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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


彼方より出でしもの

◆オープニング
 それは草間が午後の一時を、ゆっくりとテレビを見て過ごしていた時に起こった。
 テレビではちょうど、最近多くなった怪奇事件について報道がされている所であった。
 小さく特集が組まれた番組は、なにやら早口のアナウンサーが街を歩きながら事件のあらましを説明している。
 それを要約して言えば、要護寺という寺の近くで最近怪奇現象が増えている、という事らしい。
「なにやらおかしな事になっているようだな…。この寺…結構うちから近くないか?」
 草間はテレビを見ながら呟いた。
 テレビモニターに映し出されている風景には、どこか見覚えがある。
 確か、あの角にお寺が…。
 気のせいか、背中のあたりがゾクッとした。
 怪奇探偵なぞと名がついたせいだろうか。
 妙なものには敏感になったのか?
 まさか、霊感がついたわけでもあるまいに。
 「ふっ」と心の中で妙な考えを笑い飛ばした。
 だが、その時である。
 興信所のドアがバタン!っと開いた。
「わっ!!」
 必要以上に集中していたのだろう。
 草間は、思わぬ音にビックリして声を上げた。
 不意打ちを食らった心臓は、外に音が聞こえるのではないかと思われるぐらい早鐘を打っている。
 だが大の大人が大きな声を上げて驚くなどみっともない。
 草間は平静を装って、振り返った。
 そこにいたのは一人の小坊主であった。
 小坊主といっても、それは比喩ではない。
 正真正銘、頭を丸くして袈裟を身に着けた少年が、そこにいたのである。
「あ、あの!!すいません!助けて下さい…!!」
 見たばかり、本来なら小学校に上がるぐらいの年頃だろうか。
 見た目と違って意外としっかりしているらしいその少年は、涙目で草間に訴えた。
「一体どうしたんだい?何が起きたんだ?」
 事情を説明してごらん?
 草間は出来るだけ、優しく言った。
 でないと、少年は今にも泣き出しそうだったのである。
「あの…助けてくださいますか…?」
 少年のただの泣き言…と割り切ればすべて終ってしまうか、依頼となれば話は別だ。
 草間は少年を安心させるように肩をぽんっとたたくと、室内のソファーに座らせた。
「勿論。落ち着いて、事情を説明してごらん」
 そんな草間に安心したのか、微かにしゃくりあげる少年は、数回深呼吸をすると語り始めた。
「僕は、要護寺という寺の、見習僧です。実は今…和尚さんが法事で留守にしているのですが…。大変なんです!」
 少年は、涙目でぎゅっと目をつぶり、拳を握り締めて叫んだ。
 一体何が大変なのだろうか…。
 草間はなんだかいやな予感がして黙っていた。
「お墓が…お墓がなくなちゃったんですぅぅ〜〜!!!」
「墓……?」
 墓が…どうしたって?
「あの…!僕、本尊裏の倉庫の掃除をしていて…。えと、そこは一般の方が持ち込んだものをしまっておく場所なんですけど…!」
 少年は混乱しているのか、なかなか要領を得ない。
 それでも懸命に説明を続けた。
「それで…あの。なんとなく…いやな気持ちになって外に出たんです。いえ!僕はまだ修行中の身ですし。法力があるとかじゃないんですけど…」
 ぽん、ぽんっと、草間は指を膝に打ちつける。
「で…外に出たら、墓がなくなっていた…と?」
「そう!そうなんです!」
 草間が先を続けると、少年は嬉しそうに目を輝かせる。
 理解して貰えたのが嬉しいだろう。
 大人びいていても、まだまだ子供だ。
「どうしましょう…檀家のみなさんのものなのに……」
 少年は沈んだように言う。
 いや…そういう問題でもないと思うんだがな…。
 草間は心の中で呟いた―。
「でもあれだ。そんなに大変な事なら、和尚さんが帰ってくるのを待った方がいいんじゃないのか…?」
 草間が指摘すると、少年は「うっ」と言葉を詰まらせた。
「それは…だめです!だって…だって…僕、倉庫にあったツボを割っちゃったんですぅ〜」
 見付かったら叱られちゃいますぅ〜!
 縋るように見られて、草間はなんとなく、頭痛がする気がした…。
 しかし…要護寺だと?
 先ほどまで見ていたテレビ。
 実にタイムリーじゃないか?
 どうやら、要護寺で何事か起こっているようである。
 確かに、調査が必要なようだ。
 もしかして、さっきの寒気はこれなのか…?
 そんな事を思いながら、草間は調査に行ってくれそうな数人の顔を頭に浮かべていた。


