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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


彼方より出でしもの

◆オープニング
 それは草間が午後の一時を、ゆっくりとテレビを見て過ごしていた時に起こった。
 テレビではちょうど、最近多くなった怪奇事件について報道がされている所であった。
 小さく特集が組まれた番組は、なにやら早口のアナウンサーが街を歩きながら事件のあらましを説明している。
 それを要約して言えば、要護寺という寺の近くで最近怪奇現象が増えている、という事らしい。
「なにやらおかしな事になっているようだな…。この寺…結構うちから近くないか?」
 草間はテレビを見ながら呟いた。
 テレビモニターに映し出されている風景には、どこか見覚えがある。
 確か、あの角にお寺が…。
 気のせいか、背中のあたりがゾクッとした。
 怪奇探偵なぞと名がついたせいだろうか。
 妙なものには敏感になったのか?
 まさか、霊感がついたわけでもあるまいに。
 「ふっ」と心の中で妙な考えを笑い飛ばした。
 だが、その時である。
 興信所のドアがバタン!っと開いた。
「わっ!!」
 必要以上に集中していたのだろう。
 草間は、思わぬ音にビックリして声を上げた。
 不意打ちを食らった心臓は、外に音が聞こえるのではないかと思われるぐらい早鐘を打っている。
 だが大の大人が大きな声を上げて驚くなどみっともない。
 草間は平静を装って、振り返った。
 そこにいたのは一人の小坊主であった。
 小坊主といっても、それは比喩ではない。
 正真正銘、頭を丸くして袈裟を身に着けた少年が、そこにいたのである。
「あ、あの!!すいません!助けて下さい…!!」
 見たばかり、本来なら小学校に上がるぐらいの年頃だろうか。
 見た目と違って意外としっかりしているらしいその少年は、涙目で草間に訴えた。
「一体どうしたんだい?何が起きたんだ?」
 事情を説明してごらん?
 草間は出来るだけ、優しく言った。
 でないと、少年は今にも泣き出しそうだったのである。
「あの…助けてくださいますか…?」
 少年のただの泣き言…と割り切ればすべて終ってしまうか、依頼となれば話は別だ。
 草間は少年を安心させるように肩をぽんっとたたくと、室内のソファーに座らせた。
「勿論。落ち着いて、事情を説明してごらん」
 そんな草間に安心したのか、微かにしゃくりあげる少年は、数回深呼吸をすると語り始めた。
「僕は、要護寺という寺の、見習僧です。実は今…和尚さんが法事で留守にしているのですが…。大変なんです!」
 少年は、涙目でぎゅっと目をつぶり、拳を握り締めて叫んだ。
 一体何が大変なのだろうか…。
 草間はなんだかいやな予感がして黙っていた。
「お墓が…お墓がなくなちゃったんですぅぅ〜〜!!!」
「墓……?」
 墓が…どうしたって?
「あの…!僕、本尊裏の倉庫の掃除をしていて…。えと、そこは一般の方が持ち込んだものをしまっておく場所なんですけど…!」
 少年は混乱しているのか、なかなか要領を得ない。
 それでも懸命に説明を続けた。
「それで…あの。なんとなく…いやな気持ちになって外に出たんです。いえ!僕はまだ修行中の身ですし。法力があるとかじゃないんですけど…」
 ぽん、ぽんっと、草間は指を膝に打ちつける。
「で…外に出たら、墓がなくなっていた…と?」
「そう!そうなんです!」
 草間が先を続けると、少年は嬉しそうに目を輝かせる。
 理解して貰えたのが嬉しいだろう。
 大人びいていても、まだまだ子供だ。
「どうしましょう…檀家のみなさんのものなのに……」
 少年は沈んだように言う。
 いや…そういう問題でもないと思うんだがな…。
 草間は心の中で呟いた―。
「でもあれだ。そんなに大変な事なら、和尚さんが帰ってくるのを待った方がいいんじゃないのか…?」
 草間が指摘すると、少年は「うっ」と言葉を詰まらせた。
「それは…だめです!だって…だって…僕、倉庫にあったツボを割っちゃったんですぅ〜」
 見付かったら叱られちゃいますぅ〜!
 縋るように見られて、草間はなんとなく、頭痛がする気がした…。
 しかし…要護寺だと?
 先ほどまで見ていたテレビ。
 実にタイムリーじゃないか?
 どうやら、要護寺で何事か起こっているようである。
 確かに、調査が必要なようだ。
 もしかして、さっきの寒気はこれなのか…?
 そんな事を思いながら、草間は調査に行ってくれそうな数人の顔を頭に浮かべていた。


