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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


殺人マネキンを破壊せよ

 興信所という場所には様々な人間が訪れる。
 それだけに、応対の担当でもある零の肝っ玉たるや、今や相当のものである。
 まあ、彼女の場合は、その出自も大きく関係してはいるが……それはここで語ることでは無い。
 ……ともかく。
 多少のことでは、この可憐な佇まいは動じることは無い――の、だ、が。
「……いッ!?」
 例外はあった。
 零の発したであろう微かな悲鳴に、しかしうっかりソファーで船を漕いでいた草間は、即座に飛び起きた。
 反射的行動と言ってもよいかも知れない。いつも居眠りしては注意されるのが、もはや半分日課となりつつあるのは事実だ。
 だが草間はすぐに、その声に含まれている意味がいつもとは異なることを理解した。
「零ッ!」
「あ、兄さん……」
 唇を抑えながらも向けるその視線の先――玄関に、血まみれのスーツ姿が立っていたからである。
 頭部から出血しているらしく、未だに血は止まっていないらしいが、穏やかではない。
 大きく肩を上下させている。余程の火急の用で、ここに来たのだろうか?
 一瞬の内に、草間の眠っていた意識が情報を構築していく。
 また、普通とは程遠い依頼か、なんて考えるのはとりあえず後にした。
「お前――」
「マネキン……襲われて……なんとか皆で倉庫に閉じ込めて……でもこれからどうすれば……」
「お、落ち着け――」
 が、改まった草間が何か問う寸前に、スーツ姿はその場に崩れ落ちた――

「とりあえず救急車に後は頼んだが……気になるな」
「あの言葉……ですか?」
「マネキン。襲われて。倉庫に閉じ込めて。でもどうすれば。なんのことやら」
 訝しげな表情をしながらに、草間は煙草の煙をくゆらせる。
「ここに来た、ってことは、依頼としてこっちが処理に回ってもいいってことだよな」
「まあ、そりゃそうかも知れませんけど……」
 不満そうな表情を浮かべる零に、草間は笑って、
「もちろん、こんな非現実的で危ない事件(ヤマ)、俺は直接手出ししないさ」
「蛇の道は蛇、ですか……兄さんも人が悪いですね」
 零は呆れて見せるしかなかった。とは言え、少しだけ安心したのも事実だ。
「でも、ちょっとでも無理に聞いておくべきだったか……また経費がかさむな」
 マールボロの火をもみ消しながら、草間は誰とも無しに呟いた。
「その分請求してやるとするか」

 周辺の聞き込みにより原因を探りつつ、服飾倉庫内に閉じ込められた殺人マネキンを、動かぬよう完全破壊せよ。倉庫外に影響しない方法であれば、破壊のための手段や如何は問わない――

