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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


真夜中の遊園地 〜手招きするコースター〜

●オープニング
「お久しぶりです、皆さん」
 ある日、ゴーストネットに訪れたのは里中・雪斗(さとなか・ゆきと)という少年だった。
 小学生の雪斗の隣には、黒い背広を来たサングラスをつけた執事が付き添っている。
「ゆきくん」
 雫が真っ先に気がついて、彼に近づいた。
「どうしたの? よくここがわかったね☆」
「はい。いつもお願いばかりしてるから、御礼に来なければと思いまして」
 雪斗はにこにこして答えた。
 この少年は、倒産した遊園地を買い取り、テーマパークに改築している財団のオーナーの一人息子だった。
 だが「山中遊園地」と呼ばれていたその遊園地は、何故か怪異が絶えず、彼は父の悩みを助けるためにと、今までに何度もゴーストネットに助けを求めて来ていたのだ。
「お礼? そんなの気にしなくていいよ」
 雫が言うと、雪斗は執事に持たせていた菓子折りを受け取ると、彼女に渡し、小さくこくびをかしげた。
「これお土産です‥‥。でも、ほんとにお礼に来たつもりだったのに、実はまた起っちゃったんです」
「あ、ありがとう〜。じゃ、遠慮なく☆ あ、やっぱりそうなんだ」
「‥‥やっぱりって」
 一瞬、どよ〜んとなる雪斗に、明るくごめんごめんと繰り返す雫。
 雪斗はようやく、話し始めた。

「今回は改築ではなくて、新築したジェットコースターの話なんです。
 アメリカから会社の人をお願いして、試運転も何度もして、間違いはないってことが判明してるコースターなんだけど、試乗試験をしようとすると、乗った人は必ず真っ青な顔をして降りてくるんです。
 三番目のループに、黒い服の女性が立っていて、手招きをする、って。
 もちろん、ジェットコースターに乗らない人には、その女性は見えません。ただ、あまりにも鮮明に見えるので、会社の人達も怖がって、もう誰も乗ろうという人がいないんです。
 それで、ずっと完成と呼べないままの日が続いてたんだけど、つい一昨日、そのジェットコースターをデザインした、建築家の人が「俺を乗せてくれ」って言ってきて、彼だけ乗せてコースターを動かすことにしたんです」
 雪斗はそこで、コホンと息をして、入れてもらった紅茶を口に含んだ。
「どうなったの?」
 雫が尋ねると、雪斗は頷いて、俯く。
「戻ってきたコースターに、その建築家の人の姿は無くなっていたんです。安全装置は降りたままになっていました。もちろん事故でもない。
 消えちゃったみたいに、その人の姿がなくなってしまって‥‥」

●山中遊園地
 関東から電車で2時間程、乗り継ぎを重ね、二人は『山中遊園地』という小さな駅に降り立った。
 名前の通り、山林に囲まれた山奥の遊園地といった風情で、広大な敷地の半分が動物園で、半分が遊園地といったつくりになっているそうだ。
 とはいえ、遊園地の方は9ヶ月程前より営業を休止しており、目下、リニューアルオープンに向けて工事中だった。
「うわ、寒っ‥‥」
 ハーフコートを着込んだ少年は、駅から外の町へ足を踏み入れるなり、そう言って、コートの襟を引き寄せた。
「冷えんな〜‥‥鞠、マフラーつけた方がいいぞ」
 ぶっきらぼうな話し方に、鋭い目つきが印象的な少年だ。穏やかな老人達は、彼に何かを感じるのか、ちらちらと視線を向けて避けて歩いていく。
「そうですか」
 電車の中も、ホームでも、暖房がきいていたため気付かなかったが、山の高い場所にある土地だけに空気もとても冷え冷えとしているのだ。
 背後で、まだホームの中にいる彼の恋人の崗・鞠(おか・まり)は、紙袋にたたんでしまっておいたマフラーを取り出すと、首にゆっくりとまいた。
 日本人形のように美しい少女である。ただ、表情に乏しいのが難点か。いや、そこもまた彼女の魅力なのかもしれない。
 それを確認してから、水無瀬・龍鳳(みなせ・りゅうほう)は、ゆっくりとホームの階段を下り、見慣れない町並みを眺めた。
 遊園地はともかく、動物園のほうは、まだ細々と営業をしているらしいので、人影はそれほど多くはないもの、親子連れが睦まじく歩いているのがよく視界に入った。
「あっちだな、行ってみようぜ」
「はい」
 歩き出した龍鳳の後を追い、鞠は隣に並んだ。
 その視線がふと、龍鳳の右手に降りる。「ん?」龍鳳が気付き、「‥‥あぁ」と溜息のような呟きを漏らした。
 右手が鞠の左手の甲を、捕まえると、ぎゅっと握った。
 視線は向けてくれないが、その手はとても暖かい。
 鞠は微かに目を細めた。
 やがて、二人の視界に『山中遊園地』と書かれた、年季の入った看板が目に入ってくる。その下には『只今2003年夏に向けてリニューアル中!』と大きく書かれていた。

