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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・地下都市 HEAVEN>


愛しき貴方に捧げる血の杯
 …ポタッ。
 …ポタッ…ポタッ…ポタッ。

 石畳を叩く奇妙な音に、女は振り返った。
 深夜の地下都市HEAVEN――月も太陽もないこの街では、電波時計【クロノ・ゲート】だけが時の経過を知る唯一の手段だ――の中央街は、一歩奥へと入れば途端に人通りが激減する。
 それまで、自分の後ろに人の気配は全くなかった。
 しかし現に、彼女の後方――20メートルほど離れたところに、小柄な男がぽつんと立っている。
 男は何をするでもなく、ただそこに立っていた。 

 右手に、血の滴る生首の入ったビニール袋をぶら下げて。



「……っていう通報があってね。実際に、ここのところ首無し死体がいくつか発見されているから、対策をとりたいんだけど」
 特殊警察機構【AX】の警部、榛名浩二(はるな・こうじ)は深々とため息をついた。
 【AX】の近くにある軽食屋【レヴァイアタン】。注文した物がなんでも必ず出てくるという、かなり変わった店である。
 偶然、浩二に出会ったため、この話を聞くことになってしまったのだが――彼がこう切り出すときは、続く言葉は決まっている。
「もし暇だったら、手伝ってもらえると嬉しいな」
 その言葉に、それまで黙って話を聞いていた夢崎英彦(むざき・ひでひこ)は、キャビアをスプーンでつつく手を止めた。
「本当に……」
 吐息とともに吐き出し、片眉を跳ね上げる。
 自然と口は、笑みの形を作っていた。
「全く退屈しない街だな、ここは」
「そうだね、確かに退屈はしないかな。時々、もう少し静かに過ごしたいと思うこともあるけれど」
 苦笑しながら浩二が応えると、英彦はフンと鼻を鳴らす。
 本人たちは全く気にしていないが、10代前にしか見えない少年と30代の男の組み合わせというのは、端から見れば奇妙なものである。
 しかも少年の口調は大人のそれで、不思議と違和感はない。
「いいだろう。特に急ぎの用があるわけでもなし、手伝ってやろう」
 英彦が再びスプーンを動かし始めると、浩二は安堵したように微笑んだ。
「ありがとう、助かるよ」 
 以前、英彦がこの街を訪れたときには直接の面識はなかったが、カジノバーの女主人・苑川蝶子(そのかわ・ちょうこ)経由で話は届いているのだろう。
 どうやら、英彦の手腕は信用されているらしい。
「礼には及ばん。例の――プロセルピナという女のことも気になるしな」
 肩をすくめ、先日の出来事を思い出す。
 あれは、そう……地下水路で悪魔召喚師を追いつめたとき、全身を燃えるような赤で包んだ女が現れ、彼らの邪魔をしたのだ。
 そして女は、邪魔をするなと言い残して去っていった。
 己を探究者と称している英彦としては、彼女は大いに興味のある対象物なのだ。
「まずは事件の詳細を聞こうか。とはいっても、ここではまずいな」
「ああ。申し訳ないけど【AX】本部まで来てもらえるかい?ほかにも協力者が来てくれる予定なんだ」
 浩二の提案を断る理由は、何処にもなかった。



