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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


箱庭楽園
●序
「何も恐れる事は無い……そう言われても、私にはどうしてもそれが信じられなくて」
 そう葛西・真由(かさい まゆ)は自らを抱きしめつつ言った。草間は「ふむ」と言いながらずれてくる眼鏡をあげる。
「ええと、何でしたっけ?女装教?」
「除災教(じょさいきょう)です。そこに、私の友達は……」
 真由の友人であり、同じ高校のクラスメートである上那・理沙(かみな りさ)が、除災教に入信したのだと言う。そして、友人である真由にも入信を迫っているのだと言う。
「理沙、おかしいんです。目が虚ろだし、よく『羊が……』と呟いてるし」
「羊?」
「意味は分からないけど……」
 真由は除災教について知っているだけの事を言い、去っていった。場所は再転寺(さいてんじ)という仏教系の寺であり、祭っているのはバスケットボール位の赤い石。教祖の名前は、西元・東二(にしもと とうじ)で、元は普通の住職であったと言う。
「何かきな臭いな……」
 草間はそう言い、再転寺のある辺りを地図で見た。後に山がある再転寺は、完全な正三角形の形をしていた。

●始まり
 依頼書を読み、くすりと笑った。笑った反動で柔らかな茶髪が揺れ、緑の目が柔らかく笑む。
「俺も大概マイナーな宗教ですけど……負けますね」
「何の勝負だ、何の」
 苦笑しながら言う灰野・輝史(かいや てるふみ)に草間が真顔で突っ込んだ。それに輝史はやんわりと笑うだけだ。
「新興宗教に入信する事自体は悪い事ではないと思いますけど」
「まあ、そうだな。信教の自由っていうのがあるからな」
「おや、草間さん。よくご存知で」
 草間は渋い顔をして「どいつもこいつも……」と呟く。
(あの様子だと、他の誰かにも同じ事を言われたみたいですね)
 小さく輝史は笑う。
「問題なのは、教義とそれに伴うい信者の行動ですよね」
(まあ、そこら辺はシュラインさんが調べてくれそうですけど)
 輝史は黒髪に青い切れ長の瞳を持つ、シュライン・エマ(しゅらいん えま)を思う。データの収集に長けている彼女ならば、恐らく調べている事だろうと考えながら。
(ならば、俺は再転寺の由来……縁起ですっけ、この場合。それを調べてみる事にしましょうか)
 輝史は資料をぱらぱらと捲り、ふと地図に目を止める。綺麗な正三角形。
「何とも珍しい形ですね」
「そうだな。そこまで綺麗な正三角形になっている土地を所有している人間も、そうはいないだろうな」
(ピラミッドのようだ)
 輝史は直感的に思う。それがどうした、と尋ねられると答えに困ってしまうものの、確かに輝史の頭にはピラミッドが連想された。何の為に建造されたか未だに解明されていない、古代エジプトの建造物、ピラミッド。
「ところで、草間さん。『羊』と聞いて何を連想しますか?」
「ラム肉」
「……そうでなくて」
「冗談だって」
(嘘ですね)
 草間の目は確かに本気であったと、輝史は苦笑する。
「君は何を連想したんだい?」
 草間が逆に聞き返してきた。輝史は言おうか言うまいか一瞬迷い、口にする。
「スケープゴートを、思い出しませんか?」
 生贄の羊、スケープゴート。羊と聞くと、様々なものが浮かんでくるが、一番に浮かぶのは凄惨な運命を辿るスケープゴートだった。それははっきり言って、嫌な予感という言葉で片付けられるようなものではなかった。もっとはっきりした嫌悪感。
「……確かに、連想はできるな」
 草間が同意したように頷く。輝史は溜息をつく。何故そんなにも嫌なイメージが今回は付きまとうのかと。
「それに、本尊とされている赤い石の存在も気になりますね」
「そうだな。大体、赤い石っていうのがな」
(元々あったものなのか、それとも最近になって本尊として祭られたのか……。直接視る事が出来れば、願ったり敵ったりなんですけど)
 何も、変なものがついてなければそれでいい。ただの石ならば、そう警戒する事もないだろう。だが、もしもその石の存在で今の状態が起きたのであれば……。
(石の破壊、もしくは封印。それか……元の位置へ戻す)
 輝史はもう一度反芻する。
「では、草間さん。俺はここで」
「ああ。充分気をつけろよ」
 草間の言葉に、輝史はくすりと笑って返す。
「草間さんも」

