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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


<君は僕のもの>


<オープニング>


 この世で1番キレイで。
 この世で1番手に入れたいもの・・・。

 君の瞳は僕のもの。


 桐谷 まどかはポストに入っていた白い封筒を見て溜め息を吐いた。
「ったく、何よ」
 その白い封筒は、このアパートに引っ越してきてから、毎日入っているものだ。しかも、ご丁寧な事に。
「また、差出人の名前も何もなしぃ?」
 バカにしたようにまどかは語尾をあげて呟く。真っ白な封筒には何も書かれてなく。差出人はおろか宛名すらない。
 最初、この手紙を受け取った時は、まどかも『自分宛』だと分からなかったので、仕方なく警察に届けた。
 警察も、誰宛なのか分からない手紙を困惑しながらも受け取ってくれたが・・・。
 翌日。
 同じ封筒が、また入っていた。
 そして、新しい環境でストレスが溜まっていたまどかは、普段ならしないであろう行動を取ったのである。

 手紙を開けたのだ。

 そして、まどかは開けたあと後悔した。
 この手紙は、たぶん。きっと、自分宛てに送れているものだろう。
 しかし手紙の内容は・・・。
 あまりにも、薄気味悪いものであった。

『君は、ぼくのもの』

 白い封筒とお揃いの、白い便箋には流れるような黒い文字。
 そして、便箋の中にも宛名など無かった。だが、まどかは直感でそれが、自分宛てに来た物だと悟っていた。なぜか、封筒を開けた瞬間そう悟ってしまったのだ。

「あー、でも気持ち悪ぅ」
 
 まどかは手紙を部屋の中にあるゴミ箱に入れると、う〜んと背伸びをして、ふと思い出した。

 友達が以前『草間興信所』という所で、変な依頼をお願いして解決してもらった。と話していたことを・・・。

「・・・・頼もうかなぁ?」

 まどかは、そう呟くと携帯を引っ張り出して、その友達に電話をした。
 何度目かのコールのあとに響いてきた友達の声に、まどかは『草間興信所』の事を教えてくれない?と頼んだ。

「いいけど・・・どうしたの?」
 電話越しに伝わる心配そうな声に、まどかは乾いた笑いを浮かべた。
「気持ちの悪い手紙を出す人物を探し出してもらいたいのよ」
 自分では、何故か解決できないような気がしたから。と言外に呟いてまどかは、ごみ箱に捨てた手紙を透視するかのように見つめた。


