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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


箱庭楽園
●序
「何も恐れる事は無い……そう言われても、私にはどうしてもそれが信じられなくて」
 そう葛西・真由(かさい まゆ)は自らを抱きしめつつ言った。草間は「ふむ」と言いながらずれてくる眼鏡をあげる。
「ええと、何でしたっけ?女装教?」
「除災教(じょさいきょう)です。そこに、私の友達は……」
 真由の友人であり、同じ高校のクラスメートである上那・理沙(かみな りさ)が、除災教に入信したのだと言う。そして、友人である真由にも入信を迫っているのだと言う。
「理沙、おかしいんです。目が虚ろだし、よく『羊が……』と呟いてるし」
「羊?」
「意味は分からないけど……」
 真由は除災教について知っているだけの事を言い、去っていった。場所は再転寺(さいてんじ)という仏教系の寺であり、祭っているのはバスケットボール位の赤い石。教祖の名前は、西元・東二(にしもと とうじ)で、元は普通の住職であったと言う。
「何かきな臭いな……」
 草間はそう言い、再転寺のある辺りを地図で見た。後に山がある再転寺は、完全な正三角形の形をしていた。

●始まり
 豊満な胸、引き締まったウエスト、艶を含んだ顔、すらりと伸びた手足。どれを取ってみても彼女を纏うもの全てが完全なものとなっている。長い髪と瞳は燃えるように赤い。
(情熱的、ね)
 妖艶な笑みを浮かべ、藤咲・愛(ふじさき あい)は考える。自分とすれ違う男女が自分を振り返る。悪くない気分だ、と我ながらに思いながら。
「はい、今日は」
「……何に対しての返事なんだ?」
「別に?」
 草間興信所を開けての第一声に、草間が突っ込んできた。愛は断りもなしにソファに座り、綺麗な足を組む。ミニスカートから覗く足は、優雅に形作っている。
「で、何か無い?」
「あるとも。尤も、君好みでは無いかもしれないけどね」
 草間はそう言って資料を渡す。愛はそれをぱらぱらと捲り、ざっと目を通す。
「あら、どうしてあたし好みじゃないって言うのかしら?」
「相手は寺の坊さんだぜ?君の色気には惑わされないと思うぜ?」
「そんな事分かんないわよ。案外坊さんなんて何考えてんのか分かったもんじゃないんだから」
 ふふ、と愛は微笑む。愛の勤める歌舞伎町にあるSMクラブ「DRAGO」には色々な客が来る。勿論、寺の坊主だって来た事がある。
(意外にああいう方がいける口だったりするのよねぇ)
 以前来店した事のある坊主を思い出し、愛は更に微笑んだ。妖艶な笑みだ。
「それで草間さん?理沙ちゃんには連絡がつくのかしら」
「え?ああ、つくとも」
 ドキリとしたように草間が言った。愛の妖艶な笑みに、一瞬魅入られてしまっていたのであろう。それだけの事を成し得る愛の笑み。
「じゃあ、今から会わせてくれないかしら?」
「……電話番号だ。直接言った方がいいだろう」
 平常心を取り戻したのか、草間が淡々と言った。小さなメモを渡しながら。愛はそのメモを携帯に入力し、電話をかける。
「……もしもし?上名理沙ちゃん?あたし、藤咲愛って言うんだけど……除災教に興味があるんだけど」
 電話の向こうで、入信希望者は大歓迎です、と言う。生気の無い声だ。
(あらあら、洗脳されてるのかしら?……まぁ、いっか)
「じゃあ、お話を聞かせて貰えるかしら?……ええ、そう。今からよ」
 愛はにっこりと微笑む。妖艶な笑みで。
「……あたしも楽しみにしているわ。理沙ちゃん」