◆五人の勇士
 こうして草間興信所に集まったのは、霧原・鏡二(きりはら・きょうじ)、村上・涼(むらかみ・りょう)、シュライン・エマ(しゅらいん・えま)、浄業院・是戒(じょうごういん・ぜかい)、志神・みかね(しがみ・みかね)の五人であった。
「風邪ね」
「…………おい?」
 バイトを求めてやって来ていた涼は、草間を見やってはっきりと言い切った。
 黙っていれば充分可愛い部類に入るのだろうが、勝気な気性が押さえられない性分らしく、あっさりと言った言葉は小気味良く響く。
 コロコロと表情の変わるその顔が、まっすぐに草間を見つめた。
「風邪よ。風邪。絶っ対風邪よ。という訳で草間さんは寝るべし。うん。バイトくれる人が風邪なら私に仕事はないから、私は帰るっと…」
 じゃ!と言って、くるりと涼は背を向けた。
 私立有名大学に通う涼だが、就職活動の状況はいまいち…どころか、いまにもいまさんもよろしくない。
 一人暮らしの身にバイトは死活問題である。
 雇い主の草間が風邪ならば、ここには用はない…そう涼は言い切ったわけだ。
 もちろん、本来の意図は別にあるわけだが。
「待て」
 だが、草間は今にもドアに手をかけ、出て行こうとする涼の首元を掴んだ。
「誰が風邪だ。誰が!」
 そう言って、草間は涼を引き戻す。
「えぇい!離さんかい!コラ!その手をお放し!!消えた墓石なんて、私にどうしろっていうのよ!この細腕じゃ、持ち上がんないわよ!」
 それが本音とばかりに涼はシタバタと暴れたが、草間は逃さない。
「俺もそんなこと、はなっから期待なんざしてないさ」
 期待しているのは、その消えた墓の調査だ。
 そう言い切って、草間は涼を身近なソファーへ座らせた。
 そんな二人を苦笑いしながら見守るのは、涼と同じように草間興信所にバイトとして雇われているシュラインである。
 だたこちらは涼と違って、書類整理から家事までと、その仕事は多岐に渡る。
 当初はまったく違ったはずなのだが、いつの間にやらお手伝い状態だ。
 シュラインはその中性的な美貌に苦笑をのせて、二人を見やった。
 涼よりバイト歴が長いシュラインとしては、仕事の問題はいささか頭が痛い話題と言えるだろうか。
 だが報酬を気にしていたら、ここでバイトは出来ない。
「それで…なんて言ったかしら…えと」
 シュラインは、改めて少年に向き直ると言った。
 少年のたどたどしい説明を聞きつつも、まだ名前を聞いていなかった事に気付いたのだ。
「あ、僕は雪雲(けいうん)と申します」
 シュラインに問われ、小坊主、否、雪雲はペコリとお辞儀をして答える。
「じゃ…雪雲くん?その嫌な気持ちになった…というのは、壺を割った直後に?」
「はい…。そうです。こう…なにか胸騒ぎがするような…」
 突然切り替わった真剣な話に、雪雲もまた神妙な顔で答えた。
 顔を見合わせる一同。
「お墓がなくなっちゃうなんて…中の人はどうしちゃったんでしょうか…」
 偶然この場に居合わせたみかねがこわごわと呟く。
 小柄な体をさらに小さくして、みかねは首を傾げた。
 本来の用事は別にあったのだが、聞いてしまったからには、そのまま草間興信所を後にする事は出来ない。
 幽霊は大嫌いだが、困っている人は放って置けないのだ。
 因果な性格といえようか。
「ふむ…墓がなくなるとは尋常ではない…だが如何なる理由があろうと、死者の眠りし場を冒す事は許される事ではない」
 そう力強く断言したのは、高野は大阿闍梨の位を持つ是戒である。
 がっちりとしたその体躯からは、高圧的で尊大な印象を受けがちだが、弱き物には慈悲深い是戒だ。
 静かに眠る死者達を荒らす不埒者は、誰であろうと許さない。
 何かしらの決意を持った顔で、うむ、と唸った。
「とにかく、その要護寺とやらに行ってみないとなんともいえないな」
 鏡二がライター片手に呟いた。
 そのままタバコを咥え、ライターの火を灯す。
 その左手には黒い手袋が。
 冬だから…といえばおかしくはないが、ここは室内であり、しかも左手のみである。
 不思議とそれが違和感なく溶け込んではいるものの、気になるといえば、気になる事であった。
「もう!ツボなんて割るからいけないのよ。とりあえず責任ツボ決定!」
 結局逃げられなかった涼が喚いたが、草間に取り押さえられて「むがっ」と黙り込んだ。
「その壺、割ったのはいつなのかしら?」
 背後で流れるニュースを聞きつつ、シュラインは雪雲を振り返った。
 もしその時期がニュースの言っている時期と合えば、騒ぎの原因は明らかだ。
 それに気付いていた是戒もまた、強く頷く。
「えーっと…三日ぐらい…前の事でしょうか…。怖くて…」
 雪雲はそう言うと恐ろしげに身を縮ませた。
 背後のニュースから流れるその言葉は…。
『三日ほど前から始まったこの怪奇現象は、いまだ収まる気配がなく…』
 妙に機械音じみた声が部屋に響く。
 もはや、雪雲が持ち込んだ一件と、ニュースで流れる一件は切っても切り離せぬものであるようである。
「まずは寺にてその場を検分し、何が起きたのかを見定めなければなるまいな」
 是戒の言葉に、一同は強く頷きあった。


