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<PCシナリオノベル(シングル)>


第ニ話 継比奈
◆路
学校からの帰り道、守崎 啓斗は見覚えのある少女を見かけた。

「あれは・・・」
苦い思いと共に、啓斗の脳裏に記憶が蘇えってくる。
血塗れの列車の中で出会った双子の少女たちとの戦い。
残酷な行為を躊躇いもせず、無邪気な笑顔で命を弄ぶ少女たち。
そして、苦々しい終幕。
思い出すだけで、気持ちが重くなるようだ。
啓斗はそんな気持ちを振り切って、見かけた少女の姿に背を向けて立ち去ろうとするが・・・できない。
啓斗の頭の中に焼きついている言葉が、立ち去ることを許さないのだ。

『お兄ちゃんも面白かった?』

空耳ではない、最後に啓斗を笑うように響いた言葉。
走行中の列車から放り出される少女たちを、黙ってみているしか出来なかった啓斗への言葉。
命を弄ぶことを楽しんでいた少女たちの・・・嘲笑が聞こえるようだ。

「面白かったわけじゃない・・・」

啓斗はこぶしを握り締め、通りの向うへ姿を消そうとしている少女を真っ直ぐに見つめた。
「殺そうと思ったわけじゃない。」
あれは不可抗力だったとは言わない。
だが、殺意があってのことではない。
自分の気持ちをわかってもらいたいと言うのではない。
少しでも・・・あんな瞬間でも殺すという選択肢を選ばないことを伝えたい。
それが命を敬うと言うことなのだと・・・僅かでも少女に伝えたいのかもしれない。

しばらく啓斗は少女の後姿を見つめていたが、思い切って一歩を踏み出した。
少女は啓斗に気づかずに、通りの向う、薄暗がりが口を開けている裏路地へと入って行く。
裏路地は高い建物の間に、ひっそりと続いている。
人一人がやっと通れるほどの幅で、その先は暗く陰っていて何があるのかわからない。
啓斗は躊躇うことなく裏路地へと足を踏み入れた。
少女の姿が暗闇にかすんで見える。
路地はかなり奥まで続いているようだ。
一瞬、声をかけようかとも思ったが、そのまま少女の後を追う。
生臭い空気の中に自分の足音だけが響く。
まるで違う世界に入り込んだかのような錯覚を感じる。
振り返れば、すぐに元居た通りだと言うのに。
「あれ?」
しばらく歩くと、行き止まりに突き当たった。
「あの子は・・・?」
あたりを見ると、少し戻ったところに分かれ道を見つけた。
通路の影になっていて気がつかなかったらしい。
「こっちかな?」
別れた通路を覗き込むと、通路の奥でドアが閉まるような音が聞こえた。
重い鉄製の扉が閉まるような低い音だ。
啓斗は別れた通路へと踏み入る。
益々視界は閉ざされ、もう目の前に続く細い道しか見えない。

「なんだってこんな所に・・・」
道を歩きながら啓斗は思った。
罠かもしれない。
この道の奥で、あの少女が笑いながら待ち伏せているかもしれない。
こんな身動きの取れない場所で襲われたら・・・
「それでもあの子と話がしたい・・・」
啓斗は一回首をブルっと振って、嫌な考えを振り払った。
ここへ踏み入れたのは全て覚悟の上だ。
そんなことを考えても、啓斗には前に進む以外ない。

そして、しばらく進むと、啓斗は鉄製のドアの前に突き当たった。

「この向う・・・だよな・・・」
あたりを見回しても、この扉の向う以外に進む場所はない。
見上げると、窓のない壁が遥か彼方までそびえている。
僅かに白く細い空が上のほうに見えるだけだ。
そのそびえる壁に窓はまったくない。何かの倉庫のような建物だろうか?
啓斗は意を決してドアの取っ手を握る。
錆びでざらざらした感触があるが、鍵はかかっていないようでスムーズに動く。
取っ手を捻り恐る恐るドアを押すと・・・思いのほか滑らかに扉は開いた。

