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歌よ響け
●序
「うちの経営はね、そのせいでがた落ちな訳なんだよね」
草間興信所を訪れた中年の男性、亀田・惣一(かめだ そういち)はそう言いながら煙草をふかした。白い煙が、もわっと篭る。
「でも、カラオケに幽霊だなんて……」
生前はさぞ歌好きだったんだろうな、とぼんやりと草間は考える。
「だがね、本当に出るんだよ。うちのカラオケボックスの110号室にな」
「そこで何らかの事件とかなかったんですか?」
「ないねぇ。最近オープンしたばっかりなのに、事件なんぞ起こってたまるかっていうんだよ」
「はあ」
草間は目の前にいる男の態度に閉口する。
「パーティ用に大きい部屋なんだ。他の所とちょっと離れてあるんだが……」
そのカラオケボックスは5階建て。1から9までの部屋があるそうなのだが、1階のちょっと離れた所に大きなパーティ用の部屋を設けているらしい。それが110号室。上に部屋もなく、隣とも離れているため、どんなに騒いでも大丈夫なように出来ている。ちょっとした小屋のような状態となっているという。
「そこを使ったお客さんがさ、霊現象が起きるって言うんだよ。画面が変になって女の声が聞こえたり、子どもの声が聞こえたり、たまにノックがしたり、ラップ音がしたり……」
指折り数えながら言う所を見ると、他にもまだまだありそうだ。草間は長く続きそうな話を折り、「それで」と言う。
「その部屋の霊現象を収めればいいわけですね」
「そういう事だ。よろしく頼むよ」
最後まで偉そうに威張り、亀田は去っていった。やっと帰ってくれた客に、草間はほうっと息を吐くのだった。
●興信所にて
草間興信所に、5人の男女が集合していた。件のカラオケボックスへの調査に向かう面々だ。
「カラオケねぇ」
と、長い黒髪に切れ長の青い瞳を持った女性、シュライン・エマ(しゅらいん えま)が呟くように言った。どこか、緊張感の無い喋り方で。
「パーティ用の大部屋だろ?ただ単に賑やかなのが好きな幽霊さんなんじゃないの?」
と、黒髪に黒い目、そして何より不敵な笑みを浮かべている男性、影崎・雅(かげさき みやび)はにんまりと笑いながら言った。こちらも緊張感がない。
「からおけ、ぼっくす……。歌い踊る場の事であるのだな」
と、網代笠からちらりと見える銀の目を光らせながら、護堂・霜月(ごどう そうげつ)は言った。
「踊るかどうかは個人の自由だが……。それよりも笠、邪魔じゃないか?取ったらどうだ?」
と、黒髪に緑の目を持つ青年、工藤・卓人(くどう たくと)が言った。小麦色の肌が爽やかな印象を与える。親切心から霜月の笠に触ろうとするが、その手をぴしゃりと霜月にはたかれる。
「やめよ!……すまん、この笠は何しろ危険なものであるが故」
「いや……俺もいきなりすまん」
突然の出来事に呆気にとられ、苦笑しつつも卓人は謝罪する。霜月もそんな卓人の様子に安心したかのように微笑んだ。
「にしても、歌好きの幽霊か……」
ふむ、と言いながら黒髪に緑の目を持つ男性、雷蔵院・印虎(らいぞういん いんどら)は呟く。そしてにやりと笑う。
「流石は草間興信所!うちとは違って風変わりな依頼で右に出る者はおらんな!」
がはは、と豪快に印虎は笑う。
「て言うか、雷蔵院探偵事務所はどうしたんだよ?何故わざわざここに来るんだよ」
目の前で豪気に笑う印虎に、呆れたように草間は言う。心なしか疲れているようだ。
「それは俺様の所には来ないような依頼をやりたいからに決まっている」
きっぱりと印虎は言い放つ。途端、皆がぷっと吹き出す。草間はむっとしているのと疲れているのとで、大きく溜息をつく。と、その瞬間だった。草間興信所のドアがバアン、と勢い良く開かれた。みなの目がそちらに集中する。現れたのは、ナイスバディの女性だった。赤い髪に赤い瞳、色っぽいその仕種。藤咲・愛(ふじさき あい)だ。
