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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


<Voice> 

 ゆっくりと唇を開いて、歌を紡ぐ。せめて、あの人に届けば。
 せめて、あの人の耳に届けば、それだけで報われる。
「お願い、声を届けて」
 声にならない声で、呟いて。
 目を閉じる。

「・・・・そんな2昔も前のアイドルの事なんか知らないわよ」
 麗香は相変わらずの口調でそう言うと、没にした原稿を容赦なくシュレッダーにかける。目の前にいるのは、まだ高校生くらいの若い男だ。
「お願いです。ここなら、きっと分かると思って」
 必至な様子の男に麗香は溜め息混じりに答える。
「あのね。見て分からない?編集部は、貴方の依頼を受けれるほど暇じゃあないのよ」
「・・・・でもっ!!」
 そこまで言って男は、とある記事を麗香に差し出した。
「今も・・・この人が歌っている声が聞えるんです」
 男の言葉に麗香はダメだしを押す。
「ダメよ」
 にべも無い麗香の言葉に、編集部の人々は哀れみを込めた瞳で見たが、男の目には諦めの色は浮かんでいなかった。
「ダメなら・・・編集部壊しますよ?」
 恐ろしいほどの声で、男はそうのたまった。


<本編>

 涙が零れた。
 それは、女が見ている幻想でしかない。今、女は涙すら流す事の出来ない状態にあるのだから。
 それでも。
「・・・・・」
 声にならない声で歌を唄う。
「・・・・・」
 ただ1人。
 女を愛してくれた人に、声を届けるために。


