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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


箱庭楽園
●序
「何も恐れる事は無い……そう言われても、私にはどうしてもそれが信じられなくて」
 そう葛西・真由(かさい まゆ)は自らを抱きしめつつ言った。草間は「ふむ」と言いながらずれてくる眼鏡をあげる。
「ええと、何でしたっけ?女装教?」
「除災教(じょさいきょう)です。そこに、私の友達は……」
 真由の友人であり、同じ高校のクラスメートである上那・理沙(かみな りさ)が、除災教に入信したのだと言う。そして、友人である真由にも入信を迫っているのだと言う。
「理沙、おかしいんです。目が虚ろだし、よく『羊が……』と呟いてるし」
「羊?」
「意味は分からないけど……」
 真由は除災教について知っているだけの事を言い、去っていった。場所は再転寺(さいてんじ)という仏教系の寺であり、祭っているのはバスケットボール位の赤い石。教祖の名前は、西元・東二(にしもと とうじ)で、元は普通の住職であったと言う。
「何かきな臭いな……」
 草間はそう言い、再転寺のある辺りを地図で見た。後に山がある再転寺は、完全な正三角形の形をしていた。

●始まり
「影崎さん。お疲れ様です」
 同僚の医者に言われ、影崎・實勒(かげさき みろく)は軽く会釈した。明日から二連休だ。何とはなしに心が躍る。
(折角の休みだ。まずは家でのんびりと過ごす……溜めていた書物にも目を通したい。新しい本も欲しいな。本屋にでも寄るか)
 實勒の欲しい本は、如何せん高い。だが、必ず彼は本屋で新品の本を購入する。古本屋などで購入すれば、定価の半分くらいで手に入る事も多いのに。……だが、彼は決して古本屋で本は買わない。古本には『思い』が込められている場合が少なくない。
 實勒の目は、記憶を読み取る。本人の意思に関わらず、それは容赦なく實勒の目に飛び込んでくるのだ。不可思議現象は一切認めないと決めている實勒にとっての、唯一の矛盾であった。彼自身その能力は酷く疎ましいものであり、不愉快にさせる要因の一つでもあった。
「……ちっ」
 そして、また何かを見てしまい實勒は小さく舌打ちした。目の前の電信柱に少女が立っていた。今現在起きている事ではなく、以前に起きた出来事に対する少女の強い思いが残されているのだ。
(不愉快だ)
 實勒はそれを見てしまった自分に自己嫌悪しつつ、それを見る。一旦見てしまうと、最後まで見ておきたくなるのもまた事実であった。
『どうして私だけ、嫌な事が起こるの?雷にお父さんが殺されるなんて……!』
(雷?……そう言えば、先日そんな事もあったか)
 落雷による、死亡者。新聞に小さくその記事が載っていたような記憶があった。
『何か悪い事がとり付いているのかもしれない……!でも、どうしたらいいの?一体どうすればいいの?』
(どうしたらいいなど……自らの脳で考えればいいものを)
 眉間に、皺が寄る。
『災厄を……取り除いてもらえば良いんだわ……』
 少女はポケットから一枚の紙を取り出した。文字は少女が影となって良く見えない。そして、實勒は目撃する。少女の笑みが、歪むのを……。
 そこで映像は終わった。實勒は酷く疲労感を覚えて歩き始めた。苛々が止まらない。折角休みで喜んでいた気分が、一気に害された気分がしたのだ。そして、その苛々をぶつけるように足早に歩いていると、後から声がかけられた。
「おーい、兄ちゃん」
(この声は……)
 實勒は一瞬立ち止まりちらりと後を振り返ってから、また再び歩き始めた。先程よりも足早に。そこにいたのは、黒髪に黒目の青年だった。にやりと笑う顔が印象的な、青年。實勒の弟である、影崎・雅(かげさき みやび)だ。はっきりと言って、實勒は弟を好ましく思ってはいない。お互い様なのだと、いつも雅に言われて入るものの。
 雅は實勒の隣に走りこんできた。追いついてきたのか、と實勒は溜息をつく。
「……何用だ?」
 眉間に皺を寄せつつ、實勒は尋ねた。
「やだなあ、兄ちゃん。兄ちゃんがいたから声をかけただけっていうのは無しなのか?」
「無しだ。在り得ん。認めん」
「……認めるくらいはしようぜ」
 暫く歩き(歩くというよりも、競歩に近いスピードである)實勒が口を開く。
「またフラフラとしていたのか」
「まあね。兄ちゃんだって似たようなもんだろ?」
(こやつ、一緒にする気か?)
 眉間の皺が、更に深みを増す。
「私は勤務帰りだ。一緒にするな。弟に申し訳ないと思わんのか」
「あーお互い様お互い様」
 監察医である自分に、トラブル清掃業である雅。一番下の弟に、実家である寺を任せきってしまっているのだ。本来ならば、實勒がいなくてはならない位置に、一番下の弟がいる。
「そういや、兄ちゃん。一緒に寺を訪問しないか?」
「寺だと?」
「そ。再転寺」
 實勒は黙りこくる。長い長い溜息と共に。
「また何か引き受けてきたな?」
「まあね」
 飄々と答える雅に、實勒は吐き捨てるように言う。
「そのお陰で、貴重な休みを時々交差点の見回りに費やされるのは一体どういう事だ?」
「いい思い出だねぇ。前なんて俺と一緒になっちゃって」
 實勒の足がぴたりと止まる。雅の歩みもそれに伴って止まる。
「私は行かんぞ。もう二度と」
「……再転寺は、除災教という怪しげな宗教をやっている。信者の目を虚ろにし、変に入信を迫る宗教だ」
 雅の言葉に、實勒は暫く黙る。そしてまた歩き始めた。
「……明日は仕事も休みだ。他の寺を見に行くのも悪くは無い」
(上手く乗せられた気もせんでもないが……)
 實勒の脳内に、先ほどの映像が蘇る。災厄を取り除く事を望む少女。歪んだ口元。
「それと、私の事を『兄ちゃん』と呼ぶのは止めろ」
「んじゃ實勒」
「……断る」
「我侭だな」
(当然だ)
 ふん、と實勒は言う。不本意ながらも雅と共に帰宅しつつ。明日は、寺に乗り込む。

