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雪が降る町
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「えーと、この辺りになりますかな?」
「これはこれは…。恐ろしく山奥ですね」
草間武彦は指差された地図を見るとそう言った。場所は興信所の応接間である。もちろん、応接間、と言っても狭い興信所内を目隠しで仕切った程度のものではあるが。
草間の前には初老の老人がその顎に白い鬚を蓄えて座っていた。背は高くなく、ややふっくらとした印象で、姿勢良くソファに座っている。向かい合う草間との間のテーブルに地図を置いている。
「本当なら本部から何人かが出向く筈だったのじゃが、生憎、今年は人手不足でな。とりあえず関東分はここを頼ろう、ということに決定したんじゃよ」
「はあ」
老人の言葉に草間が苦笑する。
「まあ、雪んこ達も、丸一日つきあってやれば満足してくれるじゃろうて」
「そうですか。この季節だと、一面雪、でしょうね…」
草間はその寒さを思って少しだけ、身震いする。
「とりあえず入り用な物があれば、できるだけこちらで用意しよう」
「助かります」
草間は頭を下げた。
その老人が帰った後、草間零はいつも通り依頼内容をまとめていた。
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依頼内容:雪んこ達(2人)と遊ぶ
依頼主:三田・良寿(さんた・よしひさ)
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相変わらず簡潔である。
「変わった…依頼ですね」
零がその首を傾げて草間に話し掛ける。
依頼が変わっているのはいつもの事なのだが、いつにもまして変わっている。
「ただ、遊ぶだけなのですか?」
「ああ。だが雪だらけだからな…。一応寒さには注意しないとな」
草間はなんだか楽しそうである。
「お兄さんも行くのですか?」
「ん?そうだな…零も行ってみるか?」
零は少し考えてうなづいた。興信所にひとり残っても掃除くらいしかすることがないのだ。
「じゃ、レンタカーの手配と、何人か暇そうな奴らに連絡だな」
零にそう指示すると草間は自分の机に戻った。
「そうそう、報酬を考えておくように、ってのも連絡してくれ」
「報酬、ですか?」
「ああ。今回は現物支給だからな…但しあんまり欲張ったものは叶わない、らしいが」
草間は言うと興信所を手伝ってくれているメンバのリストを零に手渡した。
叶う?何が叶うんだろう?
零はそのリストを受け取ると目を瞑って考えた。
* +
橘神・剣豪(きしん・けんごう)は走っていた。白い息を吐きながら、街を行く。鈍い色彩の街並みに彼の金の髪が映えた。
彼の本性は犬である。飼い主である鞠を悲しませたくないという思いから、剣豪は死後黄泉の淵から舞い戻り、守護獣として今も鞠を守ろうとしている。普段は生前のポメラニアンの姿を取っているが、今現在は人の姿で走っている。四つ足とニ本足とではどっちが早かろう、と30分間思い悩んだ挙げ句にリーチの長さで二本足を取った。
「こんなはずじゃなかったのに!」
剣豪の口から、思わず悔恨の台詞が漏れる。
今日は朝が早いからと、いつもよりも3時間は早く寝たのである。――飼い主の鞠が風邪の為に寝ていて、独り起きててもつまらないからだが――今朝、剣豪は起床予定よりも10分遅く鞠の手に優しく揺さぶられて目を覚ました。
――今回は移動時間を食うからな。遅刻厳禁。遅れた者は容赦なく置いていくからな。
剣豪の脳裏に草間の言葉が浮かんだ。
――剣豪…今日は、早起きではなかったのですか?
そう言って風邪引きなのに、剣豪を優しく起こしてくれた鞠の顔も浮かんだ。
もしも置いて行かれたらどうしよう。そんな事を考えて一瞬泣きそうになったが、病をおして送りだしてくれた鞠のためにも―。
「鞠たん、俺がんばるからな!」
気合いを入れた剣豪の声が早朝の街に響いた。
遅刻になった一番の要因は寝坊ではなく、もちろん30分の長考なのだが、その事には気付かず、いや、気付けず、とにかく剣豪はひたすらに草間興信所を目指して走った。
「よーし、荷物積んでいいぞー」
そう言って草間の吐いた息が白い。日は昇っているが、早朝。しかも冬の空気は澄んでいる故に冷たい。集合は草間興信所前に朝7時、だった。
今回は依頼の目的地までの道程を草間の運転で――車で行くのだ。
「はーい!」
加賀・美由姫(かが・みゆき)の明るい声を合図に、各人、各々の荷物を車の後部へと積み込みにかかった。美由姫は寒さに備えて厚着してきたが、その髪は項をさらす、いつもの頭の高い位置でくくっていた。
「美由姫ちゃんの荷物むっちゃ多ないか?」
美由姫の足下にある大振りのバッグを見て今野・篤旗(いまの・あつき)が声を掛けた。
「へへー。いろいろ準備してきたもんね。まずお菓子でしょ、あともちろんカメラでしょ…えーと、あとね…」
「まるで遠足やな」
「あら、今野君も人の事言えないでしょ」
二人のやり取りを聞いていたシュライン・エマ(・)が横槍をいれる。
「このカセットコンロとお鍋、あとスコップも。君の注文でしょ?」
シュラインはあらかじめ車に積まれているそれらを指差し苦笑した。