◆身元?調査
 二人がそこに立ったのは、その日の午後のことだった。
 要護寺には、是戒、鏡二、みかねの三人が向かっている。
 シュラインと涼は、詳しい背後事情の調査をするため、別行動を取っていた。
 各々調査後に合流の予定である。
 シュラインと涼は、広い敷地に佇む古い家を見上げた。
 表札には、古い木の板に「谷口」とある。
 都心にこれだけの敷地があるのだから、かなりの裕福な家といえようか。
 現在、要護寺の住職は法事のためにこの家に滞在中だという。
「一体、法事に何日かかるのかしら…」
 なかばなげやりに呟いたのは涼である。
 結局はこの依頼から逃げられなかった事に拗ねているらしい。
「そんなこといわないの」
 シュラインは笑いを堪えて言うと、門へ向き直った。
 インターフォンを押し、用件の旨を伝える。
「失礼します。ちょっと、要護寺の住職にお会いしたいのですが…」
 穏やかで響きの良いシュラインの声音は、耳に心地よい。
 それは誰にも好印象を与えた。
 もちろん、シュラインは音のエキスパートである。
 人に耳に聞きやすく響く音はどんな音なのか、それを調整するのは容易い事であった。
 案の定、家人に良い印象を与えたようである。
 ほどなくして二人は中へ通された。
「きっと、あの小坊主さんが割ったツボになんかあったのよ」
 涼が考えながら言った。
 否、推理した、というべきか。
 推理は涼の十八番だ。
 涼の頭の中で、何通りものパターンが組み立てられていた。
「あのお寺…一体なんの寺なのかしら…。物騒なもの置いてるわね。割っただけで何かが出てくるツボなんて」
 ぶちぶちぶち…と効果音がつきそうな呟きであったが、その言葉にシュラインは深く頷く。
「そうよね…あの雪雲くんが割った壺…一体どんな関係あるのかしら」
「中に何かが入っていたのは確かよね。絶対あの壺が原因よ。壺なんて割るから…」
 しつこく壺の責任に拘る涼は、そう言ってふーっと息をついた。
 そしてシュラインを振り返る。
「何はともあれ、詳しい話を聞かないとね」
「そうね。あの寺が、一体なんの為の寺なのか…それも知りたいし」
 そんな会話を交わした二人は、雪雲から住職の居場所を聞き出し、件のお宅へとお邪魔していたのだった。
 最初、雪雲は正直に住職の居場所を言いたがらなかった。
 失敗したという自責の念があったのか、涙ぐむばかりで口をつぐんでいたのだ。
「怒られたくない…という気持ちは判るけど…。誰にでも失敗はあるもの。一緒に誤ってあげるから…ね?」
 仕方がなく、シュラインは雪雲と視線を合わせと、出来るだけ優しく言う。
 それでもうつむいたままなので、首を振って苦笑すると、仕方がなくシュラインは語尾を強めた。
「檀家の方々が悲しむのと、自分が怒られるのと…どちらが嫌かしら…?」
「そうよ。男でしょ。シャキっとなさい!」
 シュラインと涼、二人に言われて、雪雲も黙ってはいられない。
 もともと責任感の強い雪雲である。
 ぐっと唇を噛んで顔を上げた。
 そして。
「お、和尚さんは…。谷口さんのお宅に…います」
 小さかったけど確かな声。
 その声に二人は顔を見合わせると、目配せし合って笑い合ったのであった。


