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<東京怪談・PCゲームノベル>


<待雪草>

「やはり冬は鍋物で日本酒が王道ですよね」
一人うんうんと頷き、あやかし荘の扉を開けた九尾桐伯を迎えたのは眼鏡の向こうに涙を浮かべた三下忠雄だった。
「三下さんイキナリ抱きつかないで下さい」
とっさに右手に抱えた一升瓶を守り九尾は神にすがるような勢いで貼り付いてくる三下を引き剥がす。
「うっうっうっ……。良かった、良かったぁぁぁ。一人でもう、どうしようかと……」
半泣きを通り越して既に号泣状態の三下。見ると彼の左腕は何故か氷に覆われていた。
どうやら、また何かとんでもない事件が起こったらしい。
「私の買い物中に何があったんです?」
取り敢えず鍋の材料が詰まった買い物袋と一升瓶を床に置いて、九尾は三下の凍り付いた左腕に触れる。
それはもう見事に、巨大冷凍庫に放り込んでもこんなに綺麗にはならないだろうと言うくらいしっかりと、殆ど一本の氷柱と言って過言ではない程に凍り付いていた。
ヒィヒィとしどろもどろに、それでも精一杯順序立てて事情を話す三下。
(そう言えば今おつき合いしている深雪さんも雪女でしたが……あの方がこんな事をする訳もありますまい)
雪女と聞いてふと考えたが、深雪に限ってそんな心配はないだろう。今はそれよりも大切なワイン達の安否である。九尾は一人でビクビク怖がってる三下を従えて自室のワイン庫を確認した。
「良かった、こちらに被害は在りませんね」
ホッと息を付いて九尾は笑みを浮かべた。
保存庫の気温も大丈夫そうだ。しかし、雪女の仕業とあれば何時ここに被害が及ぶとも分からない。大事なワインに何かあっては一大事。早急に手を打たねば。
「三下さん、待雪草を御存知ですか?」
「は……?待雪草……、スノードロップですかぁぁ?」
雪女と花と、一体何の関係があるのやら。三下は右手で凍り付いた左腕を抱えて尋ねた。
「そうです。待雪草ってね、アダムとイブがエデンを追放される時に天使が雪の姿を変えたものだそうですね。」
「はぁ……」
訳が分からず、取り敢えず頷く三下。
「植物としても寒さに強く乾燥に弱いそうですから、もしかしると誰かが持ち込んだ花が自己防衛の為に女性の姿を撮って建物中を氷漬けにしてるのでは・・・?」
そんな事を言われても、三下にはどうすれば良いのかサッパリ分からない。
「花が自己防衛ですか……?」
そもそも、名前こそ耳にした事があるが、実物を見た事はない。
三下は九尾の整った顔を見て尋ねた。
九尾は頷き、
「ならば、本体を見つけだして燃やしてしまいましょう」
にこりと笑って立ち上がった。



