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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・仮面の都 札幌>


調査コードネーム:ピアノ   〜嘘八百屋〜
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :界境線『札幌』
募集予定人数  :1人〜2人

------<オープニング>--------------------------------------

 ああ。ようこそいらっしゃいました。
 ちょうど良うございました。
 少しばかりお力を貸していただきたく。
 じつは、わたくしの納品しました品物に、またクレームがついてしまいまして。
 ええ。
 ピアノでございます。
 市内の私立高校の音楽室に置かれたのですが。
 これがまた、夜中に勝手に鳴りだすとか。
 自動演奏のシステムはついていないのですがねぇ。
 困ったものです。
 それで、ちょっと確かめてきていただけないでしょうか。
 変な悪霊が憑いていないとも限りませんし。
 もちろん、報酬はお支払いします。
 よろしくお願い申し上げます。




※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。


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Zピアノ   〜嘘八百屋〜

 冷たく冴えた三日月が夜空を飾る。
 まるで、血を求める呪われた剣のように。
 白磁の光は、一切のぬくもりを伴わず、ただ炯々と地上を突き刺している。
 平等に、冷酷に。
 シュライン・エマがちいさく息を吐いた。
 紅唇から零れた気体が、目の前に白くわだかまる。
 初冬の北海道。
 深夜の気温は、すでに零下の世界だ。
「寒みぃか? シュライン」
 耳元で声が聞こえる。
 乱暴で、どことなく優しい口調。
 浄化屋と呼ばれる男。
 巫灰滋だ。
「さすが北海道ね。これだけ防寒してても、ちょっと寒いわ」
 蒼い瞳に戯けた光を浮かべ、シュラインが応える。
「心頭を滅却すれば火もまた涼しってヤツだ。まだまだ修行が足りないですな。シュラインさん」
 くすりと笑う紅い瞳の青年。
「これ以上、涼しくしてどうするのよ?」
 混ぜ返す。
 くだらない会話は、緊張をほぐすため。
 あるいは、恐怖を紛らすため。
 人のいない学校などというものは、それだけで迷信的な恐怖を与えてくれる。
 普段、賑やかな場所だからこそ、なのかもしれない。
「どう見てる? 灰滋」
 やや唐突に話題を変える興信所事務員。
 むろん、今回の一件について訊ねているのだ。
「さてなぁ。いかにもありそうな怪談話だけど‥‥」
「保留つき?」
「なにしろ嘘八百屋のことだ。絶対に裏があるに違いねぇぜ」
 偏見に基づいて決めつける浄化屋。
 まあ、あながち間違いとはいえない。
 あの男から仲介された仕事が、ストレートに終わったことなど一度もないからだ。
 だからこそ、おもしれぇんだけどな。
 と、内心で付け加える。
「どんな裏?」
「そこまでは判らねぇよ」
 ぼそぼそと囁き合いながら、誰もいない廊下を進む。
 目的地は音楽室だ。
 この場合、奇をてらった行動をしても意味がない。
 まずは、誰もいないのに鳴るピアノ、とやらを、実見してみるのだ。
 結論を出すのはそれからで良かろう。
「いまのところ、ピアノの音を聞いたのは宿直の先生とか警備員とか、そのへんね」
「それに学祭の準備で泊まり込んでた生徒連中も聴いたらしい。ここまで噂が広がったのは、そいつらのせいだな」
 昼間のうちに調査したことを改めて反芻する二人。
 とはいえ、事前調査で判っていることは、じつのところ多くはない。
 ほとんどが無責任な噂ばかりだ。
 まあ、怪談話などというものは、そういうものである。
 酔漢の戯れ言と同じで、きちんとした確証を求めるのは無理というものだ。
 多くの証言のうち、実際に聴いた者など幾人いることか。
「こういうのは、大げさになるほど面白いものだからね。話には尾ひれがついてるわよ」
 シュラインが苦笑する。
 まったくその通りなので、巫は反論しなかった。
 幾多の心霊事件を扱ってきた男女は、人間の記憶の曖昧さについて嫌というほど思い知らされている。
 本物の霊が絡んだものなど、全体の数パーセントでしかない。
「そういや、俺とシュラインが初めて組んだ事件も、アレだったよなぁ」
 ふと思い出し笑いをする浄化屋。
 つられて青い目の美女も微笑した。
「サキュバスか吸血鬼じゃないかって疑ったっけ。それに、麻薬が絡んでるのか、ともね」
 一年近く前のことだ。
 あのころは、シュラインも巫も独り身だった。
 ずいぶん昔の事のようにも感じられるし、昨日のことのようにも思い出される。
「ま、それだけ人間の記憶が曖昧だってことよね」
 やや皮肉げに、シュラインが言う。
 どうみても照れ隠しだった。
 巫の赤い瞳に笑いの波動が浮かぶ。
 そんなに無理しなくてもいいのに、と。