 輝史は図書館に行き、全国の寺社が載っている辞書を手にする。そこに再転寺が載っていた。縁起は、ある徳のあるお坊さんが、仏教の教えを広める拠点として建造したというものだった。山を背にして建造する事によって、守られているという意識を呼び起こす役目もあったとも伝えられている。
「特に、注意すべき点は無いようですね」
 ぱたん、と重い表紙を閉じて輝史は呟いた。あえて言うならば、山を背にして「守られている」という意識への喚起くらいか。
「どうしてでしょうか……正三角形の話は全く出てませんね」
 輝史はそう呟き、辞書を下の場所に戻す。正三角形という特殊な土地の形は、どうして触れられてはいないのであろうか。後から正三角形の形へとなったのであろうか。疑問は尽きない。
「まあ、いいでしょう。直接住職に聞くのも悪くないでしょう」
 輝史はそう言って図書館を後にする。日は大分傾いていた。
「明日、お邪魔する事にしましょう」
 夕日に向かい、輝史はそう呟く。そして帰路に着く。真っ赤に燃える夕日に、本能的な恐れを抱きながら。

●琴線
 翌日、午後12時45分。輝史は再転寺に向かっていた。正三角形の形をした、不思議な形をした土地に。
(不思議な形……一体、何故)
 輝史に纏わりついている不安は、未だに晴れてはいない。ふと、再転寺に人影を発見する。長い黒髪を纏めた青い切れ長の目を持つ女性。シュライン・エマ(しゅらいん えま)だ。
「シュラインさん」
 声をかけると、シュラインは振り返った。輝史を見て、綺麗に微笑む。
「あら、灰野君。……あなたも侵入調査?」
「ええ」
「何か分かった?」
 シュラインが尋ねると、輝史は苦笑しながら「それはこっちの台詞ですよ」と答えた。
「お互い情報交換しましょう」
 シュラインの提案に、輝史は同意する。シュラインから得たのは、教祖である西本が妻と子を亡くしてしまった為に変わってしまったというものだった。それまでは気の弱い、ごく普通の人間だった、西本。だが、妻が死に、子どもまでもを失った時に歯車が壊れてしまったのだと。
(俺だって、狂うかもしれません。愛すべき家族を失ってしまったら、必然的に狂ってしまうかも……)
 輝史の脳裏に、家族が浮かぶ。愛すべき者達、大切にしたい者達。絶対に失いたくは無い。そのような存在を亡くしてしまったら……。考えるだけでそれは恐怖だった。絶対にありえないとはいえない、恐怖。それを体験してしまった西本が狂ってしまったのを、どうして責められようか。
(ですが)
 だからと言って、信者を洗脳して許されると言う事ではない。それだけは、決して。
「ともかく、行ってみましょう。ここでこうして考えていても埒があかないわ」
 輝史と同じように考え込んでいたシュラインが口を開いた。彼女も同じように考えたのであろうか。
「それもそうですね」
 二人の意見が一致する。扉に手をかけ、開く。ギイ、と重苦しく開いた扉の先には、静かな静かな世界が広がっていた。音までもが死んでしまっているのではないかと疑いたくなるほど、静かな世界。
(あ)
 輝史は、向こうに、銀髪に青い目をした青年が立っていたのを見つける。影崎・實勒(かげさき みろく)だ。影崎・雅(かげさき みやび)の兄である。
「實勒さん!」
 輝史が叫んだ。すると、眉間に皺が寄っている。
(相変わらずですね)
 輝史は思わず苦笑する。
「一体ここで何をしてるの?」
 シュラインがよく響く声で尋ねる。
「ただの散策だ。……それよりも、本堂に雅と藤咲・愛(ふじさき あい)とかいうのがいる」
「本堂ですか……」
「恐らく、そこに赤い石と、教祖である西本東二は……」
 輝史とシュラインは顔を見合わせ、本堂へと向かった。その時、輝史が何かに気付いたように立ち止まり、實勒に問い掛ける。
「實勒さん、羊ってどう思います?」
 實勒は眉間に皺を寄せ、吐き捨てるように答える。
「独特の眼球が面白い」
(そういう事が聞きたかったんじゃないんですけど)
 輝史は小さく苦笑した。實勒らしいと言えば、實勒らしい答えではあった。

