コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


恋人達の水面

 俺は幽霊だ。既に死んでいるが、まだ執拗にこの世にしがみ付いているから幽霊と言えるのだ。最近やたらと増えている、己が死んだことさえ分かっていないヤツとは一緒にしないでもらいたい。そして俺がうろついているのは、京都は鴨川、全国でも有名なカップルが均等的に並ぶというあの川だ。
 この幽霊たる俺が最近悩んでいることがある。それは、この鴨川に(もはや生息しているといって良い)カップルどもに、最近不届きな輩が増えてきたということだ。ゴミのポイ捨て、煙草の吸い捨てなんてのはまだ良い方で、悪質な奴らは公言するのもはばかるような代物を平気な顔で捨てていく。
 …まあ、こういう輩は掃いて捨てる程居るのだし、今更俺が(しかも幽霊が)口出ししても仕方の無いことだ。そう、問題はもっと別次元なのだよ。
 このカップルどもに怒りの炎を燃やすのは、何も俺だけではない。俺なんかよりずっと昔から、この鴨川に巣くっている奴がいるのだ。そいつの名は賀茂木川権三郎。シャレのような名前だが、一応本名だ。早口で言うと舌を噛みそうだし、それ以前に何処で切ったら良いのかすら分からないようなややこしい名前だが、本名なのだ。俺もはじめ聞いたときは耳を疑ったものだ。は?今、なんつった?とね。いちいち呼ぶのも長くて面倒なので、賀茂爺と呼んで良し。本人許可はいまだにとってないが、俺が良いといったら良いのだ。大抵のことは。
 その賀茂爺だが、鴨川に巣くってウン百年というツワモノだ。…ウン百年だ。正確な年は本人も覚えていないらしい。当たり前だ。覚えていたほうが俺は驚く。まあ、ここまで云ったらどんな阿呆でも分かると思うが、賀茂爺も幽霊仲間だ。そして奴もまた、この鴨川の不届きカップルに怒りを燃やしている。それが、その怒りが年々歯止めが利かなくなっている。非常に危険だ。今はまだ、カップルが座りそうなところに石と混じって剣山をしこみ、驚いて飛び跳ねるカップルを眺めてほくそえんでいたり、カップルがいちゃつき始めたとたん、鉄砲水をぶっかけて、濡れた服が張り付いて体のラインがはっきりくっきり浮き出ている女を見てニヤついたり、そんな些細なことばかりだが、これ以上エスカレートしないという可能性は無きにしも非ず。というか、俺自身もかなり腐ったエロ爺ィだとは思うが、同じ幽霊仲間としては放って置けない。そのうち何処かから腕の良い霊媒師なんぞがやってきて、爺を祓ってしまうかもしれない。(むしろ一番の心配は、そのとき俺も一緒に祓われてしまないかということなのだが、これは伏せておく)爺はこれでも天保だか文政だか享和のあたりから生き抜いてきている(いや、既に死んでいるが)天然記念物ものなのだから、ちょっとは大切にしてやってもバチは当たらないと思うぞ。
 そんなわけで、多少なりとも霊感を持ち、多少なりとも常識を持った君たちに告ぐ。そして出来るならば関西圏に住むものか、もしくは関西圏に知り合い・親戚・実家があるものが好ましい。色々と手段を尽くして、こうしてこのHPに書き込んでいる俺だが(自分でもなかなかすごいと思う)、さすがに君たちの交通費諸々諸経費は出せないのだ。うぬう。そして更に注文をつけるが、必ずカップルで来てくれ。何故かカップルかというと、爺を説得しなければいけないからだ。現代でもこんなに礼儀正しく常識があり清純な(自分で云ってて鳥肌が立つが、爺の好む恋人像というのはこういうものだから仕方が無い)恋人たちもいるのだ、ということを分からせて、爺の悪質な嫌がらせを止めさせたいのだ。恋人が居ないものにあたっては、こちらのほうで勝手に割り振らせてもらう。だから恋人は居ないが手を貸してやってもいいという心が優しすぎて涙が出そうな者も大歓迎だ。

では、よろしく頼む。心有る者達の助けを待っている。

  匿名希望。



-------------------------------------------------



 先日上記の文をとあるHPに書き込んだ俺だが、実を言うと少々不安だった。果たして何人の者が集まってくれるのだろうか?しかしまあ、あのHPの常連はどこか変なところを持った奴ばかりという話なのでそこのとこは大丈夫だろう。
 そういうわけで、俺は京都駅の中央改札口のところで突っ立っていた。無論、手を貸してくれるという者達を待っているのだ。そろそろ着くはずだが…。そう思い、腕にはめたやたらと趣味の悪い時計(断じて俺の選んだものではない)をチラリと見たところで、やけにデカイ声で騒いでいるのが俺の耳に入った。しかも複数。俺は顔を上げ、そいつらを見た瞬間顔をしかめた。何だあの無節操な集まりは。しかも俺のほうにどんどん近づいてくる。
…やはりあいつらなのだろうか。
こっそりため息をついたところで、ポンと肩を叩かれた。
「はぁい、あなたよね?あたしたちを京都まで呼びつけたの」
 そういったのは、年は16,7程度、茶色の長い髪を靡かせている中々の美少女だ。ふむ、賀茂爺の好みだな。名前を尋ねると、朧月桜夜(おぼろづき・さくや)だと何故か胸を張って答えた。…その胸がやたらと薄く感じるのは俺の気のせいなのだろうか?ひょっとしてこいつ男…いやいやそんなまさか。本人に性別を尋ねるなんぞ非常に失礼なことだ、ここはそっとしておこう。
 その桜夜の周りに、ひぃふぅみぃ…5人か。桜夜の隣で決して小さくはない荷物を二つも抱えて、しかめっ面をしている男がいる。
「おい桜夜!てめ、自分の荷物ぐらい自分で持ちやがれ!」
「何よォ、そんなに怒んなくってもいいじゃないの」
「元はといえばお前が面白そうだから行こうとかほざいたから、俺もこんなとこまで来たんだぜ!?しかも旅費は俺持ち!」
 何やら着いた早々機嫌が悪いらしい男に、桜夜は笑って流している。
「あっはっは、サンキュー隼☆いいじゃん、あんたお金には困ってないんだし」
 男は…といってもまだ15,6程度の若造だが…瀬水月隼(せみづき・はやぶさ)と言うらしい。どうやらこの二人がカップルなのだろう。どことなく夫婦漫才のような感がするが、まあいい。特に問題はない。
 隼たちの少し後ろに、仏頂面をした20代半ばほどの男と、16歳ほどの愛らしい顔をした少女が手持ち無沙汰に立っていた。名前を尋ねると、男の代わりに少女が答えてくれた。自分で名前を言うのも億劫というわけか。こういう奴いるよなあ、うん。
「あたしは御堂真樹(みどう・まき)っていいます。こっちは鏡兄…霧原鏡二(きりはら・きょうじ)」
「…どうも」
 真樹につつかれ、ほんの少しだけ頭を下げる、鏡兄こと鏡二。何だ、二人は兄弟なのか?俺の疑問を察してか、真樹が笑って首を傾けた。
「兄弟じゃないですよ、従兄なんです」
 成る程、俺もこんなかわいい従妹がほしかったもんだ。
 真樹の隣で、穏やかな微笑を浮かべて立っている、浮世離れしたような女性がいた。年齢は20代後半…いや、30代前半あたりかもしれない。どこかの貴婦人のようなオーラを醸し出している、品の良い美人だ。俺はこういった女性がタイプなのだ。なかなかグラマーなようだし。名前はシャルロット・レイン。…一体何人だ?等とツッコミを入れてはいけない。もう一人…明らかに場違いな奴がいるが、まさかこいつがシャルロットのお相手なのではなかろうな?もしそうであれば俺は許さん。
 そいつは、やけにがっしりとした図体と馬鹿高い身長で、皆の後ろの立っていた。髪の色も銀なら目の色も銀。明らかに日本人ではないし(それをいうならシャルロットも日本人ではないのだが、こいつと並ぶとまるで美女と野獣だ)、やたらとこちらを圧迫してくる。何だこいつは。確かに面も不細工ではない…いや、むしろ整っている分類に入るだろう。本当は言いたくはないのだが美形、とも言われることもあったりなかったりするのかもしれない。
仕方なく名を尋ねると、やたら偉そうに「私は海塚要(うみづか・かなめ)。お前こそ何なのだ?」
 何なのだと聞かれても、幽霊だというしかないだろう、この場合。それに何なんだその名は。明らかに日本人じゃないくせに要はないだろう、要は。しかし他人の名前にツッコミを入れても仕方が無いことだ。第一偽名かもしれないし。むしろ偽名だろう。俺が今そう決めた。第一何でこんな奴がここにいるんだ?どっちかといったらK-1にでも行って来いと云いたい。だがそんなことを云ったら俺自身が張り倒されるだろう。俺はもう一度死ぬのは御免だ。
 俺はこの集団を見渡して、もう一度ため息をついた。よくもまあ、ここまでバラエティにとんだ奴らが集まったもんだ。俺は手短に俺の名前を云い、何か質問はあるかと彼らに尋ねた。すると真っ先に桜夜が手を上げた(別に手を上げる必要な無いんだが。妙に回りの人の目を集めて仕方が無い)。
「失礼かもしれないけど。何であなたがここにいるわけ?本人なの?」
 不審そうな目で俺を見てくる。初めに俺だと気がついたのはそっちだろうー…と言いかけて俺はハッと気が付いた。そういえばあそこのHPに、目印として(趣味の悪い)グレイのニット帽子をかぶっていると書いたっけ。それならば桜夜の疑問も当然だろう、と俺は納得する。今の俺は人間として、ここに立っている。それはすなわち、幽霊ではなく生身の人間として、だ。俺は彼らに理由を簡潔に説明した。簡潔に、というか元々簡単な理由なのだが。つまり、あのHPに書き込みしたときも今も、他の人間に憑依している、ということだ。HPに書き込みしたときは、どこぞの家で引きこもってるネット依存症の男(妙に脂肪を溜め込んでいるやつで、憑依しているときもやたら気分が悪くなったものだ)、今は俺がよく『使って』いる媒体としては最高の使い心地な若い男。ただし洋服の趣味は悪い。そこがたまにキズだな、うん。実は左京区のほうに住んでいる奴なので、今回わざわざ京都駅まで出向いてもらった。しかしここまで来るのにも随分な時間がかかったので、そろそろ憑依も限界だ。なわけで、もう幽霊の姿に戻るんだがいいか、と彼らに尋ねると、全員一致で良いとの答え。どうやら皆何らかの霊的な力を持っているようで一安心だ。
 俺はトイレに向かい、さっさと憑依を解いた。もう何十年、この姿になっているかは忘れたが、やはり幽霊のままでいるのが一番気楽だな。俺がさっきまで憑いていた(趣味の悪い)男は、後遺症でフラフラと足元が定まっていないが、俺の知ったことではない。
 厄介なことになる前に、俺は皆のもとに戻った。無論、今の姿は(幽霊だが)正真正銘の俺だ。
その俺を見上げて、桜夜は「ふ〜ん…へえ…なかなか」なとど云う。その横で隼がピクリと耳をそばだてているが、桜夜は気が付いてないのだろうか?もし気がついてやっているというならばなかなかの悪女だな、この少女は。桜夜はニヤニヤしながら真樹に向かって、
「ねえ、結構良くない?」
「そうね…でも鏡兄のほうがやっぱり良い、かな」
「うわーァ、結構云うわねえ」
「えへ…そう?でも、隼くんも格好良いと思うよ?」
「えーっ、そうかしら?」
 どうでもいいが、人を肴に盛り上がるのはやめれ。
 まあ少女たちというのはこういうものだ、と諦めて、俺はフワリと浮かび上がった。そして彼ら6人を見下ろして言った。
「こうしててもしゃぁないし、そろそろ行くで。賀茂爺がお待ちかねや」
 待たせたら恐ろしい爺だ、さっさとこいつらを連れて行かねば。













