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七日後、君の部屋で
ゴーストネットで、瀬名雫が管理している不思議サイトを覗いてみると、久しぶりに変わった書き込みを発見した。
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助けて 投稿者:mina 投稿日:2002/12/15 21:32 《返信する》
はじめまして。
実は今、とても恐ろしい出来事が、私の回りで起こっているんです。
毎晩21時になると掛かってくる電話。
一昨夜は「今、貴女のマンションの1階にいるよ」というものだったんですが、昨日は「2階にいる」にかわり、そして先程は「3階にいる」というふうに、どんどん私の部屋――7階に近づいてきているようなのです。
4日後には、何者かが私の部屋にやってくる…
誰か、4日後に私の部屋に来て、私を守ってくれませんか?
メール下さい、待ってます。
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それは、突拍子もない書き込みに思えた。
見ず知らずの人の家に、しかも他人を守るために出向く人間が、どのくらいいると思っているのだろうか?
――しかし。
行ってやっても良いか、と考えている自分のような人種も少なからずいるのだから、決して無駄ではないのだろう。
さっそくメールを送ると、それは携帯電話に転送されたらしく、すぐに返信があった。
『ありがとうございます。よければ今夜、一度お話しさせていただきたいのですが…』
◇
その数時間後、minaの家のほど近くだというファミレスで、大上隆之介(おおかみ・りゅうのすけ)はニンマリと相好を崩していた。
「何だろう、新手のストーカーか何かかな?」
片肘をテーブルにつきながら、minaの顔を覗き込むように顔の位置を下げる。
先程から隆之介が上機嫌なのは、minaこと黒木皆子(くろき・みなこ)が予想外の美人だったからであった。
年の頃なら24、5――隆之介よりやや上だが、その愛に歳の差などハナから存在しない隆之介である。
ゆるくウェーブのかかった黒髪を耳にかけ、皆子はかぶりを振った。
「それが、全然わからないんです……」
その声は今にもかき消えそうなほど弱々しい。
隆之介は低く唸ると、自分の隣に腰掛けるもうひとりの美女に尋ねた。
「どう思う、愛さん?」
「そうねぇ……」
話を振られた藤咲愛(ふじさき・あい)は、アイスティーのグラスにささったストローで氷をカラコロと鳴らしながら、皆子に視線を向けた。
皆子は、それはもう端から見ても判るほど青ざめ、小さく震えてすらいる。
「大丈夫よ、mi……皆子ちゃん。たしかにその電話は怖いけど、あたしが力になってあげるから……安心してね?」
穏やかに呼びかける愛の隣で、隆之介も大きく頷いた。
「そうそう。俺たちが来たからには、もう大丈夫だぜ」
ドンッと胸を叩く隆之介に、皆子はコクリと首を縦に振る。
――その時、マナーモードにしてテーブルの上に置いておいた皆子の携帯電話が、小さく振動した。
「メール?」
「はい……パソコンから転送されてきたものです」
手慣れた様子で携帯を操作する皆子の顔に、しだいに困惑の色が広がっていく。
隆之介と愛は顔を見合わせ、皆子から携帯を拝借した。
画面には、次のような文章が写っている。
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いいよォ♪
面白そうだしィ、アタシがア
ナタを守ってあげヨー!
今からお邪魔してもイイの
かナ(>▽<)?
