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<東京怪談・PCゲームノベル>


謹賀新年! はねつき女王決定戦!?

〜 波乱のルール変更 〜

「あ、シュラインさん!」
聞き覚えのある声に、シュライン・エマははっと顔を上げた。
丘のふもとから、あやかし荘へと続く長い階段。
その階段の前で、月見里千里(やまなし・ちさと)が手を振っていた。
「あら、ちーちゃん。あけましておめでとう」
シュラインが軽く一礼すると、千里も軽く頭を下げて、そしてこう聞いてきた。
「あけましておめでとう! シュラインさんも、三下さんに呼ばれてきたの?」
「ええ。その様子だと、ちーちゃんもそうみたいね」
シュラインの答えに、千里が「やっぱり」という顔をする。
「そうじゃないかと思ったんだ。それじゃ、早く行ってみようよ」
「そうね、そうしましょうか。あまり待たせるのもなんだしね」
そんなことを話しながら、二人は階段を上っていった。





二人が上についてみると、そこには出迎えに来た三下と、先に到着していた藤崎愛(ふじさき・あい)の姿があった。
「あけましておめでとうございます、シュラインさん、千里さん。
 新年早々、呼び出してしまってすみませんでしたぁ」
二人の方を見て、ぺこぺこと頭を下げる三下。
(年は変わっても、三下くんは変わらない、か)
そんなことを考えながら、シュラインはここに来るまでの間ずっと疑問に思っていたことを口にした。
「あけましておめでとう、三下くん。
 それで、事情はわかったけど……なんで私が呼ばれるわけ?」
その核心をついた問いに、三下は一瞬硬直すると、慌てて答えになっていない答えを返してきた。
「あ、これで全員じゃなくて、あともう一人来てくれるはずなんですけど」
「そうじゃなくて。
 私は特に肉体的に突出したものがあるわけでも、飛び抜けてお酒に強いというわけでもないんだけど」
シュラインがなおも問いつめると、三下は再びぺこぺこと頭を下げて謝り始めた。
「すみませんすみませんすみませええぇぇんっ!
 お正月で、連絡のつかない人も多いし、連絡がついても里帰りだったり旅行だったりで、全然来てくれそうな人がいなかったんですよおぉぉ」
「……まぁ、そんなことだろうとは思ったけど」
そう言って、シュラインは一つ大きなため息をついた。

「あ、もう一人誰か来るよ」
千里がそう言ったのは、ちょうどその時だった。
見ると、何やら風呂敷包みのような物を持った和服の女性――天薙撫子(あまなぎ・なでしこ)が、小走りに階段を上がってくる。
彼女は一気に階段を上り終わると、すでに他のメンバーが揃っていることに気づいて、軽く頭を下げた。
「すみません、遅くなりました!」
「あ、いえ、こちらこそ急に呼び出してしまってすみませんでした」
そう答える三下に、撫子は手にしていた包みを差し出した。
「せっかくのお正月ですから、皆さんで召し上がっていただこうと思いまして」
「あ、ありがとうございます!」
嬉しそうにそれを受け取る三下。
その三下に、先ほどから何かを探していた様子の千里が尋ねる。
「ところで、肝心の相手はどこにいるの?」

