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聖夜のサンタ討伐隊
■ オープニング
12月24日。探偵事務所に現れた人物は、まさしくその日にふさわしい姿をしていた。
「ワシはこういうものだ」
「……はあ」
と、差し出された名刺には「雇われサンタ、ジョン・スミス」とある。
真っ赤ないでたちをしたやや小太りの老人で、髪もひげも真っ白の……どうみても立派なサンタだ。
青い瞳をしている所を見ると外人らしいが、なまりもほとんどない流暢な日本語だった。
「この近所の商店街で、今宵不穏な動きがあってな。それを阻止してもらいたい」
「不穏な動き? 具体的には?」
「ふむ、こちらの仕入れた情報によると……」
彼の説明によると、起ころうとしている事件は2つあるらしい。
ひとつはデパートの売上を狙い、閉店後の店内に侵入、金庫の金を狙っているグループ。
もうひとつは、街角某所の現金自動支払機を重機で壊して中の現金を奪おうとしている連中。
「しかもそいつらは、けしからんことにサンタの服装でそれをやろうとしておるのだ。同じサンタの心意気を持つ者として、それだけは断じて許せん」
「……まあ、今夜はその格好をしている奴が街にあふれているし、確かにある意味カモフラージュにはなるかもな。で、お前さんはなんでその事を知ってる? それに、そんな事は警察にでも頼めばいいだろう、違うか?」
草間がそう尋ねると、老人はニヤリと笑い、こう言った。
「警察に頼むと、事が大げさになるからな。聖なる夜を必要以上に騒がせるような無粋な真似は本意ではない。ワシがなんで知っているのかについては、サンタだからとでも言っておこう」
「……」
ほとんど説明にはなっていない台詞に、草間が胡散臭そうな目を向けたが……老人は微笑を浮かべて、ただそれだけだった。
「まあ、怪しむのも無理はない。嫌なら他をあたるから遠慮なく言ってくれ。ちなみに謝礼の方は、前金できちんと払わせてもらおう」
老人の提示した額は、草間の頭にあったものよりも少々多い。
だから、というわけではなかったが、草間は老人の顔をじっと見つめ、やや逡巡した後、小さく頷いてみせた。
「いいだろう。引き受けよう」
「そうか、それは助かる」
と、差し出される手。
「……」
無言のまま、草間は彼の笑顔に引き込まれるように握手を交わす。
「共に聖夜の平穏を守ろうではないか」
「あ、ああ」
おおげさにぶんぶんと振られる手は、大きく、がっちりとしていて……そして温かかった。
■ 集結・サンタを狩るものたち
「……妙ですね」
と、黒い影がつぶやいた。
時間は、12月25日の午前3時……やや過ぎ。
都内とはいえ、歓楽街以外は不夜城というわけではない。この時間の、しかも住宅街ともなれば、ほとんど人の姿などはないに等しい。
が、それでも新聞や牛乳の配達人などは動き始める時間ではあったし、帰りが遅くなった者、あるいは深夜まで起きているのが普通の人種などもいるから、それなりの人の気配……というか、息吹のようなものはわずかに感じる事はできるだろう。特に今日はクリスマスなのだから、なおさらだ。
しかし……今夜に限っては、不思議な事にそれらがまったく何もないのである。
街は全ての住人が眠りの病にでもかかったかのように静まり返り、物音が絶えている。
ときおり、遠くを行く車や電車の音が聞こえてくるが……それだけだ。
「なるほど……クリスマスというのは、やはり特別な夜なんでしょうね……」
道路の真ん中に立つ影が、街灯の明かりに浮かび上がった。
真っ黒いコートに、同色の鍔広の旅人帽。顔はその2つよりもさらに濃い色の影に覆われていて窺い知る事はできない。
ただ、大きな口と、そこから覗く白い歯だけが見て取れた。笑っている。何が楽しいのかは……不明だ。
ごく普通の人々が暮らす生活の雰囲気……それらが失われた空間に、彼はいくつもの代わりの気配を感じていた。
周囲を伺う、何人かの男達の影……
いずれも警戒し、鋭い注意の視線をあちこちに向けている。
まず、平和で退屈な日常を過ごす一般人などではないだろう。そう確信させる空気を、その者達は全身から放っていた。
「……楽しくなりそうですね……」
ぽつりと、言った。
その言葉も、彼自身の存在も、一切他の人間には知られる事はない。
「聖なる夜には……私も、彼らも、あまり似つかわしくはありませんかね……とはいえ私の方は、決して邪悪なものではありませんので……あしからず」
低い……聞く者に残らず不安を抱かせるような笑い声が、その場に漂う。
それが聞こえなくなった時、街灯の下の人影も、いつのまにか消えていた。
彼の名は、無我司録(むが・しろく)。自称探偵である──
狭い路地に、2人の男がいた。
いずれも中肉中背だったが、目に見えて特徴的なのは、真っ赤な服装に白い髭──いわゆるサンタの服装だという事だろう。が、しかし、彼らの背中にはプレゼントの袋などはなく、目つきも人に無償でなにかを与えるというような慈善家にはとても見えない。
鋭い視線を路地から表通りに飛ばしている2名のサンタ……
道路からは死角になっている場所なので、人目をはばかっているのは間違いない。
もっとも、そんな人を寄せ付けない空気を纏っていては、たとえ子供が見たとしても近づきはしないだろうが……
「……ちょっと用を足してくる」
1人が低い声で告げた。
「ああ」
もう1人も潜められた声で返事をして……足音がひとつ、路地の奥へと遠ざかっていく。
──戻ってきたのは、それから5分余りが過ぎた頃だった。
「……遅かったな」
振り返りもせずに、残っていた方が言う。
「少々離れた場所に行っていたんだ。人に見られたくはなかったからな」
「……そうか」
そこで初めて、後ろに顔を向ける。
とたんに懐中電灯で顔を照らされ、目を細めた。
「何しやがる」
「はは、気にするな。いいツラだ」
「ふざけるな、明かりを消せ。誰かに気付かれたらどうする」
「こんなところになんて誰もいないさ。それよりも確認したいんだが」
「何をだ?」
「仲間が来るのは、何時だったかな?」
「……ああ?」
問われて、さらに目を細くする。今度はまぶしさのせいだけではなかった。
「なんでそんな事を聞く?」
「言ったろ、確認さ」
「……」
明かりを向けられているため逆光になって、こちらからは相手のシルエットしか見えない。それすらもただでさえ周囲が暗いのでおぼろげだ。
しかし、声は間違いなく仲間のものだった。
「……3時半決行だ。そういう手はずだろう」
「なるほどな。では全員の人数はどれくらいだったかな?」
「なんだと?」
さらにそう問われて、しゃがんでいた男が立ち上がった。
顔に当てられた光も、後を追って上昇する。
妙だ、と感じた。
相手は自分と同じくらいの身長だったはずだ。だが、今目の前にいる奴は明らかに自分より低い。
しかも、よく見ると体つきも華奢なように思えるが……
「お前……」
「なんだ? どうした?」
若干の笑いを含んだ声。それは同じだ。だが、他は何か印象が違う。
「誰だ? お前?」
拳を握り、身構えた。腕っ節には自信がある。学生時代はボクシングをやっていたのだ。
はたして……目の前の人物はあっさりと、
「……バレたか。もっと鈍いヤツだと思ったんだけどね」
明かりを自分の足元に落とし、笑顔でそう言った。
その顔は……
「お、女だと?」
一目見て、男が目を丸くする。
立っていたのは、暗がりの中でもなかなかの美人と知れる女性だった。
しかも、声も女だ。あたりまえだが……では、さっきの声はなんだったのか?