――――――――――
「なんか、妙に陽気なメールだな……」
「そうね……しかも面白そうって」
真剣に悩んでいる皆子に対して失礼だ、と愛は眉間にしわを寄せた。
それを伸ばすように右手を額に当てると、形もサイズも平均以上のバストが腕で押されて強調される。
隆之介は口笛を吹くと、皆子に携帯を返した。
「どうする?」
「あの……ひとりでも協力して下さる方は多いほうがいいので……この方にもお願いしようかと」
おずおずと、だが強い決意の秘められた口調で皆子が答える。
すると、
『ハーイ、オッケー!ミリアちゃんの登場だヨー♪』
通話中でもない電話から元気のありあまった少女の声がして、次の瞬間、皆子の隣に黒いビラビラの服――ゴスロリ系と言うのだろうか、とにかくそれを纏った少女が現れていた。
隆之介と愛はぎょっと目を見開き、反射的に辺りを見回す。
たまたまテーブルが店の隅の方にあったためか、誰もこの超常現象を目撃してはいないようだった。
だが、これまでにも常識では考えられないような事件に立ち会った経験のある隆之介と愛はともかくとして、皆子の驚きようは尋常ではない。
悲鳴をあげそうになったのを、すんでの所で両手で口を覆うことによって堪えた――という風に、涙目で少女を見つめていた。
それから、ミリア・Sと名乗った茶髪の少女は、背中にしょった羽根付きリュックを揺らしてニコッと笑う。
「アハ、ビックリした?」
「ビックリって言うか…なぁ?」
チラリと愛に視線を送り、嘆息する隆之介。
愛も悩ましげに吐息をもらすと、ミリアに視線を向けた。
「一体、どういう手品なの?」
「うん?メッチャ簡単だヨ」
ミリアの説明によれば、彼女は【ヴァルハラ】というウィルスプログラムから発生した意思――つまり電子生命体なのだという。
電子世界を回線・電波を通して自由に行き来できるゆえに、先程のような芸当も可能なのだと少女は語った。
そして、ミリアの説明が終わったのとほぼ同時に、
「それは非常に興味深い話ですね」
カタンと音を立てて、皆子たちの隣にあるテーブルの椅子が引かれる。
全員がそちらに視線を向けると、眼鏡をかけた細身の男が、ノートパソコンを片手に席につくところだった。
「……『ODD EYE HOWK』さん、でしょうか?」
皆子が尋ねると、男は頷く。
「本来は、あまり人前には出ないようにしているのですが……東鷹栖号(ひがしたかす・なづく)といいます」
よろしく、と小さく頭を下げる号の瞳は、よく見るとオッドアイ――片方は普通の黒い瞳だが、もう片方が白に近い薄茶色をしていた。
皆子の話によれば、隆之介や愛と同じく、協力をかって出てくれたのだという。
「さて、これで全員揃ったってワケだな?そしたら早速、情報をまとめにかかろうか」
隆之介が提案し、まずは皆子に質問をした。
「犯人の心当たりは全くないんだよな……その電話以外に、何か最近身の回りで変わったことはあった?」
「いいえ……これといって思い浮かびません」
彼女が答えると、ノートパソコンを弄っていた号が続けて尋ねる。
「周りで死亡した人や、恨みを買った覚えは?もちろん、逆恨みされるような可能性も含めて……」
「そんな人はいませんし、恨みだなんて……もしかしたら、私の知らないところで恨んでいるような人はいるかもしれないですけど」
「それはそうですね」
うなずいてから、号はキーボードを叩いた。
自分の思いもよらないところで他人を傷つけてしまうことなど、よくある話だ。
皆子が把握しきれなかったとしても、なんら不思議ではない。
「電話の声は、男かしら?女かしら?」
ゆっくりと、ルージュをひいた色っぽい唇を動かして、愛が問う。
皆子はやや考え込むようにした後、自信なさそうに小声で返答した。
「たぶん女の人だと思います。よく、聞き取れないし……そんなにじっくり聞いているわけではないですから」
「女ぁ?」
それを聞いた隆之介が素っ頓狂な声をあげる。
相手が女では、彼の考えたストーカー説は自然と消えてしまうではないか。
「でもォ、わっかんないヨ?女が女を好きになるなんて、禁断の愛とかいうやつジャン。それで表沙汰に出来なくて、思わず……みたいナ?」
「確かにあり得る話ですね。可能性は否定できない」
