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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


怒れる黒き翼
2003年、元旦。
東京の空を、真っ黒な影が覆った。

カラスである。
無数のカラスたちが、東京の空を黒く染めていた。
明らかに異常な事態であった。
一部の人間は、これを何らかの不吉な事態が起こる前兆だと考えた。





同日午後。
数日前から行方不明になっていた東京都職員が、江戸川沿いの陸橋下で遺体で発見された。
遺体の全身には、カラスのものと思われる爪痕と、つつかれた跡が無数に残っていたという。

その男の名は芹沢一馬。
東京都のカラス対策プロジェクトチームに所属していた男だった。





そして、同日深夜。
ゴーストネットの掲示板に、このような「犯行声明」が出された。

−−−−−

投稿者:ヤタガラス

題名:犯行声明

本日遺体が発見された東京都職員・芹沢一馬を殺害したのは我々である。

芹沢は都のカラス対策プロジェクトチームに所属し、主にカラスの捕獲作業に関わってきた人間であり、同作業によって多くの同胞を殺された我々にとっては、決して許すべからざる不倶戴天の仇敵であった。

我々はここに警告する。

東京はすでに人間だけのものではなくなっている。
このことを忘れ、自分たちだけを特別と考え、我々カラスへの迫害を今後も続けるのであれば、我々も再び爪と嘴を人間たちの血で染めるのを厭わない決意である。

なお、その場合、報復対象となるのは、実際に我々への迫害を行っている人間のみにとどまらない。
我々が報復の対象とするのは、東京にいる全ての人間である。
繰り返す。我々が報復の対象とするのは、東京にいる全ての人間である。

−−−−−

しかし、この書き込みは、その後ものの数分で削除された。





1月2日。
「カラスの大群、東京上空に襲来」「カラスの仕返し? 行方不明の都職員、遺体で発見」などという文字が、新聞の紙面やテレビのニュースに踊った。
だが、ゴーストネットの掲示板に書き込まれた「犯行声明」について触れたものは、一つとしてなかった。
あの書き込みをただの悪戯と受け取ったのか、それとも……。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「ねぇ」
昨日見た掲示板の書き込みを思い出しながら、新堂朔(しんどう・さく)は尋ねた。
「あの事件って、本当にカラスの仕業なのかなぁ」
「カラスが犯行に関わったのかという意味ならイエス。
 本当にカラスが一から計画したことなのかという意味ならノーだな」
そう答えたのは、この部屋の主である霧島樹(きりしま・いつき)である。
「状況から考えて、実行犯がカラスである可能性は高い。
 しかし、いくら鳥類にしては知能が高いと言っても、カラスが掲示板に書き込めるわけはないし、犯行声明などと言う人間くさいことをするとも思えない」
言われてみれば、確かにその通りである。
樹の言葉に納得しながらも、朔はさらにこう続けた。
「でも、カラスさんたちだって、何の不満もなければあんなことに手を貸したりはしないよね。
 カラスを駆除してるっていうのは本当みたいだし、やっぱこれって人間の傲慢なのかなぁ」
「確かに、人間の傲慢かも知れない。
 だが、今さらそれをやめることが出来ると思うか?」
「駆除されることになった原因って、ゴミを荒らしたりするからでしょ?
 だったら、専用の餌場みたいのを作って、カラスさんと話し合いを……」
その言葉に、樹は「やれやれ」と言った様子でこう答える。
「カラスが人間の指図を受けると思うか?
 それに、もし万一カラスを納得させられたとしても、役所がその提案を聞くと思うか?」
「やっぱ、無理かなぁ。
 でも、血を流さずに済むんなら話し合いが一番だと思うんだけど」
「話し合いか。
 朔ならカラスと話し合うこともできるかも知れないが、この事件には人間の黒幕がいる可能性が高い。
 そいつを何とかしない限り、事件の解決は不可能だろうな」
話を続ければ続けるほど、樹の言うことの方が現実的なことがわかる。
朔が小さくため息をつくと、樹は苦笑いを浮かべた。
「まあ、そっちは私が雫と協力してやっておくさ。
 朔がカラスと話し合ってみたいというなら、やりたいようにやってみるといい」
「うん!」
そう答えて、朔は元気よく頷いた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ササキビ・クミノがこの事件について知ったとき、最初に感じたのは反射的で単純な怒りだった。
なぜ、このようなことをしなければならなかったのか。
確かに、人間が人間の都合でカラスを駆除しているように、カラスがカラスの都合で人間を駆除し始めたとしても、それはそれで「お互い様」と言うことになるのかも知れない。
しかし、なぜもっと他の行動がとれないのだろうか。
安易な報復は、さらなる憎悪と報復しか生まないというのに。