 昭和の始めから、ここに作られていたというこの遊園地は、この付近に住む人々に、長いこと夢や希望を与え続けていた。
 しかし、この長い不況により、親会社が倒産という憂き目にあってしまったのだ。
 新しくそこを買い取ることになったオーナー会社は、古臭いこの遊園地を近代的にリニューアルし、客の入る場所にしようと巨額の投資をかけているという。
 だが、山中遊園地は並の遊園地ではなかった。
 この遊園地のある立地は、霊の多く集まる土地であるらしい。この遊園地の近場には、色々と有名な霊のスポットがある。そして最大のスポットはここかもしれない。
 そこに工事の手を入れようとして、今までに色々な怪奇現象が起こり、工事は遅々として中々進まないでいるという。
「雫さんからのお話ですと、今までに、メリーゴーランド、観覧車、オバケ屋敷での怪奇を依頼されてきたそうです」
「で、今度がジェットコースターか。タダ券でももらえっかな?」
「どうでしょうね」
 鞠は龍鳳を振り向いた。
 龍鳳は口をゆがめるように笑った。
「なんだか、おまえ、少し楽しんでねぇ?」
「そうでしょうか」
 にこ。再び、鞠の口元が小さく微笑む。
「‥‥私、遊園地というものははじめてなんです」
「‥‥そうか」
 龍鳳は頷いた。それは龍鳳にとっても同じ‥‥だったが、そんな言葉を告げるよりも、彼は恋人の肩を抱き、引き寄せた。
「こういうトコロでデートってのも、悪くないかもな、ん」
「デートではありませんよ。お仕事です」
 そう言いつつも、鞠も龍鳳の肩に首を傾けた。
 動物と観覧車のイラストの書かれた門をくぐって、しばらく行くと、大きな駐車場の入口に出た。
 その先に、遊園地の入口と、動物園の入口が別れて作られている。
「人がいますね」
 鞠が気付いて、無人のはずの遊園地の入口を指差した。
 黒服のサングラスをつけた大人と、小学生程の白のダッフルコートの少年。
「雫がいってた案内人じゃねぇ?」
 龍鳳は、鞠との手を解き、小走りに駆け出した。鞠も後を追う。
 それは確かに、その遊園地の現在のオーナーの子息、里中・雪斗とその執事の青年であった。

