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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


歌よ響け
●序
「うちの経営はね、そのせいでがた落ちな訳なんだよね」
 草間興信所を訪れた中年の男性、亀田・惣一(かめだ そういち)はそう言いながら煙草をふかした。白い煙が、もわっと篭る。
「でも、カラオケに幽霊だなんて……」
 生前はさぞ歌好きだったんだろうな、とぼんやりと草間は考える。
「だがね、本当に出るんだよ。うちのカラオケボックスの110号室にな」
「そこで何らかの事件とかなかったんですか?」
「ないねぇ。最近オープンしたばっかりなのに、事件なんぞ起こってたまるかっていうんだよ」
「はあ」
 草間は目の前にいる男の態度に閉口する。
「パーティ用に大きい部屋なんだ。他の所とちょっと離れてあるんだが……」
 そのカラオケボックスは5階建て。1から9までの部屋があるそうなのだが、1階のちょっと離れた所に大きなパーティ用の部屋を設けているらしい。それが110号室。上に部屋もなく、隣とも離れているため、どんなに騒いでも大丈夫なように出来ている。ちょっとした小屋のような状態となっているという。
「そこを使ったお客さんがさ、霊現象が起きるって言うんだよ。画面が変になって女の声が聞こえたり、子どもの声が聞こえたり、たまにノックがしたり、ラップ音がしたり……」
 指折り数えながら言う所を見ると、他にもまだまだありそうだ。草間は長く続きそうな話を折り、「それで」と言う。
「その部屋の霊現象を収めればいいわけですね」
「そういう事だ。よろしく頼むよ」
 最後まで偉そうに威張り、亀田は去っていった。やっと帰ってくれた客に、草間はほうっと息を吐くのだった。

●興信所にて
 草間興信所に、5人の男女が集合していた。件のカラオケボックスへの調査に向かう面々だ。
「カラオケねぇ」
と、長い黒髪に切れ長の青い瞳を持った女性、シュライン・エマ(しゅらいん えま)が呟くように言った。どこか、緊張感の無い喋り方で。
「パーティ用の大部屋だろ?ただ単に賑やかなのが好きな幽霊さんなんじゃないの?」
と、黒髪に黒い目、そして何より不敵な笑みを浮かべている男性、影崎・雅(かげさき みやび)はにんまりと笑いながら言った。こちらも緊張感がない。
「からおけ、ぼっくす……。歌い踊る場の事であるのだな」
と、網代笠からちらりと見える銀の目を光らせながら、護堂・霜月(ごどう そうげつ)は言った。
「踊るかどうかは個人の自由だが……。それよりも笠、邪魔じゃないか?取ったらどうだ?」
と、黒髪に緑の目を持つ青年、工藤・卓人(くどう たくと)が言った。小麦色の肌が爽やかな印象を与える。親切心から霜月の笠に触ろうとするが、その手をぴしゃりと霜月にはたかれる。
「やめよ!……すまん、この笠は何しろ危険なものであるが故」
「いや……俺もいきなりすまん」
 突然の出来事に呆気にとられ、苦笑しつつも卓人は謝罪する。霜月もそんな卓人の様子に安心したかのように微笑んだ。
「にしても、歌好きの幽霊か……」
 ふむ、と言いながら黒髪に緑の目を持つ男性、雷蔵院・印虎(らいぞういん いんどら)は呟く。そしてにやりと笑う。
「流石は草間興信所!うちとは違って風変わりな依頼で右に出る者はおらんな!」
 がはは、と豪快に印虎は笑う。
「て言うか、雷蔵院探偵事務所はどうしたんだよ?何故わざわざここに来るんだよ」
 目の前で豪気に笑う印虎に、呆れたように草間は言う。心なしか疲れているようだ。
「それは俺様の所には来ないような依頼をやりたいからに決まっている」
 きっぱりと印虎は言い放つ。途端、皆がぷっと吹き出す。草間はむっとしているのと疲れているのとで、大きく溜息をつく。と、その瞬間だった。草間興信所のドアがバアン、と勢い良く開かれた。みなの目がそちらに集中する。現れたのは、ナイスバディの女性だった。赤い髪に赤い瞳、色っぽいその仕種。藤咲・愛(ふじさき あい)だ。
「はぁい。ちょっと小耳に挟んだんだけど……カラオケの怪現象を依頼されたんですって?」
「一体何処で聞いたんだ?」
「客から。亀田さん」
 あっけらかんと愛は言う。途端、雅とシュラインがひそひそと耳打ちをする。
「客……って事は」
「そうよね。そういう趣味の人なのね」
 くすくす、と笑いあう。
「まずはその店に行かないか?まずは行かない事には何も出来ない気がするぜ」
 卓人が提案する。
「それもそうだな。寧ろ歌いに行けばいいんじゃないか?」
 雅が頷きながら提案する。
「話をするにも、行かねば何もいかんしな」
 霜月が笠の歪みを正しながら言う。
「ストレス解消にも持ってこいだしね!」
 愛がにっこりと笑いながら言う。皆が「それは違う」と手を振る。
「依頼人の態度は気に入らんが、行ってやらんことも無いな」
 印虎がにいっと笑いながら言う。皆「それもある意味あってるが違う」と突っ込む。
「じゃあ、私はちょっと調べ物をしてから行くわ。皆、先に行ってて」
 シュラインは微笑みながらそう言う。皆「了解」と言って、草間興信所を後にする。目指すはカラオケボックス。

