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<PCシナリオノベル(シングル)>


救出作戦(冗談じゃないわ)
●真の静寂を持つ場所
 真夜中――しんと静まり返った場所がある。いや、真の静寂を持つ場所と言う方が正確か。といっても、別に人里離れた山奥だとか、光届かぬ深海の世界ではない。東京都23区内に、だ。
 もちろん、23区内にも静かな場所はあるだろう。例えば霊園。そもそも賑やかな霊園なんてのは、あまり耳にしない物だ。
 けれどもそこは霊園などではない。すぐそばには立派な建物があり、屋上には巨大なパラボラアンテナが複数備え付けられている。建物の名は『NHK放送センター』――渋谷駅より北西方向に約1キロほど行った所にある建物だ。
 渋谷駅前やセンター街のように、特別人が多いということはない。むしろここを訪れるのは、放送関係者か一般見学者くらいだ。
 しかし人が訪れている以上、しんと静まり返り真の静寂に至ることなどまずあり得ない。今は真夜中ではあるが、ここは放送局だ。それも日本における巨大な放送局の1つ。真夜中であっても、人の出入りがゼロになることはないと言っていいだろう。
 だが、現にこの場は静まり返っていた。真の静寂が支配していた。まるでこの世界に人が存在しないがごとく。これはいったいどうしたことなのだろうか。
 そのことも不思議ではあるのだが、もう1つ不思議なことがあった。それはこの世界に長く留まっている者が居たなら、いずれは気付くこと。そして気付いた時には、畏怖せしこと。
 何時間経とうとも、この世界に朝が訪れることがなかったのだ――深い闇に閉ざされたままで。

●2人、そして1人
 しんと静まり返ったNHK放送センター付近。誰も居ないと思われていたその場所に、1人の女性と1人の少女の姿が突如現れたのは、どこからともなく霧が発生した直後のことだった。
 立っていたのは中性的な容貌を持つ細身で背丈の高い女性と、草間零であった。女性は零に何事か話しかけると、零を促して歩き出した。
「どうやって草間さんたちを探すんですか?」
「大丈夫。分かりやすい人が1人居るから」
 零の質問に女性が苦笑しながらそう答えた。どうやら2人はこの世界に、草間武彦たちの姿を求めてやって来たようだ。
 しかし、2人は気付いていなかった。少し離れた場所から、別の人物が様子を窺っていたことを。
 物陰に、白衣を羽織った金髪長髪の女性の姿があった。視線の先に居るのは、件の2人。視線に敵意はない。むしろ、見守っているようにも思える。
(さあ、どうなることか)
 女性――レイベル・ラブは心の中でそうつぶやいた。そして2人が移動し始めたのを見て、自らもゆっくりとした足取りで歩き出した。2人の後を追うようにして。

●見えない壁、あるいは次元位相の変異
 さて、何故レイベルがこの世界――『誰もいない街』に居るのか、それを説明する必要があるだろう。もっともこの世界が『誰もいない街』などと呼ばれていることは、レイベル自身はまだ知らないのであるが。
 『誰もいない街』に居る理由、それは至極簡単だった。ある日、レイベルが目が覚めた時には何故かこの世界にやって来ていた。最初に居た地点は渋谷ではなかったが、ただそれだけのことだ。そう、一方通行的にこの世界へ入り込み、脱出することが出来ないだけのことで。
 別に『誰もいない街』に来てから何もしていなかった訳ではない。持ちうる知識を総動員して、何とかこの世界より脱出しようと試みてはみた。けれどもいずれも効果を発揮せず、徒労に終わることとなった。
 また、その際には決まって怪異に襲われることとなった。レイベルを怨霊たちが襲ってきたのだ。
 レイベルはその度に地面に結界のための魔法陣を描くなどして、怨霊たちを退けていた。しかしそれが幾度も繰り返されるうちに、レイベルは妙なことに気付くことになる。自分が何かしら能力を重ねて使う度に、怨霊たちの活動がより活発になっていることに。言うなれば、怪異のスパイラル。
 それに気付いた時、レイベルは行動方針を転向することにした。能力を使用するのは必要最低限とし、まずはこの世界を把握することを優先させるべく。
 そうすると気付くことがいくつかあった。
 まず、この世界には住民が全く存在していないこと。次いで、この世界では明けぬ夜が永遠に続いていること。それから、街並みこそ現実世界と同じだが、空間がねじ曲がっていたりして、現実世界では考えられない繋がりをしていることがあるということ。
 最後に、自分と同じように何処かよりやって来たと思しき者が何人も居たということ。その中には、草間や月刊アトラスの碇麗香や三下忠雄の姿も確認出来た。
 草間たちの姿を確認したことにより、レイベルの頭の中にあった断片的な情報が有機的に繋がった。草間たちが姿を消したという話は、レイベルがこの世界へ来る前に耳にしていた。それがこの世界に居るということは、レイベル同様何かの拍子にやって来てしまったと考えるのが妥当だということだ。
 当然、詳しい事情を聞くべく草間たちや、それ以外の者たちに接触しようとレイベルは試みた。ところが、何故かすれ違いを起こしてしまったり、辿り着けなかったり、見えない壁のような物に遮られてしまったりして、接触が出来なかったのだ。
 思わずレイベルは、次元位相に断裂が起こっているのかと考えてしまった。そうでなければ、何者かが会わせまいとして邪魔をしているとしか思えない。
 脱出も出来ない、草間たちに接触も出来ない。つまりは草間たちを助けることが出来ない。全くの八方塞がりかと思われたその時、抜け道が見付かった。相手に見付からず、一定距離までならば近付けるということが分かったのだ。無論、それが判明するまでは何度となく試行錯誤が繰り返されているのだが。
 そうしてレイベルは――仕方なくではあるのだが――陰ながら草間たちの様子を幾度も窺うこととなった。時には草間たちが撒いた伝言を記したメモの番をしたり、時には草間たちに怨霊たちが向かわぬよう術を施してみたりして。もっとも後者を行った際には、レイベル自身に怨霊が向かってきたのだが。それはさておき。
 このようにして知識を蓄えつつ様子を窺っているうちに、今のような状況となった訳だ。
(少し前には、他の女性とここに来ていたはずだが)
 2人の姿を追いながら、レイベルはそんなことを考えていた。その際、細身の女性が別の青年と接触していた光景をレイベルは目撃していた。
「……私に出来なかったことを、出来るかもしれないな」
 ぼそりつぶやくレイベル。自分が直接手を出せない以上、すべきことは決まっている。目の前の2人が無事に草間たちを救出出来るよう、陰から協力するだけのことだ。

