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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


調査コードネーム:ガラテアの啼く声(復讐の三女神4)
執筆ライター  :立神勇樹
調査組織名   :ゴーストネットOFF


「くそったれ! 俺の「陣魔法」のプログラムをガラテアに詰め込みやがったな!」
 テトラシステム・ジャパンの一室で、男が肩まで伸びた髪をかきむしりながら、目の前にいる女に怒鳴りつけた。
「ハッキングされて盗まれる方が悪いんですわ。ティシポネ。とられたくなければもっとセキュリティに気を配って、わたくしから隠しておけばよろしかったんですわ」
 読みかけの本から目をはずすことなく、復讐の女神の首領であり、世界的なソフトウェア会社の頂点に立つ女性がさらりと言い捨てた。
「それに、あの魔法のプログラムはゲームを面白くするにはうってつけの「おもちゃ」でしょう? あれならアレクトでも私だって使えますもの」
「なんだと? じゃあガラテアをコントロールしてるのはアレクトか!」
 小うるさそうに眉をしかめる女性に、ティシポネはさらに怒鳴りつける。
「一日に一人。なかなか順調なペースではなくて? 大して面白い事がない最近ですけど。このゲームの結果は興味深いですわ。それに異能者の戦闘データを集めるには、絶好の機会だと思いませんこと?」
「ふざけるな、お前がいうゲームに勝っても負けても、あいつは「救われ」ない。――どっちにしても、それだけ長時間のコントロールしていれば負荷が発生する。それに耐え切れるわけが」
 そこまで言いかけて、ティシポネは息をのみ顔を青ざめさせた。
「そういうことですわ。ゲーム終了後のデータ回収、たのみましたわよ」
 
 気持ちの悪い話だった。
 12月に入ってから、聞くだけで気分が悪くなる事件が増えた。
 これもそのうちの一つだった。
 最近都内を騒がせている連続殺人事件。
 一日に一件のペースで発見される遺体のどれもが手足、あるいは首を「ありえない力」でねじ切られて殺害されているらしいという噂で持ちきりだ。
 実際のところはどうなのか、警察が発表しないのでわからないが、発見者を語る人間の、無責任な情報がネットに充満している。
 ゴーストネットにいればいやでも目にせずにはいられない。
 ――いや、殺人というべきなのだろうか。
 殺されているのはいずれも「人のフリ」をして生きている闇の種族なのだから。
 顔をしかめる。
 被害者として名前をあげられるどいつもこいつも「良い噂」を聞かないヤツばかりだ。
 それこそ、異能者に良い感情をいだかない輩に付けねらわれるような。
 悪い化け物を裁く正義の味方気取りなのか?
 意味なくリンクをクリックして電脳の海をわたりあるく。

【[1224] みたんです!! 投稿者:TEA 投稿日:2002/12/1x(Fri) 09:36:56 】

 信じられないだろうけど、見たんです!
 殺人の場面を。
 白い髪に蒼い目をしたすっごい美人が、血まみれでビルから出てきたんです。
 人間じゃない、まるで人形みたいな顔した女の人!
 びっくりして隠れてたら携帯電話で何か話してて。
 しばらくしたらパトカーがきて例の殺人だってわかったの!
 ティシポネとかメガエラとか言ってたけど。あれって、あの噂の「Fulies」かなぁ?
 だったら彼らの復讐劇なのかなっ!
 だれか情報もってたら教えて!

「白い髪に青い眼ね」
 そういえば、そういうハッカーの集団もいたな、と。背筋に悪寒が走った。
 今まで聞いた手口も相当荒っぽかったが、今回は極めつけだ。
 ここまで騒ぎになれば警察ももう黙ってはいないだろう。
 なぜこんな強引な復讐を続ける?
 まるで勝ち目のない何かに追い立てられているように。
 ――追い立てられている?
 何に?


