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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


真夜中の遊園地 〜手招きするコースター〜

□オープニング
「お久しぶりです、皆さん」
 ある日、ゴーストネットに訪れたのは里中・雪斗(さとなか・ゆきと)という少年だった。
 小学生の雪斗の隣には、黒い背広を来たサングラスをつけた執事が付き添っている。
「ゆきくん」
 雫が真っ先に気がついて、彼に近づいた。
「どうしたの? よくここがわかったね☆」
「はい。いつもお願いばかりしてるから、御礼に来なければと思いまして」
 雪斗はにこにこして答えた。
 この少年は、倒産した遊園地を買い取り、テーマパークに改築している財団のオーナーの一人息子だ。
 だが「山中遊園地」と呼ばれていたその遊園地は、何故か怪異が絶えず、彼は父の悩みを助けるためにと、今までに何度もゴーストネットに助けを求めて来ていたのだ。
「お礼? そんなの気にしなくていいよ」
 雫が言うと、雪斗は執事に持たせていた菓子折りを受け取ると、彼女に渡し、小さくこくびをかしげた。
「これお土産です‥‥。でも、ほんとにお礼に来たつもりだったのに、実はまた起っちゃったんです」
「あ、ありがとう〜。じゃ、遠慮なく☆ あ、やっぱりそうなんだ」
「‥‥やっぱりって」
 一瞬、どよ〜んとなる雪斗に、明るくごめんごめんと繰り返す雫。
 雪斗はようやく、話し始めた。

「今回は改築ではなくて、新築したジェットコースターの話なんです。
 アメリカから会社の人をお願いして、試運転も何度もして、間違いはないってことが判明してるコースターなんだけど、試乗試験をしようとすると、乗った人は必ず真っ青な顔をして降りてくるんです。
 三番目のループに、黒い服の女性が立っていて、手招きをする、って。
 もちろん、ジェットコースターに乗らない人には、その女性は見えません。ただ、あまりにも鮮明に見えるので、会社の人達も怖がって、もう誰も乗ろうという人がいないんです。
 それで、ずっと完成と呼べないままの日が続いてたんだけど、つい一昨日、そのジェットコースターをデザインした、建築家の人が「俺を乗せてくれ」って言ってきて、彼だけ乗せてコースターを動かすことにしたんです」
 雪斗はそこで、コホンと息をして、入れてもらった紅茶を口に含んだ。
「どうなったの?」
 雫が尋ねると、雪斗は頷いて、俯く。
「戻ってきたコースターに、その建築家の人の姿は無くなっていたんです。安全装置は降りたままになっていました。もちろん事故でもない。
 消えちゃったみたいに、その人の姿がなくなってしまって‥‥」