◆五人の勇士
 こうして草間興信所に集まったのは、霧原・鏡二(きりはら・きょうじ)、村上・涼(むらかみ・りょう)、シュライン・エマ(しゅらいん・えま)、浄業院・是戒(じょうごういん・ぜかい)、志神・みかね(しがみ・みかね)の五人であった。
「風邪ね」
「…………おい?」
 バイトを求めてやって来ていた涼は、草間を見やってはっきりと言い切った。
 黙っていれば充分可愛い部類に入るのだろうが、勝気な気性が押さえられない性分らしく、あっさりと言った言葉は小気味良く響く。
 コロコロと表情の変わるその顔が、まっすぐに草間を見つめた。
「風邪よ。風邪。絶っ対風邪よ。という訳で草間さんは寝るべし。うん。バイトくれる人が風邪なら私に仕事はないから、私は帰るっと…」
 じゃ!と言って、くるりと涼は背を向けた。
 私立有名大学に通う涼だが、就職活動の状況はいまいち…どころか、いまにもいまさんもよろしくない。
 一人暮らしの身にバイトは死活問題である。
 雇い主の草間が風邪ならば、ここには用はない…そう涼は言い切ったわけだ。
 もちろん、本来の意図は別にあるわけだが。
「待て」
 だが、草間は今にもドアに手をかけ、出て行こうとする涼の首元を掴んだ。
「誰が風邪だ。誰が!」
 そう言って、草間は涼を引き戻す。
「えぇい!離さんかい!コラ!その手をお放し!!消えた墓石なんて、私にどうしろっていうのよ!この細腕じゃ、持ち上がんないわよ!」
 それが本音とばかりに涼はシタバタと暴れたが、草間は逃さない。
「俺もそんなこと、はなっから期待なんざしてないさ」
 期待しているのは、その消えた墓の調査だ。
 そう言い切って、草間は涼を身近なソファーへ座らせた。
 そんな二人を苦笑いしながら見守るのは、涼と同じように草間興信所にバイトとして雇われているシュラインである。
 だたこちらは涼と違って、書類整理から家事までと、その仕事は多岐に渡る。
 当初はまったく違ったはずなのだが、いつの間にやらお手伝い状態だ。
 シュラインはその中性的な美貌に苦笑をのせて、二人を見やった。
 涼よりバイト歴が長いシュラインとしては、仕事の問題はいささか頭が痛い話題と言えるだろうか。
 だが報酬を気にしていたら、ここでバイトは出来ない。
「それで…なんて言ったかしら…えと」
 シュラインは、改めて少年に向き直ると言った。
 少年のたどたどしい説明を聞きつつも、まだ名前を聞いていなかった事に気付いたのだ。
「あ、僕は雪雲(けいうん)と申します」
 シュラインに問われ、小坊主、否、雪雲はペコリとお辞儀をして答える。
「じゃ…雪雲くん?その嫌な気持ちになった…というのは、壺を割った直後に?」
「はい…。そうです。こう…なにか胸騒ぎがするような…」
 突然切り替わった真剣な話に、雪雲もまた神妙な顔で答えた。
 顔を見合わせる一同。
「お墓がなくなっちゃうなんて…中の人はどうしちゃったんでしょうか…」
 偶然この場に居合わせたみかねがこわごわと呟く。
 小柄な体をさらに小さくして、みかねは首を傾げた。
 本来の用事は別にあったのだが、聞いてしまったからには、そのまま草間興信所を後にする事は出来ない。
 幽霊は大嫌いだが、困っている人は放って置けないのだ。
 因果な性格といえようか。
「ふむ…墓がなくなるとは尋常ではない…だが如何なる理由があろうと、死者の眠りし場を冒す事は許される事ではない」
 そう力強く断言したのは、高野は大阿闍梨の位を持つ是戒である。
 がっちりとしたその体躯からは、高圧的で尊大な印象を受けがちだが、弱き物には慈悲深い是戒だ。
 静かに眠る死者達を荒らす不埒者は、誰であろうと許さない。
 何かしらの決意を持った顔で、うむ、と唸った。
「とにかく、その要護寺とやらに行ってみないとなんともいえないな」
 鏡二がライター片手に呟いた。
 そのままタバコを咥え、ライターの火を灯す。
 その左手には黒い手袋が。
 冬だから…といえばおかしくはないが、ここは室内であり、しかも左手のみである。
 不思議とそれが違和感なく溶け込んではいるものの、気になるといえば、気になる事であった。
「もう!ツボなんて割るからいけないのよ。とりあえず責任ツボ決定!」
 結局逃げられなかった涼が喚いたが、草間に取り押さえられて「むがっ」と黙り込んだ。
「その壺、割ったのはいつなのかしら?」
 背後で流れるニュースを聞きつつ、シュラインは雪雲を振り返った。
 もしその時期がニュースの言っている時期と合えば、騒ぎの原因は明らかだ。
 それに気付いていた是戒もまた、強く頷く。
「えーっと…三日ぐらい…前の事でしょうか…。怖くて…」
 雪雲はそう言うと恐ろしげに身を縮ませた。
 背後のニュースから流れるその言葉は…。
『三日ほど前から始まったこの怪奇現象は、いまだ収まる気配がなく…』
 妙に機械音じみた声が部屋に響く。
 もはや、雪雲が持ち込んだ一件と、ニュースで流れる一件は切っても切り離せぬものであるようである。
「まずは寺にてその場を検分し、何が起きたのかを見定めなければなるまいな」
 是戒の言葉に、一同は強く頷きあった。


