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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:恋に焦がれて鳴く蝉よりも
               鳴かぬ蛍が身を焦がす
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

 草間武彦が、嬉しそうに受話器を置いた。
 浮気調査‥‥。
 嗚呼‥‥まるで探偵のような依頼だ‥‥。
 なんだか喜びに浸ってしまう、三〇歳の初冬である。
 自分でも疑問に思うことがあるのだが、彼は探偵だった。
 もろんそれは完了形で語られるものではなく、いま現在も探偵のはずだ。
 ただし、冠詞に「怪奇」の二文字が付く。
 だが、それも今日で終わりだ。
 これでやっと普通の探偵にもどれるのだ!
 大昔のアイドルグループみたいなことを内心で叫ぶ。
「ふふふ‥‥くくく‥‥ぬはははは!!!」
「なにを笑っているんですか? 兄さん」
 壊れている所長に小首をかしげ、草間零が問いかける。
 血縁はないが、妹である。
「えへへ。見てくれ、零。浮気調査の依頼だ」
「はぁ‥‥」
「依頼主は新藤商事の社長だ。お金持ちだぞ。うへへへ」
「はぁ‥‥」
「どうやら奥さんが浮気しているらしい。きししし」
「はぁ‥‥」
 芸のない返答を黒髪の少女が繰り返す。
 べつに有閑マダムの浮気など珍しくもない。
 なんだって兄は、こんなに嬉しそうなのだろう。
 他人の不幸は蜜の味、というやつだろうか?
 むろん、零には草間の深い悲しみなど判るわけがなかった。
 彼は他人の不幸を喜んでいるのではない。
 怪奇現象などに関わらなくて済む依頼を、純粋に、心から喜んでいるのだ。
「をほほほほほ」
 壊れているが。
「えっと‥‥」
 溜息をついた零が、汚い字のメモ書きを確認する。
 白金台。
 高級住宅街だ。
 なるほど、たしかに高報酬が期待できそうだ。
 とはいえ、所長がこんなありさまでは、尾行も身辺調査もままならないかもしれない。
「私が調査員の人選を進めた方が、まだマシでしょうか‥‥?」
 どこまでも真面目に考える零であった。
 半年ぶりにレゾンデートルを与えられたスチーム暖房が、気怠げに暖気を送っている。



※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。


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恋に焦がれて鳴く蝉よりも
       鳴かぬ蛍が身を焦がす

 人間というイキモノは、なかなかに難儀なものである。
 自分の見たいものしか見ないし、聞きたいことしか聞かない。
 物事を都合よく解釈し、勝手に像を造り出す。
 そしてときには、自分を悲劇の主人公に仕立て自己陶酔に耽溺するのだ。
 たとえば、妻の浮気を疑っている男がいたとする。
 彼は私立探偵を雇って妻の身辺を調査させる。
 その結果、探偵が、
「貴方の細君は、以前と変わることなく貴方だけを愛し続けています」
 と報告したとして、男は信用するだろうか。
 然らず。
 それは、彼が期待した返答ではないからだ。
 彼はいうだろう。
「高い金を取っておいて、まともな調査すらできないのか」と。
 たとえ探偵が事実をありのままに報告したとしても、である。
 では逆に、事実をねじ曲げ、妻が浮気をしていると虚偽の報告をおこなったとしたら。
 おそらく彼は大いに頷く。
「やはりそうか。俺の考えていた通りだ」と。
 人間の心理とは、そういうものだ。
 ほとんどのものにとって、事実より解釈や思いこみの方が大切なのだから。
 まして問題の当事者となれば当然だ。
 自分には関係ないと思えばこそ、人は冷静に、かつ無責任に論評することができる。
 傍目八目、などいう言葉もあることだ。
「‥‥ですが‥‥それこそが人の営みというもの‥‥」
 ゆったりとした口調で、シャルロット・レインが締めくくった。
 白に近い銀色の髪がさらさらと流れ、紅玉のような瞳に微笑のような光が揺れている。
 つかみどころのない女性だ。
 何につけてもはっきりきっぱりのシュライン・エマとは、まるで対極である。
 期せずして、巫灰滋と宮小路皇騎は同じ感想を抱いた。
 むろん、賢明な青年二人は、口など開かなかった。
 赤と黒の瞳から放たれる視線を、ちらりと交錯させたのみである。
 だから、
「失礼。シャルロットさん。私たちは哲学を伺うために訪問したわけではないのです」
 冷静無比な声は、男どもの唇が紡ぎ出したものではない。
 黒の髪、成層圏の色の瞳、処女雪を思わせる白い肌。
 いわずと知れた草間興信所最大の実力者、大蔵大臣の異名を奉られる歴然とした美女だ。
 まあ、他にも色々と肩書きはある。
 怪奇探偵の一番弟子だとか、草間武彦の恋人だとか、札幌の助教授より強いだとか、悪魔が裸足で逃げ出すだとか。
 本人がありがたがっているかは、かなりの勢いで疑問だが。
「もう少し実務的なお話をさせていただいてよろしいでしょうか? シャルロットさん」
 淡々告げる。
 怪奇探偵たちが、この奇妙な女性の住む洋館を訪れたのは、シュラインが言ったように談笑を楽しむためではない。
 現状抱えている調査依頼を追ううち、紆余曲折を経てシャルロットに辿り着いたのだ。
 依頼者である新藤商事社長、そこから伸びる無数の人脈の糸。
 そのうちの一本が、この洋館に繋がっていた。
 新藤氏と交友のある、とある大物政治家。その愛人である妖艶な美女へ、である。
「‥‥判っています‥‥その方の夫人の心‥‥内側を覗けばよいのでしょう‥‥」
 柔らかな声がシャルロットの深紅の唇を動かす。
 まるで幾千年前の錬金術師が心血を注いで作った自動人形(オートマタ)のように。