□寒空の下のジェットコースター
 山の上の風は冷たく、先日降った雪が道の端々にまだ凍って残っている。
 太陽はまだ南に高く、午後の日差しもやわらかいのだが、肌に感じる気温は肌寒い。
 彼ら以外には、全く人気も音楽もない、広大な遊園地の敷地がまた、寒々しく余計に感じさせているのかもしれなかった。
「こっちです」
 ダッフルコートを可愛く着込んだ里中・雪斗は、手助けをしてくれると名乗ってくれた四人を先導して、遊園地の舗道を歩いていく。
 その横にはいつもの、黒服のサングラスをつけた執事がついている。執事も黒いコートを渋くきめ、彼の視線は常に雪斗の方だけを見つめていた。
「先に聞いておきたいんだけど・・・・」
 シュライン・エマは、歩きながら雪斗に尋ねた。
 コートにマフラーの冬の装いも着こなす、長身の美人だ。
 彼女の声に、執事が先にちらりと振り返る。だが、声を出したのは雪斗の方だ。
「なんですか?」
「行方不明になったデザイナーさんは、日本人なのかしら?アメリカの会社と聞いたけど・・・・」
「アメリカ人さんです。でも、日本語はとてもお上手です。日本にも留学経験があるらしくて」
 雪斗はにっこりと答えた。
「ジェットコースターのことについても聞いていいかしら? デザインのテーマとか」
「スパイダーズウーマンってご存知ですか? アメリカのコミックで、最近映画にもなった・・・・蜘蛛をモチーフにしたコースターなんです。ループもたくさんあって、本当に蜘蛛の巣を駆け回るみたいに、いろんな動きをするんですよ」
「蜘蛛か・・・・」
 シュラインの隣で、真名神・慶悟(まながみ・けいご)が、ぽつりと口にする。
 季節を変わっても、金色に染めた柔らかそうな髪や片耳だけのピアスは相変わらずだ。端正でクールな印象を与える顔立ちだが、眼差しだけはどこか優しげな青年である。
「それと・・・・そのコースターの位置には、何があったのかしら?」
 シュラインに問われ、雪斗はえーと、っ顎に人さし指を当てた。
「えと、空き地・・・・かなぁ」
「空き地?」
「ずっと前は、ゲームコーナーがあったんだけど、ずっと前に入口近くに移設して、そこは空き地になってたんです。だから、すぐにコースターを作れたんです」
「そうなの・・・・」
 シュラインが頷いた時、物静かな声が背後で響いた。
「・・・・迷う者が多い地の様ですね・・・・」
「そうだな。相変わらず、なんかゾクゾクするよな、ココ」
 話しているのは、護堂・霜月(ごどう・そうげつ)という僧服の青年と、忌引・弔爾(きびき・ちょうじ)という現代風の若者だ。
 何が起きても不思議ではない、霊が多く溜まる場所。
 霜月は手にした錫杖を、地面につき音を鳴らした。僧の姿に、救いを求めるのかすがりつこうとしていた霊たちは、彼から離れていく。
 もしも、鎮魂の術など試みれば、きっとキリがない。
 山中遊園地のそれがもう一つの顔であった。ここで数多く起こってきた怪異も、その霊達の仕業であるという。
『ふむ・・・・』
 弔爾の腕の中で、弔丸という妖刀が呟いた。
「ん?」
 弔爾はその声に気づき、刀を見下ろす。
『わかるか?』
「何が?」
『この場所で、今向かっている方向は、西南じゃ・・・・つまりは裏鬼門に当たる』
「裏鬼門?」
 弔爾が口を開くと、前を行く者達も振り向いた。
「確かに、コースターは遊園地の西南に位置しますけど・・・・」
 雪斗が言う。
『それに近づくに従い、だんだんと辺りの霊気が薄くなっておる』
「そのようですね。かわりに何か強い気配も感じますが」
 弔丸の言葉に、霜月が頷いた。
「もしかして、前に何かあったから、そこは空き地にしていたって落ちではないだろうな」
 苦笑して、慶悟は煙草に火をつける。
 一瞬微笑みを凍りつかせる雪斗と、硬直する執事。
 一同は、嫌な予感を胸に思いながら、コースターまでのもう少しの道のりを急ぐのだった。

■スパイダーズジェット
 スパイダーズジェット。
 アメリカンコミックをモチーフにした20人乗りのコースター。最高部高度700m。落差35m。全長2分18秒の巨大コースターである。
 完成すれば、新生山中遊園地の看板ともなるようなアトラクションであろう。
「へぇ、立派なもんじゃないか・・・・」
 弔爾はコースターを見上げると、腰に手を当て、苦笑するように笑った。
 ジェットコースターなんて久しぶりだ。とはいえ、前にいつ乗ったのか、あまり思い出せないが。
『前回の件がある。人攫い・・・・難にあらざる真似事をしたからといって、闇雲に刃を向けるのは己の義に反するな』
 席に座りこむ弔爾の腰で、弔丸がぶつぶつと何か言っている。
 シュラインは近場の調査をするということで、コースターに実際乗り込むのは、霜月と、弔爾、それに慶悟の三人である。
「なんだよ・・・・」
 弔爾が弔丸に尋ねると、弔丸は『任せておけ』と明らかに怪しい返事を返した。
 今回の事件については、いつにもまして、弔丸の方が乗り気なのである。
「はいはい。どうとでもしてくれ、もう」
 弔爾は苦笑した。執事にコースターの運転操作を任せて、雪斗がコースターの外から安全装置を確認しにやってくる。
「皆さん、本当に気をつけてくださいね。あ、安全バーをおろして、ロックをかけてください。そこです」
「ああ、これか」
 弔爾が、雪斗に言われたとおりにロックをしようとした腕が、突然止まった。
『ロックなどいらぬわ。このままでいい』
 弔丸の声が、弔爾の口から響いた。否、弔爾の声が、弔丸の口調になっているというべきか。
 それどころか、安全バーすらいらぬな、と悦に入っている弔丸に、弔爾は心の中で毒づいている。だが、その声を聞くものは誰もいなかった。
「危ないですから」
『いらぬ心配じゃ。早く出せ』
「本人がそういのうだからな、大丈夫なんだろう」
 弔爾の隣に腰かけていた慶悟が、雪斗に言い、雪斗は戸惑いながらも「それなら」と頷いてくれた。
 しかし、それを聞き、二人の後ろの席にいた霜月も、さらには慶悟も、安全バーのロックを断ると、さすがに困り果てた表情を見せる雪斗であった。
「三番目のループに出るって話です。どうか、気をつけてくださいね、本当に」
 困惑を過ぎて、軽く怒気すらこもっている雪斗の声を聞きながら、コースターはゆっくりと発進した。

