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調査コードネーム:除夜の鐘をききながら
執筆ライター :水上雪乃
調査組織名 :草間興信所
募集予定人数 :1人
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しんしんと雪が降る。
聖夜を終えた街に。
今年も、もうすぐ終わりだ。
去りゆく年に別れを告げ、新たな年を迎え入れるのだ。
道行く人々も、どことなく肩を寄せ合っているように見える。
やはり、年の最後くらい大切な人と一緒にいたいのだろう。
「平和なことだ」
薄汚れた窓を開け、草間武彦がぼそりと呟いた。
自嘲とも嫌みともとれる言葉。
他人の幸福を羨むほど、劣悪な境遇にいるわけではないのだが。
まあ、人間の欲には限りがない、というところだろう。
「あいつらは、誰と過ごすのかな‥‥」
ふと呟く。
今年一年、世話になった友人たちの顔を思い浮かべながら。
※特殊シナリオです。
誰でも、好きなNPCと絡んで大晦日を過ごしてください。
※水上雪乃、2002年最後の作品です。
ついでに、300本記念です。
一名様限定です。
料金が高くなっているので、ご注意ください。
※2003年最初の受注は、1月13日(祝)です。
来年もよろしくおねがいいたします。
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除夜の鐘をききながら
しんしんと。
白い欠片が舞い降りてくる。
すべての罪と汚れを覆い隠すように。
街を染めあげてゆく。
「なにやってんだろ‥‥」
紡がれた言葉が、一瞬だけ空中にわだかまり、大気に溶けていった。
黒い髪とロングコートの肩に、結晶がしがみついている。
シュライン・エマは、蒼い瞳に憂愁の色をうかべ、降りしきる雪をぼんやりと見遣った。
どうして大晦日に喧嘩などしなくてはいけないのだろう。
ひどい話だ、と、思う。
もう少し互いに譲り合えたら、こんな寂しい思いをすることはないのに。
いつもそうだ。
喧嘩のあとは、罪悪感と後悔だけが残る。
それでもぶつかってしまうのは、生きている人間同士だから。
あるいは、好きだから。
「なのよね‥‥? 武彦さん‥‥」
見上げる。
たったいま飛び出してきた場所。
草間興信所という探偵事務所が入った、古ぼけたビル。
「‥‥一緒に年越ししたかったな‥‥」
溜まっていた仕事を片づけ、年末恒例の歌合戦を見て、年越し蕎麦を食べて、一緒に除夜の鐘を聞いて。
溜息が漏れてしまう。
ごくごくささやかな望みだったはずだが、どうも叶いそうもない。
「帰ろっかな‥‥」
呟いてみる。
この段階で、彼女に与えられた選択肢は二つある。
一つは、事務所に戻って仲直りすること。
もう一つは、口に出したように家に帰ってしまうことだ。
より簡単な道は、むろん後者であろう。
ただ、事態の解決にはあまり寄与しないが。
さっさと和解した方が良いのだ。
時間をかければかけるほど、溝は深まるのだから。
とはいえ、意地っ張りを絵に描いてコンピューターグラフィックスで動かしたような性格のシュラインには、いまさら戻ることなどできなかった。
否、不可能とはいわないまでも、至難だった。
「ごめんね☆ てへ♪」
なんて、言えるわけがない。
素直に、とは、なかなかできないものである。
見捨てられた子猫のように、とぼとぼと家路をたどる。
舞う粉雪の中を。
草間武彦は、後悔していた。
いつものことだが、どうしてもっと優しい言葉をかけられないのだろう。
自分の性格が嫌になってくる。
そういう関係になってから、はじめて一緒に新年を迎えるのに。
「仕事が終わったら帰って良いぞ」
とは。
愛想のないこと夥しい。
まるでバカである。
本当は、
「今夜は帰らずに、一緒にいて欲しい」
と、言っているのだ。
副音声で。
もちろん草間の恋人であるシュラインに聞こえるはずもない。
超聴覚を有する彼女でも、口に出していない声まで聞き取れるはずがなかろう。
そんなことは、いくらタコの草までも判っているはずなのだが。
「度し難いな‥‥我ながら」
いまさら再確認する必要もないことだ。
黒髪の怪奇探偵が、どうしようもない阿呆だということは、ほとんど全人類が知っている。
そのほとんどに含まれないはずの本人が認めたのだから、まあ、めでたしめでたしというところだろう。
「零‥‥」
草間が口を開く。
「なんですか? 兄さん」
妹の零が応えた。
「頼むから、第三者のような顔で手記を書くのはやめてくれ‥‥しかも、声に出して‥‥」
「手記じゃないです。日記です」
「似たようなものだろうが‥‥」
「公開の予定はありませんから。それに」
「それに?」
「端からみてると、つい書き残したくなっちゃうんです。第三者としては」
いたずらっぽく笑って舌を出す零。
