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調査コードネーム:ガラテアの啼く声(復讐の三女神4)
執筆ライター :立神勇樹
調査組織名 :ゴーストネットOFF
「くそったれ! 俺の「陣魔法」のプログラムをガラテアに詰め込みやがったな!」
テトラシステム・ジャパンの一室で、男が肩まで伸びた髪をかきむしりながら、目の前にいる女に怒鳴りつけた。
「ハッキングされて盗まれる方が悪いんですわ。ティシポネ。とられたくなければもっとセキュリティに気を配って、わたくしから隠しておけばよろしかったんですわ」
読みかけの本から目をはずすことなく、復讐の女神の首領であり、世界的なソフトウェア会社の頂点に立つ女性がさらりと言い捨てた。
「それに、あの魔法のプログラムはゲームを面白くするにはうってつけの「おもちゃ」でしょう? あれならアレクトでも私だって使えますもの」
「なんだと? じゃあガラテアをコントロールしてるのはアレクトか!」
小うるさそうに眉をしかめる女性に、ティシポネはさらに怒鳴りつける。
「一日に一人。なかなか順調なペースではなくて? 大して面白い事がない最近ですけど。このゲームの結果は興味深いですわ。それに異能者の戦闘データを集めるには、絶好の機会だと思いませんこと?」
「ふざけるな、お前がいうゲームに勝っても負けても、あいつは「救われ」ない。――どっちにしても、それだけ長時間のコントロールしていれば負荷が発生する。それに耐え切れるわけが」
そこまで言いかけて、ティシポネは息をのみ顔を青ざめさせた。
「そういうことですわ。ゲーム終了後のデータ回収、たのみましたわよ」
気持ちの悪い話だった。
12月に入ってから、聞くだけで気分が悪くなる事件が増えた。
これもそのうちの一つだった。
最近都内を騒がせている連続殺人事件。
一日に一件のペースで発見される遺体のどれもが手足、あるいは首を「ありえない力」でねじ切られて殺害されているらしいという噂で持ちきりだ。
実際のところはどうなのか、警察が発表しないのでわからないが、発見者を語る人間の、無責任な情報がネットに充満している。
ゴーストネットにいればいやでも目にせずにはいられない。
――いや、殺人というべきなのだろうか。
殺されているのはいずれも「人のフリ」をして生きている闇の種族なのだから。
顔をしかめる。
被害者として名前をあげられるどいつもこいつも「良い噂」を聞かないヤツばかりだ。
それこそ、異能者に良い感情をいだかない輩に付けねらわれるような。
悪い化け物を裁く正義の味方気取りなのか?
意味なくリンクをクリックして電脳の海をわたりあるく。
【[1224] みたんです!! 投稿者:TEA 投稿日:2002/12/1x(Fri) 09:36:56 】
信じられないだろうけど、見たんです!
殺人の場面を。
白い髪に蒼い目をしたすっごい美人が、血まみれでビルから出てきたんです。
人間じゃない、まるで人形みたいな顔した女の人!
びっくりして隠れてたら携帯電話で何か話してて。
しばらくしたらパトカーがきて例の殺人だってわかったの!
ティシポネとかメガエラとか言ってたけど。あれって、あの噂の「Fulies」かなぁ?
だったら彼らの復讐劇なのかなっ!
だれか情報もってたら教えて!
「白い髪に青い眼ね」
そういえば、そういうハッカーの集団もいたな、と。背筋に悪寒が走った。
今まで聞いた手口も相当荒っぽかったが、今回は極めつけだ。
ここまで騒ぎになれば警察ももう黙ってはいないだろう。
なぜこんな強引な復讐を続ける?
まるで勝ち目のない何かに追い立てられているように。
――追い立てられている?
何に?
