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<PCシナリオノベル(シングル)>


■鬼社■

 銀色の髪の毛をふわふわ揺らしながら、ちっ
ちゃな男の子が、駆けていた。手には大事そう
に紙切れを握りしめ、時折足を止めて現在位置
を確認している。
 本来、この紙切れは別の人間に手渡されるも
のであった。草間が小さな子供達から、三千円
で受けた依頼。小さいながら、真剣で必死だっ
た。自分は‥‥こんこんは、草間が依頼の話を
子供から聞いている間、じいっとその様子を、
草間の横で見つめていた。
「さて、どうするかな‥‥」
 草間は、この依頼を誰に解決してもらおうか
と、メモを眺めている。草間自身じゃ解決出来
ない依頼らしい。
 これは、こんこんの出番かも!
 そりゃあ、生まれてまだ間もない狐だけど、
狐は本来一年を経れば大人として独り立ちする
もの。ヒトの姿にだって、成れるのだ。
 こんこんはぴょん、と草間の肩に飛び乗ると、
頭に手を乗っけて、草間の手の中にあるメモ用
紙を見た。草間はこんこんを降ろそうと腕を伸
ばしたが、こんこんはその手を交わすと、床に
着地した。くるり、と草間を振り返ったこんこ
んの口には、白い紙切れが‥‥。
「ん? ‥‥あっ‥‥待て!」
 草間は、手の中にあったはずのメモ用紙がな
い事に気づき、こんこんに声を張り上げた。
(これは、こんこんが解決するの! 草間は、
待ってるの)
 こんこんは、草間の制止を振り切って飛び出
していった。