残念ながら、彼がその秘密を知ることはなかった。
「もうよかろう。それだけ聞ければ十分だ」
また新たな声が背後でして、男が振り返る。
路地の入口に、ひとつの人影が立っていた。
いつのまに、とは思ったが、驚いたのはそのタイミングではない。
「メリークリスマス」
目が合うと、そいつが重々しくつぶやいた。
赤い服、白い髭と髪、青い瞳の小太りの老人……どうみてもサンタだ。
一瞬こちらの仲間かとも思ったが、老人が仲間にいるなどとは聞いていない。
「な、なんだお前ら?」
「悪いサンタを懲らしめに来たんですよ」
「な……」
また、背後で声。しかもすぐ近くで。
見もしないで裏拳を飛ばしたが、あっけなく空を切った。
同時に、とてつもなく重い一撃を首筋に受け、意識が闇に飲まれる。
「はい、お疲れさま」
足元にくたくたと崩れる相手にそうつぶやくと、テキパキとロープで身体を縛りあげ、口には猿轡をかませてしまう。
「たいして役に立つ情報が聞けなかったわね」
と、そこに先程の女性がやってきた。
彼女の名は、シュライン・エマ。
翻訳家にして幽霊作家、時々草間興信所でバイトもこなしている才媛である。
彼女の特殊能力は、その声だった。
シュラインの喉は、この世にあるありとあらゆる「音」を再現可能であり、単に模写するだけでなく、完全に「本物」と同じ波形をコピーしてしまう。まさに究極の形態模写なのだ。
さっきの男の声も、無論これというわけである。
「まあ、いいんじゃないですか? パーティ開始の時間がわかっただけでも、お出迎えの準備がぐっと楽になるでしょうし」
男を縛り終え、そう言いながら立ち上がったのは、すらりと背の高い美男子だ。
名前は城之木伸也(じょうのき・しんや)、26歳である。
切れ長の瞳に整った顔立ちの彼は、バーの雇われマスターという表の顔を持っている。
彼を目当てに店へとやって来る女性客が後を絶たないそうだが……伸也自身はそれらすべてをクールかつスマートにかわし、決して客とマスター以上の関係には発展させないそうだ。
過去に何か女性関係でいろいろあったという噂もあるが、彼がそれを口に出す事がないので、定かではなかった。
「うむ、まあそういうことだ。それにこいつらはどうせただの見張り役だろうからな、たいした事は知らされておるまいよ」
伸也の言葉に頷いたのは、サンタ姿の依頼人、スミス氏である。
「……なんだよ、もう終わっちまったのか?」
と、表通りから小走りでやってくる4人目の人影。
「まあね、どうせザコだし」
こともなげに言うシュラインだ。
「はは、違いないな」
3人の近くまで来ると立ち止まり、笑い声を上げたのは……まだ若い、少年と青年の中間くらいといった顔を持っていた。
瀬水月隼(せみづき・はやぶさ)、15歳の高校生である。
「こっちも簡単な仕掛けをしといた。まあ、たいした事はないがな」
「ほう、どんな趣向かな?」
「そいつは秘密だ。じきにわかるさ」
「そうか。ではお楽しみは後に取っておこう」
「ああ、そうしてくれ」
伸也にこたえて、ニヤリと笑う隼だ。
彼は見張りを片付けている間、皆とは別行動を取っていたのだ。
「……しかしあんた達のその格好……今日がクリスマスだってわかってるの?」
男2人、伸也と隼を見て、思わずそんな言葉をつぶやくシュライン。
「格好?」
「……なにか問題でもあるのか?」
言われた方の2人が、顔を見合わせる。
「本人が疑問を感じてないならいいけど……」
男達の反応に、静かに首を振るシュラインだった。
伸也も、そして隼も、上から下まで黒ずくめの服装なのだ。
黒の上下に黒のコート姿が伸也。黒マントにサングラスが隼である。
「明日は約束があるのでね」
と言う伸也の方は、一応礼服と兼用らしい。確かに仕立ても素材もそれなりだが……しかしこれから荒事をしようという服装ではあるまい。しかもクリスマスなのだから……
「俺の方も、似たようなもんだな。はは」
隼の方は、両手に荷物を抱えていた。
小脇に抱えたノートパソコンは彼の必需品だとして、その他にも某有名ケーキ屋の袋や、電機店の袋、可愛らしいリボンのかけられた箱など……ある意味彼らしい個性的な取り合わせだ。
「さて、とにかく奴らの来る時間は判明した。それぞれ準備は良いかな?」
「ええ、大丈夫」
「問題はない」
「いつでも来やがれってんだよ」
3人の口から出るのは、これ以上ないくらいに頼もしい言葉である。
「うむ、ならば大変結構」
スミス氏も満足げに頷いてみせた。
「既に話したが、奴らめが狙っておるのは、あのスーパーの駐車場脇にある銀行の現金自動支払機だ。おそらくはあれがメインの目標に違いない。ただ……」
スミス氏の指が道の向こうに見えるそのATMを指差し、すっと横にずれた。
「もうひとつ、あの雑居ビルの1階に、某大手消費者金融の支店があってな、そこにも同じくATMが設置されておるのだ」
「……なんだよ。じゃあ2つ同時ってわけか?」
「さあ、それはわからん。だが、その可能性もある。そこでだ、お前さん達3人は、このままスーパーの方を護衛してくれ」
「なら、金貸し屋さんの方のはどうするのよ?」
「ふふ、そっちはワシが行こう。まかせておけ」
「……大丈夫なの?」
「案ずるな、こう見えてもワシはサンタ拳法の免許皆伝だ。そこらの馬の骨などには決して負けん」
「……なんだよ、そのサンタ拳法ってのは……」
「それは言えん、秘密だ」
「怪しいな……ったく」
「とにかく、そういう事で頼んだぞ。健闘を祈る。悪のサンタ共に目に物見せてくれようぞ! わははは!」
生き生きとしてそう告げると、笑いながらどてどてと走って行ってしまう。
「本当に平気かしらね、あの人……」
後姿を見送りながら、シュラインが言った。
「2つのATMの間の距離は200メートル少々といった所ですね。危険な場合は、なんとか我々でフォローも可能でしょう」
「とはいえ、あのじーさん、どう見たって長生きするタイプだ。ほっといてもいいとは思うがな」
「そうね……」
隼の言葉に、シュラインが小さく微笑んだ。
「そういえば、襲われるという情報のデパートも、この近くですね」
「ああ、そうだな。こっからでも見えるぜ。あのビルがそうだ」
路地から顔を出した隼が、迷う事なくひとつの建物を指差してみせる。
「ま、大体直線距離で800メートルって所だな」
「そっちの方の首尾は、どうなのかしらね?」
「それだったら、心配は無用だ」
「というと?」
間を置かずに断言してみせる隼に、伸也が尋ねた。
「あっちには、俺の知り合いが行ってるんだが……同情するね、あそこを襲う犯人って奴らを」
じっとそのデパートを見て、口元に笑みを浮かべる隼だった。
時間は、午前3時20分を過ぎようとしている。
悪のサンタが来るまで……残り10分。
■ サンタ狩り開始・デパート大乱戦
「……よし、時間だ」
男が、低くつぶやいた。
デパートの店内、5階おもちゃ売り場の一角である。
このフロアの奥に、会計を扱う事務所があり、クリスマスイブの売上が金庫に眠っているというわけだ。
そこに今、20人を越えるサンタ達が靴音を響かせつつ、階段から上がってきた。
警備会社にも人間を潜り込ませており、この建物の警備システムも今は完全に切ってある。半年も前から練り上げてきた計画だった。
赤い服装の一団は、他の物には一切目もくれず、まっすぐに事務所へと向かう。
フロア全体はクリスマスムードで一杯のディスプレイで飾られ、サンタの衣装を着せられたマネキンなどもあちこちに見られた。
明るい中で見れば、それらは実に華やかなものなのだが……いかんせん全ての照明が落とされ、物音ひとつない状態では、その魅力も別な方向性を帯びるというものだろう。
「……なんか、気味が悪いな」
男達の中で、1人がポツリとつぶやいた。
「まったくだ。けどよ、お宝を見ればそんな気分も吹き飛ぶってもんさ」
「ああ、そうだな。へへ」
「……無駄話は仕事が終わってからにしろ」
リーダー格らしい一際大柄な男に睨まれ、話していた2人が口をつぐむ。
やがて、何事もなく事務所の前へとやってきた。
「よし、開けろ」
先頭のリーダーに命じられ、バールを手にした男が進み出た。どうやらそれでドアをこじ開けるつもりらしい。
……が、ドアのすぐ前まで行くと、何故かくるりとその場で一回転してこちらへと向き直り、そのまま3歩くらい進んで……
「あれ……?」
と、首を捻る。
「何やってんだ、おめえ」
「す、すいません」
真正面からリーダーに睨まれ、すぐにまたドアへと向かうが、全て直前で身体を反転させて戻ってきた。
それを駆け足で6度繰り返してから、ようやく、
「……こりゃ変ですぜ」
目をまん丸にして、言う。
「変なのはてめえだ! ふざけてるとシメるぞ!」
「ち、違うんでさあ、なんだか知らないが、ドアに近づくと身体が勝手に回っちまうんで」
「そんな馬鹿な事があるか! 貸せ!」
怒りの表情で男の手からバールをもぎ取ると、リーダーは足音も荒々しくドアへと進んだ。
……そして、同じ結果となった。
リーダーもまた5回その場で謎の往復を繰り返し、最後に、
「……どうなってんだこりゃ?」
半ば呆然とドアを凝視し、つぶやく。
──コトン。
と、小さな音。
気付いた者の目が、一斉にそちらへと動いた。
「……なんだぁ?」
つぶやいたのは、リーダーだ。
通路の真ん中に、ひとつの白い箱がある。
可愛らしいリボンで結ばれた、いかにもプレゼントといった風情のものだ。
が、音がする前までは、そこには何もなかったはずである。
……どこから来たというのか?
