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東京怪談･ゴーストネットＯＦＦ「行楽は如何ですか？《冬編》」
■オープニング■
【１４７】冬のロマンを求めて 投稿者：元祖丸山ツーリスト
格安スキーパック、良状態のゲレンデで一日遊んだ後は、湯香る露天風呂で疲れを癒し、山の幸に舌鼓を打つ。夢の二泊三日！
白銀の世界があなたを待っている！
さあ今すぐ０３−＠×＠＠−＠＠＠＠へお電話を！
「……なにこれ？」
雫は眉間に皺を寄せて画面を睨んだ。
旅行会社の宣伝。に見える助けを求める書込み……ではない、断じて。正真正銘、旅行会社の宣伝である。そう断じれるのは以前にもこんな書込みがあったからだ。確かそれは多少変ってはいても無害なツアーだったと聞いた。
だから雫の眉間に皺を寄せたのはこの書込みの内容ではなかった。
【１４８】冬のロマンを求めて 投稿者：本家丸山ツーリスト
格安スキーパック、良状態のゲレンデで一日遊んだ後は、湯香る露天風呂で疲れを癒し、山の幸に舌鼓を打つ。夢の二泊三日！
白銀の世界があなたを待っている！
さあ今すぐ０３−＠△＠＠−＠＠＠＠へお電話を！
「……ええっと……」
内容は全く同じで、投稿者名と、電話番号が僅かに違う。
「……大阪のたこ焼屋さんみたい……」
雫は呟いて頭を抱えた。
本家と元祖。
さあ、あなたはどうする？
■本編■
集合場所となった駅前は光彩に満ちていた。九尾・桐伯（きゅうび・とうはく）は天を見上げて目を細めた。冬の弱い日差しとは言え、直視するにはその光は強すぎる。
駅前は大荷物を抱えた人々でごった返している――と言うほどではなくともざわつき始めていた。ざっと二十人は居るだろうか。通勤時間のみ混雑するような小さな駅ではちょっと珍しい光景かもしれない。
「まあ無理もないですか」
丸山ツーリスト。旅行会社としてのスタートが、ゴーストネットへの宣伝書き込みからと言う、それだけでまっとうでない事を証明しているような会社だ。実際この旅行会社真っ当ではない。何しろ経営者からして人間ではないのだ。
すこおし、ほんの少しだけ野の狐より飛び抜けてしまった狐達が、野ではなく街で暮らすためにはじめた幻術を使う旅行会社。格安の料金で本物とさほど変わらない旅行を、幻の旅行を提供する旅行会社なのだ。
それを真っ当とは流石に呼ばない。だが真っ当でないからと言ってそれが良心的ではないと決め付けれたものではない。普段怪異と接しているとそこに厄介ごとやら悪意やらを無意識に想定してしまうが、この一種の怪異はそれとは全くと言っていい程に趣を違えている。
野の獣として生きられなくなった狐達が糧を得る為に懸命に人を楽しませようとしている。微笑ましさすら感じるほどだ。
物思いに耽っていると横合いから声をかけられた。
「よう」
桐伯はすぐにその声に片手を上げて見せた。
一見した所実に派手な男である。完全に金色になるまで髪の色を抜いた派手なスーツ姿。ともすれば街のチンピラだが、精悍と言っていい容姿と何処か飄々とした態度がこの男を安く見せない。
真名神・慶悟（まながみ・けいご）、以前も同行者だった男に、桐伯は薄く笑んだ。
「物好きですね。自分から騙されに来るとは」
「お互い様だろう。……何よりまあ、安いしな」
「まあ本物と言う訳でもないですからね」
そう言って桐伯はすっとバス停の側を指差した。そこに見覚えのある女の姿がある。
「ご同輩ですよ」
クスクスと笑いが零れる。慶悟も軽い苦笑を返し、桐伯と共に女へと歩み寄った。
「奇遇ですね」
桐伯の声に、シュライン・エマ（しゅらいん・えま）は振り返った。
「全くね」
そう返したシュラインはそう大きくもないバッグを持ち直し、二人に近付いた。
対照的、と言ってしまっていいものかどうかは判断が付かないが、趣を違えた男達である。
片方は緩いウエーブのかかった髪を首の後ろで括り、黒いコートに身を包んでいる。昼よりも夜を連想させる、退廃的な美貌だ。
そしてもう片方はと言えば、完全に金色になるまで髪の色を抜いた派手なスーツ姿。ともすれば街のチンピラだが、精悍と言っていい容姿と何処か飄々とした態度がこの男を安く見せない。
「物好きだな？」
何処かからかうように慶悟が言う。シュラインは肩を竦めて見せた。その仕草の意味するとことはお互い様、である。
