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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ツチノコ捕獲大作戦
●序
「ツチノコはいるのです」
 その依頼人、田中・智弘(たなか ともひろ)は草間興信所に来て、開口一番にそう言った。草間の加えていた煙草の灰が、ぽろりとその場に落ちた。どうみても中年の男が目をきらきらさせながら言う事は、普通におかしい状況に見える。
「は?」
「いえいえ、ツチノコですよ。知りませんか?」
「……蛇の太い奴みたいな生き物でしょ?名前だけなら知ってますけど」
「そうです。そのツチノコです。いや、最近ツチノコを見たという情報が舞い込んできましてね。是非ともお手伝い頂きたいと思って来たのですよ」
「はあ……」
 何故うちに来る……と草間は小さく舌打ちした。が、どんな依頼でも客は客。飯の種になりうる存在だ。
「それで、今度の日曜日に麝香川(じゃこうかわ)上流で、捜索が行われる事になったんですよ。そこで、是非こちらの調査員の方々にお力を貸して頂きたくて」
「うちの?」
 眉を顰めながら草間が問い返すと、田中はこっくりと頷く。
「腕利きの方ばかりだと聞いておりますし……不思議なものに精通してっらっしゃるとか」
(ある意味はな)
 草間は小さく溜息をついた。田中は「宜しく」と言って『ツチノコ捜索』の内容がかかれているチラシを手渡した。
「では、また日曜日に!あ、それとツチノコを捕獲したら金一封が出るんですよ。100万くらい」
「100万……!」
「私はツチノコが見たいだけですから、賞金は差し上げますよ。依頼料とは別に」
 そう言って、田中は帰っていった。跡に残された草間の顔は輝いていた。プリントには「場所:麝香川、時間:朝10時から夕方4時まで、持ち物は自由、賞金100万円」と書いてある。そこに草間は赤ペンで書き加える。
「これでよし」
 満足げに頷き、壁に貼る。
『参加者は草間まで。ただし、賞金の1割は興信所に納めること!』

●土曜日・午後3時半
「こんにちは」
 にこにこと笑いながら、灰野・輝史(かいや てるふみ)は草間興信所を訪れた。草間は口に煙草をくわえたまま「おお」と答える。
「どうですか?面白い事件とかはあります?」
「あふあふ」
「……煙草をくわえたまま喋らないで下さいよ」
 輝史が苦笑しながら言うと、草間は一旦煙草を口から外す。
「あるある。そこにチラシが貼ってあるよ」
 口から外した煙草を使って、壁に貼ってあるチラシを指し示す。輝史はそれを辿って、チラシを見る。茶髪の奥にある緑の目が、きらりと光る。
「ツチノコ、ですか」
「うん」
 カチリ、とライターで煙草に火をつけながら草間は答える。
「賞金はともかくとして……」
「ええ?!」
 大袈裟に草間が驚く。何かに怯えているかのような顔でもある。
「どうしました?」
「……いや、何でもないんだけど」
 何事も無かったかのように振舞い、草間は先を促した。
「一度見てみたいですね。割とメジャーな幻獣ですから」
「それで、生け捕りにせずに酒に漬ける……とかは言わないよな?」
(どうしたんですかね?草間さん)
 不思議に思いながらも輝史は首を振った。草間のほっとした安堵感が手にとるように感じられた。何かがあったらしいが、草間は語ろうとはしない。
「お酒に漬けようとしている人がいるんです?」
「……まあね」
 苦笑しながら草間は答える。輝史もつられて苦笑する。
「変な人が多いですねぇ。まだ春じゃないんですが」
「変な人にでも会ったのかい?」
「ええ。自転車に乗っていた警察官の方なんですが……突然叫ばれましてね」
 草間は沈黙したまま、先を促す。
「一緒に肉を食べようとか何とか」
 輝史が言い終わった瞬間に、草間は大爆笑をした。腹を抱えている。
