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<PCシナリオノベル(シングル)>


あなたしかいない(揺らぐ空間)
●待つための経緯
 渋谷――と一口に言っても、その範囲は意外に広い。ハチ公やセンター街は改めて言うまでもなく渋谷であるし、道玄坂のラブホテル街も渋谷の一部だ。もっとも町名で『渋谷』が含まれる地域は、前述の場所とは駅を挟んで全く反対側だったりするのだが……。
 で、渋谷駅より北西方向に約1キロ、そこにある放送局も渋谷の構成要素の1つだ。その放送局の名はNHK、つまり日本放送協会だ。この放送センターには放送関係者のみならず、公開番組の観覧者や施設の見物客が多く訪れている。無論それは日中の話。
 だが真夜中の現在、そのNHK放送センター付近に2人の女性の姿があった。放送関係者なら別にそこに姿があってもおかしくはない。しかし2人は、ほとんどその場から動くことがなかった。普通に考えて、2人が放送関係者ではないことは明らかだろう。
 1人はあどけない顔をした黒髪セミロングの女性だ。ミニスカートの紅いスーツでスタイルのよい身体を包んでいるが、童顔であることが災いして正直似合っているとは言い難い。
 そしてもう1人、茶髪短髪で頬やらに傷のある女性だ。こちらもスタイルがよいことは、シャツ越しの胸の大きさも含めて分かる。しかし決定的な違いは、こちらは明らかに大人な女性であることだ。容姿も、そして態度も。
「……ほんまにここなんやろな」
 大人な女性――松本純覚がぼそりとつぶやいた。この場で張り込んでから、約2時間以上経った後の言葉である。
「大丈夫です! ……と思います」
 童顔な女性――捜査課勤務の警察官である月島美紅は一旦断言してから、少しトーンダウンして付け加えた。そんな美紅に純覚は呆れたような視線を向けた。
(これで刑事っちゅうんが、信じられへんな)
 純覚はふうっと溜息を吐いてから、周囲を見回した。約2時間、怪しい人影は見当たらない。『千里眼』の能力を用いてもそれは同様だった。
 ただ……微妙に霊気が乱れていた。雰囲気としては数日前に近い。だからこそ、口ではああ言っても純覚は美紅の報告を切り捨てる気にはならなかった。ここには何かが来ている、と。
 何故この時間に2人はここに居るのか。それを説明するには数日前に遡る必要があった。
 数日前、裏に草間の手による文章が書かれた月刊アトラス編集長・碇麗香の名刺を持って、美紅が草間興信所を訪れたのがそもそもの始まりである。
 その席で、最近頻発している行方不明事件の話を美紅の口より聞かされ、名刺を持ってきてくれた義理やその場の雰囲気もあって、純覚は捜査に協力することになった。
 すると、だ。あろうことか捜査中にも女性が1人、純覚たちの目の前で消えてしまったのだ。道玄坂のラブホテル街で。美紅によれば、それらしき女性は未だ見付かっていないとのことだった。
 だが、物事はどこから進展するか分からないものだ。美紅が興奮した様子で草間興信所に電話をかけてきたのは、数時間前の夜のことだった。
「大変なことに気付いたんです!」
 これが美紅の第一声。そこからすぐに時間と場所を指定されて……純覚は『大変なこと』が何なのか、よく分からないまま渋谷に来ることになってしまったのである。
 そして渋谷で落ち合った美紅の口から、やっと『大変なこと』を聞かされた。その内容は、行方不明事件の発生場所が少しずつ移動しているというものだった。不思議なことに、美紅には電話をかけてきた時ほど興奮している様子が見られなかった。
 その美紅の説明を、純覚は冷静に聞いていた。薄々そんな気がしていたからだ。ゆえに移動していると聞かされても、驚くようなことはなかった。
 そうして、美紅が次に事件の起こりそうな場所を挙げて――現在に至る、という訳だ。

