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<PCシナリオノベル(シングル)>


謎のメモ(必ず戻る)
●煙草をくゆらせて
 黒のジャケットを羽織ったその青年は、かけていたサングラスを右手で外して胸ポケットへ仕舞うと、目の前の階段を上っていった。
 ひんやりとした建物内に、乾いた靴音がカツコツと響く。2階へ上がった青年は、目的地となる扉の前に立った。扉には『草間興信所』と看板が出ていた。
 青年は右手で扉のノブに手をかけ、ゆっくりと回してみた。固い手応え。どうやら鍵がかかっているらしい。
「不在か」
 青年――霧原鏡二はやれやれといった様子で溜息を吐くと、ジャケットの左ポケットから左手で煙草の箱を取り出した。何故か左手には、革の手袋がはめられていた。
 それが単なる気紛れなのか、それとも隠したい物でもあるのか……その辺りはよく分からないし、少なくとも今詮索するような問題でもなかった。
 鏡二は煙草の箱を口元へ持ってゆくと、そのまま直接口で煙草を1本くわえた。そして右ポケットから取り出したライターで、火をつけて吸い始める。煙草から細く白い煙が立ち上った。
(帰ってくるまで待つか)
 壁にもたれ掛かってそんなことを思う鏡二。この後、別段用事もなかった鏡二は、事務所の主が戻ってくるのを煙草を吸いながら待つことにした。もっとも本来の主ではなく、現時点での主が戻ってくるまでの話であるが。
 事務所の本来の主、草間武彦が現在連絡なく行方不明であることは鏡二も耳にしていた。今日ここへ立ち寄ったのも、そのことが頭にあったからだろう。
 鏡二はちらりと階段の下に目をやった。現時点での主、草間の妹……だと聞いている草間零の姿はまだ見当たらない。買い物に出ているだけならいいが、ひょっとすると草間を探して出歩いているのかもしれない。だとすると、いつ帰ってくるかは分かったものではない。
(……時間がかかりそうだな)
 再び視線を目の前の扉に視線を戻す鏡二。いつもなら何事もなく入ることの出来る事務所に、こうして入ることが出来ないというのは何とも不思議な気分だった。
 と、鏡二は扉の下の方に、何やら紙切れが挟まっていることに気が付いた。扉に近付き、身を屈めて紙切れを拾い上げる鏡二。
 そして紙切れに目をやった時、鏡二は一瞬我が目を疑った。内容より先に、そこに書かれていた文字自体に。
「これは……」
 その紙切れ――メモには、見覚えのある筆跡で文字が書かれていた。記憶に間違いなければ、これは草間の筆跡のはずだ。
 鏡二はメモの内容に目を通し始めた。そこに書かれていたのは次の文章であった。
『このメモを最初に読んだ者へ 途中になっている仕事を片付けておいてくれ。心配するな、必ず戻る。 草間』
「妙な話だ」
 メモを読み終え、即座に鏡二は疑問を口にした。それはそうだろう、こうしてメモを残せるのであれば、何故ここに居ないのかという話である。
 百歩譲って、このメモを残したのが草間ではなく、誰か他に託された者だとしよう。けれども、そうだとしてもそれは行方不明の理由にはならない。メモを託せるのだから、電話の1本でもかけてきていいはずである。さらに言うならば、草間はもっと早く連絡を取るべきだっただろう。
「……あるいは連絡が取れない場所に居た、か」
 現実的な答えを導くなら、今鏡二が言ったように、何らかの事情で連絡を取ることが出来なかったと考えるべきか。それでも謎はいくつも横たわっているのだが。
「あ……こんにちは」
 その時、階段下から少女の声が聞こえてきた。待ち人戻る、階段下に零の姿があった。