 そのまま地下鉄に乗り込み、烏丸線で四条まで。
地上に上がり、観光だの食い物だのと騒ぐ彼らをなだめながら、俺は賀茂爺のところへ連中を連れて行った。賀茂爺が大概ねぐらにしているのは、四条大橋のたもとの辺り。真ッ昼間の今の時刻、河原町通りのあたりには腐るほどの人間がいるが、この賀茂爺のねぐらは死角になっているのか周りに全く人は居ない。
「なんや、小僧か」
 俺の姿を一瞥し、爺はフンと鼻をいわせた。ちなみに俺は小僧と言われるような域はとうに過ぎたが、この爺にかかるとどんな奴でも餓鬼なのだ。
「お前ふらぁっとどこぞへ行ったかと思えば何やねん、その人間どもは。またぎょうさん連れてきおって…下らんこと考えとんのとちゃうやろうな」
 どこまでも愛想の無いジジイだ。俺は肩をすくめて、良くわかっていない顔の彼らを指差した。
「あのなぁ、こいつらわざわざ関東のほうから爺ぃのために来てくれたんやで。茶ぁ出せとは云わんが、もうちょっと愛想良くしたらどないやねん」
「何で儂が愛想良うせなあかんねんこのど阿呆。さっさと帰りぃ、儂ぁ関東の人間は好かんのじゃ」
 爺はあっち行け、とでもいうようにしっしっと手を振って、川に向き直った。爺は気に入りの抹茶色の作務衣を着て、鴨川に釣り糸を垂らしていた。どうやら釣りをしていた真っ最中らしい。最もこの爺が何か魚を釣った場面に出くわしたことはないが。
 俺たちのやりとりを見ていた桜夜が、ボツリと隼に漏らした。
「…なんかお爺さん、人間不信?」
 人間不信というよりか、元々誰かと関わるのが面倒な奴なのだ。じゃあさっさと成仏しろよと云いたいが、それとこれとはまた別の問題らしい。爺は桜夜をチラリと見たが、すぐまた夕陽のかかった水面に向き直った。どうやら爺さん、俺たちが来る前にまた何か気に障ることでもあったらしい。最近はずっとこうなのだ。何か嫌なことがあると不機嫌になり、自分の世界に閉じこもる。全くいいトシした爺が困ったもんだ。
爺を見かねたのか、今度は真樹がゆっくり爺に歩み寄り、小柄な爺に合わせてか膝を曲げて目線を合わせた。
「ねえ、お爺さん、最近のカップルのマナーがなってないから怒ってるんだよね?」
 爺は真樹の言葉にも何も答えない。それを見て鏡二がピクリと眉を動かすが、隣にいた隼に静止されるのが見えた。まあその気持ちはわかる。
「あたしは良く解んないんだけど…でも、そういう人たちばっかりじゃないと思うんだ。ちゃんと他の人達に迷惑かけないようにしている人達も一杯いるんだよ?私たちだってそうだもん。ねえ、鏡兄?」
 鏡二はいきなり自分に振られて戸惑ったらしい。あーとかうんとかまごついている。隼につつかれ、ようやく「ああ、その通りだ」と答えた。だがそれが台詞の棒読み状態であることは誰が聞いてもわかる。爺も不審に思ったらしく、フンと鼻を鳴らして、
「はン、どうせお前等も奴らと『同れべる』なんやろうが。儂騙そうかてそうはいかんぞ。最近の奴等見てみい、おのれらのやっとるこたなァーんも解っとらん。煙草の吸殻は勝手に放ってく、たんかて道端にぺッ、じゃ。仲良うしとるのは結構じゃが、道のど真中で堂々と舌使うて長々と接吻されてみぃ、独身男の目の毒やであれは。儂の口からよう云わんがな…こないだなんぞ、使用後の『こんどーむ』なんぞが川に浮かんどったんやぞ。全く儂ァ情けないわいな…いつから京都の『あべっく』はこんな乱れてもうたんやろうなあ」
 ベラベラと勝手に語っていたが、最後のほうになると感極まってか、よよよと泣き崩れる始末。勿論俺は嘘泣きだと知っている。こんなところで無駄に涙を流す爺ではない。まあ、効果アップを狙って嘘泣きはするだろうが。しかも爺、使い慣れないカタカナを連発したかと思えばアベックときた。今時アベックなんぞ言わんぞと思いきや、そういや爺は爺なのだった。きっと爺の頭の中では、これが一番『若者らしい』言葉なのだろう。こっそり『ナウい』とかも使っているかもしれん。その可能性は高いぞ、何せ時代錯誤も甚だしい、超がつくほどの爺なのだからな。…まあそんなことを思い浮かべていたところで、ふと何気に背後を振り返って、ぎょっと目を向いた。何と爺の長ったらしい台詞にオイオイと涙を流している奴がいたのだ。しかもあろうことか、例のK-1疑惑外人男海塚要が、だ。こいつは阿呆か?それとも頭のねじが一本か二本ほど何処かへ落としてきたのだろうか?その人間離れした銀色の両の眼から、ダァダァと滝のような涙が流れ落ちている。そして拳は握り締められプルプルと震えている。そうか、これが漢泣きというやつか、と呆気に取られながらもジックリ拝見していたのだが、突如要が、文字通り『吼え』た。
「私は哀しい!!」
 …桜夜や真樹初め、回りの奴等は突然の叫び声に驚いて要を見た。要は自分に向けられた不審者を見るような視線などものともせず、叫び続ける。
「私は萌えが好きだ!いやむしろ萌えの信望者と云っても良いだろう!」
 こいつは阿呆だ。…そう俺は確信した。
「吹雪の中に恋人を放置した挙げ句、お風呂にのんびり浸かる非人道的な恋人に萌えだ。お弁当を作るのに手を滅多刺しにする少女を見た時など歓喜の極みだ。卒業式の後伝説の木の下で意中の相手を恋文を握り締めてただひたすら待っている少女などはもう堪らない。それなのに!それこそが真の萌えというものなのに!!!」
 要改めただの阿呆は、そこまで叫ぶとくぅっと身をかがめた。どうやらまだ続きがあるらしい。こいつの頭の中には萌えしか入ってないのかこの阿呆。
「ゴミのポイ捨てとは何たることよ!そんな恥じらいのはの字も知らぬような恋人たちなど私は許せん!!!そんなわけで私は哀しいのだーッ!!!!」
 おーいおいおいとまた涙を流す始末。…まあ、少しはジジイに通じるところがあったりなかったり多分ないのだろうが。爺はしばらく要改めただの阿呆改め自称萌え信望者の様子を呆気にとられて眺めていたが、ピクピクと口の端を痙攣させながら声をかけた。おお、さすがは爺、年を食っているだけのことはある。
「まあ…そういうこっちゃ。許せんやろう?」
「そう!!!許せんのだ!!!」
 頭の中は萌一文字のみ男は、ふはははは、と何故か不気味な笑い声を上げた。
「ふふふ…良かろう!」
 …何が良いって?何かもうこいつとまともな会話をしようと思うのが間違いのようだ。
「愚かな愚民共に真の萌えを伝えるのも王者の役目!これもまた果たすべき使命!!!ふはははは、貴様等に正しき真の萌え者のあり方を、手取り足取り濃厚に伝授してくれるわっ!!!!」
 そう叫んだかと思うと、トウッとかけ声を上げ、一気に橋の上にジャンプをした。云うまでも無いが驚くべき跳躍力だ。
そしてそのまま、砂煙を上げて夜の街…四条河原町のほうに消えていった。あとにはただ呆然と立ち尽くしている俺たちと、奴の笑い声だけが残った。
「うーむ……」
 俺は腕組みをして唸った。そして誰に言うでもなく呟く。
「あの阿呆をあのまま放っておいてええんやろか?」
「いいわけないでしょ」
 即答で答えたのは桜夜だ。同じように呆れた顔をしている。
「あのヒト、頭ン中はアレでもチカラは結構すごいと思うわよ。まあ怪我人が出るのも時間の問題ってことねェ」
「えっ、それって危ないじゃないですか!」
 驚いてそう云ったのは真樹だ。
「だってェ、あのヒト全体的にアブナイんだもん。少なくともあたしは関わりたくないわね。それとも真樹は関わりたいワケ?」
「まさか」
 当たり前だ、というような顔で答える。御堂真樹、可愛い顔して云う事ははっきり云うタイプのようだ。
「じゃあどうすりゃいいんだよ?ちなみに俺も関わりたくない派、な」
 憮然とした顔で隼が云う。終始無言の鏡二も同じ考えのようだ。
何故か視線は自然に俺へと集まってくる。おい、勘弁してくれ。俺だってあんな阿呆のお守りは嫌だ。
そんな俺を見て、爺が下卑た笑いを向けてくる。
「うひょひょひょ、小僧。下らん思惑持つからこんなことになるんや。儂は知らんでえ、お前が連れて来たやっちゃ、お前が責任持てぇ」
 俺だって人選して連れて来たわけじゃない。そんなことを云われても困る。俺は言葉に詰まった。さて、どうするか?
 すると突然、少しトーンの高い弾んだような声が俺たちの上から降ってきた。
「あっれぇ、皆さんお集まりでっ。こんなところで奇遇だねえ、幽霊さんと歓談?」
 見上げると、橋に寄りかかって、黒髪の小さな顔が俺たちを見下ろしていた。
何だ?というか誰だ一体?無論俺の知った顔ではない。
「今そっち行くねっ」
 そういったかと思うと、小さな顔はふっと消え、橋の上から小柄な人影が降ってきた。音も立てずに地面に降り立ち、にっこりと俺たちに笑顔を振り撒く。まだ14歳ほどの少年だ。小柄で、短い黒髪とくりくりした黒い瞳が愛らしい。だが尋常ではないオーラをまとっている。どうやらこいつも何らかの力を持った奴のようだ。
そんなことを思っていると、少年はふいに俺のほうを見上げた。そしてニカッと笑うと、
「どーも、僕は水野想司(みずの・そうじ)!えへへ、きみ幽霊さんだよねっ」
 俺も自分の名前を告げ、見たまんまだ、と答えた。
「僕、ちょっと旅行しに来たんだけど。こんなとこでこんな大勢に会えるなんてビックリだよっ☆何か強い力が妙に集まってるなって思ったらそういうことかあ。何か仕事やってるんでしょっ?何やってるのかなっ?」
少年…想司は楽しそうにあたりをキョロキョロと見渡して、それからもう一度俺を見て、ひらめいたというようにポンと手を打った。
「そっか、皆で幽霊さん退治してるんだねっ。僕も混ぜてよ、面白そうっ☆」
 …なかなか物騒なことを言う奴だ。しかも可愛らしい笑顔で。
「違うわよ、この幽霊さんは依頼人なの。んで、今私たちはね…」
 桜夜が親切丁寧に想司に事の次第を説明してやる。何故京都にくることになったのか、爺の憤慨、そして萌え男改め要の奇行。どうやら想司は要と以前から知り合いのようで、奴の名を聞くと飛び上がって驚いた。
「ええっ!要っちも来てるのっ!」
 しかも要っちときた。
「うん、まあそうなんだけど…」
「それで数百年前から川の中で拳を練り続けた伝説のおじいちゃんが、自分が手を下すのに相応しい猛者を選び出す為に、要っちを使って暴れてるんだってっ!?」
 …。
 おいコラちょいまてそこの坊主。
「…え?」
 当然のごとく目が点になる桜夜たち。しかし(何故か)想司はそれを肯定と受け取ったらしく、
「旅先で、そんな萌える戦場に出会えるなんて…っ!」
 想司の肩が何やらふるふると震えている。俺の勘違いだといいが、まさか武者震いってやつじゃなかろうな?
「あ、あの…そ、想司クン?」
 真樹が恐る恐る想司に声をかけるが、全く耳に入っていない様子だ。
想司はビシッと人差し指を俺たちに突きつけて、満面の笑みを浮かべて言った。その目はキラキラと少年のように(否少年なのだが)輝いている。
 俺は嫌な予感がした。
「幽霊さんと、それからお集まりの皆さんっ!大丈夫だよっ☆僕がさっくりまとめてきゅっと片付けてあげるから♪」
「いや…片付けてって…何か勘違いしてない?」
「うふふ…要っちだけにオイシイとこ持っていかせやしないよっ…」
 目がアブナイ光を放っている。ああああああやはりこの餓鬼も妙な妄想の持ち主か!しかもヒトの話を全く聞きやがらない。
「っておい坊主!何処行くんじゃ!」
 はっと顔を上げると、想司はすでに橋の上で足踏みをしていた。今にも河原町のほうに駆け出していく勢いだ。
「何でっ!?要っち、こっちに行ったんだよね?早く追いつかなきゃ☆僕だって猛者を探しに行きたいしさっ」
「お前状況わかってへんやろ!」
「やっだなあ、分かってるよっ!不法投棄してるヒトを見つけたら…」
「うん?」
「それが『死合い』の合図なんだよねっ♪」
「違うわっ!!!!」
 俺は思わず怒鳴った。どこをどう間違えればこんな素敵な勘違いが出来るんだ!!?俺は頭を抱えたが、想司は全く気にしていないようで、
「じゃあ僕行ってくるねっ☆」
 ウインクをこちらに投げかけ、走り出そうとしー…俺はハッと思い出し、想司を引き止めた。
「ほれっ」
 想司のところまで飛んでいき(何せ幽霊なもんで、このぐらいお手の物だ)、その背中にぺしっと貼り付けた。
「うんっ?何、なにっ」
「一応爺にあんたらの行動を見せなあかんさかい、追跡マシーンや。市内におるかぎりあんたらの行動をこっちで映像として見ることが出来るんや」
「ふぅん…便利な世の中になったもんだねっ」
「ああ、せやかし市外には出るなよ。あとこれ壊すんとちゃんで」
「ラジャー了解っ☆じゃあ想司クン行っきまーすっ!」
 ばびゅんっ!!
またもや砂煙を上げて、想司は夜の街へ消えていった。はあ…どんな惨劇が起こるか、俺は不安だったがこの際仕方が無い。変態は変態に任せるしかない。
「ねえ、ちょっと!」
 橋の下を見ると、桜夜が俺を手招きしていた。
「何や?」
 俺はふいっと文字通り『飛んで』戻った。桜夜は俺を不思議そうに見上げ、「想司に渡したものって何?」と尋ねてくる。俺は少々自慢気に胸を張って、シャツのポケットから二つのそれを出し皆に見せた。
 『それ』はパッと見ただけでは、少し大きめのハエにしか見えないモノだ。だがその実、非常に高性能なカメラとコンピュータを内蔵している次世代ハイテク追跡メカだったりする。
「友人に造ってもろたんや。なかなかええやろ?これがあったらあんたらが市内におる限り、何処にいるか何をしてるか、ここにいる俺と爺にも分かるんや。ほれそこにテレビあるやろ」
 俺は橋の真下に隠れてちょうど死角になっている部分を指差した。彼らはそこを覗き込み、
「…あった」
「…えらく古いテレビだな」
「第一電気どこからひいてるワケ?」
 などと口々に言う。
 古いといわれるのも仕方ないだろう。何せチャンネルは回すタイプだし画面は丸い。まあウン年前に粗大ゴミからパクってきたものなので文句は云えない。そして電気はコッソリ近所の電線から引いているのだ。ちなみに主な用途は、爺が深夜テレビ(しかもかなり妖しげなものを)見ることだ。時々近所のホームレスたちまで集まってくる。いやなかなか気さくな奴らばかりだがな。
 例のハイテク追跡メカ(と俺が命名)と何やらワケの分からんもので繋がっていて、メカが受信した映像をこのテレビで見れるという仕組みになっている。無論造ったのは俺ではない。ましてや爺でもない。さすがに何十年と幽霊をやっていると、それなりに『使える』知り合いが増えるのだ。ちょっと、いやかなり頭がキている自称天才科学者に以前作ってもらった。友人とは宝だとよく言うものだ、うん。
「そういうわけでやな」
 俺はコホンと息を整えて、ひゅうと飛んで桜夜と真樹の背後に回った。
 はてな顔の二人が振り返る前に、ペタペタと彼女らの背中にメカを貼り付けた。どういう仕組みになっているかはよく分からんのだが、このメカ、追跡する相手の体の一部にまず貼り付けないと機能しないのだそうだ。まあ一応ハエ型のメカだし、体の前面に張られるのも気持ち悪いだろうとの俺の配慮で背中なわけだ。紳士らいし配慮、自分ながら惚れ惚れだ。すまん、嘘だ。
「なぁに?」
 そう桜夜が云ったかと思うと、メカは二人の背中から自動的に離れ、彼女らの頭上で旋回している。ちなみにあの鬱陶しい羽音は出ていない。
「あの萌え男は妄想少年に任せておくっちゅうことで…あんたらはあんたらで俺の依頼、こなしてくれるんやろ?」
 まあつまりは、当初の目的を果たせ、ということだ。彼らはそれで納得したらしい。桜夜はニッコリ微笑み隼の腕に自分の腕を絡ませ、真樹はコクリと頷き鏡二を見上げた。
「結局のところ、あたしたちは何時も通りにデートしてくりゃいいんのでしょ?」
「そういうこっちゃ。いつも通りにすりゃええんや、いつも通りにな」
 爺が何やら疑いの眼差しを向けてくる中、俺は白々しく『何時も通り』を強調して答えた。まあ彼らが爺の嫌うようなカップルではないと思うが、一応だ。というかカップルなのかさえも怪しいのだが、それはこの際置いておく。 その俺に、おずおずと静かな声が掛けられた。
「……あの、私は…どうすれば…いいのかしら…」
 ゆっくりとスローテンポで優雅に尋ねてきたのはシャルロットだった。おお、何気に彼女の声を聞いたのは初めてだ。俺の想像どおりに儚げで幻想的な、透き通った声。俺は、油断すれば鼻の下がべろんと伸びそうになるのを必死でこらえ、
「ああ…そやな、あんたは相手がおらんそうやし…」
 相手は俺がなってやる、と言いかけて、ハッと口を抑えた。ふと見下ろすと爺が、うひょひょひょとまた下卑な笑いで俺を眺めている。くそう、こう見えても爺とは結構長い付き合いなので、こいつは俺の好みなんぞとうの昔に知り尽くしているのだ。
 俺はブンブンと首を振り、
「なんならここで俺らと一緒に、桜夜らの行動を見といてくれるか。爺の話し相手になったってくれると嬉しいわ」
「ひょひょ、ついでにお前の夜の相手もじゃろう」
 ポカン。
俺は無言で爺の頭をどついた。人間は幽霊には触れないが、幽霊同士だと頭を叩くぐらい造作ないことなのだ。
「何しよんねんこの小僧!」
 いきりたつ爺に、俺は冷ややかな目で、
「うっさい、この下ネタ爺。大人しくそこでゴミ釣っとけ!」
 そして俺は、4人の男女に向き直り、堂々と言い渡した。
「つうわけで宜しゅう。まあ適当に街ぶらついて、自分らの好きなとこに行ってくれたらええ。適当な時間になったら此処に戻ってくんねやで。市外には出んなや。えーと…他に言うこたないよな。じゃあ、京都を楽しんで来てくれや」
 俺はニカッと笑い、さあ行けというように人差し指をピッと指した。
それからふと思い出し、「ああそうや」と付け加える。
「勿論やけど、金は自分らで出すんやで」



