「本当…すごい荷物。…しかもカセットコンロって…あっちゃんが居るならいらないじゃん」
お返しとばかりに美由姫が突っ込む。
「そうね。私も魔法瓶に温かい飲み物を用意してきたけれど。今野君が来るって知ってればね」
二人はそう言うと顔を見合わせて笑った。美由姫は友人だから、シュラインは何度か依頼を一緒にしている事から、篤旗の温度を操るという能力を知っているのだ。
「僕は人間調理器ですか」
「あはは」
「ふふふ」
美由姫とシュラインは声を出して笑った。
「どうして彼が…人間調理器なんだい?」
その場に到着したばかりの 橘姫・貫太(きつき・かんた)が美由姫の肩を優しく叩いた。彼は黒いダッフルコート、防寒用に長いマフラーを巻いていた。その口元には微笑が浮かんでいる。美由姫は聞き覚えのある声に振り返った。
「あ!貫太くん。おはよう」
「あ…おはよう」
美由姫ににっこりと微笑みかけられると、貫太はほんの少しだけ照れたようにはにかんだ。
「あっちゃんはね、温めと冷凍ができるんだよ。あ、これ内緒ね」
「温め?」
なんだか良く分からなかったが、つまりはさっき言われていたように人間調理器なのだろう。貫太はそう理解することにした。
二人のやり取りを様子を車の影から眺めていた草間が声をかける。
「橘姫がこういう依頼に参加するなんて珍しいな?」
「遊ぶだけの依頼だもん。参加しないと損でしょ?だから私が誘ったんだよー」
美由姫が貫太の隣で草間に笑いかけた。そんな美由姫を見て貫太もうなづく。
「そういうこと…」
「ふうん?」
どこか腑に落ちない様子で草間は首を捻るとそう言った。ちらちらと交互に二人を見る。
「お兄さん、これはどこに置けばいいですか?」
少し遠くで零が何やら袋を手に呼ぶと、しかし、草間はそれ以上は詮索せずに零の方へと向かった。草間が向こうへ行くのを見届けると貫太は誰にも気付かれないように、そっと安堵の息を吐いた。
自分の荷物を積み終えると、シュラインは早速助手席に座りカーナビの設定を始めた。もちろん実際に地図を見てのナビゲータもするつもりではあるが、知らない土地に出かける時に現在地を記してくれるカーナビはありがたかった。地図を見て、三田との約束の場所を入力する。
今回は雪道を行くということで4WDにスタッドレスタイヤで用意して貰った。もちろんレンタカーで、外来語がいまいち理解できていない零に変わって、結局シュラインが手配した。掃除好きの零が居る事で興信所の住(?)環境も良くはなってきているが、まだまだシュラインなしでは到底立ち行かない。
「七人乗りで良かったのよね」
ふと、広い車内を見渡してシュラインが口を開いた。
「ああ。ちょうど、七人だからな」
外から助手席を覗いて、草間が答えた。その右手には火の点いた煙草。出発前の一服のようだ。今回のドライバーは草間である。
「7人?…えーと、武彦さん、零ちゃん…」
シュラインは後ろで荷物を運び込んでいる三人を見る。
「今野君に橘姫君、それに美由姫ちゃん、私…6人よ?」
言ってシュラインは首を傾げてみせた。
「遅刻厳禁って言ってあったんだがな…」
草間は煙草をくわえると首を傾げて苦笑した。
「多少は覚悟していたが、あんまり遅れるようなら連絡を…」
草間はその遅刻者が携帯電話など持っていない事に思い当たる。
「いや待てよ、この早朝に電話はまずいな…最悪、置いていくか」
「ええ?」
冗談とも本気ともとれる草間の言葉にシュラインは目を丸くした。
荷物を積み終わった三人はその場で談笑していた。美由姫が仲介となって、貫太と篤旗を紹介しているのだ。
「こっちが貫太君。代官山のイタリアンのお店でウェイターさんやってるの。お店に通ってるうちに仲良くなったんだよ。お料理もすごく美味しいから、今度連れてってあげるね。あっもちろん、あっちゃんのおごりで」
『なんで「もちろんおごり」やねん』と篤旗の突っ込む隙を許さず美由姫が紹介を続ける。
「こっちはあっちゃん。えーと、友達、かな?」
貫太に紹介しながら、美由姫はちらりと横目で篤旗を見た。
「うーん…。まあ美由姫ちゃんやし、ええけどな」
「そうでしょ」
篤旗はその後輩の言葉に苦笑した。二人の関係は正しくは先輩と後輩である。
「仲良いんだね…。よろしく」
貫太が二人のやり取りを見て人懐っこい笑みを浮かべると、篤旗に手を差し出した。
「あ、こっちこそ」
篤旗は左手を頭にやり、握手した。
「ところで出発はまだ…なのかな」
貫太は辺りを見回した。もう皆の荷物も積み終わっている。移動時間を考えての早朝集合なのに、なぜまだここでぐずぐずしているのだろう。
「本当だね。私ちょっと草間さんに聞いてく、る…」
そう言いながら振り返った美由姫の視界に人が飛び込んで来た。今一人、遠くからまっすぐこちらへ駈けて来ていた。その人物が跳躍する度に、金の髪が昇って間も無い朝日に照らされて瞬く。美由姫が首を傾げながら貫太を見た。
「あれって」
「関係者…かな?草間さん…ちょっと」
貫太は車の横で煙草をふかしている草間を呼んだ。
「あの人も、一緒なの?」
貫太に言われて草間が少し目を細める。どうやら剣豪のようだ。
「よし、全員揃ったな。各自車に乗り込むように」
まるで引率の教師のような口ぶりで草間がそう言った。
「あの人は待たんでもええんですか?」
「ああ、大丈夫だ」