「本堂に行く前に……灰野君。気付いた?」
「何をです?」
 シュラインは言おうか言うまいか迷い、口にする。
「音よ」
「……音」
「そう。静か過ぎると思わない?」
 仮にも、ここは除災教の総本山。信者もいる筈だ。それなのに、こんなにも静かなのは何故なのだろうか。もっと、人のいる音がしていてもおかしくない筈なのだ。
「それもそうですね。こんなにも静かなのはおかしいです」
「でしょ?……何だか、いやな予感がするのよ」
「いやな予感、ですか」
 シュラインは頷く。この寺に来てから、いやな予感は続いている。
「どうなの?灰野君。何か、視えない?」
 シュラインの言葉に、輝史は暫く考えてから目を閉じた。集中しているのだ。そして、ゆっくりと目を開けて辺りを見回す。輝史の持つアストラル視覚の発動。
「……本堂」
「本堂……?」
「ええ。間違いないです。本堂の中に何かしらの存在を感じます。それと……あちらに邪気を」
 輝史はそう言って寺の裏を指差す。輝史の目には、赤い光が燃えるように映っていた。まるで、炎。
「どうする?灰野君。本堂と裏……どちらに向かう?」
 輝史は暫く考え、まっすぐに本堂を指差す。
「本堂です。こちらの方が、反応が強いですから」
「成る程ね……。じゃあ、行きましょうか」
 シュラインは微笑む。二人は改めて本堂へと向かった。その途中で、二人とは逆方向に向かっている黒髪と黒目の青年がいた。雅だ。向こうもこちらに気付いて声をかけてきた。
「輝史君、シュラインさん!」
「影崎さん。何処に行くの?」
 シュラインが尋ねる。雅は一瞬立ち止まり、にやりと笑う。
「諸悪の根源、その2のところ」
「その2、ね」
(あの、炎の所ですね)
 輝史の脳裏に、あの炎のような映像がちらついた。
「ああ。二人はその1の所に行くんだろ?」
 二人が頷いた。雅は「愛ちゃんを宜しく」と言ってまた走り出した。
「影崎さん!羊ってどう思います?」
 背後から輝史が問い掛けてきた。雅はにやりと笑って返す。
「来年の干支がどうしたって?」
(そういう事ではないんですけど)
 輝史は、小さく苦笑した。あまりにも、雅らしい答えだったので。

