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憑着せよ! 憑依武甲ユウレイン!
■ 山中の秘密基地・舞い降りた格闘娘!
ヘリから下ろされると、さすがにあたしもちょっとよろめいた。
なにしろ、草間探偵事務所からここまで、機密保持だとかいう話で、目は目隠しをされ、耳にはヘッドホンをつけさせられて、そこから愛だの涙だの夢だの酒だの男と女だのと、とんでもない音量のド演歌を延々聞かされまくったのだからたまらない。
別に演歌なんてそんなに嫌いじゃない……っていうかあんまり興味もなかったんだけど、この際だからはっきり言わしてもらう。もう嫌いだ。しばらくはCD屋に行っても、着物姿のジャケットだけは見たくない。
「大丈夫?」
目の間を指で揉んでいるあたしの背後で、声。
振り返ると、濃紺のスーツ姿で、スラリとした長身の女の人が立っている。
顔は……まあ、美人の範囲かな。スタイルもいい。年はたぶん、あたしよりちょっと上くらいに見えるから、大体25、6歳くらいだろう。肌のツヤや、体つきからして、エステやジムとかにもきちんと通って、それなりに自分に投資してると見た。
この人が、あたしをここへと連れてきた張本人で、名前はロレイン・フォン・榊原さん。なんでも日系ドイツ人の2世さんなんだそうだ。
まあ、今回のあたしの依頼主、クライアントさんってヤツだね。
「ええ、なんとか」
肩を回しながら、あたしはこたえた。ずっと座りっぱなしだったので、少し身体が固くなってる。
「……ところで、ここどこです?」
それからあたりを見回して、聞いた。
そこは……どうみても完全に森の中といった感じで、この場所の半径10メートル位だけが切り取られたみたいにコンクリートのヘリポートになってる。あとは、もう見えるのは木ばっかりだ。
「うーん、場所はちょっと言えないのよね。ほら、なんといってもうちは秘密機関だし。もし関係者以外に知られちゃうと、まずいのよ」
「まずいんですか?」
「そうね。一生ここから出すわけにはいかなくなる……かな」
「……えーと、なら、別にいいです」
ニッコリ笑って恐い事を言う彼女に、あたしは聞くのをあきらめた。
それにこんな山の中じゃ、あたしの好きな洋服屋さんやお菓子屋さんもあるわけがない。閉じ込められるのなんて、ごめんだ。
「じゃあ行きましょう、こっちよ、ついてきて」
「あ、はーい」
促され、あたしは彼女の後ろについて歩き出した。
同時に、背後で爆音が高く響いて、あたし達の乗ってきたヘリが再び空へと舞い上がる。
これで、とりあえずこの仕事を終わらせないと、帰れなくなったわけだ。何しろここがどこなのかもまったくわからないんだから。
「あの、ところであたし、憑依装甲ってのいうのを着るんですよね? それって、どんなのですか?」
少し考えて、あたしは今度はそう尋ねた。
場所は、エレベーターの中へと移動している。
ヘリポート脇には、地下へと続くこの鉄の箱だけがあって、他には建物なんかも一切なかった。
どうやら、秘密機関とやらの施設は、全部地面の下にあるらしい。
「そうね、簡単に言うと、人為的に霊体を造り出し、それを身に纏う事によって装甲、及び武装とするもの……と考えてくれればいいわ」
「そうですか……」
とか言われても、全然ピンと来ない。
「外見はどんなのです? デザインは? 色は? 感じで言ったら、どんなブランドに似てます?」
「ふふ、気になるかしら?」
「ええ、まあ」
「けど、それはあなた次第よ」
「……え?」
あたし次第って……どういう事だろう?