「はぁい。ちょっと小耳に挟んだんだけど……カラオケの怪現象を依頼されたんですって?」
「一体何処で聞いたんだ?」
「客から。亀田さん」
あっけらかんと愛は言う。途端、雅とシュラインがひそひそと耳打ちをする。
「客……って事は」
「そうよね。そういう趣味の人なのね」
くすくす、と笑いあう。
「まずはその店に行かないか?まずは行かない事には何も出来ない気がするぜ」
卓人が提案する。
「それもそうだな。寧ろ歌いに行けばいいんじゃないか?」
雅が頷きながら提案する。
「話をするにも、行かねば何もいかんしな」
霜月が笠の歪みを正しながら言う。
「ストレス解消にも持ってこいだしね!」
愛がにっこりと笑いながら言う。皆が「それは違う」と手を振る。
「依頼人の態度は気に入らんが、行ってやらんことも無いな」
印虎がにいっと笑いながら言う。皆「それもある意味あってるが違う」と突っ込む。
「じゃあ、私はちょっと調べ物をしてから行くわ。皆、先に行ってて」
シュラインは微笑みながらそう言う。皆「了解」と言って、草間興信所を後にする。目指すはカラオケボックス。
●データ収集
シュラインは、カラオケボックスの土地を管理していた不動産屋に来ていた。不動産屋は愛想良く迎えてくれた。
「ああ、カラオケボックスかめたんの事ね」
「かめたん?」
「ええ」
中年女性の不動産屋は、そう言って頷く。
(亀田だからかめたん……!いやあね、妙に可愛い名前で)
シュラインは密やかに笑う。
「それで、土地のことなんですけど……。以前に立っていた物とか分かりますか?」
「以前に?……そうねぇ、普通の空き地だったと思うんだけどねぇ」
「普通……他に何か無いですか?何か噂があったとか」
「噂ねぇ……。まあ、大したものじゃないけど」
「大したものでなくていいんです。ほんのちょっとしたもので」
中年女性は暫く考え、苦笑しながら口を開く。
「空き地だった頃、宴会の声が聞こえていたっていうのよ。でも、実際行ってみると誰もいない。まあ、宴会って言っても囁くような声だったみたいだから、被害と呼べるような騒音でもないらしくてね」
「宴会、ですか」
シュラインはそう繰り返し、考え込む。
(今回起きている、カラオケボックスでの事態。もしかしたら、今までの宴会騒ぎの延長線上なのかもしれないわね)
「有難うございました」
「参考になったかしら?」
シュラインは微笑む。にっこりと。
「ええ、とっても」
かめたん、近所。運良く隣の家の住人が出てきてくれた。
「ああ、カラオケボックスね。結構防音してあるから、騒音で困ってるって事もないんだよ」
「そうですか。カラオケボックスが出来る前と後で、何か変わったこととかありますか?」
「変わったこと?」
「そうです。例えば……宴会の声が聞こえなくなったとか」
住人は驚いたような顔をし、苦笑する。
「そうか、そこまで知ってるんだ」
「ええ、まあ」
「宴会の声、俺は好きだったんだけどね。ひそひそと囁くようにやっててさ。楽しそうだったんだけど」
「今、まだ聞こえますか?」
「それが、もう聞こえないんだよね」
心から残念そうに住人は言う。
(愛されていたのね)
シュラインはそう感じてふふ、と笑う。慈しむように。
「じゃあ、あの宴会の声が戻ってきてもいいんですか?」
「俺は賛成。何か寂しいし」
シュラインは礼を言い、その家を後にする。他に2、3軒回るが、答えはどれも似たものだった。昔から聞こえていたあの声が聞こえないのが、寂しいと。
(田舎で鳴いている蛙の声がぱったりと聞こえなくなったり、海の波の音が突如聞こえなくなったりしたら、不安になるのと同じ現象かしら?)