「真っ暗・・・」

建物の中は真っ暗で、冷たい空気が満ちている。
しかし、通路の方と違い、建物の中の空気は清涼なまでに澄んでいた。
「誰かいるのか?」
啓斗がそっと声をかけてみるが、その声がフワンと響くだけで返答はない。
そっと扉を閉じて建物の中へ入る。

バタン・・・

扉が閉じてしまうと、そこは完全な暗闇になってしまった。

◆扉
明りになるようなものを持っていない啓斗は、じっと精神を集中した。
少女は確かにここへ入っていった。
(ならばどこかにいるはず・・・)
静かに・・・あたりの空気に同化するかのように神経を研ぎ澄ますと、建物の奥・・・上の方からかすかに気配を感じる。
どこかに階段があるのか、どうも階上に誰か居るようだ。
啓斗は手探りで階段を探し始める。
床も壁もコンクリートが剥き出しのようで、自分の足音だけがやたらと大きく聞こえる。
そして、何とか階段を探り当てると、啓斗は慎重に昇りはじめた。

「!」

何段か昇って上を見上げると、扉らしきところから明りが漏れているのが見える。
多分、そこに少女は居る。
啓斗は緊張に大きく脈打つ鼓動を感じながら、その扉の前に立った。
そして、その扉を開こうと扉に手をかけた瞬間・・・それは起こった。

「きゃぁぁぁぁっ!!」

つんざくような少女の悲鳴が響き渡る!
「どうしたっ!?」
啓斗が慌てて中へ飛び込むと、少女は黒ずくめの男に髪を捕まれ引き摺り上げられている。
「その手を離せっ!!」
啓斗は咄嗟にそう叫んだ。
この少女がどんなに危険な存在であっても、こんな状態は見過ごせない。
啓斗は懐に隠し持っていた忍者刀を抜くと、体を低くして構える。
隙のない構えであると同時に、すぐに飛びかかれるような実践の構えだ。
「邪魔が入ったか・・・」
男は少女を掴んでいない方の手で、かけていたサングラスを直すと、少女を啓斗の方へと放り投げた。
「!」
啓斗は慌てて少女を受け止める。
その隙をついて男はその部屋にあった窓から外へと脱出した。
「待てっ!」
啓斗は後を追おうと窓から体を乗り出したが、男の姿はすでに見えなかった。
身長2メートルはあるだろう巨体で、この素早さは人のものとは思えないほどの俊敏さだった。

「誰・・・そこにいるのは誰?」

少女が床に這うように倒れたまま問う。
側によって抱き起こすと、さっきの黒ずくめの男に殴られでもしたのか、右目の上が腫れている。
その所為か、どうやら視力を失っているようだ。
「俺はお前の敵じゃない。」
啓斗はそう言うとあたりを見回した。
部屋の中は何かの作業場のようになっていて、机と工具が並んでいる。
そしてその机の端に水道があるのが目に入った。
「ちょっと待ってろ。」
運良く水道が生きているようで、蛇口を捻ると水が出た。
水は最初赤錆のような色をしていたが、しばらく流していると透明な色になった。
啓斗は持っていたハンカチを水で濡らし、少女の腫れた額にそっと当ててやった。
「お兄ちゃんは・・・敵じゃないの?」
冷たいハンカチを押さえながら少女は言った。
「敵じゃない。お前が何もしなければ、何もしない。」
啓斗は少女の様子を用心深く観察しながら言った。
怪我しているとは言っても油断は出来ない。
確かこの少女は異界から何かを召喚して人を襲わせていた。
それに視力は関係ないのだから・・・。
しかし、その警戒は次第に緩んでゆく。
少女はされるままにじっとハンカチを押さえて俯いているだけだった。
しばらく沈黙が続いたが、なんとなく居心地の悪さを感じて啓斗はそれを破った。
「君の名前は?」
「・・・継比奈」
「それは・・・名前だよな?」
「うん、私は継比奈、お姉ちゃんは壱比奈。」
「あの髪の白い子は壱比奈っていうのか・・・」
啓斗は列車での出来事を思い出す。
黒いワンピースに身を包み、今ここにいる少女と瓜二つの顔で笑っていた少女。
今ここにいる少女・継比奈は壱比奈とは逆で髪が黒くてワンピースは白だ。
「双子なのか?」
「うん。」
啓斗の問いに継比奈は素直に答える。
(双子・・・)
このことに啓斗は奇妙な符号を感じていた。
啓斗にも双子の兄弟が居る。
少女の姿が、幼い頃の自分たちに重なる。
あの頃の自分たちと、この少女と何が違うのだろう。
何故この少女たちは、あんなにも残酷な事をしてしまうのだろう。
「・・・あの男は何だ?」
「敵。」
継比奈はうなずいたまま言った。
「あいつらは敵。私たちの存在を滅ぼすもの。お姉ちゃんがそう言ってた。」
「存在を滅ぼすもの?」
「歪んだ力を持つもの達を、なかった事にしちゃうの。」
歪んだ力とは、この少女たちが持つ召喚能力のことか?