<本編>


 師走。
 師も走るほどに忙しい12月。街中は、色とりどりのイルミネーションに飾られ賑わいを増す。間近に迫ったクリスマス。そして、それが終れば新しい年が間をおく事なく訪れる。
 北波 大吾(きたらみ だいご)は、そんな忙しなく動く時間を彩っている街を抜け待ち合わせ場所へと向かっていた。今日は真面目に最後まで学校に残っていたために、制服に身を包んだままだ。もちろん、大吾の最大の武器である竹刀入れを片脇に抱えている。その中には、霊紋刀が息を潜めて出番を待っている。
 吐き出す息も白く色づき大吾の周りを通り過ぎる。今年は例年に比べれば暖かな冬だと言えど、冬は寒いもので、しかも、この2・3日の間に一気に気温が下がった為に、今日は余計に寒く感じる。
「うー、寒ぃな」
 そう言いながら、足早に指定されたアパートへと突き進む。依頼人の家が、調査を共に解決していく後の2人との待ち合わせ場所になっているのだ。
 その2人は草間から名前と大体の特徴を聞いている。その2人は知り合いだそうだが、大吾だけは2人のどちらとも会った事がない。丸っきりの初対面である。
 ある意味、やりずらいかもしれないな。と大吾は考えていた。何せ、年齢だけで軽く一回り違う2人だし、何より自分だけは初対面なのだ。もし、仮に子ども扱いされた時、大吾は自分を押さえる自信があまり無かった。
 そんな事を考えていると、入り組んだ路地に入り見るからに閑静な住宅街の中へと足を踏み入れていた。まさか、ここまで静かな場所だとは思ってもみなかった大吾は、チッと舌打ちを1つした。もし、犯人とご対面となった時の事を少なからず考えていた大吾は、戦闘になるかもしれないと心の準備をしていたのだ。だが、こんな静かな場所でまさか派手な言霊は使えない。最悪、警察に連絡される可能性だって出てくるのだ。
(仕方ねーか)
 騒ぎになるのは、なるべく避けたい。なら、眠りの言霊で犯人を黙らせる事を考えておこうと大吾は決めて目的地である、白いアパートへと到着した。
 アパートはクリーム色の壁に覆われていて、最近良く見かける若い人向けや新婚向けの洋風館だ。
 大吾はメモに書かれている住所と、この場所が合っているか確かめようとアパートの前でゴソゴソとカバンの中身を探る。思っていた以上に手がかじかんでいて上手く動かない事に苛立ちを感じ始めたとき、後から凛とした声に呼ばれた。
「北波、大吾?」
 大吾はカバンの中身を探っていた手を一旦止めて後を振り返った。そこには、黒いレザーコートに身を包んだ目も眩むような美女が大吾を見ていた。
「・・・そうだけど?おまえ、誰?」
 大吾はそう言った後で、ふと目の前にいる美女の容貌をどこかで聞いた事があるな。と思い、記憶の糸を必至に手繰り寄せる。そう遠い過去でない。むしろ、ごく最近聞いた事がある・・・。
「私の名前はシュライン エマ。今回、一緒に事件を担当することになったの。克彦さんから聞いてない?私と、あと1人の人のこと」
 そう問われ、やっと大吾は思い出した。大吾が想像していた以上の容貌が目の前に現れて戸惑ってしまっていたらしい。
 大吾は気を取り直すと、エマに改めて自己紹介をした。
「俺の名前は北波 大吾」
 そう言うと、エマが軽く微笑んでから依頼人の部屋へと行く事を勧める。
 どうやら、エマと後もう1人は既に準備に入っているらしい。
「早かったんだな」
「私たちは比較的時間の作りやすい職業だからね。それに、九尾・・・もう1人の人が、準備は早めの方が良いからってね」
 エマは一旦言葉を区切ると横を歩いている大吾に向かって苦笑して見せた。
「だから、私たちは早くなっただけよ」
「ふーん」
 大吾はそう答えて、205と掲げられた数字の下に『桐谷 まどか』と書かれた表札が貼り付けられている茶色い扉の前で止まる。
「ここだろ?」
「ええ、そうよ」
 エマはそう言うと、横に据え付けられているインターホンに指を乗せて、軽やかな音を鳴らす。
 扉の向こうでインターホンらしい機械仕掛けの鈴の音が鳴るのが聴こえてから、ほんの数秒で扉が音を立てて開いた。
「あ、シュラインさん」
 中から顔を出したのは『女性』というよりは『少女』に近い顔を持った可愛い人だった。
「遅かったですね。九尾さん、もう準備が終ったそうですよ」
「そう。相変わらず、仕事が速い人ねぇ」
 エマは苦笑して中の様子を伺っている。どうやら、話の内容を聞くと扉から身体をほんの少しだけ除かせている女が桐谷 まどか。今回の依頼人らしいという事を大吾は察した。
 大吾は、扉から体を少し離しエマを中へと招き入れる桐谷に軽く頭を下げる。
「・・・君は?」
「北波 大吾。今回、事件を担当するから」
「・・・・・・その服、学生服よね?」
「学生だかんな」
「探偵所って学生も雇うものなの?」