 理沙が指定してきた場所は、極々普通の喫茶店『セキ』だった。普通すぎてつまらないとまで思うほど。
(相手は洗脳を受けているかもしれない少女……警戒は一応しといた方がいいわよねぇ)
 愛は注文した苺パフェをつつきながら考える。暫くして、セーラー服の少女が入店する。きょろきょろと辺りを窺いながら。
「理沙ちゃん?ここよ、ここ」
 愛が声をかけると、少女はこちらへと向かってきた。どうやら理沙で合っていたらしい。違っていなかった事にほっとしながら、愛は微笑む。
「ごめんなさいね、突然」
「いえ」
 理沙は無表情に首を振る。
「好きなものを頼んで良いわよ。奢っちゃう」
 愛の言葉に、理沙は暫く考えてから紅茶を注文した。
「入信したいって、本当ですか?」
「ええ、本当よ。でも、すぐに入信するのは何となく怖くて。先にお話しを聴きたいなぁって」
 理沙はそれを受けて、除災教の事を話し始めた。内容は、草間興信所で貰った資料とほぼ一致。何度も「何も恐れる事は無い」のだと繰り返しながら。
「……ねぇ、理沙ちゃん。不思議に思わなかった?」
「何を、ですか」
「あたしが理沙ちゃんの電話番号を知っていた事を」
 思い切って、愛は話を切り出す。まずはそこから疑っても良いものなのに、理沙は全く触れては来なかったのだ。一種の賭けのように切り出す愛に、理沙は虚ろな表情のまま口を開く。
「全ては、思し召しですから」
「何の?」
「神の……」
 理沙はそれだけ言って、微笑んだ。歪んだ笑みだ。愛の妖艶な笑みとは全く正反対の、歪んだ微笑。
「……ねぇ、理沙ちゃん。明日、あたしを再転寺に連れて行ってくれる?あたし、俄然興味が湧いちゃった」
 理沙は「喜んで」と言って、明日の午前12時にこの場所で会う事を約束してくれた。後に残された愛は、食べかけだった苺パフェを食べながらふと気付く。
 理沙の注文した紅茶は、血のように真っ赤なまま、一口も飲まれる事なく冷め切ってしまっていた。

●琴線
 翌日、正午。喫茶店『セキ』にて愛は理沙を待った。苺ショートをつつきながら。
(どうして理沙ちゃんは紅茶を飲まなかったのかしら?……飲めなかったのかしら?)
 まさか、と愛は呟く。そこまで洗脳が進んでいるとは考えたくなかった。人間の本能である食欲まで左右されるなど。愛はそっとポケットを探る。何か武器があった方が良いかもしれないと考え、持ってきた鞭。仕事道具だ。あるだけで落ち着くような気もした。
「お待たせしました」
 理沙が現れた。やはり生気の無い虚ろな表情のまま。
「ねえ、理沙ちゃん。何か食べる?」
 愛が尋ねるものの、理沙は首を横に振るだけだった。愛は溜息をついて立ち上がる。最後に残していた苺を口の中に放り込みながら。
「再転寺、ここから近い?」
「ええ」
 愛の問いに、理沙が答える。事実、15分ほど歩いた所にその寺はあった。正三角形型の一辺となっている部分に、正門がある。愛は気付く。その前に、二人の男性が立っている事に。
 黒髪に黒目の青年と、銀髪と青い瞳の青年。黒髪の方が扉に手をかけようとした。そして愛達の気配を感じ取ったらしく、こちらを振り返った。軽く構えながら。だが、理沙と愛の姿を見て二人は警戒を解いたようだった。そして、愛の姿に思わず目を奪われてしまったようでもあった。
(私の美貌がそうさせるわけね。申し訳ないわねぇ)
 愛はちいさく苦笑する。
「何をしてるんですか?」
 理沙が尋ねた。二人は一瞬顔を見合わせ、黒髪の方がにやりと笑って口を開いた。
「いや、是非とも教祖さんのお話しを聞きたいなって」
 そう言うと、理沙は暫く考えてから口を開く。
「では、一緒に参りましょう。……いいですか?藤咲さん」
「ええ」
 愛は理沙が背を向けたのを確かめてから二人に低く話し掛けた。
「あんた達、調査員?」
「ああ。俺は影崎・雅(かげさき みやび)、こっちは影崎・實勒(かげさき みろく)」
 黒髪の方が、むっつりと黙ったままの銀髪に代わって紹介をした。
「あたしは藤咲愛よ。……奇遇ね」
(こんな所で他の調査員に会えるなんて、思っても無かったわ。しかも、ご兄弟に)
 ふふ、と妖艶に愛は笑った。雅もはは、と笑い返す。再転寺の扉が開かれ、中に踏み入れる。中は他の寺と何ら変わりは無い、ごくごく普通の寺だった。しん、と静まり返っていることを除けば。
「……えっらい静かな所だな」
「雅、私は教祖の話には興味は無い。そこら辺を散策して、適当に合流する」
 實勒が突如そう言った。雅は苦笑しながら「了解」と答える。實勒はさっさと何処かへといってしまった。理沙はそんな實勒に気付かないのか、気付くつもりもないのか、無関心だった。
「あらあら、いいの?」
 愛がこそりと雅に耳打ちする。
「いいんだよ。ていうか、兄ちゃんの行動を規制するのは、恐らくこの依頼を成功させる事以上に難しいぜ」
「そうなの」
 愛はくすくすと笑った。雅はにやりと笑う。理沙の足が止まったのだ。目の前にあるのは、本堂。
「さあて、ご対面……かな?」
 にやり、と雅は笑う。目の前の本堂の扉が、ギイ、と重苦しく響かせながら開くのだった。