だが、よく考えてみると、不審な点がいくつもあった。
カラスが単独でやった犯行とは、どうしても思えない。
(まずは、黒幕を何とかしなければ)
クミノはそう考えて、瀬名雫に連絡を取った。





「あ、じゃあ、クミノさんも犯人のこと調べるの手伝ってくれるの?」
「ええ。直接そっちに行くことは出来ないけど、ここからでも十分調べられるから」
電話の向こうにいる雫にそう答えると、クミノは調査を開始した。
書き込みのあった時間のログを調べ、犯人のものと思われるアクセス記録を検出する。
しかし、そのアクセス元を調べてみると、何のことはない、某中小企業のサーバーマシンにつながってしまった。
どうやらマシンの設定がまずいらしく、踏み台にし放題になっている。
犯人も、おそらくここを踏み台にしたのに間違いなかった。

一度小さなため息をついてから、改めてそのマシンに侵入する。
そしてアクセスログを確認し、犯人のものと思われるログを検出し、そしてその元を辿る。
これを、クミノは何度も何度も繰り返した。

「犯人はいくつものサーバーを経由してアクセスしてきていたみたいね」
ややげんなりしながらそう言うと、雫も少し気落ちしたようにこう答えた。
「うん、樹さんもそう言ってた。まだこういうところって多いんだよね」
「樹さん?」
突然出てきた聞き覚えのない名前に、クミノは反射的に聞き返した。
「ああ、霧島樹さん。その人も、この事件の調査を手伝ってくれてるの。
 今は、書き込みを削除したのが誰か調べてくれてるんだ」
「そうなんだ。じゃ、その人にも私のこと知らせておいてね」
そう言って、クミノは作業を再開した。

それから、さらに同じ作業を何回か繰り返したとき。
九州の某建築会社のマシン上で、犯人の足取りは完全に途絶えた。
アクセスログが、犯人によって勝手に書き換えられていたのである。
何者かからアクセスがあったという記録は、確かに残っていた。
だが、そのログからたどれる「元」はもうなかった。
なぜなら、そのログにはIPの代わりにこんな文句が書かれていたからである。

「nice.try.you.idiot」。

「『nice.try.you.idiot』……これじゃ、明らかに改ざんしましたって言ってるようなものじゃない」
クミノが憮然としてそう呟くと、雫も驚いたように答える。
「犯人はログを追跡されることまで予期していて、わざとやったのかなぁ」
わざとでなければ、もちろんこんなことをする理由はない。
「これは、ますますもってカラスの仕業なんかじゃないわね」
クミノは、自分に言い聞かせるようにそう呟いた。

と、その時。
再び、雫がすっとんきょうな声を出した。
「ええーっ!?」
「どうしたの、雫さん?」
尋ねるクミノに、雫はまくし立てるように言った。
「樹さんが書き込み削除した人の方のログも辿ってた、って言ったよね?
 そっちも、さんざん他のサーバーを踏み台にしたあげく、最後は『what.ru.doing.here』というホスト名できれてるんだって」
もちろん、そんなホスト名のサーバーが本当に存在するはずがない。
「じゃ、犯人が自分で書き込んで、自分で削除したってこと?」
「うん、樹さんはそうじゃないかって言ってるけど、それにしても何のために?」
そう。
その「何のために」が問題なのだ。
今回の犯人は、決してただの愉快犯ではない可能性が高い。
しかし、もしそうだとすれば、意味もなくこんなことをするはずがなかった。