そこらへんから崩れて落ちたのかと、リーダーは思ったが……
「へっ、なんでえ、おどかしやがって」
凶悪な顔をした奴が1人寄り、ひょいと拾い上げた。
「俺達にもらって欲しいのかよ。いいぜ、俺様がもらってやらあ」
ふざけた調子で言い、皆へと振り返る。つられて、何人かが笑い声をあげた。
さらにリボンをほどき、箱の蓋に手をかける。
「……ちょっと待て」
そこで、ふとリーダーが止めた。
なんだか知らないが、得体の知れない嫌な予感がする。
しかし、箱を持った男の手の方が一瞬速く、蓋が……開けられてしまった。
そのとたん、
「のわぁぁぁぁぁぁ〜〜っ!!」
野太い男の悲鳴が、その場に高くこだました。
なんと、開け放たれたとたん、箱の中から何本もの青白い手が飛び出してきて、男の顔をがっしりと押さえてしまったのだ。
「な、なんだこりゃ!?」
ざわっと、全員が動揺する。
「×▽■@†*$#〜〜〜〜っ!!!」
腕は男の顔、肩を掴み、まるで愛しい者でも捕まえたかのようにぴったりと密着していた。どれほどの力なのか、必死にもぎ離そうとしているが、ビクともしないようだ。慌てているのと、口まで押さえられているのとで、何を叫んでいるのかもわからない。
いきなり起こった理解不可能の現象に、凶悪な顔をした男たちもどう反応すべきか判断がつかず、ただ唖然と見るだけだった。
と、そこに今度は、
「あっはっはっはっは! ひっかかったひっかかった〜!」
これ以上ないくらいに明るい声が響き渡る。
「だ、誰だ!!」
リーダーが、叫んだ。
「ふっふっふ〜、問われて名乗るもおこがましいが〜♪」
あらかじめ仕掛けていたのか、天井から声の主へとスポット照明が当てられる。
派手に飾り付けられたディスプレイの中でも、特に群を抜いて目立っている装飾の、さらにその一番高い位置に立っていた人影が、ニッコリと男たちに向かって微笑んでいた。
その人物もまた……サンタである。
しかし、ただのサンタではなく、ミニスカートに生足もまぶしい少女だ。
「きゃわゆいサンタガールよん。よろしくねん」
と、身をくねらせ、ウインクの上に投げキッスまでしてみせるのは……少々サービス過剰かもしれない。
彼女の名前は、朧月桜夜(おぼろづき・さくや)。無敵の美少女陰陽師戦士(本人談)である。
昼のうちからバイトとしてここに潜り込み、下調べと準備もバッチリなのであった。
もちろん先程の近づけない入口も彼女の仕掛けた結界だし、腕が飛び出すプレゼントも、アレンジした式神を封じた彼女特製の品……というわけだ。
「マ、マネキンが動いた!?」
「馬鹿野郎! 人形が動くかよ! ありゃ人間だ!」
「な、なるほど……」
「てめえ! ナメやがって!!」
口々に叫びつつ、殺気立って桜夜へと押し寄せる窃盗団。
「よっと」
ヒラリと床に降り立つ彼女の周りは、たちまち凶悪な顔をした男達によって囲まれる。
「うーん。さすがにタイプなのは1人もいないわねぇ。こりゃつまんないかも」
「こん畜生っ!」
まるで焦った様子もなくつぶやく桜夜に向かって、1人が飛びかかった。
桜夜はチラリとそちらを見るとポケットから何かを取り出し、そいつへと向ける。
──パァン!
と、音がした。
紙吹雪と共に飛び出した毛むくじゃらの太い足が、カウンターで男の顔面にめり込み、吹き飛ばす。
「むぎゃー!」
「あははー、式神入りクラッカー。こんなのも用意してみましたー♪」
「女がいい気になるんじゃねぇっ!!」
笑う桜夜に背後から駆け寄った別の男が、彼女の長い髪の毛を掴み、引きずり倒そうとした。
が……
「なっ!?」
すぽんという音と共に彼女の頭が取れ、目を丸くする。
「……ふっふっふ〜、女を馬鹿にすると、あんた長生きできないよ〜」
ニヤリと笑ってそう言うのは、自分の手にぶら下がる首……
「…………」
言葉を失い、男の顔からたちまちさぁーっと血が引いていく。
「さあ、楽しいパーティーの始まりだよ〜」
「片っ端から可愛がってあげるわよ〜」
「今日はクリスマスだし、特別サービスしちゃうよ〜」
「あの世で閻魔様にも自慢できるような事してあげちゃうぞ〜」
「あんた達のアレをナニして(以下24文字検閲削除)な事してあげるよ〜」
口々にそんな事をつぶやきつつ、周囲全てのマネキンが動き出す。
それらはひとつ残らず、桜夜の顔をしていた。
「な、なんだこりゃ!?」
「バケモノだーっ!」
「うわー!!」
たちまち、窃盗団達はパニックに陥った。
「……やれやれ。俺の出番なんて、ないような気もしますね、これは……」
フロアを見渡して、ひとつの人影が苦笑していた。
端正な顔の中でも特に澄んだ色の瞳が、暗闇の中で繰り広げられる戦いを見守っている。
彼にとっては、この程度の暗さなどは、昼と大差ないのだ。
灰野輝史(かいや・てるふみ)……彼もまた、この一件に協力を申し出た1人である。
「て、てめえ! なにモンだっ!」
そこに、桜夜の集団から逃げ出してきた男達が数人バタバタとやってきて、彼とバッタリ顔を合わせる。
「別に、特に名乗るほどの者ではありませんよ」
「なんだとぉ!」
「ふざけた野郎だ! やっちまえ!」
既に追い詰められた獲物と化している雰囲気の犯人達は、もう悠長に話などする気もないらしい。
「……余裕のない人達ですね」
奇声を発しながら次々と襲いかかってくる男達を楽々かわしつつ、輝史はコートの内ポケットからあるものを取り出してみせた。
それは、なんの変哲もない木の枝である。
所々が尖った深い緑の葉に、赤い実がいくつか付いているのが特徴的だ。
柊……セイヨウヒイラギだった。
もっとも、それにはこの日にふさわしい別名もある。
クリスマスフォーリーという通称が。
「くたばりやがれぇ!!」
どこから持ち出してきたのか、あるいは最初から用意していたのか、1人が鉄パイプを振りかざして向かってきた。
「……」
今度はかわそうとせず、輝史はただすっと目を細める。
次の瞬間、柊の枝が不思議な光を帯びてぼぅっと輝いた。
──ギィン!
高い、金属質の音が響く。
「ぐわっ!」
続いて、男の苦鳴。
無造作に振られた、ただの木の枝が、鉄パイプを弾き返したのだ。
それがどれほどの力を持っていたのか、鉄の棒は中ほどからぐにゃりと曲がり、床へと硬い音を立てて落ちていた。持っていた男はその場に崩れ、自分の手首を押さえてうめいている。
「こいつ! ただモンじゃねえぞ!」
一部始終を目撃した残りの男達が、一斉に緊張した。
背中に背負った袋から、次々に警棒やら日本刀やらスパナやら……およそプレゼントとは無縁の道具を取り出すと、輝史の周りを取り囲む。
それでも、秀麗な顔は一片も曇らず、
「まったく、子供の夢を壊すサンタとは……いけませんね」
低くつぶやくと、再び手にした枝が振られた。
──シュン! シュン!
空気を切り裂く音が連続して上がったと思うや、男たちの武器が次々と根元から2つに折れ、床へと落ちる。
「……げ」
「な、なんだ!?」
凶悪な顔のサンタ達は、何が起こったのかまったくわからず、ただただ驚くのみである。
全て、輝史の能力の仕業であった。
彼が”その気”になる時、手にした物体は全てアストラル界へと送られ、アストラル体となって生まれ変わる。
アストラル界というのは幽界とも呼ばれる場所であり、全ての物質がエネルギーとして存在する世界の事だ。
これにより、純粋なエネルギー体と化した物体は、ありとあらゆる他の物質、エネルギーにも干渉する最強の武器、防具となり得るのである。
通常、輝史の場合はこれを結界や対魔用の武器として使う事が多いのだが、応用次第ではさらにさまざまな使い方ができるというわけだ。ただ、無論それにも限界というのがあるので、万能というわけではないのだが……
ちなみに今、悪人サンタ達の武器を断ち切ったのは、能力により硬質化させた葉を手裏剣のように飛ばした技だった。
「逃げるんじゃないっ! このーっ!」
「うぎゃー!」
「わー!」
「ぐあぁーっ!」
そこに今度は明るい声が響き渡り、男達の悲鳴が重なる。
言うまでもなく、桜夜の集団だった。
輝史の鮮やかな手並みに茫然自失となった悪人共を、何の遠慮もなく背後から殴り倒し、ぶん投げ、股間を蹴り上げ……
ものの1分とかからずに、そこにいた全員を悶絶させると、笑顔で揃って輝史へと振り返る。
「凄いね、灰野さん、さっきの技!」
「強いしかっこいいし素敵!」
「残りのお馬鹿達なんかさっさと片付けて、時間が余ったらデートしよ、デート!」
「……はぁ」
桜夜達に囲まれ、口々にそんな事を言われて……困ったように微笑む輝史である。
悪人サンタに囲まれるより、こちらの方がよほど手ごわそうだった。
■ サンタ乱舞・路上バトルロイヤル
5人の男が、あたりを見回しながらその場所にやってきた。
立ち並ぶ雑居ビルのひとつの壁面に、TVなどでもCMを流している某大手消費者金融のロゴがでかでかと描かれている。無論夜中なので入口にはシャッターが下りているが、彼らの目的はビルの中ではなかった。
正面入口の隣に、もうひとつ幅2メートルくらいの小さなシャッターがあり、上には「ATMはこちらです」などと書かれた説明看板が下がっている。
本命はこちらではなく、ここから200メートルばかり離れた所にある銀行のATMなのだが、そちらの首尾が上手く行かなかったときには、すかさずこちらへと目標を切り替えるという2段構えの計画なのだ。