年末だからか、今年最大のニュースになりそうだからか、都内で連続して起きている惨殺事件はワイドショーだけではなく、正規のニュース番組でも連日大々的に取り上げられていた。
本来なら、お天気番組のキャスターである寒河江深雪が、ワイドショーの取材にかり出される事はなかったが、 この間のホテル火災事件がまずかった。
あの時、榊千尋と話して居たのを、局の一人が覚えていたのだ。
そして先日の記者会見で榊千尋は、会見の末席に座っていた。
発言こそしてはいなかったが、それでも事件を担当している事に間違いはない。
スクープがとれるなら、猫でも使うのがこの業界の常だ。
深雪がかり出されたのは(本人にとっては迷惑で気が重いことこの上ないとしても)当然の結論であった。
鉄色の雲が重くたれ込めている。
冷え込みが一段と酷い。
夜には雪が降るかもしれない。
「ホワイトクリスマスか」
つぶやいてみたが、事件のまっただ中にあっては何の感慨ももてない。
ましてや休みが不定期なテレビ局勤務とあれば、なおのこと。だ。
ため息をつくと、ポケットの奥がふるえた。
「あれ? シュラインさんと悠也さんから情報提供請う、のメールが……??」
紙飛行機のマークがついているのを確認して、内容を見る。
……それは、ゴーストネット、そして草間興信所に持ち込まれた「惨殺事件」の犯人に関するモノだった。
人にあり得ない怪力をもちながらも、人外の力を調査する警察官が「そうではない」と否定した話。
「殺されてるのは全員異能者……まさか?」
警察の公式発表にはそんな情報はカケラもなかった。
報道局でも被害者の共通点を調べていたが、まったく手がかりがなく通り魔的な犯行と目していたのだが。
(事実は違う、ということね)
そして……Fuliesが関わっているというゴーストネットの書き込み。
ため息をついた。
また、心の奥が重くなった。
(ゴーストネットの書き込み……また……犯行声明なのね)
眼を伏せる。
長く繊細なまつげがかろうじて目視できうる程度にふるえていた。
それは寒さからではない。
彼女に……雪女の血をひく深雪に寒さは親しい友達のようなものだ。夏の暑さよりはずっといい。
だが、ある意味寒さかもしれなかった。
憎しみが引き起こす事件、その事件に潜むどうしようもない救われなさ。声の届かない凍った心が深雪の心にまでも伝染したかのようだった。
落ち込んでも居られなかった。
(一応キアラさん達……私が知る限りの三女神のデータを送らないと)
鏡の国の事件、そしてあのホテルの火災。
舞い散る鏡のかけら、雪の様に降り注ぐ黄色い薔薇。
ティシポネとメガエラ――そしてアレクト。
彼らの復讐はまだ止まらないのだろうか。
どうすれば……止まるのだろうか。
そもそも、いったい何に復讐しようとしているのだろうか。
わからない。
――愛の神エロスはピグマリオンの才能のお礼に彫像の美少女をガラテアとして人間にしたという。
(『お前への才能への返礼だ』と……)
TEAの書き込みが示す、謎の人物はガラテア。
ではピュグマリオンは誰?
次から次にわき上がる疑問は、どれも明確な答えを得られないまま、心の奥底に消えていく。
犯罪者に一番の憎しみを持っているのはアレクトだ。
ティシポネであるアキはまだ話せる分、余裕がある。
キアラは憎しみ自体が普通の人間と捉え方が違う。
純粋に、それだけに鋭く恐ろしい憎しみを持つのが、アレクトだ。
『私は歪みを生む存在を消すだけ』
そういっていたアレクトの蒼い眼が、胸の奥を凍えさせる。
ふと、携帯が鳴った。
斎悠也からだった。
『どうです?』
柔らかい声が、重苦しい心に響いた。
何気ない一言ではあるが、今知己の声を聞けたことが、何よりもうれしかった。
『だいたいの事情はわかりました。俺はアレクトの「本体」を探そうと想います』
どこかの病院に捕らえられて、身動きのとれない身体だったはずだ。
もしかしたらその病院から遠隔操作しているのかもしれない。
「テトラの「エリュシオン」は情報集積機能があるから……おそらく犯人は人造人間……映画『ブレードランナー』に出てくる様な……ね」
推理する。
テトラの。いや、キアラほどの才能があれば、人形を動かす……ロボットとして動かす事位できるだろう。
彼女にはそれだけの財力と権力が……なにより才能がある。
大抵の事をもみ消せるほどの、容赦ない力を。
だからこそ。だ。
だからこそあの子もアキも自分の才能を利用するキアラを知っていて、それでもついていこうとしているのだろう。
復讐故に。
『なるほどね、それなら判ります。異能者ではないが、異能者並の力はありそうですね』
掲示板の書き込みに、ティシポネとメガエラの名前が出てきていた。
ならば消去法で「ガラテア」はアレクトが操作していると考えるのはたやすい。
アレクト自身が身動きはとれない、だからこそ。
(遠隔操作は携帯電話にかぎがあるみたいだから……よし)
顔を上げた。
憎しみの重苦しさに負けてなど居られない。
「榊さんにリストを貰ってしらみつぶしに張る」
悠也に聞かせるためというより、むしろ自分自身に言い聞かせるように、深雪は告げた。
(そして吹雪で……電話をねらうわ!)