●ジェットコースター
 無人の遊園地の中を、一台の黒のキャデラックが走っていく。
 遊園地だけでも広大な敷地だが、その中でもコースターは最奥部といってもよいような場所に作られていた。
 普通に歩いても15分はかかるという道のりを、手っ取り早く現地に着くためと、
 ほとんどのアトラクションがまだ工事中なのだが、唯一の完成に近い形なのだという。
「いくつか伺ってもよろしいですか?」
 後部席に龍鳳と並んで腰掛けていた鞠が、流れていく景色から視線を外して、話しかけた。
「なんでもどうぞ」
 助手席の雪斗が、にこりと微笑んで振り返った。
「んじゃまず‥‥」
 龍鳳が鞠と目配せしながら、口を開く。
「行方不明になった建築家のこと、もっと詳しく教えてもらえねぇかなって‥‥。もらってた資料だけじゃイマイチなんで」
「マリオさんのことですか。‥‥ええ」
 雪斗は頷いた。
 行方不明になった建築は、アメリカの遊園地の遊具専門のメーカーに勤める29歳のマリオ・ガーディスと名乗る青年である。
 アメリカ人だが、日本の大学に長い間留学経験を持ち、日本語はとても堪能だという。
「その建築家の方は、その女性に心当たりがあったのでしょうか?」
 鞠が尋ねる。
「そうですね、‥‥工事の関係の人に聞いてみたら、何日か前に「ずいぶん前から、女の幽霊を見ていた」っていうような話をされてたそうです。ただあまり話したがらなかったらしく、詳しく知ってる人はいませんでした」
「関係あんのかね、やっぱり‥‥」
 龍鳳は唸った。
「まだ、断定は出来ませんね。‥‥乗ってみて会えるのならば、女性の方にお話を聞いてみなければ」
「話の通じる奴ならな」
 苦笑して、龍鳳は車窓にだんだん大きくなってくる、正面のコースターに目を移した。

●ループの女
 コースターの下に降り立ち、その全体を下から見上げる。
 スパイダーズジェット。
 アメリカンコミックをモチーフにした20人乗りのコースター。最高部高度700m。落差35m。全長2分18秒の巨大コースターである。
 完成すれば、新生山中遊園地の看板ともなるようなアトラクションであろう。
「‥‥すげぇな」
 白銀に輝く、巨大な蜘蛛の巣。
 それがスパイダージェットの初見の感想だった。
 消えたデザイナーは、この蜘蛛の巣をどんな意図で作ったんだろう。龍鳳はふと、そんなことが気になった。
 皆に呼ばれて、階段を上がり、コースターの袂まで行く。
 既にスタンバイがすんでいたコースターは、この巣の持ち主である、コミックの主人公「スパイダーズ・ウーマン」をデザインした姿をしていた。
「へぇ‥‥」
 龍鳳は感心したように、口笛をひゅっと鳴らし、コースターの先頭に乗り込んだ。
 鞠も続けて乗り込む。
 雪斗が安全バーを確認し、ロックの仕方を教えた。
「あ、待って。もしさ、途中でその女が出た場合、ロックは外せる?」
「途中では無理です」
 雪斗はきっぱりと言った。
「じゃあ、俺はいい」
「駄目です。女の人が出るって言われてるのは3番目の一回転ループなんです。それまでに30度の傾斜の落下ポイントや2回のループもあるし、落ちてしまいます」
「‥‥あー」
「マリオさんはロックをしたままで姿を消されたはずです。関係ないかもしれませんね」
 鞠に言われ、龍鳳は渋々承諾する。
「それでは本当にお気をつけて。‥‥どうかよろしくお願いします」
 雪斗は二人に向かって頭を下げる。同時に、ガタンと大きな音が響き、コースターは二人を乗せて、ゆっくりと発進を始めた。