そうしてクミノが考えようとすると、今度はメイドアンドロイドのモナから通信が入った。
「ちょっと待って、私の仲間のモナから報告が来たわ」
前置きをしてから、モナが送ってきた調査結果を読み上げる。
「芹沢さんは、犯行声明にあったとおり、カラスの捕獲に関わっていた人間みたい。
 カラスとエサの入った罠を仕掛けて、しばらく後で改修するのが彼の主な仕事だったらしいわ。
 ちなみに、罠にかかったカラスは施設に送られて一酸化炭素で『処理』されるそうよ」
「処理、って……つまり、殺しちゃう、ってことだよね」
少し悲しそうな声で言う雫。
カラスが「処理」されると聞いただけでそんな気持ちになれる彼女の純粋さを、クミノは少しうらやましく感じた。
その気持ちを押し殺すように、クミノは残りを一気に読み上げた。
「犯人の目的はまだ不明だけど、芹沢さんに他に殺される理由があったとは思えない。
 忘年会の後、たまたま帰りに、人気のない、暗い夜道で一人になった。
 つまり、狙いやすかったから狙われた、ということでしょうね」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

それから、どれくらい経っただろうか。
なかなかそれ以上の手がかりがつかめないまま、いたずらに時間だけが経過していた。

すると、突然、慌てた様子の雫がクミノに連絡してきた。
「ちょっと掲示板見てみて! またあの犯行声明が書き込まれたの!!」
電話越しにその叫び声を聞いて、クミノは急いで掲示板を確認した。
昨日と一言一句違わない犯行声明が、そこにはあった。
「確認したわ。ログの追跡は?」
「今、樹さんがやってくれてるけど、どうも今回はモバイルからの書き込みみたいなの」
「モバイル?」
それでは、ほとんど自分の居場所を教えるようなものではないか。
(十中八九、罠ね)
クミノがそう思ったとき、モニタの片隅にメールの着信を示すサインが点灯した。

メールの差出人は、樹だった。

「犯人の居場所を確認。
 これは明らかに罠だろうが、他に手がかりもなく、事態は一刻を争う。
 私はあえてこの誘いに乗ってみようと思う」

これも犯人の計算の内だろう、とクミノは思った。
どう考えても不自然な、罠であることが見え見えの罠。
しかし、そんな罠でも、他に犯人に通じる糸口がなければ、乗らざるを得ない。
そこまで考えて誘ってきている以上は、よほど周到な罠が仕掛けられていると考えるより他ないだろう。

だとしたら、彼女だけでは危険かも知れない。





クミノはすぐに樹に返信すると、すぐに出かける支度をした。
「リナ、ロボコーラ、後はよろしくね」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

犯人たちのアジトは、関東某所の廃ビルの最上階にあった。
バブル末期に開発計画が持ち上がり、完成する前にバブルが弾けて計画が頓挫したため、結局中途半端な状態のまま放置され、廃墟同然となったというお決まりのルートを辿ったビルである。

その場所に真っ先に到着したのは、樹とクミノの二人だった。

相手がてっきり罠を張っているものと思って警戒の上にも警戒を重ねてきた二人だったが、ここまではほとんど全くといっていいほど罠のようなものは見あたらなかった。

そして今。
二人は、犯人たちとわずかに壁一枚を隔てた九階の廊下にいた。
「中にいるのは二人。おそらくどちらも二十代の男だろう」
ドア越しに、樹が部屋の中の生命反応を確認する。
「特に火器や爆発物の類も見あたらない。
 かえって不気味な気もするが……行くしかないだろうな」
樹のその言葉に、クミノも無言で頷く。
それを確認して、樹は突入の体制に入った。
「行くぞ」