重苦しい空を見上げる。
雪はまだ、振らない。
バッグの中で携帯電話の受信ランプが明滅を繰り返す。
寒河江深雪は榊からFAXされてきたリストをめくる手をとめ、あわててカバンから携帯電話を取り出した。
「シュライン、さん?」
草間興信所から、同じ事件を調べている女性の声に驚く。と、彼女らしくないせっぱ詰まった声が電子ノイズの向こうから聞こえた。
『犯人を見つけても戦わないで。危険だわ』
「え?」
シュラインの意外な言葉に手の力が一瞬抜ける。
テレビ局の廊下に、資料が散らばった。
肩で電話をささえながら、しゃがみ込み飛び散った紙を拾い集める。
「どういう事ですか?」
『犯人の後ろには、もっと大きな組織が関わってるわ。そいつらの目的は戦うこと――戦うことにより自分の敵を引きずり出す事よ』
訳がわからず、手を止める。
すると、幾分か落ち着きを取り戻したのか、シュラインはよどみなく、けれど焦りに満ちた早い口調で続けた。
警察の持つリストの最後――二十四人目の犯人が引き起こしたと見られる、一家惨殺事件を。
その事件で生き残り、二度とベッドの上から起きあがることが出来なくなった白い髪・蒼い瞳を持つ少女――勾坂幸の事を。
(二度と起きあがれない、生きているとも死んで居るとも言えない状態の――少女)
目の前が暗くなる。
悠也の言葉を思い出す。
アレクトの「本体」は二度と起きあがれないほどの傷を、身体に負っているのだと。
夢にも現にも存在し、存在しない、意識の狭間に居る人間。
自分たちが見た少女は、そういう幻影のようなものであり、本当の身体ではないのだ。と。
(遠隔操作で、人形を――人より遙かに強い力を、鉄の骨格をもつ自動人形を操作し、殺人を犯しているのね)
絡まった糸がほどけるように、深雪には事件の謎が理解できた。
もっと大きな組織――それはキアラやアキが所属するテトラシステムの事。
彼らの目的は戦わせる事。
つまり――。
「アレクトを、捨て駒にしようとしているの?」
知らず唇を噛みしめる。
と、かすかな雑音の後で、別の声が会話に割り込んできた。
警察庁の調査官であり、草間側へ今回の事件の依頼を提示した男――榊千尋だった。
「詳しい話は、今はできません。しかし、先ほどウチから容疑者を――勾坂 幸の家族を殺した男を発見したと。そして、そいつが湾岸方面に移動していると報告がありました。私も急いでそちらに向かいます。今は――戦いをくい止めるのが先決です。そうでなければ「たとえ今勝ったとしても、次に勝つ事は難しく」なる」
「――でも」
唐突な展開に、頭が混乱しそうになる。
目はちゃんと見えている筈なのに、貧血をおこしたように視界が明滅する。
「情報犯罪組織であるFuliesの幹部と目されてる――榊千暁が――湾外テクニカルツインタワービル建造現場に向かうのを見たとの報告もあります」
自分の半身――双子の弟の事を、まるで他人のように冷静に、何の感情も感じさせずに榊が告げる。
反射的に、通話ボタンをOFFにしていた。
床に片手をついたまま、残った右手で前髪をかき上げて額を押さえる。
自分を取り戻そうと、目をとじ、すぐに見開き床についた手をみた。
手の下には――アレクトの――勾坂幸の家族を奪った男が、まるで深雪をあざ笑うかのように写真の向こう側で笑っていた。
ファーストフードショップから電話片手に飛び出す。
――アナタノオ掛ケニナッタ電話番号ハ、電波ノ届カナイ位置ニアルカ電源が入ッテオリマセン。
機械的なアナウンスが、不安を煽る。
草間興信所から事件に関わっているのだから、兄が――碧海が電話を切っている筈がない。
調査依頼中はいつだって連絡が取れるようにしているのに。
クリスマスに浮かれる若いカップルにぶつかりそうになり、あわてて避ける。
予感が、した。
とても嫌な予感だった。
――どうしてもってんなら、夜にお台場の「湾岸テクニカルツインタワー」西屋上にきてみな――何かを失う事を覚悟してな。
何を失うというのだろう。
アキの言葉が脳裏を駆けめぐる。
湾岸に向かうバスにのり、停車場で飛び降りて再び携帯電話をリダイアルする。
祈るような気持ちでコール音を数える。
一つ、二つ。そして三つめ。