◆由来
 通された部屋に、住職は座ったまま二人を迎えた。
 長く伸ばした白い髭を繕いつつ笑うその様は、まさに好々爺といった感がある。
 住職は優しそうな目を向けると、二人に座布団を進めた。
「で…何かご用かな?」
 にっこり笑った顔はまるで恵比寿様のようで、二人は歳の甲を感じざるを得ない。
「突然失礼いたします。私たちは、草間興信所という探偵事務所から来たものなのですが…」
 シュラインはそう切り出すと、小坊主である雪雲が草間の元へ助けを求めに来た事。
 そして、最近起きている怪事件、雪雲が壺を割った事などをかいつまんで話した。
「なんと…いつの間にそのような事が…むぅ…」
 聞いた住職は、そう言ったまま黙り込む。
「あの…」
 その時、今まで黙っていた涼が恐る恐る切り出した。
 なんとなく、今まで口を挟んではいけない気がして黙っていたのだ。
「あのお寺…一体何のためのお寺なんですか?」
 要護寺はかなり古いお寺である。
 昔の人が、何の用もないのに寺など建てるんだろうか……?
 しかも歴史的に、周辺に有力貴族もいないのだから、私有地として使われていたとも考えぬくい。
 何か必要があって、寺を立てたのではないか…。
 涼はそう推理したわけだ。
「ふむ…。こうなったらお話しておいた方がいいのでしょうなぁ」
 どちらにせよ、手を借りなければならないのだから…。
 そう言うと、住職はふーっと息をついた。
「ご存知のように、関東一体というのは昔は未開の地あり、人が住むにはあまり適した土地ではなかった。もちろん、それだけに魔物や物の怪といった類の者も多かったのじゃよ。そこで…あの寺を建てた。守りの要とするために」
 住職の言葉に、二人は顔を見合わせた。
 守りの要…ならば、あの壺は…?
「雪雲が割ったというその壺。恐らく、当時の物の怪を封じた壺だろう…」
「当時…というと、古いのですか?」
「そうじゃな。500年ほど前か…。当時いた法師が封じたものじゃろう。あの倉庫にあるもので、壺に入っているのはそういった物が多いんじゃ。たしか、その法師の墓が寺に…」
「それで!」
 なにやら話が反れそうな雰囲気に、涼が声を上げた。
「その壺の中に入っていたのは、どんな物の怪なんですか?」
 もし自分達の手にあまる物の怪であったのならば…困るというものだ。
 また、どんなものかが判れば、対処のしようがあるというもの。
「そうさなぁ〜…どんなものだったなぁ〜…」
 そう言うと、住職は遠い目をした。
「何せ、昔の事じゃしなぁ〜」
 まるではぐらかすような言い方に、反射的に涼は拳を握る
 コラ。ちょっとまて。
 思わずぐっと乗り出しそうになる涼を、後ろからシュラインが止めた。
 今だけは我慢しなさい。
 そう、涼の膝をぎゅっと捻った。
「イテッ!」
 涼は涙目で、シュラインを睨む。
「なんだったかのぉ〜…。あれは」
 そう言って、住職は目を閉じた。
「ふむ…」
 何を思ったか、住職は席を離れると、隣の部屋へ向かった。
 布切れの音も軽く部屋を横切ると、なにやら手にして戻って来る。
「これを、持って行くといいじゃろう」
 渡されたのは、一枚のお札であった。
「これで、あれをもう一度封じる事が出来るだろう」
 にっこり笑うと、住職はそう言ったのだった。


