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怒れる黒き翼
2003年、元旦。
東京の空を、真っ黒な影が覆った。
カラスである。
無数のカラスたちが、東京の空を黒く染めていた。
明らかに異常な事態であった。
一部の人間は、これを何らかの不吉な事態が起こる前兆だと考えた。
同日午後。
数日前から行方不明になっていた東京都職員が、江戸川沿いの陸橋下で遺体で発見された。
遺体の全身には、カラスのものと思われる爪痕と、つつかれた跡が無数に残っていたという。
その男の名は芹沢一馬。
東京都のカラス対策プロジェクトチームに所属していた男だった。
そして、同日深夜。
ゴーストネットの掲示板に、このような「犯行声明」が出された。
−−−−−
投稿者：ヤタガラス
題名：犯行声明
本日遺体が発見された東京都職員・芹沢一馬を殺害したのは我々である。
芹沢は都のカラス対策プロジェクトチームに所属し、主にカラスの捕獲作業に関わってきた人間であり、同作業によって多くの同胞を殺された我々にとっては、決して許すべからざる不倶戴天の仇敵であった。
我々はここに警告する。
東京はすでに人間だけのものではなくなっている。
このことを忘れ、自分たちだけを特別と考え、我々カラスへの迫害を今後も続けるのであれば、我々も再び爪と嘴を人間たちの血で染めるのを厭わない決意である。
なお、その場合、報復対象となるのは、実際に我々への迫害を行っている人間のみにとどまらない。
我々が報復の対象とするのは、東京にいる全ての人間である。
繰り返す。我々が報復の対象とするのは、東京にいる全ての人間である。
−−−−−
しかし、この書き込みは、その後ものの数分で削除された。
1月2日。
「カラスの大群、東京上空に襲来」「カラスの仕返し？ 行方不明の都職員、遺体で発見」などという文字が、新聞の紙面やテレビのニュースに踊った。
だが、ゴーストネットの掲示板に書き込まれた「犯行声明」について触れたものは、一つとしてなかった。
あの書き込みをただの悪戯と受け取ったのか、それとも……。
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「ねぇ」
昨日見た掲示板の書き込みを思い出しながら、新堂朔（しんどう・さく）は尋ねた。
「あの事件って、本当にカラスの仕業なのかなぁ」
「カラスが犯行に関わったのかという意味ならイエス。
本当にカラスが一から計画したことなのかという意味ならノーだな」
そう答えたのは、この部屋の主である霧島樹（きりしま・いつき）である。
「状況から考えて、実行犯がカラスである可能性は高い。
しかし、いくら鳥類にしては知能が高いと言っても、カラスが掲示板に書き込めるわけはないし、犯行声明などと言う人間くさいことをするとも思えない」
言われてみれば、確かにその通りである。
樹の言葉に納得しながらも、朔はさらにこう続けた。
「でも、カラスさんたちだって、何の不満もなければあんなことに手を貸したりはしないよね。
カラスを駆除してるっていうのは本当みたいだし、やっぱこれって人間の傲慢なのかなぁ」
「確かに、人間の傲慢かも知れない。
だが、今さらそれをやめることが出来ると思うか？」
「駆除されることになった原因って、ゴミを荒らしたりするからでしょ？
だったら、専用の餌場みたいのを作って、カラスさんと話し合いを……」
その言葉に、樹は「やれやれ」と言った様子でこう答える。
「カラスが人間の指図を受けると思うか？
それに、もし万一カラスを納得させられたとしても、役所がその提案を聞くと思うか？」
「やっぱ、無理かなぁ。
でも、血を流さずに済むんなら話し合いが一番だと思うんだけど」
「話し合いか。
朔ならカラスと話し合うこともできるかも知れないが、この事件には人間の黒幕がいる可能性が高い。
そいつを何とかしない限り、事件の解決は不可能だろうな」
話を続ければ続けるほど、樹の言うことの方が現実的なことがわかる。
朔が小さくため息をつくと、樹は苦笑いを浮かべた。
「まあ、そっちは私が雫と協力してやっておくさ。
朔がカラスと話し合ってみたいというなら、やりたいようにやってみるといい」
「うん！」
