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時計屋からのプレゼント
●序幕
吐く息が白い。
本格的な冬到来。しかも今年は寒波だと言う。
ヒヨリはかじかむ事のない手に、真似事で息を吹きかけ寒がってみながら店の表の掃除を終え、店内へと入る。
「掃除終わったよー☆ ……何やってるの?」
店内では梁守圭吾が小箱を5つ並べ、それに何かをつめていた。圭吾はヒヨリの問いに、ああ、と顔をあげて笑む。
「クリスマスプレゼントの準備です」
「5つだけ?」
「……これしか用意出来なかったもので」
苦笑。それにヒヨリはふーん、と椅子を持ってきて箱の中身を覗く。
「あ、これって、この前誰かが持ってきた『夢見るハーブティー』と『お願いコンペイトウ』だ☆」
命名はヒヨリである。
ハーブティーの効果は飲んだその日、必ず夢が見られ、翌日も必ず覚えてられる事。
コンペイトウはいれてクリスマス・イブに飲むと、望み通りの夢が見られる、と言ったものだった。
「クリスマス・イブにハーブティーにコンペイトウをいれて飲んで貰うと、好きな夢が見られるんだね♪」
「ええ。過去・現在・未来。それが起こった事、起こる事、本当は起こってない、こうならなかったという事にかかわらず、夢として見せてくれるんですよ」
「……なんか説明チックな会話……」
「説明してるんですよ」
にっこり。
「誰に? とは聞かない事にしておくわ。あたし、細かい事にはこだわらない女なの」
前髪を軽くかきあげて、フッと笑ってみせる。
「そうして貰えると助かります」
苦笑しつつ箱に蓋をする。
「それじゃ、そろそろラッピングしてサンタさんに届けて頂きましょうか」
圭吾がそう言って微笑むと、店の外でシャンシャンシャン、とベルの音が鳴り響いた。
●12月24日
「はぁぁぁぁ」
寒河江深雪は盛大なため息をついた。空は今にも雪を降らせそうな色をしている。実際、これから読み上げる天気予報も、明日は全国的に雪。……はるか南の方を除いては。
「どーしたの深雪ちゃん、そんなにため息ついちゃって」
「だって今日はクリスマス・イヴなんですよー」
「深雪ちゃんもお年頃だねー。そうかそうか、いい人がいたのかー」
うんうん頷くカメラマンに、深雪は首まで真っ赤にして顔の前で手を振る。
「ち、違いますよ! え、あの、その、えっと……」
「いいっていいって。リークしたりしないから。お幸せになー」
無精ヒゲのはえた顎をじょりじょりと手でさすりながら、カメラマンはスタンバイに入る。
深雪もぱたぱたと暑く紅潮した顔を手で仰ぎながら、顔をひきしめた。
本日最後のお仕事である。
「お疲れ様でしたー」
楽屋に戻り、小さくため息。
「?」
中に入った瞬間、目に入ったのは小さな小箱。
「誰かのプレゼントかな……」
鍵かけてあったはずだけど……。
「誰からだろ……」
手に取ってみると、クリスマスカードが挟んであった。
「梁守さんからだ……」
それは『時計屋』と呼ばれる界境線を使った時無町にあるお店の名前。前に一度、取材に行った事があったのを思い出した。
「なんだろう?」
開けてみると、茶葉とコンペイトウが入っていた。それをクリスマス・イヴの夜に飲むと、好きな夢が見られ、目覚めた時も覚えていられるという。
「好きな夢、か……」
深雪は自前のティーセットでそれをいれると、ゆっくりと飲み干す。
ローズヒップのような、甘酸っぱい香りが広がる。
「美味しい……。これで、家に戻って眠ると好きな夢が見られるのかぁ……。そうだ、明日の有給……逢えるといいなぁ……」
呟きが段々と小さくなる。
気がつくとそのまま、深雪は眠りに落ちてしまったようだった。
そこは、キッチンだった。
目の前にあるのは作りかけのサンドイッチ。
「ねぇ、遊ぼうよ」
子供特有の少し甲高い声が聞こえ、振り返る。
「……」
そこには九尾桐伯と幼い少女の姿があった。桐伯は少女にねだられ、少し困った様に笑う。そんな姿を見ながら深雪も微笑んだ。
そして共に庭へと出て行こうとする桐伯の背中に声をかけた。
「もうすぐお昼だから早く戻ってくださいね」
言うと桐伯はにっこり笑い、わかりました、と答えた。
大きな窓がある小さな家。古い暖炉が置かれた居間に、庭に咲き誇るバラとパンジー。
2階へと続く階段わきには、ワインセラーとなる地下室への階段があった。
カウンターキッチンから庭を見ると、駒子と少女が桐伯にお昼だよ、と言われ戻ってくる姿。
そして軽快な足音をたてながら深雪の横へとやってきた。