(またなんかヤな事件が起きてんなぁ)
 マウスを操作しながら、眉間にしわを寄せる。
 ディスプレイの白い背景が、背後から差し込む冬の光と共同して、鷹科碧の黒曜石のような瞳を曖昧な顔の輪郭とともに映し出していた。
「そういや碧海がまたアホ榊の依頼うけたっつってたっけ」
 本当なら、こんな凄惨な事件に関わらせたくない。
 ネットの噂が本当なら、手足を引きちぎられているというではないか。
 そんな事件に関わらせたくない。
 眼を閉じる。今見ている訳でもないのに真っ白な壁が即座に浮かんだ。
 絵具を……紅い絵具だけをでたらめにぶちまけたような壁。
 はじける音の度に、弾けていく身体。
 それはかつて父親であり、母親であった人たちの身体で。
 弾けたからだからあふれる、どろりとしたなま暖かい血液。
 降りかかるそれは、生まれる前の胎内を思い起こさせる。
 胎内と違うのはただ一つ。暖かみは瞬きの間に失われ、あとは血が残すさびた鉄のような異臭だけ。
(俺が、忘れさせてやろうとしてるのに)
 ぎり、と唇を噛む。
 兄を夜な夜な責め立てる、あの悪夢。
 やっと最近忘れかけてきているというのに、どうして祖母は――こんな事件に碧海を追いやったのだ。
 いらだちがつま先から頭まで突き抜けた。
 やっかいな事件を起こした犯人よりも、それを祖母に振ったであろう榊に憎しみに似た感情を、殺意すら抱いた。
 ――ひふみよいむなやこともちろらねしきるゆゐつわぬそをたはくめかうおゑにさりへてのますあせえほれけ。
 神道を心から拾得したいと、切に願っているわけでも、また熱心な宮司見習いでもなかった。
 ただ、家がそうだから。何となくそうしていただけで、兄に比べて熱心という訳でもなかった。
 それでも、その呪文だけは、兄より早く、だれより強い願いを込めて、覚えた最初の「言」だった。
 その眠りが安らかであるように、何度兄に向かってささやいたのか、忘れてしまった。
 きつく閉じていた目をゆっくりと見開く。
 いらだっているだけでは、何にもならない。
 榊の事件とはおそらく、このゴーストネットを騒がせている事件と同じであろう。
(関係ありそうだから、なんか判ったら連絡ちょうだいっていっとこう)
 ポケットから携帯電話を取り出してメールを打つ。
 インドア派の兄の事だ。きっとまだ荻窪のアホのマンションに居るに違いない。
 依頼を受けた時に、ホテル代使うのはもったいないでしょうから。という事でアホ榊が自分のマンションを提供してくれたのだ。
 当然、アホの住処に大事な兄を一人で行かせてはなるものか、と半場強引に祖母と兄を納得させ、自分も乗り込んだ。
 部屋の隅に積み上げられた井上トログッズを除いては、至って生活感のないマンションは居心地が悪く、どうせ榊も仕事で滅多に戻ってこない(事実マンションを使わせてもらい二日、一度も戻ってこなかった)から、いいや、とゴーストネットに遊びにきたのだ。
「さて」
 復讐劇ってのが本当だとしたら、何に起因するのか気になるな。
 声にせず、ディスプレイを見つめる。
(闇の種族が殺されてるっていうけど、犯人はどうやって人間とそうじゃない連中とを見分けているのだろう)
 犯人自体が術者なのか? それとも何か情報源があるのか……。
 やり方の荒っぽさから術者とはあまり考えたくなかった。
 闇の種族同士の権力闘争? いや、なら遺体すら残らないはずだ。
 やはり掲示板の噂通り、ハッカーが関わっているのだろうか。
(だけど、ハッカーってふつう部屋の中から出てこない、白くてひょろひょろしたイメージあるよな)
 ハッカーにしてみれば、半分は憤慨し、半分は当たりすぎていて何もいえない偏見を、なんのてらいもなく胸中でつぶやく。
「わっかんねー……」
 第一、復讐にしてはちょっと凄惨すぎる。
 それだけ犯人が重い憎しみを持っているということなのだろうか?
 手を引きちぎるほどの、憎しみ。
 自分にはわからない。それは幸せな事かもしれない。
 ため息をついて、冷め切ったココアを飲む。
 甘すぎず、かすかにほろ苦い液体が胸の奥にわだかまる、重苦しい感情を押し流してくれた。
「あー。腹減ったな……」
 ネットで時間をつぶしてる間に、午後になっていた。
 コンビニで肉まんでも食うか、と立ち上がり、ふと気がついた。
「そういや、アキちゃんハッカーだって……武神さんが言ってたっけ? もしかしたら今回の事知っていたかも」
 何か聞き出せないかな? と、携帯電話をさぐる。幸いな事にこの間の事件の時にばっちり番号交換済みだ。
「よっしゃ。覚えてろよ榊アホ兄」
 思考が屈折しまくっている事に、碧は気づいていない。
 いわゆる若さの特権というものなのだろうか。
 ともあれ、兄がこの件に関わるより早く、自分が解決してしまえばいいのだ。
 榊より早く、兄が過去を思い出すよりはやく。
「それでいいのだ」
 大昔にはやったアニメの名ぜりふをまねて口にしながら、碧は立ち上がった。
 その先に何が待っているかも知らずに。