◆壺の中身
「ねぇ…」
「なに?」
 帰り道の事だ。
 二人は谷口家を出た後、要護寺へと向かっていた。
「あのニュースの内容、覚えてる?」
 帰り道、住職の話を反芻しながら歩いていた涼が口を開いた。
「今のところ怪我人とかはいないみたよね…。恐ろしい魔犬…だったかしら。ニュースになっていたのは」
 シュラインはうーんと唸る。
 早口のアナウンサーが伝えていたのは、突然現れた謎の犬の話であった。
 闇の中で光る赤い眼。
 そして、全身が黒い大きな犬。
 その犬は、まるで霧のように実体がなく、飛んだり消えたりするという…。
 出現時間は主に夜。
 低く唸る声や、まるで飢えた獣のように、涎を垂らしてらんらんと目を光らせる姿が目撃されている。
 なにやら、傍に人がいることもあるとか…?
 現在、実質的に被害はないものの、当然現れては消える獣に対する恐怖感は大きい。
「でも…恐ろしいって言っても、噛まれた…という話とかないわけだし…ちょっと怪しいわよね?」
「そうよねぇ」
 ニュースは多少誇張されているのかもしれない。
「やはり、怪奇現象が起きた時期から考えて、ニュースの犬こそが、割った壺に入ってたもの…と言うことかしら」
 シュラインは、雪雲の話を頭に浮かべていた。
「その可能性大よね」
 うん、と頷く涼。
 そうこうしているうちに、要護寺の門へたどり着いた。
 だが、門の前に立った二人は、その異様さに息を飲んだ。
 明らかに、雰囲気が違う。
 何かおどろおどろしい物が、寺一体を包んでいるように見えた。
「これは…急いだ方がいいのかしら?」
「そうね…」
 二人は覚悟を決めると、門の中へ足を踏み入れた。


◆合流
 シュラインと涼が駆けつけた時見たのは、対峙する是戒と鏡二であった。
 その間に、なにか黒い煙のようなもの。
「なに?あれ?」
 涼は顔をしかめて呟いた。
 あの二人は一体何をやっているのだろう…?
「あれが…昔に法師が封じたと言われるものなんじゃないかしら?」
 霊能力のない二人には、黒い煙のようなものに見えるのかもしれない。
 駆けつけたものの、邪魔にならないように、二人はすこし離れた場所で止まった。
 その時、後ろから誰かがやってくる気配がした。
「あら?みかねちゃん?」
「あ…シュラインさん!涼さん!」
 息を切らして走ってきたみかねは、二人の元で止まった。
「あの…!浄業院さんと、霧原さんは…!」
 どこか必死さを感じさせる声でみかねは尋ねる。
 そんなみかねに、涼は指をさして示めした。
「あそこよ。さっきから、ずっとあのままなの」
 涼のいう通り、二人は微動だにしない。
「ところで、みかねちゃん、雪雲くんは?」
 一体何が起きたの?と問い掛けるシュラインに、みかねはハッと顔を上げた。
「あの!これを…!」
 そう言って出したのは、両手に収まるほどの壺だ。
「これは……?」
「これで、あの黒を、封じる事が出来るみたいなんです」
 黒?
 二人は首を傾げたが、今はそれどころではない。
「こちらも収穫があったわ。ほら」
 そう言って、取り出したのは、一枚のお札。
 要護寺の住職から貰ってきた札である。
「これがあれば…!」


