コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


月夜の鏡


------<オープニング>--------------------------------------


「助けてくれ! 殺される!!」
 草間興信所の扉を蹴り飛ばす勢いで40代前半ほどの男が飛び込んできたとき、草間武彦はちょうどコーヒーに口をつけたところだった。零はばっちり草間の好みを把握していて、零のコーヒーは絶品だと草間は密かに思っている。おかげで最近では喫茶店でも軽々しくコーヒーを頼めない身体になってしまっていた。
「……それはそれは穏やかじゃないですね。」
 ふーっと落ち着きながら草間が気のない返事を返すと、男は目を白黒させた。
「な、何を言ってるんだ! こっちは真剣だっていうのに!」
「はあ。でもここって興信所なんですけど……。」
「私は殺されるんだ! 謂れのないことで怨まれて呪い殺されるんだ!」
「どいつもこいつも何で人の話を聞かないんだ?」
 草間は深く溜息をついてコーヒーを下ろした。男が机をバシバシ叩くので、とりあえずカップは手に持ったままだ。
「で、なんで呪い殺されるなんてことになるんですか?」
「知らないのか?! 今巷で有名な呪い師がいるんだよ!」
「……知りませんねえ。その呪い師に呪いをかけられたんですか?」
「そうだと言っている!」
 いえ、言ってません、とは賢明にも言わないでおいた。口にしようがしまいが相手が聞き入れるかどうかははなはだ疑問だったが。
「俺は1週間で死ぬそうだ。頼む、助けてくれ!」
「どうやってですか?」
「知らん。ここはそういうことは専門だろう。」
 草間は首を傾げたまま、しばらく固まっていた。目は絶対に据わっていたと自分でも分かっていた。



 草間零はスーパーの袋を持って、ぶらぶらと町の中を歩いていた。今日は天気もよくないし、簡単にカレーで済ませようかなどと考えながら、人込みを縫って行く。
「……草間零さんですね?」
 ふいに横合いから声をかけられ、零は驚いて立ち止まった。背中にドンと人にぶつかられてよろめくと、誰かが支えてくれる。
 それは制服を着た少女だった。漆黒のおかっぱの髪のせいか、肌が透き通るほど白く見える。
「あなたは?」
「私は、月影杏子。篠田明彦があなたのお兄さんに接触したようだわ。」
「え?」
 零がはっと顔を上げる。思わず睨みつけたら杏子は軽く笑ったようだったが、ほとんど表情が変わらないので、むしろ寒々しい空気を感じた。
「私は篠田を呪い殺す予定なの。あなたのお兄さんはそれを阻止することができるかしら? 楽しみだわ。」
 杏子は零を見つめたまま2、3歩後退さると、闇に溶け込むように人込みの中に紛れ込んでしまった。



