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学園祭は踊る【2日目】
●オープニング【0】
2002年11月、例年と色々な面で異なっている今年の天川高校学園祭、そしてエミリア学院文化祭は、無事に1日目を終えた。
日程を同日にした効果は確実にあったようで、両校ともに来客数は前年より伸びていた。連動企画もどうやら上手くいっているらしい。
演劇部が行っている演劇『ロミオとジュリエット』の評判もまずまずだ。ちなみに1日目の23日は天川高校で行われていたが、2日目の24日は上演場所をエミリア学院に移すこととなる。
しかし喜ばしい話ばかりではない。天川高校では、お化け屋敷が謎の半壊を起こしたようで、徹夜で修復が行われているという話である。2日目開場までに修復が終わるか定かではなかった。
それ以外にも、祭りの活気に隠れてしまっている事柄はあるだろう。楽しさの裏に何かが潜んでいても、それは別に不思議でも何でもない。出来れば祭りは素直に楽しみたいのだけれども。
2日目の祭りの幕は、間もなく開こうとしていた――。
●疑惑が確信に変わる瞬間【1B】
「聞いた? お化け屋敷、まだ修繕中なんだって」
「ほんとー? 今日中に直るのかなあ」
「午前中には何とか直る……というか、直すってうちの部の先輩が言ってたけど」
朝10時過ぎ、天川高校の女生徒たちがそんなことを話しながら正門を出ていった。恐らくエミリア学院へ向かうつもりなのだろう。
そんな女生徒たちと擦れ違い、やや浮かぬ顔の少女が正門を潜っていった。志神みかねである。手には大きめの紙袋を抱えていた。
(……どうしよう……)
うつむき加減にとぼとぼと校舎へ向かって歩いてゆくみかね。女生徒たちの会話はみかねの耳にもしっかり入っていた。そしてそれは噂――天川高校のお化け屋敷が半壊した――を裏付ける物であった。
(やっぱり……だよね)
昨日の帰りに噂を聞いた時は『まさか』と思った。それが一晩のうちに『もしや』に変わり、今日再び冬美原にやって来て『たぶん』となり、先程の女生徒の会話で『やっぱり』となってしまった。
何が『やっぱり』かと言えば、噂の原因が自分にあるのではということだ。昨日の行動に自分の能力、それと流れている噂などを突き合わせてみればみるほどに、それは疑いない事実となって――。
「ごめんなさい、してこなくちゃ……」
お化け屋敷半壊の原因が自分にあるとまでは、さすがに向こうも分かってはいないだろうと思われる。けれども問題はそうではない。自分が原因だと自分自身が分かっているからこそ、みかねは申し訳なく思うのだ。
そしてみかねは、校舎の中に入っていった。
●お詫びの差し入れ【2A】
午前10時15分頃、みかねは『お化け屋敷・うらめし屋』の前にやってきていた。
入口には『準備中』と書かれた紙が貼られ、中からは金槌の音が聞こえていた。まだ修繕中なのは疑い様のない事実だった。
「すみません! あと20分ほどかかりそうなんで……」
みかねが入口前で立っていることに気付いた男子生徒が教室の中より出てきて、申し訳なさそうに言った。それを見て、みかねはますます申し訳なく思った。
「あの……」
恐る恐る口を開くみかね。男子生徒が聞き返した。
「えっ?」
「……徹夜での作業……お疲れ様です……昨日はごめんなさい」
みかねが小声でごにょごにょと言った。後になるほど声は小さくなってゆき、『昨日は』の部分からはほとんど聞こえなくなっていた。
「ああ……どうも」
何て答えていいのか迷ったのだろう、男子生徒が若干戸惑った様子で言った。するとみかねは、手にしていた紙袋をずいっと男子生徒に差し出した。
「これ、よかったら食べてください」
紙袋の中身はパンやら飲み物だった。みかねが今月の小遣いをはたいて買ってきた物だ。
「は?」
唐突の申し出に、男子生徒が目をぱちくりとさせた。それはそうだ、向こうにしてみれば何故差入れを受けるのか理由が分からないのだから。
「ごめんなさいっ」
みかねは紙袋を押し付けるように渡すと、ぺこりと頭を下げてくるりと背中を向けて走っていった。
「あ、ちょっと!」
男子生徒が後ろから呼び止めるが、みかねは振り返ることなくぱたぱたとその場から離れていった。
後に残されたのは、紙袋をどうすればいいか困った様子の男子生徒のみだった。
●ぐるぐるぐると【7A】
お化け屋敷にお詫びの差し入れをした後、みかねは天川高校を後にしてエミリア学院に来ていた。といってもすぐにエミリア学院に向かったのではなく、少しの間は天川高校に居たのだが。
けれども差し入れで小遣いを使い果たしてしまったみかね。今日はのんびりと何か食べようと思っていた予定も狂い、ただぼんやりと過ごすしかなくなってしまった。それに加え、やはり居辛さもある。それで11時を過ぎた時点で、天川高校を出て来たのだった。