答えは、予想外の方向から聞こえてきた。
「ここにいるよっ」
その声とともに、近くの木の上から鳶色の翼をもつ少女が舞い降りてくる。
おそらく、彼女が青葉なのであろう。
「これで全員だよね? それじゃ、早速始めようよ」
いかにもやる気満々という様子の青葉。
しかし、それに愛が待ったをかける。
「あ、その前に一ついいかしら?」
「何?」
「羽子板じゃなくて、使い慣れてる方で戦いたいんだけど」
そう言って愛が取り出したのは、なんと鞭であった。
「あたし程の腕前になれば、的確に羽根に当てられるのよ。羽子板よりもリーチも長いしね」
確かに、リーチだけを考えれば、鞭の方が羽子板よりも圧倒的に有利である。
だが、はたして本当に鞭を使ってうまく羽根を打ち返すことなど出来るのだろうか?
まして、今回の相手である青葉は、風を起こして羽根の軌道を変えたりもするという。
その時に、細い鞭では不利なのではないだろうか?
シュラインがそんなことを考えていると、青葉はさして考えるでもなく、あっさりとこう答えた。
「ふーん……いいけど、間違っても私に当てないでよ」
そして、一同の方を見回してこう尋ねる。
「さて、ひょっとしてまだ他に何かある?」
青葉が「もちろん、もうないよね」という意味を言外に込めたのは明白であったが、それを知ってか知らずか、今度は千里が手を挙げた。
「あ、あたしからもいくつかいい?」
「今度は何?」
一度ならず二度までも出鼻をくじかれ、明らかにうんざりした様子の青葉に、千里はこう提案した。
「罰ゲームのお酒の量を、倍に増やすってのはどう?」
「倍に? まぁ、別にいいけど」
そんなことか、というように答える青葉。
それを見て、千里はさらにこうつけ加えた。
「でも、それだけじゃ面白くないから、それに加えて、負けた人は着ているものを一枚脱ぐ、ってのは?」
その唐突な提案に、一瞬その場にいた全員の目が点になった。
「え? なんでそうなるの?」
あまりのことに、さすがの青葉も抗議の声を上げる。
けれど、千里はあっけらかんとこう返した。
「その方が面白いじゃない♪
 それとも……ひょっとして、負けるのが怖いとか?」
「そこまで言うなら、やってやろうじゃない。
 ただし、当然全員このルールで、だからね」
あっさり挑発に乗った青葉が、事態をますますややこしくする。
「ねぇ、ちーちゃん……何変な罰増やしてるのっ」
シュラインはそう言ってたしなめようとしたが、その言葉は次の愛の発言で見事にうち消された。
「あたしは別に構わないわよ。別に見られて困るような貧相な身体はしてないし」
確かに、愛は背も高く、スタイルももっともいいと見て間違いない。
その愛が承諾したことで勢いづいた千里が、残る二人に迫る。
「はい、愛さんはOK、っと。あとはシュラインさんと撫子さんだけど?」
シュラインはあまり乗り気ではなかったが、千里の性格、青葉の様子、この場の雰囲気等を考えあわせると、どうやっても断りきれる状況ではなかった。
「あぁーもぅもぅもぅ! やるって言ったからには参加はしますって、うぅー」
半ばヤケになりながらも即決するシュライン。
しかし、撫子の方はさすがにそうはいかない様子だった。
「えっ、わ、わたくしは、その……」
「やるよね〜、撫子さん♪」
動揺する撫子に、有無を言わせぬ調子で千里が参加を促した、ちょうどその時だった。

「あのぉ」
不意に後ろから声をかけられて、一同が一斉に振り向く。
そこには、青葉にそっくりな少女の姿があった。
違っている点と言えば、青葉が短い髪なのに対して、この少女は髪を腰辺りまで伸ばしていることくらいだろうか。
「ええと、あなたが若葉ちゃん?」
シュラインが確認のためにそう問いかけると、少女は一度深々と頭を下げた。
「はい、私が若葉です。皆さん、どうぞよろしくお願いします」
そして、撫子の方を向いて、こう呼びかける。
「あやかし荘の皆さんの方は、三下さんが見ていて下さるそうですし、撫子さんは私と勝負しませんか?」
「えっ?」
驚いたような顔をする撫子に、若葉は微笑みながらこう続けた。
「青葉姉さんたちはいろいろルールに手を加えているようですけれど、私たちは普通に楽しみましょう」
その一言で彼女の真意を察して、撫子は彼女に感謝の意を表した。
「あ、ありがとうございます」
若葉は「どういたしまして」というようにもう一度撫子に微笑みかけてから、千里たちの方を向いて尋ねた。
「いいですよね、千里さん、青葉姉さん」
「ま、まぁ、若葉がそう言うんなら」
なぜか妙に歯切れの悪い様子で答える青葉。
千里は少し不満そうではあったが、青葉が折れてしまっては味方がいないと悟ったのか、すぐに若葉の申し出を承諾した。
「ん〜、まぁ、それならそれでもいっか。
 どうせ三下さんには中に戻ってもらう予定だったし、撫子さん一人だけ和服だから不利だもんね」
「ありがとうございます」
若葉は二人に礼を述べると、すぐに三下の方に事情を説明に行った。
つまり、若葉の最初の一言は嘘だったということになるが、皆もとより方便とわかっていたのか、誰もなにも言おうとはしなかった。