------------------------------------



「落ち着いて……さあ…このハーブティでもお飲みになって……。」
 草間興信所内の凍った空気を破ったのは、穏やかな声だった。
 銀というよりは白に近い髪を長く垂らした、優美な物腰の美女が奥からお盆を手に現れ、ソファの前のテーブルにカップを置いた。
 草間の机をバシバシ叩いていた男は度肝を抜かれたように彼女を見つめた。
「……さあ…お座りになってください……あの…お名前は…?」
「篠田明彦です。ええと……。」
「私は…シャルロット・レインです……。」
 シャルロットは草間の前にも同じカップを置く。手に持ったコーヒーと見比べ、草間が複雑な顔をする。
 大人しくソファに座った篠田の前のソファに腰掛け、シャルロットはハーブティを優雅な指使いで口に運んだ。
「……順番に話してくれないかしら…? ……どうやって…どこで…その呪いをかけられることになったのか……。」
「順番も何も……。とりあえず、あの少女に会ったのは3日ほど前だ。突然名前を呼ばれて、『あなたは1週間以内に死ぬ。』って言われたんだ。」
「……巷で有名と言ったけど…何故…3日も経ってからここに…?」
「まさかそれが有名な呪い師だとは思わなかったからに決まっているだろう!」
「……ということは…恨まれる心当たりがあったのかしら…? …先ほど…謂れのないことだとあなたは言ったけれど……?」
「心当たりなんてあるわけがない!!」
 篠田は怒りのあまり立ち上がったが、シャルロットの赤色の瞳に見つめられ、身動きができない。まるで見透かされているような感覚に、篠田はその場に立ち竦んだ。
「……嘘をついても無駄……。あなたのせいで死んだ人たちが成仏できずに漂っているわ……。」
 ぎょっとしたように篠田が後退さる。
「なんなんだこいつは!!」
 シャルロットを指差し、篠田は草間に詰め寄る。
「…まあ…人を指差してはいけないわ……。」
「黙れ、化け物!! なんなんだここは! こんなところにいてられるか!」
 篠田はひとしきり罵ると、足音も荒く草間興信所を飛び出そうとした。
「どうどうどう。はい、落ち着いて落ち着いて。」
 外に出ようとしたところ遮られ、篠田はその場でたたらを踏んだ。目の前には、全身黒ずくめの長身の青年が、柔らかく微笑んでいる。肩に軽く銀髪が掛かっていた。
「誰なんだお前は!」
 草間は振り返ってきた篠田に怒鳴られたが、草間にも見覚えのない人物だった。
「えーと……依頼人じゃないみたいだけど。」
「私の名前は、九鬼・真依。怪奇探偵の噂を聞いてきたんだが……。」
 九鬼と名乗った青年は篠田をにこやかに見下ろした。
「話を聞いていれば何やら面白そうな依頼で。実は私は陰陽師なのですが、よければ協力しましょうか? とりあえず、身代わりの符とかどうでしょう。何かあればこれが代わりに災害を受けてくれます。」
 九鬼が懐から取り出した符に、篠田の目が光る。その現金さに、九鬼は内心でにやりと笑った。気分的には、罠に掛かった獲物を見つけたときの狼に似ている。
「分かった頼もう。」
 篠田は自分が最も安心できる方法を受け入れた。



 篠田との話は、身代わりの符と緊急のときのために九鬼が式を近くに置くことでまとまった。来たときとは打って変わって元気になって帰っていった篠田を見送った後、シャルロットは九鬼にもハーブティを勧めた。
 草間はハーブティは匂いだけ楽しみ、まだ残っているコーヒーに口をつけた。
「九鬼は怪奇探偵のことを聞いてやってきたと言っていたな。」
「ああ。見に来て早々、事件が起こってるとは思わなかった。」
「……怪奇現象の方は本業じゃないんだが。」
 草間の呟きが小さかったのか、九鬼にその言葉は黙殺された。草間も返事は求めず、シャルロットに向き直る。
「……で、シャルロットは結局のところどうだったんだ? 篠田さんには本当に成仏できずに漂ってい霊でもいたのか?」
「…別に…普通だったわ…。抱えている恨みも普通の人と変わらない……。…特別に恨まれるようなものは何も…。」
「そうかなのか。」
 わざわざ脅したのか、とは聞けなかった。シャルロットもまた、たまたま草間に新しく手に入れたハーブティを持ってきてくれただけなのだ。こんな事件に巻き込まれるとは思ってもいなかっただろう。
 シャルロットは微かな音を立てて、カップをソーサに戻した。ゆったりした動作で落ちてきた髪を払い、感情のない人形のような瞳を草間に向ける。
「…でも…篠田さんの生きる望み……彼女に依頼した人の呪いの望み……一体…どちらが強いのかしら……それによって…私は判断するつもり……。」
「私はそんなことに興味はない。ただ依頼を完璧に遂行するだけだ。」
 九鬼は笑みを湛えたまま、冷たくそう告げた。
 対称的な二人の様子に、草間は困ったように頭をかいた。
「兄さん!」
「零?」
 突然弾丸のように部屋に飛び込んできた人物に、草間は目を丸くした。普段落ち着いている零の姿はなく、ひたすら慌てている。
「兄さん大丈夫ですか? なんかさっき変な人に会って、月影杏子とかいう女の子で、誰か呪い殺すとか、兄さんが阻止するとかなんとか。よく分からないんですけど。」
「落ち着け零、さっぱり分からん。」
「はい。」
 零は言われたとおり、大きく深呼吸し、何とか自分を落ち着けようとする。
「……呪い殺す……?」
 シャルロットは素早くその一言を聞き取っていた。九鬼もはっとしたように零を見る。
「相手は月影杏子というのか?」
「はい、誰かを呪い殺すって言ってました。」
「変だな。通常、呪いと言うのは呪っている事実を他人に話したりはしないものだが。」
 呪殺は人にその事実を知られ、見られる事で効力を失う。下手をすれば本人に術が返るものだ。
 九鬼はそこまで考えてふと依頼人のことを思い返した。篠田は感情の起伏の激しい男だった。あの男なら呪いという言葉をつきつけて、自滅に追い込む事も出来そうだが、と内心で嘲笑う。
「……それはどこで会ったの…?」
「すぐそこの道路です。スーパーで買い物をしてぶらぶらしていたので。」
 本当に適当歩いていた零は、詳しく周囲を見ていなかった。ただただ驚いて興信所までとんぼ返りしてきたのだ。
「…そう……。」
「どっちにしろ、私がその依頼を引き受けたから、草間は大丈夫だ。」
 九鬼は安心させるように零に微笑みかけると、ソファから立ち上がった。
「それでは私はこれで失礼する。ハーブティをどうも。」
「ああ。気をつけてくれ。」
「心配ご無用。では。」
 九鬼は颯爽と踵を返すと同時にシャルロットも立ち上がる。
「……零さんにもハーブティを淹れましょうね…。」
 ハーブティを口にしない草間に当て付けるように、シャルロットはわざわざ草間を振り返って微笑んだ。