●人魂
 目の前に立ちはだかっている本堂の扉は、やはり重苦しいように閉まっていた。中から話し声が聞こえた。
「はぁい、子猫ちゃん。オイタが過ぎるようねぇ?」
 ピシイ、という音が本堂から響いてくる。そして妖艶な女の声も。
「藤咲愛さんかしら?」
 先ほど實勒の口から出た名前をシュラインは言う。
「恐らく、そうでしょうね。……ですが、先ほどの……」
 輝史はそこまで言って、口を噤む。言葉と、音。それらから連想させるのはただ一つ……女王様。
「どう思う?灰野君」
「……百聞は一見にしかず、でしょうか」
「それもそうね」
 同意。そして本堂の扉は開かれた。そこに広がる光景は……まさに女王様の降臨だった。鞭を持って笑う、赤い髪と赤い目を持った妖艶な女性。疲れたような中年の男性。歌舞伎町にあるSMクラブの一場面のようだ。
「ええと、藤咲愛さん?」
 輝史が尋ねると、女王様はにやりと微笑む。サディスティックな笑みで。
「ぴんぽぉん」
 妖艶な声が、本堂一杯に響き渡るのだった。
「私はシュライン・エマ。調査員よ」
「俺は灰野輝史……同じく調査員なんですけど」
「あら、困ってるの?それとも、一緒にお仕置きして欲しいの?」
 愛の言葉に、二人は手を振る。
「結構です」
 輝史が妙に生真面目に断りを入れた。
「あたしねぇ。あの赤い石がすっごぉく気になるのよ。でもねぇ……見せてくれないのよ」
 愛が妖艶に笑う。輝史とシュラインの顔つきが変わった。二人も同じ考えのようだ。
「分かりました」
 まず動いたのは輝史だった。集中し、結界を張った。本堂に強固な結界が張られ、出口を塞いだ。西本が、石を持って逃げないように。そして、シュラインが赤い石の元に駆け寄る。西本がそれを阻もうと殴りかかろうとするが、愛が鞭を飛ばして西本の手をピシャリと叩く。一瞬怯んだその隙に、シュラインは石を持ち上げようとする。
「重っ……!」
 輝史が動く。それすらも阻もうとする西本の手首を、愛が鞭で締め上げた。ギリギリと手首に鞭が食い込む。
「あら、駄目よ?」
 ふふ、と愛は微笑んだ。輝史はその間に意思を見る。アストラル視覚を使って。
「……これは……!」
(この石の中には……!)
 輝史は絶句した。そして、言葉を続ける。
「この中に、魂を封じ込めてますね?恐らくは、信者の」
「何ですって?」
 シュラインが驚いて石を見る。
「見てはいけません!引き込まれますよ?」
 輝史はそう言って、石に結界を張る。力の放出を押さえるための結界を。が、思ったように結界が張れない。何かに阻まれているかのように。
「……外から力を供給しているようですが……」
「外から?」
 愛が尋ねると、輝史が頷く。
「寺の裏に、もう一つ力の塊がありました。邪気を」
(恐らくあそこからあの赤い邪気をこの石を媒体として供給されているんですね……)
 輝史は小さく舌打ちした。……が、突如顔が晴れる。その供給が断ち切られたのだ。
「……影崎さん、ですね」
 ぼそりと呟き、結界を強めた。邪気の供給が無くなった今、結界は輝史の思い通りに張ることができた。西本が手首を縛られたまま、叫ぶ。
「やめろ!そこには震と千佳がいるんだ!あと少しなんだ!」
「震?千佳?」
 愛は首を傾げる。
「この人の亡くなった妻と子どもよ。……ちょっと待って。あなた、まさか……!」
 シュラインは絶句したまま西本を見つめた。西本の顔が歪む。
「そうだ!何が悪い?信者の生気くらい集めて何が悪いと言うんだ!それで震と千佳が帰ってくるならどうって事無い!」
「……生気くらい、とか言わないでくれませんか?」
 輝史が冷たい目で西本を射抜く。だが、西本は怯まない。
「いいじゃないか!生気が無くなれば、恐れる事など何も無くなる!人間が恐怖したり辛苦を感じるのは、感情などと言うくだらないものがあるからだ!」
「馬鹿じゃないの?感情がくだらない訳無いじゃないの!」
 シュラインが叫ぶ。ビリビリ、と本堂の硝子が揺れた。だが、西本は怯まない。
「私を救ってくれるのは、それだけしかないんだ!私は何も悪い事はしていない!」
「信者さんだって、そう思ってるとおもうぜ?何も悪い事はしてないってな」
 突如、本堂に声が響いた。雅だ。結界の張られている空間に、何故か入っている。
(相変わらずの歩く魔除け札ですね)
 小さく、輝史は苦笑する。
「私は、間違ってなどいない!」
「間違って無いのなら、元からただの阿呆だったと言う事だ」
 本堂の外から声がする。實勒だった。こちらは結界の外から悠々と煙草を吸いつつこちらを見ている。
「信者など、私の願いを叶える為だけの哀れな羊でしかないのだ!」
「……オイタがすぎるわよぉ?あんただって羊でしょ?」
 愛は手首を縛っていた鞭を解き、今一度ピシャリと床を打つ。
「あんただって、哀れな羊でしかないのよ?」
「煩いいいぃぃぃぃ!!!!」
 赤い石から光が迸り、西本に浴びせられた。輝史の結界がそれを阻もうとしたが、それ以上に光は西本へと向かって行った。光が大方収まった時、西本の目は爛々と光っていた。真っ赤な色に。それは、狂気の炎。
「取り戻すんだ取り戻すんだ取り戻すんだ!」
 西本が叫ぶ。懐から、懐刀を取り出しながら。輝史は魔剣を形成し、構える。結界の維持は続けたままだ。雅は経を持ち、赤い石の前に座している。その隣にはシュライン。愛は鞭を構え、西本と睨み合う。實勒はやはり結界の外。だが、何を思ったか何処かへと行ってしまう。
「俺とシュラインさんは魂を解放する!」
 雅が叫ぶ。シュラインは一つ咳払いをする。
「では、俺と藤咲さんは……時間を稼ぎます」
「おっけぇ」
 それを皮切りに、輝史は魔剣を振るった。襲い掛かってくる西本の刀を受け止めつつ、一瞬の勝機を見逃さぬように見計らないながら。が、一瞬愛が遅れをとってしまった。西本の刀が、愛に襲いかかろうとしていた。
(いけない!)
 輝史は慌てて愛を庇う。腕に痛みが疾る。ぽたり、と腕から血が滴り落ちた。愛が青ざめる。
「灰野さん!」
「お怪我はありませんね?」
 輝史が小さく苦痛を顔にしてから微笑んだ。愛はそっと輝史に触れる。途端、腕に走っていた痛みは快楽へと代わっていった。これで、まだ戦える。
「痛くない……?」
「傷が治ったわけじゃないわ。……ごめんなさい」
 輝史が微笑む。
「そんなのは女王様らしくないですよ?」
「そう……そうね」
 愛の目に、力が宿る。女王としての威厳だ。その時、経を唱えていた雅とシュラインの声が止んだ。
「お待たせ!」
 雅がそう言うと同時に、石にヒビが入った。ピシリと。
「まどろっこしい!」
 雅はそう言うと拳で石を殴った。石は、その衝撃にばらばらの破片に散らばる。
「ああああああ!千佳!震!」
 西本が叫ぶ。石から光が迸り、色々な所へと還って行く。抜かれてしまった生気たちが、元の持ち主の所に。
「もう千佳さんと震君はいないわ。……もう、空へといったから」
「あああ……ああああ!」
 西本は叫んだ。心の奥底から響くような声で。愛は鞭を収め、輝史も魔剣と結界を消す。シュラインが未だ血の流れている輝史の腕に、ハンカチを巻いた。
「だが、石は媒体でしかない筈だ!まだ、力だけならば外に……!」
 西本は、結界が消えたのを知って走り出そうとした。が、それに雅が追い討ちをかける。
「もう、外からの供給も期待できないぜ」
 にやりと雅は笑う。西本の目線の先に、墓と祠があった。そこに實勒が立っていた。横に黒い狼を携えて。