「ぶっ」
 これ以上ないまでに、見事に榊千暁ことアキはコーラを吹き出した。
「アキちゃん、汚い」
「いや、悪ぃ。というか唐突だな」
 あわてて紙ナプキンで吹き出したコーラを拭いながら、アキが鮮やかな黄色のサングラスの奥の瞳を見開いた。
「だって、Fuliesってハッカーが関わってんでしょ? じゃ、ハッカーのアキちゃんに聞いたほうが早いじゃん?」
 碧がいうと、今度はアキは手にしていたハンバーガーを取り落とした。
 クリスマスのファーストフードショップは、平日ではあるが、冬休みであるためか金のない貧乏学生があふれていた。
 アキに電話をすると、意外なほどあっさりと捕まった。
 たまたま東京に来ていたというのだ。これ幸いとファーストフードショップに呼び出した。ここなら喧噪でヤバい話もかき消されるし。どうせ聞かれたところで、高校生の碧とどう見てもフリーターっぽいアキではネタと想われるのがオチだ。
「まいったね、これは」
 呆れながらアキがいう。それもそうだ。
 彼こそがFuliesなるハッカーの一員なのだから。
 本人の正体も知らず、持ち前の人なつっこさで「Fuliesの正体おしえて」といわれれば、吹き出さずにいられない。
「ハッカーでしょ」
「ハッカーハッカーって人前で言うな」
 一応犯罪者なんだから。とにやり、と口の端を歪めてみせる。
「現場にいた白い髪に蒼い瞳の美人……何者だと想う? 人形じみてたって……本当に人形だったりして」
 何気なく世間話の様に聞く。と、今度はアキは、口にしようとしていたポテトを取り落とした。
「アキちゃん、キョドってるね」
 挙動不審だと、ズバリいうと、そんなことはない。と胸を張ってアキは返した。しかし、その眼は明らかに焦っていた。
「実はアキちゃんがFuliesだったりして」
「……勘弁してくれよ、もぉ」
 たまらずアキは狭いテーブルに突っ伏した。
 アホ榊より、ずいぶんストレートでわかりやすい。
「あーれーは。ガラテアだ」
 降参したのか、突っ伏した顔をあげ、頬杖をついたままアキが吐き捨てた。
 とたんに碧の黒い瞳が興味の色で満たされる。
「ガラテア? ギリシャ神話の??」
「まあ、語源はそこから来てるな。ある企業が開発した……二足歩行ロボットだな。人間の脳の化学物質……エンドルフィンとかセロトニンの動きを完全に再現したスパイラル形式のプログラムを、外部から受信して動くんだ。そもそもパケットルーティングの仕組みを完全に脳の役割に会わせて、ハードウェア化したもので、各端末を小型・高速化を徹底させて、きわめて人間のインターフェイスに近い仕組みを……そもそも、その通信方式が従来のTCP/IPではなく、キアラが独自開発したDNA/SPRという4つの命令語の組み合わせだけからなる情報伝達形式をもっていて……」
「わからねーよ、専門用語多すぎて」