目をぱちくりさせるあたしを見て、微笑むロレインさんだった。
「そろそろ、着くわ」
彼女の言葉に、チン、という音が重なって、エレバーターが止まった。
ほどなくドアが開き、真っ白な明かりが隙間から入ってくる。
思わず手を目の前にかざして目を細めるあたし。
ロレインさんは、その光の向こうに、
「このコがそうよ。みんな、早速準備に取り掛かって」
と、声をかけた。
その意味を、あたしが理解するよりも早く……
「きゃー、かわいー♪」
「あーん、お肌ぷにぷにー」
「さあさ、ヌギヌギしよーねー」
「あたしたちに、ぜーんぶお任せよーん♪」
いくつもの人影が、そんな事を言いながらどやどやとエレベーターに入ってきた。
なんだか知らないが、白衣を着た若いお姉さん達だ。年はあたしとそんなに変わらない……と思う。
問題なのは、迷った様子もなくあたしを取り囲むと、いきなりこっちの服に手をかけて脱がせ始めたって事。「え? あの、わ、きゃ!」
「はーい、手を上げてー」
「目線こっちねー、はい、チーズ」
「で、つぎはこっち着てー」
「わー、ここもかわいー♪」
「あ、この下着、どこで買ったのー?」
なにがなんだかわからないうちに、あたしは写真を撮られたり、メジャーで身体のサイズを測られたり、電極を身体に付けられて、変な機械で何かのデータを取られたり……
そのままもみくちゃにされる事数分……お姉さん達は入ってきた時と同様、きゃあきゃあ言いながら出ていった。
「…………」
一体……な、なんなの……
身体を硬直させて、呆然と見送るあたしだった。
「ふふ、似合ってるわよ、とても」
「……え?」
ロレインさんに言われて、ようやく気がつく。
あたしの着ているものが、まるで違っていた。
首から下が白銀のタイツのようなものにすっぽりと覆われている。材質はなんなのかはっきりしなかったけれど、軽くて、間接の動きも全然普通だ。よく見ると表面には、まるで電子機器のプリント基板か、人間の神経節ような筋がうっすらと縦横に走ってる。
さらに、額と首には何か金属製の輪がはめられていて、心臓の上には同じ素材の逆三角形のプレート、さらに腰にはごついベルトが巻かれていた。
正直、それらを全部確認して、あたしが最初に思ったのは……ただひとつ。
「……かっこわるい……」
「そう? でも大丈夫よ、それはあくまでベースだから。憑依装甲そのものは、その上に形成されるの」
「ふうん……」
とか言われても、ベースがこれじゃあねぇ……
あんまり期待、できそうもない予感。
「さて、それじゃあ早速実働テストを始めましょうか」
「……え? もうですか?」
「そうよ。善は急げって言うでしょ。じゃ、また後で」
「あの……」
と、あたしはさらに質問しようとしたのだけれど、ロレインさんはさっさとエレベーターを降り、正面に見えるドアへと歩き出した。
彼女が近づくと自動で開き、そこに入っていく。
背中越しに見る中の様子は、まるでSF映画に出てくる巨大宇宙船の司令室か、それこそ秘密基地のような光景だった。
広い部屋になっていて、壁には大小さまざまなモニターがあり、何十人ものオペレーターが端末を操作している。
……なんていうか……すごく本格的だ。
あたしも後を追いかけたんだけど、ロレインさんが入るとすぐに扉が閉じられてしまい、何故かあたしが前に立っても全然開かなかった。
……どゆこと? まだ説明とかほとんどされてない気がするんだけど……
とか、思っていたら……
『これより危険度S級実験を行う。各作業員は所定の位置へ。一般部署要員はシェルターへの非難を勧告する。各部所間の通路も閉鎖、30秒後に当施設全体は完全隔離状態へと移行する。繰り返す──』
ふいにけたたましいサイレンの音がして、そんなアナウンスが聞こえてきた。
証明も落とされ、代わりに非常灯らしい赤く薄暗いものへと変化する。
降りてきたエレベーターの入口と、ロレインさんが入っていった扉の前には、さらに頑丈そうな隔壁が下ろされ、がっちりと閉じられた。
「…………」
え、えーと……さすがにこれは、なんだかとっても危険な雰囲気がするんだけど……
「さて、では絢霞さん、いよいよこれより開始するわ。緊張しないでね、簡単な実験なんだから」
ふと天井の一点から光が壁へと放射されて、ロレインさんの画像を結んだ。どうやらプロジェクターが設置されているみたいだ。
「とてもそうは思えないんですけど……」
「うふふ、気のせいよ」
あたしの言葉に、ニッコリと笑ってそうこたえる彼女。
「……あの、やっぱりもう帰りたいって言っても、ダメですか?」
「もちろんダメ」
あっさりと、笑顔のままで頷かれてしまった。
……断言してやる、この人は美人だけど絶対信用しちゃいけないタイプだ。
ならせめて、報酬アップの交渉でも……と思ったとき、
「……?」
かすかな音が、あたしの耳に飛び込んできた。
■ 誕生・ドレスアップ! ユウレイン!
