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調査コードネーム:うたう怪奇探偵
執筆ライター :水上雪乃
調査組織名 :草間興信所
募集予定人数 :1人〜4人
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‥‥町内カラオケ大会‥‥
草間武彦は、げっそりと回覧板を投げ出した。
なんだって、こんなローカリィなイベントに出なくてはならないのだろう。
司会とかいうならまだしも、歌えとは‥‥。
「町内会長め。ぜってー後で泣かしてやる」
不穏当なことを決意する。
しばらく前、珍しく酒などを持って現れたのは、今日この日のためだったのだ。
気をよくして、
「俺にできることがあれば言ってください。手伝いますよ」
などといった自分の浅慮が恨めしい。
回覧板の出場者欄には、すでに怪奇探偵の名が記されていた。
しかも、優勝候補だのプロ級だのと適当な形容詞が添えてある。
「いつから俺は芸能活動を始めたんだろう?」
やや深刻な疑問が浮かぶ草間だった。
ひとそれを、現実逃避という。
「くっそー 俺一人で不幸になってたまるか。周りの連中も巻き込んでやる」
邪悪な笑いとともに、ボールペンを手に取る。
「うへへへー みてろよー」
下手な字で、どんどん友人の名を出場希望の欄に書き込んでゆく。
なかなか思い切ったことをするものである。
こういうことばかりしているから、自分の信用度が地に潜っているのだと、草間は死ぬまでに気がつくだろうか。
まあ、たぶん無理であろう。
昼下がりの陽光が、苦笑するように事務所に注ぎ込んでいた。
※コメディーです。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
受付開始は午後8時からです。
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うたう怪奇探偵
のんびりとした昼下がり。
小春日和(インディアンサマー)の陽光が、事務所を包み込んでいる。
差し迫った仕事もなく、長閑な一日だ。
「平和ねぇ」
コーヒーなど啜りつつ、シュライン・エマが口を開いた。
静かに揺れる褐色の液体が、蒼眸を映し出している。
まったく、平和な事である。
怪奇事件もなく、怪しげな団体からの襲撃もない。
つくづくと、平和な事である。
「うー」
唸っている一人を除いて。
このちっぽけな探偵事務所の所長、怪奇探偵という嬉しくもなんともない異名を持つ男だ。
草間武彦という。
「いい加減、腹くくったら? けっこー鬱陶しいわよ」
苦笑をたたえるシュライン。
「うー」
唸り続ける草間。
なんともシュールな光景だが、これでも一応、二人は恋人同士だ。
「唸ってても仕方ないじゃない。どのみち出場しなきゃいけないんだし」
「うー」
「あきらめて練習しましょ? その方が建設的よ」
「うー」
目下のところ、怪奇探偵を悩ませているのは町内カラオケ大会だ。
たいして深くもない事情があって、このローカリィなイベントに、出なくていけないのである。
知恵をめぐらし、仲間たちを巻き込んだものの、彼自身も出場するのだという事実は、厳として動かない。
「いいじゃない。私たちって仕事柄ご近所にも迷惑かけてるし。こういう機会に少し点数を稼いでおいた方がいいわよ」
妙に打算的なことを言うシュラインも、じつは出場者名簿に名を記載された一人である。
怪奇探偵の謀略によって。
とはいえ、事務所随一の歌い手である黒髪の美女が、カラオケ程度で怖じ気づいたりするはずがなかった。
「『風に吹かれて』と『オーバーザレインボー』、どっちにしようかしら?」
などと、古い洋楽から選曲の最中である。
「そりゃシュラインは上手いし、レパートリー多いから良いけどよ‥‥」
「ちなみに武彦さんの十八番ってなんなの? 歌ってるの見たことないんだけど」
「うーん。俺あんまり音楽も聴かないからなぁ」
「それだって、一曲くらい歌えるのあるでしょ、なんかないの?」
「ううむ‥‥」
「いっそ、ふたりで『ギンコイ』でも歌う?」
冗談めかしてシュラインが提案する。
デュエット曲は少し恥ずかしいが、彼女が上手くフォローすれば、草間もやりやすかろう。