 そもそも、この依頼は単純きわまるものだった。
 浮気調査である。
 この手の仕事の経験がある巫やシュラインは言うに及ばず、探偵業務の経歴が短い宮小路でも、簡単に解決できるはずだった。
 ターゲットの女性を尾行し、監視を続ければ、いずれ証拠が掴める。
 地味で根気の必要な作業だが、難しくはなかろう。
 にもかかわらず、探偵たちの調査は難航していた。
「あやしい行動はない、か」
 黒い瞳に当惑の表情を浮かべ、宮小路が首を振る。
 眼前に置かれたデスクトップコンピューターのディスプレイには、細かい文字がびっしりと浮かんでいる。
 そして残念ながら、そのなかに有力な情報はない。
「なんか掴めたか? 皇騎」
 声とともに、肩に手が置かれる。
 この馴れ馴れしさは巫だ。
「見ての通りだ」
 振り向きもせずに応える大学生陰陽師。
 えらく素っ気ない態度が、男に愛嬌を振りまいても仕方ない、と、語っている。
 面白くもなさそうに鼻を鳴らした浄化屋が、画面をのぞき込んだ。
 好戦的な彼にしては珍しく反論しなかったのは、まあ、同じような考え方の持ち主だからだろう。
 同族嫌悪というやつかもしれない。
 もっとも、巫としては、ただひとりの女性以外に愛想良くする理由などないのだ。
 怖いしな‥‥と考えたかどうかは微妙だが。
「ま、焦っても仕方ないわよ。ゆっくりやりましょ」
 人数分のコーヒーをトレイに乗せ、シュラインが歩み寄ってきた。
 軽く礼を述べてカップを受け取る浄化屋と陰陽師。
 調査を始めてから三日。さしたる発見もないままに時間だけが過ぎている。
 このようなとき、所長たる草間の推理力は重宝するのだが、なにしろ壊れっぱなしなので、まったくものの役に立たない。
 役所まわりという無難な仕事をシュラインに申し渡され、従事しているのが現状だ。
 しかもそれすらも、妹の零を同行させるというていたらくである。
 どうしてターゲットの過去を調べるのに、二人も行く必要があるというのだ。
「よほど嬉しかったんだろうなぁ。武さん‥‥」
 しみじみと巫が呟いたものである。
 同情の余地はあるのだ。
 三ミリくらいは。
 ノーマルで不健全な探偵を志したはずの草間の元に寄せられる依頼は、哀しいほどに危険で不条理に満ちたものばかりだ。
「そういう星の下に生まれたんだろ。きっと」
 さして興味もなそさうに突き放す宮小路。
 まあ、どうせすぐに怪奇事件の渦中に引き戻される。
 草間に安穏など、たいして似合わないのだから。
「まあまあ。いまは武彦さんより仕事よ」
 と、シュラインがまるで平和主義者のように二人を窘める。
 一応、かばおうとしたのかもしれない。
 直接的な言い回しをしないのは、シュラインだから仕方なかろう。
 浄化屋と陰陽師が苦笑を浮かべる。
 たしかに現状では草間の力量をアテにすることはできない。
 三人で解決するしかないのだ。
 とはいえ、
「いかにも陣容が薄いけどねぇ」
 大蔵大臣の嘆息ももっともである。
「そういうことなら‥‥」
 心づいたように、宮小路がマウスをクリックする。
 モニターの画面が変わり、女性の顔が映し出された。
 ターゲットではない。
「これは?」
 問いかける浄化屋。
 むろん宮小路は説明するつもりである。
「シャルロット・レイン。新藤社長の知己の愛人だ」
「なにか今回の一件と関係あるの?」
「いや。そうじゃない。心理カウンセラーって肩書きを持っているから、仲間に引き入れれば役に立つかと思ってな」
「なるほどねぇ。間接的にでも知り合いを仲介すれば、ターゲットにも接近しやすくなるな」
 腕を組む巫。
 決め手の欠けるいま、あるいは有効な手段かもしれない。
「そういうことだ」
 面白くもなさそうに言う陰陽師。
 男になぞ感心されても、嬉しくもなんともない。
「おっけー。じゃあとりあえず、この女性と接触してみましょ」
 藁にすがるよりはマシだ、と、シュラインが笑う。
 頷いて、男たちが立ち上がった。