 とてもよく晴れた12月のある日。
 シュライン・エマはゆっくりと、冬の冷たい空気で何時もより冴え冴えとしている街を歩いていた。良い天気だし部屋に篭るより、どこかに出掛けようと思ったのだ。ついでに、何か面白い事件に遭えるかもしれない。という考えから、何時も何かしら騒がしいアトラス編集部へと向かっていた。
 一方のアトラス編集部では嵐が巻き起こっていた。
「一体、どうして編集部壊されなくちゃいけないのよ?」
 シュレッダーにボツ原稿を送り込みながら麗香は、なおも冷たい声で返す。
「大体、どうして俺の願いを聞いてくれないんですかっ」
「あのね。考えてもみてよ?ここは、貴方が思ってるほど暇じゃあないのよ。そんな化石時代に滅んだようなアイドルの事を、何の得にもならないのに調べなきゃいけない理由なんてないでしょう?」
「俺にはあるんです」
「あのね・・・いい加減に」
「しないと、本気で壊しますよ」
 男の目には一片の曇りもない。
 このままでは、確実に全てを壊されるのは火を見るよりも明らかだ。麗香は眉を寄せて、編集部内を見回すが、誰もが見ざる聞かざる言わざるを実行している。つまりは、厄介な仕事など誰もしたくはないという事だ。
「本当に・・・どうしろっていうのよ」
 麗香が目の前でメラメラと今にも暴れそうな雰囲気を漂わせている男に聞えるか聞えないかくらいの呟きを漏らした時だった。
 編集部の扉がカチャリと音を立てて開いた。その扉の先にいたのは・・・。
「この騒ぎ・・・何?」
 何時も騒がしいが、それに輪をかけて変な雰囲気を感じ取ったエマが小さく呟いた。そして、その後からは、高杉 奏(たかすぎ・かなで)と羽柴 戒那(はしば・かいな)が立っていた。
「どうした?」
 扉を開けたまま中に入ろうとしないエマに奏が声を掛けると、麗香の声があたりに響いた。
「ちょうど良い所に来たわねっ!!」
 まさに、藁にもすがる思い。とでも言うのだろうか。そんな声で、扉の前で立っている3人を自分の所まで麗香は呼び寄せた。
 とりあえず、訳が分からないなりにも麗香の傍まで寄っていった。
「という訳で、この3人にそのアイドルの事を調べてもらいなさい」
「何が、『という訳』なんですかっ」
 行き成り見も知らぬ人間を、ろくろく紹介もせずに依頼をバトンタッチされてしまい男は切れてしまう寸前だった。
「俺は、本気で真剣に探してるんですよっ!!」
「だから、こっちも本気で真剣に、そんな話に付き合っていられるほど暇じゃないのよっ!!」
「何を言ってるんですか!編集部なんて生きる屍の館なんですから、今さら1つ2つの仕事が増えるくらい良いでしょうっ!!」
 どさくさに紛れて酷い事を平気で言う男の頭の上にスコン!と、すこぶる素敵に小気味の良い音が鳴った。
「落ち着いて下さい。それとも貴方は、脅迫罪で警察に通報されたいのですか?」
 口調こそ丁寧だが、その声音はブルリと背筋を凍らせるほど冷たい。
「あら、どうしたの?」
 声音と正反対の柔らかな微笑を浮かべている斎 悠也(いつき ゆうや)に麗香は声を掛けた。
「戒那さんがアトラスに寄る。と聞いたもので」
「俺に何か用だったか?」
「いいえ、そういう訳でもないです。ただ、お話をしたいなと」
「そうか」
 そう言って戒那は笑うと、悠也もつられて微笑んだ。
 そんな和やかな雰囲気を再び男が文字通り『壊した』。
「・・・とにもかくにも。警察が恐くて、男がやってられますかっ!!!たとえ、刑務所に入れられても斬首刑にさせられても、意地でもやってもらいますからねっ!!!」
「今の時代、斬首刑なんてないわよ。あるのは、絞首刑。それに、今は人権だ何だで死刑になる確率なんて低いわよ」
 エマは呆れたように男を黙らせると、近くにあったソファに腰掛ける。
「で?とりあえず、話せる事だけ話してみてよ。私達で出来る事なら手伝ってあげるわ」
 落ち着き払ったエマの言葉に、ようやく落ち着きを戻した男は深い深呼吸をしながら、エマの真正面にあるイスに座る。それから、頭で考え事を整理しているのだろうか。指を合わせたまま、難しい顔をして口を閉じている。
 その男を、とりあえず放っておいて戒那は借りていた資料を麗香に返しつつ、事の顛末を聞く。
「どうしたんだ?」
「何でも、彼にしか聞えない歌声の主を探し出して欲しいという事なのよ」
「歌声の主?」
 麗香はやっと静かになった男に目を移しながら、溜め息混じりに言う。
「そう。何でも・・・ほら、2年前まで話題になっていたアイドルがいるじゃない?その、アイドルの歌声が彼にだけ聴こえるっていうのよ。だから、そのアイドルが何かを伝えようとしているのかもしれないから、探し出して欲しいって」