それは、パタパタという、ハタキをかけるような響きだった。
通路の奥の暗闇から、まっすぐにこちらへと近づいてくる。
「一般には、バタバタとか、ひたひたさんとか呼ばれているものよ」
と、ロレインさんが画面の向こうで説明した。
「……なんですか、それ?」
「姿が見えず、ただバタバタという音と共に迫ってきたり、追いかけてきたりする存在ね。妖怪の類だと言われているようだけど、正体はまだわかってないの。現在全力で研究中よ」
「そんなものが、どうしてここにいるんです?」
「日光のいろは坂で以前から車を追いかける”これ”がいるという情報があって、3週間ほど前に捕獲に成功したのよ。発見から捕らえるまでに、2年の月日がかかっちゃって……大変だったんだから」
「……そうですか」
としか、あたしには言いようがない。
「それで、どうしろっていうんですか、これ?」
「簡単よ。捕まえて」
「……見えないのに?」
「ふふ、あなたが今装着している憑依装甲システムを使えば、難なくできるはずよ。いい、私の言う通りにして。まず、手をこう上げて……」
言いながら、ロレインさんは手足を複雑に動かして……最後にポーズをビシっと決めた。
「これで、あとは最後に”憑着”と叫べば、システムが起動するわ」
「……やらないと、だめなんですか?」
「ええ」
なんて……恥ずかしいシステムなんだろう……
とは思ったけれど、
「あ、そうそう、ちなみに装甲のデザインについては、あなたの頭にあるイメージを再現するように調整してあるわ。もちろん、何も考えなければ、こちらでインプットしたデフォルトの形になるけど」
「……え?」
それを聞いて、少々気が変わった。
「ということは、つまり、あたしの好きな衣装になれるって事ですか?」
「その通り。全てはあなたの想像力次第というわけ」
「……」
なるほど、そうなんだ……
だとしたら、面白いかも。
「やってくれるわね?」
「……」
返事をせずに、あたしは近づいてくる音へと向き直った。
えーと、確かこうやって……
さっき見たロレインさんの動きを思い出しながら、ゆっくりとそれを再現していく。
そして、最後に叫んだ。
「憑着!」
瞬間、まばゆい光があたしから放たれ、全てが白く照らし出された。
驚いたみたいに、バタバタまでもが一瞬止まった気配がする。
『解説しよう! 装着者の音声パターンと変身アクション時の筋肉伝達信号パターンにより起動されたシステムは、わずか6マイクロ秒のうちに本人の霊体分析を行い、霊体を抽出、成型して最良の形での装甲を成す! これにより誕生するのが科学とオカルトの最強融合戦士、憑依武甲ユウレインなのだ!!』
どこからともなく、そんな放送が高らかに流れてきた。
「やった! 成功よ!!」
画面の向こうでロレインさんの嬉しそうな声がして、さらに周囲のオペレーター達の歓声が重なる。
最後の決めポーズを取ったままのあたしは、華麗に変身していた。
全体のシルエットは、不思議の国のアリスの主人公みたいな感じかな。ただし、色は黒で統一してて、おまけにフリルも5割増くらいのフリフリエプロンドレスだ。
スカートはちょい短かめで、代わりに腰に巻かれたリボンは長く、ゆるやかなカーブを描いて床にまで先が届いてる。
足には膝まである白いタイツを履いてて、膝の所に折り返しがあり、そこにもフリルがあるデザイン。そして頭には銀のティアラを載せている。首に巻かれたのと胸の上にある三角のやつと、あとごついベルトは変わらなかったけれど……まあ、それは仕方ないのかもしれない。ちょっと変わったアクセサリと思って、この際ガマンしてあげよう。
「どう、装着した感想は?」
と、聞かれて、あたしは、
「そうね、まあまあかな。でもって……すごく強くなったみたい」
言いながら、走った。
パタパタ言ってる見えないのも速かったけれど、今のあたしも負けてない。
一息で10メートル程の距離を詰め、空中のそいつの気配に向かって床を蹴った。
けれど、ふいにあたしの肩をかすめて、何かが凄い勢いで背後へと駆け抜けていく。
パタパタという音は、それからやや遅れて後ろに流れていった。
……なるほど、音速を超えて急加速ができるってわけね。
なんだか知らないけど、面白いじゃない。
振り返り、ニヤリと笑ったあたしを見て、その妖怪はどう思ったろう。
空中で一回転すると天井に足をつき、反動をつけて再び跳ぶ。
一瞬、全ての音が耳から消えた。
あたしも音速の壁をあっさりと破ってみせたのだ。
慌ててそいつもまた加速しようとしたけれど、もう遅い、というか、あたしの方が断然速い。
──パタパタパタ!