呼び出し音が切れて、かすかな雑音がはいる。
「あおっ! 今っ、どこにいる?! 荻窪のアホの家か」
一息に吐き捨てる。と、兄は驚きをそのままに数秒だけ沈黙し、すぐにいつものように穏やかに、しかしどこか不満を隠しきれない低い声でささやいた。
『碧、千尋さんをアホと言うんじゃないと、何度言ったら……』
「そんなん、どうでもいい。とにかく今どこに居るんだっ」
言葉を遮り言う。
会いたい。何かが兄に起こってしまうより早く。
会いたい。
だが、碧の期待を裏切るように碧海はためらいながら言った。
――湾岸、テクニカルツインタワー建設地の近く。
目の前が暗くなった。
頭から血が引いていくのが判った。
「湾岸んっ?! 何でそんな所に……まさか犯人と一緒だとかっ」
『わからない、けど、多分……』
妙な符号の一致が不安となって心を揺らす。どうかすると膝がふるえてその場にしゃがみ込んでしまいそうになる。
湾岸テクニカルツインタワー。
その単語だけが繰り返される。
走って、では間に合わない。
バスも建設予定地だらけの場所に通っている筈もない。
コートから財布をとりだし、舌をうつ。
遠出をするつもりなど無かったのだ、持ち合わせがあるはずがない。
タクシー乗り場で立ちすくみ、唇を噛みしめた。
と、警察の車両がクリスマスのイルミネーションより鮮やかに、警告灯を点滅させながら目の前を通り過ぎた。
たった一瞬のすれ違い。
しかし通常の人間より運動神経が優れ――そして動体視力もすぐれる碧が、乗っている人物が誰か、そしてどういう表情をしていたのか察知するには十分だった。
乗っていたのは、草間興信所からこの事件を追いかけている榊千尋とシュライン・エマだった。
二人の焦り、緊張した横顔が悪夢のように網膜に焼き付いた。
「ちくしょう!」
叫んで、走りだそうとしたとき。
一人の女性を捕らえた。
長い黒髪を邪魔にならないように肩で三つ編みにし、あたたかそうな白いファーのついたコートに顔を埋めながら立っている。
柔らかそうな唇を、きつく引き締めている為印象が違うが。
あれは――確か。
「駒子ん所のねーちゃん!」
碧の声に女性が――寒河江深雪が驚いた表情で顔を上げた。
「君、は?」
ゴーストネットで数度顔を合わせただけの少年の剣幕に気圧されながら、深雪が聞く。
「俺、鷹科碧って言って――えっと、そうじゃなくて、ゴーストネットで、変な書き込みみて――それで」
前髪をかき上げる。
顔は今にも泣きそうなほど歪められている。
「おちついて。大丈夫だから」
肩を抱きながら言う。ゴーストネット、という言葉で彼もまた同じ事件を追っているのだとすぐに察知できた。
「大丈夫なんかじゃない――アキちゃんが――湾岸テクニカルツインタワーに、来いって。失う覚悟が出来たら……来いって」
時計をみる。時間は18:30。
「アキさん? まさかティシポネに会ったの?!」
――情報犯罪組織であるFuliesの幹部と目されてる――榊千暁が――湾外テクニカルツインタワービル建造現場に向かうのを見たとの報告もあります。
先ほどの電話を思い出す。
糸が絡まろうとしている。
悪意を持ち、誰かを罠にかけようとする復讐の女神の糸が。
「あお……兄が、草間興信所で依頼をうけて、今ビルの近くに居るって聞いて、でも俺、あんま金もってきてなくて」
すべてを聞くまでもなかった。
深雪は並ぶタクシーに向かって手をあげ、碧の手をひっぱった。
「急いで。早くしないと怪我人がでるかもしれない」
湾外テクニカルツインタワービルは水晶のように六角形をした、二つの――そう、鏡に映したように全く同じ形の西棟と東棟からなる。
完成図ではガラスをふんだんに取り入れ、まさに水晶の二柱といったビルも、建造中とあって、まるで廃墟のようだ。
クリスマスだから工事の作業員やガードマンも帰ったのか、人影はなく。
ただ、砂埃だけが冬の海風にあおられて、訪れるものを攻め苛む。
タクシーの運転手は怪訝な顔をしたものの、何も聞かずに建築現場へと深雪と碧を運んでくれた。
暗い闇のなか、乗り捨てられたパトカーの回転棟だけが奇妙に鮮やかで。
生きている者をあざ笑うかのように明滅していた。
西棟と東棟をみる。
――どっちだ?