 洪水のようにあふれかえる、コンピュータの専門用語に頭をかかえて碧が顔をしかめた。
「参ったか。ざまーみろ」
 ケケケ、と漫画じみた笑いを返しながらアキはさめたハンバーガーを口にする。
「でも、どうやって闇の種族を見分けてるわけ?」
「愚問だな。Fuliesレベルのハッカーなら、日本の警察のザルのようなネットをくぐり抜けて、容疑者リスト手にするなんて、朝飯前だ」
 つまり、警察にハッキングをかけて、それを手がかりに復讐劇を行ってるというのだ。
「なんにせよ、Fuliesに関わるのはよせ。ロクな事にならん」
 アキに言われて、言葉に詰まる。
 だが。
「碧海を、関わらせたくないんだよ」
 唇をとがらせながら、もっとも言いたくなかった一言を言う。
「そか。……馬鹿だなぁ」
 妙に優しい笑顔にだまされそうになるが、馬鹿とは聞き捨てがならない。碧にとっては碧海の事は笑って済ませられる事ではないのだ。いくらアキでも、言っていい事と悪い事があると言おうとして、言えなかった。
「俺も昔、そうだったよ」
 懐かしむように、眼を細める。
「ヒロを守りたかった。守れると想ってた。ヒロが俺より弱いと信じてたから。だけど現実はヒロが……千尋の方がすべてにおいて俺より強く、タフだった。弱いのは……あいつの擬態だったって気づいた時にはすべて失っていたよ」
「アキちゃん」
「それでも守りたいと想うし、また弱いフリをしてすべてをだまし続け最後に裏切ったあいつを憎まずには居られない。守り手なんかあいつが必要としてないことは判ってるんだけどな。馬鹿だろ?」
 この二人の双子に何があったのか、自分は知らない。
 知らなくていいと想う。
 だけど、知りたいと想う気持ちがのどの奥に引っかかっているのもまた事実だった。
 知ってしまえば、多分自分は打ちのめされる。
 知らなければ、心の奥に棘となりいつまでも自分をさいなみ続けるだろう。
「だからあんまり馬鹿な事に関わるのはよしとけよ。人間平穏がいちばんだぜ? 特に今回はヒロが巻き込まれてるみたいだからな。話は面倒だ」
「でも」
「納得できないだろ。俺も昔そうだった」
 場違いなほど明るい笑い声を響かせる。
 周囲の人が驚いて振り返るほど、大きくて明るくて――そのくせどこかからっぽな無理した笑い声。
「どうしてもってんなら、夜にお台場の「湾岸テクニカルツインタワー」西屋上にきてみな――何かを失う事を覚悟してな」
 意味不明この上ない言葉を言って、アキは立ち上がった。
 あわてて後を追い、問いつめようとするが、アキの一言によって制された。
「あ、そうそう。兄貴今朝、荻窪の自宅に戻ったからな」
 のどをふるわせながら笑う。
「荻窪の、自宅」
 ……そこには兄の碧海がいる。
 あわてて携帯電話を取り出して、碧海への番号をプッシュした時。
 アキの姿はすでにそこにはなかった。


