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<東京怪談・PCゲームノベル>


MEMORIAL

「へぇ……このテディベアがねぇ?」
濃紺のスーツの腕を組んでシュライン・エマは小さなテディベアを見つめた。
古びてはいるが何の変哲もないぬいぐるみである。ふかふかの柔らかいベージュのボア地に濃い茶色の目玉。首に結んだリボンは青い。
レースのカーテンの掛かった窓辺に座った様子は可愛らしい。しかし、このテディベアが泣きながら母親を捜すのだそうだ。
偶然そんな話しを聞きつけて、シュライン・エマは天王寺綾に調査を申し出たのである。
もう30分ばかりじっと見つめているが、今の所異変はない。念の為何度も体を触って確かめたが、マイクや電池の類は見当たらなかった。
「さて」
シュラインは細い指をこめかみに当てた。
「この子、一体何処で購入したのかしら?」
振り返り、部屋の入口当たりで遠巻きにこちらを見ている天王寺に尋ねる。
「以前の持ち主について購入先から何か聞けないか連絡入れてみましょ。それと、姿は見えなくても声は聞こえるって事はこのテディベアに直接話しを聞く事が可能かもしれない。」
そこでふとシュラインは首を傾げた。
「でもその場合、金縛りになったら困るわねぇ……」
話しをしようにも金縛りで声も出なくなってしまってはどうしようもない。
一瞬真面目に悩んでいるシュラインを見て、天王寺は恐怖心を忘れて少し笑った。
「そのぬいぐるみ、イギリスの骨董店で見つけてん」
偶然店頭で見たのが一目で気に入り、帰国して航空便で送った荷物を受け取ったのは数日前。包装を解き、窓辺に置いたその夜に声が聞こえて胸の処まで移動してきたのだと天王寺は説明した。
「それは毎日なの?必ず決まった時間があるとか?」
尋ねるシュラインに天王寺は首を振った。何を隠そう、あの夜以来管理人の部屋に逃げ込んでいる。つまり、泣き声を聞いたのはたったの一度だけなのだ。
「でも、絶対夢やあらへん。」
天王寺は必死の様子で言った。ここで冗談だと思われて帰られてしまっては困る。
そんな天王寺を安心させるかのように、シュラインは少し笑って言った。
「一応夜中になる前にテディベア自身かこの子に憑いてる子供さんか……兎も角母国語なんだろう英語で家に帰る為に必要なお話を聞きたいって事を話しかけておきましょ。で、お母さんを探して動きまわり始めたら出来るだけ怖がらせないように一緒にお母さんを探しましょって声を掛けてみるわ。居た家の様子や知ってる地名。食事等何でも良いから情報を聞き出し、後で仕入れた話しと照らし合わせて何とかお母さんと逢わせてあげたいのだけど…。そうすればこんな怪現象も収まるでしょうし、」
そこで安堵の表情を浮かべた天王寺からテディベアに視線を移し、あどけない茶色の瞳に微笑みかける。
「何より頼りな気で可愛そうだもの、この子……」
きりりとした目元に優しさを浮かべて、シュラインは呟いた。