●スピード
 カタン。カタン。カタンと音をたてながら、なだらかな上昇にコースターは入っていく。
 700mの高さまでゆき、そこから25mの落下である。傾斜角度は30度。
 山中遊園地の、観覧車の次に高さのある建物である、その上昇途中から見える景色は、一面の山々と、そして遠くにかすんでみえる都会の景色が合間って、なかなか見ごたえがあるビューであった。
「龍鳳」
「なんだ? 鞠」
「富士山が見えますよ」
「まさか」
 安全バーを両手で抱えた鞠が見ている方向に、龍鳳が目をこらそうとしたその時。
 上昇が止まった。
「・・・・ん」
 ガタン!!
 刹那、突然の急降下が始まった。
 30度の角度は、体験としては垂直に落ちてるかのような印象を受ける。
「うわ‥‥キツっ」
 体に圧迫してくるGが、慣れてないだけに少し辛い。心配になり、隣の鞠を見る。鞠は美しい無表情のまま、龍鳳の視線に気付いて振り返り、微笑んだ。
「‥‥ほォ」
 龍鳳もニヤリと返すことにする。
 コースターは猛スピードのまま、次のコーナーへと入っていく。右へ大きくカーブをしたかと思えば、続けて再び急上昇。そして降下。
 それから左にカーブし、右に曲がって直進する。
 そして、一気に最初のループを大きくまわった。
「一つ」
 鞠が呟いた。
 次のループで「二つ」と数える。
 女が出るのは、次のループだ。
 右に回り、左に旋回し、蜘蛛の巣の上を縦横無尽に走り回るコースターの前に、やがて三番目のループが近づいてきた。
「三つ」
 凛とした鞠の声が響く。
 二人の前に、ループの上にたつ黒いワンピースの女の姿が見えた。
 長い黒髪の女。彼女は何かうらめしそうな表情でコースターを見つめていた。
「‥‥そこで何を‥‥」
 しているのですか?
 話しかける暇はなかった。コースターはすぐに次のコーナーへと進んでいく。
 乗り心地は、いささか乱暴気味で最高とは言いがたい。そんな感想を持ちながら、二人は元の発着地点へと着いてしまった。

「お帰りなさい」
 雪斗が微笑みながら迎えてくれた。
「いかがでしたか?」
「見えるには見えたけどな」
 龍鳳は頭をかいた。早すぎてよくわからなかった。
「もう一度、お願いします」
 鞠が雪斗に言う。龍鳳も同意した。
 再びコースターは、発進した。
 しかし、二度目も同じ結果だった。違うのは、女がこちらに視線を向けてきたということか。こちらのことに気がついてるのかもしれない。
 だが、多分、関心はそれほどない。そんな態度に思えた。

「‥‥ち、きしょー」
 龍鳳は、安全バーを拳で叩き、溜息をつく。
「悪ィ、雪斗。もっかい頼む。‥‥今度は作戦を変えてみるからよ」
「こちらは構わないのですが、続けてで大丈夫ですか? 少し休まれてからでも‥‥」
 ジェットコースターの激しい運転は、体力を消耗する。雪斗の心配げな声に、龍鳳は鞠を見た。
「鞠、疲れてるか?」
「大丈夫です。‥‥私も次は‥‥」
 鞠はぎゅっと手の平に何かを握った。頷いて、龍鳳は雪斗に頼む。
「もう一度だ」
「わかりました」
 ガタン。鉄をきしませて、コースターは再び、上昇の道のりに入っていく。

●攻撃
 三番目のループに再び差し掛かったとき、鞠は自分の袖の下に忍ばせてあった蔓草を手にとった。
 相手が興味がないのなら、興味をむかせてやろう。
 それが二人の作戦だった。
 女の姿が近づいてくる。
 鞠は蔓に念をこめた。みるみるその長さが伸び、丈夫な鞭とかわる。
 その鞭で女を絡めとろうと、彼女は強くそれを振り下ろす。
 同時に、炎を扱う術を持つ龍鳳も、手の平から炎の柱を女に向けてぶつけた。
『‥‥‥!!』
 女は素早くその場から高くジャンプして、それらを避けた。
 そして、コースターの上の二人に向けて、両目を赤く光らせながら、口を大きく開けて、何かを叫んだ。
 