「お知り合いの方ですか?」
「なあに、明日会うって」
「あまり顔を拝見していなかったのですが」
「大丈夫大丈夫。分かりやすいから」
 草間はそう言って手をひらひらと振った。未だに笑みが耐えてはいない。その間にも輝史は思考を巡らす。
(確か、ツチノコは意外と凶暴なんですよね。見た目よりも動作が機敏だそうですし。巣穴は樹木の多い水辺の近くに……)
 チラシにある、麝香川上流と言う文字。
(それでですね。成る程)
「灰野君は、ちゃんと生け捕りにしてくれるよな?」
 妙に期待に満ちた目で草間が見てきた。
「いえ。捕獲しませんよ。元の場所に返します」
「え?」
「だから、元の場所に」
 草間は一瞬沈黙し、「そうか」だけ呟いた。輝史はもう一度チラシを確認する。『参加者は正午にスタート地点に集合の事』とあるのを頭に入れ、苦笑しながら「では」と言って興信所を後にする。
(麝香川……主が蛇神なんですかね。だったら、お神酒でも用意しましょうか)
 一応、文献を探す為に輝史は図書館に向かう。今ならば、図書館も開いている筈なのだから。

●日曜日・午前9時45分
「では、宜しくお願いします」
 輝史はそう言って頭をさげた。麝香川上流に設けられた本部に、たった今登録した所だ。手にはお神酒を携えている。本部として機能している簡易テントには、途切れなく参加者達が登録をしている。恐らくは草間興信所からの調査員もその中にいるのであろうが。
「……まあ、正午にはどうしたってお会いする事になるでしょうしね」
 輝史はそう言い、その場に立つ。そして目を閉じて匂いを感じ取る。昨日行った図書館では、麝香川についての伝承等は見つける事が出来なかったのだ。代わりに、麝香川の由来は知る事ができた。その名のまま、微かに匂いが漂っているのだという。麝香川周辺に生えている草が原因だとか、川に生息するプランクトンが原因だとか色々な説が飛び交っているものの、はっきりとした原因は不明なのだと言う。
「こら!どうしたんだよ?わんくう」
 突如聞こえた聞き覚えのある声に、輝史は目を開けた。確かに聞き覚えのある声だ。そう、昨日聞いた「肉」の声。輝史は草間の言葉を思い返し、その声の方向に近付いていく。調査員の一人である可能性が高い。
「もう、どうしたんだよー」
 そこにいたのは、黒髪に緑の目を携えた青年だった。ぐるる、と唸っている黒い柴犬に向かって心配そうに呼びかけている。
(犬には分かるんですね、この川の匂いが)
 輝史は川に向かって唸る犬を見て、そう考える。犬の嗅覚は人間に比べて何倍も優れている。人間でさえ微かに分かるかもしれない川の匂いに、犬が反応しないわけが無い。
「匂いを感じ取っているんですよ」
 見兼ねて輝史は声をかける。青年がその声に反応して振り返る。輝史はにっこりと笑う。
「草間興信所からの調査員の方ですよね?こんにちは。灰野輝史です」
 すっと手を差し出す。相手もにっこりと笑って手を握り返す。
「どうも。鋼・孝太郎(はがね こうたろう)だ。で、こっちは相棒のわんくう」
 黒い柴犬の頭を撫でながら、孝太郎は笑った。輝史も微笑み、わんくうに「おはようございます」と声をかけた。
「で、どういう事だ?匂いを感じ取ってるって……」
「この麝香川は、その名の通りに微かな匂いがあるらしいですよ。俺達には分からなくても、わんくうさんには分かったんではないでしょうか」
「匂い……はあ、なるほどね」
 孝太郎はうんうんと頷く。その時、マイクの音源を確かめるようなトントンという音が響いた。そして、中年男性がマイクの前に立つ。依頼人の田中だ。
「えー……時間が参りましたので、これより第一回ツチノコ捜索大会を開催致します」
 輝史は周りを見回す。総勢約40名。皆、思い思いの荷物を手に開会式に臨んでいる。
(結構人数が集まりましたね。……皆さん、賞金目当てですかね?)