「すみません、三下さん」
説明を終えた若葉に、三下は苦笑しながら答えた。
「いえ、いいですよぉ、気にしないで下さい」
そこに、千里がくぎを刺す。
「もういいって言うまで絶対出てきちゃダメだからね」
「わ、わかってますよぉ」
そう答えて、三下はあやかし荘の中へと戻っていった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 策士多くして策暴発する 〜

(どうして、こうなっちゃったのかしら)
予想外の展開に、シュラインは心の中でこう呟かずにはいられなかった。

五回勝負を終えた時点で、すでにシュラインは三回もミスをしていた。
千里と青葉はまだミス一回、愛に至ってはノーミスである。

シュラインも決して運動神経が悪い方ではないが、先ほど三下にも言ったように、特に肉体的に突出した能力があるわけでも、はねつきが上手いわけでもない。
千里や愛に対してはともかく、空を飛んだり何だりするような青葉を相手に正攻法で戦っては、もとよりシュラインに勝ち目はなかった。

そこで、シュラインはある秘策を思いついた。
超高音によって相手の三半規管を狂わせることが出来れば、あるいは多少は有利に勝負を進めることが出来るかも知れない、ということである。
シュラインはそれを直ちに実行に移し、普通の聴覚では聞き取り得ない「声」が、辺りに響いていった。
そして、その時初めて、シュラインはあることに思い至ったのである。
「これでは、他の全員にも影響してしまうのではないか」ということに。

さらに悪いことに、そのことに気づいていなかったのは、シュラインだけではなかった。

「ところで、青葉ちゃんって、好きな人とかいるの?」
自分の方に飛んできた羽根を打ち返しながら、愛が尋ねる。
「えっ? 別にいないよ。普段身近にいる男の人って言ったら、兄さんくらいだし」
そう答える青葉に、愛はさらにこう聞いた。
「青葉ちゃんって、お兄さんいるのね。どんな人?」
最初からずっと、愛はこんな調子で青葉に話しかけ続けていた。
おそらく、話しかけることで青葉の集中力をそごうという作戦なのだろうが、会話の内容のせいもあってか、シュラインもなぜか気になってしょうがなかったし、千里の方も集中を乱されている様子だった。

同様に、横では千里が特殊能力で作り出した大型扇風機が、突風を起こし続けている。
風の影響をもっとも受ける位置にいるのは青葉だったが、シュラインや愛、そして千里自身にも多大な影響が出ていた。
事実、シュラインのミスのうちの一つは、誰の目から見てもこの扇風機の影響によるところが大きかった。

(なんだか、全員がつぶし合ってる気がするんだけど)
シュラインはそう思ったが、だからといって今さら正攻法に戻せるわけもない。

彼女がそんなことを考えていると、不意に青葉が飛び上がった。
シュラインの「声」の影響を受けているせいか、妙にふらふらした飛び方ではあるが、それでも多少ならば飛べるようである。
「そーれっ!」
かけ声とともに、勢いよく羽根を打ち返す。
すると、その羽根に向かって、今度は千里がとんだ。
いつのまにか、千里の背中には真っ白な翼が生えている。
その翼で千里は空に舞い上がり、思い切り羽根を打ち返す――はずだったのだろう。