中間地点で足をとめたその時。
絶叫が聞こえた。
深雪――幸。
胸の中で何度も繰り返しながら、寒河江深雪は西棟の階段を駆け上がっていた。
みゆき。
同じ響きを持つ名前。それがアレクトの本名。
そして――深く長い北国の冬を優しく包む雪を連想させる自分の名前と、幸せを意味するアレクトの名を想い唇を噛みしめる。
彼女の殺された両親は――幸せになると信じていたのだ。
それが運命によって残酷にねじ曲げられ、皮肉な名となる事もしらず。
屋上に上がる。
そこには白銀の髪をなびかせている女性――風見璃音と。敵だと宣告した男――復讐の女神の一人である榊千暁が立っていた。
二人とも、微動だにせず向かい側の東棟を見ている。
息をのんだ。
鋭い光を、手から、ふとももから、足首から放ちながら、一人の女性が立っていた。
否、それは女性とは言えない。
すでに戦いは始まっているのか、切り裂かれた皮膚が風にはためいている。
なのに一滴の血もながれてはいない。
切り口から除くのは、玩具のように鮮やかに彩られたケーブルと、ショートする電極の光。
(――ガラテア)
お前の才能のお礼に、と、神は人形に命をあたえた。
復讐を果たす為に、とメガエラはアレクトにあの人形を――人を殺す為だけに作られた機械人形を与えたのだろうか。
気温からではない寒さに身を震わせ、深雪は肩を抱いた。
ガラテアが少年に手を伸ばす。
その指が喉にふれようとする。刹那。
白熱の太陽が、向かい側のビルの屋上で弾けた。
「碧海ぃいい!」
碧が叫んでいた。
喉が避けてもかまわない、と言わんばかりの声で叫んでいた。
しかしそれも弾けた白い力が生み出す轟音によって、即座にうち消されてしまう。
あまりの光量に目を伏せる。
と、金属同士がぶつかる音がした。
強い光で奪われた視力を、何とか取り戻そうとして瞬きながら、碧と深雪は音の方向を見る。
ガラテアが、いた。
先ほどより派手に火花を弾けさせ、ながらゆっくりと身体を起こす。
向かい側のビルから吹き飛ばされたのだ。
(誰が?)
深雪は向かい側のビルを見る。しかし、回復しきれない視力では状況をつかみきれない。
(―一体、何が起きてるというの?!)