 まどかのその言葉にカチンと来た大吾が反論しようと口を開きかけると、部屋の中から第3者。エマでも、まどかでも。そして、大吾のものでもない声が苦笑を含んだ声で仲裁に入る。
「そういう言い方は良くないですよ、桐谷さん」
 そう柔らかな口調で大吾とまどかの前に現れたのは、恐ろしい程に妖しい雰囲気を持つ美男子だ。
「言い方悪かった・・・かな?」
「すっげー、感じ悪かった」
 大吾が憮然として答えると、まどかは顔の前で手を合わせて素直に謝罪した。
「ごっめんねー。私、口が悪い上に思った事をすぐ言うもんだからさ」
 こう素直に折られてしまえば、大吾もそう怒ってなどいられない。むしろ、折れて謝罪の言葉も口にしてくれたのであれば、大吾も許すしかないだろう。
「・・・あー、もういいよ。ただ、高校生だからって見下すのはナシにしてくんねー?俺、そういうの嫌いだからよ」
「うん、分かった。最大限、努力はする」
 素直なんだか、どうなんだか分からない返答をしてから、まどかは大吾をようやく部屋の中へと招き入れた。
「こんにちわ。初めまして、北波さん。私の名前は九尾 桐伯(きゅうび とうはく)です」
「・・・初めまして。・・・・なんだか、今日は自己紹介をしに来たみてぇだな」
 頭を掻きながら、同性同士という事もあってかざっくばらんに大吾は話した。
「でも、私も君と桐谷さん。2人に自己紹介しましたよ?」
「俺はお前で3人目」
「1人違いなら、大差ないでしょう」
 笑いながら中に入る桐伯に聞えるくらいの大きな溜め息を製造しながら、綺麗に磨かれているフローリングの床の上に大吾は上がる。
 中は、青色でまとめられているシンプルな部屋だった。グルッと部屋の中を見渡しながら、大吾は様子を伺う。
 このアパートは、1人暮らし用と新婚向けの部屋が用意されている。桐谷が住んでいるのは、当然のごとく前者の部屋だ。ざっと見で6〜7畳くらいの部屋の中には、小さな机の上に鎮座しているノートパソコンとテーブルランプ。そして、水色のシーツで覆われているベッド。その奥にクローゼットの扉が見える。机とベッドのちょうど中間点くらいにはこの部屋で使うには少々大きめのテーブルがある。玄関から入ってすぐ横にキッチンがあり、通路を挟んだその右となりの壁には扉が見える。きっと、そこが洗面所だろう。
 大吾は視線を再び部屋の中へと戻す。中央に置かれているテーブルの上には、何やら見慣れない機械が置いてあった。
 テーブルの半分を占領している機械からは、微かな音が鳴り響いている。そして、青白い光を放ちながら、ゆっくりと中央の画面の目を開かせる。
 機械のちょうど真ん前に桐伯。そして、その右隣が桐谷。その左隣がエマだ。桐伯は機械の画面がしっかりと映し出されているのを見てから、大吾を呼んだ。
「良かったです、感度は良好ですね。少し、不安だったのですが上手くいって安心しました」
「これ、何?」
 大吾が聞くと、桐伯はにっこりと笑って答えた。
「ポストに超小型のCCDカメラを仕掛けさせてもらったんです。そして、これはその様子を映し出すモニターですね」
「毎日来る手紙なら、それを入れる人が必ずいるって事でしょう?だから、ここで見張りつつ犯人の出方を待つのよ」
「・・・犯人が逃げたら?」
「それなら、心配ありませんよ」
 ゾクッと背筋が震えるほどの妖艶な笑みを桐伯は浮かべて言った。
「ポストの周りに、私の武器である鋼糸が無数に張り巡らされてます。もし、何らかの不信人物が来ても、すぐに対応できますよ」
 しかし、大吾はその言葉を聞いて安心する反面、頭の中にちょっとした疑問が浮かんだ。
「あのさー、もし新聞配達員とか郵便配達員の人だったら分からなくない?」
「そうね・・・」
 言いにくそうに言葉を濁すエマと目を一瞬だけ目が合うと、大吾は依頼人である桐谷に聞かれたくは無い話なのだな。と察しをつけた。なので、話を逸らすべく大吾は桐谷の方へと向き直り、自分が感じている疑問をぶつける事にした。
「なー、お前ってさ。何か他の奴とかに恨まれる事とか持つ事はしなかったか?」
 単刀直入の言葉に、エマと桐伯が驚いたように大吾を見た。2人のそんな様子を見て、大吾はどうやら2人はこの手の質問はしなかったを感じ取った。
「・・・・ん〜、職業柄恨まれる事はあるかもね」
「職業柄?」
 大吾の質問に素直に考えて答える桐谷に、エマが聞き直す。
「うん、私って企画化にいるでしょう?んで、若いから。やっぱ妬みとかすごいのよね。私には覚えないけれど、恨まれる事をしたか?って聞かれれば企画化の誰かじゃないかなー」
 あっさりと答えてはいるが、その中身は想像するに容易いほど陰湿なのだろう。
 大吾は桐谷の足元を確かめながら、そう考えていた。その時、ふと横っ腹を突付かれ大吾が振り向くとそこには、厳しい表情をしたエマがいた。
「あんまり女性の足元を見ないの」
「悪ぃ。前に幽霊が依頼人って言うのがあってさ。まさか、今回もそのパターンかもって疑ってたんだよ」
