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学園祭は踊る【2日目】
●オープニング【0】
2002年11月、例年と色々な面で異なっている今年の天川高校学園祭、そしてエミリア学院文化祭は、無事に1日目を終えた。
日程を同日にした効果は確実にあったようで、両校ともに来客数は前年より伸びていた。連動企画もどうやら上手くいっているらしい。
演劇部が行っている演劇『ロミオとジュリエット』の評判もまずまずだ。ちなみに1日目の23日は天川高校で行われていたが、2日目の24日は上演場所をエミリア学院に移すこととなる。
しかし喜ばしい話ばかりではない。天川高校では、お化け屋敷が謎の半壊を起こしたようで、徹夜で修復が行われているという話である。2日目開場までに修復が終わるか定かではなかった。
それ以外にも、祭りの活気に隠れてしまっている事柄はあるだろう。楽しさの裏に何かが潜んでいても、それは別に不思議でも何でもない。出来れば祭りは素直に楽しみたいのだけれども。
2日目の祭りの幕は、間もなく開こうとしていた――。
●長い1日の始まり【3B】
エミリア学院文化祭2日目――宮小路皇騎は今日も手伝いを頼まれていた演劇部の練習に顔を出した。朝の10時半のことである。
「あっ、先生! 今日もよろしくお願いします!」
練習場所かつ演劇発表の舞台となる第3講堂に皇騎が姿を見せると、昨日も言葉を交わした女生徒がすぐに気付いて近付いてきてくれた。
皇騎は挨拶を返すと、すぐに舞台に目を向けた。舞台ではジャージ姿の少女たちが大勢動いていた。
人数と台詞から察するに、キャピュレット家の晩餐会の場面だと思われる。ここでロミオがジュリエットと運命的な出会いをする訳だ。破滅へと向かう、悲恋のための出会いを。
「……結果的に心中でしたか」
皇騎がぼそっとつぶやいた。
「はい?」
女生徒がきょとんとして聞き返してきた。
「この『ロミオとジュリエット』の話ですよ。示し合わせた訳ではありませんが、結果的に心中となってしまったはず。そうですよね?」
「あ、はい。そうです。ロレンスの手紙がロミオに届いていれば、違う結果が待ってたと思うんですけど……」
「しかし、それでは後世に残る作品になったかどうか」
皇騎が笑って言った。つられて笑う女生徒。
もっともな話だった。若い2人は悲恋に終わってしまうが、それにより敵対していた両家が和解することとなるのだから。つまり、単純な悲劇的物語には終わっていない訳だ。
「ロミオを演ずるのは、こちらの部長さんでしたっけ?」
確かめるように言う皇騎。女生徒はこくんと頷いた。
「ジュリエットは向こうの部長さんで、だから部長同士が主演してるんです」
演技の力量うんぬんは置いておいて、パワーバランスだけを考えれば配役は妥当な所と言えた。両校から主役が出ていればどう転んでも『合作』と言えるだろうから。
(ただ気になるのは)
皇騎は再び舞台に目をやった。舞台では晩餐会の場面は終わり、別の場面の練習を始める所だった。
(どうして……よりによって『ロミオとジュリエット』なのか。天川高校ではまさしく昔、心中事件が起こっているというのに)
皇騎にはそれが引っかかっていたのだ。天川高校の敷地がまだ兎ヶ原と呼ばれていた明治の昔、華族の令嬢と使用人による心中事件が起こっていた。
それだけではない。一昨年の12月には、教師と女生徒による心中事件も起こっていたのである。2つの事件を知っていたら、オーバーラップさせない方がおかしかった。
(それとなく様子を見ておくか)
若干の気掛りを覚える皇騎だったが、それを態度に出すことはなく、少し女生徒と言葉を交わした後に第3講堂を出ていった。
今日の予定はこの後でまたもや茶道部の手伝いに行き、それが終わったらすぐに第3講堂へ戻ることとなっていた。
皇騎にとっては今日も長い1日になりそうだった。
●裏方さん、ご苦労さん【7B】
12時半過ぎ、エミリア学院の茶室では本日2回目の茶会の席が行われていた。ちなみに1席1時間強で、30分強の間隔を開けて行われるというスケジュールが組まれていた。
昨日同様に茶道部より手伝いを頼まれていた皇騎は、正午になった時点で茶室へ入っていた。
昨日はお点前を披露した皇騎だったが、今日は純粋な裏方であった。この回の半東担当・水屋担当・お運び担当には新入部員が多く当てられており、今日の皇騎の仕事はその補佐が大きな役割だった。
茶室には茶を味わおうという者たちが多く訪れていた。その中には巳主神冴那、七森沙耶とウォレス・グランブラッド、そして真名神慶悟の姿も見られた。
残念ながら4人とも正客や次客の席に座ることは叶わなく、裏で点てた物を運んできてもらう『お点てだし』を味わうこととなってしまった。けれども『茶の湯』の雰囲気を味わう意味では十分な物だと言えるだろう。