●居場所を突き止めるために
「草間さんの筆跡……だと思います」
「そうか」
 短く答え、鏡二は零が入れてくれた珈琲に口をつけた。先程のメモを、念のため零にも確認させたのである。これで草間が書いたことはほぼ確定だ。
「途中になっている仕事」
 鏡二は零から再びメモを受け取った時につぶやいた。
「はい?」
「心当たりはあるのか?」
 そう言って零の顔をじっと見つめる鏡二。零は少し思案してから、くるりと鏡二に背を向けて後ろの棚へ向かっていった。
 そして棚に納められたファイルの中から、おもむろに1冊取り出してこちらへ戻ってきた。
「たぶんこれだと思います。これ、草間さんが居なくなる前の日に、受けたお仕事のファイルで」
 すっとファイルを差し出す零。鏡二は受け取るとすぐにファイルを開き、パラパラと捲り始めた。
「家出人捜索なんですけど……」
 零がその仕事のことを口にした時、ちょうど鏡二も目的の書類を目にしていた。書類には草間の文字で依頼内容が記され、クリップで写真が1枚留められている。短髪黒髪で気の強そうな少女の写真だ。年齢を見るとまだ17歳だった。
「……親子喧嘩の後に家出か。よくあるパターンだな。これで間違いないな?」
 表情も変えず淡々と言う鏡二。零がこくんと頷いた。
「はい。ご両親と進路のことで喧嘩して家を飛び出したそうです。お仕事を受けてから、もう1週間以上になりますよね……」
「1週間か」
 鏡二は零の説明に耳を傾けつつ、真剣な眼差しで書類に目を通していた。すると書類の下の方に、走り書きでやや読みにくいのだが、何やら書かれていた。
「渋谷で……読みにくいな……目撃情報あり、か」
 仕事を受けたその日に草間が調べたのか、書類にはそのような情報が書かれていた。これは鏡二にとってありがたいことだった。少なくとも、どこから手をつけるべきか示されたのだから。
「地図はあるか」
 鏡二は書類からその少女、高輪泉の写真を外して零に言った。
「あの、どこの地図ですか?」
「渋谷のに決まってるだろう」
 それを聞くと、零は地図を探しに再び棚へ向かった。その間に鏡二は首飾りを外していた。首飾りには銀色に光る小さなプレートがついていた。
(さてと……)
 鏡二は泉の写真をテーブルの上に置き直すと、その上に左手を置いて零が戻ってくるのを静かに待った。
「お待たせしました、これですよね?」
 零が1枚の地図を手に戻ってきた。確認すると、地図の上の方に渋谷と大きく書かれていた。そうだ、これで間違いはない。
「そこに置いてくれないか」
 零は鏡二の指示通りに渋谷の地図をテーブルの上に置いた。そこへすっと右手をかざす鏡二。右手には先程外した首飾りが握られ、銀のプレートがゆらゆらと揺れていた。
「何をなさるんですか?」
 零が確認するように鏡二に尋ねた。鏡二は地図を見つめたままそれに答える。
「……ダウジングだ」
 ダウジング――木で出来た棒や針金、あるいは首飾りなどを用いて目的の物を探し出すための技術だ。古くは水脈を見つけ出すために、近頃では埋設された水道管を探し出す時に一部利用されている。
 鏡二はそのダウジングにより、泉を探し出そうとしているのだ。
 左手を泉の写真の上に置いたまま、鏡二は右手に握った首飾りをゆっくりと左右に動かしていた。プレートもそれに合わせてゆらゆら左右に揺れている。
 静寂が2、3分続いた頃だろうか。突如プレートの動きに変化が起こった。それまで左右だった揺れが、前後に変わったのである。
 そこで鏡二は右手を動かさずにそこに留めた。前後に揺れ始めたプレートは次第に回り始め、最終的には物凄い勢いでぐるぐると回るようになった。
「わあ……効果ありましたね」
 ダウジングの効果を目の当たりにした零から、感嘆の声が漏れた。鏡二はプレートが回っている場所を確認した。そこは大きな書店のある場所であった。
「ここか」
 鏡二は場所を確認すると、ダウジングを終了してソファから立ち上がった。
「何か?」
「今から渋谷に行ってくる。こういうのは早い方がいいだろう」
 零の言葉に、鏡二は淡々と答えた。

●パターン分析とその応用
 夕方の渋谷――昼間でも人の多い街だが、夜が近付くにつれ人の数が増えているように見える。若者だけでなく、仕事帰りのサラリーマンも流れてきているせいなのだろうか。
 そんな渋谷の文化村通り沿いに、巨大な書店があった。そこから少し先、Y字路の所にはデパートが見えている。
 その書店の脇道に面した出入口から、紅い髪で気の強そうな少女が1人で出てきた。少女は出て左に少し歩くと、十字路をまた左に曲がってセンター街を歩いていった。
 少女がしばらく歩いていると、不意に黒いジャケットを羽織った細身の男が、進路を邪魔するかのように立ち塞がった――鏡二だ。
 鏡二は少女に近付くと、こう声をかけた。
「高輪……泉、だな」
 すると少女は咄嗟に歩いてきた方向へ逃げ出そうとした。だが、鏡二の左手が少女の腕をつかむ方がほんの僅か早かった。
「何するのよ!」
 少女――泉はなおも鏡二を振り解いて逃げようと試みていた。しかし泉の足が動く様子は何故だか全く見られなかった。
 鏡二は懐から右手で泉の写真を取り出すと、目の前に居る泉と見比べた。
「髪を染めたか……これもまた、よくあるパターンだ」
 呆れたように鏡二がつぶやき、先程までの自分の行動を思い返した。
 事務所からまっすぐ渋谷に向かった鏡二は、ダウジングで極めて強い反応のあった書店へまず向かった。その1階で、雑誌を立ち読みしていた泉を運良く見付けたのだった。
 ダウジングでああも強い反応を示したのは、恐らく泉が当分はそこから動かないということを示していたのかもしれない。事実、泉はそれからしばらく雑誌の立ち読みを何冊も続けていたのだから。
 聞き込みの必要がなくなった鏡二は、少し離れた場所で泉の行動を監視していた。そこで鏡二は、泉が無意識に左へ左へ歩いていることに気付き、泉が書店を出る前に泉を今捕まえた場所で待ち伏せしていたのである。結果、泉は見事に鏡二の居る場所へのこのこと歩いてきたという訳だ。
「放してよっ! 帰る気なんかないんだからあっ!!」
「悪いが、俺も放す気はない。仕事だからな」
 そう言い、鏡二は左手に強く力を込めた。
「痛いっ! ……もうっ、分かったわよっ! 素直についてけばいいんでしょ、ついてけば!」
 鏡二が逃がしてくれないとようやく悟ったのだろう。泉は渋々と鏡二に従った。これで仕事も一段落だ。
 泉を連れ、歩き出す鏡二。だがその前方、建物の陰にある男性の姿を鏡二は目撃することとなった。
「……草間?」
 はっとして、改めてそこに視線を向ける鏡二。けれども、もうそこには誰の姿も見当たらなかった。
 途中の事件は解決した。しかし、草間の行方は未だ分からなかった……。

【了】