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 小さな街灯のきれぎれとした光源が、錆だらけの倉庫を照らし出していた。
 その明りに、一つの影が露になっている。
 年端もいかぬ少女であった。
 その外見や服装は年相応で、誰かが彼女を見れば、彼女自身のことよりも、なぜこのような時間に――深夜に出歩いているのか――といったことを気を向けるだろう。
 だが、少しでも勘の良い人間ならば……はたしてそのような印象を彼女に持つのだろうか?
「……見ない顔だな」
 突然、街灯の届かぬ闇から生じた気配に、少女はにわかに身を震わせた。
 しかし、それも一瞬のことで、すぐさま、平静をも通り越した空虚な表情が甦る。
「……誰」
 斬りつけるような冷たさを持った声だった。
 だが、気配の主はそれに動じることも無く、淡々と言葉を返す。
「先に名乗れ。それが礼儀というものだ」
 男の声とともに、闇に紛れていたシルエットが露になった。
 顎をいじるその仕草すら、何か意味めいたものを感じさせるその佇まい。
 少女は即座に理解した。
 この男は、普通ではない。
「……ササキビ」
「ささきび?」
「ササキビクミノ……名乗ったわ」
「……百目鬼一(どうめき・はじめ)。嬢ちゃんも、草間に頼まれたクチか?」
「そう思ってくれて構わない。あと――」
「なんだ」
「その"嬢ちゃん"というの、やめて」
 クミノから放たれた、凍りつきそうな程冷えた言葉に、百目鬼一は舌を巻いた。
 言葉そのものの意味に対して、では無い。
 これまで彼と共にあり、そしてこれからもあるであろう、依頼による殺しのステージ――"グリム"としての自分が、少女の漂わせる異質な気配に、警鐘を鳴らしたがためであった。
 あくまで今回の話は――その背後には恐らく人の思惟があるのだろうが――モノであるマネキン相手。
 命の危険はあっても、やり取りは無い。だから、身体をなまらせないために首を突っ込んだ。
 何も考えることもなければ、気にすることも無い。むしろ普段のドンパチに比べれば、なんと爽やかな事件(ヤマ)か――と、少々気楽に考えていた……のだが。
 自分の目の前の少女がまとう、この濃厚な死の気配は何だ。
 いや、気配どころではなく、この少女自体が、死そのものを操る者なのではないか?
 何の根拠も無い、しかし幾度と無く百目鬼一……"グリム"を窮地から救ってきた絶対的な勘が、彼の理性に対してひしりあげるように悲鳴を上げていた。
 こいつは、危険だ、と。
 ――とは言え、決して、危険=有害というわけではない。
 そのことを彼は良く知っていた。"グリム"であるがゆえに。
「でも、こんなところで何をしている」
「……関係ないわ」
「ある。草間は聞き込みをする初動段階から、俺達に今回のヤマを委ねたんだ」
「そんな義理無い。草間がやることでしょう」
「……ほぅ」
 クミノの答えに、百目鬼一の唇と目尻が、小さく歪んだ。
「そんな甘ったれた考えを持っているのならば、今すぐ帰れ」
「! 何を――」
「不服か」
 剣呑な表情がそう言っていた。
 先ほどまでの無表情が嘘のように、クミノの貌が怒気に溢れていた。
 どちらにせよ、年頃の少女の見せる素顔ではなかったが。
「もう一度言う。草間は初動段階から俺達に調査を依頼した」
「……何が言いたいの」
「それなのに、嬢ちゃんは自分の都合でそれを履行していない」
「…………」
「そういった、勝手なものの考え方は死に繋がる。どのようなことが嬢ちゃんに出来るかとか、そういった尺度の話じゃない。運命の馬鹿野郎ってのは、今の嬢ちゃんのような感情を抱えている奴に好んで降りかかって来る――そういうものだ、嬢ちゃんが踏み込もうとしている世界はな」
 ……百目鬼一の言う通りだった。
 返せる言葉は無く、クミノにはただ黙ることしか出来なかった。
「文句は無いのか」
「黙っている訳を問われても、黙っていること以外に答え様があって?」
 その小さな体ごと、クミノは百目鬼一から視線を逸らした。
「ただ――」
「ただ?」
「じゃああなたはどうして、ここにいるの?」
「いい質問だ」
 訊かれた百目鬼一の唇が、気まずそうに形の良い歯を見せた。
「聞き込みは他の奴らが――と言っても二人だが――やっている。案ずることは無い。俺ももちろんその場にいたんだが……いたんだがな」
 クミノには、首をかしげることしか出来なかった……が、百目鬼一の苦笑を見る限り、彼がその場にいられぬような些細な問題が、その残りの二人を中心に起こっているらしい、と言うことだけは理解できた。
 何と無しに、クミノは宵闇更けし東京の空、真円に近い月を見上げた。
 ――わたしには、何かを守る力など、あるのだろうか。
 その心中の問いに答える者は、他の誰でもない、自分自身であることを、クミノはまだ知らない。
 忌まわしき修羅の記憶では、その問いを解くことは難しいのだ。



 有限会社大井服飾。
 デザイナーズブランドのアウトレット――型落ち品を専門に扱い、堅実に堅実を重ねるような業務指針によって、危なげなく、しかし確実に利益を上げてきた中小企業である。
 そんな事務所始まって以来の危険な局面が、騒動より一夜経った今、またもや訪れていた。