そうこうしている内に刻限が近づく。駅の構内に滑り込んできたバスを、シュラインは思わずまじまじと眺めた。
「……まさか、これまで？」
口を吐いて出た言葉に桐伯が低く笑った。
「気にしてどうなるものでもないでしょう？ 私達は進んで化かされに行くんですから」
「それもそうね」
「そういうことだな」
お互い様に物好きな三人は、子供のように笑いあい、バスへと乗り込んだ。
『本家』丸山ツーリストの送迎バスへと。
長風呂を堪能したシュラインが、慶悟と桐伯に行き合ったのはちょうど売店前のことだった。どちらの顔もなんともいえない具合に歪んでいる。そう、ちょうど笑いを堪えているような。
「……？ なによ」
つかつかと近寄ると浴衣とバスタオルを抱えた桐伯が無言で目の前の棚を示してくる。シュラインは促されるままにその棚に目をやり、そして思わずぷっと吹き出した。
東京タワーを模した文鎮だとか、努力、根性などと言う文句のキーホルダーは別に珍しくもない。（正しくはなかった、だが。今時ないだろう流石に）
しかし、
温泉と言えば誰もがまず連想する、自然湧出泉としては湯量日本一の温泉街。良いとこ一度はおいで、お医者様でもこの湯でもと、これもまた誰もが知っている戯れ言葉だ。
草津――そう堂々とプリントされた茶菓子の箱がそこに詰まれている。
「それにな？」
ちょんと慶悟に肩を突付かれそちらに視線を投じる。これもまた笑いを誘うには十分だ。
初心者向けのゲレンデから上級者向けのゲレンデまで、広いスキー場はそのどの要求にも応える。温泉は無料開放、露天風呂風味から桧風呂まで様々だ。寧ろ漬け物の名の方が有名かもしれない。
野沢――名物野沢菜とシールの張られた漬け物の袋がこちらには並んでいる。
箱根、湯河原、伊豆、湯布院、鳴子、湯ノ倉、和倉、山代、下呂……ざっと見ただけでもこれだけの量の温泉地の土産物が揃っている。
見事に何の節操もなく。
痛むわき腹を抑え、シュラインは声もなく身を振るわせた。
初めから知っていたことではあるがこうして目の当たりにしてみるとどうにも堪えきれないものがある。
「こ、れは……どう判断すればいいのかしらね……」
必死で笑いを噛み殺そうとしているシュラインに、慶悟と桐伯は顔を見合わせた。こちらには少々『免疫』がついている。
「全国各地の温泉街を回ったつもりになればいいんじゃないのか？」
「このツアー自体がつもりですからね」
言って顔を見合わせる二人に、シュラインはそうねと何とか答えて、また笑い転げた。
実に平和だった。ここまでは。
一時が万事と言う事はないが確かにこのツアーは多少ちぐはぐではあった。
妙に仲居の言葉が訛っていたり、土産物が万国博覧会であったりだ。その辺りはなんとも言いがたかったが、露天風呂の景観は入る都度変わる、部屋の造りも少々大げさではっても豪華で、食事も満足のいくものが出て来る。取り敢えずの期待は裏切られてはいない。
食事を終え、露天風呂を堪能した桐伯は早々に布団に潜り込んだ。久々にスキーを楽しんだためかまだ早いと言うのにとろりとした眠気があった。骨休めに来たのだし、眠気を感じれば眠ってしまうのが筋だろう。
うつらうつらとし始めた、ちょうどその寝入り端だった。すっと音を立てて襖が開いたのは。
はっと目覚めた慶悟は襖の辺りをまじまじと凝視した。
古風に三つ指をついて、細身の女がそこに居る。あろうことかその女はその姿勢のまま、
「夜伽に参りました」
と言った。
「は？」
桐伯は慌てて布団から跳ね起きた。サービスの一環なのだろうがこれはいくらなんでも過剰というものである。
「私はそういうサービスは不要ですが」
特に不自由している訳でもない。この男を一目見ればその程度の事はわかりそうなものである。
「まあ、そうおっしゃらずに」
そう言った女の声には、聞き覚えがあった。ざわりと背筋を冷たいものが這い上がる。
ゆっくりと女は面を上げた。
その顔に、正しく桐伯は凍りついた。
「ちょっと待ちなさいっ！ あなたいつからそんな商売に手を染め出したんですっ！」
その絶叫はどうやら結界に阻まれて、誰の耳にも届く事はなかった。
二泊目。朝風呂を済ませて身支度を整えシュラインがロビーに下りるとそこには土産物屋で顔を合わせて以来姿を見ていなかった桐伯と慶悟の姿があった。