◆墓の調査
「これは…」
 是戒は思わず顔をしかめた。
 是戒、みかね、鏡二の三人が要護寺に到着したのは、まだ日も高い時間であった。
 シュラインと涼は別件で調査に向かっており、今ごろ雪雲から聞き出した住職のもとへ向かっているはずである。
 是戒を含む三人は先行して寺へ到着していた。
 門の前に立った三人は愕然とした。
 明らかに違う、その雰囲気。
 昼間にも関わらず、どんよりと曇って辺りは暗い。
 まるで染み入るような冷気は、ねっとりと絡みつくようで不快感を感じる。
 どこかでカラスが鳴いていた。
「この妖気は一体…」
 要護寺の門を見上げた鏡二もまた、顔をしかめた。
 鏡二は幼い頃左手に埋め込まれた「悪魔の卵」により、その身に精霊を宿している。
 その精霊がなにやら騒がしい。
 霊感のないみかねでさえ、歴然と判るこの違和感。
 これは…ただ事ではない。
 みかねを含めた三人は、固い表情で顔を見合わせた。
「ふむ…ひとまず行くしかあるまい」
 息を呑む一同の中で強く頷くと、是戒は門の中へ足を踏み入れた。
 中は一層冷気が強まっているようである。
「一体どうしてしまったのでしょうか…」
 みかねが心細そうに呟いた。
 要護寺は、前に何度か来た事があった。
 決して華やかとか、賑わいのある所ではなかったが―お寺という事を考えればあたりまえだが、静かで落ち着く場所だったのに、これは一体どうしたことか?
「あの…お墓はこっちです」
 雪雲の先導で三人は消えたというお墓へと歩き出した。
 あたりの妖気に、おのずと早足になる。
 女の子のみかねと、また小さい雪雲は、半ば走るように墓へと向かった。
 立ち並ぶ卒塔婆と墓石の列。
 やがて雪雲が声を上げた。
「あ…、あのお墓です…!」
 息切れしながら、半歩先をゆく是戒と鏡二に墓の場所を示してみせる。
 雪雲が指差した先にあったのは、他とはちょっと離れた所にあるお墓であった。
 あたりにはいっそう濃い妖気。
「ここが…中心だな」
 あたりを見回して鏡二がいう。
 うずく乾き。
 左手に埋め込まれた「悪魔の卵」は、鏡二に魔力と渇きを与えていた。
 渇きを潤すには、闇の存在を喰らうしかない。
 その左手が今、反応している。
 近い……!!
 だが。
「お墓は…あるみたいですね」
 みかねが覗き込む。
 かなり古いお墓のようであった。
 墓石の色は長い年月で変色し、新しい物とは明らかに異なる。
 あたりは玉石ではなく土が露出していたが、綺麗に掃除がされているようだ。
 無くなってしまったというお墓は、ちゃんとここにある。
「あれ?おかしいな…。この前まではここには何も…!!」
 当初とは違う話に、三人の目が雪雲に集まった。
 雪雲は慌てて墓の周りを見渡している。
「なんでか知らないけど、今はちゃんとありますが…この前までは、ここには何もなかったんですよ!信じてください!!」
 一同の目が疑いの眼と取ったか、雪雲は叫んだ。
「僕、嘘なんてついてないんです!」
 叫ぶ雪雲の頭に、鏡二はぽんっと手を置いた。
 その顔には、微かな笑みが浮かんでいる。
「別に疑ってなどおらん。この妖気はただ事ではないしな。何かが起こっているのは確かなのだろう」
 是戒の言葉は優しかったが、辺りの妖気に厳しさが宿らざるを得ない。
 何もないのであれば、この妖気は異常だ。
「割った壺…というのはどこだ?」
 落ち着いた鏡二の声に、雪雲は涙汲んだ眼を拭い、大きく頷いた。