「‥‥結論から申しますと‥‥あの方は恋をしておられます‥‥」
 紅唇が言葉を紡ぐ。
 ハーブティーの芳香が空気分子と混じり合い、室内にたゆたっている。
「それはつまり、新藤社長の夫人は浮気をしている、ということですか?」
 慎重に言葉を選びながら、シュラインが問いかけた。
 ゆっくりと頭を振るシャルロット。
「‥‥浮気というものを肉体関係に限定するなら‥‥答えは否ですね‥‥」
 婉曲的な言い回し。
 宮小路がわずかに眉を動かし、巫が鼻を鳴らした。
 この銀髪の女は何が言いたいのだ、と、思ったのかもしれない。
「肉体的でないとすると、精神的なものですか? たとえば誰かに片思いをしているとか‥‥」
「‥‥精神的‥‥とは、少し違うかもしれません‥‥」
 考えながら話すシャルロット。
 事実を言葉で説明するのは難しい。
 まして、恋愛問題などという微妙な事柄は。
「出会い系チャットとか、そういうのじゃないのか?」
 宮小路の言葉。
 なんとなく心づいたことを言っただけだが、どうやらそれは正解のすぐ近くを掘り起こしたようだ。
 軽く頷くシャルロット。
「‥‥出会い系‥‥というのとは少々異なりますが‥‥あの方の思い人は‥‥たしかに電脳世界におられます‥‥」
 シュラインと巫が顔を見合わせた。
 つまり、ターゲットは見ず知らずの男と恋に落ちているというのか。
 否、そもそもインターネットの中には男も女もない。
 どのような性別を名乗ろうとも、それは自称でしかないのだから。
 そんなものを相手に本気で恋をできるとは、ちょっと考えにくいだろう。
 とはいえ、情報は情報である。
「判りました。貴重なお話、ありがとうございます」
 言って、シュラインが席を立つ。
 男二人もそれに続いた。
 いずれにしてもインターネットの中で浮気をしているとなれば、問題はそう難しくない。
 どうしてそういうことをするようになったか経緯を調べ、依頼主に報告するだけだ。
 ものが遊びだけに、新藤氏の怒りは大きくないだろう。
 やめさせるとまではいかなくとも、少し控えてくれれば重畳きわまりない。
 何ともあっけない幕切れだが、世の中とはそんなものであろう。
 立ち去ろうとする探偵たち。
「‥‥私も同行してよろしいですか‥‥?」
 やや唐突にシャルロットが申し出る。
「はあ?」
 素っ頓狂な声をあげるシュライン。
 ここからは、地味で面白みもない作業だ。
「あまり面白くはないですよ?」
「‥‥あるいは‥‥あの方の心の渇きを‥‥癒してあげることが‥‥できるかもしれませんから‥‥」
 嫣然とした笑い。
 同性である蒼眸の美女すら、どきりとするほどの。
「アフターサービスは、探偵の仕事には含まれねぇぜ」
 動揺を隠しながら巫が偽悪的な言い回しをする。
 宮小路は、冷然とした一瞥を妖艶な美女に向けただけだった。
 その内心は、彼自身にしか判らない。
 豊かな芳香が、ゆったりと四人の鼻腔をくすぐっていた。