シュラインは、ん、と眉間に皺を寄せた。
適当に土産も買った、入りたいだけ温泉にも入ったし、シュラインとしては普段の疲れなど綺麗に吹っ飛んで意気揚揚である。しかしだ。二人は遠目から見てもそれと分かるほどになんと言うか、憔悴しきっている。
「……ちょっと？ あんたたち一体どうしたのよ？」
近寄りながら問い掛けると桐伯はその時漸く気付いたとばかりにああ、とシュラインを振り返った。そして憂いに満ちた目でゆっくりと首を振った。
「……いえ、なんでもありません、なんでも……」
どう見てもなんでもなくない様子である。勿論なんでもなくなどない、思い出したくも無い。
聞いた所で素直に吐きはしなかろう。そう思い、シュラインは今度は慶悟に視線を投じた。こちらも青い顔である。
「……いやちょっと温泉芸者が……」
「は？」
問い返しても慶悟は答えない。と言うか答えられるはずがない。それほどあの温泉芸者の顔は恐怖だった。幻だと気付いてもだ。桐伯と似たような目にあったのならそれも当然である。
シュラインは益々困惑して二人を見比べた。
「なんなの、本当に？」
「ええ、まあ……話合ったんですが、一般の方に迷惑をかけるもの何ですから、とりあえずバスを降りたところでこのタチの悪い幻覚を打破してくれようかと」
「え？」
「これだけタチの悪い冗談をやってくれたからにはそれなりに覚悟があるものだと判断させてもらうしかないからな」
「はい？」
憔悴した二人の目には炎が燃えている。どう見てもこれは怒っている。シュラインが満足したこのツアーに対してだ。
「だから一体何があったのよ？」
「バスを降りたら話します」
そう言ったきり、桐伯は貝のように口を閉ざした。慶悟もである。言えない、というより口にも出したくない。
どれだけ聞こうとも二人はバスを降りるまで一言の口も聞かなかった。
解散場所は集合場所とはまた別の駅だった。
バスを降りたツアー参加客が三々五々散って行くのを掻き分けて、慶悟と桐伯が走り出す。
シュラインはその背中を呆然の体で見つめた。
これまでこの二人とは妙な事件を掻い潜ってきたものだが、その事件の時と変わらない真摯さであるこれは。
素早くツアコンを捕獲した二人は、底冷えのするような声でそのどうやら本性は狐らしいツアコンに迫った。
「……さて」
「……どうして欲しい？」
「ひいいいいいいっ！！！ おた、おたすけ〜〜！！！」
ツアコンはじたばたともがいているが、そんな程度では怒れる二人の男の腕はびくともしない。
「……ちょっと！ だから一体……！」
パキン。
見かねてシュラインが割って入ろうとしたとき、その澄んだ乾いた音は響いた。
茫然自失。
種明かしの瞬間とはそういうものである。
シュラインは頭からそこいらにあった布団を被りその難から身を隠していた。
随分と広い部屋である。暖房は効いているようだがそのものは廃屋と言って構わないほどくたびれている。どうやら行きのバスは兎も角帰りのバスは幻であったらしい。布団が山ほど詰まれているし、見覚えのある土産物も転がっているところから察するに、自分たちはここで雑魚寝をしていた模様だ。
「なかなか見事ねえ」
「……エマさん落ち着かないでくれない？」
同じく布団を頭から被っている冴木・紫（さえき・ゆかり）が呆れたように肩を竦めた。
「で、結局一体なんなのよこれは？」
同じく布団を頭から被った藤咲・愛（ふじさき・あい）が唇を尖らせて背後を示した。
防空頭巾代わりの布団を被ったまま、三人はこっそりと背後を振り返る。
その背後では土産物や布団、枕が飛び交っている。凄まじく低レベルな戦いが勃発しているのだ。
右に陣取るは慶悟、桐伯を含めた狐の一団。左に陣取るは志堂・霞（しどう・かすみ）を交えた狸の集団である。
「まあだから……化かされてたのよ私達は」
「って狐に？」
問い返してくる紫に、シュラインは肩を竦めて『私達はどうやら狸に』と答えた。
「そりゃまた馬鹿にしてくれたもんねえ？」
ぞくりとするような眼光を放った愛に、シュラインは落ち着くように眼前の光景を示した。
「仲間入りしたいの？」
子供の雪合戦よりみっともない光景である。愛は眉間に皺を刻んで頭を振った。
「…………絶対御免だわ」
「はあ、大変申し訳有りません」