「さて、どうなるかしらね……」
呟いたシュラインの耳に、ふと小さな声が届いた。一瞬、風の音かと思ったが違う。
「………」
シュラインは耳を澄ましてテディベアを見た。
消えそうな声……それは確かに、泣き声だった。まだ幼い……3つ、いや4つくらいの子供だろうか。シュラインは息を飲んで椅子にもたれた背筋を伸ばした。
(良かった、今の処金縛りにはなってないわね)
≪...mam...≫
心細げな声。
その声と共にテディベアが僅かに動いた。それは目の錯覚ではなく、確かに、下がっていた手が持ち上がったのだ。
≪mam?....where are you...≫
シュラインは口を開いた。
小さく囁くような声で、テディベアに向かって言葉を発する。驚かせないように一寸も体を動かさない。
「boy,don't cry」
テディベアの体がゆっくりと動き出した。ロボットがスローモーションで動くように立ち上がる。
≪mam!Are you there?≫
泣き声が、僅かに嬉し気なトーンになった。
「No,I'm not your mam. But I want to help you.」
≪I don't need help! I want to go home. I'm looking for mam. Not you!≫
一転して、やや頑固なトーンになる。シュラインは眉をひそめてテディベアを見た。
まるで子供向けのファンタジーを見ているようだ、と思う。
目の前で、さっきまで確かに何の力もなく座っていたぬいぐるみが、動いている。そして、全く意志の欠片も感じられなかった硝子の目玉がはっきりとシュラインを捕らえている。
≪Did you hide mam?≫
≪Where did my mam go? Why isn't mam in my side?≫
≪Who are you?≫
さっきまでの泣いていた心細げな声とは打って変わって、少々舌足らずな、駄々をこねるような甲高い声。
シュラインは名乗って、一緒に母親を探したいと伝えた。
≪Can I meet mam?≫
「Yes, I want to know yourself.」
シュラインが名前を尋ねると、テディベアはゆっくりとこちらに歩きながらEdwardと名乗った。4歳らしい。
「Tell me about your house.」
≪My house? It is made of brown brick. Many flowers in the yard.Mam always places flowers on the window. Mam speaks many tales with me.≫
「tales?」
≪And sings me songs.≫
「nice.」
声の調子から、テディベアが警戒を解いたのが分かる。
「What song is sung?」
ふかふかの足で音もなく絨毯の上を歩き、テディベアはシュラインの座る椅子までやって来た。
確かにぬいぐるみなのだが、声が聞こえる所為か嬉しそうな表情に見える。
≪lullaby!≫
ベージュの前足を伸ばしたテディベアを抱き上げて、シュラインは胸に抱いた。
テディベアはぬいぐるみとは思えない動作で首を曲げ、シュラインの胸に頬を埋めた。
≪Your voice... resembles my mam...≫
シュラインはテディベアの頭をゆっくりと撫でた。すると、テディベアは小さな声で歌い始める。
≪Good night, my dear.Animals in woods slept in nest. A dear boy sleeps on the breast of mam.≫
聞いたことのないメロディだが、たどたどしい歌い方が可愛らしい。
≪Good night, my dear.Have sweet dreams,baby.Good night, my dear.Have sweet dreams.≫
緩やかなテンポに合わせて頭を撫でていると、自分まで眠くなってしまいそうだ。
≪I'm sleepy. Would you sing me a lullaby instead of mam?≫
もしこのテディベアに瞼があれば、閉じてウトウトするのではないかと思うような声で子供は言い、シュラインはその眠たげな声の可愛さに微笑んだ。
「okey.I'll try.」
喉を鳴らして、シュラインは声を整える。彼の母親に似ていると言うから、声を変えたり誰かを真似たりする必要はない。さっき少年が歌った子守歌のメロディと歌詞を思い出しながら、シュラインはゆっくりと声を発した。
「Good night, my dear.Animals in woods slept in nest.」
優しく、穏やかに。
「 A dear boy sleeps on the breast of mam.」
一言一言を話しかけるように、シュラインは歌った。
「Good night, my dear.Have sweet dreams,baby.」
なで続ける小さな体にシュラインの体温が伝わり、暖かくなってきた。テディベアは頭を揺らしてシュラインの子守歌を聴いている。
「Good night, my dear.Have sweet dreams.」
歌い終わり、再び初めから繰り返す。
「Good night, my dear.Animals in woods slept in nest. A dear boy sleeps on the breast of mam.Good night, my dear.Have sweet dreams,baby.Good night, my dear.Have sweet dreams.」
この少年の国に伝わる歌だろうか、それとも母親の自作だろうか、シュラインは何度も繰り返し歌いながら子供を寝かしつける母親の姿を思い浮かべた。そして、優しい母親の胸で眠る子供の姿を思い浮かべた。
≪good night,mam...≫
もう殆ど眠ってしまった、寝言のような声にシュラインは歌うのを辞めてテディベアを抱く腕に僅かに力を込めた。
「Good night,baby」
茶色い糸で刺繍された唇に軽いキスをして言うと、テディベアの顔に笑みが浮かぶ。
その瞬間、カーテンを引いた窓から光が射し込み、テディベアを包み込んだ。
「……何……?」
胸に抱いたテディベアの体がふわりと持ち上がり、宙に浮いた。
そして、手を伸ばしかけた瞬間に、ポサリと床に落ちる。
「……?baby?」
拾い上げたぬいぐるみかから、先程までの力が感じられない。
「beby? Are you okey?」
軽く揺らしたが、反応はない。昼間と同じただの何の変哲もないぬいぐるみに戻ってしまった。
≪Thank you for singing.≫
声にハッと顔を上げる。しかし、その声はテディベアではなく全く違う処から聞こえ、後には静寂が残った。
「……もしかして、成仏しちゃった……?」
それでは随分あっけない。しかし、今の光と声、そして手の中の力のないぬいぐるみ。どう考えても成仏したのではないかと思えてしまう。
「子守歌が聴きたかったの……?」
シュラインはダラリと手を下げたテディベアに話しかける。母親を探すつもりが、結局探せないままに終わってしまうのだろうか。
「子守歌くらい、幾らでも歌ってあげる。あなたのmamを探してあげられなくてごめんね……」
シュラインは再びテディベアを胸に抱いて、歌った。
彼の母親に似ていると言う声で。
Good night, my dear.Animals in woods slept in nest. A dear boy sleeps on the breast of mam.Good night, my dear.Have sweet dreams,baby.Good night, my dear.Have sweet dreams.


翌朝、昨夜の内にイギリスに電話を掛けた天王寺から詳しい話しを聞くことが出来た。
あのテディベアは骨董店の先代が知人から引き取ったものらしい。既に亡くなった先代の享年は85。知人は先代の幼なじみで、80で亡くなった婦人だと言う。婦人の一人息子の名前はEdward………。4歳の時、病気で亡くなってしまった。テディベアはEdwardの持ち物で、婦人は息子亡き後、自分の子供の様にテディベアを大切にし、毎晩子守歌を歌って聞かせていたらしい。先代が亡くなって、テディベアは10年ショウウィンドウに座り続けていたそうだ。
その10年の間に、変わった様子がなかったかどうかは聞き出せなかったらしい。
「うち、日本になんか連れて来てしもて悪い事したわ……」
たった4歳で亡くなった子供の意識がテディベアに宿り、母親の側に居続けたのだろうと話したシュラインに天王寺は言った。
「きっと、吃驚したやろうな。ママもおれへんし、言葉は分からへんし。もしかしたら、ショウウィンドウでもずっとママを探してたんかも知れへん」
「この子が母親を探していたのは、きっと毎晩眠れなかったからでしょう。子守歌を聴きたかったのよ」
母親の声に似たシュラインの子守歌で、テディベアに宿った子供は漸く眠りに付く事が出来たのだ。
「眠りについて………、きっとあの世で母親に会えたわね」
この小さな体が、母親を求めて泣くことはもう二度とないだろう。
「Good night, my dear.」
古いテディベアに囁いて、シュラインは天王寺の部屋を後にした。

end

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト

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■         ライター通信          ■
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ありがとうございました。
本文中も英語を使って構わなかったでしょうか(汗)