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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


可愛い彼女の作り方


------<オープニング>--------------------------------------


 谷田浩二、人呼んで「幽霊デリバリー」の異名を持つ彼が草間興信所のドアを叩いたのは、かなり非常識な時間帯だった。中の住人が出てこなくてもしつこくドアを叩き続けている。
「一体誰だよ……。」
 溜まった仕事が一段落してぐったりとソファに身体を沈めていた草間武彦は目を擦りながら、起き上がった。見るともなしに見た時計の針は丑三つ時を僅かに越えていた。
「草間さーん、起きてー。近所迷惑になるから早く開けてー!」
「分かってるなら騒ぐな!」
 草間は扉を開けてそれだけ叫ぶと再びドアを閉めてしまった。我ながら大人気ない。
「ちょっと草間さーん。開けてってばー!」
「イヤだ。お前はろくなものを連れてこないからな。」
「だって困ってんだもんよー。人として放っておけないだろー。」
「人として人外なものを見るんじゃない。」
「諦めなってばー。草間さんはそういうものを呼び込む体質なんだってー。」
「それこそ認められるか!」
 草間がばっと扉を開けると、ドアを叩こうとしていた浩二が転がり込んできた。すぐに扉を閉めたが、ちらりと見た外には白いものがちらついていた。道理で寒いはずだ。
「あいてて。」
 浩二が身体を起こして草間を見上げ、邪気のない笑顔を向けてきた。
 大学生活を謳歌している彼は、気楽な性格のせいか、年の割りに幼く見える。ある事件で幽霊を見てからすっかり霊的なものに免疫が出来てしまった浩二は、バイクで遠出をするたびに曰くつきの霊を連れて帰ってくるようになった。しかも、連れ込むのは決まってここ草間興信所だったりする。お払いでもなんでもいいから、そっちの方へ連れて行くほうがいいと草間は思うのだが。
「で? 今回はこんな時間に一体何を連れてきたんだ?」
「そんなイヤそうな顔しないでよー。綺麗な女の人なんだからさー。ほら。」
 ほら、と言われても草間は霊感なんてものはないから見えるわけがない。
「何が望みだって?」
「彼氏を作ることだってー。クリスマスに彼氏とでっかいクリスマスツリーの下でキスをしたいらしいよー。」
「……お前がなってやればいいんじゃないのか?」
「だって幽霊限定っていうからさー。俺じゃ無理ー。っていうか、俺はクリスマス用事あって無理なんだよねー。」
「デートか?」
「違うよー。ちょっと出かけてくるだけー。」
「またなんか連れてくる気か!」
「ひどいなー。別に俺のせいってわけじゃないのにー。」
 ぽかっと草間に後頭部を殴られ、浩二は大袈裟に痛がって見せた。草間はそれに取り合わずに煙草に火をつける。浩二の軽いノリに目が冴えてしまった。
「やっぱりさ、俺としてはデートは可愛らしくびしっと決めたいわけよ!!」
「は?」
 突然聞こえてきた声に、草間はあっけに取られた。いつの間にか妹の零までもが起き出している。
「お前寝てろって、まだまだ夜だぞ。」
「きらきら光ってるクリスマスツリーの下でキスするなんて乙女の夢じゃん! 俺ファーストキスはそこでって決めてたんだ!」
「れ、零……?」
 ぼとっと煙草が落ちる。草間は穴が空くほど零を見つめた。
「あーらら。零さん依代にしちゃってるよー。」
「女って言ってなかったか? 内容はともかく、俺には男が喋ってるように聞こえるんだが。」
「ちゃんと女の人だよー。すっごく美人さんなんだけどねー。口調があれなんだよー。」
 浩二は何が楽しいのかけらけらと笑う。
「それじゃ、頑張ってねー。こんな時間に来てごめんなー。」
 全然済まなそうに見えないまま、浩二は呆然としている草間を残して颯爽と帰って行った。逃げられたと気付いたのはすでに遅く、草間は様変わりしてしまった妹と2人取り残されてしまった。
 零からすごく期待の篭った眼差しを向けられる。草間はがっくりと肩を落とした。
「とりあえず名前は?」
「柊めぐみ! 浩二がここに来れば俺にも彼氏ができるって言うからさ! 期待してるぜ!!」
「とりあえず、その口調を直すことから始めた方がいいと思うぞ……。」