「これは……立派ですねぇ……」
凍り付いた扉の前に立って九尾は感嘆の息を付いた。
雪女を捜すために片っ端から建物中の扉を開けて回った三下の腕が、ノブに振れた途端に凍り付いてしまったと言う扉である。まず怪しむならそこしかないと、三下の案内で来てみれば、扉は厚い氷に覆われて氷壁と化していた。
「ひぃぃぃぃっ!な、な、何なんですかぁぁ!?一体どうなってるんでしょうぅぅっ!!」
さっき自分が見たときとは全く違う様子に、三下は殆ど腰を抜かしそうに驚いた。
「だから、待雪草の仕業だと思うのですよ。他の扉は何ともないのに、ここだけこんな風になっている。まるで何かを守っているかのように……。とすれば、恐らく本体がここにあるのでしょうね」
細い指を顎に当てて、すっと九尾は扉に近付く。
「ああああ危ないですよぉぉっ!!九尾さんまで凍ってしまったら、一体どうなるんですぅ!?」
九尾より5〜6歩下がった場所で三下は九尾に手を伸ばした。
「大丈夫ですよ。直接触れなければ……。三下さん、もう少しさがって下さい」
言いながら九尾は目の前の扉に意識を集中させる。
ジュゥゥと言う音と共に氷が溶け、辺りに湯気が立ちこめ始めた。
「ひぃぃぃぃぃっ!!!!」
慌てて逃げ出す三下。
「あ、三下さん……、逃げなくても大丈夫ですよ……」
しかし既に三下の姿はない。
「仕方がありませんね」
九尾は更に意識を集中させて氷を溶かす。
一気に溶かしてしまっても構わないのだが、極力他の部屋へ影響を及ぼさないようにしなければならない。
足元に溶けた水が流れ、黒い靴を濡らした。
5分程が過ぎただろうか、厚い氷は融解し、閉ざされていた扉が開く。
中に待雪草があれば、それを燃やして一件落着である。
しかし、扉の向こうには九尾の良く知った女性の姿があった。
「深雪さん…!?」
驚きに一瞬目を見張る九尾。
深雪は部屋の中央に立ち、静かにこちらを見つめていた。
その目は、赤い。普段から白い肌は白を通り越して青ざめている。
「一体どうして……?何があったんです……?」
確かに深雪は雪女である。しかし、訳もなく建物中を凍り付かせる筈がない。
「……頂戴……」
「え?」
深雪が口を開く。しかしその唇から漏れたのは、深雪のものとは全く違う弱々しいか細い声だった。
「暖かい……頂戴……寂しい……」
赤い瞳から涙が零れ落ちる。
「……お願……死……」
白いコートを着込んだ深雪……いや、深雪の姿をした別の女性は消え入りそうな声で何かを訴える。
死、と聞いて九尾は少し焦った。それは深雪を指しての言葉なのか、それとも深雪に憑依した己を指しての言葉なのか。
「…優しい……頂戴…」
その時、ふと窓辺の鉢植えが目に入った。
その鉢植えを守るようにその周囲だけを雪が囲っている。
「あれが本体ですね……」
本体を軽く攻撃して、深雪の体に入り込んだ別の女性を引き離す事が出来るだろうか。
九尾は素早く鋼の糸を伸ばす。深雪が素早く振り返り糸に吹雪きを吹きかけたが、熱を帯びた糸は容易く雪を溶かし鉢を九尾の元へ運ぶ。
絡め取った鉢は手にすっぽりとおさまる小さな物だった。僅かな土と枯れた葉。
声が弱々しいのは、本体が既に力を失っているからだろう。建物中を氷漬けにしたのは深雪の力を使っての事らしい。
「……て……お…がい……」
アッサリと本体を取られて、深雪は苦しげに手を伸ばす。
九尾は糸を僅かに発火させた。
「ぎゃぁっ!!!」
深雪は叫び、その体は激しく床に倒れ込んだ。近付いて無事を確かめたい処だが、まだ油断は出来ない。
「深雪さん……?大丈夫ですか?」
呼びかけると、深雪はゆっくりと体を起こした。
「あ……」
短い声と共に軽く頭を振って意識を呼び戻す。
「深雪さん?」
「……はい……、大丈夫です……」
その声は、確かに聞き慣れた深雪のものだった。
深雪が無事ならば、あとは何の心配もない。諸悪の根元を葬り去るのみ。
九尾は鉢を床に置き、深雪に近付いて助けて立たせると、鉢に向けて火を放とうとした。
「あ……、待って、待って下さい……」
その手を深雪が止める。
「燃やしてしまわないで下さい……、もう、大丈夫ですから……」
慌てて駆け寄って、深雪は鉢を拾い上げた。
「一体どう言う事なのでしょう?」
尋ねる九尾に、深雪は借りていた本を返しに来たところで人の形になり助けを求めようとしていた花に出逢った事情を話した。
深雪に憑依した花は助けを求めるつもりで建物中を彷徨い、間違って皆を氷漬けにしてしまったらしい。
「私……、この花に憑依されていたから、分かったんです……。この花、とっても寂しくて、苦しくて、今にも死にそうだったんです……」
深雪は鉢を抱きしめて、九尾に微笑んだ。
「このお部屋の方、この花を残して引っ越してしまったのですね……。お水も貰えずに、ずっとここで一人きりで待っていたんです……。お花って、お水だけではいけないんです。優しい言葉や、暖かい気持ちで育ててあげないと、駄目なんです……。この花は、哀しくて哀しくて、もしかしたら咲けないかもしれないと思って、助けを求めたんですね……。」
深雪はゆっくりと鉢に雪を吹きかけた。
「もう、大丈夫……。何も心配しなくて良いの。ゆっくり眠っていてね……、春はもうすぐだから……」
カラカラに乾き、枯れてしまった葉に優しく語りかけ、笑みを浮かべる。
その様子に九尾も顔を綻ばせた。
「ところで、凍ってしまった皆さんはどうなるのでしょう?」
結局、逃げ出してしまった三下は戻って来ない。
「あ……。そうですね。」
深雪は自分が凍らせてしまった人たちを思いだして頭を掻いた。
「この花の責任ですけど……、凍らせてしまったのは私ですし……。大丈夫です、ちゃんと解凍します……。ちょっとお手伝いして頂ければ助かります」
九尾は頷き、二人は早速建物中を回り始めた。



その後、凍傷にかかることもなく無事解凍された住人達は鍋を囲み、夜中を過ぎるまでのどんちゃん騒ぎになった。
最終的に何の役にも立たなかった三下は嬉璃に小突き回されて皆の笑い誘い、深雪は待雪草の鉢を抱いて家路についた。
春はまだ、少し先である。

end

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0332  / 九尾桐伯 / 男 / 27 /バーテンダー
 0174 / 寒河江深雪 / 女 / 22 / アナウンサー 
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■         ライター通信          ■
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いっ如何でしょうか……(滝汗))