 発端は、古い常駐神主の居ない神社で起こっ
た。年に一回、祭りの日に人が集まる以外は、
めったと大人の出入りは無い。しかし、参拝客
も居ない小さなこの神社は、今は子供達のかっ
こうの遊び場となっていた。
 階段を上がると、塗料の剥げかけた古い鳥居
が待ちかまえている。その奥には小さいながら
も神楽舞台が、そして普段は閉じられている本
殿への扉。
 裏手に回ると、鬱蒼と茂った竹林の中、ひと
きわ大きな木がそびえ立っていた。祭りの前に
は、この大きなご神木の注連縄を必ず取り替え
ているらしい。
 こんこんはちいさな子狐の姿へと戻ると、古
い神社の探索を始めた。ヒトの手入れはされて
居ないが、雑草の生えた境内や、ぎしぎしとき
しむ音が鳴る神楽舞台を歩き回るのは、ワクワ
クする。竹林を駆け回ったあと、社の下に潜り
込んで見た。置き去りにされた古いお金や、子
供のおもちゃ。そして静寂。残された古い独楽
をくわえ、社の下を飛び出すと、雨水や苔のあ
とが残った狛犬にぴょん、と飛び乗った。
 社の向こう側から、大きな杉の木がこちらを
見ている。こんこんはじいっとその木を見つめ、
口から独楽を落とした。
 なんと大きな木だろう。
 そろりそろり、と木の側に近づいたこんこん
は、根元に落ちている注連縄をつついた。
 注連縄は、途中でちぎれている。草間の話で
は、子供が木に登った時に切れたのだと言うが、
おそらく子供達は何度もこの木に登って遊んで
いたのだろう。だから、縄が木の皮と擦れて、
縄の細い部分から切れてしまったようだ。
 だが、それだけではない。
 強い霊気と、血のにおいがする‥‥。
 子供達はここで遊んでいて注連縄を切り‥‥
現れた鬼に捕らわれた。
 こんこんはちょっと後ずさりをしてしまった
が、草間の顔を思い浮かべ、意を決した。
(ここに、子供を虐める悪いヤツが居るの)
 とらわれた子供を助ける為、そして草間がよ
ろこぶ顔を見る為に。
 ヒトの子供の姿に変化したこんこんは、木の
側に落ちた注連縄を振り回してみたり、木をペ
チペチと叩いて見た。
「鬼さん、出て来ーいっ! こんこんが相手に
なるぞ!!」
 蹴りっ。
 こんこんは首を傾げて、木を見上げた。
(‥‥何も出て来ない‥‥)
 このまま何も出てこなければ、草間の依頼を
解決する事は出来ない。
(捕まった子と同じように、登ってみたら出て
くるかも‥‥)
 と、木に足をかけて登ろうとした時、木の中
からすうっと細長い手が伸びてきた。白く細い
女性の腕だった。その腕はこんこんを捕まえる
と、木から上半身を現して掴みあげた。
 銀色の髪に、透けるような白い肌。肌と同じ
ように純白の着物を身に纏っている。美しい顔
と対照的に、鋭い角が頭部から生えていた。
 すらりと細い足を着物の裾から覗かせ、女性
は木から出てきた。
『小五月蠅い餓鬼め‥‥まずはお前から喰うて
やろうか‥‥』
 ぎゅっ、と鬼の手がこんこんの首を掴んでい
る。苦しさに、こんこんはじたばたと暴れた。
 それでも離さない鬼に向け、こんこんは狐火
を放って牽制した。鬼はとっさに顔を背け、手
の力を緩めめ。その隙に、こんこんは手を逃れ
てくるりと空で一回転、着地した。
 怖そうな顔で、鬼が睨んでいる! どう贔屓
目に見ても、良い鬼ではなさそうだ。
「‥‥あの‥‥鬼さん、こんこんは貴方が捕ま
えた子を、返して欲しいの」
 鬼は、小さなこんこんを見下ろしながら、唇
の端を釣り上げて笑っている。
『ふふ、それは聞けぬな。返して欲しければ、
もっと仲間を連れて来い』
 “連れて来たら、どうするの?”などと、聞
くまでもなさそうだ。彼女の着物の裾は、紅く
染まっていた。なんか、血の色っぽいぞ。
「あなたは‥‥ヒトを食べる?」
『無論じゃ』
「じゃあ、ヒトを食べるから封印されてたの!」
 やっぱり、といった表情で、こんこんは目を
まん丸にさせながら叫んだ。鬱陶しそうに、鬼
はこんこんを睨む。
『それが何じゃ!』
 鬼の手が、こんこんに伸びてきた。するり、
とその手を交わすと、こんこんは鬼に牙をむけ
た。だが、相手は木に封じられた程の相手。
 こんこんを、右手が軽く跳ね飛ばした。激し
く地面にたたきつけられ、悲鳴を上げる。
 起きあがる間も無く、こんこんは鬼に捕まっ
ていた。
 うっすらと紅い唇の中から覗く、鬼の牙。
 鬼は手の力をめいっぱい込め、こんこんの首
を締め付けた。
「わ‥‥悪い鬼さんは、こんこんがめっ! て
するのっ!」
 薄れる意識の中、こんこんは元の姿へ、狐に
戻った。急に小さくなったこんこんにとまどい、
鬼の手の力が抜ける。こんこんは再び鬼の手か
ら逃れると、今度はめいっぱい炎を吹き付けた。
 これも、さほど鬼にダメージを与えられてい
ない。やはり、こんこんが鬼を倒す事はむずか
しいのか‥‥。
 すると、急に鬼が大人しくなった。
『すまぬ、先ほどの事は嘘じゃ。そう言えば、
またここに来てくれるかと思うて‥‥』
「どうして嘘を言うの?」
 鬼は、そうっとこんこんを見た。うるうると
目が潤んでいる。
『長い間、ここに閉じこめられておって寂しい
のじゃ。誰も来てはくれぬ』
「どうして、閉じこめられたの?」
 こんこんは、先ほどの質問をもう一度、彼女
に投げかけた。
『悪い人間に、閉じこめられたのじゃ』
 悪い人間と? そんなヒトが居るとは‥‥。
「こんこんが、めっ、てしてあげるよ! どこ
に居るの?」
『残念じゃが、その者はもう居らぬ。なぜなら
のう‥‥』
 びくっ、とこんこんは肩をすくめた。また鬼
が怖い顔をしてる! 
 突然鬼は右手の爪を、こんこんに斬りつけた。
すさまじい一撃で、こんこんの体が斜めに斬り
裂かれる。瞬間飛び退く事で、なんとか致命傷
は避けられた。
 しかし、どくどくと傷口から血がしみ出てい
る。こんこんはよろり、と立ち上がった。
「う、嘘はダメなの‥‥」
『ほほ、嘘ではない。わたしを封印した悪い巫
女は、わたしがここに取り込まれる前、最後の
力を振り絞って殺してやったわ』
 勝ち誇ったように、鬼は笑っている。
 ふと、こんこんは視線を鬼の向こうに向けた。
 鬼は、こんこんがこちらを見ていると思って
いる。ゆっくりと視線を、鬼に向けた。
「悪い鬼さんは、こんこんが許さないの!」
 こんこんは鬼の真正面に飛び込んだ。が、目
標は鬼ではない。鬼の向こうに落ちてある、注
連縄の端をくわえたのである。
 ぐるり、と木の周りを一週すると、反対側の
端を手に掴んだ人影に、飛びついた。
(草間だ!)
 草間は、こんこんのくわえた縄を手に取ると、
切れた注連縄を再び結わえた。鬼に気づいてい
るのか、気づいてないのか、草間は冷静だった。
『させぬっ!』
 鬼が、注連縄を括ろうとする草間に掴みかか
ろうとする。こんこんはうなり声を上げると、
鬼の顔に飛びかかった。
『餓鬼めが!』
 鬼がこんこんを切り裂こうとしたその時、草
間の作業は完了した。再び繋がる、結界の壁。
 聖なる力が鬼を、ご神木の中へと引き戻して
いく。
 草間は、恨めしそうな顔をして消えた鬼の横
をゆっくりと通り過ぎ、反対側へと歩いていく。
草間がのぞき込んだそこには、気を失った小さ
な男の子が、座りこんでいた。
(よかった‥‥殺されてなかったの)
 こんこんが、ちょっ、と子供の頬を舐めてや
ると、ぴくりと子供の瞼が動いた。

 夕暮れの神社は、ちょっと怖くてちょっと寂
しい。こんこんは、社の階段に座って鳥居の方
を見つめている草間の膝に、ちょこんと座り込
んだ。そっと草間の手が、こんこんの頭を撫で
つける。
 草間は、こんこんが喋っていたのを見たのだ
ろうか? 鬼の事が見えたのだろうか?
 静かに草間の視線が、こんこんに降ろされた。
「ここには昔、鬼が出たそうだ。子供を亡くし
た悲しみで鬼になったとか、恋人に裏切られた
恨みだとか、色々言われているが‥‥悲しい事
があったから鬼になったんだろうな」
 こんこんは、草間を見上げる。
「だから、巫女が鬼を退治せず、ここに封じた。
‥‥俺はそう思うな」
 こんこんも、そう思う。そう言いたくて、こ
んこんは草間の顔をぺろりと舐めた。うっすら
と笑った草間は、突然何かを思い立ったように
ポケットに手を入れた。
 くしゃくしゃになった、紙切れが3枚、草間
の手から出てきた。
 あの子供達がくれた、三千円だ。
「ご苦労さん。‥‥さて、これでご褒美でも買
ってやるとするか」
(油揚げ? 油揚げなのっ?)
 うれしそうに駆け回るこんこんを、草間はや
さしい視線で見ていた。