。……うわ、負けられない!肉!)
「……では、皆様の健闘をお祈りしております」
 挨拶が終了する。そして、注意事項が始まる。田中とは違う、中年女性の声が響く。
「注意事項をお伝えします。時間は今から午後四時までとなっております。登録をされてない方は、まずはこちら本部に登録してから捜索に赴いてください。途中、休憩や帰宅をされても結構ですが、帰られる場合はこちらの本部にまでお伝え下さい」
と、ここまでは他の様々な大会と殆ど代わり映えのしないものであった。確かに、ここまでは。
「尚、ツチノコ捜索において『ハズレ』をひいたとしても持って帰る、破損等の行為はお止めくださいますよう、お願い致します。その場からなるべく動かさないで下さい」
(ハズレだって?)
 集合している皆の頭に、『?』マークが浮かぶ。
「生け捕りした場合は、直ちに本部まで連れてきて下さい。それでは、登録の方をされた方は捜索を始めてください」
 孝太郎と輝史は顔を見合わせた。わんくうは、何事も無かったかのように大きな欠伸をしている。
「聞きました?」
「聞いた……けど」
「ハズレって……どういう事でしょうか」
「いや、オレにはちょっと分からないな……なんて」
(てか、全く分からない。何だろう?ハズレって……)
 一瞬の沈黙。だが、それを破ったのは孝太郎だった。
「ま、考えたって仕方ないから、捜索に行こうぜ」
 苦笑しながら孝太郎が提案する。輝史も苦笑しながら同意する。
「そうですね。では、また正午に会いましょう」
「だな。頑張れよ」
 そう言って二人は別れる。別れてから、ふと孝太郎は気付く。輝史が手に持っていたのは、日本酒であったのだと。
「もしかして、大きな酒瓶持ったお兄さんって……」
 が、同時に孝太郎は否定した。輝史が持っていたのは、決して大きくは無いサイズのものだったからだ。
「ま、いっか」
 孝太郎はわんくうを促し、捜索を開始するのだった。