 何となく、輝史は苦笑した。
「……では、皆様の健闘をお祈りしております」
 挨拶が終了する。そして、注意事項が始まる。田中とは違う、中年女性の声が響く。
「注意事項をお伝えします。時間は今から午後四時までとなっております。登録をされてない方は、まずはこちら本部に登録してから捜索に赴いてください。途中、休憩や帰宅をされても結構ですが、帰られる場合はこちらの本部にまでお伝え下さい」
と、ここまでは他の様々な大会と殆ど代わり映えのしないものであった。確かに、ここまでは。
「尚、ツチノコ捜索において『ハズレ』をひいたとしても持って帰る、破損等の行為はお止めくださいますよう、お願い致します。その場からなるべく動かさないで下さい」
(ハズレ……ですか?)
 集合している皆の頭に、『?』マークが浮かぶ。
「生け捕りした場合は、直ちに本部まで連れてきて下さい。それでは、登録の方をされた方は捜索を始めてください」
 輝史と孝太郎は顔を見合わせた。わんくうは、何事も無かったかのように大きな欠伸をしている。
「聞きました?」
「聞いた……けど」
「ハズレって……どういう事でしょうか」
「いや、オレにはちょっと分からないな……なんて」
(きっと、誰にも分からないですね。大会本部意外は)
「ま、考えたって仕方ないから、捜索に行こうぜ」
 苦笑しながら孝太郎が提案する。輝史も苦笑しながら同意する。
「そうですね。では、また正午に会いましょう」
「だな。頑張れよ」
 そう言って二人は別れる。輝史は手に持つお神酒を一度見て、それから大きな溜息をつく。
「ハズレって……嫌な予感満載の言葉ですね」

●午前11時
「ここら辺でいいですかね」
 輝史はそう言って、手に持っていたお神酒を下に置いた。スタート地点からゆっくりと景色を楽しみながら歩いて約40分。麝香川上流の周辺を歩き、他の参加者達のいない場所にやってきたのだ。これからお神酒を供えようとしているのだ。他の参加者達に邪魔をされたくは無い。それに、万が一ツチノコを発見してしまった場合にツチノコを生け捕られるかもしれない。
「自然のものは自然に帰すのが一番ですよね。絶対に」
 輝史はうんうんと頷く。さらさらと流れる川の水がきらきらと光を浴びて煌く。ここまでくると、麝香川から漂ってくる微かな香りを感じる事もできた。
「これがこの川の由来ですね。……確かに、いい香りです」
 何ともいえない、清々しいような香り。心の中が洗われていくかのようだ。
「……さて、と」
 一通り香りを楽しむと、輝史はお神酒を袋から出す。ぽん、と軽快な音をさせて酒瓶を開ける。その途端に漂う、日本酒独特の香り。それは決して麝香川の香りと喧嘩するようなものではなく、むしろ引き立てあうかのようにも思える。互いが互いを認めているかのようだ。輝史は川辺にそっと酒瓶を立て、深呼吸をする。ゆっくりと、その場を整えていくかのように。目を閉じ、空気を感じ取る。
(ここに流れるのは、どこまでも清浄な空気。ここに広がるのは清浄なる世界)
 何とも心地がよい、と輝史は感じる。自分の備えたお神酒の所為かもしれぬ。ともかく、この場は完全に浄化された状態であるのだ。まるで、生まれたての世界のように穢れを知らぬ。
(主様がいるとしたら、この場以外にはおられぬと言わんばかりの)
『……珍しいな、人間が』
 輝史ははっとして目を開ける。一見何の変哲も無い空間がそこには広がっている。輝史はアストラル視覚を駆使し、その場を見つめる。だんだん、おぼろげながら姿が見えてくる。それは何の姿もしてはいない空気のようだった。輝史のアストラル視覚を持ってしてもはっきりと見る事は敵わぬ、存在。
(このような状態は初めてですね)
 小さく笑い、それでも警戒を怠らずに輝史は構えた。脳内に直接響いてきた声。……否、声ではないのかもしれない。思考として浮かぶ、に近いのかもしれない。
『構えるな、人間よ。我に聞きたい事があるのであろう?』
「……主様?」
 ふふ、と笑ったようだった。姿は見えぬとも、警戒を解いてみれば分かる。相手には殺気や悪意など何も抱いてはいない存在なのだと。
「ツチノコを、探しているのですが」
『ツチノコ……ふふ、ツチノコ』
 主は言葉を繰り返すだけで、答えは与えてはくれない。輝史はじっと待つ。相手は主……神なのかもしれない。急いては事を仕損じる。
『お前はそれを真に欲してはおらぬ。否、欲する事は必要ではない』
 ゆっくりと、輝史に語りかける。
『お前が思うままに在ればよい』
「主様?」
(それが答えですか?)