「「だったらどういうことなのか説明してみろってのよ!」」

 小さなオフィスが、丸ごと揺れるような恫喝であった。
 しかも、それは二人分のそれであり、さらにはその主が、二つとも女性のもの。
 そんな罵声に、大井服飾社長こと大井町勇(おおいまち・ゆう)は、これで何度目になるのか分からぬジェスチュア――頭を抱えるしかなかった。
 すでに、あらゆる説明は終えていたのである。
 倉庫内のマネキンが暴れ出し、棚卸しのために衣服在庫の点検作業をしていた社員一名を襲ったこと。
 棚卸しは既に九割を終えており、その社員を残して社長を始めとした他の面々は帰宅の途についていたこと。
 襲われた社員は命からがら脱出、一つだけの倉庫を即施錠した後、この奇怪な現象に対して警察に駆け込み――はせず、怪奇探偵と名高い草間のところへと助けを求めてきたこと。
 ……そして、施錠後の倉庫は、不気味な沈黙を装っているということも。
 それでも、女二人の追求は、とどまる瀬すら見せることはなかった。
 怨恨の線でも相当に絞られたが、そんなものは無いと言い切った。
 そういう経営を心掛けてきたからこそ、身一つでここまでやって来れたのだ。
 大井町の心の正直なところを思えば、どうしてこんなことになったのかを、逆に誰かに問いただしたいほどであった。今時の言葉で表すならば、"逆ギレ"の心理である。
 それでも、そんなことを喚き散らしたところで、何も状況が変わらないことも分かっていた。
 大井町は、そういった判断能力にも優れた、冷静な男でもあった――それだけに、今回の不可解にして現実味の見られぬ、だが現に被害が出ている事件に対して、どうにも言葉を発することが出来ない現状なのである。
「どんな不確定要素でもいい。俺らの仕事はね、そういったところから糸口を掴むものなのさ」
 そう言って、大井町の机を大仰に叩いたのは、深奈南美(みな・みなみ)。
 その震動に伴う動きで、マニッシュなスーツのアクセントでもあるイヤリング、チョーカー、ブレスレットの貴金属が僅かに擦過音を発する。
 ……悪徳金融の取立屋みたいだな。
 燃えるような、ショートカットの赤毛を目にしながら、そんなことを大井町は思った。ちなみにその印象が半分正解であることを、もちろん彼が知る由も無い。
「そうそう。いつも散歩の時に見る爺さんが今日はいなかったとか、そういうことでもいいんだから」
 相方の言葉に次いだのは、依神隼瀬(えがみ・はやせ)。
 南美に比べてまだ若く、物腰も幾分かは柔らかい。
 ケブラー製のベストとロングパンツ、細い腰に巻かれたウエストポーチといったアウトドア要素を多分に含んだ服装も、快活なその外見にしっかりと収まっている。
 だが、見る者を射抜くような黄金色の瞳といい――これは南美もそうなのだが――決して目そのものが笑っていない、人を戦慄せしめるものを多分に含ませた微笑といい……美という皮を被った鬼女のようだ。
 ここで、二人に対して、最初は男と見紛えた――などと言ったら、どうなるのだろうか?
 そんな他愛の無いことも考えながら、大井町は最近起こったあらゆることを総ざらえし始めていた。
 マネキンが動くこと。それに関係為さそうなことも考える。
 もっとも、彼にしてみれば、そもそもマネキンが動くこと自体、おかしい話なのではあるが。
「……マネキンとは関係あるかどうかは知らないが」
 大井町はゆっくりと口を開き、その事実を耳にした二人は――