  ファーストフードショップから電話片手に飛び出す。
 ――アナタノオ掛ケニナッタ電話番号ハ、電波ノ届カナイ位置ニアルカ電源が入ッテオリマセン。
 機械的なアナウンスが、不安を煽る。
 草間興信所から事件に関わっているのだから、兄が――碧海が電話を切っている筈がない。
 調査依頼中はいつだって連絡が取れるようにしているのに。
 クリスマスに浮かれる若いカップルにぶつかりそうになり、あわてて避ける。
 予感が、した。
 とても嫌な予感だった。
 ――どうしてもってんなら、夜にお台場の「湾岸テクニカルツインタワー」西屋上にきてみな――何かを失う事を覚悟してな。
 何を失うというのだろう。
 アキの言葉が脳裏を駆けめぐる。
 湾岸に向かうバスにのり、停車場で飛び降りて再び携帯電話をリダイアルする。
 祈るような気持ちでコール音を数える。
 一つ、二つ。そして三つめ。
 呼び出し音が切れて、かすかな雑音がはいる。
「あおっ! 今っ、どこにいる?! 荻窪のアホの家か」
 一息に吐き捨てる。と、兄は驚きをそのままに数秒だけ沈黙し、すぐにいつものように穏やかに、しかしどこか不満を隠しきれない低い声でささやいた。
『碧、千尋さんをアホと言うんじゃないと、何度言ったら……』
「そんなん、どうでもいい。とにかく今どこに居るんだっ」
 言葉を遮り言う。
 会いたい。何かが兄に起こってしまうより早く。
 会いたい。
 だが、碧の期待を裏切るように碧海はためらいながら言った。
 ――湾岸、テクニカルツインタワー建設地の近く。
 目の前が暗くなった。
 頭から血が引いていくのが判った。
「湾岸んっ?! 何でそんな所に……まさか犯人と一緒だとかっ」
『わからない、けど、多分……』
 妙な符号の一致が不安となって心を揺らす。どうかすると膝がふるえてその場にしゃがみ込んでしまいそうになる。
 湾岸テクニカルツインタワー。
 その単語だけが繰り返される。
 走って、では間に合わない。
 バスも建設予定地だらけの場所に通っている筈もない。
 コートから財布をとりだし、舌をうつ。
 遠出をするつもりなど無かったのだ、持ち合わせがあるはずがない。
 タクシー乗り場で立ちすくみ、唇を噛みしめた。
 と、警察の車両がクリスマスのイルミネーションより鮮やかに、警告灯を点滅させながら目の前を通り過ぎた。
 たった一瞬のすれ違い。
 しかし通常の人間より運動神経が優れ――そして動体視力もすぐれる碧が、乗っている人物が誰か、そしてどういう表情をしていたのか察知するには十分だった。
 乗っていたのは、草間興信所からこの事件を追いかけている榊千尋とシュライン・エマだった。
 二人の焦り、緊張した横顔が悪夢のように網膜に焼き付いた。
「ちくしょう!」
 叫んで、走りだそうとしたとき。
 一人の女性を捕らえた。
 長い黒髪を邪魔にならないように肩で三つ編みにし、あたたかそうな白いファーのついたコートに顔を埋めながら立っている。
 柔らかそうな唇を、きつく引き締めている為印象が違うが。
 あれは――確か。
「駒子ん所のねーちゃん!」
 碧の声に女性が――寒河江深雪が驚いた表情で顔を上げた。
「君、は?」
 ゴーストネットで数度顔を合わせただけの少年の剣幕に気圧されながら、深雪が聞く。
「俺、鷹科碧って言って――えっと、そうじゃなくて、ゴーストネットで、変な書き込みみて――それで」
 前髪をかき上げる。
 顔は今にも泣きそうなほど歪められている。
「おちついて。大丈夫だから」
 肩を抱きながら言う。ゴーストネット、という言葉で彼もまた同じ事件を追っているのだとすぐに察知できた。
「大丈夫なんかじゃない――アキちゃんが――湾岸テクニカルツインタワーに、来いって。失う覚悟が出来たら……来いって」
 時計をみる。時間は18:30。
「アキさん? まさかティシポネに会ったの?!」
 ――情報犯罪組織であるFuliesの幹部と目されてる――榊千暁が――湾外テクニカルツインタワービル建造現場に向かうのを見たとの報告もあります。
 先ほどの電話を思い出す。
 糸が絡まろうとしている。
 悪意を持ち、誰かを罠にかけようとする復讐の女神の糸が。
「あお……兄が、草間興信所で依頼をうけて、今ビルの近くに居るって聞いて、でも俺、あんま金もってきてなくて」
 すべてを聞くまでもなかった。
 深雪は並ぶタクシーに向かって手をあげ、碧の手をひっぱった。
「急いで。早くしないと怪我人がでるかもしれない」