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 翌日、いつもの時間に出勤してきた、切れ長の目に中性的な容貌を持つシュライン・エマは、草間興信所の異常な状態に目を見張った。首からぶら下げていた遠視用の眼鏡をかけて、まじまじとその様子を眺めてしまう。
「ああ、シュラインか、おはよう。」
 常にやる気がなさそうな雰囲気を醸し出しているが、本日の草間はいつになく疲れているようだ。
「お客さん? さあ、どうぞどうぞ。」
 いつも大人しく控えめな零が跳ねるような軽やかさでシュラインの元へとやってきた。零はバイトであるシュラインのことが分からないらしい。
「私は客じゃなくて事務のシュライン・エマというのだけど、零ちゃん?」
「そうなんだ! 間違えてごめん。俺、柊めぐみっていうんだ。よろしくな!」
 零に握手を求められて、思わず応えてしまってから、シュラインは首を傾げて草間を振り返った。
「……どうなってるの?」
「いや、浩二の奴がまたおかしなものを連れてきてだな。零に憑依してしまったんだよ。」
「八橋くんったらまた?」
 シュラインはある事件で知り合った浩二のことを八橋くんと呼んでいる。
「今度は一体どうしたの? えーと、女の子よね?」
「きらきら光ってるクリスマスツリーの下で彼氏とキスをしたいらしい。」
「デートは可愛らしくびしっと決めたいんだよ!!」
 目をきらきらと輝かせてはしゃぐ外見零、中身めぐみから視線を逸らし、草間は溜息をついた。
「……俺は口調を直すことから始めた方がいいと思うんだが。」
「うーん……。私としてはそのままで充分魅力的に感じるんだけど。」
「めぐみ様の躾はわたくしにお任せくださいませ!」
 突然の乱入者に草間がきょとんとシュラインの背後を窺った。そこには、黒い髪を和風お姫様カットにしている少女の姿があった。
「月姫じゃないか。なんだ、シュライン、一緒に来たのか?」
「ええ。さっきそこで会ったものだから。」
「中学校はいいのか? サボったりするなよ。」
「もう学校は冬休みですわ。それにわたくしは学校をサボったりはいたしません。」
 夜藤丸・月姫(やとうまる・つき)はつんと顔を逸らした。言い方は優等生然として見えるが、彼女は学校に内緒で夜から明け方にかけて、少年の姿で占いを生業にしていたりする。
「お休みになったので久しぶりに草間様のお顔でも拝見しようと思って来てみれば、なにやら面白そうな依頼が来ていますし。本当に怪奇探偵様ですわね。」
「月姫、悪かったって。そんなに怒るなよ。」
「まあ、わたくしは別に怒ってなどいませんわ。草間様、何かやましいことでもありますの?」
「おいおい月姫……。」
「はいはい、じゃれるのはそこまで。めぐみさんがびっくりしてるじゃない。」
 シュラインは2人の不毛な会話を強制的に終了させ、固まっているめぐみを指し示した。
「いや、俺はびっくりしてるわけじゃないんだけど……。」
「ダメです! めぐみ様、俺じゃなくて私ですわ。」
 月姫がびしっとめぐみの科白を遮った。
「え? わ、私?」
「はい。もう一度言い直してくださいな。」
「えーと、わ、私はびっくりしてるわけじゃないんだけど……。」
「ちょっとおかしいですわね。わけじゃないんだけど、じゃなくて、わけではないんですけど、にしてくださいません?」
「えーと、俺、じゃなくて私はびっくりしてるわけではないんですけど……。」
「少し口調を変えるだけで大分とましですわね。」
「私としてはその続きの方が気になるわ。」
 シュラインの的確な突っ込みは、躾に燃える月姫と目を白黒させながらそれに応えるめぐみの耳には届いていなかった。草間は目の前の現実に飽きが指したのか、うつらうつらと船を漕いでいた。
「ところで、めぐみさんは彼氏とキスしたいって言ってたけど、特定の相手っているのかしら?」
「え……実はいないんだ。だから是非彼氏が欲しいんだよ!」
「語尾はですます調にしてくださいませんこと?」
「えーと、実はいないんです。だから、是非彼氏が欲しいんです。……あってる?」
「最後もきちんと!」
「あ、あってます?」
「気を抜かないで、きちんとすればできるじゃありませんか。この調子でびしっと行きますわよ。」
「はい! 頑張る! じゃなくて、頑張ります!」
 めぐみはかなりやる気になっているらしい。口調を直そうと必死になっているが、すぐにボロが出てしまう。そうすぐすぐに身に付くようなことなら、苦労はしないだろうが。
「どうする? ショッピングにでも行く? 可愛くしたいなら買うものもあるだろうし。」
「行く!」
「語尾!」
「あ、行きます!」
「わたくしも賛成ですわ。」
 少し疲れたように頭を振りながら、月姫もシュラインの提案に同意を示した。
「なにか映画でも見て、立ち振る舞いを見るのもいいと思いますし。」
「そうね。それじゃあ、武彦さん、行ってくるわね。」
 目を擦って寝ぼけている草間を置いて、シュラインと月姫とめぐみは女3人でショッピングに駆り出すことにした。