「「なんでそういうことを早く言わない!」」

 またもや、恫喝で事務所内を揺るがせた。
 ……社員を休ませておいて良かった。
 大井町は強くそう思いながら、女二人にそのことについての話を始めた――



「……で、何か尻尾は掴めたのか?」
「掴めたも何も……なんだか今回、すんごくヤバイ話かもよ?」
 倉庫の前に介した一同。
 百目鬼一の問いに、真っ先に答えたのは隼瀬であった。
「ヤバイ?」
 倉庫街周辺の廃棄物から見繕って来た鉄パイプ。
 一本を南美に渡しつつ、自分の分を手の内で弄びながら、百目鬼一は聞き返した。
「……霊体の気配もゼロ。あんたの言う通りみたいね――隼瀬」
 鉄パイプを受け取りながらに、携帯電話のディスプレイを見ていた南美も、その問いに同調する。
 ――見かけとはえらくかけ離れた、可愛いストラップつけてるんだな。
 それは百目鬼一ですら知っている、鼠を模した有名なマスコットだったが――何となく身の危険を感じて、そのことに触れるのは止めておいた。
 そんなことよりも、知らなければならないことがあるのだ。
「言う通り、という言葉の意味は?」
 潜め気味に発された百目鬼一の声に、隼瀬は、
「いい? そこのおちびちゃんも今からしっかり、俺の言うことを聞いてよね」
 おちびちゃん、なんて呼ぶな。
 クミノは表情では激しくそう叫んだが、隼瀬の言葉がさすがに気になったため、結局何も言わなかった。
「一週間とちょっと前、この倉庫には小さな隕石が落ちたんだって」
「隕石? あの、宇宙を漂うアステロイドのあれか?」
 隼瀬は肯き、
「その日の内に屋根と内装は補修、隕石もT大学の研究室が高値で買って行った。そして、その一週間後」
 そして、自らの視線を、倉庫の閉じられた横開きのドアに向けた。
「ここでマネキンが暴れ出した。話を聞いた直後に、南美姐さんに調べてもらったんだけど――」
「T大学では何も起きちゃいない、平和そのものってね」
「だから、思うに、その隕石を移動の媒体としていた"何か"が、この倉庫に巣くった、ってことになるわけ。霊体の気配もゼロ。誰かが操っているという線もこれで消えたわ」
 ううむ、と百目鬼一は唸った。
 一方で、クミノの口は呼応するかのように開いた。
「そのマネキンが、機械とか、そういった可能性は――」
「それだと、俺達がそもそもここに現れることが出来ない……良く考えてごらん?」
 問いに応えた南美の頬が、軽くほころぶ。案外、小さな子供には優しい彼女であった。
「確かに。社員が襲われる必然性も無いわね。馬鹿なことを聞いたわ」
「何か思うところがありそうね」
「……無いわ」
 ……奇妙な無言の時間が漂う。
「あら、そう」
 それも一瞬、その程度の間だけであったが。
「でも、これだけは言わせてくれない?」
「……何?」
「事情がどうであれ、目の前の問題や課題、リドルをしっかりと片付けていかないと、望む真実にはたどり着けないものよ」
 クミノの表情が、はっとなる。
「良く、小を追い過ぎて大を見失うな、なんて言うわよね。けれど、小の位置付けを理解出来ない人間が、大を捉えようなんて絶対に出来ない」
「……だから?」
「とりあえず目の前のことに集中しようぜ、ってことね」
 南美のキレ有る爽やかな笑みに、クミノは言葉を詰まらせた。
 それでも、何とか、喉の奥から声をかすれさせながらも、返事だけはした。
「……そうするわ」
「うん、それでこそ世のため人のための業界人」
 世のため人のための業界人。
 クミノにとって、その言葉には格別の響きがあった。
 ……やれることは、誠実にやってみせよう。
 そんな、鉄の決意がクミノの内に生じていた。
 だが、一方で、彼女の初仕事となるこの件が、人知の予想を超えた障害であることも、頭で理解していた。
 それはクミノだけではなく、百目鬼一にとっても同じことである。
 今回の事件……マネキンが人を襲ったことに端を発したこの騒動は、世のため人のためなどという範疇の話ではなかった。
 霊的な原因ではなく、機械でもなく、そして人と人との関係が生みだす意思も絡んでいない。
 そして、鍵となる異質な現象は、隕石の落下。