話を聞いていると、そんな風にも感じた。マスコミに、言った事もあるそうだ。だが、その時には何も聞こえる事は無かったのだという。
(案外、恥ずかしがりやなのかもしれないわ)
妙な親しみを覚えながら、シュラインは微笑む。そのような場所に、カラオケボックスが出来てしまったのも残念な事である、とも。
(また宴会をしたいのかもしれないわね。宴会をしようとしているのかもしれないし)
考えながら歩いていると、目の前に大きな看板が見え始めた。可愛いのと可愛くないのとの丁度中間のような、微妙な顔つきの亀の絵。
「あれが……かめたん」
亀田の顔を思い出し、思わずシュラインは吹き出す。あの亀の絵も、もしかしたら亀田のデザインなのかもしれない。そうすると、あの亀の微妙さは納得できるもののような気がしてくるから不思議だ。
カラオケボックスに入ると、アルバイターの子が出迎えてくれた。
「草間興信所から来たんですが」
「え?もういらっしゃてますけど……」
アルバイターが訝しげに見てくる。無理も無い。恐らく、他のメンバーが先に来ているのだから。
「知ってます。私、後から合流する事になってるんで」
「ああ、そうなんですか」
アルバイターがほっとしたように笑う。
「それで、亀田さんはいます?」
「今、草間興信所からいらっしゃった方と話しをされてますけど」
「じゃあ、私もそこに行ってもいいかしら?」
シュラインはにっこりと笑った。アルバイターは快く案内してくれるのだった。
●応接間
コンコン、と応接間をノックする。「何だ?」と、応接間の中から亀田の妙に不愉快さを増すような声が聞こえた。
(あんなんでも、一応客だものね?武彦さん)
苦笑しながら、心の中で草間に問い掛ける。今頃くしゃみの一つでもしている事だろう。
「草間興信所の方を、もう一人お連れしました」
そう言いながら、アルバイターはドアを開ける。そして、そこに広がる光景に硬直してしまう。
「……愛、さん?」
シュラインも覗き込んで動きを止める。そこにいるのは愛と亀田だった。それだけなら、別に何とも思わなかった。しかし、愛が鞭を握りしめながら見下すように四つん這いになった亀田を見ていたのだ。動きがとまらない筈も無い。
「あら、シュラインさん。びっくりしたかしらぁ?」
「……したわね」
呆気に取られながら、シュラインは答える。愛の顔は、恍惚に入っていた。サディスティックな面が表に出ているのであろう。
「し、失礼します」
アルバイターは慌ててそこを後にする。亀田が妙に赤くなってシュラインを見てくる。
「な、何の用だ?」
「お話しを聞きに来たんですけど……」
「話だと?」
睨み付けるようにシュラインを見てくる亀田に、ピシャリ、と鞭が飛ぶ。
「いい度胸してるわねぇ?子猫ちゃん。態度が大きくてよ?」
「は、はい!」
愛の前では、亀田はまるで借りてきた猫のようだ。
「……愛さん、とりあえず座らないかしら?」
シュラインに言われ、愛は仕方ないといったようにソファに座る。愛用の鞭も、ポケットに仕舞いながら。亀田も慌ててソファに座りなおす。
「そろそろ吐いたらどうなの?過去に、変な事したんでしょう?」
愛がピンヒールの踵で亀田の足をぐりぐりと詰りながら尋ねる。鞭は無くとも、女王様の健在だ。
「愛さん、痛いんじゃないの?」
シュラインは詰られている足を見ながら尋ねる。だが、愛は誇らしげに微笑む。
「痛くは無い筈よ?少なくとも、今は」
にっこり、と微笑む。亀田の顔にも苦痛に歪む様子も無い。シュラインはとりあえず気にしない事に決める。
「過去って……何もないですよ」
亀田が汗をかきながら答える。シュラインは愛に耳打ちする。
「過去に何かあるの?この人」
「さあ?あるんじゃないかな?と思って」
(直球勝負のような人ね)
シュラインは思わず微笑む。
「無いの?本当に?……もし嘘だと分かったら……」
再び、鞭の登場。亀田は慌ててこくこくと頷く。
(亀田さんにとっては嬉しいんじゃないかしら?)
