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<PCシナリオノベル(シングル)>


鏡の中の学園

「先生‥‥ですか?」
 震える声で、夜藤丸・月姫の下に電話が入ったのは、二人が池袋の占い師のもとを訪れた数日後のことだった。
「李理様?」
 月姫は、その電話の声が、雪森・李理ということにすぐに気付いた。
「はい‥‥。先生に相談したいことがあるのです‥‥。出来れば今すぐにでも‥‥お忙しいのはわかっているのですが‥‥」
 月姫はその声に尋常ならざるものを感じた。
 学校は終えていたものの、その日はそれから月刊アトラスの打ち合わせが待っていた。
 月姫は、学生という顔の他に、人気占い師「月読丸」としての顔がある。
 少年と称し、純白の水干を纏った美しい少年占い師に、世間の評判も上々だ。
 凛とした眼差しと、少女のような端正さをあわせもつその占い師が、実は本当に少女だということは、彼女の素顔を知る一部のものだけしか知らないことだった。
「お仕事ですか‥‥」
 気落ちしたような李理の声に、月姫は心配になり、問いかけた。
「何かあったのですか?」
「それが‥‥」
 李理は途端に涙声になる。
「もしよろしければ、李理さん。月刊アトラスの方へおいでになりませんか? そうすれば、少しでも早くお会いできます」
 打ち合わせといっても、毎回それほど時間がかかるものではない。それに、あそこに行けば、碇編集長や、編集部の方々も詳しい人が多いし、相談にのってもらえるかもしれない。 
「わかりました‥‥」
 鼻をすん、とならして、李理は電話をきった。
 嫌な予感がした。
 しかし、この予感は、李理と始めて出会ったときから変わらない‥‥。
 きっと私はもう巻き込まれてしまったのだ。

●月刊アトラス編集部
 碇麗香は、応接室のソファで、大きく息をつき、すらりと伸びた長い足を組みなおした。
 応接室とはいっても、編集部の一角をパーティーションで区切っただけの簡単なものではある。
 占いコラムの原稿を届けることと、来月の特集記事の打ち合わせを簡単に済ませ、月姫は麗香に李理のことを告げてみたのだった。
「というわけでございますの」
 月姫が言うと、麗香はゆっくりと頷く。
「事情はわかったわ‥‥だけど、あまり深入りは感心しないわね。たとえ、月姫ちゃんでも」
 もともときつい印象を周囲に与える麗香だが、月姫はそうとは思わない。彼女にとって、仕事は命だが、彼女の他人を思いやる気持ちや正義感は、人並み以上だろう。
 雑誌に投稿してきた救いを求める人々に、取材という目的は果たすものの、無償で能力者を派遣してやる行為からしても、それはよくわかる。
 それだからこそ、この雑誌にはただのオカルト雑誌を越えた魅力のようなものがあり、この雑誌の購買層に手放せない雑誌となっているに違いない。
 ただ、編集部の者に対しては、とっても人使いが荒い編集長のようではあるが。
「承知しております」
 月姫もまた、深く息をつきながら答えた。
 この話の奥には、とても一人では太刀打ちできないような、大きな組織が関係している。
 下手をすれば命を失いかねないほどの・・・・。
「虚無の境界ねぇ‥‥」
 東京の街で、若者達が大勢姿を消していることは、麗香も耳にしていた。
 その裏に、虚無の境界という奇妙な団体が関係していることも。虚無の境界はただのカルト教団ではない。
 何か意図的に、能力を持つ者を引き入れているようだ、そんな噂も絶えない。
「編集長〜」
 仕切りの間から顔を出し、編集員の三下が麗香に告げた。
「高校生の女の子がきてますけど、こちらに通していいですか?」
「ええ、お願いするわ」
 李理のことだろう。麗香は、月姫を振り返り、頷いた。

 李理はひどく怯えた表情をしていた。
 三下に手を引かれ、月姫の隣に腰掛けると、李理は二人を見回し、俯いた。
「李理様?」
 月姫は優しく李理に話しかけた。
「何があったのか、教えていただけますか? 編集長様も力になって下さるかと思います」
「‥‥え、ええ‥‥」
 李理は顔を上げると、月姫をじっと見詰めた。
「実は昨日の夜のことなんですが‥‥」