笑いを含んだミリアの言葉を、号も引き継いだ。
それを聞いて皆子は表情を曇らせる。それこそまったく心当たりがない――そう言わんばかりの顔つきだ。
「電話の後、その階に行ってみたりした?」
愛の問いに、パッと顔を上げた皆子は何度も首を横に振った。
「そうよね、怖いものね」
失言だったと愛は微苦笑する。それから気を取り直して、
「あたし、明日にでも皆子ちゃんのマンションに行って……明日は4階だったかしら?……とにかく、住人を装ってうろついてみようと思うんだけど」
クールに余裕の笑みを浮かべて見せた。
「でも危険だぜ、愛さん。なんだったら俺がその役、代わろうか?」
どんなときでも女性至上主義の隆之介としては、女性を危険な目に遭わせるなど、とんでもない。
それゆえの言葉だったのだが、当の愛は肩をすくめる。
「ふふふ……危険ほど楽しいモノって、ないのよね」
そう言ってウィンクする愛に、隆之介は微苦笑を返した。
それから、ずっと黙ってパソコンにデータを入力していた号が、ぱたんと音をさせてパソコンを閉じる。
「では俺は、別方面から調査してみます。情報は随時知らせますから、後でどなたかの携帯の番号をメールして下さい」
それだけ言うと、号はノートパソコンを持ってさっさと店を出ていった。
「なんだ、あいつ……変わってんな」
首を傾げる隆之介の隣で、ミリアがケタケタと奇声を発する。
「ほんっとニンゲンって面白いよねェ♪とりあえずミリアちゃんはァ、回線上で張ってみよっかナ〜」
つまり、電話がかかってきた瞬間を狙って逆探知をするというのである。
電子世界を自由に行き来できるミリアだからこそ、可能な方法だ。
しばらくなにやら考えていた隆之介は、思考がまとまったらしく爽やかな笑顔を皆子に向けた。
「なら俺は、愛さんと一緒に皆子ちゃんのマンションに行って、皆子ちゃんをガードすることにするよ」
そうしてそれぞれ役割分担を決めた彼らは、今日のところはいったん解散することにした。
翌日の夜、皆子のマンションに集合ということで、携帯の番号や地図などを交換して、ファミレスを出る。
「じゃあ、また明日。とりあえず今日は何もないと思うけど、もし何かあれば、何時でも連絡してくれていいから」
と優しく言う隆之介たちに何度も頭を下げながら、皆子は去っていった。
◇
翌日の午後8時過ぎ、隆之介、愛、ミリアの3人は皆子のマンションにやって来ていた。
皆子の部屋は2DKで、白を基調にした明るい雰囲気をしている。
この部屋に、夜毎おかしな電話がかかってくるなんて、到底信じられなかった。
「9時ごろになったら、あたしは4階の方に行ってみるわね」
皆子の出してくれた紅茶を片手に、愛が切り出した。
ソファに深く腰掛け、組んだ足が深いスリットから覗いている。
「変なのがいても、あんまり深追いしなくていいぜ、愛さん?」
「わかってるわ。それより、皆子ちゃんのガードは任せたわよ。依頼そっちのけでデレデレしてたら許さないから」
皆子には聞こえないよう、愛が隆之介に耳打ちした。
ふたりは、この件で会うのが初めてだが、すっかり性格を見抜かれているようだ。
「はいはい、信用ねぇなぁ……」
苦笑しつつ、隆之介はミリアに声をかけた。
「ミリアちゃんも、無理しなくていいからな?」
「チッチッチッ……このミリアちゃんに『無理』なんてないのダ☆」
くるりと振り向き――それまで興味深そうに室内を物色していたミリアが人差し指を振る。
「ところでェ」
ミリアは、皆子の座るソファの後ろから乗り出すように両手を前に投げ出すと、依頼人の顔を覗き込んだ。
「アナタは『護れ』ってゆったけど、それだけでイイの?理由がわかんなきゃ余計にキモチワルくない?」
「……は、はい……だけど、私はコレが終わればそれで十分なので」
ぎゅっと両の手を膝の上で握って、皆子は首を振る。
ミリアの言うことにも一理ある、と隆之介と愛は顔を見合わせた。
「そういや、俺もちょっと気になったんだけどさ。こういうのって、普通は警察とか興信所に頼むもんだよな?なんでゴーストネットなんかに?」
言外に、こういう方面に心当たりがあるのか、と隆之介は問いている。