●かめたん
 目指すカラオケボックスはすぐに見つかった。大きな亀の看板が目印だと、調査書に書いてあったからだ。
「……あれ、だよな?」
 卓人は笑いを堪えながらそう言って、亀の看板を指差す。そして、雅がぷっと吹き出す。
「あははは!似合わない!」
 卓人の指差す看板を見て、愛もけらけらと笑う。
「やだぁ、かっわいいじゃないの!」
「可愛い……のであろうか」
 霜月が半信半疑、といったようにじっと看板を見つめている。
「俺様はああいう美意識の無いものは、気に入らないな」
 苦笑しながら印虎が言う。その看板には、可愛いのと可愛くないのの丁度中間のような亀の絵が大きく描かれており、「カラオケボックスかめたん」と書いてあった。
「誰が考えたのかしらね。……きっと亀田さんよ」
 くすくすと愛が笑いながら言う。
「そうであろうな」
 愛に同意し、印虎が言う。一行は、笑いを押さえながらカラオケボックスに足を踏み入れていくのだった。

 カラオケボックスの中は、普通だった。何処にでもあるカラオケボックス。有線放送が流れ、微かに客が歌っている声が響いてくる。
「草間興信所から来たんだが」
 卓人が言うと、受付のアルバイターが亀田を呼ぶ。亀田が奥から億劫そうに出て来た。
「ああ、やっと来たのか。遅かったな」
 横柄な態度に一同がむっとする。
「神である俺様に向かってその態度、いつか痛い目に会うぞ」
 ぼそり、と印虎が呟いた。
(神だったのか)
 ぼんやりと卓人は考える。この世には色々な人種がいる。その中に神がいても可笑しくはないかもしれないが。
「あら、亀田さん。態度が大きいんじゃなくて?」
 愛が妖艶に笑いながら、甘い声で囁くように言う。皆の目が亀田と愛に集中する。
「ああ、愛様……!」
 亀田が気付いたようだ。目の前にいる女性の正体を。心なしか、顔が赤い。
「どうしてこのような連中と……」
 このような、という言葉にむっとする。
「失敬な奴だ。少しは礼儀を知らしめた方が良いのかも知れぬ」
 霜月がぼそりと呟く。
(意外と過激な坊主だな)
 卓人は小さく苦笑する。
「あら、あたしも調査員よ?あんまりオイタをしていたら……」
「愛さん、今はそんな時じゃないって」
 ポケットに手を突っ込んだ愛に、慌てて雅が制した。
「じゃ、110号室に案内してくれ」
 卓人が言うと、アルバイターに亀田が指示し、案内をしてくれた。110号室は、ちょっとした渡り廊下のような場所を通り、小屋のようなつくりになっていた。
「あ、先入っててくれ」
 卓人はそう告げ、小屋の外を歩き始めた。皆が入ってしまうのを見計らい、卓人はシルバーの腕輪に囁くように言う。精霊の召還。囁きに応じて、腕輪から何かが出てきて、模る。その姿は妖精。風をつかさどる、シルフだ。
「悪いんだけど、どうしてここに霊が集まってくるのかを調べてくれるか?」
 シルフは微笑み、頷く。
「そうか、有難う。これが終わったら、何か礼をするからな」
 シルフが嬉しそうに応じる。風に溶け、辺りを散策しに出かけていく。卓人はそれを見送り、110号室をぐるりと回る。特に気になる所や、今集まろうとしている霊を探すが、見つからない。
「歌わないと、現れないのかもしれないな」
 ふむ、と顎に手をやり、呟く。暫くして、シルフが戻ってくる。素早い対応に、思わず顔が綻ぶ。
「どうだった?」
 シルフは、特にきにしなくてはならないような事は見つからないという。あえて言うならば、この近くに霊道があるという事くらいで。だが、決してその霊道は気にしなければならないほどではなく、普段の生活には全く支障の無いものなのだという。霊自身が強くこちらに来たいと念じない限りには。
「ならば、集まってくる理由にはならないな」
 卓人はそう呟き、シルフを戻す。そして、110号室の前に立った。
「もしかすると、ここに来たいと念じさせるようなものがあるのかもしれないしなぁ……。まさか、歌いたいだけだったりしてな」
 ぼそり、と卓人は呟く。
「ま、それはそれでいいかもしんないな」
 音が関係する場所というのは、必ずといっていい程この手の話がある。スタジオで勝手にドラムが鳴ったり、スピーカーから声がしたり……。
(今回も同じような類なのかもしれないな。霊魂になっても、『楽しみたい』気持ちが変わらなくて。そういう雰囲気に引き寄せられて集まって来ちまうのかもしれないな。何か、分かるもんな)
 卓人は小さく笑う。
「とにかく、歌ってみれば分かるか」
 にっこりと卓人は笑う。110号室の前に立ちながら。

