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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


箱庭楽園
●序
「何も恐れる事は無い……そう言われても、私にはどうしてもそれが信じられなくて」
 そう葛西・真由(かさい まゆ)は自らを抱きしめつつ言った。草間は「ふむ」と言いながらずれてくる眼鏡をあげる。
「ええと、何でしたっけ?女装教?」
「除災教(じょさいきょう)です。そこに、私の友達は……」
 真由の友人であり、同じ高校のクラスメートである上那・理沙(かみな りさ)が、除災教に入信したのだと言う。そして、友人である真由にも入信を迫っているのだと言う。
「理沙、おかしいんです。目が虚ろだし、よく『羊が……』と呟いてるし」
「羊?」
「意味は分からないけど……」
 真由は除災教について知っているだけの事を言い、去っていった。場所は再転寺(さいてんじ)という仏教系の寺であり、祭っているのはバスケットボール位の赤い石。教祖の名前は、西元・東二(にしもと とうじ)で、元は普通の住職であったと言う。
「何かきな臭いな……」
 草間はそう言い、再転寺のある辺りを地図で見た。後に山がある再転寺は、完全な正三角形の形をしていた。

●始まり
「で、一体どうすりゃいいんだい?旦那」
 影崎・雅(かげさき みやび)は草間から説明を受けてまずその一言を発した。草間は思わずぽかんとしたまま「は?」と尋ねた。
「だからさぁ。一体その真由ちゃんとやらは何をして欲しいんだよ?それが分からないとどうしようもないじゃん?」
「……察してくれよ」
「察するも何も、真由ちゃんが何をして欲しいのか言わない限り動きようがないだろ?」
 きっぱりと言い放つ雅に、草間は暫く考えて口を開く。
「言葉を変えよう。……一体何をする?」
「だからそれは……」
「依頼とかではなく、君の考えだよ。依頼人である葛西真由は確かに詳しい依頼内容を話してはいない。恐らくは言い忘れたか自分でもどうして欲しいのかがはっきりしてはいない状態なんだろう。それで、君はどうするのが良いと思うんだ?」
(そう来るか)
 雅は苦笑する。喰えない相手だと、こうも難しいものかと思いながら。
「……じゃあ、宗教の確認でもしてみるか」
「そうか、じゃあ頑張ってくれ。どうしたらいいかなんて、こっちで勝手に決めればいいことなんだ。依頼料さえ払ってもらえばいいんだし」
(おいおい)
 淡々と言い放つ草間に、思わず心の中で突っ込む。雅は依頼書を受け取り、草間興信所を後にしかけて不意に振り返る。
「じゃあ、あんたならどうする?」
 相手は探偵なのだ。……一応。その探偵とやらの意見を聞いてみたい衝動に駆られてしまった。草間はその考えを見透かしたかのように、にいっと笑う。
「ご想像にお任せするよ」
「うわ、ケチ臭っ」
「臭いとか言うなよ。可哀想だろ?」
「誰が?」
「俺」
「いや?別に」
 雅は即答し、草間興信所を後にする。一人取り残された草間が煙草をくわえ、ふうと煙を吐き出す。
「……可哀想だなぁ、俺」
 答える者は、誰一人としていなかった。