異変が起こったのは、樹が部屋の扉を開けたその時だった。
一瞬意識が遠くなり、樹は崩れ落ちるようにしてその場に倒れ込む。
身体が動かない。
息が苦しい。
視界がかすむ。
そして、思考にノイズが混ざる。
「樹さん、どうしたんですか!?」
驚いたように尋ねるクミノに、樹はなんとか言葉を絞り出した。
「どうやら、謀られたらしい……身体がいうことをきかない」
混濁した意識の中、樹は最後の力を振り絞って上体を起こすと、壁にもたれかかるようにして座り込んだ。

その樹の視界に、得意げな顔をした外国人風の男の姿が映る。
「グレムリン・エフェクトですよ。聞いたことがあるでしょう。
 今現在、この周囲では一切の機械装置が正常に動かない状態になっています」
その男の言葉を裏付けるかのように、樹の意識に意味の分からない数字の羅列が流れ込んできた。
本来ならば今目にしている相手の情報を引き出すべき分析装置が、誤作動を起こしているのである。

「卑怯なマネを」
クミノが吐き捨てるように言うと、今度はもう一人の眼鏡をかけた男が失笑した。
「卑怯だなんていうのは、負けたものの言い訳さ。
 馬鹿正直に誘いに乗ってきたキミたちが悪いんだよ、お嬢ちゃん」
そう言って、机の引き出しから数本のダーツを取り出す。
「戦うことは好きじゃないんだけど、これだけは得意でね。
 グレムリン・エフェクトのおかげでボクのコンピュータもお休み中だし、少し暇をつぶさせてよ」
眼鏡の男は残忍な笑みを浮かべると、一本のダーツをクミノに向かって投げた。

しかし、それは途中で何かに弾かれたかのように跳ね返り、床に転がった。
クミノの方を見ると、いつの間に取り出したのか、手に小さなナイフのような物を持っている。

その様子を見て、今度は最初の男が口を開いた。
「なるほど、あなたもただの子供ではないということですか。
 では、これならどうです?」
言い終わると同時に、かざした手から、握り拳ほどの火の玉が飛び出す。
火の玉は、やはりクミノのところに届くまでにその大きさを半分以下にまで減らしたが、完全に消えることはなく、クミノの服に微かに焦げ跡を残した。
「……っ」
クミノの顔に、微かに焦りの色が浮かぶ。
彼女はいつの間にか小型の拳銃を手にしていたが、この状況ではそれを使うのはあまりに危険すぎる。
とはいえ、ナイフ一本では勝ち目がないのは、誰の目にも明らかだった。
「逃げてもいいんだよ? 早く逃げなよ、仲間を見捨ててね」
バカにするように、眼鏡の男が言う。
(この身体さえ動けば……)
神でも悪魔でも何でもいい。
もしも願いを叶えてくれる存在があるのなら、一瞬だけでもこのグレムリン・エフェクトとやらを消してくれ。
樹は、心の底からそう願った。

するとその時、突然窓を突き破って「何か」が飛んできた。
その「何か」――何本もの銀ナイフはカーテンを切り裂き、そしてその中の一つが部屋の隅に置いてあった用途不明の装置のようなものを破壊した。
それと同時に、樹の全身に埋め込まれている機械装置が、一斉に正常な状態に戻る。

樹の動作は素早かった。
二人の男が反応する隙も与えず、銃口を二人の眉間に向けて一度ずつ引き金を引く。
一体何が起こったのかをまだ完全に把握していたわけではなかったが、とにかく、これで終わった。
そのことを、樹はほぼ確信していた。

だが。
男が地面に倒れ伏す音は、一つしか聞こえなかった。
正確に眉間を撃ち抜かれて、「信じられない」というような表情を浮かべたまま、眼鏡の男がその場に倒れる。
しかし、もう一人の男の方は、まるで何事もなかったかのようにその場に立っていた。
「っ……このっ!!」
残った四発を、立て続けに男に向けて放つ。
けれども、銃弾は皆男に届く前に神隠しにでもあってしまったかのように消え、相変わらず男は平然として樹を見つめていた。