●別離
「皆さん、有難うございました」
 晴れやかな顔で、理沙が言った。
「私……どうしてあんなに除災教に入ろうだなんて思ったのか……未だに思い出せなくて」
「きっかけとか、あったんじゃないの?」
 愛が尋ねると、暫く理沙は考え、哀しそうな顔をして微笑んだ。
「お父さんが落雷で死んでしまった事かな?あんまり、記憶に残ってないんだけど」
 照れたような笑い。近しいものが死んでしまった時、本能的にその時の記憶を曖昧にしてしまう事は珍しくない。理沙もそうだったのであろう。
「一番大事なのは、自分を信じる事よ。信教自体は悪い事じゃないけどね」
 シュラインが微笑みながら言う。
「そうですよ。例えマイナーな宗教であっても、それが心の支えになるならいい事ですし」
 輝史も優しく笑いながら言う。
「ふん、くだらん。形無きものに頼るなど……」
 實勒が吐き捨てるように言うと、雅がにんまりして背中をぽんぽんと叩いてきた。
「形無いものを見たからといって、当たるのは良くないなぁ?」
「そんな事ではない」
 むっとしながら實勒が返す。皆が笑う。理沙はもう一度皆に礼をいい、帰っていった。
(あの寺は西本さんの箱庭だったんですね。石を中心とした、西本さんだけの世界がそこにはあったんです……そこに、確かに)
 あの忌々しい赤い石。願わくば、もう二度とそのような類のものが出てこないように。
「さてと、打ち上げでも行きましょうか」
 理沙を見送ってから、ううん、とシュラインが伸びをしながら提案する。日は大分傾きかけている。
「いいな、それ!何かリクエストがあったら、色々な店を紹介するぜ?」
 雅が『お気に入り店』をいくつか挙げていく。
「のんびりと出来るところがいいですねぇ。生簀の無い所とか」
 輝史はにこにこと笑いながらそれでもさりげなく意見を出していく。
「酒の美味い所なら何処でもいい」
 煙草に火をつけなら、實勒が言う。
「私駄目だわ。これからお店に行かないと」
 愛が残念そうに言い、それからさも名案だといわんばかりに皆を見回して妖艶に笑う。
「そうだ。皆がうちの店に来ればいいのよ。ね?」
 皆の動きが止まった。愛のポケットに入っている鞭に、自ずと目がいってしまう。
「あら、皆。恥ずかしがりやさんね」
「それは違いますよ」
 真顔で輝史が言う。皆苦笑し、顔を見合わせながら後日改めて打ち上げをする事を誓うのだった。愛の勤める店以外で。