「あらあら、二人とも泥だらけね。早く顔と手を洗ってらっしゃい」
「はぁい」
声が重なり、洗面所へとかけていく。
「今日はサンドイッチにしたの。庭にテーブルを広げて食べない?」
「いいですね」
「良かった」
それじゃ、テーブルを用意しないと、と小走りになった深雪が、椅子の脚につまずく。
「きゃっ」
思わずバランスを崩したその体の下に、桐伯の腕が差し込まれる。危うく転倒しそうな時、桐伯が支えてくれたのだ。
深雪の顔が耳の後ろまで真っ赤になる。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
支えてくれていた腕に、そのまま抱きかかえられる様に引き寄せられ、深雪の顔はますます赤くなる。実は立たせ直してくれたのだが、お礼を言う深雪の声はしどろもどろの上、小さくて桐伯届いたかは定かではない。
「テーブルなら私が出しますよ。料理の用意の方、よろしくお願いします」
「は、はい」
真っ赤な顔のまま深雪は頷き、すぐに持ち運べる様にトレイの上へとお皿をのせる。
内側から熱い顔をパタパタと手で仰ぎながら、深雪は用意を調えていく。
その間に、庭では桐伯がテーブルセットを組み立てていた。
「手ぇ洗ったよー」
「あらったよー」
同じような笑顔が桐伯へとかけていく。
「それじゃ、お料理運ぶのを手伝ってあげてください」
「はーい」
桐伯に言われ、少女と駒子が深雪の足下へとやってきて見上げる。
「それじゃ、これとこれ、運んで下さいね」
小分けにしたサンドイッチのお皿を二人にもたせると、二人は大事そうに運んでいく。
それを桐伯が受け取り、テーブルの上へと並べる。
その後、深雪がティーセット並べ、小さなお茶会のような装丁となった。
「いただきまーす」
声が重なる。
食事を必要としない駒子も、嬉しそうにサンドイッチを食べている。
「そうだ、地下からワインを持ってこようか。このサンドイッチにあいそうな」
言って桐伯は立ち上がり、地下のワインセラーへと向かっていった。
「あ、そうだ」
深雪は何かを思い出しかのように立ち上がり、普段使わない物をしまっている戸棚を開いた。
そこにはあの日のバカラのワイングラスが眠っていた。
それを見て深雪は微笑む。少々頬を朱に染めながら。
戻ってきた桐伯は、テーブルの上に置かれたグラスセットを見て微笑んだ。
覚えていてくれた。その事実が更に深雪の気持ちを高揚させる。
「いいなー」
「いいなー」
駒子と少女の声がはもる。それに桐伯は微笑を返し、二人の頭の上に軽く手をおいた。
「もう少ししたら、一緒に飲みましょうね」
実際駒子の年齢は桐伯よりずっと上。しかし外見が年齢を判断させる一番の要因である事は間違いなく。少女よりやや年上にしか見えない駒子は、当然子供扱いである。
はぁい、と少々不満げな返事をしながら、二人は次のサンドイッチへと手をのばした。
そんな姿を見ていて、深雪ははたと気がついた。
「いけない! 一緒にサラダパスタを作った忘れてたわ」
口元押さえて、深雪は室内にかけていく。
「そんなに急がなくても……」
と声をかけて桐伯の目の前で、またもやつまずく深雪。
桐伯は言葉もなく手をのばし、深雪を胸の中に引き寄せる。
「大丈夫、ですか?」
「は、はい……」
再び耳の後ろまで真っ赤になる。そんな深雪を見て桐伯は笑む。
恥ずかしさ一杯になり、すぐさまその場を離れる様に小走りでキッチンへと向かう。
そして少女と駒子用にジュースを取り出し、一緒に運ぶ。
「二人にはジュースを持ってきたから、我慢してね」
「ジュースだー」
「わぁい」
親犬にじゃれつく子犬のように、二人は深雪にかけよる。
「そう言えば、今度お酒の仕入れはいつ行くんですか?」
ふと思いついて訊ねてみると、桐伯は少し考える様に首を傾けた。
「そうですね……明々後日に一度、行ってこようかと思ってます」
「おみやげ買って来てね」
「おみやげ♪ おみやげ♪」
二人にせまられて、桐伯は遊びに行く訳じゃないんですけどね、と苦笑しつつ、結局約束させられた。
「あまり遠くに行かないでくださいね……」
「気をつけます」
深雪の言葉に対する返答にはなっていない。お酒の話となると、世界中どこへでも飛んでいってしまう癖は、未だに直っていないらしい。
桐伯の言葉に深雪は困った様に笑ったが、それ以上何も言わなかった。
ゆるやかな空気が流れる時間。それが心地よかった。