 湾外テクニカルツインタワービルは水晶のように六角形をした、二つの――そう、鏡に映したように全く同じ形の西棟と東棟からなる。
 完成図ではガラスをふんだんに取り入れ、まさに水晶の二柱といったビルも、建造中とあって、まるで廃墟のようだ。
 クリスマスだから工事の作業員やガードマンも帰ったのか、人影はなく。
 ただ、砂埃だけが冬の海風にあおられて、訪れるものを攻め苛む。
 タクシーの運転手は怪訝な顔をしたものの、何も聞かずに建築現場へと深雪と碧を運んでくれた。
 暗い闇のなか、乗り捨てられたパトカーの回転棟だけが奇妙に鮮やかで。
 生きている者をあざ笑うかのように明滅していた。
 西棟と東棟をみる。
 ――どっちだ?
 中間地点で足をとめたその時。
 絶叫が聞こえた。

 深雪――幸。
 胸の中で何度も繰り返しながら、寒河江深雪は西棟の階段を駆け上がっていた。
 みゆき。
 同じ響きを持つ名前。それがアレクトの本名。
 そして――深く長い北国の冬を優しく包む雪を連想させる自分の名前と、幸せを意味するアレクトの名を想い唇を噛みしめる。
 彼女の殺された両親は――幸せになると信じていたのだ。
 それが運命によって残酷にねじ曲げられ、皮肉な名となる事もしらず。
 屋上に上がる。
 そこには白銀の髪をなびかせている女性――風見璃音と。敵だと宣告した男――復讐の女神の一人である榊千暁が立っていた。
 二人とも、微動だにせず向かい側の東棟を見ている。
 息をのんだ。
 鋭い光を、手から、ふとももから、足首から放ちながら、一人の女性が立っていた。
 否、それは女性とは言えない。
 すでに戦いは始まっているのか、切り裂かれた皮膚が風にはためいている。
 なのに一滴の血もながれてはいない。
 切り口から除くのは、玩具のように鮮やかに彩られたケーブルと、ショートする電極の光。
(――ガラテア)
 お前の才能のお礼に、と、神は人形に命をあたえた。
 復讐を果たす為に、とメガエラはアレクトにあの人形を――人を殺す為だけに作られた機械人形を与えたのだろうか。
 気温からではない寒さに身を震わせ、深雪は肩を抱いた。
 ガラテアが少年に手を伸ばす。
 その指が喉にふれようとする。刹那。
 白熱の太陽が、向かい側のビルの屋上で弾けた。
「碧海ぃいい!」
 碧が叫んでいた。
 喉が避けてもかまわない、と言わんばかりの声で叫んでいた。
 しかしそれも弾けた白い力が生み出す轟音によって、即座にうち消されてしまう。
 あまりの光量に目を伏せる。
 と、金属同士がぶつかる音がした。
 強い光で奪われた視力を、何とか取り戻そうとして瞬きながら、碧と深雪は音の方向を見る。
 ガラテアが、いた。
 先ほどより派手に火花を弾けさせ、ながらゆっくりと身体を起こす。
 向かい側のビルから吹き飛ばされたのだ。
(誰が?)
 深雪は向かい側のビルを見る。しかし、回復しきれない視力では状況をつかみきれない。
(―一体、何が起きてるというの?!)
 しかしその混乱も、いまだ序曲に過ぎなかった。

 戦いがどこか遠いものに感じた。
 ガラテア――アレクトも、ティシポネも。
 そんなものはもう、どうでも良かった。
 運命を、見た。
 風見璃音はおそるおそる両手の指先を唇に乗せる。
 自分がかすかにふるえている事を感じていた。
 目の向こう側に、一つの人影が見えた。
 ただ一人の青年の瞳、ただそれだけを捕らえていた。
 闇と同化している黒い髪。月の光に静かに、だが強く輝く黄金の瞳。
 そこに居るだけで、森を――森の空気と荘厳さを感じさせてくれるオーラ。
 喉が、ふるえた。
 意識するより早く、叫んでいた。
「黒狼様!!」
 もっと近くに寄ろうと一歩踏み出したその時、強い力で手首を引っ張らた。
「馬鹿野郎、目の前の状況を考えろ!」
 榊千暁――ティシポネの叫びが何を意味するか、わからなかった。
 知る必要もない。
 ただ、目の前のあの人に近づきたい。
 振れて、その存在を信じたい。
 それだけが璃音の心を支配していた。
「離して! 離してぇええ!!」
 叫び、もがく。
 振り向きざまに空いていた片手でアキの頬を張り飛ばす。
 それでも手首は自由にならない。
 金属が割れるような音が鳴り響く。
 酷く耳障りで頭が痛い。
 ――まだ、運命を知るには早いのだ。と何者かが警告するように。
 
