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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


血の涙を流す御神木


------<オープニング>--------------------------------------


『神奈川県横浜市郊外で男性(会社員28歳)の刺殺死体を発見。被害者は胸を包丁で突き刺されていたが、血が流れた痕がなかった。』
「ひぃ〜。怖いことがあるもんですねえ。」
 月刊アトラス編集部において、三下忠雄は新聞を読みながら震え上がった。碇麗香編集長から面白いネタを探せといわれて、素直に今日の新聞欄を覗いている途中であった。
「血が流れないなんてホラーじゃないですかぁ。吸血鬼なんでしょうかねえ。でも、死体は男性だって言うし。」
 吸血鬼は女性しか襲わないという固定観念に縛られている三下は見なかったことにしようと、次のページを捲った。
「あら。何かしらこれは。」
 編集長のデスクから、碇女史の声が洩れた。今度はどんな無理難題の取材をさせられるのだろうかと、三下は見つからないように身体を縮めた。
「御神木が血を流したんですって。しかも、その中心では藁人形が五寸釘で打ち付けられていたそうよ。」
「場所はどこですか?」
「神奈川らしいわね。」
「ひいぃぃぃぃ〜〜〜。」
 単なる恐怖から三下は悲鳴をあげた。そして、先ほど自分が見ていた新聞記事と妙に一致していることに気付いてしまう。
「まさかそんなことあるはずないです! ええ。気のせいです。気のせい!!」
 必死に首を振って否定する三下の肩に、ぽんと碇女史の手が置かれる。
「三下くん、楽しそうね。心当たりがあるなら取材をお願いしてもいいかしら?」
「ぎゃーー!!」
 三下の絶叫が編集部中に響き渡った。



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「三下様が行くならわたくしも行きますわ!」
「月姫様が行くなら、私もお供します。」
「邪魔しませんわね、星威兄様?」
「当たり前です! 私は月姫様のご身辺をお守りするだけです。」
 夜藤丸・月姫(やとうまる・つき)と彼女の守人であり従兄の、夜藤丸・星威(やとうまる・せい)。
「へー。面白そうだね。俺も行こうかな……。」
「大丈夫かい、麟凰。保護者として私もついて行こう。」
「……紫宮さんがいてくれれば安心だな……。」
 水無瀬・麟凰(みなせ・りんおう)とその保護者、紫宮・桐流(しみや・とおる)。

『かくかくしかじかで、私たちは血が出なかった被害者と血を流した御神木との関連を調べるために取材に出かけたのでした……あのう、月姫ちゃんといい、麟凰くんといい、なんで主協力者がどちらも中学生なんでしょうか……。』
 三下の困惑に満ちた泣き声が、録音テープに残っていた。



『血を流す御神木の噂の提供者、麻子(仮名/敬称略)は朝、犬の散歩中に境内に入り、その様子を見つけた。御神木の半分が血で染まり、ものすごい血臭がした。怖くなって逃げ帰り、その日のニュースで、血が出なかった死体が見つかったことを知った。恐る恐る確認しに行ったが、もう何もなかったという。夢かと思ったが、気になって投書したとのこと。』