「さて」
 俺はテレビに向き直り、妙に新しいリモコンを手にとる。ちなみにこのリモコンはテレビのチャンネルを変えるためのものではない。これもまた例の自称天才科学者が、廃品回収の部品を漁りながら造った、追跡メカ用のリモコンなのだ。リモコンの表には10までのボタンしかなく、それには1やら2やらの数字だけが振ってある。つまりそれはメカのナンバーと対応しているということだ。1を押せばテレビの画面にナンバー1のメカが写している映像が映り、2を押せば…ってややこしいなおい。ちなみに今は、ナンバー1は桜夜と隼、ナンバー2は真樹と鏡二、そしてナンバー0は例の萌え男と想司だ。実はナンバー0は追跡メカの中で一番の強度を誇るものなのだ。無論、何故それをあいつらに宛がったかは言うまでもないだろう。
「まず何処の奴から見たい?」
 爺ではなく俺の少し後ろで何故か正座をしているシャルロットに尋ねる。もちろんわざとだ。
シャルロットは少し首を横に傾け、
「……そうね…。…どなたでも良いと…思うけれど…。初めだし…無難に1の方でも…宜しいと思うわ…」
 ゆっくりゆっくり話すシャルロット。大概の関西人はこののんびりしたペースを苛々する輩が多いが、俺はその反対だ。むしろかなりタイプだ。
「そやな、それが無難やな」
 俺は好みのタイプなシャルロットの意見に素直に従い、1のボタンをポチと押してみた。小さな、しかも角の丸い画面に、パッと映像が映る。
 メカは彼女らの少しななめ上から追跡しているらしい。人通りの多い道を二人で寄り添って歩いている。中々微笑ましい光景だ。テレビの画面には彼らの後頭部しか映っていないが、そこだけ見ても桜夜の茶色で長い髪と、隼の青みの強い黒髪はすぐわかる。
「…どこや此処?」
「おい、何か地図機能とかは付いてへんのか、これ」
 爺が横から口を出してくる。初めは乗り気じゃなかったろうに、この爺は。
「付いてるわけないやろう」
 元々これだけ機能があるだけでも凄いというものだ。
とりあえず、彼女らが歩いている風景を見て検討をつけることにする。
「うーん…何処や、ここ…」
「……見ただけで…分かるのかしら…?」
「まあ大概はな。おい、爺見てくれよ。あんたのほうが詳しいやろうが」
「…ふん、よう考えたら、何で儂が小僧の思惑に力貸さなあかんねん」
 爺、思い出したようにふい、と横を向いてしまう。うううこの糞爺がっ!!内心かなり怒りが増している俺を見かねてか、シャルロットは爺のほうに向きなおり、静かな声で語りかけた。
「…ねえ…賀茂爺さん…?」
「な、何や嬢ちゃん?」
 シャルロットは穏やかな微笑を浮かべながら、爺の目をじっと見つめている。
「賀茂爺さんは……鴨川を、心から愛しているのね…。だからこそ……心無い若者に…汚されたくないと…そう思ってらっしゃるのよね…」
「なっ…何やねん、突然」
 シャルロットは首をほんの少し傾けて、そして優しく微笑んだ。
「…でもね…彼らは…決して、そんな若者と同じではないわ……それは、見ていてもらったら…分かると思うの。でも…ほんの少し…彼らを受け入れるために…心の片隅を……空けておいてもらえないかしら…?」
 シャルロットは続けた。
「…やはり…受け入れる心がなかったら……どんなにいいものでも…己の心には、入っていかないと思うの…。……駄目かしら…?」
「…………。」
 むっと仏頂面で黙り込む爺。うむ、中々シャルロットの説教は効いたようだ。しかしまだ会って間もないというのに、なかなかの的を射た言葉…シャルロットにも何かそういった力があるのかもしれない。…まあ在っても無くても彼女の魅力は変わらないがな。
 やがて爺はジッと画面をにらんだまま、
「…おい、小僧」
 と俺に呼びかけた。何だ、協力する気になったのか、爺。なかなかいい心がけじゃないか。…と思いきや。
「こいつらバス乗っとるぞ」
「…は?」
 爺に言われ、画面の方を見ると、確かに桜夜と隼の二人はちゃっかりバスの座席に揺られていた。
「なかなか賢いやないか、この二人。京都は広いさかい、バスでも乗らなよう動かれへん」
「……そのようですね…でも、バスの中の二人…楽しそうだわ…」
 シャルロットは静かに微笑んで、画面に目を移した。
 やがてバスはいくつかの停留所を過ぎ、終着駅へとたどり着く。どうやら桜夜たちは終着駅に用があったようで、そこで運賃を払い、バスを降りた。彼らの降りた先…そこは俺も見覚えがあった。
「何や、清水さんやないか」
 爺の云うとおり、桜夜たちの降りたのは清水道だった。五条のほうを向いて左手に見える坂が清水坂、そこを登ると三年坂がある。そしてそれも上がると清水寺だ。桜夜たちはそこへ行くつもりなのだろう。
「おい、爺」
「何やねん小僧」
 俺は爺を軽くにらみ、云った。
「今までもこいつらはそんなおかしな真似しとらんやろ。ええから大人しく見とけよ」
 俺はそう宣言しつつも、内心かなり不安だったがそれは隠す。しかし爺には見破られているのかもしれない。爺はケッと鼻で笑い、
「それはどうやろうな。…ま、のんびり見させてもらうとするわな」
 そういって、爺はテレビの画面に向き直った。