そう答えて、朔は元気よく頷いた。
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樹と別れてから約二時間後。
朔は、芹沢の遺体が発見された陸橋のそばに来ていた。
辺りは警官と野次馬でごった返しており、その全員が全員、頭上を飛び交う何十、いや何百というカラスたちを、恐怖と、怒りと、そして憎悪の入り交じった視線で見つめている。
その様子に、朔は頭を抱えた。
（こんなんじゃ、とても交渉どころじゃないよ）
カラスの側は不明だが、この光景を見る限りでは、人間の側に到底交渉に応じる意思があるとは思えない。
しかし、全ての人間がこうではないはずだ。
朔はそう思い直すと、芹沢の霊でも見つからないかと思ってカナンと一緒に辺りを探してみた。
けれども、芹沢はここで殺されたのではないらしく、ここには彼の霊魂は見あたらなかった。
「誰かいないかなぁ、カナン」
そう呟いて、試しにカナンの力を少し解放してみる。
すると、その力によって生まれた、朔にだけ見える光の線が、人だかりの後ろの方にいる一人の男を指し示した。
「カナン、あの人と話してみろっていうの？」
その問いかけに、カナンが肯定の意思を送ってくる。
「わかった、じゃ、ちょっと行ってみるね」
そう答えて、朔はその男の方に向かった。
「あのー」
朔が声をかけると、男は怪訝そうな顔をして彼女の方を見た。
やや大柄の、真面目そうな男で、年齢はおそらく３０代前半くらいだろう。
「亡くなった芹沢さんのお知り合いの方ですか？」
そんな言葉が、朔の口をついて飛び出す。
理由は朔にもわからなかったが、なんとなくそう思えたのだ。
そして、そのカンは間違ってはいなかった。
「ああ。職場の同僚だが」
そう答える男に、さらに尋ねる朔。
「じゃ、あなたもカラス対策プロジェクトチームの人なんですか？」
男は少し戸惑った様子を見せた後、苦笑しながら答えた。
「確かにそうだが、君は一体誰だい？」
「あ、あたしは新堂朔って言います。
実は、カラスのことについて、ぜひ聞いてもらいたいことがあるんです」
朔がそう言うと、男は少し考えてから小さく頷いた。
「私もそう影響力があるわけじゃないが、それでもいいというなら聞かせてもらおう」
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四柳（よつやなぎ）と名乗った男に、朔は次々と質問をぶつけた。
「カラスを駆除するようになったのって、やっぱり、ゴミを荒らしたりとかするからなんでしょうか？」
「いや、一番の問題は、やはりカラスが増えすぎていることだ。
ゴミを漁ることも問題だが、それ以外にも知らずにすに近づいた人間を突然襲ったり、野生の小動物を襲ったり、はては動物園の動物まで襲撃していることがある」
「でも、巣に近づいた人を襲う以外は、お腹が空いてやってることですよね？
だったら、エサ場を作ってあげたりすることでなんとかできませんか？」
「仮に今いるカラス全部を養っていけるだけのエサを与えたとしても、それもすぐに足りなくなる。エサに不自由しないとなれば、カラスはますます増えるからな」
「うーん……じゃ、巣の方は、それ用の場所を設けるとか」
「近づいただけでも襲われるとなれば、かなりの余裕を持たせる必要がある。
一体誰の土地を使えばいい？ 協力してくれる人がいるとはあまり思えないな」
朔は懸命に食い下がったが、四柳の反論ももっともと言えばもっともなものばかりだった。
「でも、駆除なんて乱暴な手段を使わなくても、きっと歩み寄る事だって出来ると思うんです。
お互い、譲歩出来る事はそうすればいいんですから。四柳さんもそう思いませんか？」
じっと四柳の目を見ながら、朔は懸命に説得を試みた。
四柳は少しの間驚いたように朔を見つめ返した後、視線を川面へと移してこう言った。
「君は美しい心を持っている。
人も、カラスも、そしてその他の動物も、皆平和に共存していく世界。
それは、確かに素晴らしい理想だと私も思う」
その横顔に浮かんだ微笑みが、彼の言葉が本心からのものであることを何よりも饒舌に物語っていた。
だが、その微笑みはすぐに消え、またもとの厳しい表情に戻る。