何がどう大丈夫なのか、篤旗の言葉に草間がうなづいた。
剣豪は興信所前に停めた車に皆が乗り込むのを見ていた。見て、走っていた。かなり走って少し疲れてはいるが、大丈夫。ゴールはもう少し、の筈だった。
「え」
エンジン音を上げて車が振動したかと思うと、車はゆるゆると発車した。剣豪を置いて。
「ちょ…待てよ!!」
顔面蒼白になりながら、剣豪がスピードを上げたのは言うまでも無かった。
「わんこが走ってます」
後部座席で零が後ろを振り返り声を上げた。
「わんこ?わんこって犬やんな?」
零の言葉に篤旗も後ろを向く。先程の金髪の青年がこちらへむかって必死の形相で走っているのは見えたが、犬などどこにも見えない。
「あの人、こっちに向かってる、よね?」
中央の座席で(三列シートである)篤旗と貫太の間に座っていた美由姫も、後ろを向いた。貫太がバックミラー越しに草間が軽く笑みを浮かべているのを見咎めて声を掛ける。
「草間さん、停めてあげたほうが…いいんじゃないのか?」
「武彦さん」
助手席でシュラインも草間を睨む。草間はなんだかこの状況を楽しんでいるようなのだ。
「分かってる。向こうのコンビニまでな」
シュラインが見ると左手、かなり前方にコンビニの看板が見えた。まだ遠い。
車に向かって走っている青年に見覚えは有った。何度か一緒に依頼をこなしている。先程の七人目、遅刻者が彼なのだろう。
「剣豪君が、最後の一人なのね。…って。えーと、鞠さんは?」
やはり知り合いである剣豪の主人、鞠が人数に入っていない事に気付く。
「彼女な。どうやら風邪を引いたらしくて、今回は剣豪だけなんだ…。よろしく頼むって言付かってるよ。」
草間はハンドルを握り、前を向いたままそう言った。
「前もって遅刻厳禁とは言っておいたし、どうせならここで少し奴の体力を消耗させておいてもいいかと思ってな」
シュラインはやはりひどい、と思った。が、草間の言葉も確かに一理はある。今回はストッパーが不在ということになるのだ。
「ほら、停めてあげて」
車がコンビニが近付くとシュラインは草間に声を掛けた。
自分を置いて発車したことを喧々と抗議していた剣豪も、コンビニで草間に温かいお茶とおつまみビーフジャーキーを買って貰うとすっきりと機嫌を直した。今は後部座席でおとなしくお茶で乾いた喉を潤している。そんな剣豪の隣で零が嬉しそうに剣豪を眺めていた。
「お名前はなんとおっしゃるんですか?」
にこにこと零が笑っている。
「剣豪だ…おまえは?」
「零と言います」
「ふーん」
剣豪は先程から妙に愛想の良い零をしげしげと見つめてみる。どうやら悪い人間ではなさそうだが。
それよりもビーフジャーキーである。
「あ!これ切るところがついてないじゃんか」
包装に切り込みが入っていないらしい。両手で持って口を引っ張らなければならないが、剣豪は口で袋を噛み切る方法を選んだ。
自慢の犬歯で袋を噛み、ぐいっと両手で袋をひっぱった。
どうやら良い強度の袋であったらしい。そのままちぎれずに、噛んだ所から引っ張っただけ袋は伸びた。
「なんだよこれ!」
四苦八苦しているそんな剣豪を黙って眺めていた零が声を掛けた。
「袋、開けましょうか?」
「え?なんだ?」
「びーふ、じゃー…き?の袋です」
「あ、ああ!じゃあ開けて貰ってもいいぞ」
零は袋を受け取ると丁寧に両側をひっぱって開いた。
袋を開けてもらった剣豪は満面の笑みでジャーキーをつまみ、ふと零の視線に気付いた。
「零も食べるか?」
お礼のつもりのようだった。
なんだか二人、仲良くやっているようだ。零が珍しく嬉しそうな表情を浮かべて剣豪に接している。なんとなく良い雰囲気である。
――んん?あ、もしかして。
座席の背に隠れるようにして、後ろの様子を伺っていた(人の恋路にはうるさい)美由姫が閃く。
美由姫は身を乗り出して、運転中の草間にこっそりと耳打ちした。
「あの。零ちゃんってもしかして、剣豪さんの事…」
「ん?ああ」
美由姫の言葉に草間はミラー越しにちらりと零を見る。笑っている。
「…犬が好きみたいだな」
「え?」
草間が何を言っているのか訳がわからず、美由姫は助手席のシュラインを向き、助けを求める。
「そう、犬好きだったのね」
さっぱり分からない。
「うーん。また機会があったら話してあげるわ」
シュラインは首を傾げる美由姫に向かって苦笑するとそう言った。零の目には剣豪は守護獣の、ポメラニアンの本性で映っているのだろうか。
振り返ると零が困ったような顔をした剣豪の頭を嬉しそうに何度も撫でていた。
一同を載せた車は途中サービスエリアで一度休憩を取ると、その後はまっすぐ目的地へと向かった。標高が上がるごとに雪が目につくようになる。
今年が暖冬だと、誰かが言っていたものだけど…。温かい車内から流れる景色を見ながら貫太がそんな事を思った。
「何か見える?」
ふいに隣から美由姫に声をかけられて驚く。先程の休憩から少し経つが、後部座席では零と剣豪、貫太の隣では美由姫と篤旗が眠っていると思っていた。運転席の草間と助手席のシュラインはさすがに起きていたが、邪魔をしても悪いだろうと貫太は一人、車窓を眺めていたのだ。
「…美由姫さん。起きたの?」
「うん。朝早かったから眠っちゃったね。ごめんね」
そう言ってちろ、と舌を出すと、美由姫は貫太の見ていた窓へと目を遣る。途中、サービスエリアで見た時よりもいっそう周りの雪が深い。