「・・・・」
 呆れ返っている麗香の言葉を聞きながら、戒那は静かに口を開いた。
「女史、それは死んだ人間の可能性もあるかもしれない。噂が読んで彼もここに来たのだろう」
 こっそりと、男には聞こえないように戒那が言うと麗香は綺麗に整えられた眉を上げた。
「死んだ人間?」
 戒那は静かに頷くと同時に、男が静かに口を開いた。
「どこから話せば良いのか分からないんですけれど」
「とりあえず、貴方の名前は?」
 エマの問いかけに、男は素直に答える。
「四島 竜(ししま りゅう)です。地元の高校に通ってます」
「四島さんね」
「はい」
 四島が頷くとエマは、一つ一つ質問し始めた。
「まず、聴こえるのは歌だけなの?ほかには何か聴こえないの?」
「今の所は歌だけです」
「そう・・・。じゃあ、それは決まった曲?それとも別の曲?」
 その問いに四島は顔を隠しながら答える。
「・・・・決まった曲です」
 その態度に何かを感じたエマが次の言葉を探す前に、横から声が入ってきた。
「それで、編集部を壊してまで探して欲しいアイドルとは誰ですか?」
 腕を組んでソファの肘掛に座る悠也の問いかけに、四島は持ってきていた記事を取り出す。そこに写っていたのは、日本人なら誰もが知っているアイドルの顔だった。
「・・・マリヤ」
 記事を取り上げて、アイドルの名前を呟いた奏に戒那が声をかけた。
「知ってるのか?」
「ああ。俺も好きだったんだよ」
「そうなの?」
 エマが意外そうに問い返すと、奏は頷いて記事を四島に返した。
「歌声、本当に綺麗だったんだよな・・・。確か、最初で最後の歌姫とまで言われてたぞ」
「でも、じゃあ何で『アイドル』?」
 そこまでの実力があるならば、普通に『歌手』や『アーティスト』と言われるはずだ。
「他にも色々と。ドラマや映画、それにバラエティもやってたせいだな。そうじゃなきゃ、彼女は『アイドル』なんて言われる実力の持ち主じゃない」
「へー」
 感心したようにエマが言うと、戒那が言葉を挟んだ。
「そのアイドルとは、どういった関係だったんだ?」
「どういった・・・・って?」
 言葉を濁す男に戒那は言葉を続ける。
「『ただのファン』なら、そのアイドルが消えた時点で興味も熱も冷める。大体、次々と新しいアイドルが生まれる中で、2年も前に消えたアイドルの声が聴こえたくらいで熱心に探すのもおかしいだろ」
「そ、そんな事は」
「隠し事はしないで下さいね。本当に探し出したいというのであれば」
 悠也の穏やかな。それでも厳しい言葉に、男は口をつぐんでから溜め息を零して答えた。
「俺、彼女がデビューする前から好きなんです。彼女、何時も俺の親が経営するバーとかで歌ってて。それで、俺・・・一目惚れっていうか・・・。綺麗な歌声と容姿なのに、中身はすっごい違ってて。たぶん、綺麗な歌声と容姿だけなら惹かれなかった。彼女の、そのギャップが・・・。口調がきついだとか、笑顔で辛らつな事を言う所だとか。以外に涙もろいところだとか・・・。そういった所に惹かれていたんです」
 まるで、今も、その場にいるように語る四島の言葉に4人は静かに耳を傾ける。
「好きで。どうしようもなく好きで・・・。そう気付いた時には、押して押してまくってたんです。その想いが実ったのが、彼女がデビューする1年くらい前のことで。それから、彼女がデビューしても関係は続いていたんですけれど・・・。2年前、突然芸能界を引退したと同時に連絡が途切れて。その時も、色々と手を尽くして捜してたんですけど・・・どうしても見つけられなくて」
「それで、近頃になって彼女の歌声が聴こえ出して、ここに駆け込んだ・・・と?」
 奏の言葉に四島はコクリと頷く。
「俺の耳に聴こえてくる歌声・・・。彼女がデビューする前に一緒に、最初で最後なんですけど。一緒に作って歌った曲なんです。もしかしたら、彼女・・・俺に何か伝えようとしてるのかもしれない。違う、きっと俺に何かを伝えようとしてるんだ・・・。だから、俺は見つけたいんです。見つけて、もう1度だけ・・・あの曲を一緒に歌いたい・・・俺の気持ちも伝えたいんです」
「そうか」
 奏はそう言うと、アトラスに置き忘れたデモテープを取り上げながら一言だけ返して、再び言葉を続けた。
「ふぅん、あんたかなり熱心なんだな。探してもいいけど?」
 奏の言葉に続くように戒那が麗香に向き直り言葉を投げかけた。
「女史。この依頼、俺たちが受けてもいいかな?」
「元々、頼むつもりよ」
 麗香はそう言うと、四人に向き直って言葉を続けた。
「それじゃあ、この依頼。頼んでも良いわよね?」
 麗香の言葉に4人は声を揃えて答えた。
「もちろん」