それと同時に、彼の口から発せられる言葉も、再び厳しいものへと戻った。
「だが、それは少なくとも今の段階では実現不可能な、現実とはかけ離れた理想だ。
カラスにだけ特例的に権利を認めれば、次は別の動物が権利を求めてこないとも限らないし、我々の側にもその申し出をはねつける根拠がなくなってしまう。
全ての動物に権利を認めるような騒ぎにでもなれば、人間は生きてはいけない」
確かに、彼の言う通りだった。
「わざわざ話を聞いていただいて、ありがとうございました」
そう言って、朔がぺこりと頭を下げる。
そんな朔に、四柳はこう答えた。
「いや、私の方こそ、もう一度自分のしていることについて考える機会を与えてくれたことに感謝している。
何度も駆除作業に従事しているうちに何も感じないようになっていたが、それではいかんのだな。
我々の勝手で消してしまう命に、せめて一言詫びるくらいの気持ちがなくては」
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次の日。
「事件は解決した」と樹が言っていたとおり、東京にいるカラスの数は昨年とほぼ同じに戻っていた。
空の大半を覆っていたカラスたちの多くは、皆自分がもといた他の県へと戻っていったのである。
その様子を見て、朔はあることを考えついた。
「ねえ、こうやってカラスを東京都の外へ移す、って、ダメなのかなぁ」
なんとか駆除を避けられないかといろいろ考えてみる朔。
しかし、樹の相変わらずの鋭いツッコミがその前に立ちふさがる高い壁となった。
「外へ出しても、こちらの方が住み良ければ戻ってくる。
それに、東京はともかく、カラスを押しつけられた他の県が迷惑するだろう」
「ん〜……それもそうだね」
その後も、朔はいろいろと考えてはみたものの、結局ついにツッコミの高い壁を越えられるアイディアが出ることはなかった。
「やっぱり、今は無理なのかなぁ。
でも、きっといつかは話し合って、共存していける日が来るよね？」
最後に朔がそう尋ねると、樹は苦笑しながら答えた。
「まあ、『いつまで』と期限を切らないのなら、イエス、だろうな」
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
1232 ／ 新堂・朔 ／ 女性 ／ １７ ／ 高校生
1231 ／ 霧島・樹 ／女性／ ２４ ／ 殺し屋
1166 ／ ササキビ・クミノ ／ 女性 ／ １３ ／ 殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない
0424 ／ 水野・想司 ／ 男性 ／ １４ ／ 吸血鬼ハンター
1199 ／ ナイン・レナック ／ 男性 ／ １７０ ／ 吸血殺人鬼
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■ ライター通信 ■
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どうも、「人生万事クロスプレー」の撓場秀武です。
今回は戦闘系のＰＣが多かったおかげで（？）いつのまにか思いっきり戦闘系になってしまいました。
「アドヴァンスド」の設定はそれなりに気に入っておりますので、ひょっとしたらまたいつかどこかで登場させるかも知れません（同じ個体とは限りませんが……）。
・このノベルの構成について
このノベルはいくつかのパートに分かれています。
今回は比較的種類が多くなっておりますので、もしよろしければ他の方の分のノベルにも目を通してみて下さいませ。
・個別通信（新堂朔様）
初めまして、撓場秀武です。
今回はご参加下さいましてありがとうございました。
朔さんは一人だけ戦闘に参加しておりませんので、その分ノベルの方がちょっと短めになってしまっていると思いますが、これは最初の樹さんとのシーン以外全て朔さん専用のものということでお許しいただければと……ダメでしょうか？
ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくツッコミいただけると幸いです。
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