 小声で注意され、大吾もまた小声で返す。エマが眉を1つだけ高く上げたが大吾は気にもとめず、納得したように1つだけ頷いた。
「幽霊じゃねーな」
「当たり前でしょう。大体、桐谷さんが幽霊なら私達だって気付くわよ」
 エマが言葉を区切ると同時に、某有名時代劇の名シーンにながれる曲が軽快に鳴り始めた。音から察するに、どうやら携帯の着信メロディーらしい。
 その音を聞いて桐谷が厳しい表情で辺りを探すように見渡すと、シルバーの色をした折畳式の携帯をパソコンが乗っている机の上から取り上げた。
「はい、桐谷です」
 そう答える桐谷の顔を大吾と桐伯。それにエマはポカンと見つめてしまった。年代的に、知っていても可笑しくはないかもしれないが、年代的に、それを着信メロディーに設定するのは・・・・趣味が良いのか、どうなのか迷うところである。
「ええ・・・はい、はい・・・でも、その話はきちんと了承を得て・・・ええ、分かってます」
 桐谷の表情と口調。それに、敬語を使っているとはいえ段々ときつくなって行く言葉に、大吾や桐伯にエマも大体の事情を察した。
「・・・分かりました。すぐに伺わせて頂きます」
 携帯の電話を切ると同時に、桐谷は厳しい表情で大吾達を振り返った。
「ごめんなさい。クライアントと少し揉め事が起こったようで」
「行くのか?」
「・・・行かなきゃいけなくなった。って言った方が正しいかも」
 どうやら、桐谷の表情を見ると先ほどの着信メロディーの選択は『嫌な人』から掛かってきた場合専用らしい。ならば、あの着信メロディーほど合うものもないだろう。何せ、法で裁けぬ罪を裁いてくれる頼もしい人々のテーマ曲なのだから。
「本当に依頼しておいて、ごめんなさい。あの、私がいなくても調査って続けられます?」
「初対面の人間3人が、この部屋の中に居ても良いのであれば」
 桐伯の受け答えに桐谷は笑って頷いた。
「お願いします。だって、得体の知れない人間に見張られているより、貴方達がこの部屋の中に居てくれた方が幾分かマシだしね」
「・・・幾分か」
「マシ」
 大吾とエマが交互に答えると、桐谷はスーツを持って洗面所に行き、2分という実に素晴らしい速さで着替えを終えて出てきた。
「じゃあ、すぐに戻るんで」
「気をつけて」
 エマが言うと、桐谷は笑って手を振って部屋の外へと出た。
 階段を下りる音を聞きながら、大吾は2人に再び問い尋ねた。
「で?」
「で・・・?とは?」
 桐伯が聞きなおすと、大吾は憮然として答えた。
「さっきの話の続き。あいつの前じゃ言いづらかったんだろ?」
「分かってたの?」
「お前が言葉を濁してたからな。依頼人を外に出すのは、少し心配だが・・・だが、俺にだってお前らが何を考えて調査しているのかを知る権利はあるはずだよな?」
「ええ、貴方も今回の事件の担当者ですからね」
 モニターをチェックしつつ桐伯は淡々と答える。
「まず。私とエマさんは、今回の事件はストーカーか、もしくは、猟奇殺人犯ではないかと考えています」
「それで、九尾さんがこのCCDカメラとかを仕掛けている間に私はあたりに聞き込みに行ってたの」
「何か分かったのか?」
「九尾さんにも話したんだけれど、この部屋の住人の人には何もなかったらしいわ。部屋を出た理由も結婚を機に引っ越しただけらしいし」
「その前とかは?」
「あいにく。このアパート自体が建って間もないから、この部屋の主は桐谷さんが2番目よ」
「うーん、じゃあ他には?」
「この部屋の中にも別に異常はないわよ」
「じゃあ、ただ単に悪戯なのか?」
 そう大吾が聞くと、エマは1つだけ首を横に振った。
「そうでもないのよ」
「どうやら、桐谷さんには不思議な能力が備わっていたらしいんです」
「不思議な能力?」
「桐谷さんは小学校を卒業するまでに幽霊等を見れたそうよ」
 大吾はその言葉を聞いて眉をひそめた。
「それ、今も見えてるのか?」
「いいえ。さすがに両親が恐くなって彼女が見れなくなるように訓練したそうよ」
「訓練程度で見れなくなるもんじゃねーよ、そういうの」
「・・・君、そういうの分かるんですか?」
 桐伯が驚いたように聞くと、大吾は方を竦めて答えた。
「俺も似たようなもんだよ。ただ、俺の場合はその能力を高める訓練を嫌という程させられたってだけの話だ」
 大吾はそう答えてから話を元に戻した。
「ともかく。そういう能力ってのは天性のものが1番大きいんだ。たとえ、能力が衰えても見えるものは微かに見えるもんなんだ。それを訓練程度で完全に見えなくするとは到底思えねぇよ」
「そうですね。でも彼女の場合は少し違っていたそうなんです」
「桐谷さんは、幽霊とか・・・他の人には見れない物体を肌で感じると、その場所をジッと見つめるんですって。それで、そこに何かがいて。それが何かを見極めていたそうよ」
 桐谷が不思議なものや、肌で違和感を感じる場所などをジッと見つめてしまうのは、その時の癖なのだとエマが言う。