「白いね」
美由姫はそう言って貫太の顔を見、彼が優しい眼差しで景色を見ている事に気付く。
「雪、好きなんだ?」
「うん。…実家が東北なんだ。俺の生まれた所も、雪深い」
――何故、忌んでいる実家の話なんかしているのだろう。ぼんやりとそう思い、貫太は美由姫を見る。
「そうなんだ。じゃあクリスマスは毎年ホワイトクリスマスなんだろうなあ。いいなあ」
美由姫は無邪気に笑った。その笑顔につられるように、貫太も少し笑んだ。
「あら、起きたのね」
草間と静かに談笑していたシュラインが話声に後ろを振り返った。
「はい。でもまだ三名眠ってまーす」
美由姫が笑って答える。
「あと、どのくらいかかるんですか?」
貫太が口を開いた。
「そうね。割ともうすぐよ」
シュラインは地図を見て簡潔にそう言うと微笑み、また前を向いた。フロントガラスに、ちらちらと雪が降り出しているのが見えた。まるで自分達を歓迎しているかのように。
「もうすぐかあ。楽しみだなあ」
真白い雪原を夢想して美由姫は呟いた。右隣では篤旗がやはり目を瞑っている。
もうすぐ着くんなら、起こしてあげなきゃね。
その寝顔を見て美由姫はにまりと笑うやいなや、両手で篤旗の頬を抓り、思いっきりひっぱった。
「いいっ!」
篤旗はその痛みに慌てて飛び起きた。
「おっはよう」
涙目で頬をさする篤旗に美由姫が元気に言った。篤旗の頬は抓った部分が赤くなっていた。
「おはよう、てなあ…。もうちょい優しく起こしてくれんな」
そう言いながら家に居る妹が思い浮かんだ。
「ごめんごめん」
「もうすぐ、らしいよ」
二人のやり取りを見て微笑む貫太の言葉に窓の外を見ると、目に入ったその景色に篤旗が声をあげた。
「え?うわ、ほんまや。えらい雪やなあ」
貫太が振り返ると、後部座席ではまだ零と剣豪が頭をつき合わせて眠っていた。
「そろそろかな?」
草間が言ってシュラインを横目に見る。声を掛けられてシュラインは興信所から持ってきたメモを確認した。
「さっきのサービスエリアから3つ目のトンネル、…次のトンネルの避難坑よ」
「よし」
ライトを付けトンネルに入ると、危険ではあったが、草間は非常灯を灯して徐々に減速した。後続の車は右車線へと避けてくれる。少し行くと前方に避難坑の入り口が見えた。
「開いてるわね」
その扉が開いている事を確かめてシュラインがそう言った。
草間はうなづくとゆるやかに、その入り口へとハンドルを切った。
* + *
「川端康成や…」
篤旗は呟いた。
車が避難坑へ曲ったのは分かった。
しかしその薄暗い避難坑は予想を裏切って延々と続き、そして今、唐突に目の前に雪原がひらけている。避難坑の薄暗さに慣れた目にその雪景色が白く鮮やかに染み込む。篤旗は目を細めた。
「すごーい!真っ白だね、あっちゃん、ね、貫太君ほら!」
「見えてるよ、美由姫さん」
美由姫のはしゃぎ振りに貫太が微笑んだ。
前方にかろうじて車が通れる幅だけ雪を押し固めたような道が続いている。その両側、窓から見える景色はただ白く、なだらかに傾斜していた。
一同を載せた車はごくゆっくりとその道を進んで行く。
どこまで進むのかしら…。シュラインがそんなことを考えていると、やがてゆっくりと車は減速して停まった。道がそこで途切れていた。草間がキーを回し、シートベルトを外すのを見ながらシュラインが口を開いた。
「着いたのね?」
「ああ」
シュラインに向かって笑みながらうなづくと、草間は後ろを振り返る。
「よし、降りていいぞ。ただし、寒いから上着を着てからな」
「はい」
口々に上がる元気な彼等の声を聞きながら、シュラインは微笑した。あの草間がまるで引率の先生か父親のようだと。
ああ、それなら私がお母さんね、とそこまで考えて思わず顔を紅潮させてしまう。ふるふると首を振った。不思議そうに草間がその様子を見ていた。
「何をやってるんだ?」
「何でもありません!」
シュラインは少し慌てたようにそう言って、上着を着ると車を降りた。足下から白く雪原が広がっている。まだ誰にも汚されていない白い雪。その景色を眺めながら、やはり異界なのだと、シュラインは思った。白くどこまでも続く雪原は、どこかにありそうで、そしてきっとどこにもない風景だろう。振り返ると自分達が通ってきたトンネルの入り口も既になかった。
ガラス越しにではなく、実際にその景色を目の前にして思わず足が竦む。足跡をつけることを躊躇ってしまうのだ。ドアの閉まる音にシュラインは、上着の前を留めながら運転席から降りてきた草間を見た。後から車から降りてきた草間もそうなのだろう。ただ前を見遣っている。車内の暖房で少し火照った顔に、時折軽く吹く風が冷たくて気持ち良かった。
貫太はマフラーを巻き、車を降りる準備をすると振り返り、後ろ――後部座席を見た。剣豪の肩に零が頭を寄せて、二人共まだ眠っている。その安らかな寝顔を見て、少し起こすのが躊躇われたが、そもそもの目的はここなのだと思い直し、貫太は手を伸ばし剣豪の肩を叩いた。
「着きましたよ」
「あ?…う、うん…」
剣豪は起こされて軽く頭を振ると目を擦った。
「外、寒いみたいだから上着…着てから出た方がいいですよ…あ、零さんそこ踏んで下さい」
「こう、ですね?」
「はい」
