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<東京怪談・PCゲームノベル>


<ゆけむり温泉一人旅>

さして広くはない脱衣所でファルナ・新宮は鼻歌交じりに服を脱いでいた。
細い体を守るように包む衣服を一枚一枚脱いでは丁寧に畳んで、あらかじめ用意されているカゴに入れる。
柔らかな白い肌が露出すると同時に、長く伸ばした見事な金髪が楽しげに揺れた。
「わたくし、温泉旅行に当たったのは初めてですわ」
最後の一枚を脱ぎ終えて、ファルナは言った。
偶然立ち寄った商店街で他愛もない買い物をして、たまたま貰った引換券で籤を引いたら、見事に一等を当てた。景品は一泊二日の温泉旅行。
温泉など珍しくもないが、自ら選んだり誰かに招待されるのではなく、偶然当てて権利を得るのは妙に楽しく思えた。
「この温泉は美容に良いのですって」
と、既に服を脱ぎ終えて小さなタオル一枚で体を覆ったメイドゴーレムのファルファを振り返る。
「折角ですから、ゆっくり楽しみましょうね」
ファルナもタオルで体を覆い、にこりと笑う。波打つように広がった金髪が素肌をくすぐり、何かしら楽しさを増した。
「こちらが〜一等の温泉ですか〜」
脱衣所から想像していたよりも遙かに広い。
白い湯気がモワモワと立ち上る中を、滑らないようそろりと足を進めると、中には既に先客がいた。
「あらあら〜先客さんですか〜」
浴室にファルナの声が僅かに反響する。
その声に洗い場で膝にタオルを乗せた男が振り返り、ポカンと口を開けてファルナを見た。
嬉璃に化け物退治を命じられ、何時現れるとも分からない化け物に怯えつつ髭を剃っていた三下である。
するりと三下の手を滑り落ちたカミソリを拾い上げ、ファルナは大きな緑の目を輝かせて微笑む。
「はい、どうぞ」
細く白い手でファルナは何気なくカミソリを差し出したが、三下は受け取ろうとせず、キョロキョロと辺りを見回した。
ファルナの後ろにもう一人いる事に気付くと、顔を真っ赤にして慌てて立ち上がり、慌てすぎて見事にすっ転ぶ。
「あら〜、大丈夫ですか〜?」
驚いたファルナが手を差し出すと、三下は何やら言葉にならない叫び声を上げて立ち上がりかけ、また転んだ。
「そんなに慌てて、どうなさったんですか〜?」
一体何故そんなに慌てふためいているのか分からず、ファルナは首を傾げた。
「なっなななっ何で!?ええええっ!!??」
胸元にふわりとかかった髪を払いながら、ファルナは三下に微笑みかける。
「良かったらお背中お流し致しましょうか〜?」
「いいっえっいやっあっあのっ」
へっぴり腰で脱衣所に向かおうとする三下の腕を引いて、ファルナは洗い場の椅子に促した。
「あああっあっ!ちょ、ちょっとっ!?」
「さぁ、どうぞお座りになって下さい〜」
ひたすら言葉にならない声を発する三下を檜の椅子に座らせて、ファルナはファルファを振り返り自分のタオルを預けた。
恥ずかしげも惜しげもなく若く白い肌が露出し、更に三下を動揺させたが、当の本人は全くその事に気付いていない。
キョロキョロと目線を泳がせて、「ああ、」とか「ええっ!?」とか声を発する三下に構わず、彼のタオルを持つと丁寧に石鹸を泡立て、三下の背中を擦り始めた。
肩胛骨から背筋へ、背筋から首筋へ、ファルナの手が細かく動く。
逃げだそうにも逃げ出せず、何か言おうにも言葉にならない三下は出来る限り背を丸め、体を堅くして手が止まるのを待った。
浴場内の温かさでほんのり頬を染めたファルナは、丁寧に熱心に背中を擦り、これもまた温泉旅行の楽しみの一つかも知れないと笑みを浮かべる。
「どこか痒い処はないですか〜?」
「いっいいっえっ」
「は〜い。じゃあ、お終いです〜」
相変わらず言葉になっていない三下の声。
ファルナは泡だったタオルを背後から三下に返し、ファルファに預けたタオルを受け取ると手早く泡立てて三下に渡した。
「えっ?」
振り返るに振り返られず首を左右に振る三下に、ファルナは言った。
「わたくしの背中も流して頂けますか〜?」
髪を首筋から胸元に流して、三下の隣に腰掛けるとその無防備で小さな白い背中を三下に向けた。
「お願いします〜」
「ええええええっ!?」
泡だったタオルを手に、三下は手を伸ばす事が出来ず、振り返って見る事も出来ず、逃げ出すに逃げ出せず暖かい筈の浴場で冷や汗を垂らした。
