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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・仮面の都 札幌>


調査コードネーム:ヴァルキリーの翼  
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :界境線『札幌』
募集予定人数  :1人〜2人

------<オープニング>--------------------------------------

「‥‥そう。判ったわ」
 新山綾が受話器を置く。
 北斗学院大学心理学研究室。
 茶色い髪の助教授の職場だ。
 紆余曲折を経て、そういうことに落ち着いていた。
 もう、他国の諜報機関との暗闘など、遠い過去だと思っていた。
 しかし、
「麻薬の密輸とはね‥‥」
 暗然とした呟きが、紅唇から零れる。
 かつて、綾が内閣調査室に関わる原因となった事件。
 それもまた、麻薬密売だった。
「因縁というのかしらね‥‥これも」
 白衣を脱ぎ捨てる。
 美人だが希少価値を主張するほどでもない白い顔には、微笑が張り付いていた。
 それは、過去に各国の諜報部を震え上がらせた笑み。
 氷の女帝と呼ばれた魔女が、いま、戦場へと戻る。

『先のロシア系諜報組織が、中国から多量の大麻を運び入れたらしい。目的は、麻薬の蔓延によって札幌の行政機能を低下させること。おそらくそれだろう。となると標的にされるのは議員連中だろうな。あるいは警察組織の崩壊を狙うか。どっちにしてもやっかいな話だ。残念ながら水際で阻止するのは失敗してしまった。綾の方で処理してくれないか? もちろんすべての情報と資金は提供するが、外部に漏らさず処理ってのが絶対条件だ。判ってることだとは思うけど、な』

 つい先刻の電話を反芻しながら。





※「札幌の街に雪が降る」の続編です。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。
※12月16日(月)19日(木)23日(祝)の新作アップは、著者、私事都合およびMT13執筆のため、お休みいたします。
 ご迷惑をお掛けして、申し訳ありません。

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ヴァルキリーの翼

 暗い部屋。
 規則正しい音が、暗闇を圧して響く。
 剣を研ぐ音。
 赤い瞳に沈毅な光をたたえ、男が黙々と作業を続ける。
 男の名は、巫灰滋。
 剣の銘は、貞秀。
 もう半年の付き合いになる相棒同士だ。
「なあ‥‥義爺さん‥‥」
 ふと、巫が口を開いた。
 むろん、彼の言葉に応えるものはいない。
 そう。
 いまとなっては。
 かつて、この霊刀は意志を持ち、言葉を解する事ができた。
 インテリジェンスソード。
 知恵ある剣。
 幾つかの伝説に登場する剣の一振りが、貞秀だったのだ。
 だが、すでにその知恵は失われた。
 強大な敵と戦うため、巫の妹を救うため、貞秀は己自身を純粋なパワーに換えた。
 結果、霊刀は単なる霊刀になった。
 嘘八百屋が貸し出す、他の武器と同じである。
 もう冗談を飛ばし合うこともできない。
 憎まれ口を叩き合うこともできない。
「なあ‥‥義爺さん‥‥」
 巫が繰り返す。
 夢の残滓を追うように。
「アンタの孫娘、また戦場に戻るつもりだぜ‥‥いいのかよ? 守ってやらなくて」
 もちろん貞秀は黙して語らない。
 新山綾。
 二人が守るべき、大切な女性。
 その任を放りだして、貞秀はさっさと別世界に旅立ってしまった。
 巫だけに重責を押しつけて。
 自分はべつの航路に乗り替えてしまった。
「きたねぇぜ‥‥義爺さん‥‥」
『なにを泣き言をいっておる。惚れた女くらい自分一人で守らんか』
 それは、浄化屋の心が作り出した幻想。
 けっして紡がれる事のない、貞秀の声。
 未練だろうか。
 不安だろうか。
 精悍な顔に苦笑が刻まれる。
「たしかに俺らしくねぇな。泣き言なんて」
 呟き。
 むしろ自分を鼓舞するための。
 磨き終えた剣を鞘に収める。
 妹が伝えてくれた、貞秀の最後の言葉を反芻しながら。
「‥‥行こうか義爺さん。俺とアンタの大事な女性(ひと)を護るために‥‥」
 ごく無造作に貞秀を引っ提げ、部屋を出る浄化屋。
 白く化粧された札幌の街が、一人の男を待ちかまえていた。
 血戦の予感を孕ませながら。