「失礼します」
 理沙はそう告げ、本堂を後にした。目の前には赤い石を見つめる中年男性の姿がある。
(あれが、西本東二……か)
 愛は何かあったらすぐに対応できるように、身構える。ポケットにしまってある鞭にそっと手を伸ばしながら。
「ようこそ、除災教に」
 男の声が響く。くるりと振る向く顔は、どこかしら疲労が見える。
(あら。中々手強そうなタイプね)
 妖艶に愛は微笑む。
「何も恐れる事はありません。ただ祈り、心を無にすればよいのです。そうすれば、何も恐れる事はなくなります」
「あら、それって本当かしら?」
 愛が綺麗に歩きながら西本に近付く。歩き方一つとってみても、色気が溢れている。
「何がですか?」
「あたし、怖いものがいっぱいあるのよねぇ。それ、全部どうにかしてくれるの?」
 形の良い唇に指を当て、色気たっぷりで詰め寄る。普通の男ならばひとたまりも無いだろう。
(さあ、どうするかしら?)
 西本は、揺るがなかった。ただじっと愛を見つめ、「心を無に」と言うだけだ。手強い。愛は確信する。
「なあ、おっさん。俺さ、寺の住職として……あんたと話そうと思ってきたんだ。別に入信とかしないけどさ」
「……それは残念ですが……私には話すことはありませんよ」
 西本は冷たく言い放つ。愛がそんな西本の頬に手をかけ、甘ったるい視線で囁くように「堅い事を言わないでよ」と言う。
 それでも揺るがない西本に、愛はある意味感心した。そろそろ落ち始めても可笑しくないのに。それも洗脳のなせる技なのだろうか。その時、雅が動いた。何かを感じ取ったかのように、走り出したのだ。
「愛ちゃん。俺ちょっと出てくるわ」
「はぁい」
「待ちたまえ!」
 西本が声をかけた。愛は苛つきを感じていた。いつまでたっても落ちない中年男性。自分の色香に惑わされず、心を無にという男。更に、走っていく雅を制止しようとして自分には目もくれない。
「そろそろ……お仕置きがいるかしら?」
 甘い甘い、囁きの声。愛はポケットの鞭をゆっくりと取り出す。鞭をぴいん、と張りながら西本を見下すように見ながら妖艶に微笑む。西本の顔色が変わった。突如妖艶な美女が放つサディスティックな笑みに。
「君……」
 西本の声は、パシンという音にかき消された。愛は微笑む。にい、と。
「軽々しく呼ぶんじゃないわよ?」
 それは女王と言う言葉に相応しき言動であった。