 ……敵は、星の彼方より来たりしもの。

 ――こんな、鉄の棒きれで戦えるのだろうか?
 百目鬼一の胸に、漠然とした不安がよぎる。
「……おっちゃん」
 自分のことを呼んだ声であると気付くのに、少々の時間がかかった。
 振り向くと、隼瀬が何やらにやにやと頬をはにかませている。
「別に、鉄パイプでやんややらなくてもいいんじゃない?」
「……言っていることの、意味が良く分からないぞ」
 袖振る間もなく、百目鬼一は即答していた。
 隼瀬の言動に、何か一物含んだような恣意を認めたがゆえに。
 だが、その過剰な反応も、無駄の一手であった。
「左脇の下。出し惜しみする必要もないんじゃない?」
「ッ!」
 本来ならば、声に出してしまうような驚きではなかった。
 だが、そう言った相手が、腰のポーチからおもむろに出したのだ――百目鬼一の切り札であるところの獲物と、同等のそいつを。
「俺のはチビッコ・ウージー。見ての通りエアガンなんだけどね……炸裂弾仕様にしてあるし、一応速射・連射性もあるから、狭い倉庫の中じゃ、ワルサーPPKとタメは張れる」
「…………」
 今更、猫を被っても仕方が無かった。
 目の前の娘は、自分が"グリム"であることすら知っているのかもしれない。
 そして、こういうタイプの人間は、なまじ知っていようが知っていまいが、自分のスキルや素性に対してとやかく言う手合いでもない――判断は早かった。
「…………内緒だぞ」
 残りの二人が、微笑とも無関心とも取れる表情をしたのを確認し、百目鬼一は己の獲物を取りだしていた。
 ワルサーPPK。
 サイレンサー機構を砲身内部に押しこめた特注品の、安全装置を静かに解除する。
 最速のタイミングで発砲するため、手作業で遊底をスライドさせ、初弾を送り込んだ。
「俺が斬り込む。二人は援護よろしく――とりあえず、倉庫内にあるマネキンは全部壊すつもりでいくよ」
 南美の言葉に、百目鬼一と隼瀬jは黙って肯く。
「あんたは――とりあえず後ろで見ておいで」
「……子供だから、役に立たないから?」
 クミノの瞳が細くすぼまる。相手を睨んでいるのだ。
 しかし南美は軽くウインクひとつ、
「その逆。あんたの出来ることは草間から聞いてる。だったら、あんた以外の皆が殺られてからが勝負、ってことね」
「…………」
「こらこらー。そんな顔をするんじゃないぞ」
 肩を叩かれ、すぐさま後ろを振り向く。
 隼瀬が、小さな広告用の立看板に寄り掛かりながら立っていた。

 "アクション映画撮影中! 銃撃・爆破シーン有り! 危険につき関係者以外立ち入り禁止!"

「汚い字ね」
「可愛くないなぁ。でも、まあ、こんなの意味無いかもね」
 脚立状の看板を、もっとも入り口に近い街灯の側へと置きつつ、隼瀬は言った。
「相手は本物のエイリアンかも知れないし?」
 その冗談とも真剣とも取れる発言に、三人はそれぞれ、黙って首を縦に振った。
「――行くよ」
 鉄パイプを肩に乗せながら、南美が入り口のドアに張りついた。
 両横開きの出入り口をふさぐ南京錠に向け、銃を模させた左手の人差し指を向ける。
 一瞬の後、錠前は破砕音と共に、地に落ちた。
 "指銃"。
 ――無形の衝撃弾を指で放つ、南美をこの業界の人間足らしめる力であった。
「GO!」
 そして、一気にその左手で、ドアを横に開け放った。
 即座に、姿勢を低くして飛びこむ一同……ッ!