 カタン。カタン。カタンと音をたてながら、なだらかな上昇にコースターは入っていく。
 700mの高さまでゆき、そこから25mの落下である。傾斜角度は30度。
 山中遊園地の、観覧車の次に高さのある建物である、その上昇途中から見える景色は、一面の山々と、そして遠くにかすんでみえる都会の景色が合間って、なかなか見ごたえがあるビューであった。
 今までは、夜にしか来たことがなかったが、昼間の景色もなかなか素晴らしいものだ。
 と、思っていると、上昇が止まった。
「・・・・ふむ」
 弔爾の体を乗っ取った弔丸は、ふと息をついた。
 隣に腰掛けた陰陽師が、不可視の式神を放っているはずだ。その式神が抑えててくれるのか、安全バーに重みが加わった感じがあった。
 ガタン!!
 刹那、突然の急降下が始まった。
 30度の角度は、体験としては垂直に落ちてるかのような印象を受ける。
 続けて再び上昇。続けて降下。
 大きく右にカーブし、それから左にカーブする。
 そして、一気に最初のループを大きくまわる。
 ちょっと寂しいのは、誰ひとり、わぁっという悲鳴も歓声もあげないことか。たとえあげたとしても、野郎三人ではやはりつまらなかったかもしれない。
 最初のループを終え、次は、右に直線に進み、続けてループ。
 蜘蛛の巣をモチーフにしたコースターらしく、蛇行やカーブの距離が長い。
 ループしながらも蛇行し、そして・・・・。
「あれかっ」
 弔丸は叫んだ。
  
 見えた。
 三番目のループにコースターが差しかかろうとしたとき、天井から下がった女が、クスリと微笑んだ。
 黒いワンピースを着た、髪の長い女である。

 さらにコースターがループに入ると、女は進行方向のレールの上にたっていることがわかる。
 さかさまになっている女の体が、彼らと水平の位置に見えた一瞬、「わぁっ」と叫んで、安全バーを振り払うようにあげると、弔丸はコースターから飛び出した。
 コースターよりも早く、レールの上を一直線に走り、女めがけて突進する。
 女は彼に手を伸ばし、何かを叫んだ。
 刹那、女の瞳が赤く光る。
 彼らの視界は暗転した。じゃらん、という錫杖の音が、意識の彼方に響いた。


