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学園祭は踊る【2日目】
●オープニング【0】
2002年11月、例年と色々な面で異なっている今年の天川高校学園祭、そしてエミリア学院文化祭は、無事に1日目を終えた。
日程を同日にした効果は確実にあったようで、両校ともに来客数は前年より伸びていた。連動企画もどうやら上手くいっているらしい。
演劇部が行っている演劇『ロミオとジュリエット』の評判もまずまずだ。ちなみに1日目の23日は天川高校で行われていたが、2日目の24日は上演場所をエミリア学院に移すこととなる。
しかし喜ばしい話ばかりではない。天川高校では、お化け屋敷が謎の半壊を起こしたようで、徹夜で修復が行われているという話である。2日目開場までに修復が終わるか定かではなかった。
それ以外にも、祭りの活気に隠れてしまっている事柄はあるだろう。楽しさの裏に何かが潜んでいても、それは別に不思議でも何でもない。出来れば祭りは素直に楽しみたいのだけれども。
2日目の祭りの幕は、間もなく開こうとしていた――。
●日本文化に触れてみよう【3A】
朝10時半頃、天川高校。多数の来場者の中、目を引く容貌の男性が1人居た。
茶髪で緑の瞳、そして白い肌を持つ細身の男性。背も高く、一目見れば外国から来た者だと分かる。だが目を引くのはそれだけが理由ではなかった。
その装いはいわゆる英国紳士風。普段からそうなのだろうと思わせる雰囲気が男性からは漂っていた。つまりは――相応しく似合っているのである。目を引くのも当然だった。
「どうですか、ウォレス先生?」
男性の隣を歩いていた少女――七森沙耶が尋ねた。
「雰囲気は悪くないですね。天候にも恵まれて」
沙耶の問いかけに男性、ウォレス・グランブラッドが答えた。それを聞いた沙耶は空を見上げて首を傾げた。
「今日は曇り空ですけど」
普通、曇り空では天候に恵まれるとは言わないはずなのだが。しかしウォレスは沙耶の言葉に対し、無言で薄い笑みを浮かべただけだった。
さて――沙耶はウォレスのことを『先生』と呼んでいるが、一口に先生と言っても色々とある。ウォレスは英会話学校の先生だった。そして沙耶はその生徒。今日ウォレスがここへやって来たのも、教え子である沙耶に誘われてのことであった。
「学校のオマツリ……太鼓でドンドンとかではないのですね」
きょろきょろと辺りを見回しながらウォレスがつぶやいた。どうやら学園祭についてあまり詳しくは知らないようだ。
「そのお祭りとは違いますよ。それは他の所に行かないと」
沙耶がくすっと笑って言った。ウォレスが言うような祭りは、普通に考えれば盆祭りにあたるだろう。
しかし、そんな2人の前を驚くべき者たちが通っていった。何と大太鼓を抱えた数人の男子生徒たちが居たのである。
「学校のオマツリも、太鼓でドンドンするのですか」
感心したように頷くウォレス。
「……あれ?」
一方の沙耶は何でだろうといった表情を浮かべて、手にしていたパンフレットを開いた。
「これ……かな?」
そこには『バンド演奏(有志(飛び入り歓迎)/グラウンド・講堂)』という文字が書かれていた。もっとも太鼓をバンド演奏と言うのかは謎であるのだが……深く考えないことにしよう。
●お化け屋敷の再開【4】
沙耶とウォレスは『お化け屋敷・うらめし屋』の前にやってきていた。時刻は午前10時40分。入口には『準備中』と書かれた紙が貼られていた。
「すみません! あと5分……いいやっ、3分だけ待ってもらえますかっ!」
申し訳なさそうに謝る男子生徒。どうやらまだ修理が終わっていないらしい。
「どうしますか?」
沙耶がウォレスに尋ねた。するとウォレスが即答した。
「待ちましょう。時間はいくらでもありますから」
その一言で2人は待つこととなり、結局5分後にようやく修理が終わり、中に入ることが出来た。今日1番乗りである。
通路は暗幕で仕切られており、暗く狭い。何とか2人並んで歩けるほどの幅だ。
「見えませんね……」
恐る恐る通路を歩いてゆく沙耶。目が暗闇に慣れていないこともあって、今はゆっくりと進むことしか出来ない。