 4人は四島の親が経営しているというバーに来ていた。
 四島の実家には『マリヤ』の履歴書や、四島が持っている『マリヤ』の情報が沢山あると四島が言ったからである。そして、四島に頼んで出して貰った資料を見ると、四島には4人が居る場所から出て行ってもらった。
 情報収集のさいに、依頼人。しかも、恋人だったという四島が居れば感情的になった彼に情報収集の邪魔になりかねないからだ。
 テーブルの上にはコーヒーが4人分並んでいる。奏がコーヒーカップに口を付けながら、四島の提供したマリヤの情報に目を通している。
 他の3人も各々で、四島に頼んで出して貰った資料に目を通している。
「ふーーん」
 芸能界にデビューした時から、女である事以外は何一つ。それこそ、年齢から誕生日にいたるまで秘密にされていたのだが、その理由が今、目の前にある資料によって分かった。
「彼女、親が居なかったのね」
「16歳の時に交通事故で死亡。それから、17歳で預けられた親戚の家から出て、このバーでシンガーとして働き出した」
「19歳の時にバーに来ていたプロダクションの社長に見初められて半年後にデビュー。そして、2年前に何故か突然の引退・・・か」
「どうでもいいけど・・・。年齢考えると」
 四島は来年の2月に高校を卒業する。とは言っていたが。
「彼女、年下趣味だったの?」
 エマの言葉に悠也が軽く咳払いをする。
「人の趣味は、それぞれでしょう」
「まぁね。私はゴメンだけど」
 エマはそう言いながら、携帯電話をいじっている。
「あ、もしもし?」
 どうやらやっと繋がったらしい相手と話し始めているのを奏が横目で見る。
「どこにかけてるんだ?」
「『マリヤ』が所属していたプロダクション。直接行っても、アポが取れてなきゃ会えないだろうからってさ」
 戒那が答えると奏は納得したように頷いた。
「でも、社長クラスの人に会えるのでしょうか?」
「大丈夫だろう。話術に関しては右に出る人いないからな」
「なるほど」
 悠也が納得すると、エマの話し声に耳を傾けた。電話の話し声を盗み聞きする趣味はないが、この場合なら良いだろう。
「初めまして。私、月刊アトラス編集部のシュライン・エマと申します。今日、貴社にお聞きしたい事がございまして。もしよろしければ、お時間の方を頂けないかと。え?来週まで・・・。そうですか。じゃあ、1つだけお聞きしてもよろしいでしょうか?お時間は取らせませんので。・・・・・・はい、ありがとうございます。お聞きしたいのは、2年ほど前まで貴社に所属されていた『マリヤ』さんについてなのですが・・・・。は?」
 思いっきり間の抜けた返事を返したエマに、他の3人が何事か?と身を乗り出す。
「知らない?・・・。いいえ、確かに貴社に所属・・・・は?ちょ、ちょっとっ!!!」
 最後には敬語すら使わずに叫ぶエマが呆然と耳から携帯電話を外すと、ツーツーという機械音が規則的に辺りに流れる。
「どうしたんだ?」
 戒那が尋ねるとエマは頭を振って答えた。
「どうしたもこうしたも・・・。『マリヤ』なんて知らないって」
「知らない訳ないでしょう?当時、彼女のおかげでプロダクションは大分潤ってたようですから」
 悠也が資料を手に持ちながら答えると、エマは携帯電話の通話を切って机の上に投げ置いた。
「そうじゃなくて、あれね。ほら、勘当した子供の居場所を尋ねられた時に親が『そんな奴は知りません』って答えるのと一緒の口調だった」
「つまりは、関わり合いなどない」
「そういう感じだったわね。何だか『マリヤ』の名前を持ち出した途端、急に怒り出したから」
 戒那は溜め息を吐くと、奏の方を振り向いた。
「となると、後は奏の出番だな」
「そう・・・なるか」
 奏は取り出した携帯電話で先程から知人にメールしているらしく、手元がせわしなく動いていた。