いろいろな表情を見せてくれるようになったのは良いことではあるが、自分たちがネタだと思えば、なかなか無邪気に喜べない怪奇探偵だった。
「でもな。そのうちお前の義姉になるんだぜ」
なんとか効果的な反論をしようとして、とてつもなく恥ずかしいことを言ってしまう。
まあ、モンキーなのだから仕方がない。
ひと、それを自爆という。
「我が家に素敵な家族ができますね。で、プロポーズはしたんですか?」
「う゛‥‥」
そして、素で返される。
草間が口で勝てるとしたら、六歳児くらいまでだろう。きっと。
むろん、零は六歳ではない。
したがって、怪奇探偵が勝てる見込みなど、月に兎が住んでいる可能性とほとんど一緒だ。
「先走るのもけっこうですけどね。兄さん」
「う、うむ‥‥」
「まずは仲直りするのが先決だと愚考しますが。どうです?」
この上もない正論である。
耳が痛かった。
心も。
「‥‥そうだよな‥‥」
なんとなく俯く草間。
にっこりと笑って、零がコートをさしだした。
「いってらっしゃい。ご馳走をつくって待ってますから」
一年の最後に、お祈りをする。
それが、子供の頃からの習慣だった。
信じてもいない神さまに祈るのだ。
「今年は、あまり良い子ではありませんでした。来年こそ、もう少し良い子になれますように」
と。
馬鹿なことを、とも思うが、子供の頃に染みついた癖というものは、なかなか抜けないらしい。
自分を変えるのは、自分自身。
他の誰でもない。
そのことに、彼女はとうに気が付いている。
コートの襟を立て、シュラインは雑踏を歩く。
「暇人が多いわね。案外」
口に出してから苦笑が浮かぶ。
彼女もまた、暇人の一人なのだから。
家には帰らずに街に出たのだ。
まあ、一人住まいのマンションで年越しというのも、少し寂しいから。
だが結局、にぎわう街も青い目の美女の寂寥を、たいして慰めてはくれなかった。
それを埋められる人間がいるとすれば、この世にたったひとりだけである。
「武彦さん‥‥」
呟いてみる。
むろん、応えるものなど誰もいない。
抱きしめてくれるものもいない。
「なんでこんな日に喧嘩しちゃうかなぁ‥‥バカ‥‥」
あるいはそれは、自分に向けた言葉だったのかもしれない。
いつの間にか雪はやみ、満天の星空が広がっていた。
白い結晶は、大気まできれいにしてくれたのだろうか。
せまい東京の空も、冷涼で透明な輝きを満たしている。
「なんか、少しだけ哀しい星空ね‥‥」
溜息は、目前に白くわだかまった。
それはおそらく、シュラインの心が言わせた言葉だったのだろう。
人の目は、心によって見るものを変える。
美しいものが見えなくなったり、醜いものにも美を感じたり。
まるで奇跡のように瞬く星も、今日のシュラインには、あまり感銘を与えない。
「寂しいな‥‥」
おかしなものだ。
去年は、べつに寂しいとは感じなかった。
ごく普通に新年を迎えたはずだ。
恋をすることで、人は強くもなるし弱くもなる。
つまり、そういうことなのだろう。
黒髪の青年を、ただ見つめるだけだったあの頃。
こんな寂しさを感じたことはない。
恋人になったから。
独占したいと願ったり、縛り付けてしまったり。
知らずいたかった。
醜い感情など。
「バカなのは私‥‥望んで手に入れたものなのに‥‥」
手に入れた瞬間から、失う恐怖を感じている。
凍える指先に息をはく。
小指には、赤い糸は結ばれていなかった。
未来。
そこに保証はない。
もしあるなら、悩んだり苦しんだりしなくて済むのに。
「ねぇ彼女ぉ。ひとりぃ〜?」
車道から声がかかった。
軽く視線を動かす。
なんだかよく判らないが、ナンパらしい。
彼女よりわずかに年少そうに見える男が、車窓から手を振っている。
「あによ?」
シュラインの機嫌が、一気にレッドゾーンに突入した。
「そんなに怖い顔しないでさぁ。遊ぼうよぉ」
どうやら酔っているらしく、男の呂律は微妙に回っていない。
「お呼びじゃないわね」
「そんなこと言わないでさぁ」
「‥‥‥‥」
「なんだった家まで送るしぃ」
無視を決め込むシュラインに、しつこく食い下がる。
本当なら、毒舌の一〇ダースくらいはプレゼントしてやりたいところだが、こういう手合いは無視するのが一番だ。
ところが男は、わざわざ車から降りて近づいてくる。
足を速めるシュライン。
かまっていられるか、という意思表示だ。
普段であれば、これで充分に通じるはずなのだが。
「その冷たさがたまんねーなぁ」
しつこくつきまとってくる。
酔っているからか、単に諦めが悪いからかは判らないが、とにかく迷惑きわまりない。
「‥‥ちょっと、いい加減にしなさいよ‥‥」
押し殺した声が、紅唇から紡がれる。
まったく、ただでさえ虫の居所が悪いというのに。
青い瞳から放たれる眼光は、ほとんど殺人的なまでに凶悪だった。
「そんな怖い顔したってだめさぁ。どうせ溜まってるんだろぉ」
「‥‥‥‥」
「俺が慰めてやるぜぇ。ひぃひぃ言わせてやるからよぅ。年越しエッチしようぜぇ」
いっそ見事なまでに下品で即物的である。