□女
 ‥‥。
 どこかで水の雫の落ちるような音がして、ようやく意識が戻ってきた。
 身を起こして、辺りを見回す。
 慶悟、霜月、弔爾の三人は、深淵の闇のような場所にいた。
「ここはどこだ‥‥?」
 弔爾が寒いな、と肩に手をやりながら、ぼやくように呟いた。
「蜘蛛の巣‥‥妖怪の類でしょうか」
 霜月が冷静な口調で答える。
 彼が錫杖を足元に向ける。聖の行者の輝きか、錫杖の先が白く光り、辺りの視界が広がった。
 それは大きな蜘蛛の巣の上だった。
 闇の中に大きく広がった、銀色に光る蜘蛛の巣は、美しくすらある。
「あれは‥‥?」
 慶悟はその蜘蛛の巣の上で倒れている青年を見つけて駆け寄った。
 外国人のように見える、スーツの青年を揺り起こすと、彼は弱弱しく瞼を開いた。
「大丈夫か?」
「ええ‥‥」
 彼は額を押さえ、座り込んだ。
「やっと誰かに会えた。‥‥あなた方もあのコースターでここへ?」
「そうだ」
 慶悟は、追いついてきた二人を振り返りながら、頷く。彼は突然、三人に向かって土下座をした。
「申し訳ありませんっっ‥‥」
「どうして謝る? 何か心当たりがあるのか?」
 弔爾が尋ねると、男は顔を上げ、くやしそうに拳を握りながら、答えた。
「あれは、私が設計したコースターなんです。あの女が住みついたのは、私が設計したからなんです。‥‥こんなことになるなんて‥‥」
「何かご存知なのですね‥‥。安心してください。私たちは、あなたを救いにここまで来たのですから」
 霜月が優しく告げる。
 彼は、自らの名をマリオ・ガーディスと名乗った。
 マリオは、日本の大学で建築を習い、アメリカでさらに勉強を続け、遊園地のアトラクションを提供する会社へと入った。
 その彼が始めて設計とデザインを担当した、思い入れの強い作品が、この「スパイダーズ・ジェット」だった。彼はこのアトラクションを完成させるために、何度も日本とアメリカを往復し、苦労してようやく完成の目をみたのだった。
「‥‥それなのに、あの女は‥‥いつも僕の邪魔をする」
「あの女を知ってるのか」
「‥‥昔の、恋人といえばいいのでしょうか‥‥」

 マリオは深い溜息をついた。
「日本にいた頃、付き合っていました。でも、彼女は突然の事故で死んだ。僕はとても悲しかった‥‥」
 マリオは恋人を失った傷心を抱えながら、日本を去っていた。
 アメリカに戻っても、その傷は癒えず、悲しみから逃れるように勉強と仕事に没頭してきた。やがて、再び日本の地に戻り、この遊園地を訪れたとき、その女とまた巡りあったのだ。
 コースター建築地に、女は立っていた。
 何か悲しげな瞳で、マリオを見つめた。しかし、目をこらすと、姿を消した。
 やがて、マリオが日本を訪れるたび、その女を見つけることになる。やがては、工事が進んでいくに連れ、マリオ以外の者まで、女を見かけることが増えてきていた。
 そして。
 女が出来るから気味が悪い。そうコースターに噂がつくようになった。
「それで、僕は決意しました。ミオに話をしよう。多分、ミオは僕に話があるんだろう。そのためにあんなことをしているんだ‥‥、そう思ってコースターにのったのです」
 心の中で、ミオ、何がいいたいのか教えてくれ! そう強く念じながらコースターにのった彼は、ミオに会えた。
 ミオは彼を見て、何かを叫んだ。同時に安全装置が外れ、彼の体は闇の中に落下していった。

「ミオさんが蜘蛛になったのでしょうか」
 霜月は錫杖で、巣の糸をつつきながら言った。金属の当たる音が辺りに響く。
「それはどうかな‥‥」
 慶悟は式神を作り、結界の上空を探索させた。
 だが、外界との出入り口を見つけることはできない。多分、ジェットコースターが走るときか、女の意思か、何か条件があわなければ開かないのだろう。
「女が戻ってくるのを待つしかないな」
 弔爾が弔丸の声であぐらをかいて、そこに腰掛ける。
 霜月と慶悟もそれに従った。

■決戦
 長い時間がたっていた。時計の表示は何故か狂ってしまい、正確な時間は計れていないのだが、2〜3時間といった頃合だろうか。
 いつまでたっても、女の姿は現れない。
「さて、いつまでもただ、閉じ込められているというのは、趣味に合わんな」
 弔爾は立ち上がると、肩をならす。
「どうするつもりだ?」
 慶悟が話しかける。弔爾は、「暴れるにきまってるじゃないか」と笑う。
「女が出てこない気なら、出てくる気持ちにさせてやればいい。簡単だ」
「なるほどな」
「私もお手伝いしましょう」
 霜月も同じく立ち上がりながら、錫杖をしゃん、と鳴らした。