この場へとやってきた者達は、その時に速やかに行動に移れるための予備の人員、別働隊というわけである。
足早に近づいてきた一行だったが……
「……いらっしゃいませ」
と、いきなり声がして、全員がぎょっとした顔になり、歩みを止めていた。
誰もいないとしか見えなかったATMのシャッターの前に、人影がじわりと浮かび上がる。
黒いコートに黒い旅人帽、影に覆われた顔──司録だ。
気配すらもまるで感じさせず、あたかも闇の中から湧き出してきたかのような出現であった。
「見てのとおり、本日は既に閉店しておりますが……何を御所望で……?」
うやうやしく礼までして言う姿は丁寧ではあるが、登場の仕方と全体の雰囲気が怪しさと不気味さしか感じさせない。おまけに口元に浮かべているのは、なんとなく背筋が寒くなるような笑いだ。
「な……なんだてめえは?」
と、先頭にいた男が聞いた。
ゆっくりと、司録が顔を上げる。
ただそれだけで、そこの全員が息を飲み、身を固くさせた。
顔は……相変わらず見えない。色濃い影に塗りつぶされた中に、白い歯のみが覗いている。わかるのはそれだけだ。
「ほお……これはこれは”サンタさん”でしたか。失礼致しました。しかしここには、お金以外、何もありませんよ……」
男の問いにはこたえず、ゆっくりと全員を見回して、そう言う司録。
「こいつ……」
「ふざけんなよおっさん!」
「おい、おめえら!」
サンタ姿がばらばらと動き、司録の周りをとり囲む。
「……まぁ、今宵は聖夜……私としても祝わずにいるのは忍びない。ですが共に祝う相手もいなかったのでね……折角ですのでプレゼントでも如何ですかな? とはいえ、”私も”サンタではありませんが……くくく……」
しかし、彼の方は慌てるでもなく、むしろ楽しげに笑うのだった。
聞く者全てが不安しか感じないような声で……
「や、野郎っ!」
怒りよりも、自分でも説明不可能な恐怖にかられて、一番近くにいた男が司録へと殴りかかる。
が、それは当然のように空を切った。
拳が当たると思われた瞬間に煙のように消えうせた相手が、間を置かずに自分の目の前に再び出現する。
「……ほおら……貴方にはこれを差し上げましょう……」
「な……」
懐に手をやると、司録はそこから光る塊を取り出してみせた。
暗闇の中でもはっきりとわかる黄金色の物体は……金塊だ。
「遠慮する事などありません。受け取って下さい。これは貴方の、貴方だけのものですよ……」
「……あ……」
司録の言葉が、頭の中に忍び込んでくる。
とたんに魅入られた者の瞳の色を浮かべた男が……ゆっくりと手を伸ばし、それに触れた。
そして……男の身体に異変が生じる。
金塊に触れた指先が、手が、次第に同じ色、同じ質感へと変貌を始めたのだ。
しかも段々と手を伝い、肩へ、身体へと広がってくる。
自分の身体が、金へと変わっていく……
「うあ! ああああああああーーーーっ!!」
およそ現実ではありえない恐怖が、男の神経をたやすく支配し、絶叫を上げさせた。
「なんだ!? おい! どうした!」
他の男達が急に暴れ出した仲間を押さえたが……
「なっ! こ、こりゃなんだ!」
「身体が金色に!!」
「う、嘘だろ!!」
次々に、現象は触れた者全てに伝染し、サンタ全員が驚愕の相を浮かべる。
全身が金へと変わると道路へと倒れ、衝撃で粉々に砕け散った。
そこに、今度はどこかで見た顔の人間達が無数に現れ、自分の身体を我先にと拾い始める。
今の、そしてかつての仲間がいた。
友達と呼べる奴もいた。
親や、兄弟もいた。
恋人や妻も、いた……
知っている全ての者達が、獣のような形相で自分の欠片を集め、自らの物にしようとする。
欲に目がくらんだ人間達……
自分の良く知っている人間達……
……やめろ! やめてくれ! それは俺だ! 俺の身体なんだ!!
叫んでも、叫んでも、彼らは拾う事をやめようとしない。
まだ形がはっきりと残っている顔にまで爪を立て、少しでもむしり取ろうとしていた。
……やめろ! やめろーーーー!!
醜すぎる人の姿に、絶叫する。
さらに、その人間達の中に、よく知っている顔を見つけて唖然とした。
「……何言ってんだよ……これはお前が望んだ事なんだぜ。欲しいんだろ? カネがよ……」
ニヤニヤと笑って言うのは……まぎれもなく、自分自身の姿で……
──!!!
「…………」
最後の悲鳴が長い尾を引いて消えると、その場に立っているのは司録1人だけだった。
サンタ姿の男達は、全員路上で白目を剥いている。
今のは全て、司録が見せた悪夢である。
現実としか思えない幻が、彼らの意識を恐怖と絶望で染め上げ、気を失わせたのだ。
「……ふむ、どうやらプレゼントはお気に召して頂けたようですね……何よりです」
恐ろしさに歪んだ男達の顔を見下ろして、どこか満足げにつぶやく司録だった。
「やるのぉ、おぬし」
と、そこにのんびりした声がかけられる。
振り向くと……そこにもサンタがいた。
ただし、こちらは自称正義のサンタ、スミス氏だ。
「……ずっと見ていましたね?」
「なんじゃ、気付いておったのか?」
「ええ、いつ助けに来てくれるのかと思っていたのですが……」
「何を言っておる。そんな必要、どこにもなかったろうが」
「……だからといって高みの見物とは……貴方もお人が悪い」
「ワシが駆けつけたら、逆に邪魔ではなかったかな?」
「いえいえ、とんでもない」
「そうか、なら次からは、遠慮なく横から口を挟ませてもらおう」
「是非、お願いしますよ。私も楽がしたいですから……」
……などと言い、笑い合う両者だ。
ただ、どちらもどこまで本気なのか、さっぱりわからない。
「ところで……貴方は何者ですか?」
「ん? ワシか?」
「はい……」
「ふむ、お前さんが何者なのか教えてくれたら、教えてやってもよいぞ」
「……私は、ただの探偵ですよ」
「ワシもただのジジイだ」
「……本当ですか?」
「お前こそ本当か?」
老人の青い瞳が司録の顔を覗き込んだが、やっぱり奥の素顔は見えない。
「……まあいい、ではワシはもう行くぞ。何かと忙しい身の上でな」
「年末ですからね……」
「クリスマスだからだ」
じろりと司録を見てそう言うと、後は背を向けてどこかへと走っていく。
「……面白い方ですね……」
遠ざかっていく後姿を見送りながら、ポツリとつぶやく司録だった。
──ほぼ同時刻。
スーパーの入口脇に設置されているATMにも、10人ほどのサンタ姿をした男達が近づいてきていた。
周囲には、彼ら以外の人影はない。
鋭い視線を飛ばしつつ、素早くATMを取り囲むように全員が散った。
彼らの目的は、直前の警戒と安全の確保である。
もし目撃者でも見つけようものなら、容赦などするような連中ではない。どの顔も、親でも逃げ出しそうな凶悪顔だった。
と──
「あらん、いらっしゃいまっせ〜」
ふいに響き渡る、ふざけた声。
それと同時に、閉じられていたシャッターがガラガラと上がり始め、自動ドアまでもがひとりでに開いてしまった。
「こんな夜中によく来てくれたわねん。寒かったでしょ? さ、入って入って〜」
とか言うのは、ATMの画面に映し出されたポリゴンの少女だった。
「……」
「……」
その場にいた全ての悪人サンタの動きが止まり、画面に目を向ける。
全員が、一体何事が起きたのか理解できなかった。まあ、あたりまえだが……
「あぁ〜ん、もう、なによなによ〜、みんなして無視する気〜? いーよいーよ、それなら警報鳴らしちゃうもん。警察や消防や警備会社の人ぜーんぶ呼んでやるんだから! ついでにお寿司とピザも注文してやるわ!」
「ま、待て!」
たまらず、近くにいた1人が声を上げ、ATMの中に入った。
「んまあ、やっぱりいるんじゃないの〜。かくれんぼはダメだぞ、ボクちゃん」
「……あ、ああ」
「あたしは、ポリゴン銀行レディのバンキー佐藤よ。バッキーって呼んでね。あなたのお名前はー?」
「俺か?」
「そう、名前を教えてね。まずはそこからスタートだよ。うふっ」
「……いや、別に俺は」
「なによー、言う事聞かないなら、即、警察に連絡だぞー」
「わ、わかった。俺は長谷川だ!」
「ふーん、そう。じゃあマイケルって呼ぶねー」
「……全然違うじゃねぇか」
「文句言わないの! うるさいコは警察に突き出しちゃうぞー!」
「あ、あのな……なんなんだよお前……」
見るからに恐そうな顔が、ポリゴン少女の前でみるみる困った表情になっていく。
彼は気付かなかったが、ATMの裏には小さな穴が開けられ、そこから延びた線が屋根の上に置かれた小型アンテナへと続いていた。それらは無論、普通のATMにはない装置だ。
「へへ、慌ててる慌ててる。もっと変な事聞いてやるか。いや、いっそのこと歌でも歌わした方が面白そうだな」
路地に隠れた場所で楽しそうにつぶやいたのは、隼である。
彼がキーボードを叩いているノートPCの画面には、やや引きつった男の顔が映し出されていた。言うまでもなく、現在ATMの中にいる男の顔だ。
既にあの現金自動支払機内部の制御プログラムは、すっかり隼によって書き換えられ、持てる性能の全てを使って犠牲者をおちょくる仕様になっているのだ。
屋上に置かれたアンテナは、こちらのPCと無線通信でリンクするためのもので、全ての指示を出しているのが隼というわけである。
「……無茶苦茶な事するわね」
背後からPCを覗き込み、シュラインが素直な感想を述べた。