 李理はシャワーを浴びていた。
 長い髪を隅々まで洗うのは、楽しいが時間がかかる。
 少し長湯して火照った頬を冷やすように、下着姿のまま、バスタオルで頭を拭いながら、風呂場から出た李理は何気なく洗面台の鏡を覗いた。
 いつもの自分の顔。
 辛い思い出を振り払うように、わざと微笑んでみる。
 すると、突然鏡の中が暗く曇った。
(‥‥あれ?)
 李理は、不審に思い、その鏡の中をさらに覗く。
 すると、そこに白い顔が浮かんだ。
 李理の顔ではなかった。
(‥‥!!)
 彼女の黒い瞳は、その衝撃に大きく開かれていた。
 その鏡に映った顔は、彼女の幼馴染にして親友、春田百桃のものだった。
「百桃‥‥!?」
 李理は思わず鏡に顔を近づけた。
 百桃は鏡の中から、にっこりと微笑む。
 刹那、ひとひらの涙が、百桃の頬をつたった。
 泣き顔になった百桃が、李理を見つめるようにして叫んだ。
 声は聞こえない。
 だけど‥‥。

「たすけて、って叫んだような気がしたんです」
 李理は、月姫を見つめて言った。
 その目元がどんどん潤んでいく。やがて溜まった雫が、ほろりとこぼれて床に落ちる。
「百桃を助けたいの‥‥。どうしたらいいの」
 彼女は両手で顔を押さえ、それから声を上げて泣き始めた。

「鏡の中ねぇ‥‥」
 麗香は顎に指をあて、考えるように天井を見上げる。
「そもそも、虚無の境界の言う学園ってどこにあるのかしらね‥‥」
「その鏡、わたくしに見せていただけませんか? 李理様」
 月姫は身を乗り出した。
「月姫ちゃん・・・・」
 麗香が心配そうに言う。
 月姫の能力は、鏡や水など物を映すものを覗けば、予知が出来るというものである。
 李理の家の鏡を使い、百桃のいる場所を予知できればと考えたのだ。
「きっと、占ってみせますわ」
 月姫は、李理を慰めるように優しく微笑んで、彼女に言った。
「・・・・あ、ありがとうございます・・・・・」
 李理は月姫に深く、深く、何度も頭を下げた。

●李理の家
 世田谷区の李理の自宅までは、麗香が送ってくれた。
「心配だから、ついてゆかせてもらうわよ?」
 という彼女の言葉を、月姫も李理も頼もしく聞いたものだった。
 二人とも未成年である。麗香にとっても、見過ごせるような問題ではなかった。
 閑静な住宅街の中にある、小さな赤い屋根の一戸建て。それが李理の家だ。
 両親は共働きで留守のため、彼女は制服のスカートのポケットから、自宅の鍵を取り出して、玄関を開く。
「どうぞ、入ってください」
 麗香と月姫は、李理に続いて、家に入った。
 さらに案内されたのは、その家の一階にある洗面台。
 プラスチック製の縁がついた、ごく普通の鏡である。
「この鏡の中に、百桃がいたのです」
 麗香は、鏡の裏をのぞいてみた。特に何の仕掛けもされてはいない。
「・・・・見てみますわね」
 月姫は鏡に手を触れた。そして、瞼をつむり、集中する。