「その前に、奴らを滅ぼしてやるわっ!」

不意に背後から声が響く。
啓斗は咄嗟に継比奈を抱えて壁際に飛びのき、背中を庇った。
それは本能的な反射だった。
投げかけられた声には明らかな殺意がこもっていた。
「お姉ちゃん!」
声が聞こえた窓の側には白い髪の少女が、啓斗を睨みつけて立っている。
「継比奈をはなして。」
壱比奈は啓斗の方へ、すっと手をのばす。
その指先に、蒼白い鬼火が揺らいでいる。
啓斗が継比奈をゆっくりと床に降ろすと、継比奈はヨロヨロと壱比奈のほうへ歩いていった。
「目をやられたのね。それで私にも見えなかったんだわ・・・」
壱比奈はそう言うと、継比奈の目に手を当てる。
「これでいい。見える?継比奈?」
「うん・・・」
壱比奈が手を離すと、腫れていた額は嘘のように元に戻っている。
そして、2人が啓斗の方を見た。
対になった紅の瞳と黒い瞳。
壱比奈は左の目が、継比奈は右の目が紅い。
「この瞳がある限り、私たちは繋がってるの。」
壱比奈は誇らしげにそう言うと、再び啓斗に向かって手をのべた。
「今日だけは見逃してあげる。」
指先から鬼火が空を切って飛んでくるが、啓斗の横で弾けて消えた。
「消えて。」
妹を助けた啓斗を見逃すというのか?
この間の残虐な姿と違和感を感じる。
「待ってくれ!お前たちは・・・何者なんだ?」
啓斗は声を振り絞るようにして問う。
少女たちは唇を歪めて笑うと答えた。

「私たちは虚無の世界から来たの。」
「私たちはこの世界を破壊するの。」

「虚無の世界?」
啓斗は更に問い掛けるが、少女たちはくすくす笑うばかりで答えない。
そして、少女たちは足元から立ち昇る淡い光の中に飲み込まれるように姿を消した。

◆異
少女たちが姿を消した後も、啓斗は呆然とその場に立ち尽くしていた。
拍子抜けしたのかもしれない。
少女たちが姿を消して、緊張の糸が切れたのは確かだ。
しかし、それ以上に啓斗の心の中を乱すものがあった。

虚無の世界
世界を破壊するもの

黒ずくめの男は明らかに継比奈を殺そうとしていた。
歪む力を持つものを消す者・・・

誰が敵で、誰が正しいのか?
啓斗の腕の中で痛みに震えていた少女か?
殺意に瞳を輝かせていた少女か?
その少女を殺そうとした男か?

「誰が・・・」

啓斗は自分が昨日までと少し違う世界に踏み込んでしまったような気がした。
それはあの列車に乗ったときから始まっていたのかもしれない。
窓から射し込む光を見つめながら、啓斗はいつまでも少女たちが消えた部屋を見つめていた。

The end ?