 桜夜たちはいつの間に買ったのか、京都のガイドブック片手にあっちに行くだのいやこっちが正しいだの、ギャアギャアとわめいていた。むむ…騒音といえば騒音だ。やがて隼が桜夜をなだめ、清水坂のほうに歩き出した。
「結構静かなとこよねェ」
 桜夜は感心したように云う。何気にこの追跡メカ、集音機能もバッチリなのだ。
「そうか?」
 あれ見ろよ、と目の前を指差す。桜夜は目を丸くして、「うっわァ、楽しそ!」と声を上げた。
 桜夜の目の前には、色とりどりの土産物屋に賑やかな掛け声、さほど広くない道を埋め尽くしている制服の高校生たちや観光客の群れ。俺たちも今からこの集団のうちの一人になるのか、とでも思っているのだろうげんなりした表情の隼とは裏腹に、桜夜は目を輝かせてそれらを見つめていた。
「ねェねェ、さすが観光地って感じよねっ♪」
「…寺に参拝しに来たんだろ?何なんだよ、この騒がしさは…」
「いいじゃん、そりゃァ確かにあんまり古都って感じはしないけどォ。ここまできたんだから!さっ、行くわよ隼♪」
 桜夜は隼の腕に自分の腕をからませ、もう片方の腕を上げて、「清水の舞台へゴーっ!」と叫んだ。…どうやらかなり楽しんでいるらしい。隼はというと、しぶしぶ付き合っているという感はあるが、それでも桜夜には逆らわない。まあ理想的なカップルといえばそうだな。
 桜夜と隼は腕を組んだまま、観光客の群れの中に飛び込んだ。
「うわぁ、美味しそーっ!ねえ、これすごい美味しそうじゃない、ねーェ隼っ」
「…そうか?土産物なんざ皆一緒だと思うが」
「ンもう、そういうときは義理でも『美味しそうだと思うよ』とか云うもんよっ!」
「馬鹿云え、そんなこと言ってたら、お前全部買い占めるだろうが」
「アハハ、さッすが隼、あたしのことよく分かってんのねェ」
「………はぁ。」
 半ば桜夜に振り回されるようにあちこちの店を覗いて回る隼。本人はうんざりした顔をしてはいるが、傍から見ると結構なラブっぷり(自分で云うのも恥ずかしいが)なカップルだ。よしよし、こいつらを初めに見せておいて正解だったようだ。爺は基本的にバカップルは好きなのだ。ただその行為が他の人間に害を及ぼす段階まで来ると怒りに変わるのである。その境界線は曖昧だが、爺的にこの桜夜と隼は、好ましいカップルとして映っているはずだ。
 そうこうしているうちに、二人はある土産物屋の中を覗き込んでいた。そこは他とは少し異なり、京都名物として名高い『おたべ』しか売っていなかった。
「ふぅん、ここの店っておたべだけなワケ?他のとこはもっと色々置いてあるのにね」
「誰が買うのか分かんねえ羽織りやら提灯やら、それか明らかに修学旅行生目当てのくだらねぇ玩具みたいな土産ものだろ。まあそんなもんが置いてない分好感持てるけどな」
「アハハ、云えてるゥ」
「儂も長いこと此処で商売しとるけどな、そうハッキリ店の中でモノ云うたんはお前さんらぐらいやで」
 突然背後から静かな、だが芯の通った声がして、二人はピクッと一瞬固まった。そして恐る恐る振り向くと、そこは顔をシワだらけにさせて豪快に笑っている爺さんが座っていた。爺さんといっても賀茂爺とは全く違う。背筋をピンと伸ばし、足を片方だけ組んで腕は忙しなく動いているのに、そのくせ顔は桜夜たちのほう…45度を向いていた。爺さんが座っているのは店頭で、爺さんの前には使い込まれた風な鉄板が日に炙られていた。その鉄板の上には茶色く香ばしい香りを立てる八つ橋、しかも固いほう。幽霊となった今では食うことは出来ないが、生前はこの茶色くて歯でボリボリと噛める八つ橋が大好きだったな、そういえば。
 爺さんは固まっている二人を手招きし、
「ほれ、ええから食ってみい。よけいなことグチグチぬかす前にな」
「…そう?んじゃ、一口」
 桜夜は不審そうな顔を見せながら、爺さんの手の中にある竹製の籠の中の、まだ湯気を立てている生の八つ橋を手に取った。そしておもむろに口に入れよく噛んで味わう。そして数秒後。
「おっ……」
「…お?」
「美・味・し・いっ!!!!」
 と叫んだ。
「何これっ!アタシこんな美味しい八つ橋食べたことないわよォ、何もつけてない、皮だけなのにホント美味しいっ!ねェ、ちょっと隼も食べてみて!美味しいから!」
「…ええ?」
 桜夜にせかされ、隼もしぶしぶ焼きたての生八つ橋を手にとり、口に放り込んだ。
そして隼の目が大きく見開かれた。
「う、うまっ!確かに美味いなこれ!」
「でしょ!?ねえお爺ちゃん、何でこんなに美味しいの?これ」
「うわっはっはっはっは、ほんまに正直なお二人やな!これが焼きたての美味さちゅうもんやで、お嬢ちゃん。もっともウチはそんじょそこらの店とはちゃうしな。イチから自分とこで作っとるんや。美味いのも当たり前やろう?」
「うんっ!確かに美味しいわよこれ!」
「おい爺さん」
 興奮している桜夜をよそに、隼は真剣な顔で爺さんに近づいた。
…その手には千円札。
 ビュッと勢いよく千円札を爺さんの目の前に出し、真剣な表情のまま云った。
「生八つ橋一箱。つぶあんでな」
 