 ・・・・。
 雫が水面にこぼれたような小さな音が響いた。
 そこは暗い深い場所。湖の底のような、水の流れもほとんどない、光も届かないそんな奥深い闇の中のような場所だった。
 月姫はその中をゆっくりと降りていく。
 気泡が彼女の足元から次々と浮かび上がり、通りすぎていく。
 水の中をどんどん降りていくと、やがて足元に小さな灯りが見えてきた。
(・・・・あれは?)
 目をこらしてよく見ると、それは学校のような建物が見える。
 ガラスの玉に閉じ込められたような暗闇の中に、白亜の建物があるのだ。
 占い師の言っていた言葉が、ふと思い出された。
(「私の所属する団体が経営する学園があります。この学園に通っていただきます。そこで授業を受けることで、あなたは特殊な力を身につけることができます」)
「まさか・・・・」
 あれがその学園?
 鏡の奥に沈む学園・・・・それは異質空間だ。
 大きな能力を持つ何者かがそこに築き上げたのか。 
 学園を包むガラスの玉に手を触れられる位置まで近づくと、学園の外側にも、広く町並みが続いてるのがわかった。
「何でしょう、これは・・・・」
 人気の全くない夜の町。
 寒気がするほど生気を感じない。作り物の町のようだった。
「ふふ」
 耳元で高い声が響いた。
 月姫は咄嗟に振り向く。そこには桃色の髪をした小さな少女がいた。手の平で包みこめそうな程、小さな少女。その背中には、丸い斑点のついた茶色の羽がついている。
(妖精・・・・!?)
 そんな単語が浮かぶ。しかし、目の前にいるのは、絵本で見たような優しげな顔はしていない。
 可愛らしいが、悪戯を企むような、どこか意地悪い顔立ちをしているのだ。
「あなた何しに来たの?」
 彼女は月姫の前に羽根を揺らし、ふわりと移動すると、にっこりと微笑んだ。
「あなたは・・・・?」
 月姫は戸惑いながら、妖精に話しかける。
 妖精は、くすっと微笑んだ。
「わかってるわよ。あなたはあの李理って子の家から来たんでしょ。ねえ、あんたじゃなくて、あの子に会いたがってる子がいるのよねぇ」
「・・・・百桃様ですか?」
「そうそう。ももちゃん」
 くすくすと、さらに妖精は笑う。刹那、その可愛らしい口元が突然耳まで裂け、赤い吊り上がった瞳で妖精は月姫を睨みつけた。
「だから、早く、帰って、あの子を連れてきて!!!」

 目の前に突然灯りが戻ってきた。
 月姫がぱちりと瞼を開くと、麗香と李理が声をかけてきた。
「いかがでしたか? 先生」
「大丈夫? 月姫ちゃん」
「皆様・・・・」
 あの妖精に、鏡の中から追い出されたのか。ようやく気付いた。
「・・・・この鏡の奥に、異世界がありますわ。・・・・なんといえばいいのか。誰かが故意に作り出した世界のような印象を受けましたが・・・・」
「うちの鏡の奥にですか??」
 李理は驚いたように目を開く。
「多分、それも故意にだと思いますが・・・・」
 なんと説明すればいいのやら。
 自分でもきちんと理解は出来ていない。
「既に出来上がっていた異世界の街に、この鏡が繋がっている? かしら」
 麗香が問いかけた。月姫は麗香を見上げる。
「そう、そんな感じでしたわ。・・・・どうして・・・・ご存知なのですか?」
「そんな噂を聞いたことがあるから」
 麗香は月姫に頷いた。
「東京の街のどこかに、もう一つの架空の東京がある。そんな噂を聞いたことがない?」
「・・・・都市伝説じゃ・・・・」
 李理が不安そうに尋ねた。
「いいえ、本当の話よ。あなたのお友達はそんな場所に行ってしまったのかもしれないわね」
「お、脅かさないでくださいよぉ・・・・」
 李理は目に涙を浮かべた。
 月姫は鏡を見つめ返した。この鏡は異世界との入り口なのか。どうしてここが繋がってしまったのだろう。
 そっと鏡の表面に手を差し伸べてみる。
 違和感が再び襲ってきた。
 ・・・・何か、来る?
「皆様、伏せて!!」
 月姫は叫んだ。
 麗香が、月姫の言葉に李理を抑えこむようにしてしゃがみこんだ。月姫も背後に下がる。
 刹那、鏡が破裂するようにパリンと音を立てた。
 欠けたのは一部だけだったが、その破片は粉々に当たりに飛び散った。
「きゃああああっ」
 李理が叫ぶ。
 月姫は鏡に向かって、ゆっくりと構えを作った。何かくる!
『・・・・りり、李理? りり、そこにいるの?』
 鏡から声がした。
 そしてその表面に、李理と同年代の少女の顔が映っていた。小柄でふわふわの髪をした、幼い表情の少女だ。
『ねえ、李理? どこなの』
「百桃!?」
 呼ばれた声がわかって、李理も勢いよく立ち上がった。そして鏡に映った百桃の姿を見て、口元に手をあてる。
 それから鏡に顔を近づけ、大きな声で叫んだ。
「百桃、ここよ!私はここよ!」
 しかし、鏡の中の百桃は一向に気付く様子はなかった。
「ああ、どうしたらいいの・・・・。月読丸先生、編集長さん・・・・」
 そういわれても、月姫も麗香もどうすればいいかわからない。鏡に手を差し伸べて、月姫が力を貸せば、何か出来るかもしれない。
 けれど、それがいいことなのかどうか、月姫は迷っていた。
 李理は、動かない月姫に近づくと、その小さな肩を揺さぶった。
「先生、お願い! 百桃がそこにいるの! 鏡の中から出してあげてください!」
「・・・・李理様」
 月姫は李理を見つめ返した。李理は涙に濡れた瞳で、月姫をじっと見つめる。
 彼女しか、今、鏡の中との世界とコンタクトをとれないことを、李理はわかっているのだ。
 月姫は李理のその瞳に訴えられ、鏡に手を伸ばす。
 その冷たい表面に手をつけ、そして、瞼を閉じて、集中の世界に入った。・・・・その時。
 鏡の中から白い手がにゅうっと伸び、月姫の細い手首を掴んだのだ。
「えっ!?」
 一瞬の隙をつき、月姫の体はみるみる鏡の中へと吸い込まれていく。叫び声を上げて、李理が月姫を捕まえた。その後ろから麗香も引っ張る。
「いやああっっ、先生!!」
 得意の居合を使って、その手の持ち主を張り飛ばす、のも、この体勢では難しそうだった。
 月姫の体は半分鏡の中に入り込んでいる。背後も力いっぱい、腕を引くのも力いっぱい、で、体が引きちぎられそうだ。
 ・・・・苦しい。
 月姫が瞼を強く瞑った瞬間。
 より強い力で、彼女の腕が引かれた。
 鏡の外の二人ともども、三人の体は鏡の中に引きずりこまれ、そして高いところから落ちてゆく。