「でも、どうして『知らない』なんて答えたんでしょうか?」
 悠也の言葉にエマはコーヒーカップに手を伸ばしながら答える。
「資料を見る限りじゃあ、仕事を辞める時も別段プロダクションとは揉めてないような感じもあるけれど・・・。でも、突然だったし何か本当はあったのかもね」
「そうらしいな」
 エマの言葉に奏が突然答えた。
「どういう事?」
「水面下じゃあったって事だよ」
「何か分かったのか?」
「ああ。少しな」
 奏はそう言うと、携帯電話の通話ボタンを押した。
「もしかしたら、彼女と生きて会わせられる事は難しいかもしれないな」
「もしかして?」
 悠也が眉を潜めると、奏が苦笑を浮かべて頷いた。
「まだ、死んでるとは決まってないけどな・・・・。っと、俺だ」
 携帯電話を耳につけ奏は話し始めた。
「悪ぃ、突然。あのさ、2年前に『マリヤ』っていうアイドルいたろ?ああ、そいつの事調べてるんだけどさ・・・・ああ、じゃあ入院してるってのは本当なんだな」
 奏の言葉に3人は顔を見合わせた。
「メールで見てよ・・・・ちょっとな、ヤボ用だ。で、入院先分かるか?・・・・そうか。分かった。じゃあ、メールで良いから教えてくれ。頼んだぞ」
 奏は電話を切ると3人に向き直って、残ったコーヒーを一気に煽ってから言葉を続けた。
「すぐに『マリヤ』の入院先が分かる。そうしたら、四島を連れて行くぞ」
「ちょっと待って」
 エマが奏を止めると、戒那が言葉を続けた。
「入院って・・・どうしたんだ、彼女は?」
 奏は言葉を探しながら、メールの着信音が鳴ると携帯を見ながら答えた。
「まだ、生きてはいるさ・・・。かろうじて、ではあるがな」
「じゃあ」
「2年前、彼女が突然芸能界を引退したのは、その辺りが原因なんだよ」
 そこから先は、四島も居た方がいいだろうと奏が言うと悠也が別室で待っている四島を呼びに席を立った。その間も奏は携帯でメールのやり取りをしている。
 部屋の中に入ってきた四島を見て、奏は席を立った。それにならって、エマと戒那も席を立つ。
「話は車ン中でだ。すぐに行くぞ」
 外に置いてある車に乗り込むと、奏が口を開いた。
「世間一般には公表されてないがな。『マリヤ』は喉頭ガンで、入院をせざる終えない状況だったらしいんだ」
「ガン?」
 信じられないというように四島が聞きなおすと、奏が頷いて言葉を続ける。
「良くても、もう歌は歌えない。そんな状況らしい」
「そ、んな」
「本当はもっと早くに発見していたんだが、『マリヤ』が手術を拒否したんだ。歌を歌えなくなるのは嫌だと言ってな」
 奏はそう言いながら四島の方をチラリと横目で見た。
「しかし、結果は・・・もう、手術をしても声すら出せない。命すら危ない場所へと立たされる事になった。プロダクションは、2カ月後に控えたコンサートツアーや雑誌のインタビュー。それに、テレビ出演のキャンセルで大分打撃を受けたようだな」
「それで?」
 エマが呟くと奏は頷いた。
「ああ。プロダクション側としては、治る治らないは別としてもっと早くに言って貰えれば打撃も少なくてすんだのに、直前まで何も言わなかった『マリヤ』に腹を立てたという訳だ」
「それが、あの『知らない』発言なんですね」
 悠也が溜め息混じりに呟くと、戒那は青い顔をして俯いている四島に声をかけた。
「大丈夫か?」
「・・・あんまり」
「しっかりしろ。キミはずっと『マリヤ』に会いたかったんだろう?」
「・・・・はい。で、も」
「あんたにだけ歌声が聞こえたのは、きっと・・・。彼女があんたにだけは気付いて欲しかったんじゃないのかな?『私はここにいる』って」
 エマの言葉に戒那が頷いた。
「たとえ、どんな事が待っているとしても男なら女を安心させる為に笑って見せろ。いいや、好きな人の為なら笑顔で最後まで抱き締めてやれ」
「・・・・・はい」