●人魂
「はぁい、子猫ちゃん。オイタが過ぎるようねぇ?」
 ピシイ、という音が本堂に響く。撓る鞭。
「あんたの後ろにある赤い石に用があるのよ?あたし。……おどきなさい」
「断る!あの石には、触れさせん!」
「あら……いけないわねぇ?」
 ピシイ!西本の頬に鞭が撓った。赤い蚯蚓腫れが出来る。
「痛い?……痛い訳無いでしょう?……ほら、気持ちいいって言ってもいいのよ?」
 愛はそっと蚯蚓腫れを指で辿る。愛の持つ、痛みを快楽に変える能力は確かに西本に快楽を与えている筈だ。なのに、西本は何も言わない。その表情すら変えない。痛いとも、気持ちいいとも。
 その時、本堂の扉は開かれた。茶髪に緑の目を持つ青年と、黒髪に青い切れ長の目を持つ女性。二人は呆気にとられたように口をぽかんと開けている。
「ええと、藤咲愛さん?」
 茶髪が尋ねると、愛はにやりと微笑む。サディスティックな笑みで。
「ぴんぽぉん」
 妖艶な声が、本堂一杯に響き渡った。
「私はシュライン・エマ(しゅらいん えま)。調査員よ」
「俺は灰野・輝史(かいや てるふみ)……同じく調査員なんですけど」
「あら、困ってるの?それとも、一緒にお仕置きして欲しいの?」
 愛の言葉に、二人は手を振る。
「結構です」
 輝史が妙に生真面目に断りを入れた。
「あたしねぇ。あの赤い石がすっごぉく気になるのよ。でもねぇ……見せてくれないのよ」
 愛が妖艶に笑う。輝史とシュラインの顔つきが変わった。二人も同じ考えのようだ。
「分かりました」
 まず動いたのは輝史だった。集中し、結界を張った。本堂に強固な結界が張られ、出口を塞いだ。西本が、石を持って逃げないように。そして、シュラインが赤い石の元に駆け寄る。西本がそれを阻もうと殴りかかろうとするが、愛が鞭を飛ばして西本の手をピシャリと叩く。一瞬怯んだその隙に、シュラインは石を持ち上げようとする。
「重っ……!」
 輝史が動く。それすらも阻もうとする西本の手首を、愛が鞭で締め上げた。ギリギリと手首に鞭が食い込む。
「あら、駄目よ?」
 ふふ、と愛は微笑んだ。
「……これは……!」
 じっと石を見ていた輝史が絶句した。心なしか青ざめているようだ。
「この中に、魂を封じ込めてますね?恐らくは、信者の」
「何ですって?」
 シュラインが驚いて石を見る。
「見てはいけません!引き込まれますよ?」
 輝史はそう言って、石に結界を張る。力の放出を押さえるための結界を。
「……外から力を供給しているようですが……」
「外から?」
 愛が尋ねると、輝史が頷く。
「寺の裏に、もう一つ力の塊がありました。邪気を」
 輝史は小さく舌打ちした。……が、突如顔が晴れる。
「……影崎さん、ですね」
 ぼそりと呟き、結界を強めた。西本が手首を縛られたまま、叫ぶ。
「やめろ!そこには震(しん)と千佳(ちか)がいるんだ!あと少しなんだ!」
「震?千佳?」
 愛は首を傾げる。
「この人の亡くなった妻と子どもよ。……ちょっと待って。あなた、まさか……!」
 シュラインは絶句したまま西本を見つめた。西本の顔が歪む。
「そうだ!何が悪い?信者の生気くらい集めて何が悪いと言うんだ!それで震と千佳が帰ってくるならどうって事無い!」
「……生気くらい、とか言わないでくれませんか?」
 輝史が冷たい目で西本を射抜く。だが、西本は怯まない。
「いいじゃないか!生気が無くなれば、恐れる事など何も無くなる!人間が恐怖したり辛苦を感じるのは、感情などと言うくだらないものがあるからだ!」
「馬鹿じゃないの?感情がくだらない訳無いじゃないの!」
 シュラインが叫ぶ。ビリビリ、と本堂の硝子が揺れた。だが、西本は怯まない。
「私を救ってくれるのは、それだけしかないんだ!私は何も悪い事はしていない!」
「信者さんだって、そう思ってるとおもうぜ?何も悪い事はしてないってな」
 突如、本堂に声が響いた。雅だ。結界の張られている空間に、何故か入っている。
「私は、間違ってなどいない!」
「間違って無いのなら、元からただの阿呆だったと言う事だ」
 本堂の外から声がする。實勒だった。こちらは結界の外から悠々と煙草を吸いつつこちらを見ている。
「信者など、私の願いを叶える為だけの哀れな羊でしかないのだ!」
「……オイタがすぎるわよぉ?あんただって羊でしょ?」
 愛は手首を縛っていた鞭を解き、今一度ピシャリと床を打つ。
「あんただって、哀れな羊でしかないのよ?」
「煩いいいぃぃぃぃ!!!!」
 赤い石から光が迸り、西本に浴びせられた。輝史の結界がそれを阻もうとしたが、それ以上に光は西本へと向かって行った。光が大方収まった時、西本の目は爛々と光っていた。真っ赤な色に。それは、狂気の炎。
「取り戻すんだ取り戻すんだ取り戻すんだ!」
 西本が叫ぶ。懐から、懐刀を取り出しながら。輝史は魔剣を形成し、構える。結界の維持は続けたままだ。雅は経を持ち、赤い石の前に座している。その隣にはシュライン。愛は鞭を構え、西本と睨み合う。實勒はやはり結界の外。だが、何を思ったか何処かへと行ってしまう。
「俺とシュラインさんは魂を解放する!」
 雅が叫ぶ。シュラインは一つ咳払いをする。
「では、俺と藤咲さんは……時間を稼ぎます」
「おっけぇ」
 にやり、と愛は微笑む。そして襲い掛かってくる西本の手を潜り抜けながら鞭を撓らせる。が、一瞬遅れをとってしまった。西本の刀が襲って来た……!
(しまっ……)
 愛は目を思わず閉じる。恐る恐る目を開けるものの、愛自身には傷一つついてはいなかった。代わりに、ぽたりと目の前で血が落ちた。輝史が庇って、腕に傷を負ったのだ。
「灰野さん!」
「お怪我はありませんね?」
 輝史が小さく苦痛を顔にしてから微笑んだ。愛はそっと輝史に触れる。とりあえずの痛みは快楽へと代わっていく筈だ。
「痛くない……?」
「傷が治ったわけじゃないわ。……ごめんなさい」
 輝史が微笑む。
「そんなのは女王様らしくないですよ?」
「そう……そうね」
 愛の目に、力が宿る。女王としての威厳だ。その時、経を唱えていた雅とシュラインの声が止んだ。
「お待たせ!」
 雅がそう言うと同時に、石にヒビが入った。ピシリと。
「まどろっこしい!」
 雅はそう言うと拳で石を殴った。石は、その衝撃にばらばらの破片に散らばる。
「ああああああ!千佳!震!」
 西本が叫ぶ。石から光が迸り、色々な所へと還って行く。抜かれてしまった生気たちが、元の持ち主の所に。
「もう千佳さんと震君はいないわ。……もう、空へといったから」
「あああ……ああああ!」
 西本は叫んだ。心の奥底から響くような声で。愛は鞭を収め、輝史も魔剣と結界を消す。シュラインが未だ血の流れている輝史の腕に、ハンカチを巻いた。
「だが、石は媒体でしかない筈だ!まだ、力だけならば外に……!」
 西本は、結界が消えたのを知って走り出そうとした。が、それに雅が追い討ちをかける。
「もう、外からの供給も期待できないぜ」
 にやりと雅は笑う。西本の目線の先に、墓と祠があった。恐らくは千佳と震の墓。そこに實勒が立っていた。横に黒い狼を携えて。