ただ『お点てだし』とはいえ、その味わい方で茶道の作法を心得ているかどうか自然と現れてくる訳で。
外国から来たウォレスや、若い沙耶が作法に馴染みがないのは普通のこと。何故だかロングコートを羽織ったままの冴那は、多少作法を心得ている様子であった。そして意外と言っては失礼かもしれないが、慶悟も作法を心得ている様子だった。外見だけを見ていると、とてもそうには見えないのだが。
「見かけによらないとはこのことか」
水屋にてぼそっとつぶやく皇騎。言葉だけ聞くとあれだが、素直に感心していたのである。
ともあれ茶会の席は静かに滞りなく進み、何の問題も起きることなく終わった。だがしかし、これで皇騎の今日の仕事が終わった訳ではない。
皇騎は挨拶もそこそこに、第3講堂へ向かった。長い1日はまだまだ終わらない――。
●演劇『ロミオとジュリエット』【9】
14時半、エミリア学院第3講堂。ここではエミリア学院高等部の演劇部と、天川高校女子演劇部による演劇が上演されようとしていた。演目はあまりにも有名な『ロミオとジュリエット』、ご存知シェイクスピアの作品である。
客席はほぼ10割埋め尽くされており、かなりの盛況だった。客席を見回してみると巳主神冴那、シュライン・エマ、志神みかね、七森沙耶、ウォレス・グランブラッドといった面々の顔も見えていた。
講堂に入る前に配られていた簡素なパンフによると、ロミオを演ずるのはエミリア学院側の部長で、ジュリエットを演ずるのは天川高校側の部長とのことだ。どのような演技を見せてくれるのか、楽しみである。
『ロミオとジュリエット』のあらすじについては、有名な作品なので細々と述べることもないだろう。対立するモンタギュー、キャピュレットの両家の若き男女、つまりロミオとジュリエットが恋に落ちたゆえの悲劇を軸にした物語である。ちなみに悲劇ではあるが、シェイクスピアのいわゆる4大悲劇にこれは含まれてはいない。
恋に落ち結婚し、最後には擦れ違いが元で死に至ってしまう。その間たったの5日間。あまりにも短く、あまりにもせつなく、そしてあまりにも密度の濃い若き2人の恋。現代でも見る者の心をつかんで離さない何かがそこにはあった。
「おおロミオ、あなたはどうしてロミオなの?」
劇は滞りなく進んでゆき、舞台上ではジュリエットがもっとも有名な台詞を述べていた。
それ以外にもこの劇ではもってまわった言い回しや、人によってはむず痒くなってしまうような愛の台詞もある。もっとも露骨な台詞に関しては、だいぶ抑えているようではあるのだが、それは高校演劇だから仕方のない部分だろう。
やがてジュリエットが修道士ロレンスよりもらった薬を飲んで仮死状態になる場面に差しかかる。ジュリエットは薬を口に含むと、一瞬顔をしかめた。細かい部分だか、薬の性質を表現したいい表情だった。
そしていよいよクライマックス。眠るジュリエットに口づけをし、ロミオは自ら持参した毒薬を飲んで生命を落としてしまう。毒薬を口に含んだ瞬間、ロミオの顔が歪んだ。これもいい表情だった。
すぐ後に目を覚ましたジュリエットは目の前の光景、何より愛するロミオの死体を見付けてしまい――ロミオの手にしていた剣で自らの胸を刺して後を追ったのだった。大いなる絶望に背中を押されて。
それからエピローグ部分があり、劇は終演した。幕が閉まり、客席からは拍手が起こる。幕の前にキャストが勢揃いをし、客席に向かって深々と頭を下げて感謝をしていた。
高校演劇なので荒削りな部分があったり、至らない部分もあったが、全体としてはまずまずの出来映えであった。
●舞台裏【11A】
演劇部の手伝いをしていた皇騎は、上演中ずっと調整室に閉じこもっていた。照明と音響の補助を務めることになっていたのだが、2つともコンピュータにより調整室にて制御することが出来たからだ。
照明に関してはいくつかのピンスポットは人手でやらなくてはならなかったが、それ意外の部分はボタン1つで大丈夫。コンピュータ関連に精通している皇騎が補助するのも、何ら違和感はなかった。
皇騎はモニタや覗き窓を通じて舞台の様子を見ていたが、憂慮していた異常な気配なども感じられず、無事に終演を迎えることとなった。
鎮めの結界を張れるよう講堂内に準備をしていたが、結局の所それを使う機会は訪れなかった。しかしそれでいいのだ。無駄に終わること、すなわち平穏なのだから。
だがそれでもほんの少し、皇騎には気にかかることがあった。それは薬を口に含んだ時のロミオ役とジュリエット役の2人の表情。演技にしては、どうもリアルに感じられたのだ。
撤収作業が始まる前、皇騎はそっと2つの薬の小瓶を回収して人気のない場所へ向かった。そこで蓋を開けて、中の液体を指先に少しつけて舌先で味わってみることにした。
まずジュリエットが含んだ方の液体を味わってみた。皇騎の表情がややきつくなった。次いでロミオの含んだ液体を味わってみた。またしても皇騎の表情がきつくなる。