●110号室
 卓人はドアを開けた。卓人が「よ」と言いながら部屋に入った。
「お待たせ。じゃあ、歌うか」
「何か分かった事ある?」
 雅が尋ねると、卓人は小さく笑って「ちょっとだけなら」と答える。
「じゃあ、歌うか!」
 早速雅がリモコンを持って曲を入れる。入れたのは、演歌。最初の出だしが入った途端、皆の顔つきが変わる。
(来たな)
 何となくの霊感は働くが、それ以上は分からない。雅はそれに構わずマイクを取る。まずは何が起こるかを確認した方がいいと判断したようだ。
「寂しい夜空に瞬く星屑、慰め代わりに見ようとしても、見る事の出来ぬ今だから……その代わりにと歌います……」
 出だしの語りもばっちりと。雅のノリノリな歌に、思わず霜月と印虎、卓人が拍手する。それにあわせて、ラップ音。
(これは……)
「まるで、拍子を取っているようだな。……成る程、やはりそういう事か」
 ぼそり、と霜月が微笑みながら呟く。
 歌が歌われていくと、どんどん霊の数は増えていった。最初は音だけだった霊現象だが、次第にその姿までもが見え始めてきたのだ。子どもから老人まで、男も女も集まってくる。
「まるで宴会のようだな」
 印虎が呟くように言う。曲が終わると、霊たちも一緒に騒ぐ。
「ええと、これは一体どうしてこんな事になったのかなぁ?」
 苦笑しながら、雅は言う。霊達は嬉しそうに手を叩いているだけだ。
「まずは話を聞いてみるが良かろう」
 霜月が言うと、印虎が頷き、霊の一人に話し掛ける。見た目の麗しい、美女。
「一つ聞きたいのだが……貴女の望みは何ですかな?」
 霊は微笑む。微笑んで、手を叩くだけだ。
「……俺様と話をしたくないというのかね?」
 哀しそうに言う印虎に、卓人が「まあまあ」と宥める。
「単に楽しみたくてこの場に集まっているだけなんじゃないか?」
「ああ、成る程。だから、手拍子か」
 雅がうんうんと頷く。「一緒に楽しく盛り上がればいいだけじゃん」
「ならば、楽しんでいるうちに成仏するという事も可能なのかもしれぬな」
 霜月の銀の目が、柔らかく光る。
「じゃ、どんどん歌うのがいいって事だな!」
 雅がカラオケの本を掴み、掲げる。霊達がぱちぱちとしきりに手を叩く。
「しかし、成仏をさせねば解決にはなるまい?」
 霜月が言う。印虎もそれに同調し、うんうんと頷く。
「除霊など、赤子の手を捻るよりも簡単なのだが。ほら、俺様は神だから」
(まだ言っていたのか……)
 印虎の言葉に、卓人は小さく苦笑する。
「カラオケ屋が潰れようと、どうしようと構わん。ともかく、霊達の望みをかなえ、成仏をさせてやりたいと思うのだがな」
「ともかく、歌えばいいんじゃないか?何かほら、喜んでるし」
 雅はマイクを握り締めたまま、霊達を見回す。霊達はにこにこと笑いながら歌を待っている。
「それじゃあ、こういうのはどうだろう。この霊達に頑張って貰って、この店に来た客にサービスしてもらったらどうかな?」
 卓人の言葉に、霊達はきょとんとする。雅・霜月・印虎も同様にきょとんとしている。
「だからさ、この店の話題つくりみたいな感じで。そういしたら、この霊達だって楽しめるしここに来た人も面白いだろうし」
「でも、霊達はどう思うかなぁ」
 雅がぽつりと呟く。問題はそこだった。霊達はサービスする為に集まっているわけではないだろう。ただ、自分達が楽しみたいからここに集まるのであって。
「じゃあ、聞いてみたらどう?」
 突如聞こえた声に、皆がそちらに振り向く。声を発したのはシュライン。その隣には愛が立っている。二人とも、にっこりと笑いながら。