 果たして、それが本当に主なのかも神なのかも分からない。だが、確実にいえることは今この場に自分と自分以外の存在があるわけで。そしてそれは稀に見る貴重な体験なのだと。
「僕は、ツチノコを捕獲したりしませんから」
(これも答えではなかったですね)
 輝史は自分の発したちぐはぐな問いかけに苦笑する。何を言ってよいのか、何を聞けばよいのかが一瞬分からなくなったのだ。
『知っている。お前は、自然があるがままに在る事を望むものだ』
 そこで、声は完全に消えた。存在も感じられなくなった。一応アストラル視覚を駆使して辺りを見回すが、全く捕らえることは敵わなかった
「結局……貴重な体験をしただけで終わりましたね」
 苦笑しながら輝史は一人ごちた。だが、決して不愉快な体験ではなかった。むしろ、あってよかったのだと考える。
「……おや」
 突如後方から声がした。輝史が振り返ると、そこには緩くウェーブのかかった黒髪を一つに束ねた、赤目の青年が立っていた。手に何か大きな荷物を持ち、にこにこと笑っている。
「日本酒ですね」
 輝史の供えていた酒瓶を見て、そう青年は言った。「ええ」と答えると、青年は荷物を下において再び笑う。
「私は九尾・桐伯(きゅうび とうはく)と言います。草間興信所の調査員で……」
「俺は灰野輝史です。俺も草間興信所から来ました」
 互いに顔を合わせてにっこりと笑う。
「ついつい匂いに誘われてここまで来てしまいましたよ。ひどく、お酒のいい匂いがしたものですから」
「そんなにも匂いましたか?」
「いやいや。私はバーテンダーでね、お酒の匂いに敏感なんですよ」
 にこにこと桐伯は笑った。
「ツチノコは見つかりましたか?」
 輝史の問いに、桐伯は苦笑しながら「いや」と答える。ちらり、と大きな荷物を見ながら。
(一体何が入っているんでしょうか、あの袋)
 輝史はふと気付く。お酒の匂い、バーテンダー、大きな袋。確か、昨日草間が面白い事を言っていた。『ツチノコを捕まえて、酒に漬けようとしている者がいる』と。
「九尾さん、もしかしてその袋の中身……お酒ですか?」
 恐る恐る、といったように輝史が尋ねると、桐伯は大きく頷いた。
「やっぱり分かっちゃいますか。ちゃんと密閉したつもりだったんですが、意外と匂いって漏れるものですね」
(ツチノコを酒に漬ける気なんですね)
 輝史は思わず苦笑した。
「それよりも、そろそろ正午になりそうですが」
 桐伯が時計を見ていい、それに倣って輝史も自分の時計を見る。午前11時40分。そろそろスタート地点に向かった方が良さそうな時間ではあった。
「では、行きましょうか」
 輝史はお神酒を片付けようとして、ふと気付く。暫く、動きが止まってしまったほどだ。輝史の手元を、桐伯はひょいと覗き込む。
「凄いですね。いつの間に飲んだんですか?」
 酒瓶は、空っぽになっていたのだ。あの一時が確かに現実のものであったと思わせるには、充分な効力をもっていた。思わず、輝史の口元から笑みが毀れた。
(主様に気に入っていただけたようですね、このお酒)