●午前11時
 わん、とわんくうが吼えた。
「そうか、そっちに何かあるんだな?わんくう!」
 わんくうの呼び声に、足取りも軽く孝太郎は駆けて行く。捜索を開始してから、初めてわんくうが反応を示したのだ。
「そこか!」
 そこにあったのは、大木。高さ10メートルはあろうかという、大木。その根元に向かって、わんくうは必死に吼えている。
「根元かぁ」
 根元といっても、わんくうが吼える場所はほぼ真下に近い。ツチノコがいるとは到底思えない。
(違うんじゃないかな……いや、待てよ。ツチノコって芋みたいな蛇だよな?じゃあ、冬眠している可能性だってあるかもしれない)
 季節的には、まだ蛇が冬眠するには早すぎるような気もした。が、気の早い奴なら冬眠してしまっているのかもしれない。
「問題は、この木をどうするかだよな?わんく……」
 孝太郎はわんくうに話し掛けようとして、気付く。わんくうが二匹に増えていた。……否、わんくうの隣に大きな黒い犬がいたのだ。わんくうよりも少し大きな体つき。
「友達か?わんくう」
 嬉しそうにわんくうは吼えた。どうやら、わんくうと同じ場所にその犬もひかれてきたようだった。
(飼い主は参加者かもしれないな)
 孝太郎は直感的に思う。
「ぽちー、見つけたのか?」
 その時、声がした。丁度スタート地点のあった方から、一人の青年がこちらに向かってきたのだ。黒髪に黒い目、不敵に笑っている口元。彼を待つように、大木の下で黒い犬は尻尾を振りながらちょこんと座っていた。その隣には、わんくう。
「……お友達紹介をしたかったのか?ぽち」
 青年が苦笑しながら犬に話し掛ける。
(ぽちって言うのか)
 孝太郎はうんうん、と頷いてからわんくうに話し掛ける。
「その犬、ぽちって言うのか。良かったな、わんくう。お友達の名前が分かって」
 青年はまた小さく苦笑する。何故だかは知らないけれども。
「俺は影崎・雅(かげさき みやび)。あんたは?」
 雅がにこにこと笑いながら紹介してきた。孝太郎はそこで始めて未だに自分の名を告げていない事に気付いて、小さく慌てた。
「あ、俺は鋼孝太郎。草間興信所の調査員として来たんだ」
「なんだ、仲間か」
 互いに笑う。その時ぽちが「おん」と吼えた。雅に早く木の下を見てくれと言いながら。
「せっかちさんだな、ぽち」
「でも、ここには確かに何かがあるよ。わんくうも騒いでるし」
 孝太郎も、ぽちに賛同する。「ただ、木の下なんだよな」
「木の下か……うし」
(まさか)
 雅は気合をいれ、木の幹を掴む。孝太郎はその光景にぽかんと口をあけた。
(引っこ抜く気なのか?)
 「1、2の……」と雅は合図をする。孝太郎の目が大きく見開く。雅が「3!」と言った時に、大木が根元から抜けたのだ。その木には実がなっていたらしく、木を抜いた衝撃でばらばらと地面に実が落ちていく。
(抜いた!)
「かかかか……影崎さん?だ、大丈夫なのか?」
「……重いな」
(そりゃそうだ!)
 当然の事を雅は言う。雅が木を持ち上げている間に、ぽちとわんくうは木の下にあったものを引っ張り出す。それを確認すると、雅はまた元通りに木を植えた。その時に再び衝撃で実が落ちてくる。
(危ない!)
 孝太郎は自分と雅、そしてわんくうとぽちに降りかかろうとする実を素早く手にとっていく。その鮮やかな動きに思わず雅は手を叩く。
「凄い凄い」
「……影崎さんに言われても」
 雅は「そうかな」と言ってから、ぽちとわんくうの見つけ出したものを見る。土にまみれた、古びられたお菓子の缶。中を開けると、手紙とビーズやブリキの玩具が出てきた。
「これって……」
 雅の言葉をうけ、孝太郎が続ける。
「タイムカプセル……だな」
 恐らくこの木の根元に埋めたものの、場所を忘れてしまったかどうかしたのであろう。取りに来る事なく、埋められたままのタイムカプセルは、育っていった木の根によって再び地上に出る事を遮られたのだ。
「ぽち、これはツチノコさんではなく、思い出の品だよ」
「わんくう。人の夢では、肉は食えないんだぞ」
 人間達は、それぞれの相棒に向かって諭す。が、二匹とも何かを見つけたと言う事に対して妙に誇らしそうにしている。
「「はい」」
 二人は負けを大人しく認め、雅はぽちに豆大福を、孝太郎はわんくうにジャーキーを渡した。二匹とも嬉しそうにそれを味わう。その間に、二人は木の根元に再びタイムカプセルを埋める。今度は見つけやすい所に。
「お、もうすぐ正午か」
 雅が時計を見て言うと、孝太郎もそれに習って時計を見る。時刻は午前11時45分を指していた。
「スタート地点に集合……だっけ」
 思い出すかのように孝太郎が言うと、雅は頷いてからぽちを促す。
「そうそう。……ぽち、行くぞ」
「わんくう、行くよ。……ついでにこれも持って」
 それは、木から落ちてきた木の実だった。何の実かは分からないものの、赤く熟れている実はいかにも甘そうだ。
「……孝太郎君、それどうすんの?」
 雅が恐る恐る尋ねる。孝太郎は胸を張って答える。
「食べるさ。食べられるっぽいし」
「何の実?」
「さあ」
(でも、美味しそうだ)
 孝太郎は苦笑いをしている雅と共にスタート地点に向かう。孝太郎は手の中の木の実を見て思う。ジャムにしたら美味しそうだな、と。