「わー可愛いー!」
 夢野・静音(ゆめの・しずね)ははしゃいでいる一人の人間に目を止めた。クリスマスが近く、浮かれた町の中においても、何故か人目を引いた。
 静音とあまり年の変わらないような可愛らしい少女がショーウィンドウに張り付いている。彼女の近くには、背の高い切れ長の目に中性的な容姿を持った女性と、黒髪を和風お姫様カットにしている少女がいた。
「……それは紳士ものよ。」
「……めぐみ様、もしかして男兄弟の中で育ったんですの?」
「うん。兄2人に弟2人の5人兄弟! しかも、母さんは早くに亡くなったから。」
「家族は男だらけだったわけね。」
「シュライン様、わたくしたちで選びましょう。」
「そうね。ちょっと元の姿を見せてくれないかしら。それとも零ちゃんの格好のまま合わせてもいい?」
 静音は賑やかな3人の女性を見るともなしに眺めていた。女性の買い物というものはどうしてこう楽しそうなのだろうか。
 ふと、なにやら周囲の闇の密度が高くなっているような気がする。一体なんだろうと思いながら、再び3人に視線を向けてぎょっとした。
「こんな感じ?」
 先ほどはしゃいでいた少女の身体から霊体が少し離れていた。周囲の魔が歓喜にざわめいている。霊体の取り付いている元の肉体の霊力は魔物たちには無視できないほど魅力的なものだったのだ。
「美人さんですのに……。」
「惜しいわねえ。でもまあ、私たちに任せて。」
「うん。もちろん!」
「うん、ではなくて、はい、と仰ってくださいな。」
「うん。分かった……じゃなくて、はい、分かりました。」
「どんなのがいいかしらねえ。」
「可愛くというよりは優美になりますわね。でも、外見は零様ですし。」
 一人を残して、2人は離れて行ってしまう。
 その隙を魔物が見逃すはずがなかった。静音は残された一人の前へと跳躍して剣を抜き放った。心の力を蒼い光の剣にする『光刃』で、彼女に飛びかかろうとしていた魔物を一刀両断にする。
「こっちへ!」
 静音は呆然としている彼女の手を取り、2人が消えた方へと連れ込んだ。
「どうしたの?!」
「大丈夫ですか?!」
 衝撃に気付いた2人が静音の方へと駆け寄ってくる。
「魔に狙われていたので助けた。まだしつこく来るかもしれない。」
「あ、ありがとう。助けてくれて。……えと、名前は?」
「夢野・静音。退魔剣術士にして質量を持った幽霊だ。」
 3人の女性もそれぞれ名前を名乗った。
「……幽霊って言ったわよね? めぐみちゃん、彼なんてどうかしら?」
「え?」
「彼氏候補で。」
「ええっ?!」
 シュラインの言葉に、めぐみと静音が揃って呆気に取られた。
「いや、護衛なら引き受けてもいいが……。」
「幽霊は幽霊でも質量を持ってるって……。」
「そう。残念ね。別に探さなきゃ。月姫ちゃん?」
 シュラインは一人ぼーっとショーウィンドウガラスを見ている月姫を振り返った。驚いたように月姫が我に返る。
「はい? 何か言いまして?」
「聞いてなかったの? めぐみちゃんの彼氏をどうするかって話。」
「それならば、わたくしが水晶球でも使って探すのをお手伝いしますわ。先にショッピングしましょう。」
「そうね、静音さん、荷物持ち……。」
「すぐに動けなければ意味がない。」
「上手い口実だわ。」
 シュラインは静音の答えが気に入ったように軽く笑った。



 式・顎(しき・あぎと)は思わず笑みを洩らした。
 60歳に手が届くかという年齢にも関わらず、身体は引き締まっている。
「……夢野・静音。」
 口は懐かしそうにその名を紡いでいるが、瞳は殺気に満ちていた。
 感じたのは、魔王級数百を殲滅できる程の巨大な力。人間の勢力が強いこの時代にあらざるものである。
 相手の犯したミスに、しめしめと舌なめずりしたい気分だった。
 未来世界を破壊した魔剣士は、追い求めている時空跳躍者という獲物を見つけた。