しかし皆子は、警察には相談したが、実害がないなら捜査はできないと断られた、と答えた。
「ま、いっか。とりあえずソイツを捕まえたら、何でそんな変態クサイ真似してんのか聞いてみよっと♪」
ウキウキとミリアが宣言する。
そして何気なく、アンティーク調の木製の置き時計を見ると、そろそろ問題の9時になろうとしていた――。
RRRRR……
電話のベルが鳴り出し、皆子はハッと身を強ばらせる。
隆之介は落ち着かせるように皆子の肩に手を置くと、コクリと頷いてみせた。
3年より前の記憶を無くし、現在は下町の煙草屋に居候している隆之介だが、自分には運命の相手がいるような気がして、女性に対しては必要以上にマメである。
漆黒の長髪に金に輝く薄茶色の瞳という外見も手伝って、女の子からは非常に人気が高い。
その隆之介に励まされたように、皆子は受話器を取った。
そしてすぐにスピーカーボタンを押す。これで隆之介と、その横でニンマリと笑っているミリアにも電話の内容が聞こえるようになった。
「もしもし……?」
おそるおそる皆子が声を発すると、電話の向こうからか細い女性の声が返ってくる。
『今、貴方のマンションの4階にいるの。もうすぐ、もうすぐだね……』
その声に本能的に霊的なモノを感じ取り、隆之介の全身が粟立った。
「んじゃ、行ってくるねェ♪」
電話回線を辿るため、ミリアの姿はかき消え、そして同時に通話も途切れる。
受話器を耳に当てたまま皆子はしばらく硬直していたが、やがてゆっくりと受話器を戻し、大きく肩でため息をついた。
「大丈夫……かい?」
隆之介の問いに頷き、皆子は力なくソファに座り込んだ。
その頃、愛は単身マンションの4階の通路にいた。
9時を前にしてすでに配置についていた彼女の手には、愛用の鞭が握られている。
愛の職業は、歌舞伎町にあるSMクラブ『DRAGO』の女王様なのだ。
一流大学を卒業した後、エリートとして一流企業に就職する道も愛の前には存在していた。だがそれを敢えて拒み、夜の世界へと足を踏み入れたのである。
そのことを後悔などしていない。
むしろ、今の生活には非常に満足していた。
「いつでも来れば良いわ……あたしのこの鞭さばきで、不審者をとっつかまえてやるんだから♪」
鞭を持つと、普段は穏やかな性格がサディスティックなものに変化する。
こけでボンテージスーツでも着ていれば完璧なのだが――と、愛が仕事場を思い浮かべたとき。
時計の針が9時を指した。
「……ッ!?」
ぞわり、と全身の毛が逆立つ。
一瞬にして場の空気が変わり――誰もいない、静かなはずのフロアなのに、違和感が愛を襲う。
(なんなの、これ……)
怨念ではない。だが怖ろしいまでに切ない――
「あっれぇ!?オカシイなぁぁ〜……」
次の瞬間、首を傾げながら突然空中に現れたのは、ミリアだった。
「回線辿ってきたらココに出たんだけどォ。オネーサン以外誰もいないよねェ」
レースのたくさん付いたスカートの裾を翻し、地に降り立つ。
何の進展もないまま、こうして4日目の夜は終わった。
◇
「結局、何の進展もないまま7日目、かぁ……」
ここ数日間毎日のように張り込んでいて、すっかり勝手知ったる皆子の部屋で、隆之介は大きく伸びをした。
皆子、愛、ミリアに加えて、今日は号の姿もある。
「東鷹栖さんの調査の方は、どうだったの?」
『お手上げ』という風に、文字通り両手を上げる愛。
いよいよ件の霊がこの部屋にやってくる――ということで、彼女は今日も愛用の鞭を持参していた。
問われた号は、そっと眼鏡を押し上げると静かに答える。
「面白いことが判りましたよ。きっと、貴方たちの誰もが予想しない真相がね」
「それってナンなのォ?勿体ぶってないで早く教えなさいよネッ」
ぷうっと頬を膨らませ、しかし好奇に満ちた瞳でミリアが身を乗りだした。
号はスッと右手を持ち上げ、人差し指をある方向へと向ける。
身をすくませる皆子が視線でそれを追い、あ……と小さく声をもらした。
「なによ?時間なら、例の9時まであと30分あるぜ」
「いや、違う……時計そのものを見て下さい」
号の指さしたのは、置き時計だった。
?マークを点灯させながら、隆之介はそれを凝視する。
「別に、おかしくはないと思うけどなぁ」