腕の中でじたばたもがくそれは、手触りからして、なんかの鳥みたいに思えた。
大きな羽が両脇に付いてる羽毛の球体……そんな感じ。
すとんと優雅に着地すると、あたしは側のモニターに向かって、こう言った。
「捕まえたよ。これで合格?」
「ええ、もちろん」
画面の中のロレインさんも、親指を立ててみせる。
一瞬遅れて、背後のオペレーターの皆さんも、どっと沸き上がった。
■ 決戦・もう1体のユウレイン!
「呼吸、脈拍その他バイタル値変化なし!」
「システムは92%の稼動状態を保持!」
「現状における人体、及び機体への障害はありません!」
次々にデータを読み上げるオペレーターさん達の声には、興奮の響きが色濃く混じってる。
「……ふふ、完璧ね」
それを聞いて、満足そうに微笑むロレインさんだ。
「次は武装関係のチェックをするわ。いいかしら?」
「……え?」
あたしの頭の中で、直接彼女の声がする。
「システム全体のリンクは、こちらで処理しているの。だから一旦憑着してしまえば、距離に関係なく、貴方の意識に直接情報を送れるわ」
「……ふーん、なるほど」
よくわからないけど、それは便利そう。
「それでは、武装関連のデータを転送します」
という彼女の言葉と同時に、あたしの頭におびただしい情報が流れ込んでくる。使用できる武器と、その形状、使用法に関するものだ。完全に個々の記憶として脳に刻まれていくようで、この方法なら、そこらの機械のようにマニュアルを読んでいちいち理解する手間も必要ないみたい……便利だね、これは。
「どう、わかってくれたかしら?」
「ええ、だいたい」
一通りのデータを受け取ったところで、ロレインさんが言い、あたしはコクリと頷いた。
時間にしたら、ほんの数秒たらずだ。脳にデータが直に送り込まれるので、そんな時間でも十分というわけ。ホント便利だ。
「では、第二段階に移るわよ」
「よーし、来いっ!」
今や、あたしもすっかりやる気になっていた。
「自殺の名所でスカウトしてきた地縛霊!」
『……お嬢さん、一緒に不幸にならないか……』
「たぁぁーーーっ!!」
「そこいらで適当に見つけた動物霊!」
『GRRRRRR……』
「とぉーーーっ!!」
「涙を流す女神像!」
『……』
「うりゃーーー!!」
「懐かしの人面犬!」
『……こっち見てんじゃねーよ』
「くらえーーー!!」
次々と出てくる幽霊や妖怪、その他のなんかよくわからないモノをちぎっては投げちぎっては投げ……はっきり言って無敵だった。
この憑依装甲、ユウレインのおかげで、あたしの感覚は極限にまで研ぎ澄まされ、普段なら聞こえないようなかすかな音も聞くことができたし、霊感なんてないあたしでも、見えないはずの幽霊の姿をはっきり見る事ができた。
おまけに、この装甲……っていうか服自体があたしの霊体で形作られているので、幽霊にもはっきりと触る事ができる。
でもって、触れれば合気道の技が通じるから、霊だろうがなんだろうが関係なく吹っ飛ばせるわけだよね、うん。
「さて、ではこの辺で少し休憩にしましょうか」
「……え?」
ふと言われて、あたし、モニターを見た。
「もう2時間も連続で動いているわ。休んだ方がいいわよ」
「あ、もうそんなに……」
全然気付かなかった。
思った以上に集中していたらしい。
……まあ、楽しんでいた、と言った方が正解かもしれないけど。
「ふふ、じゃあ今警戒態勢を解くわ。ちょっと待ってね」
「はい」
「ところで絢霞さん、アプリコットティー、好きかしら?」
「はい?」