 草間興信所を辞して、シャルロットは零が月影杏子と出会ったという場所に足を向けてみた。往来の激しい雑踏の中で、シャルロットは立ち竦む。
「…これは……。」
 ものすごく強い思念を感じる。人の集まる場所はそれなりの思念が淀むものだが、それを全て上回るほどの念が立ち込めていた。
「……一体なんなの…?」
 シャルロットは呆然と呟いた。どこかで小さな望みを囁く声が聞こえたような気がしたが、すぐにどろどろとした空気に飲まれて消えた。
「…これほどの強い望み…篠田さんは危ないかもしれないわね……。」
 翌日、シャルロットは再び同じ場所へとやってきていた。やはり人は多いが、昨日の強い思念は大分と薄まっていた。
 シャルロットはコンビニの前のガードレールに近づき、その場にしゃがみこんだ。
「…どうしたの…?」
 他人の望みを叶えるというシャルロットの能力が引き寄せられたのは、姿なき相手にであった。シャルロットに相手の姿は見えない。だが、明確な望みだけは感じ取ることが出来た。
「……助けて欲しいの…。暗い暗いところ…。あなたが行くところではなくて…誰かが連れていかれそう……。」
 聞こえる望みを口に出してみるが、今ひとつよく分からない。
「お姉さん、何してるの?」
 しゃがんだまま顔を上げると、同じくらいの視線の高さに幼い少年が立っていた。手には小さな花束を抱えている。
「…あなたは何をしているの…?」
「花を供えにきたに決まってるだろ。」
 どこか怒ったように言われる。シャルロットを手で追い払い、ガードレールの下に蹴られないように花を置く。
 不意に周囲の空気が重くなったのが分かった。昨日感じた黒い思念が漂いだす。シャルロットはじっと少年を見つめた。まだ小学校低学年ほどの幼さだ。
「……あなた…名前は…?」
「聞いてどうすんの? 言っとくけど、飴くれてもついて行ったりしないからな。」
「…まあ…せっかく美味しいハーブティとクッキーをご馳走しようと思ったのに……。」
「行かない!」
 ふいっと少年は歩き出してしまう。
「ちょっと待って……月影杏子さんって知ってるかしら…?」
「……誰って?」
 少年が怪訝そうに振り返ってきた。瞳の奥が動揺で揺れている。警戒した方がいいのか、しなくてもいいのか必死に探ってこようとしている。
「…私はシャルロット・レイン……本当に何もしないわ。そんなに心配なんだったら…私の家じゃなくて近くのカフェでも入りましょうか…?」
「俺は柳大輔。コンビニでお菓子買って、ここで食う。」
 目の前のコンビニを指し示し、大輔は偉そうに胸を張った。シャルロットは薄く微笑み、少年の仰せのままにお菓子とジュースを買って、人の邪魔にならないようにガードレールの下に座り込んだ。幼い少年と浮世離れした優美な物腰の美女が2人で小さくなっている様は異様な光景であった。
「…大輔くんは誰に花を供えにきたのかしら……?」
 シャルロットは食べ物に釣られて表情が柔らかくなった大輔に尋ねてみた。途端に空気が重くなったので、シャルロットは大輔が落ち着くまで口を閉じるしかなくなる。
「俺の犬がここで死んだんだ。」
 しばらくして、暗い瞳で大輔が囁くように告げた。一度口にしてしまうと、あとは滝のように流れてくる。
「俺はコンビニでちょっと買い物をしてただけで、ここに繋いでいたんだ。賢い奴だったから、ちゃんと大人しく待ってた。それなのにあいつは、繋がれて動けないサクを蹴ったんだ。蹴っただけじゃない。踏んづけたんだよ! あんなに小さい犬だったのに。」
 ぽろぽろと両眼から涙が零れ落ちてきた。大輔は乱暴にそれを拭い、必死に堪えようとしている。
「慌ててサクに駆け寄ったら、もうぐったりしてた。しかも血まみれだったの。内臓が破裂するまで思いっきり踏んだんだって。それなのに、あいつはそんな記憶はないって言い張るんだ。父さんと母さんは、きっと酔っ払ってたんだろうって言ってた。でもね、逆に訴えてやるって喚きたてられて、父さんと母さんは諦めたんだよ。」
「……大輔くん……。」
「忘れなさいって言われて、納得できると思う? 俺は無理だよ。サクは殺されたんだ。なんで、あいつは罰を受けないの?」
 一気に恨みが膨れ上がる。子供ゆえの純粋さで願う強い想い。
 シャルロットはそれが望みならばと沈黙していたが、先ほど聞こえた小さい声が再び聞こえ始めた。
 それは、囁きと言って差し支えないほどの弱々しさを持っているのに、シャルロットが無視できないほどの強さを持っている。
「…サクくんね……あなたは一体なにを望むの?」
 台風の前にあって、シャルロットはじっと微かな声を聞いていた。
 暗い暗いところに、連れて行かれてしまう恐怖。大好きな飼い主さまが自分のせいで闇に引きずられている現状。
「……恨みを忘れることが出来ないのならば……病気で亡くなったことにしましょうか。」
 シャルロットは大輔の両目をそっと手で覆う。
 記憶改竄のために。小さく強い望みを叶えるために。