●琴線
 翌日、午後12時半。再転寺の前に雅と實勒はいた。正三角形型の一辺となっている部分に、正門があった。その前に、二人は立っていた。
「どうする?兄ちゃん。突入する?」
「しないと何も始まらんだろう」
 しれっと實勒は言い放つ。
(一体雅は何を言っているんだ?突入せん事には何も始まらんというのに)
 實勒は懐から煙草を取り出し、一本口に咥えて火をつけた。雅は「ぽち」と呟いて黒い狼の姿の「護法童子」を呼び出す。實勒は見て見ぬふりをし、悠々と煙草の煙を吐き出している。根本的に、あの「ぽち」の存在は見ないようにしているのだ。
「お前は建物の外を調べてくれ。ただし、隠密行動だ。……邪気とか感じたら、教えてくれ」
 ぽちは頷き、さっと消える。否、素早く調査にいったのだ。雅はそれを見届けてから扉に手をかけようとした。その時、向こうから人の気配がした。雅と實勒はとりあえずその場から隠れずに構える。向こうからやってきたのは、依頼人の友人と言っていた上名理沙と、豊満な体と妖艶な顔を持った女性だった。その姿を見た者を悉く虜にしてしまうのではないかとも思われる完璧なまでの美に、思わず雅と實勒も目を奪われる。
(おや)
 實勒は理沙をじっと見る。何処かで見た事のある少女だった。暫く考え、記憶を辿る。
(……確か、この少女は昨日見た電柱の……)
 雷を憎む、あの少女だった。笑みの歪んだ、あの少女。ただし、今目の前にいる理沙の目は、ただ虚ろに何処かしらを見ているだけだ。
「何をしてるんですか?」
 理沙が尋ねた。
「いや、是非とも教祖さんのお話しを聞きたいなって」
 雅がそう言うと、理沙は暫く考えてから口を開く。
「では、一緒に参りましょう。……いいですか?藤咲さん」
「ええ」
 理沙に言われた女性は、理沙が背を向けたのを確かめてから雅と實勒に低く話し掛けてきた。
「あんた達、調査員?」
「ああ。俺は影崎雅、こっちは影崎實勒」
「あたしは藤咲・愛(ふじさき あい)よ。……奇遇ね」
 ふふ、と妖艶に愛は笑った。雅もはは、と笑い返す。再転寺の扉が開かれ、中に踏み入れる。中は他の寺と何ら変わりは無い、ごくごく普通の寺だった。しん、と静まり返っていることを除けば。
「……えっらい静かな所だな」
「雅、私は教祖の話には興味は無い。そこら辺を散策して、適当に合流する」
 雅は實勒の言葉に苦笑しながら「了解」と答える。實勒はその返事を待たずして歩き始めた。先ほどから全身が不愉快さを増していた。