「遊んでるだけさ。所詮こんなものは時間稼ぎにしかならねえからな」
「これで逃げ出すほど、可愛い連中ではないでしょうからね」
「ああ、その通りだ」
伸也の言葉に、隼もすぐに頷く。
「じゃあ、一体どうするのよ?」
「行って1人残らず捕まえるのが一番早いでしょう」
「ま、そういうこった」
「……結局そうなるのね……やっぱし」
やれやれといった調子でシュラインがつぶやく。が、しかし、その顔は微笑んでいた。既にやる気十分である。
「あまり待たせるのも失礼でしょうし、そろそろ行きましょうか」
「だな。いっちょご挨拶といくか」
「クリスマスだし、相手はサンタさんだし、言う事なしよね」
頷き合い、3人が行動を開始した。
「はい、じゃあ次の問題ね。いくらこぼしても減らないものなーんだ?」
「……いくらこぼしても……減らない?」
「なんだそりゃ?」
「なあ、そんなことより、もう勘弁して黙ってくれねーか?」
「なーによー! こたえないと警察呼ぶぞー!」
「……なんでこうなるんだよ……」
ATMの周囲では、サンタ姿の男達が集まって首を捻っている。
いつのまにか、なぞなぞ大会になっているようだ。
「答えは愚痴だよ」
と、そこにふと、声がかけられた。
「……なに?」
「あ、そうか。愚痴はこぼしても確かに減るもんじゃねぇ。なるほど……」
「馬鹿野郎! 感心してる場合か! 何モンだてめえら!!」
男達が、慌てて声の主へと振り返った。
道路のほぼ中央に、いつのまにか2人の男と、1人の女性が立っている。
ちなみに答えを口にしたのは、真ん中に立つ隼だった。
「そっちこそ何者よ。ずいぶんとガラの悪いサンタさんだこと」
「子供の夢を壊す事甚だしいですね。まったく……」
「というわけでお前ら、こんな事言っても無駄だとは思うが、今から捕まえてやるからおとなしくしろ」
「ふ、ふふふざけんな!」
落ち着き払って3人から発せられた言葉に、全員の目つきが変わった。
「さてはこの機械におかしな仕掛けをしたのもおめえらだな!」
「お、気付いたか? 少しは人並みに知恵があるようだな。偉いぞ、うん」
「ガキがナメた口聞いてんじゃねえ!」
「かまうこたぁねえ! やっちまえ!!」
「生かして帰すな!!」
口々に叫んで、サンタ達が襲いかかってきた。
「──千鶴」
最初に動いたのは、伸也だ。
彼がその名前をつぶやくと、背後からすっと細い影が現れる。
まるで、重なっていた体が2つに分かれたかのように見えた。
ただし、新たに姿を現したのは、伸也とはまったく違う姿をしている。
細身の身体を忍者のような黒装束で包んだ女性であった。
姿は美しかったが……人間ではない。
頭から覗いた2本の角が、それを物語っている。
鬼神の千鶴──彼の忠実なるしもべの1人だった。
「……呼んだかい、伸也」
切れ長の瞳が、主に向けられた。姿ばかりか、声までもが妖艶な魅力を放っている。
が、当の伸也は無論顔色ひとつ変えず、
「ええ、仕事です。あいつらの相手をお願いしますよ」
淡々と、告げた。
「それだけかい?」
「……ひとつだけ注意があります」
「なんだい?」
「わかってるとは思いますが、相手は全て人間です。殺してはいけません」
「ああ、そうかい」
小さく頷くと、押し寄せるサンタの群れへと向き直る。手にはいつのまにか、それぞれに木刀が握られていた。
「……面白くもない仕事だねえ……」
つぶやきと共に、身体が霞む。
「ぎゃっ!」
「ぐわっ!」
「ぐああぁぁっ!!」
間を置かずに、赤い姿がいくつか、悲鳴を上げて吹き飛んでいた。
「な、なんだこの女!?」
サンタ達の、驚愕の声。
それもそうだろう。
目にも止まらぬ速さで駆け巡る黒装束のツノ付き美女が、木刀で次々に仲間達を殴り倒し始めたのだから。
普通の人間の目では、鬼神である千鶴を捕らえる事は絶対にできない。
スピードだけでなく、もちろんパワーも桁外れだ。
一撃を受けた者は、例外なく派手に宙を舞い、道路に落ちて転がって……2度と立ち上がらなかった。
「確かに殺してはいないけど……あれは入院して、しばらくは絶対安静じゃないかしら?」
「……まあ、そうですかね」
「なんにせよ、あの姐さんに任せておけば、こっちは見物だけで済みそうだな。はは」
「さあ、それはどうかしら?」
「なんだよ?」
「増援……というか、本隊が来たようですね」
「なにぃ?」
2人にそう言われ、そこで初めて隼も気がついた。
道路の向こうから、いくつかのヘッドライトが近づいてくる。
ひとつはかなり大きいトラック……というかトレーラーであり、何か大きなものを背後に積んでいた……
■ 聖夜の勝利・ゆくサンタくるサンタ
「さーて、残ったのはあんた1人だよ。どーするの、おじさん?」
と、ニッコリ微笑んだ桜夜の前で、脂汗を流している悪党サンタが1名。リーダー格らしい男である。他の者は例外なく、床で白目を剥いてのびていた。
桜夜の隣には、輝史と……その他大勢の桜夜達がいる。全て術によって傀儡化したマネキンだ。外見もほぼ同じなので、普通の人間にはどれが本物かの見分けはまずつかない。
「ば、バケモノか、手前ら……」
「しっつれいねぇ、こんないい女と色男を捕まえてバケモノなんて!」
「そーよそーよ。あんたの方がよっぽど人間離れしたご面相じゃないのさ」
「あんたってば、鏡見た事もないわけ?」
男の言葉に、さも心外だと言わんばかりに不服な顔をする桜夜達。
「や、やかましい!!」
と、リーダーが突然裏返った声でわめいた。
「へ、へへへ……なんだかしらねえが、やってやろうじゃねぇか。今すぐぶっとばしてやるぜぇ……」
「はん、なーに言ってんのよ。今更何したって無駄──」
桜夜の言葉が、途中で途切れた。
輝史が彼女の前にすっと手を出し、止めたのだ。
目の前の男の血走った目と、歪んだ笑い……
それを見て、嫌な予感を感じた。
追い詰められた人間は、時にとんでもない事をしでかすものだ。
「……どうするつもりです?」
静かな声で、聞いた。
サンタの目が、輝史へと向けられ、
「へへ、こうするのさ」
と、懐から何かを取り出す。
「ちょ、ちょっとアレって……」
桜夜が、思わず1歩身を引いた。
本物を目にした事はないが、それはTVなどでも時々目にする危険物で……
「ダムの工事現場からくすねてきたダイナマイトだ。金庫が言う事を聞かなかった時のために、奥の手として用意してたんだがな……へへへ……」
「……げ」
さすがに、桜夜達の顔色も変わる。
「いくらなんでもこいつを食らったら無事じゃ済むめえ、覚悟しな!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! そんなモン使ったら、あんただって吹き飛ぶわよ!」
「くたばりやがれ〜っ!」
「きゃー! この馬鹿、人の話を聞けーーーっ!!」
迷う様子もなく、ライターで導火線に火をつけると、こちらへと放り投げてきた。
が、輝史が駆け寄り、空中で捕まえると、強い視線をそれへと向ける。
瞬間、強い光がダイナマイトを包み込み、そして……
「……」
「……」
ふう、と息を吐いて、床の上にそっと置く。
導火線は、既に根元まで燃え尽きている。
が、爆発もしなければ、なんの変化もなかった……
「爆発のエネルギーのみを、アストラル界に”流し込み”ました。とっさだったんですが、なんとか上手くいったようで……」
薄く微笑んで、そう解説する。
「えらいっ!」
「さすが美男子! それくらいできて当然だよね!」
「かっこいい! 惚れた!!」
桜夜達は口々に褒め称え……
「…………」
リーダーの男は、完全に言葉を失う。
しかし、彼の本当の不幸は、これからだった。
「この野郎っ! なんて危ない事すんのよボケがっ!!」
「死ね! 今すぐ死ね! 死にまくれ!!」
「おらおらおら! こーしてやるっ!!」
桜夜達に囲まれ、張り倒され、殴られ蹴られハイヒールで踏まれ……
「うぎゃーーーーーー!!」
思わず耳を覆いたくなるような悲鳴が、フロア中にこだました。
「まだまだ! お楽しみはこれからだよ!」
「もっといい声でお鳴きっ!!」
「というか、あたしみたいな美人に踏まれたら喜びなっ! このダメ人間!!」
「……あの、何もそこまでしなくても……」
と、輝史は恐る恐る言ったのだが……桜夜には届かなかったようだ。
「なにやら、こちらもえらいことになっておるな」
そこに、ひょっこりと新たなサンタ姿も顔を出した。スミス氏である。
「え、ええ……」
「ふっ、まあよい、今夜はお祭りだ。無礼講でいこう」
「……はあ」
とはいえ、クリスマスというのは、元々はキリストの降誕祭であるわけだから、無礼講という言葉はいささか合わないような気もする。
そう思った輝史ではあったが……それは言わなかった。
楽しげに微笑むこのサンタの横顔を見ているうちに、不思議と細かい事は気にならなくなっていた。
「ったく、よくやるぜこいつらもよ!」
言いながら、殴りかかってきた悪人サンタの顎に拳を叩き込む隼。
傍らでは、シュラインが超音波を発して脳震盪を起こさせ、一気に数人を昏倒させていた。
場面はもはや大乱戦である。
あの直後、車数台に分乗した仲間の悪党サンタ達が、ダース単位でさらに押し寄せてきたのだ。
が、それでも隼とシュラインはまだマシな方だったかもしれない。
多人数とはいえ、彼らの相手はただの人間だったのだから……
──ドコーン!!