 草間興信所を後にし、ふと雅は目の前を歩く存在に気付く。流れる銀髪、真っ直ぐに伸びた背筋。何者をも寄せ付けまいとする『私の行く手を阻むな』オーラを纏いつつ、つかつかと早足で歩きつづける青年を。影崎・實勒(かげさき みろく)、雅の兄だ。
「おーい、兄ちゃん」
 雅が声をかけると、實勒は一瞬立ち止まりちらりと後を振り返ってから、また再び歩き始めた。先程よりも足早に。
(相変わらずだな、あの人も)
 雅は苦笑しながら走って追いつく。
「……何用だ?」
 眉間に皺を寄せつつ、實勒が尋ねてくる。秀麗な顔に、眉間の皺。もう深く深く刻まれてしまっているのであろうと思われる。雅は實勒の眉間に皺の寄ってない状態を見ない時など無いと言っても過言ではないのだから。
(天使のように微笑むのも、それはそれで見てみたい気もするけど……地球が滅亡するかもしれないもんな)
 密やかに、思う。
「やだなあ、兄ちゃん。兄ちゃんがいたから声をかけただけっていうのは無しなのか?」
「無しだ。在り得ん。認めん」
「……認めるくらいはしようぜ」
 暫く歩き(歩くというよりも、競歩に近いスピードである)實勒が口を開く。
「またフラフラとしていたのか」
「まあね。兄ちゃんだって似たようなもんだろ?」
 眉間の皺が、更に深みを増す。
「私は勤務帰りだ。一緒にするな。弟に申し訳ないと思わんのか」
「あーお互い様お互い様」
 監察医である兄に、トラブル清掃業である自分。一番下の弟に、実家である寺を任せきってしまっているのだ。尤も、雅は時々住職としての仕事もするのだけれども。
「そういや、兄ちゃん。一緒に寺を訪問しないか?」
「寺だと?」
「そ。再転寺」
 實勒は黙りこくる。長い長い溜息と共に。
「また何か引き受けてきたな?」
「まあね」
 飄々と答える雅に、實勒は吐き捨てるように言う。
「そのお陰で、貴重な休みを時々交差点の見回りに費やされるのは一体どういう事だ?」
「いい思い出だねぇ。前なんて俺と一緒になっちゃって」
 實勒の足がぴたりと止まる。雅の歩みもそれに伴って止まる。
「私は行かんぞ。もう二度と」
「……再転寺は、除災教という怪しげな宗教をやっている。信者の目を虚ろにし、変に入信を迫る宗教だ」
 雅の言葉に、實勒は暫く黙る。そしてまた歩き始めた。
「……明日は仕事も休みだ。他の寺を見に行くのも悪くは無い」
 實勒の言葉に、雅はにやりと笑う。
(やっぱしな。言うと興味を惹かれない筈ないと思ったんだよな)
「それと、私の事を『兄ちゃん』と呼ぶのは止めろ」
「んじゃ實勒」
「……断る」
「我侭だな」
 雅は苦笑し、實勒と共に帰宅する。明日は、寺に乗り込む。

●琴線
 翌日、午後12時半。再転寺の前に雅と實勒はいた。正三角形型の一辺となっている部分に、正門があった。その前に、二人は立っていた。
「どうする?兄ちゃん。突入する?」
「しないと何も始まらんだろう」
 しれっと實勒は言い放つ。
(いや、だから一気に突入するかとかこっそり突入するとか……そういう作戦を聞いたんだけどな)
 雅は思わず苦笑する。そして「ぽち」と呟き、護法童子を出す。黒い狼の姿がその場に現れる。實勒は見て見ぬふりをし、悠々と煙草の煙を吐き出している。
「お前は建物の外を調べてくれ。ただし、隠密行動だ。……邪気とか感じたら、教えてくれ」
 ぽちは頷き、さっと消える。否、素早く調査にいったのだ。雅はそれを見届けてから扉に手をかけようとした。その時、向こうから人の気配がした。雅と實勒はとりあえずその場から隠れずに構える。向こうからやってきたのは、依頼人の友人と言っていた上名理沙と、豊満な体と妖艶な顔を持った女性だった。その姿を見た者を悉く虜にしてしまうのではないかとも思われる完璧なまでの美に、思わず雅と實勒も目を奪われる。
「何をしてるんですか?」
 理沙が尋ねた。
「いや、是非とも教祖さんのお話しを聞きたいなって」
 雅がそう言うと、理沙は暫く考えてから口を開く。
「では、一緒に参りましょう。……いいですか?藤咲さん」
「ええ」
 理沙に言われた女性は、理沙が背を向けたのを確かめてから雅と實勒に低く話し掛けてきた。
「あんた達、調査員?」
「ああ。俺は影崎雅、こっちは影崎實勒」
「あたしは藤咲・愛(ふじさき あい)よ。……奇遇ね」
 ふふ、と妖艶に愛は笑った。雅もはは、と笑い返す。再転寺の扉が開かれ、中に踏み入れる。中は他の寺と何ら変わりは無い、ごくごく普通の寺だった。しん、と静まり返っていることを除けば。
「……えっらい静かな所だな」
「雅、私は教祖の話には興味は無い。そこら辺を散策して、適当に合流する」
(あくまでも探索とは言わないわけね、兄ちゃん)
 雅は苦笑しながら「了解」と答える。實勒はさっさと何処かへといってしまった。理沙はそんな實勒に気付かないのか、気付くつもりもないのか、無関心だった。
「あらあら、いいの?」
 愛がこそりと雅に耳打ちする。
「いいんだよ。ていうか、兄ちゃんの行動を規制するのは、恐らくこの依頼を成功させる事以上に難しいぜ」
「そうなの」
 愛はくすくすと笑った。雅はにやりと笑う。理沙の足が止まったのだ。目の前にあるのは、本堂。
「さあて、ご対面……かな?」
 にやり、と雅は笑う。目の前の本堂の扉が、ギイ、と重苦しく響かせながら開くのだった。