ふと、シュラインは思うが黙っておく事にした。
「そうそう、亀田さん。ここにカラオケボックスを設置してから、何か声が聞こえたとかはないですか?」
「声なら、霊現象で……ぎゃっ」
ふてぶてしく答える亀田が、急に悲鳴を上げる。愛のピンヒールの威力だ。
「そうじゃなくて、宴会のような……」
「そういうのは聞いてな……聞いてません」
「そう」
にっこりと笑い、シュラインは愛を促して応接間を後にする。
「シュラインさん、さっきの何?」
「宴会?」
こっくりと、愛が頷く。シュラインは意味深にふふ、と笑う。
「それは、皆と合流してから話すわ。ね?」
「了解」
愛もにっこりと笑う。
(何だか、女同士の秘密の共有って感じね)
小さく、シュラインは思うのだった。
●宴会
110号室に皆が揃う。調査員と、原因となっている霊達。
(役者は全て揃っているのね)
シュラインは小さく苦笑する。
「そもそも、この土地では宴会が行われていたらしいわ。囁くような声で」
シュラインは、そう切り出した。
「近くの住人達も、その声を聴いて生活していたから、その声が聞こえなくなって寂しがっていたわ」
「でも、宴会の声なんて、煩かったんじゃないのか?」
雅が尋ねると、シュラインは苦笑しながら答える。
「それがね、本当に囁くような声なんですって」
「じゃあ、もしかしてこの110号室の霊現象って……」
愛が口を開くと、それを霜月が続ける。
「うむ。宴会をしているのであろうな」
「ああ、せこいぞ!俺様が愛と話したかったのに」
印虎が妙な所で、霜月を睨む。
「成る程。これで謎がわかったな。……俺は霊道を見つけてもらったんだが、それは霊自身が強くこちらに来たいと念じなければ、被害は出ないようなものだった」
卓人がそう言うと、雅がにやりと笑う。
「つまり、幽霊さん達はこの宴会に来たいと強く念じているんだな」
「まあ、そういう事よねぇ」
愛はそう言いながら、周りの霊達を見回す。
「じゃあ、この中のリーダー格みたいな人に聞いてみたらどうかしら?」
「それもそうだな。……ええと、誰?」
卓人が霊達に尋ねると、美女が手をあげる。先ほど印虎の問いに対して微笑んで返した霊だ。
「どうでしょう。私たちの出すクイズに正解したら、その条件を飲むという事で」
「条件?」
シュラインが尋ねる。卓人は苦笑しながらその問いに答える。
「客にサービスしたらどうかって提案したんだよ。ほら、話題つくりにもなるし」
「あ、それいいかもしれないわねぇ」
愛がにっこりと笑って賛同する。
「クイズは、私たちがカラオケの曲を選曲しますから、それを見事歌い切れたらあなた方の勝ちということで。ただし、一人一曲までとさせてもらいます」
「つまり、曲当てクイズ……か。面白そうだな」
雅はにやりと笑う。「受けて立つぜ!」
霊はにっこりと笑ってリモコンを上手に操り曲を入れていく。すると、妙に懐かしみのあるフレーズが響いた。
「ナツメロね!あたし!あたしが歌うわ!」
愛が手をあげ、マイクを持つ。立ち上がり、自己陶酔しながら歌う。心なしか、鳴いているようにも見える。入れ込むタイプらしい。歌い終わると、霊達は大喜びしながら手を、もといラップ音をかもしだす。
次に響くのは、コミカルな音。有名なアニメソングだ。
「どうする?歌える人は?」
歌い終わった愛が尋ねる。これで愛はもう歌えないからだ。手を挙げるのは、雅・シュライン・卓人。
「でも、俺ロックのがいいんだけ……」
「じゃあ、卓人さんよろしくー」
愛の独断でマイクが渡される。卓人の「ロックのが」という言葉は聞こえていないようだ。卓人はマイクを握り締め、力の限り歌う。コミカルなアニメソングが、ロック調の曲に変わる。霊達も大はしゃぎだ。
次に響くのは、英語の歌詞の多いポップスだった。今、流行の。
「……では、私が」
霜月がすうっと立ち上がる。皆の目が霜月に集中する。坊主がポップス。世の中が変わったものだと思いながら。が、霜月が歌い始めると皆の目は点になった。霜月は英語の歌詞部分を全て日本語ちっくに歌うのだ。それでも霜月はのりのりで、いつの間にやら懐から手ぬぐいを出してきて振り回している。皆の心は一つになる。……いいのか、坊さん!