重々しい音と同時に、地面がわずかに揺れた。
ディーゼルエンジンとキャタピラの騒音を撒き散らしながら、大型のユンボ──ショベルカーが暴れている。
ショベルの一撃を鮮やかなバック転でかわしたのは、鬼神の千鶴だ。
「……ふふふ、すこしは歯ごたえがありそうじゃないか、このオモチャは」
音も立てずに降り立った先で、彼女は艶やかに微笑んでいた。
やってきたトレーラーの上から路上へと進んできたこの重機を見て、自ら戦いを挑んだのである。ただの人間相手など、戦いの化身でもある彼女にとっては物足りないこと甚だしかったようだ。
犯人達はATMを叩き壊し、現金の入ったボックスのみを取り出して持ち去る計画だったのである。切り札のこのユンボは、近県の工事現場から盗まれたものだ。使用後はおそらく、そのまま現場に残していく計画なのだろう。
「伸也、こいつなら、思いっきり叩き壊してもいいよねえ……」
「操縦している中の人間は、殺さないで下さいよ」
「ふふ、わかってるさ、そんな事は」
伸也を振り返りもしない鬼神の顔は……鉄のマシンへとピタリと向けられ、妖しくも美しい笑みの形を結んでいた。
「……」
なんとなく不安な伸也だったが、今更止めるわけにもいくまい。
さすがの伸也も重機の相手はできないし、だいいちその気になった千鶴を止めると、後で色々と面倒である。
「くれぐれも、やり過ぎないように」
一応それだけ釘を差すと、伸也は目の前に迫っていた悪人面のサンタをスコップで張り倒した。
彼もまた、大勢に囲まれて応戦中だ。
無論、ザコがいくらいようと、伸也の敵ではなかったが……
ちなみに今手にしているスコップは、たまたま相手の1人が持っていたのを奪ったものである。
「はっ!」
短い気合と共に、千鶴が地を蹴る。
一直線に、唸りを上げる重機へと、空中から迫った。
ショベルカーがその証であるショベルを高く持ち上げ、振り下ろす。
千鶴は、避けもしなかった。
「……ふふっ」
小さく笑うと、その鉄の爪へと右手を振るう。
ドカン、と、えらい音がした。
彼女の手にあるただの木刀が、岩盤すら掘り抜くショベルを跳ね返したのだ。
一体どれほどのパワーなのか、車体全体があっけなくバランスを失い、片方のキャタピラがふわりと宙に浮く。
操縦していたサンタ姿の目が、まん丸に見開かれていた。
その目の前に下りた千鶴が、さらに容赦なく木刀を叩きつけ、本格的に破壊を始める。
一撃ごとに破壊音が上がり、破片が、部品が、オイルが飛び散った。キャタピラも断ち切られ、ショベル部分も中程から分断されて地上に落ち……5分とたたずにスクラップへと姿を変えていく。
「……まあ、こんな所か。いい運動にはなったよ。あはは」
やがて、木刀を肩にトントンと乗せて朗らかに笑う千鶴の前に残ったのは……無傷の操縦席だけだった。
伸也との約束は、一応果たされたと言うべきかもしれない。
が──その足元から、何かがチラチラと揺れながら、残骸と化した車体へと近づいていく。一瞬だけ、彼女はそれに気付くのが遅れ……そして、一瞬あれば十分だった。
漏れた燃料に、どこかで引火したらしい。
鬼神の側をかすめて走り抜けた炎が、あっという間に巨大な火柱へと成長し、爆発音を上げて弾ける。
「おっと」
千鶴はひと飛びで10メートルも下がり、難なく逃れたが……
「……これは死んだね。まあ、成仏おし」
運転席をみつめ、簡単につぶやく。
あんまりと言えばあんまりな台詞だが、もとより鬼神である彼女は、これしきの事で恐れ入るような性格ではない。
「やれやれ……薄情な方ですね」
と、唐突に暗い声がした。
「!?」
瞬時に振り返る千鶴。
自然と木刀が真剣に変わり、目つきも本気になる。
黒づくめの男が、そこにいた。直前までなんの気配すら感じさせずに。
「……おお、恐い。なにもそんな顔で見なくても、よいのではありませんか……?」
と言ったのは……司録だった。
手にはあのショベルカーにいた運転手をぶら下げている。
「……」
何が起こったのかまだわからないようで、呆然としている彼を自分の顔の高さまで持ち上げると……
「よかったですねぇ……ご無事で……くくく……」
「……あ」
真正面から司録と向き合う事になった男の表情が、はっきりと変化した。
見る間に顔色を失い、目を見開いて……
「うわーーーーーーーーーーーーーっっ!!!」
喉も張り裂けんばかりの絶叫を放つ。
長い尾を引いてそれが夜の闇へと消えていくと、男の顔がこてんと後ろに倒れてしまう。
完全に白目を剥き、これ以上ないくらいの恐怖の相を浮かべて……悶絶していた。
……一体、何を見たというのか……?
「失礼な方ですね……せっかく助けてあげたというのに……」
薄く笑いながらつぶやくと、司録は男を丁寧に路上へと横たえ、胸の上で手を組ませた。
まるで死人に対するもののようだが、無論生きている……はずである。
その鼻先に、鈍く光る鋭いものが突きつけられた。千鶴の抜き身の刀だ。
「おまえ……どうやってその男を助けたんだい? あそこから出た奴なんていないはずだよ。今だって扉は閉まったままだしね」
妙に静かな口調に、光る目……完全にやる気満々である。
千鶴の言葉に嘘はなかった。現に今も、炎上するショベルカーの運転席の扉は閉じられており、開いた様子もない。
果たして司録は、鬼神へと振り返り、
「さて……企業秘密という事で」
ぬけぬけと、言った。ニヤリと笑いながら。
「……貴様」
千鶴の目が細められ、殺気が極限にまで高まる。
しかし、それでも司録の顔からは、笑みが消えない。まるで楽しんでいるかのようだが……その真意は誰にもわからないだろう。
「やめなさい、千鶴」
そこに、横から声がかけられた。
周りのその他大勢を全て片付けた伸也である。
「……」
しばし、女鬼神は構えを崩さなかったが、
「……千鶴」
もう一度呼ばれると、すっと刀を引いた。
「残念だよ、どうせならお前のような強い奴と、存分に戦ってみたいものさね」
真面目な表情で、つぶやく。
「ご冗談を。私はただのしがない探偵ですよ。かいかぶりはやめて頂きたいものですね……」
「そんな戯言を、信じるとでも思うのかい?」
「信じるも何も、事実ですから……」
「ほう、そうかい。覚えておくよ」
司録を見つつ、ニッと笑う千鶴であった。
残念と彼女は言ったが、いまや楽しみが後に伸ばされたような、期待に満ちた子供のごとき顔をしている。
その楽しみとは、命を削り合う激しい戦いなわけだが……鬼神である千鶴にとっては、それこそが無上の喜びであり、望むべき事なのだ。
「恐い方ですね、貴方は……」
「ああそうさ。おっかないよ、あたしは」
そう言って、それぞれにまったく違う意味の笑みを浮かべる2名である。
「よう、こっちも片付いたみたいだな」
と、隼、シュラインもやってきた。
「……随分とハデにやったものね」
「まあ、ですがそのかいあって、おおむね偽サンタは退治できましたね」
「そうそう、この際細かい事は言いっこなしだ。クリスマスだしな、はは」
……などと言い合う皆の足元で静かに息を潜め、角材を握り締めるサンタがいた。
やられたふりをして、隙を伺っているようだ。
「ところで、随分荷物持ってるわね。一体何が入ってるの?」
「ん? ああ、これか?」
シュラインに問われて、隼が手にした袋をいくつか持ち上げてみせる。
「ほとんどは頼まれた買い物さ。こう見えて、家ではいいパシリで使われててな。苦労してるのさ」
同居人の桜夜に聞かれたら睨まれそうな事を言い、苦笑した。
「あ、そういえば、出掛けにうちのうるさい奴から渡されたお土産もあったっけ」
と、荷物の中から箱をひとつ取り出して、地面にぽんと置く。
やられたふりをしている、男の鼻先に。
「……」
ビクっとサンタが身を震わせ、額に汗を滲ませた。
おそるおそる顔を上げると……
「お前にやる。受け取ってくれ」
じっと見下ろした隼が、満面の笑みを浮かべていた。
そして、箱にかけられたピンクのリボンを一気にはずす。
とたんに内側から爆発したみたいに蓋が弾け、中から白い着物を着て長い髪を振り乱した女の悪霊が飛び出してきて、ぴったりとサンタ男に覆い被さった。
「……殺してやるぅ〜〜」
「うぎゃぁあぁぁぁぁあぁぁぁ!!!」
叫んで立ち上がり、脱兎の如く駆け出す男。
しかしその背中には、悪霊女が張り付いたままだ。
「……絶対殺してやるぅ〜〜」
「ひぃぃいいぃぃぃぃ!!」
オリンピックに出てもなかなかいいタイムが出せそうな勢いでそこらじゅうをデタラメに駆け回り、最後に狭い路地へと入っていく。
「わぎゃーーー!!」
が、すぐに悲鳴と一緒に宙を飛んで戻ってきて路上を転がり、気を失った。
「やっほー、みんな元気ー♪」
続いてその路地から歩いて出てきたのは、桜夜と輝史、そしてミスタースミス氏だ。
「ねえねえ隼ー、こいついきなりわめいて近づいてきたから、股間蹴飛ばしてブン投げてやったんだけど、よかったかなー?」