(何が起こっているんだ)
予想外の出来事に驚く樹。
その意思に応じるかのように、目の分析機能が男のデータをはじき出した。

≪種族:不明(該当データ存在せず、人間に近いが人間ではない)≫
≪戦闘能力:測定不能≫
≪銃撃によるダメージ:右手手のひらにかすり傷程度≫
≪WARNING:現有火力による撃破はほぼ不可能。撤退を推奨≫

「残念でしたね。私があなたがたと同じ生き物なら、仕留めることもできたでしょうに」
男は愕然とする樹に向かってそう言うと、そっと握ったままの右手を差し出し、手のひらを上にして開いてみせた。
先ほど樹が放った弾丸が、五つきれいに並んで乗っている。
「私には不要なものだ。お返ししますよ」
その言葉とともに、五つの弾丸が一斉に樹の方に向かって飛んできた。
どうやって飛ばしたのかもわからなければ、かわす間もない。
(殺られた)
そう感じて、樹は反射的に目を閉じた。

しかし、その数秒後も、樹は生きていた。
訳もわからず目を開けた樹に、男は黙って部屋の隅の鏡を指さした。
鏡に映し出された樹の顔には、左右の頬に二筋ずつ、うっすらと血のにじむ程度の傷ができている。
(速い上に、狙いも正確だという訳か)
戦慄を覚えながらも、それを押し隠すように声を出す。
「貴様、何者だ」
樹がそう尋ねると、男はきっぱりとこう答える。
「『アドヴァンスド』……つまりは、進化した人類です」
そして、ドアの方に向き直って、にやりと笑った。
「そういうことですが、わかっていただけましたか、ドアの向こうの方々も」

その言葉に応えるかのように、ドアが開いて、そこから三人の男が姿を現した。
水野想司(みずの・そうじ)とその仲間たちである。
「進化した人類……お前も作られた殺人鬼か?」
厳しい表情のまま、青年姿の想司が言う。
「どこからそういう発想が出てくるんです?」
男がバカにしたように首を横に振る。
だが、想司は一切取り合わずに、男を軽く睨み付けて続けた。
「何にせよ、これ以上の破壊は許さない」
それを聞いて、男は想司をじっと見つめ返すと、不敵な笑みを浮かべた。
「別に、許していただかなくても構いませんよ。
 あなた方には、どのみちここで死んでいただきますから」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

想司と「アドヴァンスド」の戦いは、いつ果てるともなく続いていた。
お互いに、相手の繰り出す無数の突きや蹴りをうまく受け流しながら、必殺の一撃を放つチャンスを伺っている。

その様子を、樹はただ茫然と見つめていた。

一応、銃はすでに再装填を済ませている。
だが、このレベルの相手に、拳銃程度が何の役に立つというのだろうか?
「何も……何もできないのか、私たちには」
唇を噛み、血を吐くような思いで呟く樹。
「世の中には、こういう相手もいます」
しかし、そう答えるクミノの目には、すでにあきらめの色が見てとれた。

樹は、クミノにどこか自分と同じ「何か」を見ていた。
それは自分と同じ、闇の稼業のもののみがもつ気配。
故に、わざわざ確認したりはしなかったが、樹はクミノを同業者ではないかと考えていた。

そのクミノの、この様子は一体どうしたことだろうか。
(こういった人外の相手に、敗れたことがあるのかも知れないな)
樹は、直感的にそう考えた。
それも接戦の末、一度や二度、といった感じではなく、よほど一方的な惨敗を喫したか、あるいは何度も何度も負け続けたか、そのどちらかのように思えた。

樹がそうしてクミノの方に気を取られている間に、戦況は大きく動いていた。
「アドヴァンスド」の蹴りを、想司は両腕でなんとか受け止める。
しかしその勢いまでは殺しきれず、想司はそのまま後ろの壁に叩きつけられた。