●驚愕の事態
「気付いたんはあんただけか?」
 純覚が美紅に尋ねた。だが、期待する答えは『はい』ではない。美紅が気付き、自分も薄々思っていたことであるのだ。優秀な刑事なら、とっくに気付いているであろうと思われる。
「いえ。あの電話の後で捜査課の部屋に戻ったら、先輩方も同じことに気付いたみたいで……警邏強化するそうです」
(そらそうやろ)
 内心そう思い、苦笑いを浮かべる純覚。しかし、警邏を強化したにしては、それらしき者の姿を見かけないのは何故なのだろう。
「あ。けど、ラブホテル街の方を重点的にって言ってましたよ?」
「そっちかいな」
 それはちょっと意外な話だった。どうりで他には見かけないはずだ。
「……あれ、霧?」
 その時、美紅がぼそっとつぶやいた。いつの間にやら、純覚たちの周囲に霧が発生していたのだ。霧はすぐに晴れ、再び放送センターがはっきりと姿を現した。先程まで、純覚たちが目にしていた光景だ。
「てっきりまた誰か行方不明になるのかと」
 何の変化もなかったことを確認し、美紅が笑って言った。数日前の出来事を思い浮かべてしまったのだろう。
「それはないやろ。あたしらもここに居るし、ずっと回りには誰も居らへんかったんやし……」
 そこまで話した瞬間、純覚は何かに気付いたかのように顔を強張らせた。
「……誰も居らへんやって?」
 純覚が近くのマンションに視線を向けた。そして『千里眼』の能力を、出力を高めて利用した。
「そんなアホな……」
 奥歯を噛み締める純覚。不思議に思った美紅が尋ねてくる。
「どうかしたんですか?」
「居らんのや」
 純覚は事実のみ短く答えた。
「何がですか?」
「居らんのや、マンションに誰も」
 純覚が睨むように美紅を見た。美紅は目をぱちくりとさせて、純覚を見つめていた。きっと純覚の言葉の意味が理解出来なかったのだろう。
「えっと……誰も居ないということはですよね……しゅっ……集団誘拐ですかあっ!?」
 美紅がスーツの内ポケットから、慌てて携帯電話を取り出した。そして液晶画面を見るなり、驚愕の表情を浮かべた。
「嘘っ……!」
 美紅が携帯電話を純覚に見せた。液晶画面の隅に『圏外』の2文字が表示されていたのだ。
「さっきまで、ちゃんとアンテナ立ってたんですよ!!」
 そう純覚に訴える美紅は、今にも泣き出しそうであった。
「ああ、そのくらい分かっと……危ない!」
「きゃぁっ!」
 突然、純覚が美紅の身体をぐいと抱き寄せた。悲鳴を上げる美紅。直後、今まで美紅の居た場所を、赤々と燃える火の玉が物凄い速さで通過していった。真横方向から。
「何や分からんけど……逃げるで!!」
 美紅を連れ、この場から駆け出す純覚。気付いたのだ、周囲の霊気が先程までに比べて異様に強くなっていたことに……。

●論理式/OR・AND・NOT
 渋谷駅方面に200メートルほど走った所で、ようやく純覚は後ろを振り返った。何かが追いかけてくる様子はなかった。
「何で急に火の玉が来たんや?」
 霊気は強まっていたとはいえ、周囲には誰も居なかったはずだ。なのにどうやって放たれたというのか。これでは火の玉がどこからともなく現れたとしか言い様がない。
「……変じゃないですか?」
 荒い息を整えながら、美紅が疑問を口にした。
「駅に近くなったのに……誰の姿もないなんて……!」
 真夜中は人の姿は当然少ない。それでも渋谷の街で、皆無ということはまず考えられなかった。けれども、目の前にはその考えられない光景が広がっていた。
「いったい皆、どこに消えたんですかっ?」
 きょろきょろと辺りを見回す美紅。純覚はそれには答えず思案していた。
(誰の姿もあらへんのは事実。あたしらは行方不明事件を調べてた。この間は、霧が出てきて人が消えた……さっきも霧が出た……)
 やがて純覚はある仮説に辿り着く。恐らくは事実であろう仮説に。
「……ひょっとしてここが……行方不明者の着た場所やったりせぇへんやろな……」
 苦し気につぶやく純覚。はっきり言って、この状態は笑えなかった。
 周囲の皆が姿を消したということは、向こうから見れば自分たちが姿を消したことになる。無論これは論理的な説明。だがそれを裏付ける証拠はある。
 数日前、自分たちの目の前で女性が消えた時に霧が発生していた。そして、つい先程も霧は自分たちを包むように発生していた。その場所は、次に事件が起こるのではないかと美紅が挙げた場所。ゆえに――導かれる答えはほぼ1つとなる。
 ミイラ取りがミイラ。これが今の状態を的確に表した言葉だろう。
「……あの」
 しばしの沈黙の後、美紅が話しかけてきた。
「何や」
「私たち……帰れるんでしょうか?」
「……知るかい、んなもん」
 自分たちから望んで行方不明になったのではないのだ。帰る手段など、持ち合わせているはずがなかった。