 剣光が闇を薙ぎ、幻炎が視界を灼く。
「この国を魔の薬などで汚させたりはしません。絶対に」
 草壁さくらの静かな宣言が響いた。
 虚実の炎のなかに浮かび上がる、金糸の髪と緑玉の瞳。
 深夜の倉庫街。
 ロシア系魔術師どものアジト。
 大量の麻薬が隠されているはずの。
 妖たちからの情報によってここを特定するまでに一日。
 どうやら、綾たち内調の動きに先んじることができたようだ。
「綾さまの物理魔法を、天下御免で使わせるわけにはまいりませんから」
 くすりと笑う金髪の美女。
 まるで氷で造形された花のように。
 彼女の術は人間が真似ることはできない。
 人外の能力だからだ。
 しかし、物理魔法はさにあらず。
 誰でも行使することができるのだ。
 茶色い髪の魔術師は、外部に漏らさぬよう細心の注意を払うだろうが、それでも万が一ということもある。
 だからこそ、
「綾さまたちが到着するまでに、私が遊んであげましょう」
 それは、事実上の死刑宣告。
 色めき立つ魔術師たち。
 むろん、彼らに黙ってやられなくてはならない義務などない。
 素早く攻撃態勢を整え、こしゃくな小娘に襲いかかる。
 さくらが内調より先に処理しようと思うのと同様、彼らもまた、事を急がなくてはならなかった。
 場所が知られた以上は、ここに留まり続けるわけにはいかない。
 この小娘が内調の手のものだとすれば、じきに応援が駆けつけよう。
 そうなる前に小娘を屠り、可能な限り迅速に拠点を移すのが得策である。
「そうこなくては」
 張り付いた微笑はそのままに、右手の天叢雲と左手の狐火で応戦するさくら。
 戦力比は二〇対一ほどあるが、恐れた風もなかった。
 陰陽師軍団や邪神の眷属などの強敵と、幾度も渡り合ってきた彼女である。
 いまさら諜報員ごときにを恐れるはずもない。
「さあ‥‥お逝きなさい!!」
 紅蓮の火炎が敵を包む。
 が、一瞬にして炎が切り裂かれた!
 同時に飛び出してくる、氷を纏ったかのような美女たち。
 七人ほどだ。
 全裸で背中に鋭角的な羽がある。
 そして、全員が半透明の剣や槍で武装していた。
 普通の人間のはずがない。
「悪霊魔術ですか‥‥」
 さくらの顔に、ごく僅かな緊張が走る。
 話に聞いたことは幾度かあるが、実際に対峙するのは初めてである。
 やはり手の内が判らないというのは戦いづらい。
 とはいえ、爪弾いてみなくては弦の調子が判らないのも事実だ。
「いきますよ!」
 天叢雲を片手に、さくらが切り込む。
 迎え撃つ裸の女たち。
 飛び散る剣火。
 ぶつかり、相殺しあう炎と氷。
 強い‥‥。
 一合二合と斬り結ぶうち、さくら自身が実感していた。
 七人が、完全なコンビネーションで攻撃と防御を繰り返し、付け入る隙を与えない。
 しかも背中の羽は飾りではないらしく、空中にも注意を払わなくてはならなかった。
「く!」
 前後左右上方に、間断なく狐火を放つ。
 たいして効果など期待していない。
 牽制だ。
 あるいは悪霊たちだけが相手だったら、さくらは互角以上に戦えたかもしれない。
 だが、悪霊と連携しつつ襲いくる銃弾やナイフは、彼女の集中力を奪い、本来の能力を活かさせないまま劣勢に追い込んでゆく。
 もともと、数の差というものを侮ることはできない。
 衆寡敵せず。
 そんな言葉もあるほどだ。
 バラバラに行動する敵ならいざしらず、きちんと連携して戦う相手には、歴戦のさくらでもやはり苦しい。
 人数差が、そのまま戦力差になってしまう。
「あぅ!?」
 短い悲鳴をあげ、さくらが横転した。
 右の太股に赤い花が咲いている。
 横合いから突き出された槍の攻撃を避けそこねたのだ。
「く‥‥」
 無念の臍を噛む。
 足にダメージを受けたということは、行動力が著しく減殺される、ということである。
 このままでは、攻撃に対して無防備にならざるをえない。
 どうする‥‥と、自問するさくら。
 この窮状を脱する方法は、たぶん一つしか残されていない。
「‥‥りみったーを解除しますか‥‥?」
 たとえば、ハンターどもを打ちのめした時のように。
「でも‥‥あれは‥‥」
 理性の声がブレーキをかける。
 あの状態になると、文字通り見境が無くなってしまう。
 それでは内調に先んじて行動した意味がない。
 とはいえ、このままではなぶり殺しされるだけだ。
 じりじりと、悪霊と諜報員が近づいてくる。
 まるで、もったいぶるかのように。