 特殊警察機構【AX】とは、HEAVENの治安維持を担当する組織の名だ。
 構成員の地位は、地上の世界の国家公務員に相当する。
 ただし【AX】に配属されるには、特殊任務適正値が80以上でなくてはならない。
 その選抜のためには極秘のテストが行われ、常人ではだいたい5から10程度の数値しか出せないというのだから、構成員は全員それなりの秀でた能力を持っているという訳だ。
 警部である浩二の場合は、ESP全般――とくにダウジングによる探索と、透視の腕を買われての入構だった。
「ただし戦闘能力は皆無に近いんだ。一応、柔術と剣術と合気術は使えるけど」
 運んできたコーヒーを皆に配りながら、浩二は苦笑した。
 ここは、【AX】本部ビル内にある来賓用の応接室である。
 臨時調査員として協力を申し出た3人――直弘榎真、朧月桜夜、夢崎英彦は正方形のテーブルの3辺にバラバラに座っていた。
 浩二が空いていた残りの1辺に座り、
「さて、何から話そうか?」
 首を傾げて3人に促した。すると3人は声を揃えて、
『……首なし死体の共通点』 
 言ってから、驚いたようにそれぞれの顔を見やる。
 別に口裏を合わせたわけではないが、全員意見は一致しているようだ。
「もし共通点があるのならそこが調査の糸口になるだろうし、無差別連続殺人ならば殺人に対する『こだわり』か『理由』があるだろうからな」
 どこからどう見ても小学生くらいにしか見えない英彦が鋭い切り口から発言したためか、初対面の桜夜は目を見開いた。
 赤色の瞳を好奇心たっぷりに光らせる。
「最大の共通点は首を切られていること。それから被害者がみんな、顔立ちがかなり整っている部類に入ること、かな」
「最大の……は本当に嫌だけど……ちゃんと被害者は特定できてるんだ?」
 首という言葉から実際の遺体を想像してしまったのか、口をへの字に曲げて榎真が尋ねた。
 顔が判らないということは、被害者の特定がかなり難しいのだろうと思っていたのだが、そうでもないらしい。
「全員、確認済だよ。所持品などは全て置きっ放しになっていたからね」
「じゃあ金銭絡みとかいう線は真っ先に消えんのね。ま、始めからそれはないと思ってたけど」
 桜夜がパチンと指を鳴らした。
「被害者は容姿端麗……それならば首を集めることも犯人にとっては一興かもしれんが、それだけか?」
「今のところ。あとは日本人だったとか、そのぐらいだよ」
 ならば、首を持った男を目撃したという女性は、あまり美人ではなかったということになるのだろうか。 
 たしか彼女は襲われていないはずだ。
 英彦は眉間にしわを寄せ、再び浩二に質問を投げかけた。
「そういえば駅前の伝言板とやらで、地上から18人殺した殺人鬼が来た、と聞いたが……関連性は?」
「こっちも必死にそいつを追っているんだけど、どうしてだか足取りを掴めないんだ。もしかしたら、同一人物の可能性もあるね。目撃者の証言が曖昧で、まだウラは取れていないんだけど」 
 事件解決のヒントは、至る所に隠れているものだ。
 伝言板などという存在をすっかり忘れていた榎真と桜夜は、成程と独りごちる。
 それからすぐに桜夜は右手の人差し指を立て、それを浩二に突きつけた。
「ねぇねぇ、榛名ちゃん。囮を使うってどうよ?」
「あ、それ俺も同じこと思ってたトコ」
 榎真も頷き、浩二に視線を送る。
 無差別殺人に近いこの状況を考えると、囮を用いておびき出すのが一番簡単な気がしたのだ。
 しかし浩二は、珍しく厳しい顔で反対した。
「だけど、誰が囮になるんだい?危険だよ」 
「大丈夫!あたしの咲耶――式神で十分その役目果たせると思うし」
 陰陽術の使い手である桜夜は、式神を使役することが出来る。
 彼女がいくつか使えるうちで最強の式神が、咲耶姫だった。能力が汎用性に富んでいるため、好んで召喚しているのだ。
「それに式神なら、万が一のことがあっても大丈夫じゃん♪」 
 たとえ外部から攻撃されたとしても、式神は決して『消滅』することはない。一時的に力を失い、人型の符に戻るだけである。
 桜夜の説得が功を奏してか、ややあって浩二は頷いた。
「そこまでいうなら、お願いするよ。でも本当に気を付けてね?」
「心配は無用だ。俺もついていこう」
 自信と余裕たっぷりに、英彦が腕を組む。
 こう見えても英彦は、自らの血を媒介として、ありとあらゆる無機物を自在に変形させるという能力を持っている。
 その用途は実に様々で、先日の『地下水路にひそむ悪魔』事件でもその効果をまざまと見せつけた。
 もちろんそれを報告されて知っている浩二は、あっさりと頷いてみせる。
「頼んだよ。それで、おびき出す場所はどうしようか……今のところ被害が西地区に集中しているから、西C地区の公園を使うのが良いかな」 
「あ、あのさ榛名さん……悪いんだけど、俺」
 応接室内に展示されていたHEAVENの模型を指し示して説明を始める浩二に、おずおずと榎真が声をかけた。
「人出が必要になるまで、行きたいところがあるんだけど」
 この地下都市には、妖怪蒐集を生業としている人物がいる。
 名をクライブ・冴羽(さえば)という国籍も素性も不明の青年だが、先日一瞬だけ見(まみ)えたときに、もう少し話がしてみたいと感じたのだ。
 理由は、ひとくちでは語れないけれど。
「もちろん構わないよ。じゃあ皆に、連絡用のトランシーバーを渡しておくから……必要があったら連絡するように。俺にも何か連絡があれば、その時は遠慮なく」
「有り難う」
 榎真が礼を言って頭を下げると、浩二は軽く肩を叩く。
 見上げれば、そんなことをする必要はない、と優しい瞳が語っていた。