 四島は唇を噛み締めて静かに頷いた。しかし、その顔からはとうてい『マリヤ』と会っても笑顔なんて浮かべれそうにない事は分かる。
 そんな四島の様子を見て、悠也は静かに溜め息を吐いた。
「何をしてるんですか?好きな人に会えるんですよ?」
「は・・・い」
「もしかしたら、小さな奇跡くらい起こるかもしれないじゃないですか」
 そう悠也が言うと、車がキキィとタイヤを鳴らして止まった。そこから、4人と四島が降りると4階にあるICUへと急いで向かう。途中で会った、看護士や医者に注意されながらも『マリヤ』のいる病室へと辿り着いた。
 病室の前には『佐々木 恋歌』と書かれたプレートが掲げられている。きっと、これが『マリヤ』の本名なのだろう。
「開けてくれないか?」
 戒那はそう言うと、四島の手を病室の扉のノブに手を掛けさせた。戒那よりも一回り大きな手は小さく震えていた。
「・・・・ずっと、好きだったのでしょう」
 2年もの間、ずっと捜し求めてしまうほどに。
 悠也が呟くと、四島はゆっくりと深呼吸をして、やがて決心がついたように扉を開かせた。
 そこには、透明のビニールの壁に覆われて幾つもの線やチューブに繋がれた『マリヤ』の姿が横たわっていた。
「・・・れ、ん・・・か」
 小さな呟きが四島の唇から漏れると、静かに涙が零れ落ちて行った。
「何をやってんだよ・・・お前」
 四島はそう言うと恋歌の傍まで寄ってベッドの横に足を付いて、泣きながら笑うという複雑な表情を浮かべて見せた。
「どうして、何も相談してくれなかったんだよ。言ってくれれば良かったんだよ・・・。ずっと、ずっと捜してたんだぞ?何時も1人で決めて、1人で実行して・・・・なぁ、俺そんなに頼りないのかよ?俺、恋歌にもっともっと頼ってもらいたかったんだよ。恋歌より年下だけど、でも・・・支えられるって思ってっちゃ、自惚れたらダメなのかよ?なあ、答えてくれよ」
 小さな叫びの慟哭にエマは目を伏せた。
 その時、ふとエマは四島に見せてもらった曲の譜面と歌詞を思い出した。2人で作って、2人で歌ったという曲。切ないくらいのラブバラード。
 エマは口を開いて小さく、その曲を紡ぎだした。
 その声に驚いたように四島がエマの方へと振り向くと、戒那がそっと四島の元へと歩き肩に手を置いた。
「歌ってやれ。彼女が、何を伝えたかったのかは分からない。だが、彼女はキミにだけ声を届けていたんだろう?だったら・・・」
 1番2人が幸せだった頃の曲を。想い出だけが溢れる曲を、今度は四島が届けろ。と、そう言外に呟く。
 もし、目の前にいる『マリヤ』が四島に声を。歌を届けたいと願っているのであれば、四島の歌声によって目を覚ますかもしれない。そんな淡い期待を寄せて、エマは静かに歌を紡いていく。
 優しく響くエマの声に、四島は涙を止めるとビニールの壁を押し退けて横たわる最愛の恋人の手を握り歌を紡いだ。
 ずっと一緒に居ると約束した。昨日のようなあの日のように。
 ただ、愛しさと切なさの想いを代弁させるかのように。
 その様子を見ていた悠也は静かに『マリヤ』の傍まで歩み寄ると、静かに寝ているだけとしか思えない『マリヤ』の顔を見つめた。
(特別サービスですね)
 そう心の中で囁いて、額に手を当てると普段は使わない治癒能力を発揮させた。
 悠也の能力や血筋を知らないエマや奏は、四島の方に気を取られているが、唯一、悠也の能力の事を知っている戒那だけは悠也の行動を見守っていた。
 悠也が『マリヤ』の額から手を離してから、少し経った後。閉じられていた『マリヤ』の瞳が、うっすらを開き、隣で手を握りながら歌を歌っている四島の姿を見つけて目を見開いた。
「・・・・りゅ、う」
 小さな鈴の鳴るような声に、四島は顔を上げた。
 そこには、目を開けて四島を見つめる『マリヤ』の姿があった。