「ふう……。覚えたばかりの歌で緊張したが……」
歌い終わった後、霜月はそう言って手ぬぐいで額の汗を拭った。
(嘘だわ)
シュラインは思わず心の中で突っ込む。霊達も言葉には出さないものの、大分驚いている様子だ。
次に流れたのは、演歌。誰も何も言っていないのに、自然と霊達の目は雅に降り注がれる。何かを期待するかのような目だ。
「あー……じゃあ、俺が」
苦笑しながら雅は歌いだす。先ほど演歌を披露してしまったせいであろう。霊達も大はしゃぎだ。
次に流れたのは、洋楽のバラード。シュラインがマイクを手に取ろうとすると、それを奪い取るように印虎がマイクを持ち、前に立つ。
「すまん!俺様は、これが歌いたいのだ!」
印虎はそう主張すると、歌い始める。好ましくないといっていたのもなんとやら。ノリノリである。
「あの人……そんなにも歌いたかったのね」
呆気にとられながらぽつりと呟くシュラインに、思わず皆が苦笑する。霊達も、その一連の出来事に大受けだ。
「すまなかったな……。今度、俺様が何か食事でも奢るからな」
印虎はシュラインの手を取り、甲にキスする。シュラインは苦笑しながら「遠慮しますわ」と答える。
「では、最後ですね」
霊が嬉しそうに言い、曲を入力する。シュラインが前に立って曲を待ち構える。声のエキスパートであるシュラインに、歌えない曲など無い……筈だ。流れ出したのは、ラップ。
「ええー!」
思わずシュラインは声をあげる。
「シュラインさん、乗り切れ!大丈夫、何とかなるなる!」
卓人が励ます。雅は人事だと思って笑い、愛は呆気に取られ、霜月は羨ましそうな顔をし、印虎は「俺様では無理だったな……」と呟いている。シュラインは半分自棄になりながら歌い始める。皆の心配もよそに、シュラインは完璧に歌いこなす。
「さすがだねぇ」
雅がにやりと笑いながら言うと、シュラインは溜息をつきながら軽く睨む。
「見てたわよ?笑ってたでしょ」
「あははーごめんって」
霊達を見ると、皆満足そうに手を叩いていた。嬉しそうだ。
「こんなに楽しい宴会は、久しぶりでしたわ。皆さん、有難うございます」
「条件、飲みます。微力ですけど」
口々に言う、霊達。微力の方が害が無くていいと、皆ぼんやりと考える。
「じゃあ、そういう事で宜しくね」
シュラインが言うと、霊達はにこにこと笑いながら頷いた。皆、安心して顔を見合わせる。
「じゃ、折角だから歌おうぜ!」
雅の提案に、皆が同意する。カラオケの本を必死になって捲り始める。
「今度こそ、ちゃんとした歌を歌うんだから!」
妙に真剣になりながらカラオケの選曲をするシュラインに、再び笑いが起こるのだった。
●結
カラオケを十分堪能した後、亀田に報告に向かった。
「霊達は、ただ宴会を楽しみたいだけです。望まれればサービスをしてくれると約束してくれましたよ」
シュラインの言葉に、亀田は訝しそうに見る。
「サービスって言われてもねぇ」
「だから、霊体験の出来るサービスがあるカラオケとしてやればいいじゃないか」
卓人が言うと、亀田はうーんと唸る。
「意外とうけると思うぞ?何しろ、こんなカラオケボックスなど存在した事がないのだからな」
印虎が言っても、亀田はいまいち煮え切らないようだ。
「珍しさにかけては日本一かもしれぬぞ。有名になるのは必至」
霜月が言うと、亀田の肩がぴくりと反応する。後一押し。皆が感じる。
「ほら、良く聞くじゃない。肝試しに訪れる人が絶えません……みたいな霊スポットの話とか」
雅が言うと、亀田は「そうかな」と言う。あと、もう少し。
「ともかくやってみたら?ねぇ?」
愛が妖艶に微笑む。亀田は顔を赤らめながら何度も礼をする。
「はい、はい!勿論です!」
その様子に、皆が釈然としない思いを抱く。一種の哀れみも含みながら。
「骨抜きだねぇ、おっさん」
雅がぽつりと呟く。その言葉に皆が笑う。
「それで、草間興信所の方はいつ頃お帰りになるんですか?」