それは、普通の置き時計だった。
木製の、中世ヨーロッパの建築のような細かい彫刻のなされた、綺麗なものである。
「よく考えてみて下さい。この部屋にこれがあるのに、違和感がありませんか?」
不敵な笑みを浮かべる号。
まるでなぞなぞを出して楽しんでいるかのように、その態度には余裕が感じられた。
「……わかったわ」
愛が、考えながらずっと唇に当てていた人差し指を号の方に向け、確信を持って口を開く。
「この時計だけ浮いているっていうことね?」
「ご名答」
満足そうに号は頷いた。
皆子の部屋は、白を基調にしたシンプルで機能的な印象を与える部屋だ。
どちらかというと、女性にしては簡素すぎる気さえする。
必要最低限の家具は、どれも最新のスマートなものばかりで、その中でこのアンティーク調の時計だけが浮いて見えるのだ。
「皆子サンさ〜ぁ、これってば何処で手に入れたのォ?」
ミリアが首を傾げると、皆子はすぐに返答した。
「はい。仕事先の近くのアンティークショップで……」
「購入したのはいつですか?」
深く刺すような鋭い号の問いかけに、ハッと皆子は息を飲んだ。
訪れる沈黙。
時計の針が規則的に時を刻む音だけが、その場を支配する。
やがて絞り出すように、皆子は言った。
「……7日前、です……」
「おいおい……どういうことだ!?」
一連の事件の奇妙な符号に、隆之介は片眉を跳ね上げた。
「つまりこれを買った日から、あの電話が始まったってコトだよな?」
「そういうことです」
これが、号が皆子の友人の知識をハッキングして得た情報である。
たまたま友人立ち寄ったアンティークショップで、皆子はその時計を店主に勧められるがままに購入してしまった。
値段も高くなかったし、デザインも気に入ったからだ。
なにより、店主があまりにも熱心に売り込んでくるため――元々押しに弱い性格の皆子は、半ば買わざるを得ないような状況に陥ってしまったのである。
「きっと、そのショップにも電話がかかってきていたんでしょうね……」
愛の呟きを、誰もが無言で肯定した。
奇しくも、そのアンティークショップは雑居ビルの3階にあるのだという。
時計が曰く付きの物だと気付いてから霊が現れるまでにタイムラグがあったことが、皆子にとっては不幸の種となったわけだ。
「そーいえばさァ、そーゆー怪談あったよネ?最後には『今アナタの後ろにいるよ』とか言ってワッ!て脅かすヤツ」
言いながら、ミリアは実際に皆子の背後で『ワッ』と声をあげてみせる。
それに過剰反応しビクッとなる皆子を見た隆之介から、脳天に怒りのチョップ(もちろん力は全然入っていない)を喰らい、ミリアは泣き真似をしてみせた。
「ヒドイ、ミリアちゃん女の子なのにィ」
「はいはい。で、その怪談のラストってどんなんだったっけ?」
たぶん聞いたことはあるのだろうが、イマイチ思い出せない隆之介が尋ねる。
すると愛が、自信なさそうに小首をかしげた。
「たしか、死んだ友人が会いに来る……とかいう話だった気がするわ」
「ですが、この件の場合は話が別――おそらくはこの時計の中に、何か――」
号が、音もなく時計を持ち上げる。
……カラン。
明らかに不自然な音が、時計の中から聞こえた。
「やはり。中に何か入っているようですね」
「皆子ちゃん、ドライバーか何かあるかな?」
パタパタとスリッパを鳴らしながら皆子は台所へ消えると、すぐに工具セットを持って戻ってくる。
隆之介がセットの中からプラスドライバーを選んで号に渡すと、号は器用に時計の裏の板を外した。
そして、中から出てきたのは……
「……指輪?」
怪訝そうに呟く愛に、号は時計の中から出てきたものをつまんで持ち上げて見せる。
それはプラチナの台にエメラルドをあしらった、古い指輪だった。
そして、
RRRRR……
電話のベルと同時に、隆之介が皆子を隣の部屋に押し込んだ。
愛は得物の鞭をたぐり寄せ、ミリアは可愛らしく舌なめずりをする。
そして号が、まったく動じた様子もなく受話器を持ち上げた。
時刻は9時ちょうど。
「もしもし?」
『ねぇ、今、ここにいるの……』
声は真後ろから聞こえた。
号は悠然と振り向く。