●別離
「皆さん、有難うございました」
 晴れやかな顔で、理沙が言った。
「私……どうしてあんなに除災教に入ろうだなんて思ったのか……未だに思い出せなくて」
「きっかけとか、あったんじゃないの?」
 愛が尋ねると、暫く理沙は考え、哀しそうな顔をして微笑んだ。
「お父さんが落雷で死んでしまった事かな?あんまり、記憶に残ってないんだけど」
 照れたような笑い。近しいものが死んでしまった時、本能的にその時の記憶を曖昧にしてしまう事は珍しくない。理沙もそうだったのであろう。
「一番大事なのは、自分を信じる事よ。信教自体は悪い事じゃないけどね」
 シュラインが微笑みながら言う。
「そうですよ。例えマイナーな宗教であっても、それが心の支えになるならいい事ですし」
 輝史も優しく笑いながら言う。
「ふん、くだらん。形無きものに頼るなど……」
 實勒が吐き捨てるように言うと、雅がにんまりして背中をぽんぽんと叩いてきた。
「形無いものを見たからといって、当たるのは良くないなぁ?」
「そんな事ではない」
 むっとしながら實勒が返す。皆が笑う。理沙はもう一度皆に礼をいい、帰っていった。
(あの寺は西本の箱庭だったんだわ。石を中心とした、西本だけの世界がそこには確かにあったんだわ。……興味なんて無いけど)
 あの忌々しい赤い石。願わくば、もう二度とそのような類のものが出てこないように。
「さてと、打ち上げでも行きましょうか」
 理沙を見送ってから、ううん、とシュラインが伸びをしながら提案する。日は大分傾きかけている。
「いいな、それ!何かリクエストがあったら、色々な店を紹介するぜ?」
 雅が『お気に入り店』をいくつか挙げていく。
「のんびりと出来るところがいいですねぇ。生簀の無い所とか」
 輝史はにこにこと笑いながらそれでもさりげなく意見を出していく。
「酒の美味い所なら何処でもいい」
 煙草に火をつけなら、實勒が言う。
「私駄目だわ。これからお店に行かないと」
 愛が残念そうに言い、それからさも名案だといわんばかりに皆を見回して妖艶に笑う。
「そうだ。皆がうちの店に来ればいいのよ。ね?」
 皆の動きが止まった。愛のポケットに入っている鞭に、自ずと目がいってしまう。
「あら、皆。恥ずかしがりやさんね」
「それは違いますよ」
 真顔で輝史が言う。皆苦笑し、顔を見合わせながら後日改めて打ち上げをする事を誓うのだった。愛の勤める店以外で。