(形の無い物にすがってどうする。何より確実なのは自分自身だ。その自分を信用せず、他者を頼るなどおめでたい連中だな)
 實勒は足早に歩きながらそう考える。つかつかという自分の足音以外、何も聞こえない。静か過ぎた。だが、實勒はそのような事は気にしない。むしろ静かでいいくらいだと感じていた。いつも煩い弟と共にしているのだから。
(雅は教祖に話を聞くつもりのようだが、そんな会話に付き合ったところで意味は無い。何より、そんな場所に居合わせれば、何を目にするハメになるかわからんからな)
 何を目にするか……。そこまで考え、實勒はむっとして懐の煙草をまさぐった。説明のつかない存在を見てしまうのも、それを見てしまう自分も不愉快でしかなかった。
「火……」
 そう呟いてから、實勒は気付く。やっと、気付いたのだ。この静か過ぎる場所に。そこは正三角形になっている土地の、丁度頂点になっている所だった。そして、墓が立っていることにも気付く。
「このような場所など……」
(一番の鬼門ではないか)
 實勒は眉間に皺を寄せ、諦めた。いずれは通ることになりそうな道だとも思えたからだ。映像が、容赦なく實勒に突きつけてきた。
 そこにいたのは、一人の中年男性。がっくりとうな垂れ、刻まれた名前をがりがりと指でなぞっている。指と爪の隙間から血が出るが、痛みを感じていないかのように男はがりがりとなぞりつづけている。
『あああ……何故だ……何故なんだぁ!』
(痛々しい)
『私が何をしたというのだ!千佳(ちか)だけでなく、震(しん)まで連れて行かないでくれ!あああ、何故だ、何故だ!』
(妻と子を、亡くしたのか……)
『何が救ってくれるだ、何が輪廻に乗るだ!私は……私は!』
 男は叫びつづけていた。がりがりと名前をなぞり、血を流し、涙を流し……叫んでいた。
『神がいるというのなら……どうか私を救ってくれ!どうか、どうか!』
 その時だった。墓の後ろで何かが光った。祠だ。寺には似合わぬ、薄汚れた祠。男は恐る恐るそこを開けた。祠は光を放ち、真っ直ぐに一箇所を光照らした。寺の丁度真後ろ。そこが赤く光っていた。
『神……か?』
 男は呟き、ふらふらと立ち上がった。そして赤く光ったその場所に向かって歩き始めたのだった……。
「……終わったか」
 實勒は煙草に火をつける。やはり見てしまったと思いながら。
「仕方ない、雅に教えてやるか」
 實勒はそう言いつつ、墓に彫られている名前を見る。赤黒い血の跡が残された、名前。千佳、震の二つの名が刻まれている。そして、後には見てしまった記憶にあった、あの祠。扉は開いたままである。
「下らんな」
 眉間に皺を寄せ、吐き捨てるように實勒は呟いた。それから光の指していた方向へと向かう。
「實勒さん!」
 その時、向こうから茶髪に緑の目をした青年と、黒髪に青い切れ長の瞳を持つ女性が走ってきた。灰野・輝史(かいや てるふみ)とシュライン・エマ(しゅらいん えま)だ。
「一体ここで何をしてるの?」
 シュラインがよく響く声で尋ねる。
「ただの散策だ。……それよりも、本堂に雅と藤咲愛とかいうのがいる」
「本堂ですか……」
「恐らく、そこに赤い石と、教祖である西本東二は……」
 輝史とシュラインは顔を見合わせ、本堂へと向かった。その時、輝史が何かに気付いたように立ち止まり、實勒に問い掛ける。
「實勒さん、羊ってどう思います?」
 實勒は眉間に皺を寄せ、吐き捨てるように答える。
「独特の眼球が面白い」
 實勒が答えると、輝史は苦笑してからまた本堂へと向かって行った。實勒はそれを見送ってから自分も歩き始めた。赤い光を発した、寺の裏に。