「失礼します」
 理沙はそう告げ、本堂を後にした。目の前には赤い石を見つめる中年男性の姿がある。
(あれが、西本東二……)
 雅は何かあったらすぐに対応できるように、身構える。
「ようこそ、除災教に」
 男の声が響く。くるりと振る向く顔は、どこかしら疲労が見える。
(妙にくたびれたおっさんだな。もっと爛々とした目をしていると思ったんだけど)
「何も恐れる事はありません。ただ祈り、心を無にすればよいのです。そうすれば、何も恐れる事はなくなります」
「あら、それって本当かしら?」
 愛が綺麗に歩きながら西本に近付く。歩き方一つとってみても、色気が溢れている。
「何がですか?」
「あたし、怖いものがいっぱいあるのよねぇ。それ、全部どうにかしてくれるの?」
 形の良い唇に指を当て、色気たっぷりで詰め寄る。普通の男ならばひとたまりも無いだろう。
(うわ、おっさんどうする?)
 半ば野次馬の根性で雅は事の次第を見つめる。西本は、揺るがなかった。ただじっと愛を見つめ、「心を無に」と言うだけだ。雅は妙に感心してしまった。
「なあ、おっさん。俺さ、寺の住職として……」
(時々だけど)
 雅は心の中で付け加え、言葉を続ける。
「あんたと話そうと思ってきたんだ。別に入信とかしないけどさ」
「……それは残念ですが……私には話すことはありませんよ」
 西本は冷たく言い放つ。愛がそんな西本の頬に手をかけ、甘ったるい視線で囁くように「堅い事を言わないでよ」と言う。
(うわあ、凄いな!)
 それでも揺るがない西本に、やはり雅は感心した。と、その時だった。ぽちからの呼びかけが耳に届く。邪気を見つけたのだと。
(了解、ぽち)
「愛ちゃん。俺ちょっと出てくるわ」
「はぁい」
 その場を愛に任せ、雅は走った。背後から西本の制止する声が聞こえたが、あえて無視した。目指すはぽちの示す寺の裏。走っていく途中で、茶髪に緑の目を持つ青年と、黒髪に青い切れ長の女性を見つける。灰野・輝史(かいや てるふみ)とシュライン・エマ(しゅらいん えま)だ。二人は逆に本堂に向かっている。
「輝史君、シュラインさん!」
「影崎さん。何処に行くの?」
 シュラインが聞いてきた。雅は一瞬立ち止まり、にやりと笑う。
「諸悪の根源、その2のところ」
「その2、ね」
「ああ。二人はその1の所に行くんだろ?」
 二人が頷いた。雅は「愛ちゃんを宜しく」と言ってまた走り出した。
「影崎さん!羊ってどう思います?」
 背後から輝史が問い掛けてきた。雅はにやりと笑って返す。
「来年の干支がどうしたって?」