貫太はドアを開けてシートを倒すと外に出た。ダッフルコートの膨らんだポケットには、一揃の手袋。もちろん、貫太は今自分の物を填めている。
視線をあげると、先に降りていた美由姫と篤旗の姿が目に入った。
「うーん。やっぱり寒いね」
そう言いながら美由姫は嬉しそうに笑っている。
「せやなあ。でも寒いっちゅうか、冷たいって感じやな」
「あ、そうそう、そんな感じやね」
「美由姫ちゃん、うつってるうつってる」
「えへへ。わざとだもん」
二人のやりとりを聞いていて、やはり仲がいいな、等と考えた貫太の背後で癇声が上がった。
「うわー!!!!真っ白だあ!雪だよな!雪!!!雪!!!」
まるで雪を見た事のない南の国の子供のように、吸い込んだありったけの息を吐き出して剣豪は叫んだ。
そして一通り叫ぶとひたすらに、皆が足跡をつけるのに躊躇して眺めていた新雪の雪原へと駆け出す。剣豪の足下で雪が柔らかく圧縮されていく。ごく柔らかくて崩れやすい、砂糖菓子ように。
「すげえ!!雪!!!ふかふかー!!!さくさくー!!!」
「ええ!?」
剣豪のはしゃぎっぷりを一歩引く形で見守っていた美由姫が声を上げた。
剣豪は雪原に横になった。それだけでなく、さらに横倒しのままごろごろと横へ転がって行く。
「あー。本当にふかふかだあ」
新雪の柔らかさを体全体で噛み締める橘神剣豪――外見年令25歳。
「は!」
さらに突然声を上げると慌てて周りの雪をありったけ掻き集め始める。
「あのー。剣豪さん」
剣豪が何をしようとしているのか気付いた美由姫が少し遠慮がちに声をかける。
「何だ?」
「雪って溶けちゃうから。持って帰れませんよ?」
「そ!そうだよな!…そう、そっか…」
お土産に、と思ったようだった。
「なあなあ!!何するんだ??雪とか投げたりするのか?」
剣豪は満面の笑顔で、まだ車の傍にいる一向に声をかけて手を振った。
「雪合戦ね!よーっし!」
美由姫は足下にあった雪をすばやく固めると剣豪へ向けて放った。
「うわ!」
顔面に当てられ仰け反る剣豪。
「命中!こういうのは美由姫さんに任せてよね!」
「よっしゃ僕も…」
走り出した途端、篤旗の目に雪玉が飛び込んで来た。篤旗は思わず右手をかざして雪を瞬時に溶かす。じゅっと音がして、辺りに白い湯気が上がった。
「あ!ずるいぞ!卑怯だぞ!」
「あ、思わず。ごめん!」
篤旗は剣豪からの非難に苦笑した。
篤旗はその場にしゃがみ込むとすばやく雪玉を何個か作り、それを持って駆け出した。雪は深く、走ると言っても膝まで沈み込む雪を高く上げた足でふみ固めながら歩くような物だ。走る、というのは気分の問題である。
剣豪が居る方向から雪玉が飛んでくる。篤旗は走りながらそれを避け、剣豪目掛けて雪玉を放った。
「は!」
飛んできた雪玉を反射的に手でキャッチしてしまう剣豪。
「おお!なかなかやるやん!」
「まかせろよ!」
そう言って、誉められ得意そうに顎を上げた剣豪の頭に雪が命中する。
「ほらほら油断大敵だよ!」
両手に雪玉を多数抱えた美由姫が手を高い位置でぐるぐる回した。
シュラインは雪原に繰り広げられているその光景を微笑みながら眺めていた。
4人はいつのまにか剣豪篤旗と美由姫貫太の二組に分かれているようだ。みんな童心に帰ったのか、はしゃぎ声が少し離れたここまで聞こえてくる。
「皆さん楽しそうですね」
零が車から降りてきた。上着を着るのに手間取っていたのだろう。
「零も行ってきたらどうだ?」
草間が煙草を燻らせながら零に言った。その右手に煙草、左手にはもちろん携帯灰皿を持っている。
「いいんですか?」
「ああ。せっかく来たのだろう?」
「ではお兄さん。いってまいります」
言って、零が雪原に足を踏み出すと服の重みだけ雪が沈んだ。零のごく淡い水色のコートが雪の白に馴染んでいく。その姿を見て草間がシュラインへ口を開く。
「選んでくれたのはありがたいが、薄い色だと汚れが目立たないか?」
「似合うと思ってあの色にしたんだけど、そうね。誰かさんと違ってきれい好きな子だから大丈夫でしょ」
「誰かさんは余計だ」
二人は笑いあった。
「ところで、そのスコップ。今野君が頼んだ物、よね?」
シュラインは草間が手にしている大振りのスコップに目を遣った。
「ああ、なんでもかまくらを作ってみたい、ってことだったんだが…」
ちらりとそちらを見ると零も交えて、まだまだはしゃいでいる様子である。
「あいつらが遊んでいるうちに雪んこに手伝って貰って少し進めておこうかと思ったんだが」
「雪んこ達、ね」
こちらは着いているが、雪んこには未だ会えていない。
ぼんやりと雪合戦を眺めていた草間が口を開いた。
「どうやらあそこだ」
「え?」
草間の指した先、雪原に小学生くらいの子供が二人居た。二人とも白い服を着て、風景に紛れてしまうように。
「篤旗、もっと雪!早く!」
「ちょっと待ってえや」
剣豪に急かされて、今野は雪を急いで固める。いつの間にか投げ役、雪玉作り役、と役割分担が出来ているようだ。
「がんばります!」
篤旗の隣では零も一緒になって雪を丸めている。
「零はもっと固いの頼んだな」
言いながら剣豪は近付いてくる美由姫に向かって雪玉を投げる。それを素早く避けた美由姫からはお返しとばかりに雪玉が返ってくる。
「なかなかやるな!」
剣豪はありったけの雪玉を抱えると立ち上がり、玉切れした美由姫を追い掛けた。