 切なく、もの哀しい旋律がきこえる。
 高く低く。
 感情を押し殺すような音色。
 ほそい月が作り出す薄闇の中から響く、ピアノの音。
「‥‥ええと、たしかなんかの映画の主題歌だな‥‥」
「‥‥尾道三部作を思い出したんでしょ‥‥大森監督の」
「お、それだそれ。たしか『かなしんぼう』とかいうやつ」
「全然違うわよ。これはショパンの『練習曲 作品10−3 ホ長調』。邦題は『別れの曲』ね」
 苦笑するシュライン。
 じつのところ、この『別れの曲』というのもいい加減なタイトルである。
 もともとは、フランス映画のタイトルだ。
 若き日のショパンを描いた映画で、まあ、悲恋の物語である。
 パリのいるショパンを、遠い故郷のワルシャワから、初恋の相手であるコンスタンツェが訊ねてくる。
 ところが、彼の心はジョルジュ・ソンドに傾いていた。
 結局、彼女はショパンから送られた『別れの曲』を胸に抱いて祖国に帰る。
 と、簡単にいうとこのようなストーリーだ。
 むろん、このストーリーはフィクションである。
 ショパンが『練習曲 作品10−3 ホ長調』を描いたのは晩年になってからだから。
「もっとも、故郷をしのんで描いたのは間違いないかもね」
「というと?」
「この曲が作られた当時、ショパンの故国であるポーランドは、列強によって支配されていたのよ。形式的なことはともかくとして、実質的には消滅していたといってもいいわ。その故郷を想って『別れの曲』っていうなら、なかなかロマンティックでしょ?」
「なるほどねぇ」
 音楽にはあまり詳しくない巫だが、相棒の説明はなんとなく納得できた。
 たしかに切ないメロディーだ。
「で、どうする? すぐに突入するか?」
「そうね。もうちょっと聴いていたい気もするけど、いきましょ」
「おけ」
 頷いた浄化屋が、音楽室の扉に手をかけ静かに開いた。
 冷涼な空気と旋律が震える。
 そして、古ぼけたピアノの前に蟠る、白い影。
『そろそろ来るころだと思っていました』
 影が言葉を紡ぐ。
「知ってたの? 私たちが来ること」
 巫と手を繋いだシュラインが問いかける。
 霊感のない青い目の美女は、こうしないと相手の姿を視認できないのだ。
『あの方がくださったモラトリアムは、一週間から一〇日というものでした。僕がここにきて、今日で一〇日目です』
 微笑するかのように旋律が奏でられる。
「なるほど、な」
 浄化屋が軽く頷いた。
 あの方、というのが嘘八百屋なことは、疑う余地もない。
 どうやら、また掌の上で踊らされたようだ。
 面白くない話だが、おそらくは事情があるのだろう。
「さしあたり、話を聞かせてくれるか?」
『はい。まず、僕の名前は板部雄一といいます』
 影が語り始める。
 ショパンの旋律にのせて。