「ちょっとこれ、着てみてくれないかしら。」
 シュラインはめぐみに合いそうな服や小物をどんどんと選んでいく。試着の際にめぐみの第一声が「すごーい。女の子みたい。」だったときにはさすがに脱力したものだが、今差し出している白いコートは、めぐみの雰囲気とは少し違っていた。
「うん?」
 めぐみが着たのを見て、シュラインは軽く頷くと、それを持ってレジへ向かって行った。包装をしてもらっているらしい。さっきから、買ったものは着たままだったので、少し不思議に思いながらも、めぐみは特にその行動を尋ねることはしなかった。
 着慣れない服を着ていると、めぐみはなんだか不安になってくる。
「あのう……これって似合ってる?」
 めぐみは振り返って、ほぼ無言でついてきていた静音に聞いてみた。
「何故?」
「だって、なんか変。こんなの俺じゃないみたい。やっぱり女の子みたいに可愛くなんて無理なのかな。」
「…………?」
「俺の家ってね、団地だったんだけど、近所にすっごい優しそうな人がいてさ。朝とか、よく同じバスに乗ったりしてて、お互い顔見知りっぽかったんだ。でもその人、俺の外見しか知らないからさ。俺、外見と中身が違うって言われ続けてたから自覚はあったし。でも、その人が可愛い女の子と一緒にいるところ見てすっごくショックだった。だから俺もあんなふうに可愛くなれたらって思ったけど、やっぱりおかしいよな。」
 めぐみは落胆したように深く溜息をつく。静音は少し首を傾げながら、真っ直ぐにめぐみを見た。
「……君の心はとても温かくて綺麗。私の心は空っぽだから…それがとても良く分かる。大丈夫。それを無くさなければ…きっと幸せになれるから。」
 未来の争乱で家族や親友、恋人を失い、心が人形のようになってしまった静音には、めぐみの普通の感情がとても眩しい。自然と大切にしたいと思えた。
「うん。ありがとう。」
 めぐみは少し救われたようににっこりと笑った。その笑顔はとても女性らしく可愛らしいものだった。


 一方、鏡や硝子・水溜りなど物を映すものを覗けば、予知・遠見ができる能力を持つ月姫は、先ほどのショーウィンドウのガラスによって、一定の間隔をあけてめぐみを追っている少年がいることに気が付いた。
 めぐみから離れて、月姫はそちらへと向かった。突然月姫に見つかった彼は驚いて急いで逃げようとする。
「お待ちになってください。あなた、めぐみ様のなんですの?」
 びくっと肩を震わせて、少年が立ち止まる。恐る恐る月姫を振り返ってくる。
「……憑依してますわね。」
 月姫は眉根を寄せた。めぐみと同じく、彼にも霊体が張り付いている。はっとしたように少年が首を振る。
「違うんだ。この身体はこの人が貸してくれるって言うから借りているだけで、無理矢理奪ったわけじゃない。」
「本当ですの?」
「本当だってば! 俺は彼女が心配でついてきただけだし。」
「心配?」
 死んでいる人間の何が心配だというのだろうかと、月姫は首を傾げた。
「実は俺、彼女を守り損なって死んだんだ。」
「事故ですか?」
「そう。俺、彼女の家の近くに住んでて、名前も知らなかったけどずっと気になってたんだ。でも俺のことよく知らないだろうなって諦めてて。……車に轢かれそうになった彼女を助けようとして、失敗して2人とも死んだなんてお笑い種だろ?」
 少年の自嘲に、月姫は咄嗟に言葉を返せなかった。
「……めぐみ様の性格は知ってますの?」
「外見だけじゃ人は好きにならないよ。彼女が外見に反してすごく男っぽいことは知ってるよ。でも、好きになるのにそんなことは関係ないだろ?」
「それじゃあ……。」
 月姫が言いかけたとき、それは起こった。何かが壊れる音がして、すぐに人々の悲鳴が響く。月姫は反射的にガラスを見て愕然とした。
「え? なんですの?」
「どうかしたのか?」
「めぐみ様が……。」
 ガラスには、驚いた顔をしているめぐみを険しい顔で静音が庇うように立っている様が映っている。その前にいるのは、長身の男だ。あまり綺麗なガラスではないため、詳細まではよく分からない。
「彼女がどうしたんだ?!」
 少年が驚いて月姫に尋ねるが、簡単に説明できるような状況ではない。静音とその男は手に剣を持っていた。緊迫した空気は一体何を指し示しているのか。
 月姫を一瞥すると、少年は軽く舌打ちをして、駆け出していった。