「あ、ちゃうちゃう。丸さにこだわらんでもええねん。こう適当に雪を掴んで、ぎゅうっとするだけで。…ほら、立派な雪玉やろ?」
「丸くなくても良いのですね」
零が篤旗の真似をしてぎゅっと雪玉を握った。
「そうそう、その調子」
こちらはなんだか地味に作業を続ける二人であった。
一方美由姫、貫太の組は二人で一斉に雪玉を作るとそれを持てるだけ持って敵地へ乗り込む、という戦法(?)を取っていた。
剣豪との追いかけっこも玉切れで一旦終了。今は玉仕込み中である。
「雪がさらさらだから、固めにくいね」
美由姫は話ながら嬉しそうににこにこと笑っている。
「楽しそうだね」
手早く雪を固めながら貫太がそう言った。
「うん。嬉しいし、楽しいよ。貫太君は?」
「うん。俺も…楽しいよ」
「じゃあ誘って良かったな」
美由姫はそう言ってにっこり笑うと作った雪玉を抱えられるだけ抱えた。
「突撃してきます!」
「うん」
元気に言う美由姫に返事を返し、貫太も雪玉を作り終えると立ち上がった。
ふと、立った視線の先に白い物が見えた。雪に紛れるように白い服を着た、子供。二人居る。
手に雪玉を持つと駆ける美由姫の方へと投げた。
「危な…!」
貫太が声をかける間もなく、その雪玉は美由姫の即頭部に見事に命中した。
「つ…!って、ええ?誰?」
敵である剣豪は前方に見えている。美由姫は首を回した。
「ひゃ!」
目の前に飛んで来た第二段に、慌ててしゃがみ避ける。
「子供…あ。雪んこ?」
そもそもの依頼を思い出して貫太が呟いた。
* + * +
「ほら踏んだ踏んだ」
雪んこを交えて、結局どのくらい遊んだのだろう。一旦休戦ということで、何故か草間の指導の元、かまくら作りが進められている。今は直径約4m、高さ3mのバケツ形に積んだ雪を皆で踏み固めている行程である。もちろん、雪を積んだと言ってもスコップでコツコツ積んだのでは無く、雪んこに頼んで降り積もらせてもらった雪が大部分である。
「なー、これ。どのくらい踏めば終わるんだ?」
剣豪が隣で足踏みしている貫太に声をかける。
「うーん…。でもここで固めておかないと、後で中をくりぬけないですから…」
経験者は語る。
「しっかり踏めっちゅうことやな」
「なんか俺、飽きて来た」
ただ雪塊を踏み固めるだけの作業に剣豪が少し息を吐いた。
「しっかり頑張ってね」
下で美由姫が足踏みをしている三人に笑顔で手を振った。
男性陣が雪を踏み固めているその下で、女性陣は雪んこと遊んでいた。
雪んこ達は色白でほっぺが赤い、一見すると普通の小学生のようである。ただ、ひどく薄着で、それから一言も口をきかなかった。こちらの言う事は分かっているようなのだが、彼(彼女?)らの返す返事は首を縦に振るか、横に振るかだけであった。
「シュラインさん上手ー」
シュラインは小振りの雪うさぎを作っていた。ちょうど掌に乗りそうなくらいの大きさである。南天の実で赤く目をつけて出来上がりである。
「その実、持って来たんですか?」
「え?ええ。通りすがりに、少し頂いてきちゃったわ」
「かわいいです」
零もうさぎを眺めた。
「零ちゃんは…。何?それ」
零の足下にいくつもの雪玉が置かれている。雪合戦なら先程終了したのだが。
「丸く作れるように、練習です」
「あ、そうなんだ」
見ると今も掌でくるくると雪玉を丸めていた。美由姫とシュラインは顔を見合わせて微笑むとそれ以上は何も言わなかった。
雪んこはそんな三人に挟まれてにこにこと、時にはシュラインを、時には零を手伝ったりしていた。
「雪んこちゃん、楽しい?」
雪んこの一人はシュラインにそう聞かれると、顔を上げて何度もうなづいた。
結局かまくらの内部をくり抜く作業は篤旗が担った。スコップを使って掘るのでは無く、少しづつ、熱で内部を溶かす作業にしたのだ。きれいに溶かされてできた内部はその表面も滑らかに、人工の建造物のようだった。
少し周りより低く窪ませた床には段ボールと防水のシートが敷かれて、一同はその上に腰を下ろした。
「お疲れ様−。熱いから気をつけてね」
中央、一段高く雪で台のようなものが作られて、その台の上にカセットコンロが置かれた。コンロの上には鍋。鍋の中身は甘酒である。
シュラインの作った甘酒を美由姫が皆に配って行った。雪んこ達にはシュラインの用意したアイスクリームが振る舞われた。
「あー。むっちゃ満足やわ」
篤旗が甘酒を一口飲むと、息を吐いた。少しだけ効いた塩がちょうど良い。その満足げな様子をみてシュラインが微笑んだ。
「今野君はこれがやりたかったのね?」
スコップ、カセットコンロ、鍋。そして甘酒の材料。全て篤旗のリクエストした物である。篤旗は目を瞑ってうなづいた。
「小さい頃に何かのテレビでこんなんやってたの見て、憧れとったんです」
言って少し照れた。京都でも市内ではかまくらが作れるほどに雪が積もることは滅多にない。剣豪、美由姫にしてもそうだが、都会の人間にとっては雪は一種憧れの対象でもあるのだろう。
貫太も熱い甘酒に口をつけながら、ぼんやりと東北の実家の雪景色を思い出していた。
* + * + *
皆が甘酒で一息ついた頃を見計らって、草間が口を開いた。
「ところで、報酬の件なんだが…」
草間の言葉に勢い込んで剣豪が口を開く。
「あ!俺、木!木がいい!透明で、ぴかぴかしてて、あの…くりすまつりとかいうやつ!」
鞠たんも『きれいですね』ってゆってたもんな!