ややあって皇騎が参ったといった様子でつぶやいた。
「……酸っぱい……」
そう、2つとも酸味を感じたのだ。最初の方はレモンの酸味を、もう一方からは酢の酸味を。こんなのを口に含んだのなら、リアルな表情をするのも当然だった。
(杞憂だったか)
ともあれ毒物ではないことを確認し、皇騎は安堵をした。けれども――最初からこのように仕込まれていたのだろうか。そうではなく、万一毒物だったなら……考えたくないことである。
しかし皇騎はこのことについて、あれこれ尋ねるのを止めることにした。昨日より和らいだ雰囲気を見ていれば、わざわざ波風を立てるようなこともないと思ったからだ。
では雰囲気が昨日のままだったなら? さて、どうなっていただろう――。
●『飴』【12A】
「和紙に包まれた『飴』ですか? さあ……見たことありませんけれど」
女生徒の1人が首を振った。他の女生徒も同じ反応を返していた。片付けを終え、知り合いの女生徒たちと天川高校での後夜祭に向かっている道すがらのことだ。
皇騎は昨日拾った『謎の飴』が気にかかり、それとなく女生徒たちに噂がないか聞いてみたのだ。しかし返ってきた答えは芳しくない。
(揃って、見たことがないと答えている以上、広く市場に出回っている物ではないな。かといって、ネット上で調べた所ではらしき物を作っている店は見当たらなかった。いったいあの飴は……)
今の段階で推測出来るのはこのくらいだった。
「先生、浮かない顔をされて、どうされたんですか?」
女生徒の1人が不思議そうに皇騎に言った。皇騎は手を振って笑みを浮かべた。
「いいえ、何でもないです」
果たして『謎の飴』の正体は――。
【学園祭は踊る【2日目】 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0230 / 七森・沙耶(ななもり・さや)
/ 女 / 17 / 高校生 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
/ 女 / 15 / 学生 】
【 0376 / 巳主神・冴那(みすがみ・さえな)
/ 女 / 妙齢? / ペットショップオーナー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
/ 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0461 / 宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)
/ 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師) 】
【 0526 / ウォレス・グランブラッド(うぉれす・ぐらんぶらっど)
/ 男 / 紳士? / 自称・英会話学校講師 】
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■ ライター通信 ■
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・冬美原へようこそ。
・『東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・冬美原』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全26場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・年末年始を挟み、大変お待たせいたしました。申し訳ありません。2003年となりましたが、2002年のお話をお届けいたします。
・前回と今回を読んでいただければ分かるかと思うんですが、学園祭のお話は水面下で色々と仕込んでいました。その多くは軽い物で、物によってはアイテム入手の機会もあったりしたが、中には1歩間違えれば洒落にならない物まで含まれていました。もっとも、洒落にならない物に関しては無事に回避されたのですけれど。
・後は細々と……今後の冬美原の展開に関わる事柄が出てきていたりもします。参考にしていただければと思います。
・アンケートについては、ちょっとした傾向を見るための物でした。妥当かな、という気がしましたね。
・宮小路皇騎さん、18度目のご参加ありがとうございます。という訳で、前回の行動による好影響はこのように出てきていたのでした。それはそれとして、『謎の飴』はいったい何なのでしょうねえ……。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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