「ゆめ?・・・だって、りゅうがいる・・・・か、みさま・・・が。かなえてくれたのかなぁ」
 夢を見るように目を潤ませた『マリヤ』が呟いた。
「りゅうに・・・さいごにあいたいって・・・・だから、わたしのいばしょをしらせるために・・・・こえを、とどけてって・・・ずっとずっとおねがいして・・・た、の」
 だから。と続ける声を四島は制した。涙を零しながら、笑顔を浮かべて答える。
「バカ。ずっと・・・お前が居なくなっても居ても、お前の声はずっと俺に聴こえてたよ。あの、歌がずっと聴こえてたんだよ」
 そう言うと、すぐに四島はナースコールのボタンを押した。
 その後姿を見守りつつ、4人は病室を後にした。病室から出て、前を歩く奏とエマから距離を取ってから戒那は悠也の袖を引っ張って聞いた。
「治癒能力使ったんだろう?」
「さあ?何のことでしょう」
 クスクスと笑いながら答える悠也に戒那は肘で横っ腹を突付いた。
「ま、今回は悠也が居てくれて良かったよ」
 じゃなきゃ・・・。
 と、言葉を区切ってから戒那は病室の方へと目を向けた。
「今回は、きつかったかもしれないからな」
 あんな場面を見ながら何も出来ないのは。そう物語る戒那の瞳に、悠也は目を細めて答えた。
「神様のお導きでしょうね」
 そう軽く答えた悠也の答えに戒那は大声で笑いたいのを堪えて頷いた。
「そうかもな」
 病院の前に止めた車の前でエマと奏が待っているのを見ると、2人は急いでその場まで歩いた。
 車に乗り込んで、病院から離れると奏が不意に「俺の家に来るか?」と聞いた。
「そうね。私、別に用事ないし」
「俺もないですし、いいですよ」
「右に同じ」
 3人が答えると、奏はニッと笑って車を奏の自宅へと回す。
 しばらくして付いた奏の家に上がると、通いなれて奏の家の事は把握している悠也が人数分のお茶をすぐに用意し始める。
「悠也、手伝うわ」
 そう言って、エマも台所に入ると戒那が台所に閉まってあるシャンパンとグラスを持って窓枠に背中あわせで座った。その様子を見ながら、エマと悠也は笑ってお茶の仕度を進める。遅れてリビングに入ってきた奏の手にはギターが握られていた。
 ソファに座ると同時に、悠也が入ったばかりのお茶を出す。それから、悠也とエマもソファに座り疲れを癒すようにお茶を一口飲む。
 奏もギターを横に置いてお茶を一口だけ飲むと、ふぅと溜め息を付いてからギターを再び取り上げて先程まで聴いていた曲を奏で始めた。
 切ないくらいに愛しさの溢れるラブバラードに、エマが声を合わせて歌い始める。その歌声に悠也と戒那は耳を傾けながら、そっと静かな気持ちになっていた。
 悠也の治癒能力は絶大だ。きっと、後遺症も無く『マリヤ』は治るだろう。だが、きっと『マリヤ』は『マリヤ』としてではなく、ただ『佐々木 恋歌』として好きな人の傍だけで歌っていくような気がした。それは、確信に近い。もう2度と、あの2人は離れないだろうという確信。
 その時、悠也の脳裏にあの年中ラブラブな夫婦の事が浮かんだ。
(あれはあれで、幸せなんだろうな)
 そんな事をぼんやりと考えていると、不意に音楽が途切れた。ボォッとした頭が現実に戻されると、窓枠にもたれて座っていた戒那が静かな寝息を立てていた。それを見た奏が、ギターから手を離しソファから立ち上がって別の部屋へと移動していく所だった。
 別の部屋へと移り、再び戻って来た奏の手には毛布が携えられていた。
 戒那を起こさないように、静かに毛布を掛けると優しい笑顔を浮かべ奏は戒那の髪を撫でた。
「お疲れさん。お姫様」
 そう言って微笑む奏を見ながら、エマは小さく微笑んで再び歌を紡ぎ始めた。
 きっと、これから出会う曲の中でも1・2を争う位に好きになってしまった。あの2人が奏で、再び巡り合うきっかけとなった曲を。