●正午
 草間興信所からの調査員が集合した。先程、集合の合図と思われるホイッスルが鳴り響いたのだ。後で聞くと、それはシュライン・エマ(しゅらいん えま)の声なのだという。黒髪に青の目を持つ、綺麗な女性だ。
「さっきのは、エマさんの声だったんですね」
 にっこりと笑いながら、輝史が言った。
「凄いですね。てっきり、本当のホイッスルだと思いましたよ」
 こちらもにこにこと笑いながら、緩くウェーブのかかった黒髪を一つに束ね、赤の目を持つ青年が言った。九尾・桐伯(きゅうび とうはく)だ。
「本当に俺と同じ声帯を持っているのか、不思議に思えてくるから不思議だよな」
 傍らにわんくうを携え、孝太郎は心から不思議そうに言った。
「にしても、慶悟君。残念だったね、ハズレ」
 にやりと笑いながら雅が言った。真名神・慶悟(まながみ けいご)は黒髪の隙間から黒目の鋭い顔でシュラインを見ていたが、シュラインはにっこりと笑って返していた。先程合流した時に、ホイッスルの正体と共に「ハズレ」を慶悟がひいてしまった事も聞いたのだ。
「とりあえず、お弁当を作ってきたの。食べましょう」
 シュラインが言う。皆「おお」と言いつつ腰掛ける。シュラインの大きな袋から取り出されたお弁当は、彩りも豊かで見るからに食欲を誘った。次々に箸が飛び交い、中身がなくなっていく。シュライン自慢の芋の煮っ転がしは、瞬く間になくなっていった。
「なあ、俺思ったんだけどさ」
 袋から苺大福や団子、それにわらび餅を取り出しながら雅が口を開いた。お弁当は殆どなくなっており、それぞれ茶を飲んだりくつろいだりしていたが、目の前に並べられたデザートに注目する。
「この大会、無意味じゃないのか?」
 雅の言葉に、皆が固まる。単刀直入な雅の言葉に、皆も感じ取っていた何と無くの予感が一致した瞬間だった。
「……実は、俺、麝香川の主様と思われる方と接触したんですが……」
 アストラル視覚を有する輝史が口を開く。「ただ、笑われてしまって」
「私の聴覚にもひっかからないなんて……」
 ソナーにも匹敵する聴覚を持つ桐伯が口を開いた。「ただの一度もですよ?異常ですよ」
「……俺の十二神将も見つけられん」
 現代の陰陽師である慶悟は徐に口を開く。「見つけたのは、ハズレだけだ」
「俺のわんくうもだ!」
 黒い柴犬にジャーキーを与えながら孝太郎が口を開く。「過去からの贈り物なら見つけたけど」
「タイムカプセルな」
 雅が注釈を加える。
「そうよね。まず第一にハズレと言う概念が存在しているのがおかしいのよね」
 雅の持ってきた団子を口に持っていきながらシュラインは口を開く。「それに、目撃証言も怪しいわ」
 皆がしんと静まり返る。……そう、そもそも目撃情報というのがおかしい。本当にいると思っているのに、何故「ハズレ」が存在する?
「……それなんだが、エマ」
 慶悟は口を開いた。皆が慶悟に注目する。
「目撃証言をした者達は、本当に『ツチノコ』を見たんだろうか?」
「……そうですね。嫌な予感がするんですが……」
 輝史は苦笑しながら同意する。
「ハズレを見て、ツチノコだと思った……って事?」
 シュラインが後を続けた。
「確かに、話はつながりますね。『決して壊したり動かしたりするな』っていうところからも。……至極残念ですけど」
 傍らに置いてある大きな荷物に目をやり、桐伯が言った。
「えー!肉……」
 両手一杯に持っていた赤い木の実を袋に詰めていた孝太郎が、思わず声をあげた。
「あーなんかそれっぽい。……ぽち?」
 雅が納得しそうにすると、突如ぽちと呼ばれた黒い犬が走り出した。そして何かを必死で引っ張りながら帰ってくる。慶悟の顔が心なしか青くなる。
「あ、わんくう!」
 ぽちの行動に加担しようと、わんくうが駆け出した。そしてぽちが引っ張ってきたものを一緒になって引っ張る。慶悟は立ち上がって雅と孝太郎に近付く。
「お前ら……」
 それは慶悟の式神だった。大きいサイズの式神を、必死になって引っ張ってきているのだ。思わぬ処遇に、式神が動揺している。
「……アクシデントと言うのは、いつ何時起こるか分からないもんだな、慶悟君」
「……おい」
「……そうだよな。むしろ起こっているアクシデントに真っ向から立ち向かっていくべきだよね」
「……こら」
 シュライン・桐伯・輝史は、顔を見合わせて笑っている。それが慶悟の苛立ちを助長させる。
「もういい!ここにはツチノコなんぞいない!」
 慶悟はそう言って式神を呼び戻す。突如無くなった対象に、ぽちとわんくうが戸惑っている。
「いいハイキングになったと思いましょう。ね?」
 シュラインが目の端にある涙を拭きながら言った。腹を押さえている所を見ると、存分に笑ったのであろう。
「そうですよ。僕は貴重な体験ができましたし」
 輝史が笑いながら言った。
「美味しそうな木の実も取れたし」
 孝太郎が袋につめた木の実を見ながら言った。
「……あんまりいいものではなかったが」
 慶悟が渋い顔で行った。
「まあまあ。お酒でも飲みましょう。折角ですから」
 桐伯が大きな袋から何かを取り出す。中から出てきたのは泡盛。全てを包み込むかのような香りが、辺りに広がる。その場は当然宴会モードになる。
「そういや、俺、伊部屋さんから新製品をもらったんだ」
 ごそごそと雅が袋から饅頭を取り出す。丸い形をした、白い饅頭。
「和菓子の店か?」
 慶悟は眉を顰めながら尋ねる。雅は「そうそう」と頷き返す。
「へえ、何ていうの?」
 シュラインが尋ねると、雅は「コロリン饅頭」と答えた。途端、桐伯が笑い始めた。皆が桐伯に注目する。
「どうしたんです?九尾さん」
 輝史が尋ねると、桐伯は饅頭を一つ取ってにっこりと笑った。
「いるじゃないですか、ツチノコ」
「ええ?何処に?」
 孝太郎が身を乗り出すと、桐伯は微笑を崩さずに言葉を続けた。
「コロリンとは、ツチノコの別名ですよ」