 輝史は酒瓶を大事そうに抱え、持ってきた袋に入れた。これは証。確かに自分が主と対面し、主と対話したと言う証なのだ。
「どうしたんですか?嬉しそうですね」
 にっこりと微笑みながら桐伯が言った。輝史もにっこりと笑い返す。桐伯に対しての答えはあえて返さなかった。特に意味は無いけれども。

●正午
 草間興信所からの調査員が集合した。先程、集合の合図と思われるホイッスルが鳴り響いたのだ。後で聞くと、それはシュライン・エマ(しゅらいん えま)の声なのだという。黒髪に青の目を持つ、綺麗な女性だ。
「さっきのは、エマさんの声だったんですね」
 にっこりと笑いながら、輝史は言った。
「凄いですね。てっきり、本当のホイッスルだと思いましたよ」
 こちらもにこにこと笑いながら、桐伯が言った。
「本当に俺と同じ声帯を持っているのか、不思議に思えてくるから不思議だよな」
 傍らにわんくうを携え、孝太郎は心から不思議そうに言った。
「にしても、慶悟君。残念だったね、ハズレ」
 にやりと笑いながら黒髪に黒目の青年が言った。影崎・雅(かげさき みやび)だ。真名神・慶悟(まながみ けいご)は黒髪の隙間から黒目の鋭い顔でシュラインを見ていたが、シュラインはにっこりと笑って返していた。先程合流した時に、ホイッスルの正体と共に「ハズレ」を慶悟がひいてしまった事も聞いたのだ。
「とりあえず、お弁当を作ってきたの。食べましょう」
 シュラインが言う。皆「おお」と言いつつ腰掛ける。シュラインの大きな袋から取り出されたお弁当は、彩りも豊かで見るからに食欲を誘った。次々に箸が飛び交い、中身がなくなっていく。シュライン自慢の芋の煮っ転がしは、瞬く間になくなっていった。
「なあ、俺思ったんだけどさ」
 袋から苺大福や団子、それにわらび餅を取り出しながら雅が口を開いた。お弁当は殆どなくなっており、それぞれ茶を飲んだりくつろいだりしていたが、目の前に並べられたデザートに注目する。
「この大会、無意味じゃないのか?」
 雅の言葉に、皆が固まる。単刀直入な雅の言葉に、皆も感じ取っていた何と無くの予感が一致した瞬間だった。
「……実は、俺、麝香川の主様と思われる方と接触したんですが……」
 アストラル視覚を有する輝史が口を開く。「ただ、笑われてしまって」
「私の聴覚にもひっかからないなんて……」
 ソナーにも匹敵する聴覚を持つ桐伯が口を開いた。「ただの一度もですよ?異常ですよ」
「……俺の十二神将も見つけられん」
 慶悟は徐に口を開く。「見つけたのは、ハズレだけだ」
「俺のわんくうもだ!」
 黒い柴犬にジャーキーを与えながら孝太郎が口を開く。「過去からの贈り物なら見つけたけど」
「タイムカプセルな」
 雅が注釈を加える。
「そうよね。まず第一にハズレと言う概念が存在しているのがおかしいのよね」
 雅の持ってきた団子を口に持っていきながらシュラインは口を開く。「それに、目撃証言も怪しいわ」
 皆がしんと静まり返る。……そう、そもそも目撃情報というのがおかしい。本当にいると思っているのに、何故「ハズレ」が存在する?