……も大きくなったし、そろそろ犬でも飼いたいな……あ、でも次、男の子が欲しいかな、と深雪は午後の微睡みの日差しの中、ぼんやりと考えていた。
目が覚めると、そこは控え室の中だった。
ハーブティーを飲んですぐ、眠ってしまったらしい。
時計の針はそろそろ11時になろうとしていた。
「今のは……夢?」
ぼぉっと考えながら、顔はみるみる赤くなっていく。
あれが自分の見たかった夢……。
深雪は決心した様にたちあがり、もう一度時計を確認した。これからスケジュールはゼロ。帰って寝るだけ。明日はオフ。
「25日じゃなければ逢えないなんて事、ないわよ……ね」
この日の為に用意しておいたプレゼント。それを大事に抱え、深雪は降り出した雪の中を走り始めた。
桐伯にプレゼントしたくて、ネットオークションで苦労の末競り落とした一品。それをまた苦労して自分でラッピングした。
「はぁはぁはぁ……」
桐伯の家の前までたどり着いた頃には、深雪は肩で息をしていた。
部屋の灯りを確認して、呼び鈴を鳴らす。
「ああ、あれは夢だったんですね……」
「? どうかしたんですか?」
少し笑った様な声音で言われ、深雪は首を傾げたが、桐伯はなんでもないです、と答えた。
オートロックをくぐり、桐伯の部屋の呼び鈴を鳴らすと、心臓が嫌が応にも早鐘を鳴らし始める。
「いらっしゃい」
本来ならば、人を訪ねる様な時間ではない。それは重々承知だ。しかし桐伯はいつもの笑みで深雪を歓迎してくれた。
それだけで胸が熱くなる。
「ごめんなさい、こんな時間に……。私、明日有給で、その……えっと……」
寒さと恥ずかしさで真っ赤になった顔。
「中に入りませんか? 外は寒かったでしょう」
「え、あ、はい」
ブーツを脱ぎ、部屋の中に入ると、気温差で深雪の顔はもっと赤くなる。
「今、設定温度下げましたから」
「あ、おかまいなく……」
ふるふると首をふった深雪に、桐伯は紅茶を差し出した。
桐伯も時計屋から貰ったのだろうか、と思ったが、それは匂いが少し違っていた。
「ありがとうございます」
そして受け取ったそれはほどよい温度で、すぐに飲む事が出来た。
「あれ、これは……?」
ようやく落ち着いた視界に入ってきたのは時計屋からのハーブティー。
「九尾さんの所へも届いていたんですね」
と言った深雪の顔が再び朱に染まった。先ほど夢で見た幸福な時間を思い出していたのだ。
「ああああ、あの、これ……クリスマスプレゼントです!」
頑張ってラッピングしたプレゼントを、桐伯へと差し出す。それを桐伯は笑顔で受け取てくれる。
「ありがとうございます。……開けてもいいですか?」
「はい!」
包みを丁寧に開けると、それはバカラのワイングラス2脚セットとシュタイフバカラベアだった。
「これは……」
桐伯の瞳が不思議な光彩を見せる。
「気に入って貰えると嬉しいんですけど……」
「ええ、とっても気に入りました。これで、とっておきのワイン、飲みませんか?」
微笑んだ桐伯に、深雪は小さく頷いた。
桐伯はワインを出し、そのグラスを綺麗に洗い、拭きあげてから注ぐ。
それに深雪は夢の中の場面と重ねてみる。結婚してこうやって、二人でワインを飲んで……可愛い子供に囲まれて……。夢以上の想像に、深雪の顔は元の色に戻る事がなかなか出来ない。
ワイングラスを差し出され、それを受け取る。
「メリークリスマス」
二人のクリスマスは、まだ始まったばかりである……。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0174/寒河江深雪/女/22/アナウンサー(お天気レポート担当)】
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■ ライター通信 ■
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メリー・クリスマス☆ 夜来聖です♪
この度はご参加下さりまして、ありがとうございます。
今回は夢。何でも好きな夢を見られる、という事でした。
と言うわけで、桐伯さんとの甘い夢のひととき……というか未来のお話ですね。
話の都合上、多少プレイングかわってしまった点は申し訳ないです。
しかし……書いていて楽しいですね……恋愛物って。
この話は桐伯さんの物をシンクロしてます。良かった向こうの話も読んでみてください。
それでは、またの機会にお会いできる事を楽しみにしています。
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