●人魂
 實勒が寺の裏に辿り着いた時、そこには見慣れた後姿と見慣れてしまった黒い狼の姿があった。雅とぽちだ。
「何をしている?」
 雅の背後に声をかける。雅は眉間に皺を寄せ、そこにいた。實勒に気付き、その表情はすっと消してしまうが。
「兄ちゃんも、ここに気付いたか」
「気付いた、というよりも気付かされたと言う方が適当だろう」
 實勒はそう言って、溜息をついた。
「先ほど、墓があった。ここから真っ直ぐ一直線につないだところに、だ」
 それは、正三角形の頂点にあたる場所。
「そこで……見た」
(決して見たいと願ったものではないものが)
 雅が苦笑した。實勒は、そんな雅の表情をあえて無視し、話を続ける。
「男が、妻と子を亡くして狂っていた。己の信じている筈の宗教すら信じられずにな。そして男は墓の後ろに祠を見つける。祠はこの場所に向かって光を差していた。赤い、光を」
「……そっか……。ここにあったものに、願でもかけたんだな」
(くだらない)
 實勒は煙草に火をつけ、煙を吐き出す。雅は懐から経を取り出す。
「浄化させて貰おう」
 雅が経を唱える。その声を聴きながら、實勒は煙を立ち昇らせる。
(何もかも、面倒でくだらない。何故人は形無きものにすがろうとするのか……)
 それは疑問ではなく、問い掛け。
(しかし、だからこそ人は生きているのかもしれん。形無きものに頼って生きている奴だっているのかもしれんからな。……私には、一生分からん感覚だ)
「……行こう、兄ちゃん」
 経を終え、雅が立ち上がった。ぽちに「結界の維持を」と声をかけていたようだったが、實勒はあえて聞かないふりをした。
 結界などという言葉は、自分の認めないリストに上がっているのだ。