このあたり、青い目の事務員は恋人に甘すぎるかもしれない。
そのとき、考え込んでいた探偵が声をあげた。
「どうしたの?」
「あるぞ。俺が歌える曲!」
自信満々に頷くと、そのまま隣室へと駆け込んでゆく。
小首をかしげるシュライン。
ややあって、なんだか古くさい楽器ケースを抱えた草間が、意気揚々と戻ってきた。
「なにそれ?」
「エレキバイオリンだ。中学の頃、カツア‥‥じゃなくて、友達からもらったんだよ」
「へぇ」
不穏当な言葉が混じったような気がするが、あえて指摘せず、シュラインは素直に驚いて見せた。
怪奇探偵とバイオリン。
たしかに、なかなか意外な取り合わせだ。
「といっても、弾けるのは一曲だけだけどな」
恋人の内心を読んだように、照れ笑いを浮かべる草間。
「どんな曲?」
ちょっと興味を惹かれ、問いかけてみる。
「当時のアニソンで、『咎人の世』ってのがあったんだ。その間奏が格好良くてなぁ。これだけは憶えたのさ」
少年のように瞳を輝かせる。
「‥‥あにそん‥‥」
げっそりと、シュラインが溜息をついた。
べつにアニメーションの主題歌を卑下するつもりはないが、「アニソンを熱唱する探偵」というのは、いかがなものだろう。
想像すると、少しだけ哀しい。
「これで恥をかかずにすむぞ。いや、むしろ優勝狙いだ」
からからと笑う怪奇探偵。
そういう問題だろうか、と、青い目の美女は思う。
だがまあ、本人が良いというなら、良しとしておこう。
と、やや投げやりなことを考えたとき、勢いよく事務所の扉が開かれた。
「草間! これはどういうことだ!!」
弾丸のように、女子高生が飛び込んでくる。
茶色の髪、兄と同じ紅の瞳。
巫聖羅だ。
手に持った出場通知が、わなわなと震えている。
むろん彼女も、怪奇探偵の策略の餌食となった一人だ。
より正確にいうと、彼女の兄こそが犠牲者なのだが、危険を察知した浄化屋は、所用と称して札幌に出かけてしまった。
野生動物並みの防御本能といって良いだろう。
このあたり、聖羅はまだまた兄に及ばないようだ。
「いやまあ、みんなで出場した方が楽しかろうと‥‥」
「せからしか!!」
反魂屋を営む女子高生の高速回し蹴りが、怪奇探偵のテンプルにクリーンヒットとする。
「はぅあ!?」
言い訳を、最後まで言い切ることもできずに吹き飛ぶ草間。
「聖羅ちゃん‥‥パンツ丸見えよ‥‥」
やれやれと溜息をつくシュライン。
まあ、ミニスカートでこんなアクションなどをすれば、下着くらい見えてしまうというものだ。
ただ、そういう問題ではないような気もする。
友人のパンツの心配をするより、恋人の安否を気遣う方が有益だろう。たぶん。
「シュラインさまは、素直じゃありませんから」
「でも、そこに草間さんも惚れたのでしょう」
えらそうな論評が戸口から聞こえ、慌ててシュラインが振り向く。
「いつのまに‥‥」
微笑をたたえて立っていたのは、那神化楽と草壁さくらだった。
「べつにこっそり入ってきたわけじゃないですよ」
美髭の絵本作家が笑う。
どうやら、騒動のせいで気がつかなかっただけらしい。
「で、今日は何の用?」
やや憮然と問いかける。
「犠牲者二号です」
「同じく、三号ですわ」
出場通知をひらひらさせる絵本作家と骨董屋店員。
草間の魔手は、こんなところまで広がっていたようだ。
シュラインが肩をすくめる。
だが、その慨嘆は少しばかり早すぎた。
「四号ですぅ‥‥」
幽霊みたいな声を出しながら、隣室から出てきたものがいる。
怪奇探偵の血縁のない妹、零である。
「武彦さん‥‥アンタって人は‥‥」
内心で涙ぐむシュライン。
あるいは、このバカ探偵は、いまのうちに抹殺してしまった方が良いのかもしれない。
世界の平和と安寧のために。
聖羅ちゃん。やっちゃっていいわよ。
たいそう危険な指示を無言で飛ばす。
もちろん聖羅は超能力者ではなく、シュラインの不穏当な指令は聞こえなかった。
したがって、トドメを刺されようとしていた草間が助かったのは、偶然の範疇に入る出来事である。
「あ、零ちゃん久しぶり〜〜」
遊びあきた玩具のように怪奇探偵を床に投げ捨て、聖羅が零に歩み寄る。
「えっと、そんなに会っていませんでしたか? 聖羅さん」
「二日くらい☆」
「あんまり久しぶりじゃないような気がします‥‥」
「むー」
「でも、会えて嬉しいです」
「うん☆」