◆封じられしもの
「これです」
 雪雲が差し出したのは、古い壺だった。
 壺と言っても、両手に収まるぐらいのもので、そんなに大きなものではない。
 さほど大きくない面積の外側には、なにやら書いた跡が残っている。
 だがすでに判別不可能だった。
 雪雲の言うとおり、欠けた蓋はもう締まらない。
「何か…壺に残滓が残っているやもしれんな」
 そう言うと、是戒は印を結んだ。
 目を閉じ、集中する。
「大日の威光によりて…見えざる真、今ここに示し給え…オン…アビラウンケン…」
 小さく真言を呟いた是戒が感じたものは…。
「憎しみを持った物が…ここに」
 むかし、災いをなして封じられた。
「犬…か?闇の中で赤く光る目が…」
 そして、感じる強い憎悪。
 この者自体にそんなにたいした力はない。
 だがその憎悪が、この者に強い力を与えている。
 なぜそんなに憎んでいるのだ?一体何を…?
 #鏡二はその憎しみの原因を感じようと、心を澄ました。
 もうすこし…あと、すこしで判る……!
 だが、その時だった。
 何かが心の琴線に触れた。
 一瞬にして、是戒と鏡二の顔に緊張が走る。
「一体どうゆうことだ…?」
「え?どうしたんですか!??」
 突然の大人二人の変化に、同行していたみかねが慌てた。
 剣呑とさえ言えそうな表情を浮かべ、是戒と鏡二は顔を見合わせる。
 次の瞬間、二人は飛び出していた。
「あ、待ってください……!!」