実際には、千里は「飛んだ」のではなく、ただ「跳んだ」だけだった。
背中の翼を懸命にばたつかせる千里の上を、羽根は無情にも通過していく。
「えっ!? なんで、どうして!?」
自分が飛べなかった理由が思いつかないのか、困惑した表情を見せる千里。
シュラインはしばらくその様子を唖然として眺めていたが、ふとあることに気づいて青葉にこう質問した。
「ちょっと待って。青葉さんって、一体どうやって空を飛んでるの?」
その問いに、青葉は一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに質問の意図を理解してにやりと笑った。
「どうやってって、この翼でだけど……普通に考えて、このサイズの翼で私が飛べると思う?」
「じゃ、ひょっとして?」
まさか、といった表情で尋ねる千里に、青葉は勝ち誇ったように答えた。
「そういうこと。物理的に翼を作ったところで、飛べるわけないでしょ」
「えーっ!? じゃあ、これ、ただ邪魔になるだけじゃない!」
愕然とした様子でそう叫ぶ千里を見て、シュラインは額に手を当てて大きなため息をついた。
「ちーちゃん……」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 人を呪わば穴だらけ 〜

(あんなこと、言うんじゃなかったかも)
今さらながら、千里はおかしなペナルティを増やしたことを後悔していた。

なにしろ、この時点で一番負けていたのは、シュラインと、そして千里だったのである。
二人とも、すでに脱ぐべきものはほとんど脱いでしまっており、残っているのは「最後の砦」……つまり、下着だけであった。

逆に、愛と青葉はあれ以来ほとんど負けてはいなかった。
もちろんミスも皆無だったわけではないが、最初にシュラインや千里がやったように「靴下」だの「手袋」だのでごまかしてしまえる程度の回数しか負けていないため、ほとんど精神的ダメージは皆無である。

(まさか、ここまで一方的に負けるなんて)
予想外の事態に、千里は小さなため息をつく。
その様子を見て、青葉がにやりと不気味な笑みを浮かべた。
「まさか、ここまできて逃げたりしないよねぇ?」
もちろん、本音を言えば、逃げたい。
しかし、最初に青葉を挑発した手前もあって、とても逃げられる状況ではなかった。
「そ、そんなことするわけないじゃないっ!」
精一杯強がってはみたものの、それで状況が好転するわけもなく、結果的には、自分で自分の逃げ道を塞いだだけになってしまった。
(こ、これは、いよいよもってヤバいかも)
千里の頬を、一筋の冷や汗が流れた。

そして、その千里の危惧は、ほんの十数秒後に現実となった。

無情にも、羽子板の数センチ先を羽根がかすめて落ちていく。
そのほんの一秒にも満たない時間が、千里には永遠のようにも感じられた。
「はいっ、千里の負けぇ〜」
いかにも楽しくてしょうがないといった様子で、青葉が宣言する。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう)
混乱する千里の目に、三者三様の反応を示している他の三人の姿が映った。

最初は自分も嫌がっていただけに、真っ先に言い出しっぺの千里を脱がせられることが嬉しくてしょうがない青葉。
この状況で千里がどういった反応を示すか興味津々の愛。
そして、ただただ千里を気の毒そうに見つめるシュライン。

誰も、彼女を助けてくれそうにはなかった。

「さ、まずは飲んだ飲んだっ」
そう言いながら青葉が差し出した升の酒を、半ばやけっぱちで一気に飲み干す。
「ん〜、いい飲みっぷりだねぇ」
満面の笑みを浮かべて、青葉が酒を注ぐ。
千里がそれも一気に飲み干すと、青葉は薄ら笑いを浮かべて千里の顔をじっと見つめた。
「じゃ、次は脱ぐ番だけど、どっちを脱ぐ? ……って、聞くまでもないよね」
もちろん、脱ぐとすれば「上」しかない。
(でも、やっぱり……)
そう思ったとき、不意に千里の脳裏に彼氏の面影が浮かんだ。

「彼に合わす顔がなくなるよ〜!」
そう叫ぶやいなや、千里はくるりと回れ右をしてその場を逃げ出そうとした。
だが、その試みは数秒もしないうちに阻まれた。
千里の目の前の地面を、愛が鞭で打ったのである。
「あんたの事情はどうあれ、やっぱり提案者本人が逃げるのはまずいんじゃない?」
ことここに至っては、千里も観念するしかなかった。