「ここでおとなしくしていてくれな」
「はい‥‥」
 マリオを中央にして背を向け、三人は丸を描くように立つと、それぞれの方向に向かって走り出した。
 弔爾は弔丸を抜くと、勢いよく走りながら、蜘蛛の巣を片っ端から切り刻んでいく。足元を繋ぐ糸だけは器用に残し、天井から斜めに延びる支柱ではない糸をズバズバ切る。
 慶悟も符を指先に何枚も持ち、唇で呪を紡ぎ、雷を呼んだ。
 雷雲が結界の中に響き渡る。
 霜月も錫杖を手に取ると、どこから取り出すのか手裏剣や、鋼糸などを空間に向けて投げつけた。
 目に見えるダメージはない。
 けれど、その悲鳴はどこからともかく響き渡った。
 彼らの上空から、白い光が漏れる。
 大きく口を開けた、結界の入口から、黒いワンピースの女性が降りてきた。
 その女の体の下半身は、8本の足を持つ蜘蛛の姿になっていた。それが女の正体なのか。
「ミオ!」
 マリオが叫ぶ。
 女は真っ赤に光る吊り上がった目で、彼らに向かって襲いかかってきた。
 手の平から白い糸を発射させ、甲高い悲鳴のような声を出しながら、宙を浮くような猛スピードで移動する。
「キェーーー!!!」
『何者かまだわからぬ。むやみに攻撃をあてるな』
 弔丸の声が響いた。
「わかった」
 慶悟は式神を召還する。「あの者を縛せよ」。唇に呪を呟き、符を放つ。
 式神は一斉に女に向かって突進した。けれど、女は手の平から白い糸を勢いよく吐き出し、それを妨害する。
「お聞きなさい! 迷える方!!」
 霜月が叫んだ。
「あなたがまだあやかしでないなら、お話をさせてください! このような真似をどうしてなさるのですか!?」
『ぐわぁはっはっはっはっ』
 突然、野太い声で女が笑い出した。
『あやかしでない? あやかしというなら、わしはあやかしじゃあ!! この土地に古く住む、蜘蛛なのじゃからなぁぁ』
 女は霜月に向けて、口を大きく開けた。
 そこから猛烈な勢いで糸が現れる。錫杖の霊力で、霜月はそれをはねかえそうとする。白い光と白い糸が輝きを放ちながら交差する。
「いまだ!! オン マリシ エイ ソワカ!!」
 慶悟の腕から光る符が放たれる。
 牙をむいた猪にまたがった強い光を放つ式神が、女に向かって炎を放ちながら突進する。
『なんだと!!』
 女は悲鳴を上げた。式神は女の手前で動きを止めると、その上空にとまった。女は力を失ったように、そのまま床に崩れていく。

「ミオ!!」
 マリオが駆けてきた。
 彼が近づくと、弱弱しく女は再び起き上がろうとする。
『‥‥来ないで‥‥』
「ミオ‥‥」
 マリオは足をとめた。彼を護るように、霜月がその隣についた。
 女は慶悟や、弔爾、霜月達を見回して、苦しげに微笑んだ。
『どうか‥‥私を滅ぼしてください。私は、蜘蛛に利用されています。この土地に住む蜘蛛に、‥‥』
『どういうことか教えていただけないか?』
 弔丸が女に問うた。ミオは頷いた。
『私は‥‥マリオに会いたくて、彼に会うためにこの遊園地に来ました。邪魔をするためじゃない。ただ、会いたくて‥‥。
 でも、この土地には大きな蜘蛛が住んでいたの。私は、その蜘蛛に気がついて、この場所に建物を作ってほしくなかった。それでマリオの前に何度も姿を見せて、警告したつもりだった。
 工事を止めて、って。‥‥でも、止められなくて、マリオ以外の人にも見つかるようにしたんだけど駄目で‥‥。そうしたら私、いつのまにか私が蜘蛛になっていたの』
 ミオは顔を両手で伏せて、首を横に振った。
 認めたくないほど、彼女にとってはショックなことだったのだ。
『‥‥蜘蛛の狙いはここで大きな事故を起こして、たくさんの魂を引き寄せること。‥‥このままコースターが完成してはいけないの』
「ミオ‥‥」
 マリオはミオを見つめた。
「そんなことが‥‥」
『私に出来ることは、‥‥コースターを完成させないことだった。‥‥だから、蜘蛛の力を借りてこんなことをしたの。‥‥どうか許して』
「‥‥‥」
 マリオは溜息をついた。
 自分が長い間の苦労を経て、ようやく完成した始めての作品である。それを完成させるな、とはそれも酷な話であった。
『でも、もう大丈夫よ。マリオ』
 ミオが言う。ミオは、三人に向かって、微笑んだ。
『あなたたちはとても強い人ね。お願い、私を蜘蛛ごと殺してください。よかった、あなたたちが私を見る目を見て、きっとそれが出来る人なのだと思ったのよ』
『お主‥‥』
 弔丸は呟いた。
 霜月と慶悟も視線を合わせる。
 女の望みは最もかもしれなかった。あやかしに囚われ、二度と元には戻れないかもしれない。その魂ごと調伏し、成仏を促すのが得策であろう。
『お願い‥‥』
 そして女の声は、切実だった。
 