 視界が暗転した。

●結界
 どこかで水の雫がこぼれたような、透明な音が響いたのを、頭の奥のどこかで聞いた。
 龍鳳は、けだるい体を腕をつきながら起こし、辺りを見回す。
 暗い光の届かない闇の中だ。目が慣れてきて、ようやく、隣に鞠が倒れていることに気がついた。
「おい、鞠」
 軽く肩を揺さぶると、彼女も目覚めて体を起こす。
 お互いに外傷はないようだった。
「ここはどこでしょうか」
「どこだろうな」
 そのとき、遠くで何かが吠えるような音が聞こえた。
 動物園から時折聞こえる、獣の咆哮だ。多分、猿だろう。遊園地の近くにいることは間違いないらしい。
 さらに目が慣れてくると、足元に白い糸が延びていることにも気付いた。その空間の床は、敷き詰められたように白い糸が繰りあわされて出来ている。
 まるで蜘蛛の巣のように。
「結界‥‥」
 鞠がぽつりと呟く。
「あの女性が作った結界の中に、いるのかもしれませんね」
「‥‥だとすると、ここにマリオもいるのか」
「‥‥はい」
 知らない声が龍鳳の隣で同意した。
 振り返ると、そこには金髪の青年が座り、二人の話を熱心に聞いていた。
「‥‥!! お、脅かすなっっ」
「オウ。ソーリー。そんなつもりは無かったのですが」
 マリオは弱弱しく笑った。
 ここに閉じ込められて、既に数日が経過している。その間、飲まず食わずだったというのだから無理もない。
「あなたを助けにきたのです、私達」
「といっても、どうやってここから抜けるか、だけどな」
 龍鳳が苦笑する。
「すみません‥‥私のために」
 マリオは頭を下げた。
「あー、それはいいんだけどさ、‥‥あんた、あの女と何か関係あるのか? 何か知ってるみたいだったって話を聞いたけど」
「‥‥私の知ってるあの人とは違うかもしれませんが、姿や声は、知っている人と同じですね」
「は?」
 マリオは溜息をついた。
「昔の恋人って‥‥やつですか」
 
 マリオは、日本に6年間の留学経験を持っていた。
 日本に住みまもなく、知り合った一人の女性がいた。だが、彼女は突然の交通事故で、命を落とした。
 深く愛して、結婚すら考えていたマリオは傷つき、嘆き悲しんだ。そしてその傷心から立ち直れぬまま、アメリカに戻り、さらに勉学に励み、遊園地のプロデュースをする会社に就職した。
 そして、長い間の苦労の甲斐あって、初めてのジェットコースターのデザインを任されることになったのだ。
 それがこの「スパイダーズジェット」である。
 初めての自分の作品ということもあり、彼は希望に燃えていた。何度も日本とアメリカを往復し、普通ならばアシスタントに任せてもいいところまで、チェックに余念がなかった。
 しかし、その施工の頃から、彼には気がかりなことが一つあった。
 工事現場に、その昔の恋人がよく立っていて、彼を見つめているのだ。
 もちろん人間ではない。その表情は何か心配げで、彼を気遣うように見えた。
 それは最初、彼にしか見えなかった。
 誰かに相談しようかと思ったが、自分の始めての作品である。けちをつけられるのが嫌で、一日も早く完成し、評価が欲しかった。恋人も頑張っている自分の姿が見たくて出てきたのだろう。そんな風に思った。