●宴会
 110号室に皆が揃う。調査員と、原因となっている霊達。
「そもそも、この土地では宴会が行われていたらしいわ。囁くような声で」
 シュラインは、そう切り出した。
「近くの住人達も、その声を聴いて生活していたから、その声が聞こえなくなって寂しがっていたわ」
「でも、宴会の声なんて、煩かったんじゃないのか?」
 雅が尋ねると、シュラインは苦笑しながら答える。
「それがね、本当に囁くような声なんですって」
「じゃあ、もしかしてこの110号室の霊現象って……」
 愛が口を開くと、それを霜月が続ける。
「うむ。宴会をしているのであろうな」
「ああ、せこいぞ!俺様が愛と話したかったのに」
 印虎が妙な所で、霜月を睨む。
「成る程。これで謎がわかったな。……俺は霊道を見つけてもらったんだが、それは霊自身が強くこちらに来たいと念じなければ、被害は出ないようなものだった」
 卓人がそう言うと、雅がにやりと笑う。
「つまり、幽霊さん達はこの宴会に来たいと強く念じているんだな」
「まあ、そういう事よねぇ」
 愛はそう言いながら、周りの霊達を見回す。
「じゃあ、この中のリーダー格みたいな人に聞いてみたらどうかしら?」
「それもそうだな。……ええと、誰?」
 卓人が霊達に尋ねると、美女が手をあげる。先ほど印虎の問いに対して微笑んで返した霊だ。
「どうでしょう。私たちの出すクイズに正解したら、その条件を飲むという事で」
「条件?」
 シュラインが尋ねる。卓人は苦笑しながらその問いに答える。
「客にサービスしたらどうかって提案したんだよ。ほら、話題つくりにもなるし」
「あ、それいいかもしれないわねぇ」
 愛がにっこりと笑って賛同する。
「クイズは、私たちがカラオケの曲を選曲しますから、それを見事歌い切れたらあなた方の勝ちということで。ただし、一人一曲までとさせてもらいます」
「つまり、曲当てクイズ……か。面白そうだな」
 雅はにやりと笑う。「受けて立つぜ!」
 霊はにっこりと笑ってリモコンを上手に操り曲を入れていく。すると、妙に懐かしみのあるフレーズが響いた。
「ナツメロね!あたし!あたしが歌うわ!」
 愛が手をあげ、マイクを持つ。立ち上がり、自己陶酔しながら歌う。心なしか、鳴いているようにも見える。入れ込むタイプらしい。歌い終わると、霊達は大喜びしながら手を、もといラップ音をかもしだす。
 次に響くのは、コミカルな音。有名なアニメソングだ。
「どうする?歌える人は?」
 歌い終わった愛が尋ねる。これで愛はもう歌えないからだ。手を挙げるのは、雅・シュライン・卓人。
「でも、俺ロックのがいいんだけ……」
「じゃあ、卓人さんよろしくー」
 愛の独断でマイクが渡される。卓人の「ロックのが」という言葉は聞こえていないようだ。
(ええい、自棄だ!)
 卓人はマイクを握り締め、力の限り歌う。コミカルなアニメソングが、ロック調の曲に変わる。霊達も大はしゃぎだ。
 次に響くのは、英語の歌詞の多いポップスだった。今、流行の。
「……では、私が」
 霜月がすうっと立ち上がる。皆の目が霜月に集中する。坊主がポップス。世の中が変わったものだと思いながら。が、霜月が歌い始めると皆の目は点になった。霜月は英語の歌詞部分を全て日本語ちっくに歌うのだ。それでも霜月はのりのりで、いつの間にやら懐から手ぬぐいを出してきて振り回している。皆の心は一つになる。……いいのか、坊さん!
「ふう……。覚えたばかりの歌で緊張したが……」
 歌い終わった後、霜月はそう言って手ぬぐいで額の汗を拭った。
(嘘だ)
 卓人は思わず心の中で突っ込む。霊達も言葉には出さないものの、大分驚いている様子だ。
 次に流れたのは、演歌。誰も何も言っていないのに、自然と霊達の目は雅に降り注がれる。何かを期待するかのような目だ。
「あー……じゃあ、俺が」
 苦笑しながら雅は歌いだす。先ほど演歌を披露してしまったせいであろう。霊達も大はしゃぎだ。
 次に流れたのは、洋楽のバラード。シュラインがマイクを手に取ろうとすると、それを奪い取るように印虎がマイクを持ち、前に立つ。
「すまん!俺様は、これが歌いたいのだ!」
 印虎はそう主張すると、歌い始める。好ましくないといっていたのもなんとやら。ノリノリである。
「あの人……そんなにも歌いたかったのね」
 呆気にとられながらぽつりと呟くシュラインに、思わず皆が苦笑する。霊達も、その一連の出来事に大受けだ。
「すまなかったな……。今度、俺様が何か食事でも奢るからな」
 印虎はシュラインの手を取り、甲にキスする。シュラインは苦笑しながら「遠慮しますわ」と答える。
「では、最後ですね」
 霊が嬉しそうに言い、曲を入力する。シュラインが前に立って曲を待ち構える。声のエキスパートであるシュラインに、歌えない曲など無い……筈だ。流れ出したのは、ラップ。
「ええー!」
 思わずシュラインは声をあげる。
「シュラインさん、乗り切れ!大丈夫、何とかなるなる!」
 卓人が励ます。雅は人事だと思って笑い、愛は呆気に取られ、霜月は羨ましそうな顔をし、印虎は「俺様では無理だったな……」と呟いている。シュラインは半分自棄になりながら歌い始める。皆の心配もよそに、シュラインは完璧に歌いこなす。
「さすがだねぇ」
 雅がにやりと笑いながら言うと、シュラインは溜息をつきながら軽く睨む。
「見てたわよ?笑ってたでしょ」
「あははーごめんって」
 霊達を見ると、皆満足そうに手を叩いていた。嬉しそうだ。
「こんなに楽しい宴会は、久しぶりでしたわ。皆さん、有難うございます」
「条件、飲みます。微力ですけど」
 口々に言う、霊達。微力の方が害が無くていいと、皆ぼんやりと考える。
「じゃあ、そういう事で宜しくね」
 シュラインが言うと、霊達はにこにこと笑いながら頷いた。皆、安心して顔を見合わせる。
「じゃ、折角だから歌おうぜ!」
 雅の提案に、皆が同意する。カラオケの本を必死になって捲り始める。
「今度こそ、ちゃんとした歌を歌うんだから!」
 妙に真剣になりながらカラオケの選曲をするシュラインに、再び笑いが起こるのだった。