少し離れたところで身構える愛、ふわりと宙に浮かんで面白そうに見守るミリア、皆子を背後にかばうように隣の部屋から鋭い視線を投げかける隆之介。
全員の目が、その霊に集中していた。
白いワンピースを纏った線の細い女性。
霊は、号の手にした指輪に向かって右手を伸ばした。
『お願い……返して……』
「無論だ。これは俺には必要ない」
シニカルな笑みとともに、号は指輪を霊の手に握らせる。
霊は、満足そうな笑みを浮かべると、すぐに消滅していった。
◇
結局の所、あの霊は皆子を狙っていたわけではなかった。
ただ、なんの偶然か、時計の中に隠されていた指輪を取り返したかっただけだったのである。
「本当に、ありがとうございました」
深々と頭を下げる皆子の表情は、晴れ晴れとしていた。
「うんうん、やっぱり女の子には笑顔が一番だな!」
隆之介などはそれを見て、満足げにあごを撫でながらしきりに頷いていたものだ。
それから、それぞれに別れの言葉を言いあって、彼らは皆子のマンションを後にした。
「では、俺はこれで失礼します」
小さく笑う号に、ミリアが大きく手を振る。
「まったね〜、眼鏡のおニィさん♪」
「情報が必要なら、いつでも連絡して下さい。勿論、それなりの代価は支払っていただきますがね」
その捨て台詞に、愛と隆之介は顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。
ぜひ報酬をと言って聞かない皆子から、断固としてなにも受け取らなかった男の台詞だとは、到底思えない。
小さくなっていく号の背中を見送りつつ、愛が腰に手を当て深く息をつく。
「さて……じゃあ、あたしも仕事に行くわね。しばらく店に顔出してなかったし」
「ミリアちゃんも、そろそろ向こうの世界に戻るネ。もうすぐバッテリー切れちゃうしィ?」
背中のリュックを強調しつつ、ミリアは宙に舞った。
パチン、と弾けるようにミリアの姿が消え、愛も投げキッスを残して去っていく。
「俺も今夜は早く帰ろうっと。たまには婆ちゃんに孝行してやらないとね」
最後まで残った隆之介は、ポケットに両手を突っ込むと、鼻歌を歌いながらマンションを後にした。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0365/大上 隆之介(おおかみ・りゅうのすけ)/男/300歳/大学生】
【0830/藤咲 愛(ふじさき・あい)/女/26歳/歌舞伎町の女王】
【1056/東鷹栖 号(ひがしたかす・なづく)/男/27歳/情報屋】
【1177/ミリア・S(みりあ・えす)/女/1歳/電子生命体】
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■ ライター通信 ■
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お待たせいたしました。
担当ライターの多摩仙太です。
ギリギリですが、年内にお届けできて安心しております。
やたらとminaこと皆子がビクビクオドオドした性格になってしまいましたが、皆さんがそれぞれ上手く立ち回って下さったおかげで、無事に事件は解決できました。
本当にご苦労様でした。
初めはもっと戦闘メインのシナリオにするつもりだったのですが、まったり……というか、淡々としたストーリー展開になってしまいましたね。
また機会があれば戦闘シナリオも書いてみたいと思いますので、その際はどうぞよろしくお願いします(笑)
大上隆之介さま。
いつも参加していただけて、本当に嬉しいです。
今回は多摩仙太のノベルとしては久しぶりに、ナンパな感じの隆之介氏を書けたのではないかと思っていますが、いかがでしたでしょうか?
シリアスなのも良いですが、とにかく「女の子命!」な彼の性格も大好きです。
もし何かあれば遠慮なくテラコンよりご指摘いただければと思います。
それでは、また別の依頼でお目にかかれることを心より祈りつつ、今日のところはこれにて失礼いたします。
本当に、どうもありがとうございました。
2002.12.27 多摩仙太
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