「碧っ! 碧海ぃい!」
 光を放った主である少年に向かって碧は叫んだ。
 あれは、違う。
 あんな力は碧海にはない。碧海だけの力じゃない。碧海の意志で呼び起こされた力じゃない。
 ガラテアを――機械人形をビル越しに吹き飛ばした力。棘のようにささくれ立ち、今も力の行き場を求めて風のなかで荒れ狂う「念」の力を振り払うようにしてビルとビルの狭間へと向かう。
 無事を確かめたかった。
 手を伸ばしても届かないと判っていた、それでも彼が立っているその姿を、顔をみていたかった。
 だがその期待を裏切るかのように、碧の目の前で碧海が崩れ落ちた。

「逃げますよ」
 怒りすら感じられる声で、草間興信所にこの事件の調査を依頼した榊が言った。
「戦うどころか身も守れないでしょう! 「こんな状況」では!」
 その言葉に打たれるようにして、深雪は理性を取り戻した。
 何が起こったのかはわからない。
 ただ、璃音も、碧も、半身ともいえる存在の危機に完全に己を無くしていた。
 戦え、ない。
 ビルとビルの狭間をみる。
 そこには火花をまるでヴェールの様にまとう、壊れた人形が立っていた。
 衝撃で片腕がとれたのか、左腕はなく、ただ、ケーブルと鉄の骨格だけが見える。
 顔を除いたほとんどの皮膚は、ショートにより内部から燃え落ち、あるいは戦いで切り裂かれ、醜い鉄の内臓をさらけ出すままになっていた。
 先ほどまで人間と遜色ない動きをしていた身体も、今では糸に操られる人形のようにぎこちなかった。
「止められない」
 電子のノイズ混じりの声で、ガラテアが――その向こうで殺人人形を操っているアレクトがつぶやく。
「アレクトはもう、復讐すること以外、すべて忘れてしまった」
 疲れ切った声だった。
 復讐だけが、すべてなのだ。
 復讐してやるという想いだけが、彼女をこの世界にかろうじてつなぎ止めている。
 止まらない女神――その名前が表すように。
”SYSTEMA−SEPHIROTICVM”
 機械的な声が告げた。
 それはかつてティシポネが使った、衛星を利用した魔法陣のプログラム。
 息をのむより早く、屋上のすべてに地面に無数の輪と文字が――俗にセフィロトの樹と言われる図形が宇宙から飛来した光で描かれる。
 ――開け、ティファレトの門 ラファエルの杖を剣に変えて――
 詠唱が耳に流れ込む。
「させないわ!!」
 叫んで手を前に突き出す。
 この事態において、手加減など必要なかった。
 ティシポネの魔術の鍵は携帯電話。
 それと同じ術であるならば、鍵は電波。
 だとすれば、それを遮断すれば、アレクトの動きはとめられる!
 自分の中に眠る、もう一人の自分――人ではないあやかしの力もつ自分の血を揺さぶり起こす。
 手のひらにすべてを集中する。
 ――雨よりも、雪よりも――もっと冷たい。
「お願い! 止まって!」
 風が吹き荒れる。
 まとめていた髪が風圧でほどけ、雪から紡いだような銀色の光が深雪の全身を覆おう。
 魔法陣をかき消すように、足下が霜で覆われていく。
 霜はまるでそれ自体が意志を持つ存在のように、徐々に厚みをまし、狂った人形の表面を覆い、天使の羽のようにその存在を包み込む。
 苦しむ、というよりむしろ嘆くように人形の顔が天上へと向けられる。
「あなたは、アレクトじゃない」
 力を制御しながら、深雪がつぶやく。
「あなたは――止まらない女神なんかじゃない。復讐の女神なんかじゃない」
 一歩、人形に踏み出す。
 霜が氷へと変化する。
 空気中の水分が凍り、殺人人形の身体から放たれる電光とあいまって、綺羅らかに輝き、ビルの屋上を舞い続ける。
 深雪は一瞬だけ息をとめ、そして目を閉じて宣言した。
「あなたの名前は、勾坂幸」
 ガラテアの目に動揺が走る。
 電磁的なノイズが、ガラテアの苦悶のうめきのように断続的に続く。
「戦闘継続、不能」
 体内を暴走する電流の熱と、身体を包み込む氷。
 相反する二つの力に耐えきれなくなったのか、ガラテアの身体から弾けるような音が聞こえ身体を包む氷ごと破壊されていく。
 まるで虚像の塔が崩れ落ちるように、部品が弾け、氷を砕き、崩れ落ちていく。
 最後に、そこだけ嘘のように傷一つない美しい顔が、敗北を宣言するように床に転がっていた。
(終わった?)
 おそるおそる、転がる首に手を伸ばす。
 と、音もなくふわりと首が浮き上がった。
「なっ」
「……回収完了」
 暴れる璃音をようやく解放し、突き飛ばすようにして間合いを取りながらアキ――第二の復讐の女神を名乗る男がつぶやいた。
「戦闘データとしては、少ないが――前の犠牲者の分と比べれば十分か?」
 仮面のように無表情のまま、やけに平坦な口調でいう。
「データ?」
 何のためのデータか。聞かずとも理解できた。
 おそらく、今回以上の事件を引き起こす為に。もっと多くの異能者と戦い勝つ為に。
 情報収集、ただそれだけの為にこれだけの事件を、これだけの騒ぎを引き起こしたのだ。
 怪我人も出ただろう。
 そしてガラテアを操っていたアレクト自身も――生きてはいられないだろう。
 許すとか許さないとかではなかった。
 悔しいのか、腹立たしいのか、悲しいのか自分でもわからない。
「言った筈だぜ? 俺は、敵だと」
 唇の端を引きつらせながらアキが笑う。
「まっ……て!」
 腕を伸ばす。
 しかしその指先が相手に振れる前に、まるで約束されていたかのように。
 ティシポネの姿は消えさっていた。
 ――すべての戦いを記録した、ガラテアの首とともに。