しかしその混乱も、いまだ序曲に過ぎなかった。
戦いがどこか遠いものに感じた。
ガラテア――アレクトも、ティシポネも。
そんなものはもう、どうでも良かった。
運命を、見た。
風見璃音はおそるおそる両手の指先を唇に乗せる。
自分がかすかにふるえている事を感じていた。
目の向こう側に、一つの人影が見えた。
ただ一人の青年の瞳、ただそれだけを捕らえていた。
闇と同化している黒い髪。月の光に静かに、だが強く輝く黄金の瞳。
そこに居るだけで、森を――森の空気と荘厳さを感じさせてくれるオーラ。
喉が、ふるえた。
意識するより早く、叫んでいた。
「黒狼様!!」
もっと近くに寄ろうと一歩踏み出したその時、強い力で手首を引っ張らた。
「馬鹿野郎、目の前の状況を考えろ!」
榊千暁――ティシポネの叫びが何を意味するか、わからなかった。
知る必要もない。
ただ、目の前のあの人に近づきたい。
振れて、その存在を信じたい。
それだけが璃音の心を支配していた。
「離して! 離してぇええ!!」
叫び、もがく。
振り向きざまに空いていた片手でアキの頬を張り飛ばす。
それでも手首は自由にならない。
金属が割れるような音が鳴り響く。
酷く耳障りで頭が痛い。
――まだ、運命を知るには早いのだ。と何者かが警告するように。
「碧っ! 碧海ぃい!」
光を放った主である少年に向かって碧は叫んだ。
あれは、違う。
あんな力は碧海にはない。碧海だけの力じゃない。碧海の意志で呼び起こされた力じゃない。
ガラテアを――機械人形をビル越しに吹き飛ばした力。棘のようにささくれ立ち、今も力の行き場を求めて風のなかで荒れ狂う「念」の力を振り払うようにしてビルとビルの狭間へと向かう。
無事を確かめたかった。
手を伸ばしても届かないと判っていた、それでも彼が立っているその姿を、顔をみていたかった。
だがその期待を裏切るかのように、碧の目の前で碧海が崩れ落ちた。
「逃げますよ」
怒りすら感じられる声で、草間興信所にこの事件の調査を依頼した榊が言った。
「戦うどころか身も守れないでしょう! 「こんな状況」では!」
その言葉に打たれるようにして、深雪は理性を取り戻した。
何が起こったのかはわからない。
ただ、璃音も、碧も、半身ともいえる存在の危機に完全に己を無くしていた。
戦え、ない。
ビルとビルの狭間をみる。
そこには火花をまるでヴェールの様にまとう、壊れた人形が立っていた。
衝撃で片腕がとれたのか、左腕はなく、ただ、ケーブルと鉄の骨格だけが見える。
顔を除いたほとんどの皮膚は、ショートにより内部から燃え落ち、あるいは戦いで切り裂かれ、醜い鉄の内臓をさらけ出すままになっていた。
先ほどまで人間と遜色ない動きをしていた身体も、今では糸に操られる人形のようにぎこちなかった。
「止められない」
電子のノイズ混じりの声で、ガラテアが――その向こうで殺人人形を操っているアレクトがつぶやく。
「アレクトはもう、復讐すること以外、すべて忘れてしまった」
疲れ切った声だった。
復讐だけが、すべてなのだ。
復讐してやるという想いだけが、彼女をこの世界にかろうじてつなぎ止めている。
止まらない女神――その名前が表すように。
”SYSTEMA−SEPHIROTICVM”
機械的な声が告げた。
それはかつてティシポネが使った、衛星を利用した魔法陣のプログラム。
息をのむより早く、屋上のすべてに地面に無数の輪と文字が――俗にセフィロトの樹と言われる図形が宇宙から飛来した光で描かれる。
――開け、ティファレトの門 ラファエルの杖を剣に変えて――
詠唱が耳に流れ込む。
「させないわ!!」
叫んで手を前に突き出す。
この事態において、手加減など必要なかった。
ティシポネの魔術の鍵は携帯電話。
それと同じ術であるならば、鍵は電波。
だとすれば、それを遮断すれば、アレクトの動きはとめられる!
自分の中に眠る、もう一人の自分――人ではないあやかしの力もつ自分の血を揺さぶり起こす。
手のひらにすべてを集中する。
――雨よりも、雪よりも――もっと冷たい。
「お願い! 止まって!」
風が吹き荒れる。
まとめていた髪が風圧でほどけ、雪から紡いだような銀色の光が深雪の全身を覆おう。
魔法陣をかき消すように、足下が霜で覆われていく。
霜はまるでそれ自体が意志を持つ存在のように、徐々に厚みをまし、狂った人形の表面を覆い、天使の羽のようにその存在を包み込む。
苦しむ、というよりむしろ嘆くように人形の顔が天上へと向けられる。
「あなたは、アレクトじゃない」
力を制御しながら、深雪がつぶやく。
「あなたは――止まらない女神なんかじゃない。復讐の女神なんかじゃない」
一歩、人形に踏み出す。
霜が氷へと変化する。
空気中の水分が凍り、殺人人形の身体から放たれる電光とあいまって、綺羅らかに輝き、ビルの屋上を舞い続ける。
深雪は一瞬だけ息をとめ、そして目を閉じて宣言した。
「あなたの名前は、勾坂幸」
ガラテアの目に動揺が走る。
電磁的なノイズが、ガラテアの苦悶のうめきのように断続的に続く。
「戦闘継続、不能」
体内を暴走する電流の熱と、身体を包み込む氷。
相反する二つの力に耐えきれなくなったのか、ガラテアの身体から弾けるような音が聞こえ身体を包む氷ごと破壊されていく。
まるで虚像の塔が崩れ落ちるように、部品が弾け、氷を砕き、崩れ落ちていく。
最後に、そこだけ嘘のように傷一つない美しい顔が、敗北を宣言するように床に転がっていた。
(終わった?)