◆封印
 鏡二の使役する風精霊ウェルサと、是戒の真言によって縛られた犬は、苦しげに身を捩った。
「浄業院さん!霧原さん…!!」
 少し離れた所に、何時の間にかはぐれたみかねが一生懸命こちらに合図を送っている。
 その傍には、別調査へ向かっていたシュラインと涼が。
 これで全員揃った…というわけだ。
 みかねの手にあるのは、小さな壺。
 そして、シュラインの手に一枚のお札。
「あれはもしや…おぬしら!それをこちらに…!!」
 二人の手元を見た是戒が声を上げた。
 微かに感じるその力に、瞬時にしてその用途を悟ったのだ。
 是戒の言葉に、みかねとシュラインは顔を見合わせて一つ頷いた。
 これ以上近寄るのは危険だが、札と壺を二人に渡さなければならない。
 意を決して二人は動いた。
「あ…気をつけて!!」
 走り出した二人に、後ろから涼が声をかける。
 あまりの危険にハラハラするが、涼が動いた所で何も出来ない。
 今は見守るしかなかった。
 だが二人がちょうど、互いの中間地点まで来た時であった。
 動きを封じられた魔犬が、精一杯の足掻きを示す。
 オオーン!!
 悪霊が大きく一鳴きすると、突然湧き上がった力が近くの木をなぎ倒し、埃を巻き上げた。
「あ…横!横!!!!」
 後ろから涼の叫び声が聞こえる。
 前にしか注意を払っていなかったみかねとシュラインは、その言葉にハッと振り返った。
 振り返った二人が見たものは、ゆっくりと倒れて来る大樹。
 危ない…!!!
 二人は頭を押さえてしゃがみこんだ。
「きゃ…!!」
 木が倒れてくる!
 そう思った瞬間、みかねの持つ力が爆破した。
 宙で一瞬止まった大樹は、まるで二人を避けるように砕ける。
 大きな音を立てて、木が倒れた。
 パニック状態になると働くみかね念動力が、二人に降りかかった大樹を粉砕したのだ。
「大丈夫か!」
 いつの間にか駆け寄って来た鏡二が声を掛けた。
「怪我はないか?」
「私は大丈夫よ」
 制御出来ずに力を放出したみかねを支えて、シュラインが答えた。
「みかねちゃん、大丈夫?」
 力を使い果たして正直座り込みたい気持ちだったが、みかねはそこをぐっと堪える。
「あ…はい。大丈夫です…。それより、これ…!」
 何よりも、渡すべき物があった。
 小さな壺を差し出す。
 それに、シュラインがお札を添えた。
「ありがとう。危ないから、あとは下がっているといい」
 小さく微笑む鏡二に、ふたりをほっと息をついた。
 二人から封印のための壺を貰った鏡二は、札を是戒に、壺を己が持った。
「いくぞ」
 再び対角線上に並んだ二人は、魔犬と対峙する。
 魔犬から感じる憎悪は、ピリピリと空気を振るわせる。
 一体、何をそんなに憎んでいるのか?
 魔犬の憎しみは留まる事を知らない。
 一瞬の緊張。
 先に動いたのは鏡二だった。
「封ぜよ!ウェルザよ!!」
 叫びと共に、動き出した風が再び魔犬に迫る。
 風は唸りを上げて、魔犬を縛り付けた。
 オオオーン!
 抵抗する魔犬。
 苦しげに身を捩るが、鏡二の使役するウェルザの力から逃れられない。
 そして、是戒が符を掲げ刀印を構える。
「オン…バザラダトバン!ナウマクサマンダボダナンアブラウンケン!!彼のものを封じたまえ…!!」
 真言と共に、是戒は力強く刀印を切った。
 効果は確実に魔犬に影響をもたらし、大きな力が魔犬を包む。
 是戒の真言は、確実に魔犬の力を弱めていた。
 オオーン!オオーン!
 どこか悲しげな声だった。
 あともう少し!
 誰もが思った次の瞬間、魔犬はかき消すように消えていた。
 すかさず是戒は札を貼りつけ、印を切る。
 辺りに静寂が訪れた。
「おわっ…た?」
 涼が呆然と呟く。
 いつしか、空は済んだ色を見せ、暗くなった空には、綺麗な星が出ている。
「ふむ…終ったな」
 すっかり消えた妖気に、是戒は空を見上げた。
 いつしか、冥穴も閉じている。
 これで、すべて終った。
「よかった…」
 気が抜けた涼が、ほっと座り込んだ。
 一同の顔に、確かな安堵が浮かんでいた。
 だたみかねには、優しく微笑む少年が見える気がして、目を瞬かせ空を見上げた。
 だがそこには、綺麗に瞬く星があるのみである。