亀田が皆に尋ねる。そういわれ、印虎は人数確認をする。シュライン・雅・卓人・霜月・愛、そして自分をいれて計6名。誰一人として欠けてはいない。
「皆、いると思うが?」
「いや、だってまだ110号室は……」
皆で慌てて110号室に向かう。宴も酣、霊達のカラオケ大会。
「あのさ、今日はその辺でまた今度にしてくれないかな?」
卓人が言っても、霊達はただにこにこと笑うだけ。まだまだ足りない、といわんばかりに。
「……はっ、この曲は!」
その時流れたのは、今一番流行っているポップスだった。軽めの男性ボイスで人気の歌手の歌だ。霜月はマイクをさっと取り上げて熱唱し始める。勿論、英語部分は全て日本語読みで。
「……いいなぁ、あたしも歌っちゃおう!」
愛の手が、カラオケの本に伸びる。リモコン操作を片手に。
「うぬ、ならば俺様とデュエットをしてもいいのだが」
愛の隣にちゃっかりと座り、印虎が誘う。
「……よっしゃ、こうなったら気が済むまで付き合っちゃる!」
雅もそう言ってカラオケの輪に入る。霊達がより一層嬉しそうにはしゃぎ始める。
「あのう……」
亀田がおずおずとシュラインに話し掛ける。シュラインはにっこりと笑いながら提案する。
「じゃあ、今日はオールで借りさせてもらうわ。勿論、必要経費で」
「ええ?」
「あら、なんなら愛さんに頼みましょうか?」
「い、いえ!どうぞ!」
亀田が去っていくと、シュラインも笑いながらカラオケの本に手を伸ばした。その歌声は、翌朝まで続くのだった。
後日。草間興信所にかめたんからの報告が入る。件の110号室は、あれ以来手軽に楽しめる霊スポットとして中々の人気を誇っているのだという。しかし、それ以上に一人でカラオケに来る客に人気なのだという。何でも、一人で来ても寂しくない上に練習代わりになるとか。ただ、110号室に入る客はどうも時間延長の傾向があるらしい。
(無理もないわ、全く)
未だに痛む喉を気にしながら、シュラインは苦笑するのだった。
<依頼完了・喉飴購入予定付>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0825 / 工藤・卓人 / 男 / 26 / ジュエリーデザイナー 】
【 0830 / 藤咲・愛 / 女 / 26 / 歌舞伎町の女王 】
【 0843 / 影崎・雅 / 男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】
【 1069 / 護堂・霜月 / 男 / 999 / 真言宗僧侶 】
【 1164 / 雷蔵院・印虎 / 男 / 999 / 探偵事務所所長+自称・神様 】
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■ ライター通信 ■
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お待たせ致しました。ライターの霜月玲守です。この度は私の依頼に参加いただき、有難うございました。如何だったでしょうか。
今回は得意な歌のジャンルを教えて頂きました。曲名の指名もあったのですが、一応ジャンルのみにさせて頂きました。ご了承していただけると幸いです。
シュラインさんは、いつもながらのデータ収集をメインにして頂きました。その所為で途中合流となってしまいましたが。
カラオケに関しては、苦手なものがないという事で、ラップを歌って頂きました。個人的にとても聞きたいです、シュラインさんのラップ。
今回も、少しではありますが一人一人の文章となっております。お暇な時にでも、他の方と照らし合わせてみて下さいね。
ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその時まで。
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