『本当は、この癖も直そうとはしてるんだけどね。この歳になってからじゃ、中々直せないの』

「直せない・・・か」
「ええ。ですから、悪質なただの悪戯・ストーカー・猟奇殺人犯」
「そして、もっと別の何か。なのかを検討中なの」
 桐伯とエマの息の合った調査報告を聞いてから、大吾は腕組をして考えた。そして、立ち上がると気合を入れるように大きく背伸びをした。
「俺、外で見張ってるわ」
「え?」
「寒いわよ?外」
 意外そうに聞く桐伯とエマに大吾はニヤリと笑って答えてみせる。
「いいぜ、その分の報酬はきちんと貰うしな。それに、犯人が『もっと別の何か』だった時には、すぐさま対応できるようにしておきたいしな」
「意外に仕事熱心なのね」
「意外にが余計だ。・・・さって、ふんどしの紐を締め直して行くかー」
「古風な人ですね。そんな気合の言葉を言うなんて・・・?」
 桐伯は玄関に向かうものとばかりに思っていた大吾が洗面所に入って行くのを見て、思わず語尾に疑問符をつけてしまった。
 そんな桐伯に大吾は、桐伯以上に疑問に思っているという表情を浮かべて言った。
「は?俺は本当にふんどしの紐を締め直すだけだぞ?」
「・・・・・待って」
 エマは混乱したように頭を指で押さえて、大吾に聞く。
「あんたって・・・・本当にいまどき」
「ふんどし着用・・・・してるんですか?」
 不思議そうに聞く2人に大吾は大きく縦に頷いた。
「日本男児なら、ふんどし!これは当たり前だろう?大体、ふんどしじゃねーと戦闘能力だって下がるぜ?」

 それは、もしかしなくても大吾だけだろう。

 エマと桐伯は学生服を着ている大吾を、ある意味尊敬の眼差しで見つめてしまった。


 夜。夜空に星などは見えないが、穴が開いた様な月だけは、その存在感をより一層強くしている。
「寒ぃ」
 大吾はアパートの影に隠れながらポストを見張っていた。桐谷が家を出て30分しか経っていないのに、もう月が見え始めている。ちなみに、桐谷はまだ帰ってこないし、その気配もない。
「うぅ〜〜〜ん、こりゃ多めに貰うか・・・報酬」
 別に部屋の中で待っていても良かったのだが、何故かそうする気にはなれなかった。それが、どうして何故なのか、大吾自身にも分からなかった。ただ、今回のことは、どこか胸の奥に小さな針が刺さったかのような違和感を感じていたのだ。それは、桐谷の過去を聞いたせいもあるかもしれない。だが、何かもっと別の何かに・・・・。
「あー、くっそぉ!!」
 とりあえず、犯人に会ったら速攻で締め上げよう!と心に決めた瞬間、コンクリートで固められた道路を歩く靴の音が響いてきた。
 カツンカツンと静かに響く音に耳をすませながら、ポストの辺りに目を光らせる。あそこには、桐伯が張ったと言う罠もあるはずだ。きっと、相手が『人間』ならば心配は要らないだろう。
 カツンと最後に大きく音を立てポストの前を歩く人物を見て大吾はホッと胸を撫で下ろした。行く前よりも、幾分か疲れたような表情を浮かべているが依頼人である桐谷だ。どうやら、何事も無く無事に帰ってこれたらしい。飛び出そうとした足を押さえて、その場に止まる。もし、下手にここで出てしまえば、どこに潜んでいるか分からない犯人に自分がいる事を、わざわざ教えてやる事になる。そうなると、また調査が難しくなる。
「っ!!!!」
 大吾は何かを考えるよりも早く壁から体を翻し、階段を上ろうとした桐谷の腕を掴み自分の背に隠すように匿う。いきなり腕を掴まれた桐谷は小さな悲鳴をあげたが、つい一時間もしない前に見ていた学生服の後姿に安堵の息を漏らし、それから怒りの言葉を投げつけた。
「ちょっと、いきなり何するのよ?あやうく・・・」
 そこまで言いかけて桐谷は、微かに月明かりに浮かぶ大吾の顔が緊張している事に気付いた。
「・・・どうし、たの?」
 恐さと寒さで言葉が途切れる桐谷に、大吾は小さな声で応じる。
「黙ってろ・・・・」
 神経を針よりも細く尖らせる。全能力を全開にし、辺りの様子を伺う。
(いる)
 大吾はそう確信していた。この気配は『人間』ではない。『人間』が、こんな動物的な殺気丸出しの気配を出せるわけがない。