とぼとぼと歩いて移動するみかね。ゆっくり歩いたこともあって、エミリア学院に着く頃には正午近くとなっていた。
エミリア学院の中庭にはずらりと屋台が軒を並べていたが、懐が寒くなってしまったみかねは指をくわえるしかなかった。
「美味しそう……」
昼ともなり、多少なりともお腹が空いてきていた。だから余計に目の前の食べ物が美味しそうに見えてしまう。
そんなみかねは屋台の並びの端に真名神慶悟の後姿を見かけたが、何だか声をかける気にもならず、そのまま黙って見送ることにした。慶悟はどこか別の場所へ向かうようであった。
それで、いつまでも屋台を見ていても仕方はないので、みかねは第2グラウンドに向かうことにした。ここでは巨大迷路が作られていたのである。
気分転換の意味合いもあったが、何より一番の理由は無料であることが大きかった。無料で楽しめる、何と素晴らしいことだろう。
さてその巨大迷路だが、迷路といってもどこかの施設みたいに壁で区切られている訳ではない。グラウンドの上に、白線を引いてあるだけの簡素な迷路だ。
それでもなかなかな難易度で、みかねは悪戦苦闘するはめとなった。
「あれ? ここ、さっきも通ったはずじゃ……?」
どこかでぐるりと繋がっているのか、みかねは同じ場所へ何度も出てきてしまっていた。どうやらこの迷路、意地の悪い迷路のようだ。迷路ではなく、迷宮に近い作りなのかもしれない。
「ねーねー、この迷路、昨日と変わってなぁい? なんか、難しくなってるよぉ」
近くを通った天川高校の女生徒がそんなことを話しているのがみかねの耳に入ってきた。
「え……っ」
一瞬言葉を失うみかね。ついてない時はついてないのかもしれない。昨日の方がまだ簡単だったようである。もっとも簡単であっても、出られない時は出られないのだけれども。
それでもみかねは、悪戦苦闘しつつも途中でリタイアすることもなく迷路を脱出することに成功した。
「はい、お疲れさまでした」
出口でねぎらいの言葉をかけられたみかね。費やした時間は1時間半以上、演劇の開演まで1時間を切っていた。
●演劇『ロミオとジュリエット』【9】
14時半、エミリア学院第3講堂。ここではエミリア学院高等部の演劇部と、天川高校女子演劇部による演劇が上演されようとしていた。演目はあまりにも有名な『ロミオとジュリエット』、ご存知シェイクスピアの作品である。
客席はほぼ10割埋め尽くされており、かなりの盛況だった。客席を見回してみると巳主神冴那、シュライン・エマ、志神みかね、七森沙耶、ウォレス・グランブラッドといった面々の顔も見えていた。
講堂に入る前に配られていた簡素なパンフによると、ロミオを演ずるのはエミリア学院側の部長で、ジュリエットを演ずるのは天川高校側の部長とのことだ。どのような演技を見せてくれるのか、楽しみである。
『ロミオとジュリエット』のあらすじについては、有名な作品なので細々と述べることもないだろう。対立するモンタギュー、キャピュレットの両家の若き男女、つまりロミオとジュリエットが恋に落ちたゆえの悲劇を軸にした物語である。ちなみに悲劇ではあるが、シェイクスピアのいわゆる4大悲劇にこれは含まれてはいない。
恋に落ち結婚し、最後には擦れ違いが元で死に至ってしまう。その間たったの5日間。あまりにも短く、あまりにもせつなく、そしてあまりにも密度の濃い若き2人の恋。現代でも見る者の心をつかんで離さない何かがそこにはあった。
「おおロミオ、あなたはどうしてロミオなの?」
劇は滞りなく進んでゆき、舞台上ではジュリエットがもっとも有名な台詞を述べていた。
それ以外にもこの劇ではもってまわった言い回しや、人によってはむず痒くなってしまうような愛の台詞もある。もっとも露骨な台詞に関しては、だいぶ抑えているようではあるのだが、それは高校演劇だから仕方のない部分だろう。
やがてジュリエットが修道士ロレンスよりもらった薬を飲んで仮死状態になる場面に差しかかる。ジュリエットは薬を口に含むと、一瞬顔をしかめた。細かい部分だか、薬の性質を表現したいい表情だった。
そしていよいよクライマックス。眠るジュリエットに口づけをし、ロミオは自ら持参した毒薬を飲んで生命を落としてしまう。毒薬を口に含んだ瞬間、ロミオの顔が歪んだ。これもいい表情だった。
すぐ後に目を覚ましたジュリエットは目の前の光景、何より愛するロミオの死体を見付けてしまい――ロミオの手にしていた剣で自らの胸を刺して後を追ったのだった。大いなる絶望に背中を押されて。
それからエピローグ部分があり、劇は終演した。幕が閉まり、客席からは拍手が起こる。幕の前にキャストが勢揃いをし、客席に向かって深々と頭を下げて感謝をしていた。
高校演劇なので荒削りな部分があったり、至らない部分もあったが、全体としてはまずまずの出来映えであった。