<依頼完了・打ち上げ予定付>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0830 / 藤咲・愛 / 女 / 26 / 歌舞伎町の女王 】
【 0843 / 影崎・雅 / 男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】
【 0965 / 影崎・實勒 / 男 / 33 / 監察医 】
【 0996 / 灰野・輝史 / 男 / 23 / 霊能ボディガード 】

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■         ライター通信          ■
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お待たせ致しました、こんにちは。ライターの霜月玲守です。このたびは私の依頼を受けて頂き本当に有難うございました。如何だったでしょうか?
毎回毎回オープニングが分かりにくいと思いつつ……今回ははっきりとした依頼内容すら書いてない状態でした。すいません。いや、忘れたわけでは……(笑)皆さんがどういう形を持って依頼完了にしたのかを見たかった、というのが一つありました。それでも皆さんは素敵なプレイングをかけてくださってました。有難うございます。

藤咲・愛さん、初めまして。如何だったでしょうか。職業と能力を見て、一気に惚れました。大好きです。きちんと表現できているかどきどきですが。
プレイングは個人的に大喜びでした。入信しようとして頂けて、本当に嬉しかったです。有難うございます。

今回、またもや言葉遊びなんぞ盛り込んでみました。宜しければ探してみてくださいね。今回の言葉遊びはバレバレなんですけど。
また、一人一人の文章となっております。他の方と読み比べられると、より一層深まると思います。

ご意見・ご感想等心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその時まで。