「?どうかなさいましたか?」
なかなか背中を流してくれない三下に、訝しげにファルナは振り返り、ふと湯船にも先客が居ることに気付いた。
「あなたもこちらのお客さんですか〜?」
しかし、先客は答えない。
「あなたもお背中流して差し上げますよ〜」
ファルナは立ち上がり、浴槽に向かう。
三下はその隙に泡立ったタオルを放りだし、いそいそと脱衣所へ逃げ込んだ。
「あらあら〜、のぼせてしまわれたんですかぁ〜??」
湯船に浸かった先客は真っ赤な顔で頭からタオルを被っている。
「大丈夫ですか?少し出て、体を冷やした方が宜しいのでは?」
湯気の向こうで動こうとしない先客を案じて、ファルナが更に近付こうとした時、先客が奇妙な唸り声を上げ始めた。
「どうかなさったんですか〜?」
ファルナの後ろに控えたファルファは、その先客の目が赤く光るのを見逃さなかった。
「ううううう………」
獣のように唸る先客。
「?」
ファルナは浴槽に入ろうと足を上げた。
その瞬間、先客が湯を蹴り上げるように飛んでファルナに襲いかかる。
しかし、それよりも遙かに早くファルファのロケットパンチが先客に炸裂した。
「ぎゃっ!!」
短い悲鳴を上げて吹っ飛び、湯船に沈む先客。
「あらあら〜」
ザッパーンッ!と湯柱があがる中で、ファルナは暢気な声を出した。
「驚きましたわね〜。一体どうなさったのかしら〜?」
と、激しい湯気の中から再び先客が姿を現す。
ファルファは再度戦闘モードを取り、腕を構える。
しかし、姿を現した先客はその場に立ったまま「わぁん」と声を上げて泣き出してしまった。
真っ赤な体に、中途半端に伸びた白髪。出で立ちこそ風変わりだが、よく見るとまだ小さな子供だった。
「わぁぁぁん!!オイラが何したって言うんだよー!!」
「あら〜。どうしましょう」
自分より小さな子を泣かせてしまったと慌てて近付くファルナ。
子供の背丈はファルナの腹部あたりまでしかない。
「大丈夫?ごめんなさいね〜」
泣きじゃくる子供の頭を撫でて、ファルナは子供を浴槽から出した。
「オイラ何も悪い事なんかしてないよー!そりゃあ、さっきのオジサンを驚かせたりしたけど、オイラ、お腹が空いて仕方がなかったんだよー!ちょっと驚かしたら、みんな出て行って、オイラご飯が食べられるって思ったんだ」
何の話しか分からず、首を傾げながらファルナは自分の膝を曲げて子供と目線を合わせた。
「こちらのお客さんではなかったのですね。どうして驚かせたり、わたくしに飛びかかろうとしたんですか?」
尋ねると、子供は素直に事情を話し始めた。
「オイラ、この辺にずっと住んでる垢舐めだけどさ、最近はどこの風呂も綺麗で全然垢なんてないんだ」
垢舐めと言えば、風呂の垢を舐めにくる妖怪だ。
「オイラ、お腹が空いて仕方がないからさ、あっちこっちの風呂を回って、垢を探してたんだ。」
偶然立ち寄ったあやかし温泉で、漸く見つけたごく僅かの垢を舐めようとした時に男が現れ、最初は男が去るのを待っていたが途中で我慢が出来なくなりちょっと驚かせたのだそうだ。
「ホントにちょっとだけなんだよー。さっきみたいに、獣の鳴き真似しただけなんだ。そしたら、あのオジサン慌てて逃げてったんだ。でも、やっと舐められると思ったらまた帰って来てさ。あんたも入って来たし。仕方がないから、オイラずっと湯船に浸かってみんながいなくなるの待ってたんだ。そしたら、あんたが近付いて来るから、オイラ困っちゃって」
グズグズと泣く子供に、ファルナは苦笑した。
「あら〜、それでは、わたくしの方が悪い事をしてしまったのですね」
見ると、丁度ファルファのロケットパンチが命中したらしい額が赤く腫れている。
「わたくし、あなたを捕まえたりしませんわよ」
「ホントに……?」
不安気に自分を見上げる子供に、ファルナはにこりと笑ってみせる。
「勿論、本当ですわ。さあ、そこにお座りになって下さい。わたくし、あなたの背中も流して差し上げますわ」
子供は言われるままに檜の椅子に腰を下ろし、ファルナに背を向けた。
「こちらの温泉の方には、わたくしからあなたの事を伝えておきましょうね。あなたが悪さをしないと分かったら、皆さん許して下さると思いますわ」
「だったら、もう少し垢を残して貰えるようにも頼んで欲しいな!」
現金なものだ。
子供は嬉しげに笑って、背中を擦られるくすぐったさに身をよじった。