「……ああ、お前にしちゃ上出来だよ」
「なによそれー」
隼の言葉に、頬を膨らませる桜夜だった。
「デパートの方も片付いたの?」
「ええ、なんとか」
「灰野さん、カッコよかったんだぞー、隼も少しは見習えこのー!」
「はいはい、わあったよ」
「……なんにせよ、一件落着ですかね。それにしても……」
と、チラリと伸也がスミス氏へと目を向ける。
「ひとつ、聞いても構いませんか?」
「ふむ、何かな?」
「あなたは……何者ですか?」
「ふっ、ワシか」
聞かれたスミス氏は、白い髭をいじりながら、にっこり笑う。
「……ここは、妙に静かですね」
続けてそう言ったのは、さっきこのサンタ姿の老人に伸也と同じ事を問うた司録である。
「これほどまでに騒げば、少なくとも誰かが気付いて然るべきはずです。警察や物好きな野次馬が集まってきてもおかしくはない……ですが、まったくその気配もありません。どういう事なのでしょうね……」
「誰かが人避けの結界を張ったってんなら話もわかるけど……少なくともあたしたちじゃないし」
桜夜も笑顔で、言った。
「となると、これは十分ミステリーですね」
これは、輝史だ。
既に彼らは気付いていたのだ。
この場所に、他の者の介在を許さない、不可視の力が働いていた事に。
ただ、それは決して邪悪なものではないとも感じていたからこそ、今まで口にしなかっただけなのである。
「……ふふ、さすがじゃな、お前さん達は」
一方のスミス氏は、ますます笑みを深めながら、満足そうに頷いていた。
と──
いきなりあたりにタイヤのスリップ音とエンジン音が響き、路上に止めてあったバンが一台、猛然と急発進した。
「まだ残ってたのかよ!」
隼が叫んだ。
車はぐんぐん加速を続け、ここから一目散に遠ざかっていく。
「よし、ではあれくらいはワシがなんとかしよう」
のんびりとした、声。
「……え?」
全員の目が、その主に集まった。
白い髭に赤い服……サンタ姿の老人、スミス氏に。
「どれ……」
つぶやきつつ、おもむろに1歩前に進み出る。
が、それ以上は特別に何をしたわけでもなかった。
ただ、右手を軽く上にあげ、パチンと指を鳴らす。
次の瞬間、どこからともなくドドドド……と、低い鳴動が響いてきた。
「……な、なに?」
遠くから真っ直ぐに車へと突き進んでいく土煙。
よく目を凝らすと、それはおびただしい数の動物の群れだ。
茶色い毛並みに雄々しいツノ、赤い鼻を持った4つ足のその姿は……
「トナカイ……」
桜夜が、つぶやいた。
突然に現れた獣たちは、楽々と車に追いついて体当たりし、横転させると、そのままの勢いでもってゴロゴロとどこかに転がして去っていく。
「あのまま、警察の前にでも運んでおく事にしようかの」
「……」
「……」
声は、空のどこかから響いてきた。
いつのまにか、赤い老人の姿が、煙のように消えている。
「本物のサンタクロースは、人前には姿を見せんのさ。ある者は寝ている間に、ある者はまったく気付かないうちにプレゼントを受け取る、まるで人避けの結界でも張ったみたいにな。そういうものだとは思わないかね、お前さん方?」
「……じゃあ、あなたもしかして本物の……」
「はっはっは。さて、それはどうかな。判断はお前さん方に任せるさ」
声が笑った。たやすく優しい笑顔を想像させる声で。
「今回は世話になったな。偽者退治、ありがとうさん。おかげでサンタの名誉は守られた。そこでお礼と言ってはなんだが、ワシからお前さん方にもプレゼントをやろう」
「……え?」
「なになに? 何をくれるの?」
プレゼントと聞いて、桜夜の目が輝いた。その単語には目がないようだ。
「ふふ、たいしたものではないさ。あまり期待しないでくれ。それでは、縁があったら、来年、あるいはその先のクリスマスでまた会おう。さらばだ……」
そして……声が途絶え、もう聞こえてはこなかった。
かわりに……
「……あ」
と、空を見上げたシュラインが、小さく声を上げる。
ヒラヒラと、白い何かが天空より舞い降りてきた。
「雪ですね」
「……ホワイトクリスマスってやつだな。へっ、できすぎてやがる」
「もしかして、プレゼントって……これの事かしら?」
「さあ、どうでしょうね」
「あははっ、だとしたら嬉しいけど、ちょっとあたしのポケットには入らないな」
桜夜が楽しそうに両手を広げ、その場でくるりと回った。
その後、夜明けと同時に匿名の通報があり、駆けつけた警察によって一味は1人残らず検挙された。
どういうわけか全員がひとまとめにロープでくくられ、リボンまでかけられているというふざけた姿になっていたそうである。
■ エピローグ・探偵事務所で打ち上げパーティ
「かんぱーい♪」
と、声がこだまする。
明けて25日の朝、草間探偵事務所に一同が集まっていた。
一仕事終えた打ち上げ兼、クリスマスパーティ兼、朝食である。
「シュラインさん、ありがとうございます」
と、ニコニコ笑いながら、零がお辞儀をする。
「よしてよ。たいしたものじゃないし」
「いいえ、いいえ。とても嬉しいです。楽しいんですね、クリスマスって」
「まあ、そうね」
素直に喜びを表現する少女に微笑みかけながら、その隣の人物に目を向けるシュライン。
そこではいつもと大して変わらない顔で、新しいマルボロを手に煙を吹いている草間がいる。
零には新しいホウキとチリトリを、草間にはマルボロを1カートン、それぞれプレゼントした彼女だったのだが……
「今日はもう、お昼と午後と夕方と……あと夜にもお掃除しようかな。年末だし、それくらいしないと、うん」
などとホウキを握り締め、全身から楽しさとやる気を発している零は初めてのクリスマスということもあって、ちょっと気合が入り過ぎかもしれないが……その分草間がいつもと同じくらいそっけない。
プレゼントを受け取る際に、一言「すまんな」と言ったきりである。
もうちょっと感謝の表情なり態度なりを示してくれてもバチは当たらないのだろうが……まあ、それもこの探偵らしかった。
「……ん、なんだ?」
じっと自分を見ているシュラインの視線に気付き、草間が顔を上げた。
「ううん、なんでもないわ」
そう言って、わずかに苦笑する。
「う〜ん、おいしそ〜!」
と、桜夜がテーブルに並べられた料理の数々を見て歓声をあげた。
ケーキを中心として、ローストターキーやミートローフ、ポタージュスープやアップパイから、筑前煮、太巻き、ちらし寿司など、見事なまでに和洋の料理、お菓子等が混在している。
元々シュラインがケーキを作って持ってきたのだが、それだけではちょっと寂しいという事になり、事務所にあった食料を使って調理したり、コンビニから色々と買い足したり、さらにはどこからか調達してきたりして……気がついたらこんな状態になっていた。
ちなみに調理や盛り付けの担当は、シュラインと輝史である。
シュラインの方はともかく、実は輝史も料理は得意なのだ。
「灰野さん凄いねー、なんでもできるんだ。尊敬しちゃうなー」
遠慮なく料理をパクつきながら、手放しで桜夜が誉める。実際、どれもそこらのレストランなどより、味も見た目もずっと上だ。
「……そんな事ないですよ」
「またまた謙遜してー、一体誰に習ったの、こんな事? やっぱり家の人?」
「ええ、まあそうですね。何があっても困らないようにと、生活に必要な事は一通り仕込まれましたから」
「家って……イギリスだっけ?」
「そうです」
「そっかー、紳士の国だよねー。うん、確かに灰野さんってそんな感じかも」
「……はあ」
そう言われて、少しだけ困ったように微笑む輝史だった。紳士という言葉を受けても、自分ではあまりピンとこない。
「それにひきかえこいつときたら……」
と、隣で黙々とチキンにかぶりついている隼に目を向けた。
「……なんだよ?」
すぐに気付いて、桜夜へと顔を向ける。
「少しは見習ったら?」
「俺に料理の腕を磨けっていうのか?」
「……それだけじゃないでしょ、この場合」
「うるせーな。人は人、俺は俺だ。いいからこのケーキ食え、美味いぞ」
と、小皿に切り分けた1人分を、桜夜の顔の前に突きつけた。
「もう……そうやってすぐごまかして」
とか言いながらも受け取ると、フォークでひとくち口へと運び、
「あは、ホントにおいしー♪」
すぐに顔をほころばせる。あっという間にごまかされたようだ。
「でも、丸いケーキじゃないんだね、これ」
「……あのな、クリスマスに丸いケーキを食うのなんて、日本だけだぞ。外国、おもにヨーロッパやアメリカなんかじゃ、こういうのが普通なんだ」
「へえ……本当?」
隼の台詞に、桜夜が意外そうな顔をする。
「ええ、本当よ。向こうでクリスマスケーキって言ったら、こういうブッシュドノエルが普通なの」
シュラインが認め、
「そうですね。俺も日本に来て、初めて丸いクリスマスケーキっていうのを見ましたから」