●人魂
 ぽちが、雅の姿を見つけて「がう」と吼えた。邪気がゆらゆらと立ち昇っている。
「なんだよ、ここ」
 雅は思わず苦笑する。苦笑するしかなかった。他にどうしようもなかったのだ。何かが祭られていたのであろうと思われる台座が、そこにはあった。ただ、それは神聖なものでは決して無い。どちらかというと、人を惑わし、人を陥れようとする悪意のようなものだ。
「封印……とは違うようだな。本当に、祭られていたようだ」
 例えばそれは呪いの道具として。
(反吐がでそうだぜ)
 實勒でなくとも、眉間に皺が寄る。不愉快さが増していた。
「何をしている?」
 背後から声がかけられる。そこには實勒が立っていた。ぴいんと背筋を伸ばし、眉間に皺を寄せながら。
「兄ちゃんも、ここに気付いたか」
「気付いた、というよりも気付かされたと言う方が適当だろう」
 實勒はそう言って、溜息をついた。
「先ほど、墓があった。ここから真っ直ぐ一直線につないだところに、だ」
 それは、正三角形の頂点にあたる場所だった。
「そこで……見た」
(あらら。ご愁傷様)
 雅は小さく苦笑した。實勒は、そんな雅の表情をあえて無視し、話を続ける。
「男が、妻と子を亡くして狂っていた。己の信じている筈の宗教すら信じられずにな。そして男は墓の後ろに祠を見つける。祠はこの場所に向かって光を差していた。赤い、光を」
「……そっか……。ここにあったものに、願でもかけたんだな」
(ここにあったものは、決していいもんじゃない。寧ろ……禍々しいものだ)
 雅は懐から経を取り出す。實勒は煙草に火をつけ、煙を吐き出す。
「浄化させて貰おう」
 経を唱えながら、その場が浄化されていくのを感じていく。
(妻と子……大切なものを亡くしたら、人は狂う。だが、だからといって)
 雅は経を唱えながら、思う。だからと言って、歪んでしまうのは正しい道ではないと。
「……行こう、兄ちゃん」
 経を終え、雅が立ち上がった。ぽちに「結界の維持を」と声をかける。
(間違っているとまでは言わない。……だけど、どこか外れてしまったんだよ。おっさん)

