コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシナリオノベル(シングル)>


■作戦名は『私的な三下』■

 そのホテルは、普通に建っていて、普通の人間が普通に入っていく。そのホテルの前に立っている少女も普通の女子高生で、どこもおかしくない。
 ‥‥はずだった。
 巫聖羅は、制服の上に着込んだコートのポケットに手をつっこみ、寒さを紛らわせながら、出入りする者を見つめていた。髪を両サイドで結び露わになった聖羅の首を、寒風が吹きつける。
(おかしい‥‥)
 人は入っていくのに、出ていく者が居ない。
 意を決して、聖羅はホテル内へと歩を進めた。

 アトラス編集部の下僕(?)三下くんがとんでもない事をさせられ、とんでもない結果になって戻って来るのはいつもの事だが、今度はまたスゴイ話だった。
「はあ? ホテルがゾンビであふれかえってるって? ‥‥一体どういう事」
 呆れながら聖羅が聞き返すと、聖羅に背を向けたまま、碇は原稿に目を通しながら答えた。
「ゾンビ魔術の大御所が来るって言うから、三下くんに取材に行かせたのよ。そうしたら、どうも三下くんがその大御所の杖かなにかを折っちゃったみたいなのね」
 話す内容の割に、碇はあまり焦っていないようだった。三下くんが居ないから、雑用をしてくれる人が居ないのよねぇ、とか呟きながら、ゆったりとコーヒーを飲んでいる。
「杖の弁償も、しなきゃならないでしょう? それに三下のくんの話だと、ホテルがゾンビで花子さんのダンスだとか何とか‥‥」
「要するに、そのゾンビ使いと話をつけて、ついでに錯乱した三下くんを連れて戻ればいいのね?」
「そういう事」
「‥‥で」
 にっこり笑って、聖羅は右手を差し出した。
「あら、何なのその手は」
 碇は、視線を聖羅の手のひらに向けると、首をひねった。その仕草が逆に、白々しい。
「嫌だなぁ、碇さん。‥‥事が事ですからね、いつもの倍って事で」
 聖羅は頭の中で、いったいどれ位碇に請求してやろうか、と考えた。だが、その請求金額はきっと三下くんの給料からさっ引かれるのだろうから、三下くんの払える金額にしておかなくては‥‥。

 親元を離れて一人暮らしをしている聖羅は、高校に通いながら仕事をして、生活費を稼いでいる。親から仕送りが来ないのだから、生活に必要なお金は自分で稼ぐしかない。手に余る程お金が入る訳ではないのだから、自然と生活は厳しくなるし、セコくもなる。
 聖羅がこの依頼を引き受けたのは、その職業に関係していた。むろん、携帯電話の料金支払いが厳しいだとか、近くのケーキ屋で新作が出ていてついつい買ってしまい、お金が足らなくなったとかいう理由もあって、せっぱ詰まっていたのも確かだが。
(これは、あたしの仕事だから)
 ホテルのロビーに立った聖羅は、真剣な視線を周囲に差し向けた。
「‥‥ありえ無いわ」
 そこに居る客も、ホテルマンも、皆、普通に働いてくつろいでいる。ただ、それがゾンビなだけで‥‥。
 何故ホテル員がゾンビなのに外を歩く人が気づかないのか、とか聞いてはならない。
「本当のホテルマンは、どこかに連れ込まれているのかしら。‥‥とにかく、三下さんが居るっていう展望ラウンジに行かなくちゃね」
 そうつぶやきながら、聖羅がエレベーターに向かおうとした時だった。ホテルマンが突然、くるくると器用に回りながら聖羅に接近して来たのだ。ええ、そりゃあもう、ゾンビとは思えないようなスピードで。
 ゾンビ様ご一行はあっという間に聖羅を取り囲み、きれいに輪になって超高速でマイムマイムを踊り始めた。
 普通ならここでキャー、と悲鳴の一つも上げるところなのだろうが、あいにくと聖羅は違っている。冷ややかにその光景を見つめ、腕を胸の前で組んだ。
「‥‥ここまで操れるとはね。ゾンビの大御所って言うだけの単なるジイさんじゃない訳か」
 ふ、と口の端をゆがめ、聖羅は自分の体に手を伸ばしたゾンビの手を鞄で叩いた。
『幽世ノ大神、憐レミ給イ恵ミ給エ‥‥』
 呪を小さく唱えると、聖羅は柏手を打った。
 すると今まで騒がしく踊り狂っていたゾンビ達が、さあっと姿を消した。聖羅はじっと床を見下ろす。そこには、意識を失って倒れたホテル従業員達が居た。
 しかし、ホテル内ゾンビ達はこれだけで終わりでは無い。奥から次々とゾンビがあふれ出てきていた。聖羅はため息をつくと、ゾンビを避けながらエレベーターへと向かった。
 ともかくも、展望ラウンジに居るというゾンビ使いと三下にあわなければ、事の収拾ははかれないだろう。これだけ大量のゾンビをどうにかするのは、いくら聖羅とて簡単にはいかないからだ。