◆冥穴
 すでに夕暮れが近かった。
 太陽は西に沈み、そろそろ闇が辺りを支配しようとしている。
 飛び出した二人が向かったのは、件のお墓である。
 急に強くなった妖気。
 一体何事が起きたのか?
 いっそ濃くなる妖気は、日が落ちると同時にさらに強くなったようだ。
 多くの墓石を通り抜け、先ほどの記憶を頼りに件の場所へと向かう。
 いや、記憶など必要なかったかもしれない。
 妖気の元をたどれば…そこは先ほどの場所であった。
 墓へとたどり着いた二人が見たものは、異様な光景だった。
 最初に雪雲が言ったとおり、そこに墓はなかった。
 その代わり現れていたのは、大きな穴。
 次元を歪め、なお墓を飲み込んでさらに大きく。
 その先には一体何があるのか…。
 微かに覗くは闇ばかり。
「まさか…冥穴!??」
 鏡二は驚きのあまり叫んだ。
 この気配は…冥界への道が開いたのか!
「これは…まずいな」
 剣呑とさえ言える顔で、是戒は冥穴を睨みつける。
 本来なら繋がるべきではない、現世と冥界。
 完全に繋がってしまえば、どうなるのか…。
「あれを…閉じるしかない」
 鏡二もまた、強い目でそれを睨みつけた。
「だが、素直にやらせてはくれんようだな…」
 是戒の言葉の余韻が消えぬうちに、冥穴の目の前に何か現れた。
 強い妖気をまとって現れたのは、赤い目をらんらんと光らせた、黒い犬。
 この魔犬こそが、封じられていた者なのだろう。
 壺の封印が解けた今、魔犬の叫びにより、冥界が呼び寄せられる…!!
「ひとまずあれをなんとかしなければ…」
 是戒と鏡二は、顔を見合わせ頷き合うと、油断なく構えた。
 一つ唸り、闇を纏う魔犬。
 それもまた、是戒と鏡二が敵意を持っていることを感じたのか、歯を剥き出しにして唸った。
 吹き付けられる憎悪。
 二人はじりじりと移動すると、魔犬を挟み込んだ。
 グルル〜…と唸る犬の声が、止まった。
 一瞬の静寂。
 次の瞬間、是戒へ向かって飛び掛った…!!
「行け!風精霊ウェルサ…!!」
 魔犬が飛び出したと同時に、鏡二が叫んだ。
 鏡二の声に答えた精霊が、大きな風を起こす。
 それは通常の風とは違い、悪霊である魔犬へ明らかな敵意を持って向かって行った。
 今まさに是戒へと衝撃が向かおうとした瞬間、風に絡め取られた魔犬は、その身を止める。
「ナウマクサンマンダ…バザラダセンダマカラシャダソワタヤウンタラカンマン!」
 その隙を狙い、是戒が刀印を切る。
 是戒が唱えた不動金縛りの法は、犬を縛って離さない。
 動けない犬は、唸って二人を見つめた。
 足音が響いたのはその時である。


◆合流
 シュラインと涼が駆けつけた時見たのは、対峙する是戒と鏡二であった。
 その間に、なにか黒い煙のようなもの。
「なに?あれ?」
 涼は顔をしかめて呟いた。
 あの二人は一体何をやっているのだろう…?
「あれが…昔に法師が封じたと言われるものなんじゃないかしら?」
 霊能力のない二人には、黒い煙のようなものに見えるのかもしれない。
 駆けつけたものの、邪魔にならないように、二人はすこし離れた場所で止まった。
 その時、後ろから誰かがやってくる気配がした。
「あら?みかねちゃん?」
「あ…シュラインさん!涼さん!」
 息を切らして走ってきたみかねは、二人の元で止まった。
「あの…!浄業院さんと、霧原さんは…!」
 どこか必死さを感じさせる声でみかねは尋ねる。
 そんなみかねに、涼は指をさして示めした。
「あそこよ。さっきから、ずっとあのままなの」
 涼のいう通り、二人は微動だにしない。
「ところで、みかねちゃん、雪雲くんは?」
 一体何が起きたの?と問い掛けるシュラインに、みかねはハッと顔を上げた。
「あの!これを…!」
 そう言って出したのは、両手に収まるほどの壺だ。
「これは……?」
「これで、あの黒を、封じる事が出来るみたいなんです」
 黒?
 二人は首を傾げたが、今はそれどころではない。
「こちらも収穫があったわ。ほら」
 そう言って、取り出したのは、一枚のお札。
 要護寺の住職から貰ってきた札である。
「これがあれば…!」