そして。
「さ、さすがにこれ以上は本当にヤバいんだけど」
泣く泣く脱ぎ終わると、千里は許しを請うように他の三人を見つめた。
この状況で、なおのこと勝負を強行しようとする者がいるとすれば、もちろん青葉であろう。
千里が祈るように見つめる中、その青葉が真っ先に口を開いた。
「そうね。コードに引っかかってもアレだし、このくらいで勘弁してあげる」
「コード?」
千里が思わず聞き返すと、青葉は苦笑いを浮かべて言った。
「あぁ、気にしないで、こっちの話だから」
ともあれ、これで「最後の一枚まで脱がされる」という最悪の事態だけは回避できたわけである。
ほっと息をつく千里。
しかし、青葉がその後に付け加えた一言が、千里を再びどん底にたたき落とした。
「その代わり、当然しばらくそのままね♪」

(そんなのアリ!?)
と、千里が抗議しようとしたその時。
「何か」が千里の頬をかすめて飛んできて、四人のちょうど真ん中あたりの地面に突き刺さった。

はねつきの羽根であった。

おそるおそる、千里たち四人がその羽根の来た方向へ首を回すと。

そこには、すっかり酒が回ってストッパーの外れた状態の撫子と若葉の姿があった。
「せっかくですから、私たちもそちらに混ぜていただけませんか?」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 そしてお約束へ 〜

それから、さらに十数分後。

目の前で繰り広げられる「はねつきを越えた何か」を、愛はただ呆然と見つめていた。
隣では、青葉がやはり同じように呆然とたたずんでいる。

二人とも、すでに先ほどの千里と同様、身につけているものは「最後の一枚」のみとなっていた。
ちなみにその千里はといえば、すっかり酒が回ってしまったらしく、二人から少し離れたところで、彼女の次に脱落したシュラインに絡んでいる。

「どうしてこうも違うのかなぁ、同じ双子なのに」
不意に、青葉がぽつりと呟いた。
愛が青葉の方に目をやると、青葉も愛の視線に気づいたらしく、苦笑いを浮かべてこう続けた。
「私さ、昔から何やっても若葉には勝てないんだよね。
 若葉の方が運動神経もいいし、頭もいいし、天狗としての能力でもずっと若葉の方が上だしさ」
なるほど、と愛は思った。
青葉の普段の勝ち気な態度は、妹に対するコンプレックスの裏返しだったのである。
「青葉ちゃんは青葉ちゃん、若葉ちゃんは若葉ちゃんでしょ。
 双子だから比べられることが多いのもわかるけど、あまり気にしすぎちゃダメよ」
愛は諭すようにそう言うと、こう一言つけ加えた。
「それに、人を楽しませたりする才能は、青葉ちゃんの方があるんじゃない?」
青葉はきょとんとした顔で愛の方を見つめていたが、やがて、今度は照れたように笑った。
「そう言ってもらえると、少しは気が楽になるかな。ありがとう」

どういたしまして、と愛が答えようとしたとき。
二人の目の前を、「超高速で飛行する何か」が横切った。
(まさか)
二人がその「何か」の飛び去った方を振り向くよりも早く、その「何か」が――もちろん、はねつきの羽根である――あやかし荘のドアに直撃して、ものすごい音をたてる。
その音に驚いて、千里とシュラインも呆気にとられた様子でドアの方を見つめた。
羽根はドアの中央辺りに半ばめり込んでおり、そこを中心に蜘蛛の巣状の亀裂が走っている。
まさに、銃弾並の破壊力であった。
(これ、もうちょっと方向がずれてたら……)
そう感じて、愛は背中に氷を押しつけられたような思いがした。

と、その時。
全員が見つめる中で、不意に、ドアが内側から開かれた。
そして、そのドアから飛び出してきたのは……お約束通り、三下忠雄その人であった。
「一体なんなんです、今の……は……?」
最初こそ強い調子で言葉を発しはしたものの、すぐに尻すぼみに消えていく。