 悲鳴は聞こえなかった。

●私立瑞穂学園
 
 ふと気がつくと、三人は花畑の中にいた。
 明るい日差しの中で、どこかで小鳥が囀っている。
 気を失っていた三人が起き上がり、辺りを見回すと、そこは見知らぬ白亜の建物の中庭であるようだった。
「・・・・先ほどの・・・・?」
 月姫は、先ほどガラス玉の中にあった学園の外観と、それが一致していることに気がついた。
 しかし、外から見た雰囲気では、その街には生きた人間がいないかのように、冷たく死んだ雰囲気であったのに、今その目の前にある学園のなんと美しいことだろう。
 緑の葉が青々と茂る木々が立ち並び、泉に見立てた噴水が水の音を響かせ、その側には色とりどりの小鳥たちが集まり、囀っている。
 どこからか談笑の声が聞こえる、と校舎の方を見上げると、見知らぬ制服を着た少女達が仲良く会話をしながら、校舎の廊下を歩いているのが見えた。
 残念ながら、それは百桃ではなかった。
「綺麗なところですね・・・・」
 李理が呟いた。麗香が頷く。落ちて肩を打ったのか、麗香は肩を抑えていた。
「ここが、その噂の虚無の境界が作った学園というところなのかしら・・・・?」
「そうですわね・・・・」
 ぽつりと月姫は答えた。噴水を見て、再び、校舎を見つめる。その視線に桃色の何かが映る。
(さっきの妖精!?)
 校舎から中庭に続く石畳の上を、楽しそうに大きく輪を描きながら、桃色の髪の妖精は三人にむかって飛んできた。
「百桃!こっちこっちぃ!!」
「待ってよぉ、ルゥったらぁ」
 妖精の後を追って、先ほど、鏡の向こうにいた少女も校舎から駆け出してくる。
 そして、李理の姿を見つけると「李理!」と叫んで、彼女に抱きついた。
「百桃!!」
「李理、会いたかったわぁ!! よかった、私のおまじない聞いたのね。あなたに会いたいって、お部屋でお祈りしていたのよ」
「おまじない・・・・?」
 李理は眉を寄せる。
 月姫と、麗香も視線を合わせた。
「百桃、ここはどこなの? ねぇ、お願い、みんな心配してるのよ、一緒に帰ろう? ねっ?」
「ここはね、瑞穂学園っていうのよ。組織が作ってくれた、理想の学園なの。・・・・どうして帰るなんていうの?一緒に学んでくれるんでしょう? そのために来たのよね? そうでなきゃ、この学園にはこられないはずですもの」
「・・・・百桃」
 無邪気に語る百桃に、李理は戸惑っていた。
「そこの後ろのお二人もそうよね? そちらのお姉さんは、ちょっと年上みたいだけど、・・・・」
「セーラー服は着れそうにないわね」
 麗香は苦笑した。
「とりあえず校舎においでよ。みんなに紹介するから、ね? ね?」
 百桃は、李理の背を押し、月姫や麗香を視線で促すと、校舎の方へと歩き出した。
 月姫の肩には、桃色の妖精<ルゥ>が座り、クスクスと笑っている。
「これはどういうことですか?」
 月姫は、前を向いたまま、ルゥに尋ねた。
「あなたもこの学園に入るといいよ。世界を救うために、能力を持つ人は大歓迎だからねぇ。あんたも池袋の占いをしにいったんだろう? アイツの匂いがぷんぷんするからよーくわかるよ」
「・・・・私はあんな占いは信じぬ」
 月姫は厳しい口調で返した。
 世界の崩壊。家族の死。大切なものが汚される幻。
 信じられるわけがない。今でも、その悪夢には時々うなされることはあっても。
「ふ。気丈なこと。いつまでもつかしらね?」
 ルゥはいやらしく笑った。