おそるおそる、転がる首に手を伸ばす。
と、音もなくふわりと首が浮き上がった。
「なっ」
「……回収完了」
暴れる璃音をようやく解放し、突き飛ばすようにして間合いを取りながらアキ――第二の復讐の女神を名乗る男がつぶやいた。
「戦闘データとしては、少ないが――前の犠牲者の分と比べれば十分か?」
仮面のように無表情のまま、やけに平坦な口調でいう。
「データ?」
何のためのデータか。聞かずとも理解できた。
おそらく、今回以上の事件を引き起こす為に。もっと多くの異能者と戦い勝つ為に。
情報収集、ただそれだけの為にこれだけの事件を、これだけの騒ぎを引き起こしたのだ。
怪我人も出ただろう。
そしてガラテアを操っていたアレクト自身も――生きてはいられないだろう。
許すとか許さないとかではなかった。
悔しいのか、腹立たしいのか、悲しいのか自分でもわからない。
「言った筈だぜ? 俺は、敵だと」
唇の端を引きつらせながらアキが笑う。
「まっ……て!」
腕を伸ばす。
しかしその指先が相手に振れる前に、まるで約束されていたかのように。
ティシポネの姿は消えさっていた。
――すべての戦いを記録した、ガラテアの首とともに。
(勾坂幸さんは、亡くなりました)
斎悠也からその言葉を聞いても、特に驚きはしなかった。
憎しみだけが、彼女を生き残らせていたとわかっていたから。
憎む事によって生み出される気力、それが本来は植物人間同様である彼女を、生きてもいない死んでもいない存在にとして、現実につなぎとめていた。
(でも、それが生きているというのかしら)
音もなくそらから降りてくる雪をながめながら、両手に息を吹きかける。
憎むために生き、生きるために憎む。
それが、正しいかどうかはわからない。
でも、もっと別の方法もあったはずだ。
唇をかみ締めて、深雪は顔をあげた。
――残る、復讐の女神は二人。
闘いはまだ、終わってはいない。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0074 /風見 璃音(かざみ・りおん)/女/150/フリーター】
【0173 /武神 一樹(たけがみ・かずき)/男/ 30/骨董屋『櫻月堂』店主】
【0174 /寒河江 深雪(さがえ・みゆき)/女/22/アナウンサー】
【0164 / 斎・悠也(いつき・ゆうや)/ 男 / 21 / 大学生・バイトでホスト】
【0454 / 鷹科・碧(たかしな・みどり)/ 男 / 16 /高校生】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、立神勇樹です。
大変お待たせして申し訳ありませんでした。
OPが難しすぎたのか、完全な正解(犯人の正体が人形であることについて)を出された方が連動している草間/ゴーストネット共々少なかった事、また、敵が「死に急いでる」事に気づけなかった為、残念な結果になってしまいました。
復讐の使徒は残り二名。
またの機会にご参加いただければ、幸いです。
・寒河江深雪様
行き違いなどにより大変遅くなり、申し訳ありません。
完成品、納品させていただきます。
今回、犯人への着眼点自体は成功していらっしゃいましたが、アプローチがちょっと弱い事と戦闘選択でしたので、苦戦するルートへと進んでしまいました。
他の参加者様達で、戦闘ではなく救済ルートへ向かった方もいらっしゃるので、そちらを参照していただければ、より事件の全貌と、どう決着がついたのかがわかるようになっております。
大変ご迷惑をおかけしましたが、今後もよしなにしていただけると幸いです。
では。
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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。
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