「ええっ!?それじゃ、男湯の方に入られたんですか?」
「はい〜。わたくし、間違えてしまったみたいです」
湯飲みを差し出しながら驚きの声を上げる因幡恵美に、ファルナはまだ濡れたままの頭を掻いて笑った。
その横で、三下は顔を真っ赤にして俯いていた。
垢舐めとファルファと共にのんびりと温泉を楽しんだファルナが、ピシッとノリの利いた浴衣に身を包んで特別室に入って来たのはつい5分程前である。
丁度、結局化け物退治が出来ず逃げ出して来た三下を役立たずだと嬉璃がけなしていた時だった。
化け物の正体と事情を話し、掃除好きの恵美に少しで構わないから垢を残して貰えるよう交渉して終わってから、ファルナは漸く自分が男湯に入ってしまった事を話した。
「わたくし、男性がいらっしゃったからてっきり混浴だと思ってしまいました」
恵美から受け取った湯飲みを両手で包み込み、ファルナはにこりと三下を見る。
「でも、温泉の醍醐味と言うのかしら、背中を流して差し上げたり、流して頂くのは楽しいですね〜」
しっとりと水気を拭くんだ白い肌に、僅かに赤く染まった頬が可愛らしい。
洗った髪は一つに束ねて頭の上に留めてあった。白い首筋を後れ毛がくすぐる。
「背中を流して差し上げたり流して頂いたり………?」
嬉璃と恵美が声を揃えて、三下を見た。
「えっ?あっ、いいいっいやっその………!」
三下は慌てて顔の前で両手を振ってやましい事は何一つないと説明しようとしたが、嬉璃と恵美の視線はあくまで白い。
「ちっ違うんです!」
「わたくし、こちらの温泉がとても気に入りました〜。また是非来たいですわ」
着慣れない浴衣の弛んだ帯と胸元を気にしながらも楽しげなファルナ。
その横で必要以上に慌てる三下。
「その慌て振りが余計に妖しいのぢゃ」
「三下さん………」
嬉璃のどこまでも冷たい声と、恵美の軽蔑の眼差しを受けて、三下は更に慌てた。
「ああああああ〜〜っああの、ぼぼぼ僕、脱衣所に忘れ物をっ!!」
三下は、これはもう逃げるしかないと立ち上がる。
しかし長時間正座した足は思うように動かない。
バランスを崩した三下は「わっわわっ!!」と叫びながらファルナの方に倒れ込む。
「きゃっ」
「あああああ〜!!!!」
三下の重みにファルナの細い体が耐えられる訳がない。
ファルナは三下共々倒れ込み、背を畳に押しつけた。
弛んだ帯が更に弛み浴衣の前がはだけた。
その上三下が体を支えようと突いた手が運悪く胸に当たり、ファルナは驚いて緑の目を見開く。
「わわわっあああ〜!!いやっそっそのっ!」
三下は慌てて手を退けたが、支えを失った体は再びファルナの上に倒れ込んだ。
それをマスターの危機と感じてファルファがロケットパンチを発射させる。
「うわっ!!」
体をのけぞらせて背中から倒れ込む三下。
ほっと息をついて起き上がったファルナに手を貸しながら、恵美は更に白い目で三下を見た。
鼻血を流す三下に、嬉璃が言い放つ。
「お主、わざとであろう!」
「ぢっぢがいまず〜!!!」
「いーや!今のは絶対にわざとぢゃ!!」
「三下さんっ不潔ですーっ!!」
信じられない、と言うように叫ぶ恵美。
三下の言い訳に聞く耳を持つ物はいない。
「こういうのも、温泉の楽しみの一つなのですね〜」
浴衣を直しながら楽しげに言うファルナに、何かが違うと思いながらファルファは頷いた。


end

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0158  /ファルナ・新宮/女/ 16 / ゴーレムテイマー
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■         ライター通信          ■
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ありがとうございました。