「これで、よし」
 瞼を右手で押さえながら、陰陽師が息をつく。
 あれから三日。
 新藤氏への報告も終わり、事態はアウターケアへと移っている。
「ご苦労さん」
 冷えた缶ビールと手渡す巫。
 笑いを含んだ口調ではあるが、これでも労をねぎらっているのだ。
 苦笑を浮かべた宮小路が、
「まったくだ」
 と、同意する。
 これから先、ターゲットのような人間は増えていくのかもしれない。
 苦い感想をビールの泡とともに飲み下す。
 代わり映えのしない生活に逼塞感を憶え、お手軽に変身願望を満たす。
 あの夫人は、ネット上では二四歳だった。
 誰の迷惑になることでもないから、べつにかまわないだろう。
 むろん、実際に会うとなれば、それはそれで問題だが、二〇歳もさば読んでいては、なかなか会うということもできまい。
 そう。
 もともと夫人は、軽い遊びのつもりで始めたのだ。
「‥‥夫にかまってもらえない不満‥‥繰り返す日常の退屈しのぎ‥‥そんなところだったのでしょう‥‥最初は‥‥」
「でも、結局のところ。彼女はチャットにはまってしまった」
 紅と蒼の瞳を持つ美女たちが、ツマミ類を運んでくる。
 ごくささやかな打ち上げ会だ。
 事件というほどの事ではなかったが、解決には違いない。
「でもちょっとやりきれねぇな。ヴァーチャルの方がリアルより大事になっちまうってのは」
 だらしなくデスクに腰掛けた巫が、誰に言うともなく言った。
「辛く厳しい現実から目をそらしたい。誰にでもある感情だがな」
 宮小路も、椅子の背もたれに寄りかかる。
 夫人は、チャットに耽溺していった。
 文字通り、寝食を忘れるほどに。
 なにしろチャットでは、男たちがちやほやしてくれるのだ。
 彼女が部屋を訪問するだけで、諸手をあげて歓迎してくれる。
 いるのが当然とでも思っている夫とは、大きな違いだった。
 しかも、ホストクラブの男どものように、職業上の義務として優しくしてくれるわけではない。
 過ぎ去った青春を謳歌するように、夫人はのめり込んでいった。
 寝ても覚めても、考えるのはチャットのことばかり。
 今日はどんな自分を演じよう。
 どんな話をしよう。
 それはまるで、初めてのデートに出かける女学生の心理にも似て、彼女をときめかせた。
「その様子を、ダンナさんは浮気だと勘違いしちまったんだな」
 とは、巫の感想である。
 なんだかんだいっても、夫は妻の様子をよく見ている。
 二十数年も連れ添ったパートナーだ。
 愛していないなら、そんなに長くは一緒にいられない。
 ただ、ずっと一緒にいると、言葉を使うのが照れくさくなるのだ。
 好きだとか、きれいだとか、大事にしてるとか。
 恋愛当初は臆面もなく言えた台詞が、言えなくなってしまう。
 それが結局、相互理解を難しくする原因だというのに。
「‥‥人間の心とは‥‥やっかいなものです‥‥」
 深く慈しんでいても、言葉にしなくては伝わらない。
 本当に大切にしている夫より、ネット上の薄っぺらな言葉の方を信じてしまう。
 やりきれない話ではある。
 だが、
「それを愚かだと思うか?」
 淡々と宮小路が告げる。
「いえ‥‥‥同じだもの。私も」
 少しだけ寂しげに答えるシュライン。
 大切な言葉は、なかなか言えない。
 黒髪の探偵も、青い目の助手も。
 意地を張って喧嘩になったことなど、数える気にすらならない。
「少しずつでも、変わっていけばいいな」
 浄化屋が呟いた。
 それは誰に向けた言葉だったか。
 依頼主夫婦へ?
 探偵カップルへ?
 ‥‥それとも、自分たちへ?
 三人には判らなかった。
 あるいは、巫自身も判っていないのかもしれない。
 安普請の探偵事務所で、ささやかなパーティーが続いている。
 ビールの泡が、彼らの思いを映すように浮かんでは弾けていた。





                         終わり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
1158/ シャルロット・レイン/女 /999 / 心理カウンセラー
  (しゃるろっと・れいん)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
0461/ 宮小路・皇騎   /男  / 20 / 大学生 陰陽師
  (みやこうじ・こうき)

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「恋に焦がれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす」
お届けいたします。
ちょっと切ない話にしたつもりですが、いかがだったでしょう。
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。