「私、趣味で紅茶も作ってるの。ティーインストラクターの資格も持ってるのよ」
「へえ、そうなんですか」
……多才な人なんだな、ロレインさん。
と、彼女の背後で、チーンという音が響いた。なんだかどこかで聞いた事のある、馴染み深いような響き。
「ちょうどお茶受けのクッキーも焼き上がったわね」
ちらりとそちらを見ると、笑顔でそう言った。
「あの、ひょっとして、そこにオーブンとかあるんですか?」
「ええそうよ。ただでさえここに詰める事が多いから、上に掛け合ってつけてもらったの。他にも専用の大型冷蔵庫やキッチンもあるから、大概のものはできるわよ。調理師や栄養士の資格もってるコもここには多いし」
「……そうですか」
なんか、いろんな意味で凄い所だ、ここって。
なんとなく、あたしも和やかな雰囲気になりかけた……そのとき、
「──っ!!」
何の前置きもなしに、背筋に寒気が走った。
とてつもなく冷たい”何か”が、あたしの身体を刺し貫いていった……そんな感じだ。
顔をそちらに向ける。
自然と、あたしは半身になり、身構えていた。
「……どうかしたの?」
急なあたしの変化に、ロレインさんも怪訝そうに聞いてくる。
けたたましいサイレンの音が響いたのは、その直後だった。
「何事なの!?」
「大変です! 零号試験体が拘束結界シールドを破って暴れています!」
「なんですって!! どうしてあれを破れるというの!!」
「わかりません! 急に奴のエネルギー値が増大して……推測の域を出ませんが、ひょっとして……」
「……同じシステム同士の共鳴……まさか……」
モニターの中のロレインさんとオペレーターさん達の会話も、一気に緊迫したものへと変わった。
──来る!
前方の壁が盛り上がり、破壊音を上げて吹き飛んだ。
そこに開いた大穴から、ぬっと黒い腕が突き出される。
「URAAAAAAAAA……」
不気味としか言いようがない声を上げて全身を現したそいつは……真っ黒いユウレインだ。
ただし、あたしなんかとは全然違って、可愛い所なんかこれっぽっちもない。
骸骨にただ皮を貼り付けただけの痩せこけた姿で、全身のあちこちからねじくれた角が突き出してる。
身体の表面は何かおかしな粘液みたいなのが覆っていて、ぬらぬらと輝いていた。
ぴちゃり、ぴちゃりと、一歩進むごとに湿った音がする。
素直に感想を言わせてもらうとしたら……えらく気持ち悪い。もうそれだけ。
「……なんなの、あれって……」
「今あなたが装着しているのが完成1号体で……あれはその前に作られた起動実験用の先行試作体よ」
「封印していたって、今言ってたみたいだけど」
「ええ、いきなり人間に装着させるわけにはいかなかったから、とある霊体を内部に取り込んで試験を行ったの。それが失敗して……ね」
「一体どんな霊を入れたの?」
「それは……」
一瞬迷った顔をしたロレインさんだったけれど、すぐに表情をあらためると、
「今からデータを送るわ」
言いながら、コンソールを叩き始めた。
「待ってください! それは極秘のデータですよ!」
「構わない、私が責任を取るわ。それにこうなってしまっては、他にあれを止める手段があると思う?」
「……それは……」
問われたオペレーターが押し黙る。データはすぐに転送されてきた。
そいつは……アメリカで10人を殺して死刑になった連続殺人犯の霊らしい。死刑となってからも悪霊となって蘇り、刑務所の人間を5人取り殺している。生前も、そして死後ですら、決して救われない男の人だったみたいだ。