 なにが生じたのか、一瞬、さくらには判らなかった。
 彼女を包囲していた敵が数名、まとめて吹き飛んだのだ。
「ひとりで突っ走るとロクな結果にならねぇぜ。函館の時にそう言わなかったか?」
 青年の声が響く。
 抜き身の日本刀を肩に担ぎ、不敵な微笑を浮かべた男。
 巫だ。
「灰滋さま‥‥ということは‥‥」
「ご名答」
 浄化屋という二つ名を持つ青年が、横に半歩移動する。
 瞬間!
「ライトニングマグナム!!」
 弾丸のように撃ち出された静電気塊が、数人の敵を叩きのめした。
 物理魔法である。
「綾さま‥‥」
「遅参ごめんね☆ まあ遅すぎなかったって事で、許してちょうだい」
 飄々と、黒い目の魔術師が告げる。
 巫と綾の他に味方らしき人影は見えない。
 たった二人の援軍。
 思わずさくらは目を伏せる。
 本来、単独行動は綾の本領ではない。
 きちんと数を揃え、準備し、勝算を立てた上で動くのが、この危険な魔術師の身上のはずだ。
 にもかかわらず、こうして二人だけで現場に急行したのは、さくらを心配したゆえであろう。
「さて、派手にやるわよ! ハイジ!!」
「了解だぜ!!」
 恋人の指示を受け巫が奔る。
 それは危険な猛獣。
 困惑から立ち直っていない諜報員たちを、右に左に吹き飛ばしてゆく。
 むろん、数的不利を覆したわけではない。
 長時間に渡って戦い続けることは難しい。
 とくに、
「戦乙女(ヴァルキリー)には充分気を付けて!」
 さくらに駆け寄った綾が警告を発する。
 と、同時に、ヴァルキリーたちが、氷の槍を次々と投げる。
「甘めぇぜ!」
 襲いくる槍を貞秀で弾きつつ、無数の小火球を放つ巫。
 これも物理魔法だ。
 慌てて翼を広げ、空中に回避するヴァルキリーたち。
「破!」
 間髪入れずにさくらが飛ぶ。
 弓弦から放たれた矢のように。
 足を負傷しているゆえ、天叢雲を地面に振るい、内包された風の力を利用して跳躍したのだ。
 一閃して戦乙女を切り伏せ、かえす一閃でまた一人を屠る。
 強い。
 正面をむいて戦うさくらは、やはり圧倒的なまでに強かった。
 金髪が風を孕んで踊り、まるでアテナ女神のような美しさである。
「空中戦でも、なかなかのものでごさいましょう?」
 珍しくさくらが冗談を飛ばす。
「負けてられねぇな。俺も」
 下品な口笛で応じた巫が、ふたたび敵のただ中に突進した。
 誇り高い獅子の王が駆けるように。
 霊刀が縦横無尽に奔り、ヴァルキリーたちを打ち倒してゆく。
 狼狽するロシアの諜報部崩れども。
 コンビネーションを取った、緑の瞳の女と赤い瞳の男は、単独のときとは比較にならない強さだった。
 一〇と一〇の力が足されるのではなく、掛け合わされる。
 少し洒落た表現をすれは、そういうことになろうか。
 個人にできることなど、たかが知れたものだ。
 だが、協力し合えば。
「私が間違っていたようですね。若い方たちから教わることは案外と多いものです」
 内心で苦笑する、外見は最年少のさくら。
 安心して背中を預けられる仲間がいるということは、こんなにも心強い。
「さーて。一気に仕上げといきますか☆」
 後方から綾の声が聞こえる。
 少々あぶないところはあるが、頼もしき仲間の声だ。
「了解だぜ!」
「承知いたしました」
 浄化屋と妖狐が同時に応える。
 札幌の街に夜明けが近づいていた。
 戦いの終わりとともに。