「やめろ!そこには震と千佳がいるんだ!あと少しなんだ!」
 本堂から声が響いていた。雅と實勒は本堂をひょいと覗き込む。どうやら結界が張ってあるらしく、雅は普通には入れたが、實勒は外で見守る事となってしまった。
「震?千佳?」
 愛が首を傾げていた。
「この人の亡くなった妻と子どもよ。……ちょっと待って。あなた、まさか……!」
 シュラインは絶句したまま西本を見つめていた。西本の顔が歪む。恐ろしく嫌な顔だ。
「そうだ!何が悪い?信者の生気くらい集めて何が悪いと言うんだ!それで震と千佳が帰ってくるならどうって事無い!」
「……生気くらい、とか言わないでくれませんか?」
 輝史が冷たい目で西本を射抜いていた。だが、西本は怯まない。
「いいじゃないか!生気が無くなれば、恐れる事など何も無くなる!人間が恐怖したり辛苦を感じるのは、感情などと言うくだらないものがあるからだ!」
「馬鹿じゃないの?感情がくだらない訳無いじゃないの!」
 シュラインが叫んだ。ビリビリ、と本堂の硝子が揺れた。だが、西本は怯まない。
「私を救ってくれるのは、それだけしかないんだ!私は何も悪い事はしていない!」
「信者さんだって、そう思ってるとおもうぜ?何も悪い事はしてないってな」
 雅は口を開いた。聞くに堪えられなかったのだ。
「私は、間違ってなどいない!」
「間違って無いのなら、元からただの阿呆だったと言う事だ」
 本堂の外から声がする。實勒だ。結界の外から悠々と煙草を吸いつつこちらを見ている。
「信者など、私の願いを叶える為だけの哀れな羊でしかないのだ!」
「……オイタがすぎるわよぉ?あんただって羊でしょ?」
 愛は手首を縛っていた鞭を解き、今一度ピシャリと床を打つ。
「あんただって、哀れな羊でしかないのよ?」
「煩いいいぃぃぃぃ!!!!」
 赤い石から光が迸り、西本に浴びせられた。輝史の結界がそれを阻もうとしたが、それ以上に光は西本へと向かって行った。光が大方収まった時、西本の目は爛々と光っていた。真っ赤な色に。それは、狂気の炎。
「取り戻すんだ取り戻すんだ取り戻すんだ!」
 西本が叫ぶ。懐から、懐刀を取り出しながら。輝史は魔剣を形成し、構える。結界の維持は続けたままだ。雅は経を持ち、赤い石の前に座している。その隣にはシュライン。愛は鞭を構え、西本と睨み合う。實勒はやはり結界の外。だが、何を思ったか何処かへと行ってしまう。
「俺とシュラインさんは魂を解放する!」
 雅が叫ぶ。シュラインは一つ咳払いをする。魂をも揺るがす声を、出す為に。
「では、俺と藤咲さんは……時間を稼ぎます」
「おっけぇ」
 輝史と愛が、西本に向かって行った。雅はシュラインの横で、経を唱える。石に閉じ込められている震と千佳の魂の解放を一心に考えながら。経の言葉が、雅の体内に入り込んでいくような感覚が襲う。シュラインの声のせいもあるかもしれない。そしてだんだん、身が清浄なものになっていく。
『解放してくれるのね』
 女性の声。
『もう、自由になるんだね』
 少年の声。経の声にのり、二つの魂は空へと昇っていく。そして、石の中に込められている数多の生気たちが、元に戻りたいと蠢いている。
「シュラインさん、もう大丈夫だぜ」
 雅はそう小さく呟き、石を見下すように見る。
(大体、こういう石に頼ろうとするのが間違いなんだよな。……馬鹿らしいったらありゃしない)
 雅は小さく溜息をつき、叫ぶ。
「お待たせ!」
 雅がそう言うと同時に、石にヒビが入った。ピシリと。
「まどろっこしい!」
 雅はそう言うと拳で石を殴った。石は、その衝撃にばらばらの破片に散らばる。
「ああああああ!千佳!震!」
 西本が叫ぶ。石から光が迸り、色々な所へと還って行く。抜かれてしまった生気たちが、元の持ち主の所に。
「もう千佳さんと震君はいないわ。……もう、空へといったから」
「あああ……ああああ!」
 西本は叫んだ。心の奥底から響くような声で。愛は鞭を収め、輝史も魔剣と結界を消す。シュラインが傷を負ったらしく、血の流れている輝史の腕に、ハンカチを巻いた。
「だが、石は媒体でしかない筈だ!まだ、力だけならば外に……!」
 西本は、結界が消えたのを知って走り出そうとした。が、それに雅が追い討ちをかける。
「もう、外からの供給も期待できないぜ」
(裏の供給はぽちがせき止めた。そして、祠には……)
 にやりと雅は笑う。西本の目線の先に、墓と祠があった。そこに實勒が立っていた。横に役目を終えたぽちを携えて。