 それから3人は揃って【AX】本部を出発し、二手に分かれてそれぞれの目的を果たしに行くことにした。


  
 桜夜と英彦は、浩二から指定された西C地区にある公園にやって来ていた。
 【中央街】をその名の通り中心にし、四方にそれぞれの方角名をつける。そしてより中央に近いほうからA、B、C……とプロック分けしていくので、このポイントはそれほど奥ということにはならない。
 もっと後半のプロックに行くと、道は入り組み、真っ暗で、物騒な連中がたむろしているようなところばかりになってしまうのだ。
「さてと……じゃ、手っ取り早く召喚しとくわね」
 陽気にウィンクを投げかける桜夜に、英彦は微苦笑しながら頷いた。
 公園とはいっても遊具などはなく、ただ水のでない噴水とベンチとがあるだけである。
 桜夜は、人型の切り抜いた白い符を地面に置き、両手を体の前に突きだして重ね合わせた。
「我が呼びかけに応じ、疾く現れよ!式神、咲耶姫!!」 
 精神を高ぶらせ、呪文を唱える。
 その声に反応して、すぐさま符が人の形をとった。和服をまとった淑やかな美人が、そこに具現していた。
「ほう……」
 初めて間近で見る召喚術に、英彦は感嘆の声を洩らし、腕を組む。
「まるで人間だな。これなら十分、囮としての働きが期待できそうだ」
「だーかーら、最初に言ったっしょ?あたしの咲耶で大丈夫って」
 自慢げに平たい胸を張る桜夜に、咲耶が恭しく頭を下げた。
 桜夜は満面の笑みで、さらに言う。 
「まーもし人間じゃないってバレて、相手にトンズラこかれたとしても。要はそいつの居場所つきとめりゃ、あとで何とでもなるしねン♪」
「成程、道理だな」
 英彦は相槌を打ち、咲耶に細かい指示を与えた。
 横で聞いている主の桜夜も、訂正を加えながら指示を出す。
 つまりは、咲耶にしばらくこの公園の周辺をひとりで歩き回らせて、上手い具合に公園におびき寄せる。
 そしてそこを捕獲し、洗いざらい吐かせるという計画だ。
「御意」
 咲耶は短く答え、その姿を現代女性の者に変えた。
 英彦と桜夜は、物陰に隠れて首斬り魔の出現を待つ。
「それにしても、趣味の悪い奴だ……美人の首を集めてどうするというのだろうな」
 ため息混じりに髪をかき上げる英彦に、桜夜が口元に指を当てて考え込んだ。
「戦国武将でもあるまいし、贈り物にしても装飾品にしても趣味悪いわよねェ……つかまぁ、外道ではあるけど呪術系だったらアリかな」
 首は、古くから呪術媒体として利用される事が多い。
 それは日本のものにも外国のものにも共通する概念だ。
「いや、贈り物……そういえば、宗教にハマって死んだ人間がいるという話も聞いたな」
 英彦は、HEAVENに来て最初にチェックしてきた駅前広場の伝言板の内容を思い返していた。
 18人殺した殺人鬼の情報を仕入れたのと同じ場所で、そのような情報も目にしていたはずだ。
「教祖への貢ぎ物……いや、まさか」
 そんな邪教が存在しているとは考えがたかった。仮にも此処は、現代の日本なのだから。
「とにかく絶対殲滅しちゃえば良いだけの話じゃん。ほら、デカい呪いは歪みを引き起こしちゃうから」
 英彦の思惑とは裏腹に、桜夜はケタケタと明るく笑い飛ばす。
「ああ……」
 深読みしすぎだと自分を落ち着かせ、英彦は頷いた。