 突然目の前に現れた男が手にしているものに、めぐみはあんぐりと口を開けた。日常的に剣などは見たことがない。異変を感じ取った周囲の人々も悲鳴を上げながら、めぐみたちの傍から離れていく。
「……式・顎……。」
 傍らで静音が呻くように相手の名前を呟く。反射的に静音も同じ剣を手にしていた。
「知り合い?」
「……私の師匠であり、最大の敵だ。」
「お前も不憫な姿になったものだな、夢野・静音。肉体を失ってまで存在し続けることが、薄汚い人間に利用された結果か。」
 顎は静音の背後にいるめぐみをにやにやと眺めている。静音はその意図を読み取り、さっと顔色を変えた。
「彼女を人質にでも取るつもりか!」
「まさか。お前はそんなことをしなくても逃げるような奴ではないだろう。」
「逃げろ。式の目当ては私だけだ。」
「え……でも……。」
「早くっ!」
 現状が把握できずに戸惑っているめぐみを静音は乱暴に突き飛ばした。悲鳴をあげてよろめいためぐみの腕を誰かががしっと掴む。
「え?」
「こっちだ。」
「え、浩二?!」
 めぐみは相手を認めて目を丸くした。確か、またバイクで遠征するようなことを言っていたはずなのに。
 頭の中がハテナマークで埋まっているめぐみを引っ張りながら、彼は強い瞳を向けた。
「今度こそ君を守るから!」
「……まさかっ!」
 今浩二を動かしている人物が違うことに気付いて、めぐみはかっと赤面した。その背後で、ガッと金属音が響き渡る。
 静音と顎の剣が派手な音を立てて離れるが、顎の刺突の連撃は終わらない。静音も負けてはおらず、全て受け流していた。傍のショーウィンドウを割り破り、近くのマネキンを引き倒す。
 しかし、静音は攻めあぐねていた。かつての師匠である顎には、自分の癖や弱点を全て見抜かれている。静音がいくら最強の退魔剣術士であっても、それだけの情報を相手に握られていては迂闊に攻め込むことが出来ない。
 一瞬躊躇した静音を見逃さず、顎の間合いを詰めようとしてきた身体が不意に傾いだ。
「え?」
「何?!」
 静音の驚愕は顎が不可思議な顔をしたことにより更に深まった。
「動かないで。今あなたの三半規管を壊したから、下手に動くと自分が怪我するわよ。」
 落ち着いた声音で、シュラインが静音の方へと近づいてきた。
「こっちに来るな!」
「そういうわけにもいきませんわ。」
 顎の近くで剣気が閃く。顎は咄嗟に避けたが、着地に失敗してひどく体勢が崩れた。月姫がどこから手に入れたのか、角材を手にして顎と対峙していた。
「静音さんも動かない方がいいわ。多分、同じようにやられてるから。」
「何をしたんだ?」
「ちょっとね、超音波を使って鼓膜を弄ってみたの。この超音波を聞いた人は平衡感覚を失っているから。」
 ボイスコントロールの能力を持つシュラインがすっと目を細める。容姿と相まって、恐ろしく冷たそうな雰囲気を醸し出した。
「ちなみに、月姫ちゃんは今来たばかりだから、影響は受けてないわ。」
「わたくし、居合道が得意ですの。」
「無理だ。式はそんなのにやられるような奴じゃない。」
 静音の焦りに構わず、2人の女性はにっこりと笑った。
「でも、そんな状態では満足に動けはしないわよね?」
「退いた方が身のためですわよ?」
 顎はなんとも言えぬ表情で静音を見やると、闇に紛れるようにその場から姿を消した。
「……式……。」
 その顔は羨望に似ているように静音には思えた。顎が呪って止まない人間に守られた静音への羨みなのだろうか。それとも、同情か。また、全く別の感情から派生したものであったのか。静音には判別は付けられなかった。