一方のウォレスはというと、暗闇には慣れているのか普通の通路を歩くかのように進んでゆく。ゆえに沙耶とウォレスに若干の差が出来てしまう。
「……先生、待ってください」
歩幅を大きくし、ウォレスを追い掛ける沙耶。不意にウォレスは何かを避けるように動いた。
「え?」
沙耶は不思議に思いつつもそのまま直進した。すると、頬にぬるりと冷たい物の感触が――。
「きゃあっ!!」
悲鳴を上げ、慌てて前に進む沙耶。そしてウォレスの腕をつかむと、少し怒ったかのように言った。
「もう先生! 何かあるんだったら、教えてくださいよぉっ!!」
「申し訳ないです」
怖がっている沙耶に対し、素直に謝るウォレス。そこから沙耶は、ウォレスにぴったりとくっついて通路を歩いていった。
しかし、ぴったりくっついているからといって怖さがなくなるという訳ではない。
「きゃーっ! 白いお化けーっ!!」
「やだやだやだっ……変な声が聞こえてるぅ〜!」
「いやぁーっ!! 何か触ったぁーっ!!!」
様々な悲鳴と共に2人は通路を進んでいった。無論、悲鳴の主は沙耶である。ウォレスはというと、紳士らしく終始落ち着いた態度であった。
●違った意味での日本文化【5C】
沙耶は恐がりながら、ウォレスはそんな沙耶の反応を見守りながら、お化け屋敷を堪能し終えた。ゆっくり進んだこともあって、出て来たのは11時前だった。
「あー……怖かったです」
叫び過ぎたためだろう、荒くなった息を整えながら沙耶がウォレスに言った。額には汗が滲んでいた。
「先生はどうでしたか?」
「痛かったですね」
しれっと即答するウォレスに対し、きょとんとなる沙耶。痛い物なんてあっただろうかと沙耶が思っていると、ウォレスが短く言葉を続けた。
「耳が」
沙耶に近い方の耳を摘みながら、少しおどけてみせるウォレス。
「あっ……」
思い当たる節があり過ぎて、沙耶の耳が真っ赤になった。ウォレスの様子からすれば、怒っている訳ではなく楽しんでいるようにも感じられるが、それでも少し恥ずかしいことには変わりがない。
「ごめんなさいっ!」
慌てて謝る沙耶。ウォレスは笑みを浮かべてそれを制した。
それから2人は喉が乾いたこともあって、『ファミレスコスプレ喫茶』と看板の出ていた3−Hの教室へ入っていった。
「どんなコスプレなんでしょうね、先生♪」
沙耶がわくわくしながら教室へ入ってゆくと、そこには看板通りの光景が展開されていた。
某パイの美味しいファミレスのウェイトレスの制服に、某スパゲティが美味しいファミレスの袴姿の制服。さらには某珈琲の美味しい喫茶店のメイド姿の制服など、その筋のマニアなら泣いて喜びそうな状況だったのである。無論、いずれも着ているのは女生徒だ。中には沙耶がバイトとして登録している『金澤亭』の制服も含まれていた。
「いいなあ……欲しいかも……」
席に着いて教室内を見回しながら、沙耶がぼそりとつぶやいた。何か食指が動くらしい。
一方のウォレスは若干戸惑いながらも、注文した紅茶を飲みながら感想を述べていた。
「ニッポンとは……不可思議な国ですね」
「……楽しくなかったですか?」
『失敗したかな?』といった表情を見せ、沙耶がウォレスに尋ねた。するとウォレスが手を振ってそれを否定した。
「いいえ、楽しいです。ニッポンの文化、奥深いですね」
いや、それはどうかと。
結局ゆっくり30分ほどここで過ごした2人は、天川高校を後にしてエミリア学院の方へと歩いていった。
●ワビ・サビに触れ【7E】
12時半過ぎ、エミリア学院の茶室では本日2回目の茶会の席が行われていた。ちなみに1席1時間強で、30分強の間隔を開けて行われるというスケジュールが組まれていた。ここへ来たのは、日本贔屓なウォレスの希望による所が大きかった。
茶室には茶を味わおうという者たちが多く訪れていた。その中には沙耶やウォレスの他に、巳主神冴那や真名神慶悟の姿も見られた。
残念ながら沙耶やウォレスはもちろん、他の2人も正客や次客の席に座ることは叶わなく、裏で点てた物を運んできてもらう『お点てだし』を味わうこととなってしまった。
せめてウォレスだけでも正客や次客の席に座ることが出来れば、より深く『茶の湯』に触れられたのだろうが、雰囲気を味わうには十分な物だと言えるだろう。