 咲耶が囮になって周辺の巡回を始めてしばらくは、何の音沙汰もなかった。
 桜夜など大欠伸を連発し、その度に英彦からはしたないと窘(たしな)められ、延々とそれの繰り返しである。
「今日は首斬り魔も休業日なのかしらねぇ」
 ふあぁぁ……と間延びした声を出す桜夜。
 だがしかし、瞬時にそれは緊迫したモノに変わった。
「来た!」
 咲耶の様子なら手に取るようにわかる。今まさに、件の首斬り魔が咲耶の近くに現れたところだった。
「やっと俺の出番か」
 ニヤリと嬉しそうに口の端に笑みを乗せ、英彦が走り出す。
 浩二から渡された無線で、念のため直弘榎真にも連絡しておくことにした。
「直弘……聞こえるか、直弘?」
「んじゃ、お先ッ」
 英彦の横を風のように桜夜が追い越し、ウィンクひとつ投げて去っていく。
 榎真からの返答がないので、英彦は無線機を乱暴にポケットにねじ込むと、その後を追った。
 
◇  

「咲耶っ!?」
 悲鳴に似た叫びが、その光景を目撃した桜夜の喉からほとばしった。
 公園の入り口付近で、流行の服を擬態した式神・咲耶姫が、首入りビニール袋を下げた男と対峙している。
 そして男の手からスルリと袋が抜け落ちたと思うと、次の瞬間、男は咲耶に掴みかかった。
 ――抵抗する隙もなかった。
 男の手刀が、まるで鋭利な刃物であるかのように咲耶の喉元を一閃する。
 その瞬間、咲耶の体は元の通りの紙切れへと変化し、無惨に切り裂かれた。
「…………!」
 小柄で、薄汚れたトレンチコートを身にまとった男は、血走った目でギラリと紙片を睨み付ける。
「なんだコレは……!」
 汚れで茶色く見える金髪を逆立てて、男は吠えた。
 だが、桜夜も負けてはいない。あらん限りの大声で、牙を剥いた。
「超ムカツクっ!よッくもあたしの咲耶に手ェ出したわね、この下衆野郎!」
 その瞳には激しい怒りの色が浮かんでおり、数メートル離れたところに立っていた英彦は思わず一歩後ろに下がった。
 鬼気迫る、とはこのことである。
「おい、少しは加減してくれよ……そいつには色々聞いておきたいことがあるからな」
 放っておいたら取って喰いそうな勢いだったので、釘を刺さずにはいられない。
「わかってるってぇの……!」
 バキリと指を鳴らし、桜夜は印を結んだ。
 英彦の危惧したとおり、全力で術を行使するつもりである。
「ナウマク・サンマンダ・バザラダン・センダ・マカロシャダ・ソハタヤ・ウン・タラタ・カン・マン!!」
 俗に、不動明王慈救咒と呼ばれるそれは、一気に男の体に収束し、内側から弾き飛ばす――はずだった。
「っなっ……!?」
 思わず桜夜が絶句する。
 男は、術をまるで受けつけないばかりか、余裕の笑みを浮かべてさえいた。
「お前の首でも良い……」
 ペロリと舌なめずりして、男はヒタヒタと桜夜に近づいた。
 ちょうどその時、榎真が現場に到着する。
「夢崎、朧月!」
 息を切らせながら英彦の横に並んだ榎真は、とっさに状況を判断して、意識を集中させた。
 榎真の力――身体の内に眠る『天狗』の力を呼び覚ます。
「鎌鼬!」
 裂帛の気合いとともに、ゴウッと榎真の掌から空気の刃が放たれた。
 それは男の足――ちょうど脛の辺りを切り裂くが、血の一滴も流れない。
 息を飲む榎真に、英彦は冷静に分析してみせた。
「もはや人間ではない、か……?」
 男の手から落ちたビニール袋から、ふたつの首が転がり出している。
 それはいずれもまだ新しい切り口で――殺されてから間もないことを意味していた。  

「いいエ――ソレはまだ人間ヨ、かろうじテ……」  
 
 どこからか、妖艶な響きに満ちた声が聞こえてくる。
 それに聞き覚えのある英彦と榎真は表情を強ばらせ、桜夜は訳も分からず苛々と髪を掻きむしった。
 独特のイントネーションの、甘い声。
 それは――先の事件の折にプロセルピナと呼ばれていた女のものに相違なかった。