街で見かけたガラスで出来たツリー。透明で、陽の光に輝くツリー。
剣豪からのプレゼントに鞠が喜ぶ顔を思い浮かべて、口を開けたまま剣豪は遠い目でうっとりしてみた。
「く、くりすまつり?」
「なんか混ざってへんか、それ?」
思わず美由姫と篤旗が突っ込む。
「すっげーきれいなんだぞ!」
何故か得意そうに剣豪が胸を張った。
「こうな…こう、こんな形でこう…」
かまくらの内壁に、剣豪の書いたツリーが―ツリーにしては歪な形ではあったが―描かれた。その形を見てようやく剣豪が何を言っていたのか分かる。
「クリスマスツリー、だね」
くりすまつりの謎が解けた貫太が微笑むと呟いた。
「そう!それだ」
「クリスマスツリーかあ!いいなあ」
美由姫が声を上げる。
「ねえねえ、シュラインさんは?」
「そうねえ」
シュラインは少し宙を見た。
「事務所のお掃除機具も零ちゃん使うから充実させたいし。来客用ソファーのスプリングも最近何だか怪しいし。…ん、そうだ。備え付の毛布も新しいの欲しいなぁ…って。これ、欲張りになるのかしら」
「結構な」
剣豪がうんうんとうなづいた。
「最初にも言ったが、あまり欲張ると叶わないからな」
草間が忠告を与える。
「あー…せやんなあ。僕も欲張ってるかもしれへんなあ」
「ん?あっちゃんは何にするの?」
篤旗は少し目を伏せた。
「この前な、弓具屋さんに、ある名人の作った『かけ』が置いてあったんやけど。紺色で」
「あ、紺色なんてめずらしいね」
「せやろ?それでちょっと気になったから、おっちゃんに言うて着けさしてもらったら、これがぴったりやってんなあ」
「…でも『かけ』って普通でも高いのに、しかも名人の作だったら…」
「うん。12万円やってん」
「絶対無理」
剣豪が首を横に振った。
「やっぱり?」
篤旗は縋るように草間を見た。
「うーん。ま、頑張ってうちでバイトだな」
「…はい」
「第ニ希望を一応聞いておこうか?」
「そしたら、雪で」
「ん?」
「クリスマスに、積もるとええなあ、って」
「それもちょっと微妙ではあるが。まあ、分かった」
「何で微妙なんですか?」
「俺も、雪が降ったら嬉しいぞ」
美由姫と剣豪が揃って首をかしげる。
「ここで聞いてもらっている願いが必ずしも最優先ではないんだ。雪が降ればいい、って願いと雪が降らなければいい、って願いは相殺されるからな」
「そうね」
カレンダーを思い浮かべてシュラインが言った。鉄道関係者やその他、純粋に雪に降られては困る者もいるのだろう。
「そういうこと。まあ一応希望は希望だが、な?」
草間が雪んこを見ると雪んこ達はうなづいた。
「美由姫ちゃんは?」
シュラインが聞く。
「あたしは、ええっと…雪んこちゃん、雪んこちゃん」
手招きされて雪んこが美由姫の傍に行くと、美由姫がなにやらひそひそと話し出した。一通り話し終えた美由姫に篤旗が尋ねる。
「何やったん?」
「内緒だよー」
片目を瞑ってみせた。
「最後に橘姫だが…」
草間が水を向ける。
「俺…は。そう、今はこたつとみかんが欲しい、かな?」
「あら、こたつは無理だけど、みかんなら…ここに」
シュラインが荷物の中からみかんを何個か取り出した。
「一番に叶っちゃったね」
貫太は美由姫の言葉に思わず微笑んだ。
「じゃあ各自の希望は以上だな。実際にはどうか分からんが、希望は今ので頼む」
雪んこ達はまた、うんうんとうなづいた。
「実際にってなんだ?」
剣豪が草間に尋ねる。
「雪んこは話せない代わりに、人の気持ちを読む。そいつが本当に欲しているものが別にあったとしても、今聞いた希望で通してくれ、って言ったんだ」
「ふーん?」
なんとなく納得出来たような、出来ないような。そんな顔で剣豪がうなづいた。
「で、木はいつ届くんだ?取りに行けばいいのか?」
「そうだな。もし叶えば、きっと手元に届くと思うが」
草間の視線を負って雪んこを見た剣豪に彼等はまた、何度もうなづいた。良く分からなかったが、届くというのだから届くのだろう。そう思う事にした。
* + * + * +
帰り道。陽は沈みかけ、車内は薄暗い。穏やかな寝息の音にシュラインが後ろを振り返ると、皆遊び疲れたのか眠っていた。
「さっきの現物支給のことだけれど」
「ん?ああ」
草間はハンドルを握っているため、前を向いたまま返事した。
「実際には『誰』が『どうやって』支給するのかしら?」
シュラインの疑問を聞き、草間が軽く口元を上げた。
「雪んこは子供の心を読んで、子供達がほしがっている物を三田達の組織に伝える。そういう調査を手伝っていたんだ」
「ええ。そして雪んこに対しての報酬が私達な訳でしょ」
「そう。今日の例えば剣豪の『雪ふかふかー』だとか、今野のかまくらのような雪への『憧れ』かな?そういった雪に対するプラスの感情が雪んこへの報酬になっているわけだ」
「一緒に遊ぶ、のが報酬ではなくて、そういう感情が報酬だったのね?」
「そういうことだ。まあ雪が好きな者じゃないとこんな依頼は受けないって分かっていたし。敢えて説明は省いたが」