 めぐみは少年に手を引かれ、街頭に飾られているクリスマスツリーの下へと駆け込んだ。2人ともはあはあと荒く息を吐いている。
「……戻らなきゃ……みんなが。」
「危険だ。やめたほうがいい。」
「でも!」
「俺は君が心配なんだよ!」
 少年に強く諭され、めぐみは言葉に詰まった。相手の瞳がどこまでも真剣なことを見て取ってしまったからだ。
「な、なんで浩二に憑依してんだよ。」
「彼がこの身体を使えって言ってくれたからだ。」
「なんで俺を……。」
 少年が少し俯き加減にめぐみをじっと見つめてきた。固く口を噤んだまま、何かを必死に考えているようだ。何を言うつもりなのだろうかと待ち構えているだけで、めぐみはなんだか目の前がぐらぐらしてきた。緊張のあまり呼吸困難に陥りそうだ。
「頑張ってくださいめぐみ様! 負けちゃダメですよ!」
 賠償請求をされる前に現場から逃げ出してきたシュライン、月姫、静音の3人は、月姫の案内で2人を見つけ出し、こっそりと物陰からことの成り行きを見守っていた。
「……八橋くん、やっぱりまた拾ってきたのね。」
 シュラインがいっそ感心したというように呟いた。浩二の幽霊デリバリーの異名は伊達ではない。
「…………。」
 静音はじっと目の前の光景を眺めているだけだ。
 めぐみがその空気に耐えられなくなる前に、ようやく少年が口を開いた。
「……俺は君が好きだ。名前も知らないけど、ずっと君が好きだった。」
「…………え……。」
 怯えたようなめぐみに気付いてか、彼は更に続ける。
「もちろん、君の性格は知ってる。大丈夫。俺はそんな君だから好きになったんだ。」
 ぶわっとめぐみの瞳に涙が浮かんだ。驚いた彼が一気におどおどとし出す。
「え? え? ごめん。何で泣くんだよ?」
「………とう。」
「え?」
「ありがとう。俺…私もずっと好きでした。」
「え?」
 突然のめぐみからの告白に少年の方も驚いたようで、呆気に取られていたと思ったら、見る見るうちに赤くなった。めぐみは涙を拭いながら何とか笑顔を浮かべた。
「キスしてください。」
 彼は一瞬躊躇ったが、意を決したように顔を上げ、めぐみにそっと軽く口付けた。



「やりましたわね!」
 月姫は嬉しそうに笑った。2人の魂が仲良く成仏していった様がありありと見えたよう気がした。
 思わず駆け寄っていくと、我に返った浩二と零がきょとんとシュラインと月姫と静音を見回してくる。
「えーと……。」
 どこから説明すればいいのかとシュラインが思わず考え込んだ。
「えー、メリークリスマス、零さん!」
 目の前の状況を不思議に思うこともなく、浩二がにっこりと突然そう言う。どうやら浩二は目の前のクリスマスツリーと零とを見比べた結果、その思考にたどり着いたらしい。
「零さん可愛い服着てるねー。似合ってるよー!」
「え?」
 逆に零のほうが、一体どうなっているのかと眼を丸くしている。
「……なにさりげなく美味しいところ取って行ってるのよ!」
 シュラインは思わず浩二の後頭部に突っ込みを入れてしまった。月姫がちょこんと零の腕にしがみつく。
「零様、ケーキを買って興信所でクリスマスパーティしましょう。」
「そうそう零ちゃんのクリスマスプレゼントも買ったのよ。」
「え? え?」
 零がおろおろとシュラインと月姫を見比べて困惑している。
「いいねー。」
 全くへこたれていない浩二が零の代わりに承諾の意を示し、静音の肩を軽く叩いた。
「クリスマスパーティ……?」
 なんのことか分からない静音はただ少し目を丸くした。明るい声が静音の空っぽの心を包む。
 街頭のクリスマスツリーがそんな光景を明るく照らし出していた。



*END*


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【1124 / 夜藤丸・月姫(やとうまる・つき) / 女 / 15歳 / 中学生兼、占い師】
【1197 / 夢野・静音(ゆめの・しずね) / 男 / 19歳 / 時空跳躍者】
【0970 / 式・顎(しき・あぎと) / 男 / 58歳 / 未来世界の破壊者】
(受注順で並んでいます。)

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■         ライター通信          ■
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メリークリスマス! こんにちは、龍牙 凌です。
この依頼を受注いただきまして、本当にありがとうございます。
ほのぼのなのか、殺伐なのか、よく分からない内容になってしまいましたね。
どう話を繋げようかと悩みましたが、とても楽しく書かせていただきました。
楽しんでいただけたら幸いです。
みなさまもよいクリスマスを……。

●シュライン・エマさま
再度受注ありがとうございます。
あのときの彼(浩二氏)に八橋くんのあだ名を使わせていただきました。
これからもどうぞよろしくお願いします。ぺこり。