その霊をここの組織の人達が捕獲して、ここに連れ帰り、ユウレインの実験用霊体とした。より強い霊であれば、それだけこのシステムもまた強力なものとなるから。
……その考えは、確かに当たっていた。ただ、作ったここの人達ですら制御できないくらい、そいつは力を得てしまい……あとは、やむなく厳重な結界を施した場所に封じ込めるしかなかった……
「同じシステムで構成されたエネルギー体が近づけば、両者が共鳴して力を増す可能性も十分考えられた……迂闊だったわ」
「……それで、弱点とか、ないんですか?」
「ちょっと待って、あれと戦う気?」
「少なくとも、逃がしてもらえそうにないから」
ゆっくりと、あたしは言った。
奴の目が、こちらへと向けられる。
漆黒に塗りつぶされた体の中で、そこだけ真っ赤に輝く2つの瞳……
それが、一瞬強い輝きを帯びた、と思ったら、
「──!!」
次の瞬間には、あたしの目の前にいた。
「GRAAAAAAA!!」
雄叫びと共に、腕が振られる。
ガードしたけれど、衝撃は吸収しきれない。
「きゃぁっ!」
後方へと、跳ね飛ばされる私。
空中で身を捻って足から着地したけれど、その時には、もうすぐ横に黒いアイツが──
「霊・ブレード!」
足先が霞んだのを見て、あたしはとっさに叫んでいた。
間を置かずに、霊体が凝集し、手の中に剣を創り出す。
──ギィン!!
空気を切り裂いて放たれた相手の蹴りを、あたしは剣で受け流した。
まるで、鋼と鋼がぶつかったみたいな硬質の音が響き渡る。
こいつ……どういう身体してんのよ!
さらに数度、あたしは奴の攻撃を受けきり、そして一旦後方にジャンプした。
……強い。
思わず、奥歯を強く噛み締める。
「大丈夫!?」
モニターから、ロレインさんが聞いてくる。
「ええ……なんとか」
そっちを見もしないで、あたしはこたえた。
「……そう」
それだけで、彼女にも状況は伝わったみたいだ。短い言葉に、ますます苦いものが混じってる。
「弱点は……正直、ないわ」
「でしょうね」
あたしも、それはすぐに認めた。あいつとやりあえば、すぐに分かる。
「もっと正直に言うとね、あなたにはそのシステムに十分に慣れてもらってから、あれを滅ぼしてもらうつもりでいたの。現状ではあたし達にも封じておく以外に手がなかったし、同じシステム同士をぶつけて、やっつけるより他に、いい方法がなかったのよね……」
「……そうですか」
「ごめんなさい、こんな事になってしまって」
「いえ、それより、本当に今は何も手がないんですか?」
「え?」
「このままだと、確かに今のあたしじゃ勝てません。悔しいけど、それはあたしにもわかります。だけど……負けたくない。何かないんですか?」
あたしもまた、自分の今の気持ちを素直に口に出した。
なんだか騙されたみたいなのは気に入らないけれど、それ以上に、あの強いのともっと戦ってみたい……そんな気持ちの方が勝っていた。このままじゃ終われないし、終わりたくもない。
「……」
「……」
しばし、沈黙が流れる。
そして──
「……インフィニティ・コアの準備をして頂戴」
ロレインさんは、背後のオペレーターさん達に、そう告げた。
「な、なにを……」
「ちょっと待ってください! あれはまだ!」
「いいから、今すぐにセットアップなさい。これは命令よ」
慌てふためくオペレーターさん達とはまるで違って、彼女の声は落ち着いたものだ。
「……なんなんですか、それ?」
と、あたしは聞いた。
「ユウレインシステム全体を強化させるパーツよ」
ロレインさんが、すぐにこたえた。