「なるほどね…。で、私達への報酬は?」
「それは三田さんの仕事だな」
「…三田さん。三田さんっていわゆるサンタクロースの事、よね?」
言ってシュラインは白鬚の老爺を思い浮かべる。草間がうなづいた。
「サンタさんが、プレゼントを運んで来てくれるって訳かしら?」
「ちょっと違うな」
草間は合流を避けるようにウインカーを出すと右車線へと車線変更した。少し、スピードを上げる。
「サンタってのは、介入者なんだよ」
やはり良く分からない。
「例えばだな、うーん。ある子供がクリスマスプレゼントに熊のぬいぐるみを欲しがっているとしよう。その子供の母親は、しかし、ためになるからとプレゼントには百科辞典をと考えている。ある日、子育て雑誌で母親がぬいぐるみの子供に及ぼす効用なんて記事を見つける。あら、ぬいぐるみも捨てたもんじゃないわね、と。かくて子供には熊のぬいぐるみがプレゼントされました、って時にだ…」
長い。
「この母親の心変わりに、実はサンタが微力ながら介入しているんだってよ」
「本当に?」
「さあ、どうだろうな。信じる物は救われるってやつかな」
草間は少し首を傾けた。
「叶う叶わないは日頃の行い、後はその願いが欲張っていないか、検討されているそうだが…」
「そういう風に言われると、なんだかもっともらしく聞こえるわね」
「そう言いながら、本当は信じているんだろ?」
「ふふ。どうかしら」
「煙突のない街、煙突の消えて行く現代にも、トナカイもなしでサンタは子供の為に働いているんだ。そう考える方がきっと楽しい」
シュラインは微笑み草間の言葉には答えずに目を閉じると、シートへと深く身を預けた。
* + * + * + *
その日、シュラインが興信所へ顔を出すと、応接テーブルの前には見慣れないソファが置いてあった。遠目に見てもまだ新しい、割と上等なソファのようだ。シュラインの知る限りでは興信所にこんなソファを新調する余裕などない筈である。
どういう事か聞きたいと周りを見回してみたが、今は誰もいないようだ。
「これが、報酬、なのかしら?」
それにしてもいつ、どうやって、誰がこれを届けたのだろう?
シュラインはとりあえずそのソファに近付くと腰掛けた。
「座り心地は、良いわね」
以前の物とは格段の違いである。
「本当に誰が…あ。零ちゃん」
零が戻って来たようである。手に袋を持っている。おつかいにでも行ってきたのだろうか。
「あ、シュラインさん、そのソファ」
「なかなか良いわね。どうしたのこれ?」
「実は、このソファは呪われているらしいんです」
「呪い?」
「はい。このように…」
言って零はシュラインの隣に座る。
「座ってしまうと、ほら」
「ほら?」
「立ち上がれません」
「えええ?」
試しに足を踏ん張ってみるシュライン。お尻がソファにくっついてしまったように、動けない。零も、もちろん立てないようだ。
うかつに座ってしまった自分も自分なのだが。さてどうしようかとシュラインが思案していると、草間が戻って来た。
「やあ。そのソファ…」
「とっても素敵なソファね」
「依頼主に引き取ってくれって言われたんで…。呪いが解けたら使えるかと思ってな」
「…そうね。で、いつ呪いは解ける予定なのかしら?」
ひきつった笑いを浮かべるシュラインから逃げるように、草間は心当たりの者へと連絡を取るべく奥へと引っ込んだ。
「とんだ報酬になったわね」
「でも、願いが叶いましたね」
横で無邪気に微笑む零に、シュラインは苦笑してみせるのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女/26/
翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0515/加賀・美由姫 /女/17/ 高校生】
【0527/今野・篤旗 /男/18/ 大学生】
【0625/橘神・剣豪 /男/25/ 守護獣】
【0720/橘姫・貫太 /男/19/
『黒猫の寄り道』ウェイター兼・裏法術師】
※整理番号順に並べさせていただきました。
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■ ライター通信 ■
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PC名で失礼いたします。
加賀さん、橘神さん、橘姫さん初めまして。
シュラインさん、今野さんいつもありがとうございます。
皆様この度はご参加ありがとうございました。
設定や画像、他の方の依頼等参考に
勝手に想像を膨らませた所が多々あると思います。
イメージではないなどの御意見、
御感想、などありましたらよろしくお願いします。
それではまたお逢いできますことを祈って。
トキノ
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