反射的に、シュラインの右手が閃く。
頬を打たれた男がたじろ‥‥がなかった。
にやにやと笑いながら、彼女の手を掴む。
アルコールで痛覚が鈍化しているのだろうか。
「へへへ。捕まえたぁ」
ずいぶんと性質の悪いナンパ師である。
「放してよ」
「やだよぉ」
「でも、放さないと殺すわよ」
不穏当な台詞は、シュラインが口から出たものではない。
「綾さん!?」
視線を受けて立っていたのは、札幌にいるはずの助教授だった。
「相方とカウントダウンパーティーに来たんだけどね。はぐれちゃったのよ」
ごく簡潔に事情を説明してから、
「アンタ。わたしの友達に手を出したら、来年の今日を一周忌にしてあげるわよ」
男に詰め寄る。
冗談めかした口調ながら、表情は完全に本気だった。
端で見ているシュラインが、物理的な痛みを感じたほどに。
そう。
青い目の美女は知っている。
この危険にな魔術師が、冗談など一言も口にしていないことを。
「なんだこのアマ。ふざけてんのか!」
酔漢が、綾に掴みかかろうとする。
「おやすみ。ぼうや」
声が響き、男の身体が崩れ落ちた。
そのままぶるぶると震えている。
「なにしたの? 綾さん」
「いつもの催眠術よ。いまコイツは、雪山で凍死しかかってる夢を見てるわ」
「さすが‥‥」
呆れたような感心したような呟きを漏らすシュライン。
「運が良ければ誰か助けてくれるでしょ」
酷薄なことを言って、綾がひらひらと手を振る。
まあ、こんな日は泥酔者が多いから、そのうち助けてもらえるだろう。
救急関係者には迷惑な話であろうが。
「じゃ、わたしは引き続き、アイツの捜索でもするわ」
「がんばってね〜」
崩れた敬礼を交わし合ったのち、年長の友人が雑踏に消えてゆく。
くすりと笑ったシュラインだったが、すぐに笑いが苦みをおびた。
二組のカップルを比較対照してしまったのだ。
「いけないいけない」
軽く頭を叩く。
嫉妬など、らしくもない。
やはり少し失調しているのだろうか。
肩をすくめて歩き出す青い目の美女だった。
遠くから、除夜の鐘が聞こえていた。
さて、失意のシュラインが知らない事実がある。
お節介な魔術師がわざわざ携帯電話で、彼女の居場所を怪奇探偵に知らせたのだ。
これによって、草間は恋人の傷心を知り、探し回る足を速めることになった。
世の中には、けっこう世話焼きが多いようである。
ビルに設置された大きなデジタル時計が、淡々と時を刻む。
溜息混じり蒼い瞳に、二三時五九分の文字が映る。
広場に集まった人々は、既に浮かれムード最高潮だ。
マイクを持った女性が、あでやかな声で秒読みを開始する。
カウントダウンだ。
去りゆく年に哀惜を込めて。
迎える年に希望を抱いて。
数字が減少してゆく。
いまのシュラインには、少しだけ切なく。
そして、カウントが五を告げた時、彼女は肩を叩かれた。
振り向いた先には、息を弾ませた恋人の顔。
驚きに目を見開くシュライン。
「武彦さん‥‥!?」
だが、その声は音波にはならなかった。
唇がふさがれたから。
甘く情熱的なキス。
開かれた青い瞳が、ゆっくりと閉じてゆく。
そのとき、一斉にイルミネーションが点灯した。
カウントダウンが終わり、西暦二〇〇三年が訪れたのだ。
二年越しのキス。
やがて、唇を離した草間が、
「ぎりぎりセーフだったな」
と、いった。
「バカ‥‥セクハラよ‥‥」
と、シュラインが応える。
なんとも散文的な会話であるが、まあ、この二人ならこんなものだろう。
「今年もよろしく」
「‥‥うん!」
一年の最後の日、彼女はお祈りをする。
普段はあまり信じていない神さまに。
「今年はあまり良い子ではありませんでした。来年はもう少し良い子になれますように」
と。
それは、きっと自分に言い聞かせるため。
前に進むため。
新たな年の訪れを告げるイルミネーションと星降る夜空が、寄り添った恋人たちを見まもっていた。
いつまでも。
未来への鐘を打ち鳴らすかのように。
終わり
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/ シュライン・エマ /女 / 26 / 翻訳家 興信所事務員
(しゅらいん・えま)
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■ ライター通信 ■
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お待たせいたしました。
「除夜の鐘を聞きながら」お届けいたします。
ちょっと除夜の鐘からは離れた話になってしまいましたが(汗)
楽しんでいただけたら幸いです。
おそらく、お手元に届くころには新年となっていることでしょう。
あけましておめでとうございます♪
それでは、またお会いできることを祈って。
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