「今あなたが装着しているものの中でも、頭、首、心臓の上、腰にあるパーツは、特に重要なの。それぞれ人体のエネルギー放出点とも言われるチャクラの場所に対応しているのよね。まあ、細かい説明は省くけど、システムはそこを通して、装着者の人体、及び霊体のエネルギーを増幅させて利用しているというわけ」
「……それで?」
「インフィニティ・コアは、それらのエネルギーをさらに無制限に利用するものよ。装着者の身に危険が及ばない程度に稼動しているシステムを破棄して、望むだけの力を引き出すようにするの」
「凄いじゃないですか。なんでそれを最初から付けておかないんです?」
「……危険だからよ。確かにこれを使えば、肉体的にも精神的にも、人の限界を遥かに超越した超人になれる。けど、その人本来の肉体や精神が超人になったわけじゃない……いわば、50ccのバイクに、F1マシンのエンジンをつけて全力でぶっ飛ばすようなものなのよ」
「なるほど……よくわかりました」
「どう、やめておく?」
「いいえ、すぐに準備して下さい」
「ふふ、そう言うと思った」
ロレインさんが、クスっと笑った。
あたしの口元にも、同じように微笑が浮かぶ。
……こうなったら、トコトンやってやろうじゃない。
あたしに迷いは、なかった。
■ 決着・無限を呼ぶ白き羽、ユウレインよ永遠なれ!
「GUAAAAAAAAA!!」
咆哮と共に襲いかかってくる漆黒のユウレイン。
「このっ!」
剣を振りかざして、あたしも真正面からぶつかった。
鋼の音と同時に、火花が散る。
相手の手や足の動きは、ほとんど見えなかった。
あたしは気配のみで攻撃を予測して、避け、あるいは弾く。
反撃なんて、考えている隙もない。
「GAAA!!」
「わっ!」
手の攻撃を1発受け損ね、身をのけぞらせる。
身体には当たらなかったけれど、近くを通っただけでスカートの端がちょっと裂けた。
……こ、この……
「女の子の服になんてことすんのよ馬鹿っ!!」
思わず頭に血が上り、剣で殴りつける。
……それが、失敗だった。
あっさりと、剣は片手でもって押さえられてしまう。
「あ……」
黒いそいつが、にいっと笑ったように見えた。
「きゃぁぁっ!!」
と思ったら、次には物凄い衝撃が襲ってきて、あたしは簡単に弾き飛ばされる。
ガードした片腕に、ジーンと重いしびれが走った。
床を転がりながらも受身を取り、すぐに起き上がったのだけれど……
「GYAAAAAAAA!!」
そのあたしの目の前に、腕を振り上げた真っ黒い影が。
これはいくらなんでも対処しきれないってば!
隙だらけのあたしは、なす術もなく目を見開き……
──ドン! ドン! ドン!
突如背後で数度音がしたかと思ったら、奴の表面で火花が散った。
「GHAAA!」
攻撃の手を止め、一旦後ろに飛び退いていく。
「大丈夫!?」
と、後ろから走ってくるのは、ロレインさんだ。
手には、なんか大きな銀色の……あれってもしかして拳銃?
どうやらそれで助かったみたいだけど、あの人、射撃までできるんだね……まいった。
「インフィニティ・コアよ! 受け取って!」
反対の手が振られ、あたしへと何かが飛んでくる。
受け取って見てみると、それは銀色のカードだった。表面には真っ白な羽が描かれてる。
「それをベルトに装着するの!」
「GUAAAAA!!」
ロレインさんの説明に、奴の雄叫びが重なった。
黒い稲妻と化して、あたしの脇を通り過ぎ、まっすぐに彼女へと向かう。
すぐに拳銃を構えたけれど、そんなのが効かない事は、ロレインさん自身が良く分かってるはずだ。
まずい!!