樹ははっとして「アドヴァンスド」の方を見て――慄然とした。
今まではあくまで平静を崩さなかった男の顔は、今や怒りと殺意で醜く歪んでいる。
そして、その頬には、先ほど樹がつけられたものよりもう少し深い、しかしまだまだかすり傷と言えるレベルの傷があった。
「よくも、よくもこの私の顔に傷をつけてくれましたねぇ……優性種たるこの私の顔に!」
男はそう一声吼えると、未だ体勢を立て直しきれない想司に飛びかかった。

だが、次の瞬間、何者かが横合いから男に体当たりを食らわせた。
バランスを崩して、男は一旦後退する。
すると、想司を救った男――ナイン・レナックは、想司の方を見て驚いたように叫んだ。
「水野想司! まさかキミが押されているとは……一体どういうことだ!?」
それに対して、想司の方もナインに負けず劣らず驚いてみせる。
「……ナイン・レナック!? 生きていたのか!?」
どうやら、この二人には浅からぬ因縁があるようだった。

けれども、この「放っておいたら確実に二人の世界形成開始確実モード」は、「アドヴァンスド」の一言によってキャンセルされた。
「また一人死にたがり屋が来ましたか」
ナインは男の方に視線を移すと、隣にいる想司に向かって小声で言った。
「ヤツの存在は我々にとっても厄介……ここはひとつ一次休戦といくか」
「そうだね」
そう言って頷く二人に、狂気の笑みを浮かべた「アドヴァンスド」が迫る。
「束になってかかってきたところで、あなた方に勝ち目はないんですよっ!」
「あるかないか、やってみればはっきりするさっ!」
その言葉が、戦闘再開の合図となった。





ナインは、想司と同じくらいに強かった。
しかし、想司がすでにだいぶダメージを受けており、戦闘能力が落ちている現状では、「想司と同じくらい」ではまだ不足だったのである。
それでも、今までよりは格段に「アドヴァンスド」の側にもダメージを与えることに成功している。
してはいるものの、それよりも速いスピードでナインにダメージが蓄積してきており、この一進一退の状況が崩れるのは、もはや時間の問題であった。

(このままでは……だが、私には何もできない)
自分の無力さが悔しくて、樹は思わず全力で拳を握りしめた。
爪が手のひらに突き刺さり、幾筋かの血が流れる。

その時だった。

『やらずに悔やむより、やって悔やめ、って言うじゃない』

朔の声だった。
彼女はいつも前向きで、今だって、樹が「無理だろう」と言った「カラスとの話し合い」のために奔走しているはずだ。
(それに比べて、私は……!)
そう思ったとき、樹の中で何かが吹っ切れた。
(本当に何もできないのか!? いや……できる、できないじゃない、何とかしなければ!!)
樹はそう決心して、祈るような気持ちで何度も何度も引き金を引いた。

銃口から飛び出した弾丸が、「アドヴァンスド」の脇腹に向かって進んでいく。
彼は想司たちの方に気を取られていて、まだ銃弾に気づいていない。
当たったところでどうなるものでもないと思いつつも、樹は「当たってくれ」と念じずにはいられなかった。

その念が通じたのか、「アドヴァンスド」が気づくより早く、六発の銃弾が彼をとらえる。
しかし、肉を貫き、身体の内側へと向かっていくことはなかった。
おそらく、小石が当たった程度にしか感じなかったのだろう。
(やっぱり、ダメなのか)
樹が、あきらめかかったその時。
「アドヴァンスド」の動きが、一瞬止まった。
実質的なダメージはほとんどなかったとしても、やはり不意の痛みには驚いたのだろう。
そして、その一瞬の隙を逃さず、想司とナインの必殺の一撃が「アドヴァンスド」を直撃した。

「アドヴァンスド」の身体が吹っ飛び、壁に叩きつけられる。
それでもその勢いは止まらず、「アドヴァンスド」は壁を突き破ってビルから転落していった。





「今度こそ、本当に終わったようだな」
ようやっと脅威が去ったことを感じて、樹が安堵の吐息をつく。
「そうみたいですね」
そう答えたクミノの表情も、少し警戒をといた様子だった。