 
「ふざけるな!」
 相手が携帯電話をとった、その瞬間に叫んだ。
『では、ほかにどうしろと? 全員に死ねと言いたかったのですか?』
 碧の怒りに動じる事もなく、通話相手――榊千尋が皮肉げな口調で言い返した。
 唇を噛む。
 ガラテアを吹き飛ばした力の奔流。あの「念」は明らかに兄のものであった。
 力を増幅し、暴走させた。
 何の感慨もなく、ためらいもなく。
 兄の過去を引きずり出し、その繊細な精神を崩壊させかねないというのに。
 ――榊は。
「ふざ、けるなよ……」
 先ほどより幾ばくか勢いを無くした声で、再度つぶやく。
 自分の願いはただ一つ――兄を壊したくない。
 だが、電話の向こうの男はその思いを踏みにじるように、兄を利用し、そして傷つけた。
「絶対に許さないからな」
 怒りのままに言う。声が自分のものでないように低く重い。
『ご自由に。ですが、何も知らないまま守られ続ける事が、本当に碧海君の為になると信じてるのですか? ならば忠告しておきますよ』
 自分の怒りなど、みじんも気にしてないのか。淡々と電話の向こうの男は言う。
『そんなのはただの、偽善です』
 その言葉が酷く、胸に痛かった。
 鼓膜の奥に、まるで断罪の印のように刻み込まれた。
 否定しようと想えば、いくらでも否定出来る言葉の筈だった。
 だが、実際には。
 何一つ言えないまでに、うちのめされていた。
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0074 /風見 璃音(かざみ・りおん)/女/150/フリーター】
【0173 /武神 一樹(たけがみ・かずき)/男/ 30/骨董屋『櫻月堂』店主】
【0174 /寒河江 深雪(さがえ・みゆき)/女/22/アナウンサー】
【0164 / 斎・悠也(いつき・ゆうや)/ 男 / 21 / 大学生・バイトでホスト】
【0454 / 鷹科・碧(たかしな・みどり)/ 男 / 16 /高校生】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、立神勇樹です。
 大変お待たせして申し訳ありませんでした。
 OPが難しすぎたのか、完全な正解(犯人の正体が人形であることについて)を出された方が連動している草間/ゴーストネット共々少なかった事、また、敵が「死に急いでる」事に気づけなかった為、残念な結果になってしまいました。
 復讐の使徒は残り二名。
 またの機会にご参加いただければ、幸いです。