 彼は、かつてこの高校の生徒だった。
 もう三〇年も前の話である。
 ピアニストになるのが夢だった。
 音楽大学に進学したかった。
 しかし、彼の可能性は、たったひとつの事故ですべて失われる。
 氷雨のふる通学路。
 拉げたカードレール。
 サイレンの音。
 流れ出してゆく赤い水。
 弱まる鼓動。
 少年の時は、一七歳で永久に停止した。
『そして気がついたとき、僕はこの音楽室にいました』
 霊体となって。
 迷ってしまったのだ。
「‥‥まあ、迷うだろうな」
 浄化屋が頷く。
 少年の未来が、必ずしも光輝に満ちたものとは限らない。
 音大に入れなかったかもしれないし、入ったとしても演奏家として独り立ちできる保証もない。
 それでも完全に可能性が無かったわけでもなかろう。
 未来とは、現在の努力を積み重ねて築くものだから。
 確定されたものなど、ひとつもないのだ。
 そう。
 生者にとっては。
 残念ながら、少年はそのなかに含まれない。
「で? ここに来てなにするつもりだったの?」
 シュラインの問いだ。
 淡々と響くのは感情の欠如ではなく、彼女の優しさなのだろう。
 と、巫は思った。
『ピアノを弾きたかったんです‥‥もうすぐコンクールでしたし』
 過去形の答え。
 少年は自分の死を知っていた。
 知っていてなお、弾かずにはいられなかったのだ。
 妄執というべきだろうか。
『でも、それは叶いませんでした。僕がピアノを弾くと皆がおびえるので』
 やや寂しげに笑う。
「なるほど。それがこの学校の音楽室にピアノが置かれなくなった理由なのね?」
 昼間のうちに調べたことを再確認するシュライン。
『はい』
「でもどうして嘘八百屋さんは、今更ピアノを運び込んだのかしら?」
 当然の疑問がわき上がる。
 解答を教えたのは、少年ではなく、
「それは、雄一の魂が消えかかってるからさ」
 浄化屋だった。
『はい。その通りです』
 ふたたび微笑する少年。
 霊は万能の存在ではない。
 想いが消えれば、その存在もまた消える。
 そういうものなのだ。
「この学校の卒業生からプロピアニストが出た。それが理由だな?」
 確認するように問う巫。
 ピアノが、哀しげな旋律を紡ぐ。
『僕などよりずっと上手かったです。それでも一〇年かかったみたいですね』
「そお? 雄一くんもなかなかのものだと思うけど」
 こんなフォローが力を持たないことは、シュライン自身が一番よく知っている。
 厳しいプロの世界だ。
 なかなかのもの、という程度では通用しないのだ。
『ありがとうございます』
 頭を下げる少年。
 社交辞令でも、いまは充分だった。
『それで、最後の曲をお二人に聴いてもらいたいんですが』
「もちろんだぜ」
「私も聴きたいわ。曲はやっぱり?」
『はい。別れの曲です。僕が一番得意だったので』
 少年が、紅い瞳の男と蒼い瞳の女に一礼する。
 拍手で応えるふたり。
 あるいはそれは、コンサートホールを埋め尽くす聴衆の、満場の拍手のように少年には感じられただろうか。
 三日月が、ただ黙ったまま三人だけの演奏会を見つめていた。
 生死を司る光を投げかけながら。


  エピローグ

「済んだようでごさいますね」
「ああ。アンタの思惑通りにな」
「まったく。最初から教えておいてくれれば、こんな苦労しなくて済んだのに」
 嘘八百屋の笑顔に、ふたりが苦笑を返す。
 すべて片づいた。
 あの高校で音楽室の怪が起こることは、もうない。
 関係者全員にとって、ベストな結果であったはずだ。きっと。
「最後に幸福な夢が見れて良かった。ありがとうございます」
 突然、和装の青年が変なことを言いだす。
 首をかしげる巫とシュライン。
「あの方から、お二人に言伝です。たしかにお伝えしましたよ」
「なるほど。ここにも寄っていったのか」
「律儀なことよね」
 年代物のストーブが、気怠げに暖気を送り出す。
 もうすぐこの島にも本格的な冬が到来するだろう。
 それでも、
「人の心は、暖かいわよね」
 女がいった。
「ああ」
 と、男が応え、煙草に火をつける。
 紫煙がゆっくりと、空気に熔けていった。





                          終わり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「ピアノ」お届けいたします。
少人数でのお話でしたが、いかがだったでしょう?
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできる事を祈って。