●午後2時
 草間興信所の一行は、思う存分宴会を楽しんでから本部に行く。田中が期待に満ちた目で「見つかりましたか?」と尋ねてきた。雅は何も言わずに饅頭を差し出す。コロリン饅頭だ。
「何ですか?これ」
「ええと……浪漫の欠片……かな?」
 雅はそう言って笑う。
「では、私達はここら辺で帰ります。ツチノコを発見できないみたいですし」
 シュラインが代表してそう告げた。
「そうですか……皆さんの力をもってしても、見つかりませんでしたか。残念です。折角目撃情報もあったんですが……」
(そもそもその目撃情報が間違ってたんじゃ……)
 孝太郎はそう考えて苦笑した。
「では、これを」
 田中はそう言って封筒を6人に渡す。中には鉛筆二本と、何かの紙が入っていた。表の封筒には『参加賞』と書いてある。
「依頼料とは別に。どうぞ」
 笑顔で田中は皆に告げた。皆、貰ってどうしようという顔をしている。
「良かったらまた参加して下さいね!」
(また……?)
 6人は帰りかけてから、立ち止まった。封筒を我先にと開け、中に入っている紙を広げた。そこには『第二回ツチノコ捜索大会開催決定!』とある。
「また……する気なんですね」
 ぽつり、と輝史が呟く。
「こりないですね」
 苦笑し、桐伯が呟く。
「尊敬に値するなあ」
 妙に感心しながら、孝太郎が呟く。
「ある意味誇れるな」
 呆れながら、慶悟が呟く。
「また依頼しに来なきゃいいけど」
 溜息をつきながら、シュラインが呟く。
「いい夢見せて貰ったな、ぽち」
 にやりと笑いながら、雅が呟く。
「ああ、そうそう。1割1割!」
 孝太郎が突如叫んで鉛筆を一本取り出し、シュラインに渡す。
「何?これ」
「1割じゃなくて5割だけどさ、草間さんに渡して」
「え?」
「1割」
 その言葉に、皆が一本ずつ鉛筆を取り出し、シュラインに渡す。シュラインは思わず吹き出した。
「じゃ、帰りましょうか」
と、6本の鉛筆を鞄に入れながらシュラインが皆を促したその瞬間だった。
「チー!」
 ばびゅん!何かがそう叫んで目の前を大きく横切った。何かが、飛んだ。高さは2メートルほどであろうか、かなりの高さだ。そしてその何かはもの凄いスピードで消え去った。遠くから、ゴロゴロと転がるような音が響き、またしんと静かになる。
「……見た?」
 雅の言葉に、皆が頷いた。
「飛んだわね……」
とシュライン。その何かが飛んでいった方向をじっと見ている。
「いたんですね」
と輝史。ぽかんと口を開けたままだ。
「惜しい事をしましたね」
と桐伯。密閉容器と空になった泡盛の入っていた瓶を見つめている。
「……肉が!」
と孝太郎。隣でわんくうが「きゅうん」とないた。
「何て事だ……」
と慶悟。口にしていた煙草に、火をつける様子は無い。
「……どうだろう。ここは何も見なかったと言う事で」
と雅。その提案に皆が頷いた。相手が悪いような気がしてならなかった。皆の心は一つ。
――ツチノコ、転がるしかないくせに飛びすぎ!