●結
 カラオケを十分堪能した後、亀田に報告に向かった。
「霊達は、ただ宴会を楽しみたいだけです。望まれればサービスをしてくれると約束してくれましたよ」
 シュラインの言葉に、亀田は訝しそうに見る。
「サービスって言われてもねぇ」
「だから、霊体験の出来るサービスがあるカラオケとしてやればいいじゃないか」
 卓人が言うと、亀田はうーんと唸る。
「意外とうけると思うぞ?何しろ、こんなカラオケボックスなど存在した事がないのだからな」
 印虎が言っても、亀田はいまいち煮え切らないようだ。
「珍しさにかけては日本一かもしれぬぞ。有名になるのは必至」
 霜月が言うと、亀田の肩がぴくりと反応する。後一押し。皆が感じる。
「ほら、良く聞くじゃない。肝試しに訪れる人が絶えません……みたいな霊スポットの話とか」
 雅が言うと、亀田は「そうかな」と言う。あと、もう少し。
「ともかくやってみたら?ねぇ?」
 愛が妖艶に微笑む。亀田は顔を赤らめながら何度も礼をする。
「はい、はい!勿論です!」
 その様子に、皆が釈然としない思いを抱く。一種の哀れみも含みながら。
「骨抜きだねぇ、おっさん」
 雅がぽつりと呟く。その言葉に皆が笑う。
「それで、草間興信所の方はいつ頃お帰りになるんですか?」
 亀田が皆に尋ねる。そういわれ、印虎は人数確認をする。シュライン・雅・卓人・霜月・愛、そして自分をいれて計6名。誰一人として欠けてはいない。
「皆、いると思うが?」
「いや、だってまだ110号室は……」
 皆で慌てて110号室に向かう。宴も酣、霊達のカラオケ大会。
「あのさ、今日はその辺でまた今度にしてくれないかな?」
 卓人が言っても、霊達はただにこにこと笑うだけ。まだまだ足りない、といわんばかりに。
「……はっ、この曲は!」
 その時流れたのは、今一番流行っているポップスだった。軽めの男性ボイスで人気の歌手の歌だ。霜月はマイクをさっと取り上げて熱唱し始める。勿論、英語部分は全て日本語読みで。
「……いいなぁ、あたしも歌っちゃおう!」
 愛の手が、カラオケの本に伸びる。リモコン操作を片手に。
「うぬ、ならば俺様とデュエットをしてもいいのだが」
 愛の隣にちゃっかりと座り、印虎が誘う。
「……よっしゃ、こうなったら気が済むまで付き合っちゃる!」
 雅もそう言ってカラオケの輪に入る。霊達がより一層嬉しそうにはしゃぎ始める。
「あのう……」
 亀田がおずおずとシュラインに話し掛ける。シュラインはにっこりと笑いながら提案する。
「じゃあ、今日はオールで借りさせてもらうわ。勿論、必要経費で」
「ええ?」
「あら、なんなら愛さんに頼みましょうか?」
「い、いえ!どうぞ!」
 亀田が去っていくと、シュラインも笑いながらカラオケの本に手を伸ばした。その歌声は、翌朝まで続くのだった。