 学園の中は、白亜の大理石の上に赤い絨毯が敷かれたとても豪華な内装をしていた。
 李理は戸惑いながらも、百桃と共に校舎の廊下を歩いていく。
「ねぇ、私の教室に来ない? 李理。2階にあるの」
 百桃は無邪気に言いながら、李理を階段に手招いた。李理は後ろの二人を振り返り、相談しようとするが、その暇も与えずに強引に百桃に連れられていく。
「ちょっと、待ってよ、百桃!?」
「いいからいいから。早く早く」
 百桃はくすくすと笑いながら、李理を連れて行こうとする。
 私の幼馴染はこんな強引なヒトではなかった。李理は彼女が怖くなった。
「いや、放してってば! 百桃!!」
 突き飛ばすように力をこめて、百桃を押すと、彼女は顔を上げ、睨みつけた。
「言うこと聞かないと、あなたも懲罰室送りになるわよ!?」
「懲罰室?」
「そう。だから、言うことを聞きなさい!」
 百桃はそのまま強引に李理を2階に連れていった。
 月姫と麗香も慌ててその後を追おうとする。 すると、妖精ルゥが、彼女の前に立ちふさがった。
「残念だけど、あなたたちは特別教室のほうだから」
「どういうこと?」
 麗香が尋ねる。
「あの子とは進むクラスが違うってこと。さあ、あんたたちはこっち」
 ルゥは1階の奥を指差した。
「李理さんと同じ場所へ行きたいわ」
 麗香はルゥに言う。ルゥは首を横に振った。
「それは無理な相談」
「どうしてよ」
「帰り道を教えてあげるといってるんだから。感謝してよ。残りたいというなら、残してあげるけどね」
「・・・・」
 月姫と麗香は視線を合わせた。
 どうやら、彼女達は、李理を連れ去ることが目的であったらしい。
「残念ですが、おまえの思うとおりにはできぬ」
 月姫はゆっくりと腕を引いた。ルゥは怪訝そうにその動きを見つめる。
 刹那。
 ルゥの体が、階段の上まで跳ね上がった。そして壁に激突し、地面に落ちていく。
「やるぅ」
 麗香が笑った。月姫はくすりとうなずく。と同時に、二階に向かって駆け出した。
 長い黒髪や、水干の袖が宙をきって、なびいていく。麗香はその背を見送り、自分は1階のまわりの様子を警戒した。
 階段を上りきると、廊下を行く、百桃と李理の姿が見えた。
「李理様!!」
 月姫が叫ぶと、李理は首だけで振り返った。
「先生!!」
「離れて! 帰りましょう」
「助けて!! 先生!!」
 李理は叫んだ。百桃は、李理の体をしっかりと捕まえている。
 捕まえられているところが、ひどく深い皺になっているのが見えた。よほど強い力で捕まえているのだろう。李理は苦痛すら浮かべた顔で、月姫を見つめているように見えた。
 月姫は走り出した。
 そして、百桃の背に近づくと、黒髪を飾る簪を引き抜き、その首筋に当てる。
「李理様をお放しなさい」
「・・・・」
 簪の先は、刃物になっていた。その冷たい刃先を押し付けられているのに、百桃の表情は変わらなかった。
 淀んだ瞳で、空ろに月姫を見つめる。
「いや」
「・・・・痛いぃぃ!!」
 李理が悲鳴を上げた。
 百桃は、より一層強い力で李理を捕まえているらしい。それは小柄な少女の持つ力だけなのだろうか。悲鳴を上げる李理を心配して、月姫も困惑する。
 しかし刃物を外さない代わりとでも言うように、李理はさらに悲鳴をもらした。彼女に与える痛みを強くしているようだった。
「・・・・なんてことを・・・」
 月姫は方法を変えて、百桃の手首を掴みあげることにした。
 居合いの型を使えば、体格的に百桃より小さい月姫でも、相手を掴みあげることは可能である。
 関節を押さえられ、百桃はぎゃっと叫び、さすがに李理を手放した。
「李理様、逃げて!」
 捕まえられていたわき腹を押さえて立ち止まる李理を叱るように月姫は叫ぶ。李理は頷くとあわてて階下へと降りていった。
「李理!!」
 百桃が後を追おうとする。
 しかし彼女は振り返ろうとはもうしなかった。
 李理は彼女の手首の関節を握ったまま、地面に崩して倒した。さらに、首を押さえつけ、気絶させる。
「・・・・手荒なことして、すまぬ。人の心、既に取り戻せなんだか」
 月姫は溜息をつくと、李理の後を追った。