「やめろ!そこには震と千佳がいるんだ!あと少しなんだ!」
 本堂から声が響いていた。雅と實勒は本堂をひょいと覗き込む。どうやら結界が張ってあるらしく、雅は普通には入れたが、實勒は外で見守る事となってしまった。
(全く、忌々しい)
 それでも、結界と言うものは認めたくは無いものの一つだ。
「震?千佳?」
 愛が首を傾げていた。
「この人の亡くなった妻と子どもよ。……ちょっと待って。あなた、まさか……!」
 シュラインは絶句したまま西本を見つめていた。西本の顔が歪む。恐ろしく嫌な顔だ。
「そうだ!何が悪い?信者の生気くらい集めて何が悪いと言うんだ!それで震と千佳が帰ってくるならどうって事無い!」
「……生気くらい、とか言わないでくれませんか?」
 輝史が冷たい目で西本を射抜いていた。だが、西本は怯まない。
「いいじゃないか!生気が無くなれば、恐れる事など何も無くなる!人間が恐怖したり辛苦を感じるのは、感情などと言うくだらないものがあるからだ!」
「馬鹿じゃないの?感情がくだらない訳無いじゃないの!」
 シュラインが叫んだ。ビリビリ、と本堂の硝子が揺れた。だが、西本は怯まない。
「私を救ってくれるのは、それだけしかないんだ!私は何も悪い事はしていない!」
「信者さんだって、そう思ってるとおもうぜ?何も悪い事はしてないってな」
 雅は口を開いた。聞くに堪えられなかったのだ。
「私は、間違ってなどいない!」
「間違って無いのなら、元からただの阿呆だったと言う事だ」
 本堂の外から實勒が口を開く。結界の外から悠々と煙草を吸いつつ様子を見ている。
「信者など、私の願いを叶える為だけの哀れな羊でしかないのだ!」
「……オイタがすぎるわよぉ?あんただって羊でしょ?」
 愛は手首を縛っていた鞭を解き、今一度ピシャリと床を打つ。
「あんただって、哀れな羊でしかないのよ?」
「煩いいいぃぃぃぃ!!!!」
 赤い石から光が迸り、西本に浴びせられた。輝史の結界がそれを阻もうとしたが、それ以上に光は西本へと向かって行った。光が大方収まった時、西本の目は爛々と光っていた。真っ赤な色に。それは、狂気の炎。
「取り戻すんだ取り戻すんだ取り戻すんだ!」
 西本が叫ぶ。懐から、懐刀を取り出しながら。輝史は魔剣を形成し、構える。結界の維持は続けたままだ。雅は経を持ち、赤い石の前に座している。その隣にはシュライン。愛は鞭を構え、西本と睨み合う。實勒はやはり結界の外。
(祠……か)
 實勒はそれだけ思うと、祠へと向かって行った。真っ直ぐと。
(どうせ、結界とやらの中には入れんのだ)
 墓の後ろの祠は、小さく光っていた。まるであの赤い石に力を与えようとしているかのように。
(ここが光ってどうする。というよりも、私はこのような減少は認めるにあたわんのだ)
 先ほど見たビジョンが反芻される。墓に刻まれた名をがりがりとけずるあの男。それはまさしく、西本であった。哀れな哀れな男。
 ふと、後に何かの気配を感じて實勒は振り返った。雅の黒い狼だ。ぽち、とかいう名の。
「何故お前がここにいる……」
 裏を任されていたはずなのに、と實勒は眉間に皺を寄せる。ぽちは「がう」と吼えて祠をじっと見る。
「……貴様、私を使う気か」
 ぽちは答えない。實勒はじっとぽちと睨み合い……溜息をつく。
「分かった。だが、今回だけだ」
 實勒はそっと祠に手を伸ばし、扉を閉めた。それを見届けてからぽちは「オオオオン」と吼えた。途端、祠の周りから光が集まった。光は祠を取り囲み、祠の中へと消えていった。事を成しえた後、ぽちは誇らしそうに實勒を見てくる。
「……何だ」
 ぽちは答えない。
「……誉めて欲しいのか?」
 ぽちは答えない。じっと、實勒を見ている。誇らしそうに。
「私は雅ではない。お前を誉めるのはあいつの役目だからな。私の役目では断じて無い」
 ぽちは答えない。ただ、じっと實勒を見つめているだけだ。實勒は溜息をつき、ぽちの頭を軽く撫でた。
「よくやった、とでも言おうか」
 ぽちは嬉しそうに尻尾を振った。實勒は眉間に皺をまたもや寄せて唸るように言う。
「今回だけだからな」
「ああああああ!千佳!震!」
 本堂から西本の叫び声が聞こえた。そして、本堂から光が迸り、色々な所へと還って行く。抜かれてしまった生気たちが、元の持ち主の所に。
「もう千佳さんと震君はいないわ。……もう、空へといったから」
「あああ……ああああ!」
 シュラインの声と、西本は叫び。心の奥底から響くような声で。
「だが、石は媒体でしかない筈だ!まだ、力だけならば外に……!」
 西本がこちらに向かって走り出そうとした。
「もう、外からの供給も期待できないぜ」
 雅の声に、皆がこちらを見てきた。實勒は眉間に皺を寄せたまま、「ふん」と不愉快そうに言うのだった。