 ――誰も、見たものに対して、声を上げることすら出来なかった。



 倉庫内には電気がついていた。吊るし型の白熱灯である。
 だが、その明りは、侵入者に状況を把握させると同時に、その動きを止めるに足る働きまでもした。
 見えることが、逆に、四人の足を止めたのである。
 整理整頓されていたであろう棚は、その全てが、踏まれた毛虫のように地べたに這いずり固まっていた。
 どれほどの圧力をかければ、スチール製の材質がここまで潰れるのか?
 いや、この程度の異質など、眼前のオブジェクトに比べれば、子供だましにもならないびっくり箱のようなものだろう。
 そいつは、マネキンでありながら、人のかたちをしていた。
 頭部。
 胸部。
 両手両足。
 その各パーツが奇妙な整合性の下に、人の顔を。
 二の腕を。
 そこから伸びた掌と指、そして腰まわりからの肢足を――いびつに、人型を模していた。
 それだけではない。
 背の部分からは、恐らくはマネキンの手足を連結させて骨子を象ったのであろう、一対の翼までもが生えており。
 その翼には、粘着質を伴った、半透明の紅い膜が張られており、それが風を受けるためのものであると、四人に即時理解させた。
 さらに目をこらせば、巨大な偽体は、その膜とほぼ同質と思われる毛細神経線……まるでシナプスのような繊維によって、その身を構築しているようにも思われた。
「……狂ってやがる」
 なんとか声をひしり出したのは、百目鬼一であった。
 先鋒の南美は、身構えながら微動だにしない。

  CYHAAAAAAAAAAAAA!

 偽体の関節――その指先が、不快感を呼び起こすような鈍い音と共に動き、四人を差した。
 それと期を同じくして、四方に散らばっていたマネキン達が……常軌を逸する早さで動き出した!
「なめるなぁっ!」
 位置的に、パーティに一番近かったマネキンが、南美の一刀に首を転がす。
 ――すぐに、南美は、自分の行動が良くない結果を導いたことに気付いた。
 首は飛び、地面を転がって小気味良い音を発したものの。
 ちぎれた粘っこいシナプスの線は、そのまま切れずに伸びきって、首と繋がったままであった。
 もちろん、南美が手にする鉄パイプにも、その繊維質は付着していて――
「なっ……!」
 南美は、確かに己の目でそれを見た。
 鉄パイプに絡んだシナプスが、まるでヒルかスカラベの如く材質の壁を突き破り、あっという間に鋼の獲物が、マネキンと同じように、勝手に脈動し始めたのを――!
「マネキンに直接触るな!」
 言いながら鉄パイプから手を離し、両手を祈るように組み握りして、人差し指を首無しマネキンに向けた。
 瞬間、マネキンの身体は衝撃に宙を舞った……首と鉄パイプが、その慣性に続く。
 厳しい戦いになる――その様を見て、誰もが思った。

 膠着状態に持ちこめたのは、もしかしたら幸運だったのかもしれない。
 そんなことを思いながら、隼瀬は最後の空弾倉を――本来ならば対霊用である水晶弾のものだ――チビッコ・ウージーから外し、そして床に放った。
「おっちゃん、もしかしてそっちも弾無い……?」
「無い。全くな」
 声を枯らせて応じるは、百目鬼一。
 PPKの遊底が引かれたままになっていた。見事な弾切れだった。
 シナプス質の伸縮力が強いために、刃物や鈍器ではそのうごめきを止めることは出来ず。
 射撃に関しても、その弾自体がシナプスの粘りに止められてしまう始末であり、動きを止めるので精一杯であった。
 必殺の策かと思われた、9oパラベラムと炸裂弾の火薬を使用した火勢による攻撃も、マネキンどもの表面を焦がしただけに終わった。
 取れ得る最良の行動は――二人の弾幕によって、マネキン達を足止めし、その間に南美が"指銃"で弾き飛ばすことだった。はたして、それは功を奏した。
 だが、対象へ触れずに済むだけにとどまり、決定的なダメージを与えるには至っていない。
 なんとか、偽体の方に全てのマネキンを押しやることには成功したものの、今や弾薬は尽き、南美も"指銃"の度重なる連射によって、大きく肩を上下させていた。
 立ってもいられない程に全身が悲鳴を上げていたが、ここで倒れれば本当に負けだ――その意地が、彼女を未だ地に立たせていた。