だが。
想司とナインの二人にとっては、どうやらまだ終わってはいないようだった。
「水野想司、次はキミの番だ」
想司の方を向いて、ナインが宣告する。
「つけなければならない決着、か」
そう答えて、想司は静かに身構えた。
それに応じるように、ナインもゆっくりと構えに入る。

そして。
一瞬の間の後、二人が同時に動いた。
全身全霊の力を込めた拳が、クロスカウンター気味にお互いの顔面をとらえるかに見えたが、お互いに目測を誤ったのか、パンチは空を切る。
勢い余って数歩前に進んでから、二人は黙って振り返り――そして、がくりと膝をついた。
「二人とも、すでに戦える状態にはないということか」
「そのようだね」
そう言いあって、お互いに笑みを浮かべる二人。
その笑顔は、しかし、どこか凄惨なもののようにも見えた。





「では、決着は次に会うときまでお預けとしよう」
ナインがゆっくりと立ち上がり、そう言い残して去っていく。
その後ろ姿を、一同はただ黙って見送った。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

その日の夜。
樹は自分が戦った「アドヴァンスド」という相手について、組織に報告していた。
あれだけのバケモノなら、どこかにデータがあるのではないか、と思ったのである。

すると程なく、ヨーロッパ支部の幹部の一人から樹に連絡があった。

「『アドヴァンスド』に関する報告読ませてもらった。
 結論から言うと、おそらくその男は『アングレーム』のメンバーだろう」
「『アングレーム』だと?」
「ああ。
 正式な名称は不明だが、フランス南部のアングレームが活動拠点と見られるのでそう呼んでいる。
 一年ほど前から急速に勢力を伸ばしてきた異能者集団で、先日ちょっとしたことで小競り合いを起こしたことがあってね」
「で、どうなった」
樹のその質問に、不意に相手が黙りこくる。
「どうなったんだ」
樹がもう一度答えを促す。
すると、相手はぽつりとこう言った。
「南フランスの拠点をつぶされたよ。完膚なきまでにね」
「なんだって!?」
「生き残ったのは最下級の下っ端が一人だけ、他は全員殺られた。
 しかも、その生き残りにしても、なんとか生きていたという状態で、腕も、脚も、元には戻らないくらいにやられていたよ」
そこで一旦言葉を切ると、男は一息ついてから再び話し出した。
「その生き残りの話では、そいつは『大宇宙の力』とか、『進化した人類』とか、『精神が肉体を支配する』とか、そんなことを言っていたらしい。君の報告と合致する」
男がそこまで言ったとき、樹はふと引っかかるものがあるのに気づいて、こう聞き返した。
「待ってくれ。そいつ、というのは、まさか……?」

しばらくの沈黙の後。
男は一つ大きなため息をつくと、はっきりとこう言った。
「ああ。相手は、一人だったそうだ」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1232 / 新堂・朔 / 女性 / 17 / 高校生
1231 / 霧島・樹 /女性/ 24 / 殺し屋
1166 / ササキビ・クミノ / 女性 / 13 / 殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない
0424 / 水野・想司 / 男性 / 14 / 吸血鬼ハンター
1199 / ナイン・レナック / 男性 / 170 / 吸血殺人鬼

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■         ライター通信          ■
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どうも、「人生万事クロスプレー」の撓場秀武です。
今回は戦闘系のPCが多かったおかげで(?)いつのまにか思いっきり戦闘系になってしまいました。
「アドヴァンスド」の設定はそれなりに気に入っておりますので、ひょっとしたらまたいつかどこかで登場させるかも知れません(同じ個体とは限りませんが……)。

・このノベルの構成について
このノベルはいくつかのパートに分かれています。
今回は比較的種類が多くなっておりますので、もしよろしければ他の方の分のノベルにも目を通してみて下さいませ。

・個別通信(霧島樹様)
初めまして、撓場秀武です。
今回はご参加下さいましてありがとうございました。
樹さんは今回戦闘時を中心にいろいろ活躍していただけたのではないかと思いますが、いかがでしたでしょうか?
もし何かありましたら、ご遠慮なくツッコミいただけると幸いです。