「……それなんだが、エマ」
 慶悟は口を開いた。皆が慶悟に注目する。
「目撃証言をした者達は、本当に『ツチノコ』を見たんだろうか?」
「……そうですね。嫌な予感がするんですが……」
 輝史は苦笑しながら同意する。
「ハズレを見て、ツチノコだと思った……って事?」
 シュラインが後を続けた。
「確かに、話はつながりますね。『決して壊したり動かしたりするな』っていうところからも。……至極残念ですけど」
 傍らに置いてある大きな荷物に目をやり、桐伯が言った。
「えー!肉……」
 両手一杯に持っていた赤い木の実を袋に詰めていた孝太郎が、思わず声をあげた。
「あーなんかそれっぽい。……ぽち?」
 雅が納得しそうにすると、突如ぽちと呼ばれた黒い犬が走り出した。そして何かを必死で引っ張りながら帰ってくる。慶悟の顔が心なしか青くなる。
「あ、わんくう!」
 ぽちの行動に加担しようと、わんくうが駆け出した。そしてぽちが引っ張ってきたものを一緒になって引っ張る。慶悟は立ち上がって雅と孝太郎に近付く。
「お前ら……」
 それは慶悟の式神だった。大きいサイズの式神を、必死になって引っ張ってきているのだ。思わぬ処遇に、式神が動揺している。
「……アクシデントと言うのは、いつ何時起こるか分からないもんだな、慶悟君」
「……おい」
「……そうだよな。むしろ起こっているアクシデントに真っ向から立ち向かっていくべきだよね」
「……こら」
 シュライン・桐伯・輝史は、顔を見合わせて笑っている。それが慶悟の苛立ちを助長させる。
「もういい!ここにはツチノコなんぞいない!」
 慶悟はそう言って式神を呼び戻す。突如無くなった対象に、ぽちとわんくうが戸惑っている。
「いいハイキングになったと思いましょう。ね?」
 シュラインが目の端にある涙を拭きながら言った。腹を押さえている所を見ると、存分に笑ったのであろう。
「そうですよ。僕は貴重な体験ができましたし」
 輝史が笑いながら言った。
「美味しそうな木の実も取れたし」
 孝太郎が袋につめた木の実を見ながら言った。
「……あんまりいいものではなかったが」
 慶悟が渋い顔で行った。
「まあまあ。お酒でも飲みましょう。折角ですから」
 桐伯が大きな袋から何かを取り出す。中から出てきたのは泡盛。全てを包み込むかのような香りが、辺りに広がる。その場は当然宴会モードになる。
「そういや、俺、伊部屋さんから新製品をもらったんだ」
 ごそごそと雅が袋から饅頭を取り出す。丸い形をした、白い饅頭。
「和菓子の店か?」
 慶悟は眉を顰めながら尋ねる。雅は「そうそう」と頷き返す。
「へえ、何ていうの?」
 シュラインが尋ねると、雅は「コロリン饅頭」と答えた。途端、桐伯が笑い始めた。皆が桐伯に注目する。
「どうしたんです?九尾さん」
 輝史が尋ねると、桐伯は饅頭を一つ取ってにっこりと笑った。
「いるじゃないですか、ツチノコ」
「ええ?何処に?」
 孝太郎が身を乗り出すと、桐伯は微笑を崩さずに言葉を続けた。
「コロリンとは、ツチノコの別名ですよ」

●午後2時
 草間興信所の一行は、思う存分宴会を楽しんでから本部に行く。田中が期待に満ちた目で「見つかりましたか?」と尋ねてきた。雅は何も言わずに饅頭を差し出す。コロリン饅頭だ。
「何ですか?これ」
「ええと……浪漫の欠片……かな?」
 雅はそう言って笑う。
「では、私達はここら辺で帰ります。ツチノコを発見できないみたいですし」
 シュラインが代表してそう告げた。
「そうですか……皆さんの力をもってしても、見つかりませんでしたか。残念です。折角目撃情報もあったんですが……」
(そもそもその目撃情報が間違っていたのでは)
 輝史はそう考えて苦笑した。
「では、これを」
 田中はそう言って封筒を6人に渡す。中には鉛筆二本と、何かの紙が入っていた。表の封筒には『参加賞』と書いてある。
「依頼料とは別に。どうぞ」
 笑顔で田中は皆に告げた。皆、貰ってどうしようという顔をしている。
「良かったらまた参加して下さいね!」
(また……?)