 三人の背中を見て、クミノは強く思う。
 ……こんな敵に、わたしが何を出来るのだ。足手まといにも程がある。
 何も出来ない己の無力を強くなじった。
 自分の力は、人を不幸にするだけで、なのに、こういう時に限って、何の役にも立たない――
 力はある。自分が受けた痛みを、ウエポンに還元する力が。
 だが、その相手は近代兵器を受けつけない。
 効きそうな還元レベルの痛みを受ければ、恐らく自分自身がそのショックで死ぬだろう。
 ……わたしは、こんなにも、弱いのか……胸が絞め付けられた。
 この場を収められないことに。
 そして、目の前の人達を助けられないことに。



「な、に……」
 最初に異変を察知したのは、百目鬼一だった。
 すぐに、女二人もそれに気付く。
 押しこんでいたマネキン達を、偽体がその骨格に取り込み――そして、醜悪な羽をはためかせ始めていた。
 僅かな風圧に、眉を伏せる三人。
「奴……飛ぶ……いけないっ……」
 思考とは裏腹に、身体が言うことを聞いてくれなかった。
 そんな南美の歯軋りは、側にいた隼瀬にも聞こえる程に大きかった。
 だが、隼瀬にしても、何も出来ないのは同じだった。
 マネキン一体すら止められなかったのに、あのような巨大な生体が野に放たれたら……東京の空に羽ばたけばどうなるのか。
「運が良かった、なんて思いたくない――」
 あの偽体は、余計な力を使いたくなかったのだ。だから、最初の一週間は、何もしなかった。
 己が動ける目処のついた先日は、邪魔をされないようにマネキンを動かすにとどめ、そして今日……長い沈黙を経て、自分たちの相手はマネキンに任せつつ、今まさに飛び立つための力を、今の今まで蓄えていた――なんて狡猾な。
「奴が――浮く――」
 完全なる敗北感を胸に、風を受けながら、一同は偽体の飛翔を見守るしかなかった――
 ……
 …………いや。
 一人だけ、ここに来て、絶対的な勝機を掴んだ者がいた。
 そいつはためらうことなく走り出し、既に宙に浮かび、推力で倉庫の屋根を圧壊せんとしていた偽体の足に、ジャンプ一番、取りついていた。
 残りの三人が、その行動に、はっと息を飲んだ。
 直後、破裂音がした。倉庫内が大きく揺れ動き、塵芥が激しく中空を舞い。
 そして、半壊した屋根から、偽体が猛スピードで上昇して行った――東京の、暗き夜空に。
「クミノッ!」
 百目鬼一の叫びは、文字通り、空しく空を切るだけだった。



 クミノは風を感じていた。
 視線を下げる。無数の小さな光から溢れる、見えぬ人たちの鼓動を感じた……そんな気がした。
 見上げれば、暗いだけなのに。
 見下ろせば、こんなにも輝いている。
 柄にも無く、直情で動いてしまったが、それで良かったとクミノは思った。
 わたしが、この光を守れるのならば。
 そのためにならば、この血塗られた命の一つや二つ。
 腕に力はかけたまま、視線を上に戻す。
 シュール・レアリズムのように狂った、マネキン・オブジェの静かな羽ばたき。
 既に、シナプスの束は、異分子であるところのクミノを取りこまんと、彼女の体内に滑りこんでいた。
 正直、虫酸が疾るような思いだった。
 苦痛無く、しかし自分が自分で無くなっていく恐怖感。
 しかし、それにクミノは耐えた――たった一瞬、極度の集中が必要だったために。