●別離
「皆さん、有難うございました」
 晴れやかな顔で、理沙が言った。
「私……どうしてあんなに除災教に入ろうだなんて思ったのか……未だに思い出せなくて」
「きっかけとか、あったんじゃないの?」
 愛が尋ねると、暫く理沙は考え、哀しそうな顔をして微笑んだ。
「お父さんが落雷で死んでしまった事かな?あんまり、記憶に残ってないんだけど」
 照れたような笑い。近しいものが死んでしまった時、本能的にその時の記憶を曖昧にしてしまう事は珍しくない。理沙もそうだったのであろう。
「一番大事なのは、自分を信じる事よ。信教自体は悪い事じゃないけどね」
 シュラインが微笑みながら言う。
「そうですよ。例えマイナーな宗教であっても、それが心の支えになるならいい事ですし」
 輝史も優しく笑いながら言う。
「ふん、くだらん。形無きものに頼るなど……」
 實勒が吐き捨てるように言うと、雅がにんまりして背中をぽんぽんと叩いてきた。
「形無いものを見たからといって、当たるのは良くないなぁ?」
「そんな事ではない」
 むっとしながら實勒が返す。皆が笑う。理沙はもう一度皆に礼をいい、帰っていった。
(恐らく、あの寺は西本の箱庭だったんだろう。くだらない。自分だけの世界が作れるとでも思ったのか)
 不愉快感は消えない。願わくば、もう二度とそのような類のものが出てこないように。
「さてと、打ち上げでも行きましょうか」
 理沙を見送ってから、ううん、とシュラインが伸びをしながら提案する。日は大分傾きかけている。
「いいな、それ!何かリクエストがあったら、色々な店を紹介するぜ?」
 雅が『お気に入り店』をいくつか挙げていく。
「のんびりと出来るところがいいですねぇ。生簀の無い所とか」
 輝史はにこにこと笑いながらそれでもさりげなく意見を出していく。
「酒の美味い所なら何処でもいい」
 煙草に火をつけなら、實勒が言う。
「私駄目だわ。これからお店に行かないと」
 愛が残念そうに言い、それからさも名案だといわんばかりに皆を見回して妖艶に笑う。
「そうだ。皆がうちの店に来ればいいのよ。ね?」
 皆の動きが止まった。愛のポケットに入っている鞭に、自ずと目がいってしまう。
「あら、皆。恥ずかしがりやさんね」
「それは違いますよ」
 真顔で輝史が言う。皆苦笑し、顔を見合わせながら後日改めて打ち上げをする事を誓うのだった。愛の勤める店以外で。

<依頼完了・打ち上げ予定付>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0830 / 藤咲・愛 / 女 / 26 / 歌舞伎町の女王 】
【 0843 / 影崎・雅 / 男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】
【 0965 / 影崎・實勒 / 男 / 33 / 監察医 】
【 0996 / 灰野・輝史 / 男 / 23 / 霊能ボディガード 】

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■         ライター通信          ■
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お待たせ致しました、こんにちは。ライターの霜月玲守です。このたびは私の依頼を受けて頂き本当に有難うございました。如何だったでしょうか?
毎回毎回オープニングが分かりにくいと思いつつ……今回ははっきりとした依頼内容すら書いてない状態でした。すいません。いや、忘れたわけでは……(笑)皆さんがどういう形を持って依頼完了にしたのかを見たかった、というのが一つありました。それでも皆さんは素敵なプレイングをかけてくださってました。有難うございます。

影崎・實勒さんのプレイングはご兄弟での参加でしたね。本当に有難うございます。お久しぶりですね。相変わらずの眉間の皺を描けて、本当に嬉しいです。
何故か一人行動が多くなってしまいましたね。すいません。どうも實勒さんは私の中で「皆で頑張ろう」というよりも「私は一人でやる」という感覚が強い気がします。

今回、またもや言葉遊びなんぞ盛り込んでみました。宜しければ探してみてくださいね。今回の言葉遊びはバレバレなんですけど。
また、一人一人の文章となっております。他の方と読み比べられると、より一層深まると思います。

ご意見・ご感想等心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその時まで。