 午後5時。孝太郎は山で取ってきた実を取り出し、図鑑とにらめっこしていた。そして見つける。「ヤマモモ」だと。
「わ、食べられるんだ!しかも、ジャムにすると美味しい?」
 どうやら、季節はずれのヤマモモだったらしい。思わぬ収穫だった。
「わんくう、わんくうも食べるか?」
 孝太郎が尋ねると、わんくうは「きゅうん」と一つないた。まるで、肉の代わりに得たものを共に喜ぶかのように。

<依頼完了・秘密共有付>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0332 / 九尾・桐伯 / 男 / 27 / バーテンダー 】
【 0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0843 / 影崎・雅 / 男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】
【 0996 / 灰野・輝史 / 男 / 23 / 霊能ボディガード 】
【 1064 / 鋼・孝太郎 / 男 / 23 / 警察官 】 

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■         ライター通信          ■
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皆様こんにちは、お待たせしました。ライターの霜月玲守です。この度は私の依頼を受けて頂き、本当に有難うござました。
今回は念願のコメディタッチです。いかがだったでしょうか?

鋼・孝太郎さん、初めまして。いかがだったでしょうか?わんくうとのコンビが何とも言えず素敵でした。運動神経の良さは、不思議な所で使ってしまってごめんなさい。全体的に可愛らしい感じにしてみましたが、どうだったでしょうか?

今回、一つ目標がありました。それは、以前やった「どこまでバラバラに動けるか」実験の応用編です。途中で諦めた節があって申し訳ないです。本当はお一人の方に全員一回ずつ会って頂いておこうと思っていたのですが、人数の関係から諦めざるを得ませんでした。すいません。また機会があれば、また挑戦したいと思っております。
とはいっても、やはり今回もそれぞれの文章となっております。同じに見えても、ちょっとずつ違ったりしておりますので宜しければ全員分に目を通していただければ光栄です。

ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその日まで。