<依頼完了・打ち上げ予定付>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0830 / 藤咲・愛 / 女 / 26 / 歌舞伎町の女王 】
【 0843 / 影崎・雅 / 男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】
【 0965 / 影崎・實勒 / 男 / 33 / 監察医 】
【 0996 / 灰野・輝史 / 男 / 23 / 霊能ボディガード 】

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■         ライター通信          ■
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お待たせ致しました、こんにちは。ライターの霜月玲守です。このたびは私の依頼を受けて頂き本当に有難うございました。如何だったでしょうか?
毎回毎回オープニングが分かりにくいと思いつつ……今回ははっきりとした依頼内容すら書いてない状態でした。すいません。いや、忘れたわけでは……(笑)皆さんがどういう形を持って依頼完了にしたのかを見たかった、というのが一つありました。それでも皆さんは素敵なプレイングをかけてくださってました。有難うございます。

灰野・輝史さんのプレイングはいつも私を喜ばせてくださいます。羊と正三角形は正に今回触れて欲しかったところでした。
因みに、三角形は頂点に力が集まる所……という設定で使いました。ピラミッドも似たような感じなのでOKです(笑)箱=四角という概念をちょっと歪める役目もあったり。

今回、またもや言葉遊びなんぞ盛り込んでみました。宜しければ探してみてくださいね。今回の言葉遊びはバレバレなんですけど。
また、一人一人の文章となっております。他の方と読み比べられると、より一層深まると思います。

ご意見・ご感想等心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその時まで。