            ずるり・・・

 何かが這いずる音。桐谷が何も言えずガタガタと震えているのが背中越しに分かる。だが、今は動けない。動いてはいけない。大吾の額から汗が一筋落ちる。
 ちらりと上を見る。ここから、桐谷が部屋に戻るまでにざっと見積もって2分少々。大吾が援護したとしても、もしこの音が突然複数になってしまえば手におえない。むしろ、桐谷を余計に危険な目に合わせる事になってしまう。
 視線をポストへと投げかける。あそこのポストには桐伯が仕掛けたカメラがあるはずだ。なら、桐谷が帰って来た事も見えているはずだ。そうなれば、中々部屋に戻らない桐谷を心配して、桐伯かエマが様子を見に来るはずだ。
「・・・・つーか、来いや」
 そう呟いた瞬間、上から扉が開く音がして夜の闇に良く似合う凛とした声が大吾と桐谷の名前を呼んだ。
「何をやってるの?そんなところで」
 しかし、エマは2人の只ならぬ様子を見てサッと表情を強張らせた。大吾はチラリとエマの方を見ると唇だけで『こいつを部屋に連れて行け』と伝える。正確に伝わったかどうかは置いておいて、エマは大吾の言わんとしている事を察しって、ゆっくりとそれでも早く足を動かして階段の前にいる桐谷の肩に手を置いた。
「・・・・九尾は、武器が使えるんだったな?」
「ええ」
 慎重に声を小さくしながら最小限。必要なことだけを確認する。
「なら、家に入ったら九尾に護ってもらえ」
「・・・あんたは?」


                                 ずるり・・・・

「あの音を確かめる」
 確実に近づいてくる音に大吾は喉を鳴らす。平気だと思う反面、何が居るのか分からない恐怖が心の片隅にある。だが、それを乗り越える術を大吾は身につけていた。
「俺が合図をしたら、一気に駆け上がれ」
「ええ」
 桐谷の震えが酷くなるのを感じながら、大吾はゆっくりとした深呼吸を3回繰り返す。