なんだか和気あいあいととした会話を繰り広げる反魂屋と死霊兵器。
この間、草間が、
「俺の扱いって、なんか酷すぎると思わないか‥‥?」
などと呟いていたが、たいして同情はひけなかった。
「適正ではないでしょうか?」
「いやぁ。むしろ甘い方でしょう」
とは、那神とさくらの、じつにありがたい評価である。
困ったような顔をしながら、シュラインが恋人と仲間たちを交互に眺めていた。
「やっぱり『憧憬の布哇航路』にしましょうか。『青い山並』も捨てがたいですが」
「あ、懐かしの昭和歌謡ね。なんか那神さんらしいわ」
「それは褒め言葉ですか?」
「微妙なところね‥‥」
絵本作家と事務員が笑い合う。
その横では、聖羅と零が「王女王女」の『金剛石』などを練習中であった。
さらに隣室からは、
「一〇〇〇年ねむる街は〜 ういんでーぷれいーんー」
などと、調子はずれのアニメソングが聞こえてくる。
どうやら探偵事務所は、臨時の歌謡スタジオと化してしまったようでだ。
なかなかに近所迷惑な話である。
なんだかんだ言っても、皆、それなりに楽しんでいるようだ。
とはいえ、まだ選曲に悩んでいるものもいる。
「玉樹後庭花‥‥ないですね‥‥」
歌本をめくりつつ、さくらが溜息ついた。
まあ、それはあまりカラオケにある歌ではないだろう。
金髪の美女には、たぶんカラオケの概念から説明する必要があるらしい。
「ねえねえ。玉樹後庭花ってなに? さくら」
興味を持ったのか、聖羅が練習を中断して訊ねる。
「陳叔宝の作になる詩です。傑作として知られていますよ」
知られているといっても、高校生の聖羅が知っているはずがない。
小首をかしげる聖羅に、
「中国の南北朝時代の終末期、南朝陳帝国の最後の皇帝が作った歌です。聖羅ちゃん」
と、那神が説明をはじめた。
陳帝国のラストエンペラー、陳叔宝とは、歴史上燦然と輝く暗君である。
あるいは破滅型君主というべきであろうか。
いずれにしても、彼は国政には全く興味を示さなかった。
彼が愛したのは、美女と詩歌である。
ことに、絶世の美女と伝えられる張麗華への寵愛ぶりは、すさまじいものだったらしい。
なにしろ政務を執るときですら、彼女を膝に抱いたままだったという記録が残っているほどだ。
これほど公私の別ができない皇帝では、国が乱れるのは当然である。
結局のところ、陳帝国は西暦五八九年に随によって滅ぼされ、張麗華も殺されるのだが、陳叔宝は隋の貴族として待遇され、西暦六一四年に安らかな死を迎えるまで、なに不自由のない生活を送った。
気楽な一生で、羨ましいことではある。
それはともかくとして、玉樹後庭花とは、その陳叔宝が張麗華の美しさを讃えて詠んだ歌だ。
「妖姫の瞼は花に似て露を含み、玉樹の流光は後庭を照らす」
と、歌いおさめは、このような感じである。
なかなかに耽美で優美な作品だが、カラオケにあるはずもない。
「へぇ〜 那神さんって博識〜〜」
絵本作家の話に、聖羅が感心する。
まあ、高校の教科書では、ここまで教えない。
「いえ‥‥それほどでも‥‥」
なんだか照れ笑いを浮かべる那神。
どうも女子高生パワーに押されがちだ。
一七歳という年齢差は、中年男にとっては少々重いらしい。
「さくらは『フラワー』でも歌ったら? けっこー似合うと思うわよ。さくらってキー高いし」
シュラインが提案してみる。
このあたりが無難な線だろう。
「えーと、この『余作』というのにしようかと思っていたのですが‥‥」
「やめてよ‥‥超高音『余作』なんか‥‥」
まるで音波兵器よ、という言葉は、かろうじて飲み込んだ。
それが友情というものだ。
「はあ‥‥そうですか‥‥?」
釈然としない表情のまま、曖昧に頷くさくら。
そういえば、恋人たる調停者も、
「さくらは最終兵器だから、滅多なことでは唱ってはいけない」
と、言っていた気がする。
きっと、さくらの歌声はセイレーンのように優美で蠱惑的だから、人を惑わしてしまうのだ。
姉川の戦いのときも、平家の軍勢がさくらの歌声に感動して軍を退いたし。
空を遊ぶ鳥も、歌を聴くために落ちてくるし。
魚たちすら、聞き惚れるように腹を背にして浮かび上がってくる。
「皆さんに楽しんでいただくためにも、思い切り大きな声で唱いましょう☆」
決心をかためる金髪の美女であった。
無知は誰かを傷つける、という解釈でいいのだろうか?