「でも、違ったんです。ミオは、私の邪魔をするために現れていたんだ。‥‥コースターに女が出て、気味が悪いから、コースターは完成しているのに披露するのは延期と言われて、私はとてもショックだった。
 あんなに愛していたのに、どうしてこんな酷い仕打ちを‥‥するのだろう。きっと外では、コースターから人が消えたと大騒ぎで、悪いレッテルを貼られているに違いない‥‥」
「まあ、半分は当たりだけどな」
 龍鳳は苦笑した。
 幽霊スポットとしていくら有名な遊園地だからといって、乗った者が行方不明になってしまうコースターでは、とても客を乗せられる代物ではない。
「何か伝えたいことがあるのでしょうか‥‥」
「‥‥それなら、こんなことをせずに直接話して欲しかった‥‥」
 マリオは肩を落とす。
 鞠と龍鳳は視線を合わせた。女に話をきく。それしか無さそうだ。
「ここにミオさんは現れますか?」
「時々‥‥。でも、何も言わずにまた消えてしまいます。僕が飢えて、死ぬのを待っているのでしょう」
「そりゃ、マイナスになりすぎじゃね?‥‥例えばさ、そのミオさんって人、遊園地の欠陥とか、何か危険なことの暗示とかしてるのかもしれねぇし。でも、待ってるのは性にあわねぇ。雪斗達も待ってるし」
 龍鳳は立ち上がると、空間の壁に向けて右腕を構えた。
 そこから炎の柱がたちのぼり、壁に広がる。鞠も蔓の鞭を、空間の天井に向けて伸ばした。
 攻撃をしたことで、自分達をこの空間に飛ばしたのだ。多分、彼女にメッセージを送るとしたら、ここで暴れるのも有効かもしれない、と考えたのである。
 その効果はすぐに現れた。
 鞠が鞭を伸ばしていた天井部分が割れて、白い光がまぶしく彼らの上に降ってきた。
 黒いワンピースを着た黒髪の女は、蜘蛛の巣の上に辿りつくと、鞠と龍鳳の二人をねめつけるように見つめた。
『‥‥暴れる者はだれぞ』
 その瞳は赤く輝いていた。人間の姿はしているものの、その心まではわからない。
「俺さ。何か文句ある?」
 龍鳳は手の平に赤い炎の玉を準備しながら、女に聞いた。
『笑止』
 女は右腕を前に出す。突然そこから白い糸が伸び、龍鳳の体を横に飛ばした。
「くっ」
「龍鳳!!」
 鞠が駆け寄ろうとする。その足元に向けて、再び糸が飛んだ。鞠は気付き、自分の鞭で、その糸を絡めた。
 だが、同時に女は左腕からも糸を出す。鞠の体にそれは絡みつき、彼女は床に叩きつけられた。
『食ろうてやろか、ふふふ』
 女は縛り上げた鞠の体を、手元に引き寄せた。
「鞠!」龍鳳は叫んだ。だが、その足元に糸が突き刺さる。女はクスリと笑う。その半身がみるみる形を変えた。
 腰から下が、巨大な蜘蛛に変わっていたのだ。
「な、‥‥なんだ、あれは‥‥」
 女はゆっくりと人間の両腕以外の6本の足で歩き、鞠に近づくとその体を持ち上げた。
 鞠は縛られたまま、蜘蛛を見上げ睨みつけている。
「‥‥させねぇ!!!」
 龍鳳は走り出した。その両腕の間に大きな炎の玉が出来る。それはみるみる広がり、龍鳳の体を包むほど大きな塊になった。
 彼はそれを蜘蛛の背中ごしに、たたきつける。
 女は大きな悲鳴を上げた。

「ミオ!!」
 次に叫んだのはマリオだった。
 
 焼け焦げた蜘蛛が倒れ、その上半身の女は苦しげに呻いていた。
 鞠の戒めをとくと、その無事を確認し、龍鳳は女の方を再び睨みつけた。
『‥‥つ、強いわね‥‥』
 女が口を開いた。
 瞳は相変わらず赤く光っているが、その表情にどこか柔らかさが戻っている。
『よかっ‥‥た』
「ミオ!」
 臆していたマリオは、女に駆け寄ると、その側に座った。
『マリオ‥‥迷惑かけて‥‥ごめんね‥‥私、そんなつもりじゃなかったの‥‥だけど』
「どういうことなんだ!? ミオ! 一体、きみは??」
 ミオは瞼を閉じた。
 そして、溜息をつくと、小さく呟くように語った。