■いぶしいぶかしいぶいぶし
「ほんとーに、こういうの効果あるのかしらね」
 三番目のループの真下で、雪斗と執事と共に、シュラインは焚き火をしていた。落ち葉と煙草を混ぜた炎は、黒い煙をもくもくと吐き出し、ループの間を抜け、空に高く上っていく。
「教えてくれたのがあの人だしなぁ‥‥」 
 それが一番の不安の原因かもしれない。
 雪斗はそんなシュラインに、「きっと効果がありますよ」と疑わない瞳でにっこりと微笑む。
「そうだといいわね。あ、それと、お地蔵さんの話なんだけど」
「ええ、皆さんが戻ってきたら、ちゃんと調べて奉りなおすようにパパに言ってみます。場所移したらいけないのかな?」
「どうかしらね。地蔵の裏に書かれてあった「貪狼」って言葉が気になるんだけど‥‥」
「何か遊園地と関係のある言葉なんでしょうか」
 二人が話し込んでいると、ふと、上空でがやがやとした声が響いた。
 見上げると、レールの上に、四人の男性が立っている。
「戻ってきたみたいね」
 シュラインは微笑んだ。
 燻しの効果がどうだったのかは、謎ではあった。

■エピローグ
「それじゃ、蜘蛛は退治できたのね」
 シュラインに声に、三人の男性は、ああ、と何か物憂げに頷く。
 捕らえられて以来、数日を飲まず食わずで閉じ込められていたマリオは体力もすっかり落ちていたので、急ぎ、雪斗の家へと運ばれていった。
「よかった‥‥でいいのかしら?」
 シュラインが問うと、「ああ」と慶悟が頷く。
「それしか無かったですからね」 
 霜月は、僧侶らしく、丁寧にコースターに向けて小さく祈り、頭を下げた。
「あいつはまた当分、忘れられないだろうがな」
 弔爾が苦笑すると、慶悟が「柄にもない」と肘でつついて笑った。
「けっ」
 拗ねたように横向く、弔爾。
 シュラインもその様子を見て、微かに破顔する。
 既に西に傾いた大きな太陽が、静かな遊園地をオレンジ色に照らしていた。

                                                 おわり♪  
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0086 シュライン・エマ 女性 26 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
 0389 真名神・慶悟 男性 20 陰陽師
 0845 忌引・弔爾 男性 25 無職
 1069 護堂・霜月 男性 999 真言宗僧侶 
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■             ライター通信                ■
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 こんにちわ。鈴猫(すずにゃ)と申します。
 大変お待たせいたしました。「真夜中の遊園地〜手招きするコースター〜」をお届けいたします。

 シュラインさんは別働部隊ということで、実はもう一つの裏話の方に関わっていただきました。
 もしよろしければ拝見していただければ幸いです。

 相変わらずですが、文章が長くて本当に申し訳ありません。
 皆様の個性を生かした描写が出来ましたでしょうか。ご意見等頂ければ大変嬉しいです。
 それでは、本当にご参加ありがとうございました。
 また違う依頼でお会いできることを祈りつつ              鈴猫