 声を届けて。
 あの人に、ただ声を届けてくれれば
 それだけで何も望まない。
 この広い世界で、ただ1人の貴方と出会えた奇跡を
 この広い世界で、たた愛しい人と言える貴方に
 お願い。
 私の声を届けて。
 それだけで、もう他には何もいらないから。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26/ 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】

【0367 / 高杉・奏 / 男 / 39 / ギタリスト兼作詞作曲家】

【0121 / 羽柴・戒那 / 女 / 35 / 大学助教授】

【0164 / 斎・悠也 / 男 / 21 / 大学生・バイトでホスト】
※並び順は、申し込まれた順になっております。

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■         ライター通信          ■
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 まず初めに。
 今回は、お話の展開上、全て同一の文となっています事をご了承下さいませ(平伏)
 
□シュライン・エマ様
 拙い依頼に、再度のご参加。誠にありがとうございます(ぺこり)今回は、『歌』がキーワードという事で、ここはエマさんの登場だろう。と張り切ってみたのですが・・・如何でしたでしょうか?(ドキドキ)もっと、歌う場面があれば良かったのですが。何せ、お話がお話でしたもので(汗)でも、エマさんの特技を少しでも発揮できていたと思っていただければ、嬉しいです(^−^)

□高杉・奏様
 このたびは、拙い依頼にご参加頂きましてありがとうございます(ぺこり)とても嬉しかったです。やはり今回は『歌』がテーマになっているからか、その筋(笑)の方に登場して頂けて、とても嬉しかったです(^^)活躍が地味になってしまった部分もありますが、でも最後のしっとりとした部分は奏さんと戒那さんのお陰だと思っております。

□羽柴・戒那様
 このたびは、拙い依頼にご参加頂きましてありがとうございます(ぺこり)とても嬉しかったです。ボーイッシュというか、エマさん同様にカッコいい女の人というのは非常に私が好きなタイプであり、また私の文才では、そのカッコよさが存分に現れているかどうか不安なタイプでもありますが、今回は如何でしたでしょうか?(ドキドキ)最後の部分で、奏さんとしっとりきめて頂いた部分は、今回のお話の中で1番、好きな場面です。その場面を提供するプレイングを仰って下さった戒那さんには、本当に感謝の気持ちで一杯です。

□斎・悠也様
 このたびは、拙い依頼にご参加頂きましてありがとうございます(ぺこり)とても嬉しかったです。悠也さんが登場して下さったおかげで、このお話はハッピーエンドになりました(笑)暴露話になりますが、当初の予定ではアンハッピーエンドの予定でしたので(笑)お話を読む人としては、きっと悠也さんの存在は救世主のように感じられる方もいらっしゃるのでは?


 最後になりましたが。
 今回は本当に、拙い依頼へのご参加をありがとうございました(ぺこり)何時も思いますが、私の文才で表し切れない皆様の素敵なプレイングを、どこまで活かしきれているかが心配の種です。少しでも皆様に『ああ、こういう話好きかも』、『うん、楽しかったゾ』と思っていただければ、これ以上の幸せはございません。
 また、どこかでお会いできるのを楽しみにしつつ・・・・。