●別離
「皆さん、有難うございました」
 晴れやかな顔で、理沙が言った。
「私……どうしてあんなに除災教に入ろうだなんて思ったのか……未だに思い出せなくて」
「きっかけとか、あったんじゃないの?」
 愛が尋ねると、暫く理沙は考え、哀しそうな顔をして微笑んだ。
「お父さんが落雷で死んでしまった事かな?あんまり、記憶に残ってないんだけど」
 照れたような笑い。近しいものが死んでしまった時、本能的にその時の記憶を曖昧にしてしまう事は珍しくない。理沙もそうだったのであろう。
「一番大事なのは、自分を信じる事よ。信教自体は悪い事じゃないけどね」
 シュラインが微笑みながら言う。
「そうですよ。例えマイナーな宗教であっても、それが心の支えになるならいい事ですし」
 輝史も優しく笑いながら言う。
「ふん、くだらん。形無きものに頼るなど……」
 實勒が吐き捨てるように言うと、雅がにんまりして背中をぽんぽんと叩いてきた。
「形無いものを見たからといって、当たるのは良くないなぁ?」
「そんな事ではない」
 むっとしながら實勒が返す。皆が笑う。理沙はもう一度皆に礼をいい、帰っていった。
(恐らく、あの寺は西本の箱庭だったんだ。石を中心とした、西本だけの世界がそこにはあったんだな……)
 あの忌々しい赤い石。願わくば、もう二度とそのような類のものが出てこないように。
「さてと、打ち上げでも行きましょうか」
 理沙を見送ってから、ううん、とシュラインが伸びをしながら提案する。日は大分傾きかけている。
「いいな、それ!何かリクエストがあったら、色々な店を紹介するぜ?」
 雅が『お気に入り店』をいくつか挙げていく。
「のんびりと出来るところがいいですねぇ。生簀の無い所とか」
 輝史はにこにこと笑いながらそれでもさりげなく意見を出していく。
「酒の美味い所なら何処でもいい」
 煙草に火をつけなら、實勒が言う。
「私駄目だわ。これからお店に行かないと」
 愛が残念そうに言い、それからさも名案だといわんばかりに皆を見回して妖艶に笑う。
「そうだ。皆がうちの店に来ればいいのよ。ね?」
 皆の動きが止まった。愛のポケットに入っている鞭に、自ずと目がいってしまう。
「あら、皆。恥ずかしがりやさんね」
「それは違いますよ」
 真顔で輝史が言う。皆苦笑し、顔を見合わせながら後日改めて打ち上げをする事を誓うのだった。愛の勤める店以外で。

<依頼完了・打ち上げ予定付>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0830 / 藤咲・愛 / 女 / 26 / 歌舞伎町の女王 】
【 0843 / 影崎・雅 / 男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】
【 0965 / 影崎・實勒 / 男 / 33 / 監察医 】
【 0996 / 灰野・輝史 / 男 / 23 / 霊能ボディガード 】

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■         ライター通信          ■
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お待たせ致しました、こんにちは。ライターの霜月玲守です。このたびは私の依頼を受けて頂き本当に有難うございました。如何だったでしょうか?
毎回毎回オープニングが分かりにくいと思いつつ……今回ははっきりとした依頼内容すら書いてない状態でした。すいません。いや、忘れたわけでは……(笑)皆さんがどういう形を持って依頼完了にしたのかを見たかった、というのが一つありました。それでも皆さんは素敵なプレイングをかけてくださってました。有難うございます。

影崎・雅さんのプレイングはまたもやぽちのご投入とご兄弟での参加。本当に有難うございます。ご兄弟で参加していただくと、どうしても兄弟対決のような事をやらせてしまいます。
そして、久々に怪力を存分に発揮していただきました。雅さんが依頼を受けてくださった時点で、石を割っていただこうと密かに心に決めておりました。

今回、またもや言葉遊びなんぞ盛り込んでみました。宜しければ探してみてくださいね。今回の言葉遊びはバレバレなんですけど。
また、一人一人の文章となっております。他の方と読み比べられると、より一層深まると思います。

ご意見・ご感想等心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその時まで。