 赤い色のボブカットの髪。
 身体のラインを際だたせる深紅のボディスーツ。
 そして、どこまでも見通されているかのような血の色の瞳。
 プロセルピナは、揺らめくようにして男の背後に現れた。
 まるで、空間を越えてやって来たかのように――。
「教祖様……」
 その途端、男は3人の存在などまるで無視して、プロセルピナに向かって跪(ひざまづ)いた。
 そして、ぺちゃ、と音を立てて靴を舐める。
 げっ、と桜夜が悲鳴をあげた。よく見れば、全身に鳥肌をたてているのが判っただろう。
「やはりそうか……」
 英彦の呟きに、榎真が視線で問い返す。
 全ては英彦の予想通りだった。
 ――すなわち、この男は教祖への貢ぎ物として首を集めていた。そういうことなのだろう。
 地上で18人を殺した殺人鬼かどうかは定かではないが、こちらに逃げてきてプロセルピナを崇拝するようになったのかもしれない。
「じゃあ、あのプロセルピナってのが此処のどこかで宗教を開いてるってことか?」
「詳しくは榛名にでも言って調べてもらわないとわからんが……おそらくあの女、本物の悪魔だぞ」
 英彦の知る限り、プロセルピナとはギリシャ神話におけるゼウスとデメテルの愛娘のことである。
 冥界の神ハデスの花嫁として攫われた彼女は、一年のうち数ヶ月を冥符――つまり地下で過ごすことになった。
 そしてその後、悪魔たちの女王として畏れられるようになったのだと……。
「私の正体なんてどうだったいいじゃなイ……それよリ、どうして邪魔をするノ?」
 悪びれもせず、プロセルピナは大げさに肩をすくめてみせた。
「私はこの場所が気に入ったノ……だから邪魔しないデ。3度目の忠告はないわヨ」
 悪魔召喚師事件の時と同じく、怪しげな笑みを浮かべたまま女悪魔は指を突きつける。
 そこで、それまで黙っていた桜夜が反撃に移った。
「ゴチャゴチャうるさいんだよっ」
 もう一度印を結び、真言を唱える。
「ナウマク・サンマンダ……」
「ゴミは消えテ」
 一瞬、プロセルピナの目が鋭い輝きを放った。
 同時に桜夜の身体が宙に浮かび、すごい勢いで後方に投げつけられる。
「きゃあぁぁっ!?」
「朧月!」
 榎真が振り向くが、手を伸ばしても届く距離ではない。
 頭からコンクリートに叩きつけられる――覚悟して桜夜は目をつぶった。
 だが――訪れるべき衝撃は、いつまで経ってもやってこない。
 そのかわりに、誰かのたくましい腕に抱きかかえられていた。
 少し長めの赤銅色の髪を全て後ろに流し、サングラスをかけた体格のいい男。
 いわゆる『お姫様抱っこ』で桜夜を受け止めたその人物は、重低音で問うた。
「怪我はないか?」
「あらら、いい男♪」
 現金な少女の言葉に大男は口の端を少しだけゆがめ、そっと桜夜を降ろす。
 乱れた黒いスーツを直しながら、男はプロセルピナに向かって大股で歩を進めた。
 その姿を認めたプロセルピナは、途端に険しい表情を作った。彼女がこれまでに見せたことのない表情である。
「三千院、朱門……とか言ったわネ」
 苦虫を噛み潰したような声で、プロセルピナは吐き捨てる。
 三千院朱門(さんぜんいん・しゅもん)――その名には聞き覚えがあり、3人は目を見張る。
 HEAVENの統治者。管制タワー【バベルの塔】の主。
 自分の真横を通り過ぎる朱門を榎真は無言で見送った。
 身長は、おそらく2メートル近い。
「去れ。ここは、貴様の居て良い場所ではない」
 立ち止まり、朱門がハッキリと言い放った。それを受けて、赤い女は哄笑する。
「ふン……お前の指図は受けなイ。ここを私の国にしてやるワ……ひとり残らず人間を排除してやル」
「あぐうっ……」
 ギリッ、とピンヒールで首斬り魔の顔面を踏みつけながら、睨め回すように朱門に近づいた。
「近い内ニ、必ずネ」
 プロセルピナが言うと同時に、コンクリートの地面がぐにゃりとうねる。
 バランスを崩した榎真と桜夜が慌てて体勢を立て直す中、英彦だけが悠然と佇んでいた。
 腕からは血液がとめどなく流れ、地面を赤く染めている。
 血液を媒介に無機物を操る能力を行使する――プロセルピナを捕獲するためにやむなく選んだ手段だ。
 できれば切り札は使わずにいたい。だがこの際、仕方がない。
 コンクリートは檻のように形を変え、プロセルピナに襲いかかる。
 だがそれよりも早く、女悪魔は首斬り魔を連れて姿を消した。
「あはははハ……!」
 ――耳障りな哄笑だけを残して。 