突然下から響いた声に、三人は思わず身構えた。だがすぐにその緊張は解かれる。そこにいたのは一匹の獣。よく焼いたトーストの色をした、愛らしい狐だったのだ。どうやら化ける余裕はないらしい。
「えと……もしかして角田、さん、かしら？」
以前に聞いた記憶を呼び戻し、シュラインが訪ねると狐はこっくりと頷いた。
「はい。わたくし丸山ツーリストの角田でございます。この度は大変なご迷惑を……」
流暢に人語を話す角田に流石に面食らっていた紫だったが、すぐに己を取り戻して眼前の子供の喧嘩を指差した。
「だからなんなのよこの惨状は？」
「はあ、古来からの因縁とでも申しましょうか……お客様が参戦なさっている理由まではわたくしには分かりかねますが」
「だからなんなの？」
苛立ったように愛が言う。今にも鞭の一つも振り回しかねない勢いだ。角田はすいっと目を細め、耳を伏せた。
「古来よりわたくしども狐と狢の類いはまあ、こうした関係なのです。この度わたくしどもがこうした商売に手を出したことをどこから聞きつけたのか……やつらも同じ商売に手を出し始めまして」
伏せていた耳がぱっと逆立つ。ぶわっと尻尾が膨らんでいるところからも怒っているのが十分に分かる按配である。
「面白いはずもございません。それでこの度の仕儀と相成った訳です」
んーと紫が口元に手を当てる。
「つまり……同じ名前で同じ広告を打って、勝負でもしようと？」
「はい。そして負けた方はまた野に帰ると、そういう事でして」
「また極端な……」
シュラインは思わず額に手を当てた。角田もまたはふうと溜息を吐く。
「しかしながら集まって下さったお客様は同数。結局こうした事態になっております……」
布団が飛ぶ、土産物が飛ぶ、枕が飛び、式が飛んで糸が飛んでそれを光の刃が受け止める。一部洒落にならないものが混じっているが、子供の雪合戦のようで、そしてより見苦しい事は確かである。何しろ双方遊びではなく本気だ。
「……く、下らないっ！」
がっくりと愛が肩を落とす。角田はしゅうんと目に見えて萎れた。
「もうしわけございませぬ……」
怒るのも馬鹿馬鹿しくなり、シュラインは角田の頭を撫でてやった。
攻撃の手を休めないまま、慶悟は自分と同じく修羅の形相をしている桐伯に問い掛けた。
「ところであんたはどの顔だったんだ？」
「……同行者です」
低く、短く、桐伯はそう答える。
「あなたこそ誰が出て来たんです？」
逆に問い返すと、意味不明の答えが返ってきた。
「……守銭奴だ」
短く答えて、慶悟は攻撃に没頭した。
それに更なる問いかけを重ねる気にもならなかった。桐伯もまた目の前の敵に没頭した。
そしてその『顔』が止めに入るまで、その情けなくも真剣な攻防は続いたのだった。
『近しくっで、意識に浮かびやすい方の姿が現れるようになってたんだけんど……そんな怒られるとは思ってもみなかっただがなあ……』
狸の言い訳に、桐伯は頭を抱えた。
確かに友人であり、直前に見た一番近しいものだ。
シュライン・エマ。既知の存在であり、友人であり、この旅の同行者。
桐伯の前に現れた温泉芸者はその姿を模していた。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【1021 ／ 冴木・紫 ／ 女 ／ 21 ／ フリーライター】
【0389 ／ 真名神・慶悟 ／ 男 ／ 20 ／ 陰陽師】
【0086 ／ シュライン・エマ ／ 女 ／ 26 ／ 翻訳家＆幽霊作家＋時々草間興信所でバイト】
【0332 ／ 九尾・桐伯 ／ 男 ／ 27 ／ バーテンダー】
【0935 ／ 志堂・霞 ／ 男 ／ 19 ／ 時空跳躍者】
【0830 ／ 藤咲・愛 ／ 女 ／ 26 ／ 歌舞伎町の女王】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、里子です。再度の参加ありがとうございます。
正月挟んだとは言え随分と遅くなりまして申し訳ありません。
今回は温泉です。厳密に言うと温泉ではないのですが温泉です。
ついつい温泉のHPなど色々見てしまって魂が温泉へと飛んでいきそうです。温泉大好きです実は。
今回はありがとうございました。また機会がありましたらよろしくお願いいたします。ご意見などお聞かせ願えると嬉しいです。
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