ただ『お点てだし』とはいえ、その味わい方で茶道の作法を心得ているかどうか自然と現れてくる訳で。
何故だかロングコートを羽織ったままの冴那は、多少作法を心得ている様子であった。そして意外と言っては失礼かもしれないが、慶悟も作法を心得ている様子だった。外見だけを見ていると、とてもそうには見えないのだが。
一方、外国から来たウォレスや、若い沙耶が作法に馴染みがないのは普通のこと。この席に居る半数の者が、2人と似たような状態だった。
ウォレスは茶を味わった後、しげしげと器を見つめていた。どことなく感心した様子である。沙耶もそんなウォレスを笑顔で見ていた。
ともあれ茶会の席は静かに滞りなく進み、何の問題も起きることなく終わったのだった。
「先生、お茶会はどうでしたか?」
茶室を後にして、沙耶がにこっと微笑んでウォレスに尋ねた。ウォレスが頷きながら言う。
「ワビ・サビ……もてなしの心、素晴らしいです。来た甲斐がありました」
「ああ……それはよかったです」
「さすが千まさ……」
「利休です、先生!」
慌てて沙耶がウォレスの間違いを正した。
●演劇『ロミオとジュリエット』【9】
14時半、エミリア学院第3講堂。ここではエミリア学院高等部の演劇部と、天川高校女子演劇部による演劇が上演されようとしていた。演目はあまりにも有名な『ロミオとジュリエット』、ご存知シェイクスピアの作品である。
客席はほぼ10割埋め尽くされており、かなりの盛況だった。客席を見回してみると巳主神冴那、シュライン・エマ、志神みかね、七森沙耶、ウォレス・グランブラッドといった面々の顔も見えていた。
講堂に入る前に配られていた簡素なパンフによると、ロミオを演ずるのはエミリア学院側の部長で、ジュリエットを演ずるのは天川高校側の部長とのことだ。どのような演技を見せてくれるのか、楽しみである。
『ロミオとジュリエット』のあらすじについては、有名な作品なので細々と述べることもないだろう。対立するモンタギュー、キャピュレットの両家の若き男女、つまりロミオとジュリエットが恋に落ちたゆえの悲劇を軸にした物語である。ちなみに悲劇ではあるが、シェイクスピアのいわゆる4大悲劇にこれは含まれてはいない。
恋に落ち結婚し、最後には擦れ違いが元で死に至ってしまう。その間たったの5日間。あまりにも短く、あまりにもせつなく、そしてあまりにも密度の濃い若き2人の恋。現代でも見る者の心をつかんで離さない何かがそこにはあった。
「おおロミオ、あなたはどうしてロミオなの?」
劇は滞りなく進んでゆき、舞台上ではジュリエットがもっとも有名な台詞を述べていた。
それ以外にもこの劇ではもってまわった言い回しや、人によってはむず痒くなってしまうような愛の台詞もある。もっとも露骨な台詞に関しては、だいぶ抑えているようではあるのだが、それは高校演劇だから仕方のない部分だろう。
やがてジュリエットが修道士ロレンスよりもらった薬を飲んで仮死状態になる場面に差しかかる。ジュリエットは薬を口に含むと、一瞬顔をしかめた。細かい部分だか、薬の性質を表現したいい表情だった。
そしていよいよクライマックス。眠るジュリエットに口づけをし、ロミオは自ら持参した毒薬を飲んで生命を落としてしまう。毒薬を口に含んだ瞬間、ロミオの顔が歪んだ。これもいい表情だった。
すぐ後に目を覚ましたジュリエットは目の前の光景、何より愛するロミオの死体を見付けてしまい――ロミオの手にしていた剣で自らの胸を刺して後を追ったのだった。大いなる絶望に背中を押されて。
それからエピローグ部分があり、劇は終演した。幕が閉まり、客席からは拍手が起こる。幕の前にキャストが勢揃いをし、客席に向かって深々と頭を下げて感謝をしていた。
高校演劇なので荒削りな部分があったり、至らない部分もあったが、全体としてはまずまずの出来映えであった。
●Pure【11D】
「うっ……ううっ……」
終演後、講堂から出てきた沙耶はハンカチを目に当てて号泣していた。上演中から泣いていたのだろう、ハンカチはかなり涙に濡れてしまっていた。
「沙耶さん、大丈夫ですか?」
自分のハンカチを差し出しながら、ウォレスが心配そうに尋ねた。いくら感動したとはいえ、こうも泣かれると心配にならない方がおかしい。
「すみません……うう……お借りしますね」