     ***


 おおきにーの声に見送られ、二人はまた観光客の群れに戻った。隼の手には生八つ橋八個入りの箱がぶら下がっている。心なしか隼の顔が緩んでいるのは俺の気のせいか?
「さってとーそろそろ着く頃…あっ、あれじゃない?」
 桜夜が伸ばした指のほうに少し古ぼけた大きな門が見えた。
「おう、そうだそうだ。やっと着いたな」
 やれやれといいながら、二人は門をくぐった。参拝料を払い中に入り、ふと気が付くともうかの有名な清水の舞台の上にいた。…なんて展開は早いやつらだ。もっとジックリ見ろジックリと。などと思っていると、どうやら清水の舞台はジックリ見ているらしい。背後で修学旅行生たちがにわか撮影会をやっているが、そんなことを気にもせず、ふぅんはぁんなどと独り言を言って、舞台の下を覗き込んでいる。その桜夜に、隼は眉をひそめて、
「おい、あんまり身乗り出すなよ。危ねーし」
「はいはい、こんなもん大丈夫だって」
 隼の気遣う言葉にもフリフリと手を振るのみで全く聞こうとしない。何をそんなにじっくり見る必要があるのか、と思い、隼が下をのぞき見ようとしたところで、桜夜が顔を上げた。確か舞台の下は特に何も無かったはずだ。俺も一度だけだが生前行った事がある。そんなに云うほど高いところではないが、下はこんもりと木が生い茂っていて、あまり見るものでもなかったように思えるのだが。
「何やってんのよ、もう行くわよ」
 チラリと下を覗こうとした隼にもうとっくに下に降りる階段の方に向かっていた桜夜が呼びかけた。…結構気ままに行動するやつだな、桜夜は。隼の気苦労も少しは分かる気がする。
 ブツクサ云う隼の腕を掴まえて、半ば無理やりに桜夜は木製の階段を下へ下りていった。そして階段の中ほどで立ち止まる。
「んだよ、また何かあんのか?」
 眉をしかめて云う隼に、桜夜は珍しくまじめな顔で、「あれ、見て」と指差した。
桜夜が指しているのは、丁度舞台の真下に位置するところだ。隼が桜夜のいう方向に顔を向け、目を凝らしていると、そのうちにぎょっと驚いた表情になった。
「分かった?」
 桜夜が云う。俺も目を凝らしてみて、ようやく桜夜の意味するところ、隼の驚いた意味がわかった。
 清水の舞台のすぐ真下、木々の根元に隠れて、15センチか20センチほどのごく小さな地蔵が至るところに置かれていたのだ。それも数え切れないほど。それは規則性も集合性もまるで感じられず、2,3個集まっているかと思えば1つだけポツンと置かれていたりする。外の賑やかな坂や、回りで騒いでいる学生たちとはまるで違う、一種異様な雰囲気が漂っていた。
「…お前、舞台の上から気づいてたのか」
 隼がポツリと云った。桜夜はコクンと頷き、
「やっぱ見えちゃうもんは見えちゃうのよねェ」
「陰陽師ってのは、こういうとき大変だよな」
「ていっても、そんなにはっきりとは見えないわ。どういう事情でまだこの世に留まっているのかは分かんないけど…かなりの年月が経ってるみたいだからね、もう殆ど抜け殻みたいなもんよ」
 桜夜は哀しそうな、呆れたような、どちらともいえない表情を浮かべて、真上にそびえる清水の舞台を見上げた。
「じゃあ、やっぱりこの地蔵って…」
「多分あんたの思ってるとおりよ、隼。断言は出来ないけどねェ。昔から結構な数がお亡くなりになってるみたいね」
 そう云って桜夜は肩をすくめた。テレビの画面からは伺うことは出来ないが、どうやら桜夜にはその『結構な数』の、俺の同類さんが見えているらしい。確か…陰陽師だとか何とか云ってたっけか。
桜夜はふぅと息をはくと、静かな動作で、胸の前に手を合わせた。その桜夜を見て、隼も同じように合掌する。
 数秒間ほどそうしていたかと思うと、桜夜がパッと顔をあげた。
「さっ、いつまでもこうしてても仕方ないし。そろそろ行こうか、ねェ?」
「…ああ」
 桜夜に腕をとられ、我に返ったのか、隼は気の抜けたような声をだした。桜夜に引き摺られその場を去ろうとしたが、おもむろに首だけ振り返って、また地蔵の群を見つめた。
「…どしたの?」
「いや…別に。ただ…」
「ただ?」
 隼は苦笑して云った。
「もし俺が死んでも、ああいうふうに、抜け殻になってまでこの世に留まってたくはねえな、と思った」
 桜夜はその言葉を聞いて、隼の少し寂しそうな苦笑いを見て、ニッコリと笑った。
「だァいじょぶよっ」
「…は?」
 ケラケラと笑って、隼の背中をポンと叩く。
「そしたら、アタシがキレイに成仏させてあげるから♪」
「…俺のほうが先に死ぬって前提かよ…」





