●生命を失わぬがために
 純覚たちは少しの間、無言でその場に立ち尽くしていた。沈黙を破ったのは美紅の方だった。
「あっ、あそこに人影が……!」
 より駅へと近い方を指差し、突然美紅が叫んだのだ。美紅が2、3歩歩きかけた時、純覚は美紅の肩をつかんで止めた。
「落ち着け! 罠やったらどうするんや!」
 それは当然の判断だった。ここは得体の知れない異世界なのだ。下手に動いては、どうなるか分かりはしない。
(けど、動かなどうにもならんのが現状やな……ほんまにどうにも)
 だからといって動かなければ、永遠にここから帰ることは出来ない。結局は、細心の注意を払って件の人影を追いかけることとなった。
「絶対に離れたらあかんで」
 純覚が美紅の手を握って、低い声で念を押した。美紅は何度もこくこくと頷いた。
「行くで!」
 声をかけ、駆け出す純覚たち。純覚は『千里眼』の能力をフルに活用して、人影の追跡を開始した。
 人影は熱を放っていた。これだけでも生きた人間であることは間違いない。純覚はその熱の動きを追いかけ続けた。次第に距離は縮まってゆき、美紅にも人影の正体を目視出来るほどまで近付いていた。
 人影の正体は、白いシャツの上に青いジャケットを羽織り、ジーンズを履いて頭に紅いバンダナを巻いている茶髪短髪の青年だった。しかし、様子がどうもおかしい。青年の周囲に白い靄のような物がまとわりついていたのだ。
(……何や、あれは)
 すると、青年の右手より青白い稲妻がその白い靄目掛けて放たれたではないか。白い靄はたちまちに霧散する。
 青年は同じ行為を何度となく繰り返して全ての白い靄を打ち払うと、角を曲がっていった。純覚たちもその後を追おうとしたが――。
「……オオォォォ……」
 突如、どこからともなく唸り声のような物が聞こえてきた。そしてそれに呼応するかのように、純覚たちの前に怪異が立ち塞がった。先程青年にまとわりついていた白い靄のような物が、今度はこちらの前に現れたのだ。
「ひ……!」
 怯えた美紅が純覚の後ろに隠れた。純覚はその靄から強く霊気を感じていた。よい霊気ではない、悪い霊気だ。
 純覚は即座に周囲を見回した。白い靄は、純覚たちを取り囲むように集まってきていた。だが純覚は見逃さなかった。1ケ所だけ、白い靄が居ない場所があったのを。
「こっちや!」
 強行突破。純覚は怯えている美紅を連れて白い靄の隙間を一気に突き抜けた。そして後ろを振り返ることなく、センター街へ向かって走り続ける。
「死んでも走れ! 走るんや!!」
 純覚は美紅に……いや、自分自身に言い聞かせるように叫んでいた。生命の危険を感じたがために。それにまだ草間を探し出せてはいないのだ。こんな所で生命を無駄に失う訳にはいかなかった。
 純覚は『千里眼』の能力で、白い靄の居ない方、居ない方を探し求めて走り続けた。白い靄たちは、形取って純覚たちを執拗に追い続けていた。
 距離を離されては詰めてゆく、詰めては離されてゆく、この繰り返し。気のせいか、純覚が『千里眼』を利用すれば利用するほどに、白い靄たちは増えていっていたような気がした。
「……聞こえとるか、草間! もしこの世界に居るんやったら、返事くらいせんかいっ!!」
 純覚の絶叫が、センター街に響き渡った。刹那――純覚たちを包み込むように霧が発生し、空間が揺らいだ。それは一瞬の出来事だった。
 耳に先程までは聞こえていなかった、車のエンジン音が聞こえてくる。霧が少しずつ晴れてゆく時、純覚はその向こうにある姿を目にした。
「草間……!」
 霧の向こう、遠くに草間の姿があったのだ。草間だけではない、碇麗香や三下忠雄の姿まであった。
「草間ぁぁっ!!」
 純覚は草間の名を呼んだ。けれども、草間の耳に呼びかけが届いたかは定かではない。霧が晴れた時には、3人の姿は見えなくなっていたのだから。
 霧が晴れた後、純覚と美紅は人が何人も歩いているセンター街に立っていた。いつもの風景、いつもの渋谷だった。
 遠くの方で、追いかけていた青年が横切ったような気がした――。

●決戦準備
 怪異の夜が過ぎ空が明るくなる頃、某所にて。純覚は殺風景な部屋に居た。
 純覚の手がゆっくりと動き、カチャリ、カチャリと音が聞こえている。テーブルの上には黒く重い鉄の塊が置かれていた。
 拳銃だった。それもオートマチックタイプの。無論、今ここに警察が踏み込んできたら問答無用で逮捕だ。
 純覚は弾倉に弾を込めていた。普通の弾ではない。銀色に鈍く光っている弾――銀弾だ。
 古来より、銀には魔を打ち払う力があるとされている。ゆえに何故に銀弾を込めているのか、それは言うまでもないだろう。
「必ず来るからな……絶対……草間、それまで……!」
 決意の言葉を口にする純覚。そして純覚は、拳銃に弾倉をセットした。
 そう、今夜で全ての片を付けるため。今度こそ草間を救出するために……。

【了】