               ず・・・・・・・・・・・るり

「行けっ!!!!!!!」
 大吾は叫ぶと同時にアパートの敷地から出る。カンカンカンッと階段を駆け上がる音を背後に受けつつ道路に出ると、街頭に照らされその『人間』は大吾の方を見た。
 それは確かに『人間』の形をしていた。だが、『人間』ではないのだろう。
「・・・・・」
 青白い。死人のそれよりも青白い顔が月に照らされる。片腕は今にも抜け落ちそうなほど、風によって揺れて遊んでいる。そして、何より。その『人間』には、目が無かった。
「・・・・」
 無言で近づく『人間』に大吾はゆっくりと、最大の武器である霊紋刀を取り出す。霊紋刀は微かに光を帯び、それは夜の闇に冷え冷えと冴えきり、恐いほどの美しさを空間に作り出す。
「お前、誰だ?」
「・・・・」
 しかし、『人間』は答えない。ずるりと音を立て大吾に近づいて、おぞましい声で大吾に言う。
----------ひとみ・・・を・・・ひかり・・・を・・・・ひとみ・・・を
 一歩近づき、ずるりと音がするたびに生ゴミのような異臭が辺りに立ち上る。だが、そんなものにかまって入られない。
 どんな言霊が1番効果的か。それを大吾は必至に考える。
「・・・・」
 ずるりと音を立てゆっくりと近づく『人間』を見て、大吾は心を決めた。
 息を吐き吸う。身体の奥に自分の全神経を集中させ、爆発的な言霊の力を発揮するように目を閉じて印を組む。
 再びずるりと聞えた音をきっかけに大吾は目を開いて言霊を唱える。
「深・闇・堕・・・・深き闇に全てを堕とせっ!!!!」
 言霊を聞いた『人間』は、うぅぅぅと聞いた事も無いほどの呻き声を上げて、その場へと倒れ込む。その様子を見てから、大吾はゆっくりと刀を持ち直し『人間』の傍へと寄って行く。
「こいつ、一体何なんだ?」
 大吾が不思議そうに呟くと、ヒュンと夜の闇を引き裂くような音が耳の横を通り過ぎる。
「人間でない事は確かですね」
 倒れ込んでいる『人間』を鋼糸で巻きつけながら、桐伯がゆっくりと大吾の横へと並ぶ。
「・・・・九尾、お前」
「桐谷さんなら大丈夫です。エマさんが見ていてくれていますから」
「でも、こいつ1人だけとは限らねーだろうが」
「そうですね」
 にっこりと笑って肯定しつつ、桐伯は言葉を続ける。
「けれど、北波さんが負けてしまうかもしれませんから」
「・・・俺は、そこまでっ!!?」
 弱くはねぇと言おうとした言葉は喉の奥で消滅する。素晴らしいほどの反射神経で突然、起き上がった『人間』の攻撃を避けるべく2人は同時に左右へと飛ぶ。
「ちっ、眠りの言霊が効いてねーのかよ」
「それより、彼が何をするか分かりますか?」
 ずるりと動き出した『人間』に定めを置きつつ、そう聞く桐伯に大吾は怒鳴った。
「分かってたまるかっ!!!」
「同感です。とりあえず、彼を他の場所へと誘い込みましょう」
 桐伯はそう言うと、『人間』に向かい鋼糸を巻きつける。
「こんな所では、思う存分戦えませんからね」
 その細い体からは想像出来ないほどの力で『人間』を上へと投げると、5メートルほど離れたフェンスに覆われている公園へと投げ入れた。
「すっげ」
 素直に感嘆の言葉を出した大吾に、桐伯はにっこりと笑った。
「行きましょう。逃げられる前に」
「おお!」
 大吾と桐伯は走り出して公園の中へと足を踏み入れる。この公園は意外に広く、中には小さな子供用のアスレチックが4個ほど、十分すぎる程の距離を取り置いてある他にも、人工池がある。そして、桐伯に投げつけられた『人間』は、その池の中に居た。
 千切れた腕が音を立てながら池の上を漂っている。そして、べっとりと張り付いた髪は根こそぎ取れて、顔に張り付いている。
「九尾。お前、ゾンビってどう思うよ?」
「私の美意識に反していますね」
「美意識かどうかは置いておいて・・・。確かにああいうのは、見てるに耐えないな」
 そう言うと刀を構える。先程より、確かに目の前にいる『人間』は歩く速さが上がっている。
「あいつの動き止めれるか?」
「ええ。ついでに、これで終らせられたら良いのですがね」
 溜め息混じりに桐伯は鋼糸を月明かりに光らせて空中に舞わせると、そのまま『人間』の身体へと巻きつける。普段なら確かに感じられる感触が感じられない。その事に嫌悪感を露にする。
----------ひかり・・・を・・・・あのこ・・・・の・・・きれい・・・な、ひとみで・・・
「光とは自分の目で見るからこそ輝くのですよ」
 桐伯は突進してきた『人間』に小さく呟くと、ちょうど雲に月が隠れた瞬間意識を集中させて、手の平から糸に炎の力を伝わらせる。
「焔の腕(かいな)に抱かれて、眠りなさい」
 桐伯の言葉に導かれるように糸が瞬時に綺麗な焔に包まれ、その糸に絡められている『人間』の身体も燃え上がる。
----------ひとみ・・・・ぼくを・・・みつけ、てくれた・・・あのこの・・・ひとみ
 しかし、スピードは落ちても決定的なダメージにはなっていないらしく、焔に包まれた『人間』は大吾と桐伯に向かってくる。
----------あの・・・きれい・・・な、ひとみ・・・は・ぼくの・・・もの
「人のものは自分のものにはならねーよ」
 大吾は呟くと素早く『人間』に近づいて刀身を夜空に浮かばせる。
「招・魂・飛!!!」
 ちょうど『人間』の首筋に当たる場所へと刀を振り下ろす。
「魂を元あるべき場所へと押し戻せっ!!」
 頭部が音を立て重力に逆らう事なく落ちてから、しばらくすると風に誘われるように頭と残された胴体は砂となり消えた。
 チンと音を立てて刀をしまうと大吾は溜め息を吐いて桐伯を振り返った。
「お疲れさん」
「もう平気ですかね?」
「だと思うぜ。魂を彼岸まで押し戻したからな。それより、お前の能力すげーな」
「北波さんもすごいですね」
 にっこりと笑う桐伯に大吾は肩をすくめた。
「それより、あいつ勘違いしてたな」
「勘違い?」
「たぶん、だけどな。あいつ、きっと浮幽霊だったんだよ。それで、桐谷がその気配を見つけて、あいつが居た場所をジッと見つめたんだろうな」
「それで、桐谷さんの瞳を狙った?」
「ああ。視線が合うことは無くても、浮幽霊になった自分を見つけてくれた人間に好意を抱いただけなんだろうけどな」
「少々・・・歪んだ愛情表現ですね」
 溜め息交じりの桐伯の声に、大吾は笑って答えた。
「その点ではストーカーでもあるし、猟奇殺人でもあるな」
「・・・・ですね」
 雲隠れしていた月が顔を再び出すと、桐伯は公園に入ってくる2人組みの姿を見つけ顔をしかめた。
「来たのかよ」
「もし、まだ続いてたらどうするんですか?」
 大吾と交互に答える桐伯に、桐谷を支えながら歩いているエマは苦笑を浮かべて答えた。
「桐谷さんが、どうしても来たいって言ったの」
「大丈夫!?2人とも」
 エマに支えられながら桐谷が涙目で聞く。
「大変だったのよ?私たちが行っても足手まといになるだけだって言っても聞いてくれなくて」
「だって、私・・・私、あんな事になってるなんて知らなくてっ!」
 桐谷の必至の様子を見て、桐伯もエマも。そして、大吾も笑った。
「ま、帰ろうぜ。俺、寒いし腹減ったよ」
 その言葉に、桐谷が涙を目に溜めながらコクンと頷いた。
「私、何か作る?それとも、どっか行く?奢るし」
「そうだな・・・2人は、どっちがいいんだ?」
 大吾がそう尋ねると、エマは少し考えて答えた。
「私は・・・そうね。桐谷さんの手料理で。少しは手伝えるしね」
「そうですね。私も外に出るのは今は止めておきたいですね」
 3人一致の意見が出揃った所で、大吾は前を歩き出した。
「なら、とっとと行こうぜ。俺、マジで腹減ってんだ」
 そんな大吾の言葉に背中を押されるように、4人は仲良く月が照らし出す道を歩き出した。