「シャルロット?」
 大輔を膝に寝かせ、頭を撫でていたシャルロットの前に、草間が現れた。煙草が切れて買いに来たのか、掃除をすると言われて零に興信所を追い出されたかのどちらかであろう。
 草間は地べたに座り込んでいるシャルロットを不思議そうに眺めている。シャルロットは草間を見上げ、淡く微笑んだ。
「人を呪い殺すとは…心に闇を植え付けるということ……。一度ついた闇は二度と消えることはないわ…。サクくんは…大好きな飼い主を守りたかったのよ……。」
「そうか。」
 草間は経過が分からず、怪訝な顔をしながらも頷く。
「…一番小さな声が…最も強い願い……。私はその望みを叶えてあげただけ……。」
 人を惑わす魔女のようでもあり、母性に溢れる導き手のようでもある不可思議な雰囲気を纏って、シャルロットは呟いた。



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1158 / シャルロット・レイン / 女 / 999 / 心理カウンセラー】
【1055  / 九鬼・真依 / 男 / 810 / 陰陽師】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

初めまして、龍牙 凌です。
今回のプレイングはお2人とも内容がほぼ正反対だったので、少し難しかったです。
前半部は共通ですが、後半部は異なっておりますのでご了承ください。
篠田を殺すか殺さないか迷ったのですが、結局はこうなりました。
お気に召していただけたら嬉しいのですが…。
それでは、これからもよろしくお願いします。