「被害者はこの神社からそう遠くないところで殺されたみたいですねえ。自宅は の方で、ここへは愛人の家に訪れるために来てたみたいです。」
 三下が状況を説明しつつ、神社の中へと足を踏み入れた。昼間であるからか、あんな噂がたったからか、境内に人影はなかった。
「……これがその御神木?」
 麟凰は幹のしっかりした木を見上げた。
「そのようです。」
 三下はひえっと肩を竦めて恐る恐る御神木の周囲を探る。流れた血が地面の土に吸い込まれたのかと考えれるだけで背筋がぞくぞくする。
「でも、藁人形とか五寸釘とかは見当たりませんわよ?」
 月姫が首を傾げる。血が流れたような跡も残ってはいなかった。
「でも、あそこら辺に何かを打った痕があるね。神主さんが撤去したんじゃないかな。」
 桐流が指し示したのは、麟凰や月姫には届かない高さの位置だった。2人とも背伸びしてでも覗き込もうとしたが諦めた。
 星威は持参したデジカメでパチパチと周囲の様子を撮っていた。(ついでに月姫の様子も写真に撮っていたが、それは彼女自身には内緒だ。)
「サイコメトリしてみるよ。俺の力でどこまでできるか分からないけど……。」
 麟凰はつけていた白い手袋を外し、御神木の幹に触れ軽く目を閉じた。
 御神木の持つ記憶を探っていく。
 強烈な残留思念に眩暈がした。
 御神木の歴史は膨大だ。そこから一番最近の呪術の跡を探す。他の出来事にはなるたけ目を瞑った。
「あ、確かにこの呪いは被害者へと向かってる……。」
 麟凰の脳裏に映るのは、事前に三下に見せてもらっていた被害者の写真と同じ顔だった。
「呪いをかけてるのは……なんだろう……女の人。頭に三本の蝋燭をつけて、一本歯の下駄を履いてる。すごい形相だ。」
「どんな特徴の人ですの?」
 三下の短い悲鳴を遮って、月姫が鋭く尋ねた。麟凰の眉が寄る。
「髪は茶色くて、あまり長くない。……二重で大きい瞳。あ、目の下に黒子があるよ。年齢は……多分まだ20代くらいだと思う。……あ、左手に酷い火傷の跡がある。後はよく分からないや。ごめん……。」
 幹から手を離し、麟凰は再び白い手袋を嵌めると深く息を吐き出した。かなり疲労していた。
 月姫は顎に手を当ててうーんと唸った。
「呪術を行っている最中の女の顔なんて判別できるわけありませんわよね。この近くで、目の下の黒子と左手に火傷の跡を持つ人を遠見してみましょう。」
 水晶を覗き込み、月姫は難しい顔をしていた。少ない特徴で不特定の人物を捜すのは難しい。それでも驚くべき集中力で月姫はそれらしき人を見つけ出した。
「…………いましたわ。行ってみましょう。」
「うん。サイコメトリで顔は分かってるから。見れば断言できると思う……。」
「月姫様、方向はどこら辺ですか? 呪術を使うような相手だと危険な場所になっているかもしれませんね。」
 星威が心配そうに月姫を見た。守人としてあまり危ないところに彼女を連れて行きたくはない。
「三下様を一人では行かせられませんわ。場所が分かるのはわたくしだけですし。」
「相手を知ってるのは俺だけだし。邪魔じゃないなら……。」
「うぅっ。お願いします〜。一緒に来てくださいぃ〜〜。」
 縋り付かんばかりの勢いで三下が頼み込む。
「……分かりました。何かあったら私が守ります。」
 何でこんな奴を月姫は慕っているのだろうかと星威は内心で首を傾げていた。
(うーん、やっぱり麟凰には荷が勝ちすぎたか。)
 桐流は一人何も言わず、にこにことやり取りを眺めていた。必死に呪術を行った人物を見つけようとしている子供たちには悪いが、桐流にはすでに目星がついていた。
(強力な呪だから後が辿りやすい。)
 向かおうとしている方向が合っているので、桐流は何も言わなかった。

『住職に話を聞いたところ、確かに藁人形が打ち付けてあったが、血などは一滴も流れていなかったらしい。これは、評判を落とさないため、住職がついた嘘であると考えられる。残念ながら、藁人形はすでに清めのために燃やされてしまっていたため、実物を見ることは叶わなかった。』



 向かった先で、強い霊気の渦に遭遇した。嫌な気配がする、などという生易しいものではなく、すでに障気の域だ。その中心は一件の家だった。
「……逆凪だ。」
「危ないですから、下がって下さい。」
 星威がさっと月姫の前、庇うような位置に立つ。三下は大慌てで月姫の背中に隠れ、月姫の肩に手を置いて恐る恐る前方を覗き込んでいる。三下には霊気など見えなかったが、防衛本能は見事なものだった。
「でもおかしいですわ。呪いをかけたであろう人は確かにこの近くに住んでるみたいですけど、あの家じゃありません。」
「どういうことだろう、紫宮さん……あれ?」
 自分の保護者を振り返った麟凰は目当ての人物を見つけられなかったことにきょとんとした。
「紫宮さん、どこに行ったんだろう……。」
 きょろきょろと桐流を探す麟凰に気付かず、三下は表札を見て飛び上がった。
「あーもしかして!」
 慌てて鞄を探り、最初に見ていた紙を取り出す。何度か紙と表札、電信柱を見比べた後、そろそろと紙を鞄に仕舞ってしまう。
「どうしましたの、三下様?」
「この家は被害者の愛人の家ですよ。」
「えっ! それじゃあ……呪いをかけたのは愛人ってことですの?」
「でも、月姫様の遠見ではこの家ではないんでしょう?」
 月姫の遠見が間違うはずはないと星威は眉をひそめる。これ以上霊気へに近づくのは、何が起こるか分からなくて危険だ。
「何か困っていることがあるのかもしれませんわ。行ってみましょう。」
「月姫様!」
「星威兄様、邪魔しないって約束ですわよ。」
「俺も行く。」
 麟凰は月姫と共に霊気の密集した中心部へと近づいていく。星威が慌ててその前へと陣取り、殿に怖々と三下が続いた。
(紫宮さんも何か気付いたことがあるんだ。きっとその調査に行ったんだろう。)
 麟凰はちらりとそんなことを思った。



『被害者の愛人、久美子(仮名/敬称略)のお宅を訪問した。久美子は非常に憔悴しきった顔をしており、家の中もどんよりと暗いような気がした。被害者が死んで気落ちしたせいだけとは考えられない。』