◆封印
 鏡二の使役する風精霊ウェルサと、是戒の真言によって縛られた犬は、苦しげに身を捩った。
「浄業院さん!霧原さん…!!」
 少し離れた所に、何時の間にかはぐれたみかねが一生懸命こちらに合図を送っている。
 その傍には、別調査へ向かっていたシュラインと涼が。
 これで全員揃った…というわけだ。
 みかねの手にあるのは、小さな壺。
 そして、シュラインの手に一枚のお札。
「あれはもしや…おぬしら!それをこちらに…!!」
 二人の手元を見た是戒が声を上げた。
 微かに感じるその力に、瞬時にしてその用途を悟ったのだ。
 是戒の言葉に、みかねとシュラインは顔を見合わせて一つ頷いた。
 これ以上近寄るのは危険だが、札と壺を二人に渡さなければならない。
 意を決して二人は動いた。
「あ…気をつけて!!」
 走り出した二人に、後ろから涼が声をかける。
 あまりの危険にハラハラするが、涼が動いた所で何も出来ない。
 今は見守るしかなかった。
 だが二人がちょうど、互いの中間地点まで来た時であった。
 動きを封じられた魔犬が、精一杯の足掻きを示す。
 オオーン!!
 悪霊が大きく一鳴きすると、突然湧き上がった力が近くの木をなぎ倒し、埃を巻き上げた。
「あ…横!横!!!!」
 後ろから涼の叫び声が聞こえる。
 前にしか注意を払っていなかったみかねとシュラインは、その言葉にハッと振り返った。
 振り返った二人が見たものは、ゆっくりと倒れて来る大樹。
 危ない…!!!
 二人は頭を押さえてしゃがみこんだ。
「きゃ…!!」
 木が倒れてくる!
 そう思った瞬間、みかねの持つ力が爆破した。
 宙で一瞬止まった大樹は、まるで二人を避けるように砕ける。
 大きな音を立てて、木が倒れた。
 パニック状態になると働くみかね念動力が、二人に降りかかった大樹を粉砕したのだ。
「大丈夫か!」
 いつの間にか駆け寄って来た鏡二が声を掛けた。
「怪我はないか?」
「私は大丈夫よ」
 制御出来ずに力を放出したみかねを支えて、シュラインが答えた。
「みかねちゃん、大丈夫?」
 力を使い果たして正直座り込みたい気持ちだったが、みかねはそこをぐっと堪える。
「あ…はい。大丈夫です…。それより、これ…!」
 何よりも、渡すべき物があった。
 小さな壺を差し出す。
 それに、シュラインがお札を添えた。
「ありがとう。危ないから、あとは下がっているといい」
 小さく微笑む鏡二に、ふたりをほっと息をついた。
 二人から封印のための壺を貰った鏡二は、札を是戒に、壺を己が持った。
「いくぞ」
 再び対角線上に並んだ二人は、魔犬と対峙する。
 魔犬から感じる憎悪は、ピリピリと空気を振るわせる。
 一体、何をそんなに憎んでいるのか?
 魔犬の憎しみは留まる事を知らない。
 一瞬の緊張。
 先に動いたのは鏡二だった。
「封ぜよ!ウェルザよ!!」
 叫びと共に、動き出した風が再び魔犬に迫る。
 風は唸りを上げて、魔犬を縛り付けた。
 オオオーン!
 抵抗する魔犬。
 苦しげに身を捩るが、鏡二の使役するウェルザの力から逃れられない。
 そして、是戒が符を掲げ刀印を構える。
「オン…バザラダトバン!ナウマクサマンダボダナンアブラウンケン!!彼のものを封じたまえ…!!」
 真言と共に、是戒は力強く刀印を切った。
 効果は確実に魔犬に影響をもたらし、大きな力が魔犬を包む。
 是戒の真言は、確実に魔犬の力を弱めていた。
 オオーン!オオーン!
 どこか悲しげな声だった。
 あともう少し!
 誰もが思った次の瞬間、魔犬はかき消すように消えていた。
 すかさず是戒は札を貼りつけ、印を切る。
 辺りに静寂が訪れた。
「おわっ…た?」
 涼が呆然と呟く。
 いつしか、空は済んだ色を見せ、暗くなった空には、綺麗な星が出ている。
「ふむ…終ったな」
 すっかり消えた妖気に、是戒は空を見上げた。
 いつしか、冥穴も閉じている。
 これで、すべて終った。
「よかった…」
 気が抜けた涼が、ほっと座り込んだ。
 一同の顔に、確かな安堵が浮かんでいた。
 だたみかねには、優しく微笑む少年が見える気がして、目を瞬かせ空を見上げた。
 だがそこには、綺麗に瞬く星があるのみである。