 ミオは死後、マリオの側にずっと存在していた。
 彼のすることを見守っていたかった。彼を応援して、彼の力になりたかった。
 初めての彼の仕事の成功を見るつもりで、一緒にこの遊園地にやってきた。彼がジェットコースターを作る場所に立ち、そこに出来上がるイメージを一緒に想像した。
 だが。
 そこにはその土地に住み着く存在があったのだ。
 蜘蛛、と呼ばれる妖怪にも近い凶悪な存在で、この遊園地に多数いる霊達もこの場所にはあまり近づかないでいるらしい。
(ここに建物なんてつくったら‥‥)
 彼女は不安になった。そして蜘蛛に近づき、話をしようとした。
『蜘蛛はひどい性格よ‥‥。建物が出来上がるまでは静かにしていて、‥‥オープンしたら、大事故を起こして、たくさんの魂を食らおうって‥‥考えていたの。私、‥それが許せなくて‥』
 ミオは荒い息をつく。
『あなたにここにコースターを建てちゃいけないって、言いたかったの。‥‥でも工事はどんどん進んで、他の人にも伝えたかったんだけど駄目で‥‥それで、そうこうしているうちに、いつか私自身が蜘蛛に食われてこんな体になっていたわ‥‥』
「ミオ‥‥」
『お願い‥‥私を殺してぇぇ‥‥そうしたら、蜘蛛と一緒に行くから。コースターの成功のためにも、それがいいの‥‥っっ!!』
 女は悲痛に叫んだ。
 鞠と龍鳳は視線を再び合わせる。マリオは嗚咽し、長い間の誤解を彼女にわびている。
『お願い‥‥』
 女は小さく呟くと、龍鳳を見つめ、突然立ち上がった。再び、瞳の赤い色が輝きを増す。そして、おもむろに長い足を持ち上げると、マリオや鞠にめがけて襲いかかった。
「くそっ!! そんなに死にたいのかよ!!」
 龍鳳は叫び、渾身の力で、拳に炎を固めた。龍の姿を宿した炎の帯が、女の体を貫く。
 激しい断末魔と、ボロボロに崩れ落ちていく蜘蛛の体。マリオの悲鳴。
 その中で龍鳳の耳元には「ありがとう」と優しい声が囁かれたような気がしていた。

 やがて、闇の世界は消え、彼らは元の世界の、ループの頂上のレールの上に立っていた。
 日は西に傾き始めた、穏やかな日差しの中である。だが、闇に慣れていた目には、光のまぶしさが目に染みるようだった。


●エピローグ
「龍鳳、大丈夫ですか?」
「ん‥‥何が?」
 電車に乗り込み、人もまばらな座席に座り込んでしばらくしてから、鞠が話しかけてきた。
「いえ。‥‥なんとなく」
「あれしかなかったし、マリオもそういってたし、間違ったことはしてないと思うけどな」
「私もそう思います」
「ならいいじゃん。オープンしたら来てくれ、ってただ券ももらったことだし」
 ひらひら、とオーナー特別招待券を二枚揺らして、龍鳳は笑った。
 鞠は何か言いかけた言葉を飲みこみ、そして、そうですね、と小さく微笑んだ。
「こういう依頼なら上等ってとこだ」
「楽しかった‥‥ですね」
「それは、‥‥不謹慎ってやつだな」
 そう笑いながら、龍鳳の手と鞠の手は、座席のシートの上で重なりあっていた。
 窓の向こうはオレンジ色の夕日が大きく輝いている。長い一日はようやく終りを迎えつつあった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
  0445 水無瀬・龍鳳 男性 15 無職
  0446 崗・鞠 女性 16 無職
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■             ライター通信                ■
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 こんにちわ。鈴猫(すずにゃ)と申します。
 大変お待たせいたしました。「真夜中の遊園地〜手招きするコースター〜」をお届けいたします。
 カップルでご参加いただいた場合は、特別編♪ということで、特別編でお届けします。
 相変わらずの事なのですが、長くてごめんなさい(汗)

 PC様の描写等、ご意見などありましたら、教えていただけたら幸いです。
 おふたりの魅力にドキドキしながら書かせていただきましたが、うまく書けているかどうか‥‥。お気に召していただけるものであれば、と祈っています。
 また何か機会がありましたら、他の依頼でおあいしましょう。
 参加本当にありがとうございました。             鈴猫