 後日。草間興信所にかめたんからの報告が入る。件の110号室は、あれ以来手軽に楽しめる霊スポットとして中々の人気を誇っているのだという。しかし、それ以上に一人でカラオケに来る客に人気なのだという。何でも、一人で来ても寂しくない上に練習代わりになるとか。ただ、110号室に入る客はどうも時間延長の傾向があるらしい。
(無理もないよな、あれじゃ)
 痛む喉を押さえ、卓人は苦笑するのだった。

<依頼完了・喉飴購入予定付>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0825 / 工藤・卓人 / 男 / 26 / ジュエリーデザイナー 】
【 0830 / 藤咲・愛 / 女 / 26 / 歌舞伎町の女王 】
【 0843 / 影崎・雅 / 男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】
【 1069 / 護堂・霜月 / 男 / 999 / 真言宗僧侶 】
【 1164 / 雷蔵院・印虎 / 男 / 999 / 探偵事務所所長+自称・神様 】

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■         ライター通信          ■
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お待たせ致しました。ライターの霜月玲守です。この度は私の依頼に参加いただき、有難うございました。如何だったでしょうか。
今回は得意な歌のジャンルを教えて頂きました。曲名の指名もあったのですが、一応ジャンルのみにさせて頂きました。ご了承していただけると幸いです。

卓人さん、お久しぶりです。相変わらずの素敵なプレイングは健在ですね。今回はシルフを勝手に使わせて頂きました。如何だったでしょうか。
歌は、ロック……ではなくアニソンを(笑)個人的に、格好いい人が似合わない曲を歌うのが好きなので。いや、いい男は何を歌ってもいい男です!

今回も、少しではありますが一人一人の文章となっております。お暇な時にでも、他の方と照らし合わせてみて下さいね。

ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその時まで。