輝史も、頷く。
「……ふーん、そうなんだ」
あらためて自分の皿のケーキをじっと見る桜夜だった。
ちなみにブッシュドノエルとは、フランス語で「クリスマス用の薪」という意味を持っている。
横にした丸木の形をしたケーキであり、本当の木のように模様を入れてデコレーションをするのが普通だ。
「……隼ってば、そういう余計な事ばっかり知ってるよね」
「余計とは何だ。雑学と言え、雑学と」
「はいはい、偉い偉い。雑学小僧さん」
「……ったく、そんな事言ってると、これやらねーぞ」
「え?」
苦い顔をした隼が、上着のポケットから小さな箱を取り出してみせた。
「なに、それ?」
「プレゼントに決まってるだろ」
「……誰に?」
「お前な……いらないんなら早速今日にでも質屋に持ってくぞ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
慌てて桜夜が隼の手からそれをもぎとると、包装を破いて中身を取り出した。
そこに収められていたのは……
「……クロスのペンダント……」
「前に街で見かけて欲しいとか言ってたろ」
「覚えててくれたの?」
「……たまたま昨日思い出しただけだ。気にすんな」
「隼……」
じっと、桜夜が彼を見た。
隼の方は、露骨に目をそらしている。
おそらく、照れているのだろうが……まず自分からそれを認めるはずもない。
「この……」
桜夜の声がやや震えていた。
「……」
嫌な予感がして、隼が振り返ったが……
「こぉいつぅーー! 可愛い奴めっ!! 愛してるぞーーっ!!」
「のわぁーーっ!!」
いきなりがばぁっと隼に抱きついた桜夜が、そのままソファへと彼を押し倒す。
「ば、馬鹿野郎っ! 何しやがる! 離せ!!」
「あーんもうあーんもう! どうしてくれようかしらこの気持ちー!」
「知るか! いいから離せーーっ!」
わめく隼の上に完全に覆い被さり、頬をすり寄せる桜夜だった。
隼もじたばた暴れて抵抗するのだが、びくともしない。体術では桜夜の方がずっと上なので、本気でかかられたらひとたまりもないのである。
……危うし、隼。
「こ……これからどうなっちゃうんでしょう?」
と、零が小さな拳をきゅっと握り締めていた。
「零ちゃんには、ちょっと刺激が強いかしら……」
「まあ、これくらいは構わんだろ。何事も経験だ」
「……不良になっても知らないわよ、お兄ちゃん」
草間の言葉に、また苦笑するシュラインだった。
窓際では、1人シャンパングラスを片手に、外を見つめる伸也がいた。
雪はもう止んでいる。
世界をうっすらと白いヴェールで包んだくらいの、淡い雪であった。
彼はこの後、ちょっとした約束があるので、早々に引き上げる気でいるのだが……
「……」
無言で、側のソファへと視線を向ける。
「まったく、ふざけた奴だ、お前は」
「……そんな事を言われましても、困りますが……」
「ふん、何を困るというのやら。いいから飲め」
「……はあ。それでは遠慮なく」
などと話ながら酒を酌み交わしているのは、千鶴と司録だった。
テーブルの上に置かれた一升瓶には”純米大吟醸鬼ころし”とある。岐阜県は飛騨の銘酒との事だそうだ。
つまみはあぶったスルメが数枚置かれているきりで、他のものといえば酒を注ぐ湯のみが2つ、それぞれの前に置かれているのみである。隣の華やかなテーブルとはまるで違った雰囲気だが……本人達はこっちの方が性に合っているらしい。
「……まだ時間に余裕はありますね。なら、もう少し付き合いますか」
小さくつぶやいて、また外へと目をやる。
その顔は、薄く微笑んでいた。
こういう場も、決して嫌いではない。
──年に一度のクリスマスが、はじまろうとしている。
自分達は偽のサンタを狩り、本物のサンタの名誉を守った……のかもしれない。
しかし、それよりももっと別の、優しく温かい”何か”を得たような気がしていた。
「なんか暑くない? 邪魔だから服全部脱いじゃおっか♪」
「やめろアホーーーーーーっ!」
部屋の中では、相変わらず隼に馬乗りになり、完全に身体を押さえ込んだ桜夜が嬉しそうに微笑んでいた。
──恋人達に、そうでない貴方に、そして全ての者に……メリークリスマス。
■ END ■
◇ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ◇
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
※上から応募順です。
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家】
【0444 / 朧月・桜夜 / 女性 / 16 陰陽師】
【1092 / 城之木・伸也 / 男性 / 26 / 自営業】
【0072 / 瀬水月・隼 / 男性 / 15 / 高校生】
【0996 / 灰野・輝史 / 男性 / 23 / 霊能ボディガード】
【0441 / 無我・司録 / 男性 / 50 / 自称・探偵】
◇ ライター通信 ◇
どうもです。ライターのU.Cです。
今回はクリスマス限定シナリオという事でお送りさせて頂きました。
内容はサンタを狩りまくるという、それだけを聞くと夢もへったくれもないばかりか、自治体から有害図書の指定でも食らいそうですが、実際はそういう中身ではない……と思っております、自分では、はい。
参加者様の顔ぶれを見ますと、くしくも前回の「妖術の巨塔」とまったく同じ皆様となっております。
これもクリスマスの奇跡と申しましょうか、不思議な巡り合わせではないでしょうか。
最初にこの現実をまのあたりにして、私はそのように感じたりなんかしました。
そんなちょっとした奇跡のテイストもふりかけつつ、当方からのクリスマスプレゼントという事でお受け取りくださいませ。
参加して頂いた皆様の狩りっぷり、ぜひご堪能下さい。
シュライン様、またのご参加ありがとうございます。お手製のブッシュドノエルは皆で美味しく頂かせてもらいました。零ちゃんも草間探偵も、プレゼントは喜んでおります。草間探偵の方はそうは見えないかもしれませんが、内心は間違いなく……ですね。他の皆様に成り代わりまして、ごちそうさまでしたと言わせて頂きます。
桜夜様、またのご参加、ありがとうございます。深夜のデパートにて、悪のサンタを蹴散らすサンタレディというのはまたなんとも燃えるシチュエーションでした。指示のありました怪しい施術済みプレゼントやクラッカーの他、ご本人の傀儡も多数用意して悪党をいじめまくっております。お疲れ様でした。
伸也様、またのご参加ありがとうございます。今回は千鶴さん、重機の相手を担当して頂きました。木刀1本でも無敵です。ただの人間相手ではかなり不満に感じてしまう彼女も、これならば多少は歯ごたえがあったのではないかと。とはいえ、結局苦もなく叩き壊してしまいましたが……(苦笑)
隼様、今回も桜夜様とのカップル参加(?)、ありがとうございます。ちなみにATMに変な仕掛けを施すのは立派な犯罪ですので、良い子はやっちゃいけません……と、他の読んで下さっている方のために、一応補足させて頂きます。まあ、隼様くらいのスキルがないと、できる事ではないですが。あ、ちなみに私もできません。念のため。
輝史様、またのご参加、ありがとうございます。他の皆様もそうですが、今回は特に人間が相手なので、はっきりいってピンチに陥るなどという状況にはまるでなりませんでした。いえ、ダイナマイト投げつけられるのは十分ピンチでしょうけれど、なんとかなりましたし。はい。今回は料理もお疲れ様でした。次回は鍋ですね。またコメディです。ふふふ……
司録様、またのご参加ありがとうございます。今回の相手はサンタ軍団なので当然色は赤が基調となるわけですが、それに対するこちらはいつも黒の司録様も含め、隼様、伸也様も服装が黒という指定でした。まさに赤と黒のエクスタシー。上杉謙信と武田信玄の川中島の決戦のようです。今回も妖しさ炸裂で相手の人心をいいように惑わして頂きました。毎回この辺はこちらも書いていて楽しいです。ありがとうございます。
参加して下さった皆様、及び当物語を読んで下さった方々に、深くお礼申し上げます。
なお、全ての参加者の皆様に納めました文章は、全て同じ内容となっております。その点ご了承下さい。
そして……やはり最後に一言、メリークリスマス!
私は今年”も”1人で暗い部屋にこもり、痛む腰をさすりつつ次なる依頼文でも書いていることと思いますが……皆様はそんな私の分まで、きっちり楽しく過ごして下さいませ。こん畜生。(笑)
では、また次の機会に恵まれましたら、その時にお会い致しましょう。
ではでは。
2002/Dec by U.C
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