 後日、要護寺より小さな走り書きが見付かった。
 それは魔犬を封じた法師の書いたもので、そこに書かれていたのは、壺にまつわる話であった。
 その昔、一人の少年がいたこと。
 そして、少年が飼っていた犬。
 少年と仲がよかった犬は、少年の死後、周りの人間が少年を殺したと勘違いし、祟った事。
 そのため、当時要護寺にいた法師が、壺へと封じた事。
 黒く大きな、優しい犬だったという黒は、ただ自分を可愛がってくれた少年を守りたかっただけだった。
 再び、一緒に遊びたかっただけだった。
 それを読み終わると、パタンと古びた本を閉じ、雪雲はなんともいえない顔で席を立ったのだった。


◆その後
 翌日、法事に出ていた住職が帰宅した。
 壺を割った雪雲は、こっぴどく叱られたとか…。
「ねぇ」
 涼がシュラインに言う。
「一緒に誤ってあげるんじゃなかったの?」
「えーっと……」
 確かに、そういう約束だった。
「ご、ごめんなさいね…!雪雲くん!」
 果たせなかった約束に、シュラインはただ誤るしかなかった。
「でもよかったですね♪事件も解決したし!」
 みかねが嬉しそうに言う。
 あたりまえではあるが、以来、要護寺付近の怪事件はぱったりやんでいる。
 ニュースではそれをいぶかしむ声が小さく流れていた。
「そうだな…」
 小さく呟くと、鏡二は己の左手を見つめた。
 左手の乾きは覚えるものの、我慢出来ないほどではなかった。
 その渇きに、つくづく自分には通常の生活はほど遠いと、小さくため息を付く。
 ちなみに消えたいう墓だが、後日何事もなく普通に戻っていたと言う。
 やはり、あの魔犬の仕業だったのかもしれない。
「これで死者たちもゆっくりと眠れる事だろう」
 是戒はそう言って微笑んだ。
 豪快に笑い、顎鬚を撫でる。
 やはり寺に篭っていては、何も出来ぬ。
 そう思う是戒であった。
 だた一人、草間だけが頭を抱えていた。
「あら?どうしたの?武彦さん」
 シュラインの声に、電話をしていた草間が受話器を置いて振り返った。
「例の…雪雲からだったんだが…。しばらく寺から出れないそうだ」
「あら。そうなの…」
 まさか、叱られたからなのか…シュラインは心の中で深く誤った―。
「これは…依頼料を貰うのは無理だな」
 ふぅーっと、ため息を付く。
「ちょっと…。それって、バイト料でないって事!??」
 焦ったのは涼だ。
「ねぇ…!!!」
「そうゆう事に…なるかな」
「ちょっと!冗談じゃないわよ!もちろん、草間さんのポケットマネーから出るんでしょ??ねぇ!」
「出るか!」
「えーーー!!」
 そんな声を背後に、カタンっと、鏡二が席を立った。
「さて…じゃ、俺は行くぞ」
「ふむ…まぁ、よいわ!では、儂も行こう」
 豪快に笑う是戒が後に続く。
 涼の声だけが、後ろから響いている。
 晴れた日は、いたって鮮やかであった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
0249/志神・みかね/女/15/学生
0381/村上・涼/女/22/学生
0828/浄業院・是戒/男/55/真言宗・大阿闍梨位の密教僧
1074/霧原・鏡二/男/25/エンジニア

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■         ライター通信          ■
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 ども、こんにちは。ライターのしょうです。
 霧原さん、村上さん、はじめまして。
 浄業院さんは二度目、シュラインさんは三度目、志神さんは五回目のご参加ですね。
 数ある依頼の中からご参加いただきまして、ありがとうございます。
 遅くなりましたが、「彼方より出でしもの」お届けしたいと思います。

 今回、さりげなーく、ヒントを出したつもりではあったんですが・・・はっきりいってバレバレでしたでしょうか?(^^;
 やはりプレイングが一箇所に集まりましたので、退魔組と調査組に分けさせていただきました。
 大きく分けて三つに分かれておりますので、ご興味のある方は、他の方の話も除いてみてください。

 ご感想等、ここが違うなどでもOKですので、今後の参考にも気軽にご意見いただければ幸いです。
 では、また別に依頼でお会い出来る事を祈って・・・・。