 後日、要護寺より小さな走り書きが見付かった。
 それは魔犬を封じた法師の書いたもので、そこに書かれていたのは、壺にまつわる話であった。
 その昔、一人の少年がいたこと。
 そして、少年が飼っていた犬。
 少年と仲がよかった犬は、少年の死後、周りの人間が少年を殺したと勘違いし、祟った事。
 そのため、当時要護寺にいた法師が、壺へと封じた事。
 黒く大きな、優しい犬だったという黒は、ただ自分を可愛がってくれた少年を守りたかっただけだった。
 再び、一緒に遊びたかっただけだった。
 それを読み終わると、パタンと古びた本を閉じ、雪雲はなんともいえない顔で席を立ったのだった。


◆その後
 翌日、法事に出ていた住職が帰宅した。
 壺を割った雪雲は、こっぴどく叱られたとか…。
「ねぇ」
 涼がシュラインに言う。
「一緒に誤ってあげるんじゃなかったの?」
「えーっと……」
 確かに、そういう約束だった。
「ご、ごめんなさいね…!雪雲くん!」
 果たせなかった約束に、シュラインはただ誤るしかなかった。
「でもよかったですね♪事件も解決したし!」
 みかねが嬉しそうに言う。
 あたりまえではあるが、以来、要護寺付近の怪事件はぱったりやんでいる。
 ニュースではそれをいぶかしむ声が小さく流れていた。
「そうだな…」
 小さく呟くと、鏡二は己の左手を見つめた。
 左手の乾きは覚えるものの、我慢出来ないほどではなかった。
 その渇きに、つくづく自分には通常の生活はほど遠いと、小さくため息を付く。
 ちなみに消えたいう墓だが、後日何事もなく普通に戻っていたと言う。
 やはり、あの魔犬の仕業だったのかもしれない。
「これで死者たちもゆっくりと眠れる事だろう」
 是戒はそう言って微笑んだ。
 豪快に笑い、顎鬚を撫でる。
 やはり寺に篭っていては、何も出来ぬ。
 そう思う是戒であった。
 だた一人、草間だけが頭を抱えていた。
「あら?どうしたの?武彦さん」
 シュラインの声に、電話をしていた草間が受話器を置いて振り返った。
「例の…雪雲からだったんだが…。しばらく寺から出れないそうだ」
「あら。そうなの…」
 まさか、叱られたからなのか…シュラインは心の中で深く誤った―。
「これは…依頼料を貰うのは無理だな」
 ふぅーっと、ため息を付く。
「ちょっと…。それって、バイト料でないって事!??」
 焦ったのは涼だ。
「ねぇ…!!!」
「そうゆう事に…なるかな」
「ちょっと!冗談じゃないわよ!もちろん、草間さんのポケットマネーから出るんでしょ??ねぇ!」
「出るか!」
「えーーー!!」
 そんな声を背後に、カタンっと、鏡二が席を立った。
「さて…じゃ、俺は行くぞ」
「ふむ…まぁ、よいわ!では、儂も行こう」
 豪快に笑う是戒が後に続く。
 涼の声だけが、後ろから響いている。
 晴れた日は、いたって鮮やかであった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
0249/志神・みかね/女/15/学生
0381/村上・涼/女/22/学生
0828/浄業院・是戒/男/55/真言宗・大阿闍梨位の密教僧
1074/霧原・鏡二/男/25/エンジニア

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■         ライター通信          ■
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 ども、こんにちは。ライターのしょうです。
 霧原さん、村上さん、はじめまして。
 浄業院さんは二度目、シュラインさんは三度目、志神さんは五回目のご参加ですね。
 数ある依頼の中からご参加いただきまして、ありがとうございます。
 遅くなりましたが、「彼方より出でしもの」お届けしたいと思います。

 今回、さりげなーく、ヒントを出したつもりではあったんですが・・・はっきりいってバレバレでしたでしょうか?(^^;
 やはりプレイングが一箇所に集まりましたので、退魔組と調査組に分けさせていただきました。
 大きく分けて三つに分かれておりますので、ご興味のある方は、他の方の話も除いてみてください。

 ご感想等、ここが違うなどでもOKですので、今後の参考にも気軽にご意見いただければ幸いです。
 では、また別に依頼でお会い出来る事を祈って・・・・。