「おっ、今度は地主神社に行くみたいやな」
「……地主神社…?」
 俺の独り言に、シャルロットは不思議そうな顔で首を傾けた。
「ああ…清水寺のすぐ脇にある神社やねん。縁結びの神さんっつうて有名やで」
「…縁結び…・皆さんは、恋愛の成就を願いにくるのかしら…?」
「まあそういう奴が多いんやろうなあ。ちなみに俺は行ったことはあらへんけどな」
「…あら…何故かしら…?」
 俺は肩をすくめて答えた。
「とにかくめっさ混んでるとこなんや。年中観光客やら修学旅行生やらカップルやらでごった返ししとる。縁結びの岩ってのがあるんやけどな…」
「…岩…?ご神体…かしら…?」
「それはどうか分からんけど。狭い道のど真ん中に、こう…座れるぐらいの岩が二つあってな、数十メートルほど離れてるんや。それで目をつぶって、片方の岩からちゃんともう片方の岩まで辿り着けたら、意中の人と結ばれるっちゅう言い伝えがあるんや」
「…そんなものがあるの……なんだか…楽しそうね…」
「と思うやろ?やけども実際は、人が多すぎて目ェつぶって片方の岩まで辿り着くどころやあらへんのやわ」
「…それは…困った話ね…でも……何故、あなたは…そんなに詳しいのかしら…?」
 シャルロットの素朴な疑問が、グサリと俺の心に突き刺さる。言葉に詰まった俺を見て、爺がうひょひょと笑った。
「うひょっひょ。嬢ちゃん、この小僧の言うこと信じたらあかんでェ。何が一度も行ったことあらへんや、儂は知っとるんやでぇ、お前コッソリ行っとったやろ」
「…うっ…。余計なこた黙っとけ爺!」
 俺は頬を赤くして怒鳴った。それは勿論図星だったからだ。うん…まあ、何を祈願しにいったかは放っておいてくれ。俺にとっては忘れたい過去なのだ。俺が恨みがましく爺を見ると、爺はリモコン片手に画面を変えようとしていた。
「何や、爺。もう見んでええんか?」
「…こいつらはもうええわ、十分分かった。ちと悔しいが、嬢ちゃんのいうことも少しは分かったわ」
 ほう、爺、中々物分りがよくなってきたようだ。これもシャルロットのおかげかもしれないな。
「一応他の奴らも見てみんことにはな。…ほな、2の奴ら見てみるか」
 爺がそう云って、2のボタンをポチと押した。途端に画面が変わり、今度は真樹と鏡二を映し出した。




















「はぁ…やっと着いたあ」
 鏡二たちはどうやら今、目的地に着いたばかりのようだ。バスから降り、ううんと大きく伸びをする真樹。うん、健康的な肉体が俺の心を癒してくれるようだ。って何を変態的なことを言ってるのだ俺は。爺の助平がうつったか?
 彼女たちが降り立ったのは、何とも静かな住宅街。…の中にある、少し大きな停留所だ。その前には桜夜たちと同じく土産物屋が並んでいるが、どうやら少し雰囲気が違うようだ。回りに群がっている客たちは皆年齢層が高い。むしろ爺さん婆さんといった風な人たちばかり。…こいつらは一体どこにきたんだ?
 爺に物言いたげな視線を送ると、爺はやれやれと呆れたように呟いた。
「小僧、お前ほんまに土地観あらへんのやな。此処ァ苔寺のあたりやないか」
「…苔寺ァ?」
 確か西京区のあたりじゃなかったか。どうやらかなり遠いところまで来たようだ。しかし、苔寺といえば…
「……苔寺…確か…世界文化遺産…じゃなかったかしら…」
 シャルロットの言葉に、嬉しそうな反応を返す爺。
「そや。嬢ちゃん良う知っとるやないか。苔寺っつうか西芳寺な。えー…どいつやったけな。たしか行基とかいう坊さんが建てたんが始まりやったか」
「…そう…でしたよね…。それで…藤原親秀が…夢窓疎石を招いて…西芳寺と改めたと…昔聞いたことがあるわ…。庭園の苔が…素晴らしく、美しいとか」
「ほう、嬢ちゃんなかなか知っとるな」
「…ふふ…賀茂爺さんには…負けるわ…」
 おい、いつの間にか歴史談義が始まっているではないか。
「そういうのは後でやっとけや。爺、苔寺言うたら2,3日前には予約入れとかな見られへんのとちゃうかったか?」
「この辺にあるのは苔寺だけとちゃうわ。地蔵院もあるし、かぐや姫の竹御殿もある。せかやて、多分こいつらが行こう思ってんのは鈴虫寺やろな」
「…鈴虫寺…何やったっけ、それ?」
 名前は聞いたことがあるのだが、どんな由来の寺だったか。何せ京都は寺の数では他所に負けない土地だ、いちいち覚えていられない。
 爺は意地悪く笑って、
「見とったら分かるわ」
 と云った。






