「大丈夫ですか?!」
 久美子はソファにぐったりと横たわっていた。
 いくらノックしても開かれない扉が、ノブを回すと開いてしまったため、不法侵入をすることになった三下たちであったが、このまま彼女を見つけなければどうなっていたのか、考えるだけで身震いがする。
 星威が慌てて駆け寄って抱き上げてみると、息はあるが顔色が紙のようだった。
「救急車を!」
「こんな強い霊気の下にいたら、普通の人でも参るよ……。」
 あてられたらしく、麟凰は苦しそうに眉をひそめた。月姫も口元を押さえ、三下でさえ青い顔をしている。(いつもの青さとは種類が違った。)
 久美子を一刻も早くこの障気の中から連れ出そうとした瞬間、強い視線と怒りを感じた。
「危ない!!」
 星威が咄嗟に左手を振った。青白く冷たい焔の塊が飛び出してきた霊体と衝突して空間が歪む。久美子が去っていくのを許さないらしい。
「すみません、彼女をよろしくお願いします!」
 三下に久美子を預け、星威は左手に嵌めていた黒い皮手袋を外した。実体を持たない青白い焔を纏った太刀が掌より現れる。
「やあっ!」
 しつこく襲いかかってきた霊体を一刀の元切り捨てると、近くにあった置き時計が壊れてしまった。途端に、周囲の霊気がさーと音を立てて晴れていく。
「……無理矢理この場に送られてきていた念なんだ。」
 麟凰が呆然と呟いた。三下は久美子を抱えたまま、すっかり腰を抜かしていたので、月姫がなんとかその身体を支えていた。



 桐流は逆凪が返ってきたのを感じ取っていた。
 アパートの一室には胡散臭そうに彼を見ている20代ほどの女性がいる。有無を言わさず上がり込み、しばらくの間目を閉じたまま黙り込む男の存在を怪しく思わない方がおかしい。
「一体なんなのよ?」
「まあまあ。向こうもちゃんとやったみたいですしねえ。」
 桐流はにっこり笑って立ち上がった。
「ここはちょっと麟凰には見せられないのでね。」
 テレビの上に乗っていた置き時計を手にして、笑顔のまま床に叩き付けて壊した。
「何するのよ!」
 女性が悲鳴を上げて桐流に掴みかかろうとした。桐流がひらりとそれから身をかわすと、女性は狂ったように部屋から飛び出そうとする。
「あらあら。何で逃げるんですか?」
 捻ったノブが回らない。
 桐流の周囲に作り上げたのは檻だ。能力者ならいざ知らず、少し呪術をかじっただけの一般人に破れるはずがない。
 逆凪先を失ったことによって返ってくる念は、今までの何倍にもなる。そして、その念を全て飲み込んで、ぱたんと檻の蓋が閉じられた。
「きゃあああああ!!」
 籠もった霊気が妖火へと変貌して女を飲み込む。焼け爛れる皮膚に女性はひっきりなしに悲鳴をあげ続けた。
「なぜあんな女が……なぜあの女だけが幸せになるのよー!」
「すみませんねえ。あなたの事情なんて私は全く興味ないので。」
 桐流は全く表情も変えずに苦しみもがく女を見ている。
「いわゆる地獄の業火ですねえ。あなた自身の思いの形……自業自得ですよ。」
 自らが焼け死んだと錯覚して命を落とした女性からすぐに視線を外し、檻の中から全ての記憶が炎によって清められたのを確認すると、桐流は部屋の扉を開けた。
「紫宮さん! ここにいたんですね。逆凪が戻ってきてると思うんですけど!」
 廊下を走ってくる麟凰の姿がある。彼の力ではこの部屋で何が起きたのか判別することは出来ないだろう。どっちにしろ、見た目においては、桐流がしたことといえば置き時計を壊したことだけだったが。



『呪いをかけたであろうと推測される人物が何の外傷もなく死亡しているのを自宅で発見。凄まじい形相で死んでおり、殺人事件かと目されたが結局何も分からずじまいだった。果たして麻子の言った血が流れたのかどうかは不明のまま、事件は永久に幕を閉じた。
 しかし、様々な検証の結果、血を流す御神木と血を流さない被害者は同一の事件であると私は考える。』



「……あなたって人は……どうしてこんな面白いネタでこんなつまらない原稿が仕上がるのか不思議でしょうがないわ。はい、書き直し!」
 碇女史が眺めていた原稿で三下の頭を叩いた。紙のはずなのにものすごく痛かった。
「そんなぁぁ〜〜編集長ぅ〜〜〜。」



*END*


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1124 / 夜藤丸・月姫(やとうまる・つき) / 女 / 15歳 / 中学生兼、占い師】
【1153 / 夜藤丸・星威(やとうまる・せい) / 男 / 20歳 / 大学生兼姫巫女護(ひめみこもり)】
【1147 / 水無瀬・麟凰(みなせ・りんおう) / 男 / 14歳 / 無職】
【1144 / 紫宮・桐流(しみや・とおる) / 男 / 32歳 / 陰陽師】
(受注順に並んでいます。)

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■         ライター通信          ■
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明けましておめでとうございます。こんにちは、龍牙 凌です。
ご参加どうもありがとうございました。
夜藤丸・月姫さまは二度目のご参加、嬉しいです。
今回は、中学生とその保護者という組み合わせが二組で楽しく書かせて頂きました。
なんだか殺伐とした話になってしまい、謎も全ては解明されませんでしたが、それが取材だろうという偏見のもと……謎は謎のままで残すのもいいんじゃないかと思って、このようなことになりました。
楽しんでいただけたら幸いです。
それでは、また会えることを願って……。