  エピローグ

「んー じゃあ、この大麻どうしようかなぁ」
 綾が呟く。
「やはり、燃やしてしまうのが一番ではないですか?」
 さくらが提案した。
「いや、それはまずいぜ。さくら」
 反論するのは巫だ。
 敵を打ち払い、押さえた大量の麻薬を前にしての会議である。
 量としては五〇〇キログラムほどはあろうか。
 それだけ、敵の計画も本気だったという事なのだろう。
 今回は押収に成功したものの、次も処理が上手くいくとは限らない。
 というのも、ロシア魔術師どもは半数ほどが逃走に成功しているからだ。
 おそらくは今後、何度も攻撃を仕掛けてくるに違いない。
 だが、先のことはともかくとして、いまは麻薬をどう始末するかが問題だった。
「どうしてまずいのですか?」
「大麻ってのは、呼吸器を使って摂取するんだ。つまり口や鼻だな。摂取方法はようするに喫煙だ」
「ああ‥‥なるほど‥‥」
 得心したように頷く金髪の美女。
 たしかにそれなら、燃やすのは危険すぎる。
 近隣の住民が煙を吸ってしまったら一大事だ。
「警察の処理班にお願いするのがベターなんだろうけど、最近は警察も信用できないしなぁ」
 助教授が言うと、巫もさくらも苦笑を浮かべた。
 警察が自らの信用を失墜させたのは、誰を恨むこともできない。自業自得というものである。
「それに、秘密裏にという条件からは外れてしまいます」
 五〇〇キロの大麻だ。
 警察に通報した場合、まず間違いなくマスコミが動いてしまう。
「やっぱり内調で処理してもらうしかねえんじゃねぇか?」
 巫が言った。
 面白味には欠けるが、まず順当なところだろう。
「あ、そうだ☆ これを使って、わたしが北海道の支配者に‥‥」
 綾が冗談を言おうとしたが、軽快な音が二つ響き、それを中断させた。
「いったーい! ふたりで同時に突っ込まなくても良いじゃない」
 涙目になりながら、助教授が苦情を申し立てる。
 むろん、一顧だにされなかった。
 恥ずかしげに朝日が顔出し雪の白さを際ただせる。
 三人は、眩げに目を細めた。





                          終わり

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0134/ 草壁・さくら   /女  /999 / 骨董屋『櫻月堂』店員
  (くさかべ・さくら)            with天叢雲
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)            with貞秀

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「ヴァルキリーの翼」お届けいたします。
「007」や「ミッションインポッシブル」みたいな感じに描写したいんですが、なかなか上手くいきませんねぇ。
自分の表現力のなさにがっかりです(笑)

それでは、またお会いできることを祈って。