 6人は帰りかけてから、立ち止まった。封筒を我先にと開け、中に入っている紙を広げた。そこには『第二回ツチノコ捜索大会開催決定!』とある。
「また……する気なんですね」
 ぽつり、と輝史が呟く。
「こりないですね」
 苦笑し、桐伯が呟く。
「尊敬に値するなあ」
 妙に感心しながら、孝太郎が呟く。
「ある意味誇れるな」
 呆れながら、慶悟が呟く。
「また依頼しに来なきゃいいけど」
 溜息をつきながら、シュラインが呟く。
「いい夢見せて貰ったな、ぽち」
 にやりと笑いながら、雅が呟く。
「ああ、そうそう。1割1割!」
 孝太郎が突如叫んで鉛筆を一本取り出し、シュラインに渡す。
「何?これ」
「1割じゃなくて5割だけどさ、草間さんに渡して」
「え?」
「1割」
 その言葉に、皆が一本ずつ鉛筆を取り出し、シュラインに渡す。シュラインは思わず吹き出した。
「じゃ、帰りましょうか」
と、6本の鉛筆を鞄に入れながらシュラインが皆を促したその瞬間だった。
「チー!」
 ばびゅん!何かがそう叫んで目の前を大きく横切った。何かが、飛んだ。高さは2メートルほどであろうか、かなりの高さだ。そしてその何かはもの凄いスピードで消え去った。遠くから、ゴロゴロと転がるような音が響き、またしんと静かになる。
「……見た?」
 雅の言葉に、皆が頷いた。
「飛んだわね……」
とシュライン。その何かが飛んでいった方向をじっと見ている。
「いたんですね」
と輝史。ぽかんと口を開けたままだ。
「惜しい事をしましたね」
と桐伯。密閉容器と空になった泡盛の入っていた瓶を見つめている。
「……肉が!」
と孝太郎。隣でわんくうが「きゅうん」とないた。
「何て事だ……」
と慶悟。口にしていた煙草に、火をつける様子は無い。
「……どうだろう。ここは何も見なかったと言う事で」
と雅。その提案に皆が頷いた。相手が悪いような気がしてならなかった。皆の心は一つ。
――ツチノコ、転がるしかないくせに飛びすぎ!

 午後5時。輝史は家のベッドで反芻する。目を閉じると思い出す、麝香川の主との対話。
「貴重な体験でしたね」
 滅多に会える類のものではないと、経験的にも本能的にも知っている。それに出会う事が出来た自分は幸運だったと、考える。最終的にはツチノコにも会えたのだし。
「いい飛びっぷりでしたね……」
 そう呟くと、輝史は心地よい眠りへと誘われていくのだった。

<依頼完了・秘密共有付>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0332 / 九尾・桐伯 / 男 / 27 / バーテンダー 】
【 0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0843 / 影崎・雅 / 男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】
【 0996 / 灰野・輝史 / 男 / 23 / 霊能ボディガード 】
【 1064 / 鋼・孝太郎 / 男 / 23 / 警察官 】 

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■         ライター通信          ■
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皆様こんにちは、お待たせしました。ライターの霜月玲守です。この度は私の依頼を受けて頂き、本当に有難うござました。
今回は念願のコメディタッチです。いかがだったでしょうか?

灰野・輝史さんのプレイングは、いつもながら民俗学に即していて素敵です。主様との対面はどうしても実現したかったので、させて頂きました。いかがだったでしょうか?

今回、一つ目標がありました。それは、以前やった「どこまでバラバラに動けるか」実験の応用編です。途中で諦めた節があって申し訳ないです。本当はお一人の方に全員一回ずつ会って頂いておこうと思っていたのですが、人数の関係から諦めざるを得ませんでした。すいません。また機会があれば、また挑戦したいと思っております。
とはいっても、やはり今回もそれぞれの文章となっております。同じに見えても、ちょっとずつ違ったりしておりますので宜しければ全員分に目を通していただければ光栄です。

ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその日まで。