●あなたなんか要らない
 レイベルが2人の後を追って、感覚として5分ほどが経った頃だ。
「……うわぁぁぁぁぁっ!!」
 駅前の方角より、男性の悲鳴が聞こえてきた。より正確に言うなら、レイベルも聞き慣れた悲鳴。悲鳴の主は、三下であった。
 駆け出す2人。レイベルも後を追って走り出す。ただし、直接追いかけるのではなく、道を1本ずれて。
 やがてセンター街付近にやって来たレイベルは、センター街へ繋がる道路に片っ端から結界の魔法陣を描いていった。センター街中心部には、件の2人の他に恐らく草間たちも居るかと思われる。そこへ余計な怨霊たちを流入させないためにだ。
 北側に面する道路に魔法陣を描き終えた所で、レイベルは場所を移動しようと考えた。他方にはまだ魔法陣を施していないからだ。
 ところがその時、レイベルは奇妙な気配を背後に感じた。すっと振り返るレイベル。
「誰だ? 私に何か用なのか?」
 レイベルの視線の先にあったのは、薄く微笑む髪の長い少女の姿であった。しかしその衣服は白いパジャマ、病院着と思しき物だった。
(病人なのか?)
 レイベルは目の前の少女をじっと見つめた。もし少女が病人であり、かつ急を要する病状であるならばストリートドクターである自分にすべきことがあるかもしれない。そう思って。
 だが少女は病人には見えなかった。……いいや、厳密に言えば病人なのかもしれない。何故ならば、レイベルは少女の瞳に狂気の光が宿っているのを見てしまったのだから。
(もしや)
 レイベルはふと思う所があって、少女に声をかけてみた。それは直感に近い物だった。
「……この世界に関わりし者」
 そして少女の反応を待つレイベル。少女は何の反応も返さない。
(違うのか。私の考え過ぎか)
 ――と思われた時、少女がくすくすと笑い出した。
「うふふ……どうして分かったの? ここが私の世界だって……」
 レイベルの直感は的を射ていた。少女がこの世界に関わっているというのなら、脱出方法も知っているかもしれない。レイベルは続いてそのことに触れてみた。
「ならば、この世界を脱出する方法を知っているということか」
 すると少女は怪訝な表情を浮かべ、レイベルを見た。
「脱出?」
 一瞬の沈黙。再びくすくす笑い出す少女。
「脱出してきたのは、向こうの世界……世界が私を殺しに来る世界……うふふ……」
 今度はレイベルが怪訝な表情を浮かべる番だった。話が上手く噛み合っていない気がする。
「でも」
 笑うのを止め、少女がレイベルの目をすっと指差した。
「――あなたなんか要らない。私の世界に」
 そのまま指を下へ向ける少女。刹那、まるでテレビのチャンネルを変えるかのように目の前の光景が切り替わった。
 場所こそは1歩も変わっていない。けれども周囲には、若者たちの歩く姿が真夜中にも関わらず数多くあった。
「ここは……」
 周囲を見回すレイベル。いつものセンター街付近の光景に間違いない。しかし先程まで対峙していた少女の姿はもうどこにも見当たらなかった。
 レイベルはそのままセンター街の中心部まで歩いてみた。するとそこには件の2人の姿や、草間たち3人の姿もあった。
 レイベルは立腹した様子の麗香の口元を、通り過ぎてゆく若者たちに混じって遠目で見ていた。
 麗香の口元が『冗談じゃないわ』と言っていた――。

【了】