「半径10メートルを、死に至らしめる、だと?」
 驚きを隠すこと無く、大声を出した百目鬼一。
 尻餅を付いていた南美はため息を一つつき、
「そう。生きているものであれば、例外無く。約一日でその効果は現れるらしいけど……能力は、時として成長する。今のあの娘だったら――あの澄んだ瞳の光が本物であれば――きっと、あいつを一瞬で殺すことも出来る」
「でも、その後は?」
 言葉を次いだのは、隼瀬。
「いくらそんなこと出来たって、あの子、空、飛べないでしょ?」
「「あっ!」」
 二人の、逼迫した声が重なった。
 だが、そのムードに反するように隼瀬は微笑み、
「大丈夫! CDSにおまかせあれ!」



 たくさんの声が、耳の奥でしていた。
 それは、能力で葬ってきた亡者どもの叫びでもあり、己を呪う己自身の悲鳴でもあり。
 そして、それでも彼女が前を向き続けることを願った人々の――そこには、自分が手にかけてしまった両親もいた――励ましでもあった。
 (……やってみせる……範囲の集中……死の密度を……もっと濃く……たわめて……まとめる……時と距離!)
 シナプスに深く侵食され、感覚の無くなった腕。
 だが、分かる。
 しっかりと、偽体に"触っている"。
(零距離零時間!)
 クミノは目を見開いた。
「行けぇッ!」



 ――瞬間。
 無形の波動が、東京の魔空に波を打った――



 走った。
 走った。
 ひたすらに走った。
 倉庫街に添う人気の無い道路を、隼瀬はがむしゃらに走った。
 偽体の飛び去った方向を目指し、飛ぶような早さで駆けて――
「……天使の……輪っか……?」
 黒い空の変化を目の当たりにしたところで止まり、
「……来る!」
 腰のポーチから、小さなゴム袋のような物を取りだした。
 一本伸びた紐を引く。
 数瞬を以って袋は、隼瀬の両手の上で、大きなゆりかごのような形に膨らんでいった。
「卵も割れない緩衝材さ――見えた!」
 ゆりかごを抱えたまま、隼瀬は軽やかに宙を舞った。
 静かに着地し――そして口端に微笑を浮かべた。
「隼瀬ーっ!」
「大丈夫か――おおっ!」
 南美の声に振り向き、そして百目鬼一の声で、また振り向いた。
 すぐさま目に、そして耳に入ったのは、突き抜けるような裂破連弾奏。
 程無く、重力で粉々になった、マネキンの残骸の山を目にすることが出来た。
 ごくりと唾を飲みこみつつ、隼瀬は腕に抱いたゆりかごを地面に下ろした。
「……寝てるな」
「寝てるわね」
「……この場合、気を失っている、って言うんじゃないのかなぁ?」
 首を傾げながらも、隼瀬は心の内で、眠り姫にこう呟いた。



 おちびちゃん。
 おかげで、この街は――たくさんの人達は救われたよ……



                      Mission Completed.


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0493 / 依神・隼瀬    / 女 / 21 / C.D.S】
【1060 / 百目鬼・一    / 男 / 31 / 喫茶店店員(?)】
【1121 / 深奈・南美    / 女 / 25 / 金融業者】
【1166 / ササキビ・クミノ / 女 / 13 / 殺し屋じゃない】

(整理番号順に列記)

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■         ライター通信          ■
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どうも皆様、初めまして。
この度は、この駆け出し新人Obabaのシナリオをお選び頂き、誠にありがとうございます。
ちなみにまだ二回目です。これからも……と言うにはまだ早いですか、そうですか。

マネキンが動き出すというのはよくある話(ですよね?)だとは思うのですが、
今回のお話は、そんなオーソドックスなものではありませんでしたね(!)。

……たまには、おっそろしくピンチになるのも良いとは思いませんか(言い訳)?

とは言え。
タネを操り人形とか呪術とかにしてしまっては、正直読む方も書く方も食傷気味かなぁ、とも。
スタンダードを期待していたのであれば、ここは頭を下げるしかありません。

ともあれ、皆様の要望通りに、プレイングは反映されていましたでしょうか?
批評、感想、謹んでお待ち申し上げております。

それでは今回はこの辺で失礼します。
シー、ユー、アゲン!