●想いは各々【11C】
「いいなあ……」
終演後、みかねは椅子にしばし腰掛けたまま劇の余韻を味わっていた。そして大きく溜息を吐く。
みかねは上演中、真剣に舞台に見入っていた。恐らくは好きな人のことなんか考えながら見ていたに違いない。
そもそも原作におけるジュリエットの年齢は13歳、みかねと大きく離れている訳ではない。ジュリエットに自らを投影しても無理はないだろう。
「あら、やっぱり」
そんなみかねの背後から、聞き慣れた女性の声が聞こえてきた。振り返ると、そこにはシュラインが立っていた。2人は簡単に挨拶を交わすと、すぐに話題は今の劇のことになった。
「どうでした? よかった……ですよね?」
みかねが確認するようにシュラインに尋ねた。
「うーん……悪くはなかった、かな。演出も真正面からだったと思うし、高校演劇にはそれが合ってたんじゃないかしら。欲を言えば、オリジナルの解釈も見たかったけど」
さすが、文章に携わる仕事をしている者のコメントは少し違っていた。しかしシュラインも今回の劇に関しては好意的なようである。
その時、みかねのお腹がぐぅ……っと鳴った。お腹を慌てて押さえ、ばつの悪そうな表情を見せるみかね。シュラインがくすっと笑った。
「ちょっと長かったものね。中庭の屋台で何か食べる? 今日は奢っちゃう」
「あっ、でもっ……」
「遠慮することないわ。1人じゃ多すぎる物もあるかもしれないし、ね」
「……すみません」
遠慮するみかねを説得し、シュラインはみかねを連れて屋台へと向かった。その後、シュラインはみかねと別れると天川高校の後夜祭を覗きに行ったのだった。
【学園祭は踊る【2日目】 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0230 / 七森・沙耶(ななもり・さや)
/ 女 / 17 / 高校生 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
/ 女 / 15 / 学生 】
【 0376 / 巳主神・冴那(みすがみ・さえな)
/ 女 / 妙齢? / ペットショップオーナー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
/ 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0461 / 宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)
/ 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師) 】
【 0526 / ウォレス・グランブラッド(うぉれす・ぐらんぶらっど)
/ 男 / 紳士? / 自称・英会話学校講師 】
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■ ライター通信 ■
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・冬美原へようこそ。
・『東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・冬美原』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全26場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・年末年始を挟み、大変お待たせいたしました。申し訳ありません。2003年となりましたが、2002年のお話をお届けいたします。
・前回と今回を読んでいただければ分かるかと思うんですが、学園祭のお話は水面下で色々と仕込んでいました。その多くは軽い物で、物によってはアイテム入手の機会もあったりしたが、中には1歩間違えれば洒落にならない物まで含まれていました。もっとも、洒落にならない物に関しては無事に回避されたのですけれど。
・後は細々と……今後の冬美原の展開に関わる事柄が出てきていたりもします。参考にしていただければと思います。
・アンケートについては、ちょっとした傾向を見るための物でした。妥当かな、という気がしましたね。
・志神みかねさん、26度目のご参加ありがとうございます。さてさて、舞台の方は堪能出来たでしょうか。お小遣いも使い果たし、お腹が空いたこととは思いますが……。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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