「こっちよ!!」
 廊下に残っていた麗香が李理を抱えながら、声を張り上げた。月姫は急いでその後を追った。
 麗香は一階に残りながら、帰り道である鏡を探していた。
 鏡から来たのだから、帰り道も鏡だろう、というその目論見は果たして間違ってはいなかった。
 保健室の隣にある、小さな鏡の中に映っていた光景は、池袋の景色であったのだ。それを見つけ、麗香は確信していた。
「月姫ちゃん、お願い!!」
 李理を抱えるようにして、来た時と同じく、月姫を先頭に三人は彼女に捕まった。
 月姫が鏡に手を差し伸べると同時に、ふわりと鏡の中に彼女達の体は、鏡の中にもぐりこんでいった。

■エピローグ

 鏡の外の世界。
 そこは、池袋の占いコーナー。数日前に出かけたばかりの場所だった。
 占いコーナーの近辺にある女子トイレの鏡の中から三人は現れ、そして、その場に崩れるように座り込んだ。
 通りかかった客達が、驚いたように三人をじろじろと眺めたが、もう気にしている場合ではない。
「な、・・・・なんだったの・・・・」
「李理ちゃん」
 麗香が李理を見つめる。
「もう、忘れましょう。このことは」
「・・・・編集長さん」
 李理はわき腹を片手で押さえたまま、またじわりと目元を涙で潤ませた。
「彼女はもう、・・・・きっと、戻ってこないわ。戻ってきても、あなたの知ってる彼女ではない」
「そうですわね・・・・」
 月姫も深く吐息をついた。
 何か助ける方法があればよいのだが、・・・・。今はそれも検討がつかない。
「多分・・・・あの妖精に」
 李理はぽつりと呟いた。だが、何の確証もない言葉だ。
 三人は途方にくれていた。

 やがて、女子トイレから出た三人は、さらにある事実を知った。
 
 先日の未来を見せる鏡で占いをしていた、杜也という青年が殺害されていたという事実。
 それは、三人が学園を尋ねていた時間と、全く重なる時間に行われていた犯行だった。
 占い客がテントを覗き、その死体を見つけて、大きな悲鳴が辺りにこだました。集まってくる人の流れの騒然さの中で、月姫はいやな予感にますます胸を曇らせるばかりであった。
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 1124 夜藤丸・月姫(やとうまる・つき) 女性 15 中学生兼占い師
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■         ライター通信          ■
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 鈴猫です。
 「閉ざされた学園 鏡の中の学園」をお届けいたします。
 納品が遅くなり、大変申し訳ありませんでした。
 今回のお話、少し長めのお話になっております。月姫様なら、やはり鏡のシーンを増やしたい!と思ったら、
書きたいシーンがかなりたくさんになってしまいまして(^^; またもや大変な文字数オーバーになってしまいました。

 この話、この先どんな展開になっていくのやら・・・・。
 学園の内部からだけでなく、外側からの話も登録してみたいなどとも思っております。
 ファンレターもありがとうございました。お返事、また書かせていただきますね。遅くなってしまっていて申し訳ありません。

 それでは、また機会があれば他の依頼でもお会いしましょう。
 ご注文、本当にありがとうございました。

                                  鈴猫 拝