細かい事を考えている暇なんか、なかった。
あたしは迷わず、カードをベルトのバックル部分へと差し込む。
そのとたん、最初に変身した時とは比べようもないくらいの閃光があたしを包み、覆い隠していった……
──銃声。
「……」
「……」
その後に訪れる、嘘みたいな静寂。
数枚の白い羽が、ふわりと舞った。
「……間に合ったようね」
と、微笑むロレインさん。
「ええ、バッチリです」
頷いて、あたしも言った。
「GU……UUUU……」
奴の拳は、あたしががっちりと押さえている。
もはや、ビクともしない。
あたしの力の方が、完全に圧倒しているから。
スカートの丈が、少しだけ伸びていた。
黒を基調としたアリス風のドレスはそのままに、さらにフリルが増量し、全体的にフワフワした柔らかい印象になっている。
一番大きな違いは、背中についた小さな純白の羽かな。
袖口とストッキングの脇にも、さらに可愛い羽がちょこんと付いてる。
もう……負ける気はしなかった。
「GUA!!」
退こうとする相手より速くその横に回りこみ、腕を取ると、相手の力を利用して、一気に身体を回転させ、床へと叩きつける。
ドカンと凄い音がして、声を上げる事もできずに、黒い体が床へとめりこんだ。
「……立ち片手取り入り身投げ」
静かに、あたしは技の名を口にする。
「GYAAAAAATH!!」
が、すぐに相手も起き上がって反撃を開始してくる。
拳が、蹴りが、頭突きが、次々にこちらへと打ち込まれてきた。
「……」
あえて反撃はせず、あたしはじっとその流れに身を任せる。
超スピードの動きに対して、視覚に頼る事は無意味だった。
空気の乱れと、相手の気の流れだけを感じて、あたしは全てを紙一重でかわしていく。
いつしか、自然と目は閉じられていた。
もちろん、そうしてもなお、1発たりともかすりもしない。
逆に、動きにより無駄がなくなっていくのを自分でもはっきりと感じる事ができた。
「インフィニティ化は3分が限度よ! それ以上は身体がもたないわ!」
「……了解」
ロレインさんに言われて、あたしは目を開ける。
ちょうど、正面から拳が叩きつけられようとしていた瞬間だった。
「GAAAAA!!!」
あっさりとあたしの身体を貫いて、黒い奴が狂喜の声を上げる。
しかし……それは残像だった。
奴が気がついたときは、もう遅い。というより、多分最後まで気付いていなかったろう。
合気道の動きは、円にある。
さらに、相手の動きに逆らうことなく、むしろその力を最大限に利用して技へと繋げていく事こそ、合気道の極意であり、真髄なのだ。
この時、あたしはその片鱗をわずかばかりだけれど、掴んだような気がした。
相手の伸びきった腕を掴むと同時に、自分の身体を反転させ、思いっきり振り抜く。
──ズドォオン!!
お腹の底に響く音がして、黒い巨体が仰向けに床へと打ちつけられる。
さっきの倍は速く、数倍は威力があったろう。そこには大きなクレーターができあがった。
邪悪なユウレインの瞳からすうっと色が薄れ……消えていく。
悲鳴を上げる事もできず、そいつは静かに機能を停止していった……
「……」
気配が完全に途絶えるのを待って、あたしは息を吐く。
どうやら……勝ったみたいだ。
振り返ってロレインさんにVサインでもしてやろうかと思ったら、くらりと足が乱れた。
「おっと……大丈夫?」
そのロレインさんに、そっと抱き止められるあたし。
「ええ、これくらい別に……」
「ふふ、無理しないで。もうほとんど動けないはずよ」
「そんな事は、ないですよぉ……」
とか言いながら、確かに身体には全然力が入らない。
「ゆっくり休んでいって。医務室に運んであげる。ちなみにうちの医務室のベッドはフランス製よ。寝心地は保証するわ」
「……それはいいですね……あ、でも……」
「なに?」
「……紅茶とクッキー、食べないと……」
「ふふっ、あなたが起きるまで、食べないで待ってるわ」
「…………約束、ですよ……」
「ええ、いいわ」
「なら……安心…………かな……」
「おやすみなさい。そしてありがとう。素敵な武闘家さん」
「…………」
そして、あたしは彼女の優しげな微笑を受けながら、気を失ったみたいだった。
もちろん、彼女が約束を守った事は言うまでもない。
ちなみにロレインさんの入れた紅茶も、焼いたクッキーも、悔しいくらい美味しかった。
……それだけは、最後につけたしとく。
■ END ■
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