「うっわァ…すごいね!」
 真樹が思わず声を上げた。だがそれは土産物屋が道一杯に広がっていたから、とかそういう意味ではない。真樹の目の前には何段あるのか数え切れないほどの石畳の階段に、先が見えなくなるほど並んだ人の列。
「ねえ…鏡兄」
「うん?」
 袖を引っ張られ、何だと振り返る鏡二。その鏡二に、真樹は苦笑して言った。
「ここってお寺だよね?」
「此処に書いてるだろう。…妙徳山華厳寺。別名鈴虫寺だな」
「それはわかるけど…何でこんなに並んでるんだろう?」
「そりゃあ、この寺が有名だからだろう」
 当たり前だ、というように返して、鏡二がさっさと列の最後尾に並んだ。真樹も慌てて鏡二の横に並ぶ。
「…こんなに並んでるとは思わなかったなあ、あたし」
「まあ仕方ない。有名だからな」
 そこで俺はハッと思い出した。鈴虫寺といえば、全国的にも有名な、幸福地蔵の寺ではないか。
「ねえ…鏡兄」
 真樹たちの前には、まだニ、三十人ほどが並んでいる。どうやら彼らが中に入れるのはまだ少し先のようだ。真樹は鏡二を見上げ、おずおずと切り出した。
「楽しい?」
「はっ?」
 鏡二は思わぬ真樹の言葉に、間の抜けた声を出した。
「だって、結局はあたしが来たいって云ったから来てくれたんだよね?京都に来てから、鏡兄あまり喋ってないし…ホントは来たくなかったりするのかな?」
「…いや、そんなことはないが…どうしたんだ、いきなり」
「ううん、ちょっと云ってみただけ」
 真樹はパッと表情を変え、ニッコリと笑った。鏡二は訳の分からない顔で首をかしげている。どうやら鏡二、乙女心にはなかなか鈍感のようだ。真樹は気を取り直したのか、少し長めのショートカットの髪の毛を後ろ手に撫で、
「ねえ、クセついてる?」
「ついてるぞ」
 鏡二は即座にそう答えた。確かに真樹の髪はクセが強い。ショートカットの黒髪がところどころピンとはねている。だが別にそれはそれで可愛らしいと俺は思うのだが、真樹自身は気にしているらしく、
「もう!そんなはっきり答えなくてもいいじゃない」
「何故だ?ついてるかと聞かれたからそう答えたんだぞ。何故そう怒る?大体お前、今日は少し変だ」
「別にっ。変じゃないよ」
 ぷいっと横を向く真樹。頬を膨らませ、膨れっ面をしている。むむ…俺たちが見ていない間に喧嘩でもしたのか?そう思い、暫し画面を凝視していると、俺はあることに気がついた。真樹と鏡二、中々仲のよさそうな二人なのだが、その実あまり体を密着していないのだ。いや、言い方がおかしいな。桜夜たちが堂々と腕なんぞを組んでいるのに比べ、真樹たちは腕を組むどころか自分たちの間に一歩置いているような感がするのだ。一枚の壁を隔てているような。ははん、成る程。俺は真樹が不機嫌なワケが少しだけ分かった気がした。
「いや、変だ。何かさっきから俺に妙に突っかかってくるだろ」
「突っかかってなんかないよっ!」
 鈍感男鏡二、やはり分かっていない。…まあこんなカップルもありだろう、なかなか微笑ましいといえばそうだしな。
 そうこうしているうちに二人の前に、ようやく寺の門が見えてきた。竹薮の中にあるこの寺、門があるのは階段を上りきってすこし開けた場所だ。その門のすぐ脇に、1メートルほどの地蔵像がある。
「…お地蔵様があるね。これってご神体じゃないのかな?外に置いてあるものなの?」
「いや…ちゃんと理由があるんだろう」
 この寺に来るのは初めてらしい真樹と鏡二は、物珍しそうに柵に囲まれた地蔵像を見つめていた。
「ねえ、参拝が終わった人がお地蔵様に参るみたい」
 真樹が不思議そうに云った。確かに真樹の云うとおり、彼女らのように列に並んでいるものは誰一人地蔵に参ろうとはしない。門からゾロゾロと出てきた者だけが地蔵の回りに群がっている。
「結構面白いお寺だね」
「ああ」
 そしてやがて二人は前の列にしたがって、中へと入っていった。















 そして数十分後。真樹は何故かウキウキと弾んだ顔で、鏡二はすこしよろけながら、門から出てきた。
「そういえば鏡兄、正座苦手だったよね」
「まさかこんなところでさせられるとは…」
 ううむ不覚だ、と云いたげな顔で唸る鏡二。その鏡二とは正反対に笑顔を浮かべている真樹の手には、二枚の黄色い小さな札が握られていた。
「はい、鏡兄の分」
 そう云って鏡二に手渡す。鏡二は暫くそれを眺めていたが、ポツリと、
「これをどうするんだったか?」
「ええっ!聞いてなかったの?」
「いや…聞いてはいたが…途中で足のほうが気になってな」
 鏡二の言葉に、真樹は半分呆れて、半分面白そうに返した。
「仕方ないなあ、じゃあ説明してあげる。あのね、ここのお地蔵様ってワラジ履いてるんだって。だからあの門のとこのお地蔵様に、お願い事と自分の名前、自分の住所を唱えると、お地蔵様のほうからお願い事を叶えに来てくれるらしいよ。この黄色いお札がお地蔵様で、拝むときはね、こう手にはさんで拝むわけ」
 真樹は赤い文字で『幸福御守』と書かれた黄色い札を鏡二に見せ、幸福と書かれたほうを上にして、手の中から少しだけ上の部分だけを見えるようにして合掌する。
つまり真樹の合わせた両手からは、黄色い札の『幸福』の文字だけが見えているということになる。
「…なんでそういう風に挟むんだ?」
「もう、ホントに聞いてなかったんだね」
 鏡二の呆れた言葉に、真樹は少し怒った声で返した。
「折角住職さんが面白い話もしてたのに。あのね、このお札の中にもお地蔵様がいるわけ。『幸福』の文字のあたりにお地蔵様の頭があるから、お札全部を手で隠して拝んじゃったら、お地蔵様の顔も隠れちゃって、息苦しいでしょ?だからこうやって、お札の上の部分だけを出して、手で挟んで、拝むの。…分かった?」
 真樹は鏡二の顔を覗き込んだ。鏡二は自分の手の中にある小さな札を眺めて、
「…理屈にかなってるんだかないんだか…」
 と呟いた。真樹はそんな鏡二の反応には慣れているのだろう、おかしそうに笑った。
「あはは、まあいいじゃない。こういうのってそういうもんだよ」
 そう云ったかと思うと顔を地蔵像のほうにむけ、
「ほら、そろそろ空いてきたよ。拝みに行かない?」
 そう云って、鏡二の手を取った。俺はそこでうん?と画面を良く見る。おお、真樹と鏡二が手をつないでいるじゃないか。さり気ない業、流石だな真樹。…と何故か俺は心の中で真樹に賞嘆を送っていた。いやいや、爺ではないが、俺もこういったもどかしいようなカップルは割と好きなのだ。
 そして二人はそろって手を合わせ、目を閉じて何やら祈っていた。鏡二は割とあっさりと合掌を解いたが、真樹のほうは何やら熱心にいつまでも拝んでいる。うんうん、気持ちは分かるぞ真樹。それでこそ萌え……はっ!俺は何を云っているのだ!?萌え男が乗り移ったのかくそう。あいつめ、幽霊の俺に乗り移るとはなかなかやるなうぬう。
 俺が内心頭を抱えて身悶えているうちに、真樹も拝みも終わったようだ。
「待たせちゃって御免ね」
「いいよ、別に」
 そしてまた、あくまで『さり気なく』鏡二の手を握る真樹。ふっ…微笑ましくて涙が出る。
用事は終わったと、さっさと階段を下りる二人の手はまだ繋がっていた。
 やがて思い出したように鏡二が真樹に問い掛けた。
「…そういや真樹、何をあんなに熱心に拝んでたんだ?」
 ………。
こ、こいつは冗談で聞いているのか?それとも本気と書いてマジなのか?多分後者なのだろうが…鈍い!鈍すぎるぞ鏡二!
 だが真樹はそ知らぬ顔で、ニッコリと笑って首をほんの少し横に傾けた。
「それは、ヒミツだよ」
 そして鏡二に聞こえないぐらいの小さな声でポツリと呟いた。
「……もう、叶っちゃったけどね」





















「…ええなあ…」
 画面を見ながら、何時の間にか取り出したチリ紙で目頭を抑えているのは爺だ。よし、爺にもこれはツボに入ったらしい。かくいう俺も今すぐ飛んでいって、真樹の肩をポンポンと叩きたいような衝動にかられている。いや、ああいう少女は今時珍しい。あの阿呆が萌えだとか叫んで有り難がるのも良く分かる。…はっ、いや、そんなに分かっていないし分かりたくも無いし萌えー!だとか叫ぶわけじゃ全く無いが!!
「……よかったですね、真樹さん……」
 心なしかシャルロットも嬉しそうに、小さく頷く。ああ、本当にいいものを見た。桜夜たちといい、真樹たちといい、なかなかいい人材だ。うむ、いいものを見させてもらった。心が癒されるというのはこういうことだな、うん。
「ええもん見させてもろたわ、ほんまに」
 俺はうんうん頷いて、リモコンのスイッチを切ろうとした。その俺をシャルロットの儚く、ひんやりと冷たい手が静止をかける。
「…な、何スか?」
「……まだ……要さんと…想司くんが…残ってるわ…」
 優しく微笑んでそんなことを云う。
 ああああああシャルロットぉっ!!!俺があいつらは無かったことにしようとしてるのが分からんのかっ!ああ分からんわけだな!!くそう!!出来れば全てを無視してこのままスイッチを切って、皆が帰ってくるのをただぼんやり待っていたいところだが!!シャルロットのその優しく澄んだ瞳には勝てん!!
「……あなたが…見なかったことにしようと…思うのも、少し分かるわ…。でも…ちゃんと…見る義務があると思うの…」
 シャルロットさん……。貴方、妖怪さとりですか?
爺も便乗して、いやらしい笑みを浮かべて、
「おひょひょひょ、そうやで小僧。お前が見るべき義務っちゅうもんがあるんじゃ、義務やぞ、義務」
 うっさい、この色ボケ糞爺。
「…くそう…俺かて、何も好き好んで呼んだわけとちゃうのに…」
 ましてや想司にいたっては、途中からの乱入だ。少しあの萌え男の真似をして、漢泣きをしてみるが、このお二人様には全くの無意味らしい。
「ああああもうっ!」
 俺は髪を掻き毟って怒鳴った。
「見たらええんやろう、見たら!おう、見たろうやないけ!云っとくが、どんな惨事が起きても俺のせいとちゃうからなーッ!!!」