沙耶はウォレスのハンカチを受け取ると、まだ溢れてくる涙を拭った。
「物凄く激しい恋ですよね……」
憧れを含んだ口調で沙耶が感想を口にした。悲劇ではあるのだが、こういった物語には女性が魅かれる何かがあるのだろう、やっぱり。
「……ある意味純粋でまっすぐで……ほんと素晴らしくて……」
「シェイクスピア……なかなか素晴らしい」
沙耶の言葉に同意するようにウォレスが言った。もっともすぐにこうも付け加えたのだが。
「私としては……ニッポンならではのカブキでもよかったですが」
日本贔屓のウォレスらしい感想だった。泣いていた沙耶も思わず苦笑してしまうほどに。
それから2人は天川高校へ戻り、後夜祭に参加した。
「ウォレス先生、踊りましょ♪」
キャンプファイヤーを囲んでのフォークダンス、沙耶はウォレスを誘ってオクラホマミキサーを踊った。
「今日は本当にありがとうございました。ニッポンの見聞深められ、とても楽しかったです、沙耶さん」
ペアになって踊っている最中、ウォレスが小声で沙耶に感謝の言葉を述べていた。
【学園祭は踊る【2日目】 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0230 / 七森・沙耶(ななもり・さや)
/ 女 / 17 / 高校生 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
/ 女 / 15 / 学生 】
【 0376 / 巳主神・冴那(みすがみ・さえな)
/ 女 / 妙齢? / ペットショップオーナー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
/ 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0461 / 宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)
/ 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師) 】
【 0526 / ウォレス・グランブラッド(うぉれす・ぐらんぶらっど)
/ 男 / 紳士? / 自称・英会話学校講師 】
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■ ライター通信 ■
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・冬美原へようこそ。
・『東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・冬美原』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全26場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・年末年始を挟み、大変お待たせいたしました。申し訳ありません。2003年となりましたが、2002年のお話をお届けいたします。
・前回と今回を読んでいただければ分かるかと思うんですが、学園祭のお話は水面下で色々と仕込んでいました。その多くは軽い物で、物によってはアイテム入手の機会もあったりしたが、中には1歩間違えれば洒落にならない物まで含まれていました。もっとも、洒落にならない物に関しては無事に回避されたのですけれど。
・後は細々と……今後の冬美原の展開に関わる事柄が出てきていたりもします。参考にしていただければと思います。
・アンケートについては、ちょっとした傾向を見るための物でした。妥当かな、という気がしましたね。
・ウォレス・グランブラッドさん、初めましてですね。OMCイラスト、参考にさせていただきましたが、いかがだったでしょうか? 日本はある部分不可思議な国かと思います、ええ。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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