 最後に。桐谷は少しだけ後を振り返り。何も無い公園を見つめた。
 それから、フッと一瞬だけ瞳を伏せて再び前を向いて歩き出した。

 風が騒ぎ出す。何も無い公園に息を潜める木々が鳴く。
 
 初めて、僕を見つけてくれた人。
 初めて、僕が好きになった人。
 もう、逢えないかもしれないけれど・・・覚えていて。
 君が好きだった。君の瞳が好きだった。

 君の瞳は僕のもの。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1048 / 北波 大吾 / 男 / 15 / 高校生】

【0332 / 九尾 桐伯 / 男 / 27 / バーテンダー】

【0086 / シュライン エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
※並び順は、申し込まれた順になっております。

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■         ライター通信          ■
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 この度は、拙い依頼に再度のご参加を誠にありがとうございます(平伏)ただただ、感謝の気持ちでいっぱいです(^^)
 そして、今回は何時も以上にギリギリの納品で申し訳ございませんでした。本当に、自分の計画性のなさに涙が出るほど情けない気持ちでいっぱいです。

 さて、今回は『ゾンビ』が相手でしたが、如何でしたでしょうか?ゾンビというよりは、生霊に操られている死体と言った感じなのですが、ゾンビという言葉の方がぴったりと来るような気がします。本当は、こんなホラーにする予定ではなかったはずなのですが。はて?
 そして、今回1番残念だったことは、やはり「ふんどし」の装備価値を存分に発揮できなかった事ですね。うーんと悩んだのですが、時間も体力も限界でした(苦笑)
 それでは、最後に。
 少しでもこの話を読んで『ああ、こういう話好きかも』、『うん、楽しかったな』と思っていただければ、これ以上の幸せはございません。今回の話は前半は他の方々と違い、後半は同じです。