 そして俺は、禁断の0ボタンを、ポチッと押した。













         暗・転
















 それからどれだけの時間が経ったのだろうか。もうすでに空は薄暗く、飲み屋の明かりも徐々に灯ってきている。
 橋のたもとには、爺に俺、そして桜夜たちがそろっていた。桜夜ら4人はそれぞれ楽しんできたのだろう、それぞれの顔にそれぞれの『私たちとても今日楽しかったです』な気持ちが浮かんでいる。ああ…このまま彼らを帰してやりたい…。このまま京都駅まで送ってやれば、彼らも楽しんだ気持ちのまま、俺も心は安らかに今日を終われるだろうに。否…この世には、決して『見せるべきではない』と分かっていても、見せなければいけない、見なければいけない現実というのもあるのだ。
「えっと…今日はご苦労さん…なかなか楽しかったみたいやな」
 俺はコホンと息をつき、彼らに話し掛けた。
「ん〜楽しかったわァ♪欲を言えば高台寺のライトアップも見ていきたかったところだけど、まあそれはまたの機会にするわ。小旅行ってのもいいもんねェ」
 と満面の笑みで言ったのは桜夜だ。その横の隼は、何やら増えている土産物の袋を下げている。
「あたしも楽しかった!京都って結構いいとこだよね。今度はもっと穴場も行きたいなあ、ねえ鏡兄?」
 ああ、そうだな、と答える鏡二の顔も、心なしか緩んでいる。
「ねェ、そういえばシャルロットはどこ?もう帰っちゃったってワケ、ないわよね?」
「そういやいねェなあ。何処いったんだ?」
 桜夜の声に、辺りを見回す四人。俺は内心土下座して額を架空の地面に打ち付けながら、
「ああ…こっちにおんねん。今案内するからついて来い」
 俺はふらりと浮かび上がって、例のあそこに向かった。













「えっと…あの……ああ、なんでこんなことせなあかんのっ!」
「違うわあっ!!!そこはそうではないだろう!!!もっと恥じらいを持ちつつ!!不安と期待が入り混じった瞳で!!!」
「ありがとう…俺、……えと何やったっけ?」
「何だっけ、ではないっ!!!有り難う、嬉しいよ。俺も前から君のこと…だろうがっ!!!何度言わせれば分かるのだっ!!!」
「痛ェーッ!!!」
  ビシッ、ビシッ!!!
 大きな楠の下で、髪の毛を金髪に近い茶色に染めた男女が、ぎこちない動作で何やら芝居のようなものをやらされている。太ももの中ほどまでしかないミニスカートにロングブーツといった出で立ちの女が、やけに可愛らしい封筒を男に差し出している。ピアスをやたらじゃらじゃらつけた男はそれをおずおずと受け取ろうとしている。が、はっきり云って似合わない。似合わないどころではない、一種異様な光景だ。
 その中で一際異様なものが、あの萌え男だ。
男女の背後にそびえたち、一挙一動を見守っている…いや、見張っている。少しでも自分の気にいらないことをすると、手にもっていた鞭のようなものを容赦なく叩きつける。
 まさに地獄絵図だった。しかも色んな意味で恐ろしい地獄だ。
その木の周りには、殆ど気を失いかけたカップルたちが四肢累々と横たわっている。ううむ、これもまた地獄だ。
「なっ…何よォ、これ」
 目を点にした桜夜が震えた声で言った。他の三人も同じ顔をしている。うん、気持ちは分かるぞ、気持ちは。
その桜夜の声に気づいたのか、要たちと少し離れた場所で、奴の奇行を見守っていたシャルロットが、俺たちのほうに振り向いた。
「…皆さん…お帰りなさい…どう?楽しめたかしら…?」
「いや楽しめたけどそうじゃなくてっ!!」
 桜夜は大仰な動作でビシッと目の前の地獄を指差した。
「何なのこれっ!!!」
「……要さんが……四十八時間耐久、某伝説の木の下で告白萌えゲームとやらを…やってらっしゃるのです…私には良く分かりませんが…こういったゲームを見るのは…初めてですわ」
「あたしだって初めてよっ!!」
 桜夜は叫ぶと、俺のほうにバッと振り向いた。ちなみに他の三人はいまだに固まって石と化している。
「何で止めなかったのっ!」
「俺かて、止めたかったよ!!!」
 だが、あの状況で、誰が止められる?
俺はもう、あの空白の数時間の内に起こった出来事を語る気は無かった。目の前の惨状を見れば分かるだろう。あの数時間は…あの、激闘と、阿鼻叫喚と、恐怖の数時間は…俺の胸のうちだけにそっとしまっておくことにする。はあ…。
「あっ、皆お帰りっ♪」
 ビクゥッ!!!
 トーンの高く明るい声が背後からかかり、俺は反射的に飛び上がった。あああああ俺が今一番聞きたくない声だ…。振り向かなくても誰かは分かる。そしてその明るい声の裏には、若い男女と思わしき悲鳴…。
「……想司さん、お帰りなさい……どうでした?」
「えへへ、大漁だよ、大漁っ♪こんなに自称猛者が多いとは思わなかったなっ」
 想司が哀れな被害者の服のはしをつかんでいた手をパッと放すと、ヒィィという悲鳴とともに逃げ出す哀れな被害者こと、どこぞの不良カップル。無論、想司がそれを見逃すはずはない。
「逃がささいよっ♪」
 ニッコリ笑顔のまま、ピッと目にもとまらぬ早業で何かを投げた。逃げ出したカップルのすぐ目の前の地面に、いくつもの鈍く光るナイフが突き刺さる。
「なかなかきみたちも往生際が悪いねっ。さ、おとなしく要っちの『試練』を受けてねっ♪」
 襟をふん掴まえると、そのままズルズルと要のところまで引き摺っていく。
助けてー!だのお母さーんっ!だのの悲鳴をバックミュージックに、俺は桜夜始め四人に言った。
「まあ…こういうこっちゃ」

 後から聞いた話なのだが、このときの俺は、(幽霊のクセに)一気に何年も老けたような顔をしていたそうだ。はあ…。 



















  そして後日。

 俺はまたもや例のひきこもり脂肪男に憑依して、あの掲示板へと書き込んだ。その内容は主に、先日の礼と近況報告。いわゆる後日談というやつだ。
あれから、爺本人はあまり変わらなかった。だが、鴨川周辺のカップルたちにある噂が流れていた。
 曰く、ゴミのポイ捨て等迷惑行為をすると、化け物に連れて行かれ、何故か倒れるまで告白ゲームをやらされるという。その噂のおかげで、現在の鴨川は非常に平和なのだ。爺なんぞ、平和すぎて退屈だなどとほざいている始末だ。まあそれは良い。そんなわけで、また気が向けば、京都に遊びに来るといい。爺だけでなく、まだまだ色んな幽霊仲間がいるのだ。今度そいつらを紹介してやろう。

 そして俺はつくづく思う。

 死んだ人間よりも、生きてる人間のほうが、何倍も何十倍も何百倍も――恐ろしいぞ。




 





                              完。










□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
(整理番号順に並んでいます)

【0072 / 瀬水月・隼 / 男 / 15 / 高校生(陰でデジタルジャンク屋)】
【0424 / 水野・想司 / 男 / 14 / 吸血鬼ハンター】
【0444 / 朧月・桜夜 / 女 / 16 / 陰陽師】
【0759 / 海塚・要 / 男 / 999 / 魔王】
【1074 / 霧原・鏡二 / 男 / 25 / エンジニア】
【1158 / シャルロット・レイン / 女 / 999 / 心理カウンセラー】
【1161 / 御堂・真樹 / 女 / 16 / 高校生】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

今日和、瀬戸太一です。お届けが非常に遅くなってしまって、大変申し訳ありません。
今回、ライターとなってからの最高人数で、非常に四苦八苦しながら書いておりました。
多種多様なプレイングを上手く組み込めたか非常に不安であります…。
そして今回、初めてNPCの一人称というものも試しにやってみました。
個人的には合ってると思っている一人称、良ければまた次回も試してみようかと思います。

隼さん、桜夜さん。またお会いできて嬉しく思っていますv
今回のデートは如何だったでしょうか。なるべく恋人のように…と思いながら書いておりました。
いつもながら仲の良いお二人で、こちらも羨ましいほどです。(笑)

鏡二さん、真樹さん。鏡二さんは再びのお目見え、有り難うございますv
今回は少し鈍い大人の男性(?)な役割でしたが如何だったでしょうか。
真樹さんの乙女心、私も微笑ましかったです。

シャルロットさん。賀茂爺さんのお相手、有り難うございました。幽霊さんにもえらく好かれてしまいましたが、
不快に感じていなければ嬉しいです(汗)。またご縁があれば是非お会いしたいですv

要さん、想司さん。どちらの方も初めましてですね。今回は当依頼に参加して頂き、有り難う御座いましたv
まさしく色物の扱いになってしまいました…。幽霊さんの口の悪さは気にしないでくださいね(汗)。
なんだか中途半端なギャグになってしまいましたが、如何だったでしょうか。楽しんでもらえると嬉しいですv


それでは、感想・批判・ご意見等ありましたらテラコンのほうから送ってやっていただけると非常に助かります。
参加していただいた皆様、読んでくださった方々、有り難う御座いました。
またどこかでお会いできることを祈って…。


  瀬戸太一 拝。