さて、そんなこんなで、カラオケ大会当日が訪れる。
そして結果からいうなら、大会は途中閉会を余儀なくされた。
三〇名ほどの参加者の中で、興信所からの出場は六名。
このうち、聖羅と零がデュエットするので、五組ということになる。
最初に唱ったのは、エントリーナンバー七番のシュラインだった。
歌は『ホテル・カリフォルニア』。
抜群の歌唱力と美声は、聴衆を聴き惚れさせたものだ。
さすがに事務所一の歌い手である。
続いて登場したのは、八番にエントリーされた聖羅と零のコンビだ。
シュラインに比較すると拙いものだったが、元気で明るい歌声には、たくさんの拍手が送られたものだ。
まあ、ここまでは普通のカラオケ大会である。
町内会館も、ほどほどに盛り上がっている。
風向きがおかしくななったのは、那神がステージに上がってからだ。
たいして緊張もしていないことから、彼は上手い、と多くの人間が思いこんでいた。
これがひとつの問題である。
ところが、世の中には「下手の横好き」という言葉があるのだ。
それを体現して見せたのが、この絵本作家だった。
だがまあ、この手のイベントは、本人が気持ちよければそれで良いのだから、それはまあよい。
しかし、
「あいー♪ さんさんとー♪」
いきなり歌詞が変わるにいたって、会場は混乱の渦に叩き落とされた。
どうやったら、『憧憬の布哇航路』のメロディーで『らぶ燦々』が歌えるのだろう。
「ま、まともに考えると歌えるわけないんだけどねー」
「‥‥ベータ‥‥さすがだわ‥‥」
すでに出番を終えてくつろいでいる聖羅とシュラインが、なんだか良く判らない感想を漏らす。
気楽なことではある。
所詮、優勝商品といっても温泉旅行のプレゼントだから、たいして真剣になれないのかもしれない。
「参加賞のコーヒーギフトでも、けっこう助かるし」
とは、実務家の大蔵大臣が言ったことである。
那神ズのあれでも、まあ参加賞くらいはもらえるだろう。
とはいうものの、前述の通り大会は終了することなく幕を閉じるのだが。
原因となったのは、櫻月堂からやってきた最終兵器だ。
あるいは、刺客だったのかもしれない。
人類に対する。
紅唇が紡ぐ『フラワー』の音色は、聴衆の心臓を鋼の糸で締め上げ、脳髄にハンマーを叩きつけていった。
金髪の美女が、じつに気持ちよさそうに歌い終わったとき、「会場の七四パーセントが瀕死状態だった」と、公式記録は伝えている。
まさに、現代によみがえるラインの魔女だった。
「あらあら。皆さま感動のあまり気絶なさってしまったのですね」
頬を赤らめるさくら。
誰もなにも指摘しないから、彼女の誤解は、当分の間とけることはないだろう。
こうして、なしくずし的に大会は終わる。
巨大な不満を抱える一人の男を残して。
「‥‥俺の出番は‥‥?」
ぽつりと寂しそうに呟くのは、とりをつとめる予定だった男。
怪奇探偵という異名の三〇男である。
小洒落た服装。
弦を張り替えたエレキバイオリン。
美容室でセットしてもらった黒髪。
「‥‥俺の出番は‥‥?」
誰もいない会場に、草間の声が回遊する。
万感の思いを込めて。
まるで、大海を漂う孤舟のように。
臨時に設置されたミラーボールが、くるくると回っていた。
終わり
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/ シュライン・エマ /女 / 26 / 翻訳家 興信所事務員
(しゅらいん・えま)
0134/ 草壁・さくら /女 /999 / 骨董屋『櫻月堂』店員
(くさかべ・さくら)
1087/ 巫・聖羅 /女 / 17 / 高校生 反魂屋
(かんなぎ・せいら)
0374/ 那神・化楽 /男 / 34 / 絵本作家
(ながみ・けらく)
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■ ライター通信 ■
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お待たせいたしました。
「うたう怪奇探偵」お届けいたします。
考えてみると、草間興信所でコメディーを書いたことって、あまりないですねぇ。
いかがだったでしょうか?
楽しんでいただけたら幸いです。
それでは、またお会いできることを祈って。
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