「君たちのことは、榛名と蝶子から聞いている」
 朱門は改めて3人に向き直ると、サングラスを外した。
 その奥にあるのは、金と銀のオッドアイ――想像していたよりも、優しい目をしていた。
「あのさ、ちょっと聞きたいんだけどー」
 無遠慮に桜夜が挙手をする。
 先程までの怒りやダメージはすっかり忘れたように元気さを取り戻していたので、英彦と榎真は密かに安堵のため息をもらした。
「っていうかお兄さん誰?あの女なに?ここは何なの?」
 矢継ぎ早に質問を繰りだす桜夜に、さすがの朱門も苦笑する。
 だが瞬時に真顔に戻り、
「私は三千院朱門。このHEAVENの統治を任されている。あの女はプロセルピナ――悪魔だ。地下の階層で宗教まがいのことをやって、様々な事件を引き起こしている。この都市については――いずれ知る時がくるだろう」
 同じく、息も継がずに答えてのけた。
「いずれ、か……」
 ハンカチをきつく縛り止血しながら、英彦が皮肉っぽく笑う。
「永遠に知らずに終わるんじゃないのか?」
「君達が望むのであれば、いつでも【塔】にくればいい。ただし、聞いたら後戻りは出来ないだろう」   
 真剣な眼差しで答える朱門に、榎真は生唾を飲み込んだ。   
「これからもまだ、あの女は手を出してくるだろう。遊び半分では、いつか必ず――命を落とすことになる」
 それだけ言って、朱門は踵を返した。
 彼は、来たのと反対側に歩いていき、ややあって車が走り去る音が聞こえる。
 その場に残された3人は、しばらく無言のまま立ちつくしていた。
 
 天国にひそむ悪魔の底知れぬ力への畏怖と、数々の疑問を胸の内に抱いたままで――。
  
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■      登場人物(この物語に登場した人物の一覧)      ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0231/直弘・榎真(なおひろ・かざね)/男/17歳/日本古来からの天狗】
【0444/朧月・桜夜/(おぼろづき・さくや)女/16歳/陰陽師】
【0555/夢崎・英彦(むざき・ひでひこ)/男/16歳/探究者】

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■               ライター通信               ■
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 お待たせいたしました。
 担当ライターの多摩仙太です。
 このたびは私のシナリオにご参加いただき、誠にありがとうございました。

 今回の依頼では、プロセルピナも首斬り魔も取り逃がしてしまいましたが、現時点では彼女に勝つことは不可能ですので、今回のパターンが最善だったと思います。
 皆さんのプレイングのおかげで、出無精な統治者も登場し、プロセルピナの目的も明らかにされましたので、成功と言っても過言ではないでしょう。

 特に今回、朧月さんのプレイングは事件の真相をほぼ看破していましたし(あのオープニングからこれだけの想像をされるというのは、本当に感心しました)夢崎さんは様々なデータを元にしっかりとしたプレイングをかけて下さっていました。探偵ごっこができなくて、私としてもとても残念です(笑)
 また直弘さんのプレイングでは、うちのNPCを気にかけて下さってとても嬉しかったです。
 そのため、途中でルートが分岐していますので、もしお時間が許せば別ルートも読んでいただけると面白いかもしれません。

 また近いうちに、HEAVENで次なる事件が起こるようです。
 そちらでもお会いすることが出来れば、これ以上嬉しいことはありません。
 それでは、今回はこの辺で失礼いたします。

 2002.12.16 多摩仙太