 来る‥‥来ない‥‥来る‥‥。
 三下は、助けが来るか来ないか、ラウンジに飾られていた花の花弁を千切りながら占っていた。そうでもしないと、とてもこんな所で楽しく食事なんて出来ないからだった。
 相変わらず、気味の悪いゾンビ達が踊りまくり、また食事をし(食べては吐いているが)、食事を運び、食事を作り‥‥。
 その食事を食べている自分を想像し、三下は気持ち悪くなった。
 手からぽろり、と花がおちる。その花には花弁が一つしかついていなかった。
「ああっ、やっぱり助けなんて来ないんだぁ!」
 そうして自分は永遠に、このキレたジイサンと二人で残される‥‥。
 end。
「ふふ、いいさいいさ」
 三下は折れてしまった杖を眺めながら、不気味に笑みを浮かべた。
 そのとき、入り口の扉がゆっくりと開かれ、一人の女子高生が入って来た。中にいたゾンビは素早く客に接近し、“いらっしゃいませ”とか“何にいたしますか”“脳みそのソテーは”とか話しかけた。
 きっ、と聖羅はゾンビを睨むと、再び呪をとなえた。
『消えなさい!』
 聖羅は一喝し、奥の床に座り込んでいる三下に近づこうとした。そこを再び、ゾンビがわらわらとやって来て、聖羅を取り囲もうとする。
 三下の側にはゾンビではない老人が、椅子にかけて、どうやら正気ではなさそうな不気味な笑顔で聖羅によろよろと歩み寄った。
「は、花子しゃんか?」
「何それ?」
 ボケもつっこみも何も無い一言を返し、聖羅は老人の顔をまじまじと見た。
「私はそこに居るアトラスの編集部で頼まれて来た、巫聖羅という者です。‥‥三下さんは連れて帰らせてもらうし、ゾンビは片づけてもらいますからね」
「花子しゃんか?」
 ふふ、と老人は笑うと、ゾンビ達を聖羅にけし掛けた。
 ‥‥。聖羅は肩をすくめた。
「話は通用しないようね。でも生憎とこの私は、反魂屋なの。こんなの見慣れているのよ。‥‥どうすればゾンビが居なくなるのか、さっさと喋りなさい」
 老人にそう叫ぶと、聖羅はゾンビ達を逆に自分の支配下に置いてけしかけた。
 今まで聖羅に向かっていたゾンビは、くるりと身軽に反転して老人へと踊りながら向かっていく。相変わらずマイムマイムを高速で踊りつつ、あっという間に老人をそのダンスの輪の中に取り込んだ。
 三下くんはすっかり錯乱状態に陥り、杖を握り締めたままへらへらと笑っている。
 どうやら、杖が壊れた事がそもそもの原因であるようだ。
「あの杖、あなたの杖?」
 聖羅が老人に聞くと、踊りに疲れてぜいぜいいいながら、答えた。
「そ、そうじゃ。‥‥あの男、杖を壊しおって」
「杖が壊れた位で、何よ。そんな元気に立って踊れるなら、杖がなくたって歩けるでしょ?」
「つ、杖はゾンビを操る為に必要な、わしの家宝じゃ」
 ゾンビ使いの老人は、踊り続けながら叫んだ。
「そんなものに頼ってるから、こんな大事になっちゃうんでしょう。そんな事も分からないなんて、ゾンビ使いの大重鎮ってのもたいした事ないのね」
 あたしは、杖なんて無いわよ、と聖羅は笑って言った。だいたい、ゾンビを操る杖なんて、怪しすぎる。どこのオカルティストから貰ったものだか‥‥。
「‥‥」
 全くその通りで、しかも自分もマイムマイムを踊らされているのだから、文句が言い返せない。
 ひとしきり踊らされ、へとへとになった所で聖羅はようやくゾンビ達の動きを止めた。老人は床にへなへなと座り込み、荒く息をついた。
 ゆっくり老人の前に立つと、聖羅は厳しい視線を老人へと向けた。
「それで、このゾンビはどこから召喚したの?こんなホテル街に死人の躯なんて、そうそう転がってないのよ。‥‥どうやって呼んだのか、教えて!」
 教えなければ、またゾンビと踊る事になるぞ、と聖羅の視線は老人に脅しをかけている。老人は肩をすくめ、頷いた。
「分かった、分かった! ‥‥ゾンビはその杖で召喚しておった。だから、杖が直ればゾンビも消えるじゃろう」
「‥‥杖をなおして欲しいなら、最初からそう言いなさい。貸して」
 聖羅は杖と折れた先を三下の手から奪い取ると、部屋を出ていった。
 しばらくして戻って来た聖羅の手には、きちんと元通りにくっついた杖が握られていた(ちなみに、接着剤でくっつけただけだが)。
 人騒がせなゾンビ達は、杖が老人の手に戻ると影も形も消え失せたのだった。何が何だかわからず、おろおろするだけだった三下はゾンビが居なくなると急に元気を取り戻したようだ。
「そ、それじゃあこれで‥‥」
 いそいそと帰ろうとする三下の襟首を、聖羅はしっかりと掴んで引き留めた。
「三下さんは、取材の続きが残っているんでしょう? あたしはロビーの喫茶店に居るから、ちゃちゃっと済ませてね。‥‥あ、喫茶店のお金は三下さんが払ってね」
 意地悪く笑顔を浮かべ、聖羅は三下に手を振った。