無理もない。
愛たち四人の姿を、三下は思いっきり見てしまったのだから。
しかも、直前までドタバタやっていた千里に至っては、少なくとも愛の見る限りでは、胸を隠すのも間に合わなかったはずである。

「あ、す、すみませんっ!」
一瞬の硬直の後、慌てて中へ逃げ帰ろうとする三下。
だがその時すでに遅く、三下は左右の肩を千里と青葉に掴まれていた。
「三下さん……見・た・わ・ね?」
その千里の問いかけに、三下はぶんぶんと首を横に振る。
「見てません、見てません、見てませんっ!」
すると、今度は青葉が口を開いた。
「私は嘘つきは嫌いだなぁ。根性叩き直してあげよっか」
このままではヤバイと思ったのか、三下が慌てて前言を撤回する。
「あああ、こ、これはあくまで事故で、本当にそんなつもりはぁぁ!!」
けれども、その発言はただただ事態を悪化させるだけだった。
「ふーん、じゃぁ、理由はどうあれ、やっぱり見たんだ」
千里はそう言うと、青葉と顔を見合わせ、こくり、と頷いた。
『問答無用!!』
かけ声とともに、肩を後ろに強く引っ張られた三下があっけなくその場にひっくり返る。
その三下に、二人の半裸の少女が飛びかかった。
「このエッチ! チカン! ヘンタイっ!!」
「あれほど、見るなって言ったじゃない!!」
そう言いながら、めったやたらに両手で三下を殴りつける。
そんなことをしたら、なおのこと見えてしまうのは明らかなのだが、お酒のせいもあってか、二人ともそこまで頭が回らないらしい。
「あ、愛さん、シュラインさん、助けて下さあぁいっ!」
二人の攻撃を両手でなんとかガードしながら、三下がすがるような声で助けを求める。
愛はあることを考えついて、三下のそばに歩み寄った。
「じゃ、今助けてあげる」
そう言って、左手で胸を隠したまま、右手でそっと三下の額に触れる。
すると、たちまち三下の様子に変化が起きた。
「あうっ! あ、愛さん、何を……あっ! な、何で……あううっ!!」
もともと赤みがかっていた顔が見る見るうちに真っ赤になり、苦痛を訴えるうめき声が不可解な快感による喘ぎに変わる。
「一定時間の間、触れた相手の痛みを快楽に変えることが出来る」という愛の能力によるものであった。
「じゃ、後はたっぷり楽しんでね」
それだけ言って、愛は再び三人から離れた。
シュラインが何か言いたそうに愛の方を見ていたが、愛はあえて気にしないことにした。

撫子と若葉が戻ってきたのは、ちょうどその時だった。
「そろそろ終わりにして、おせちでも食べましょうか?」
「そうですね。今日は本当に楽しかったです」
いつの間にかすっかり意気投合したようで、そんなことを話している。
「あら、おせち? いいわね」
愛がそう声をかけると、撫子はにっこり微笑んだ。
「愛さんとシュラインさんも、ご一緒にいかがですか?」
だが、シュラインは心配そうに千里たちの方を見てこう答えた。
「私はいいけど……あの三人は?」
そんなシュラインを、若葉と撫子が促す。
「いいんじゃないですか。三人とも、なんだか楽しそうですし」
「そうですよ。それより、いつまでもそんな格好してると風邪ひいちゃいますよ」
「そう言われれば確かにそうだけど……本当にいいのかしら」
なおも渋るシュライン。
「いいの、いいの。さ、早く行きましょ」
愛はそう言うと、さっさと服を着始めた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 その後 〜

はねつき大会から、十数分が過ぎて。
シュラインは、いつまで経っても来ない千里たちのことがいよいよ心配になってきていた。
「ねぇ、あの三人、いくら何でも遅くない?」
彼女がそう口に出すと、愛も怪訝そうに首をかしげた。
「そう言われればそうね。
 さっきの様子から見る限り、三下さんがそんなにもつとは思えなかったんだけど。
 ひょっとして、第二ラウンドでも始めてるのかしら?」
そんな恐ろしいことを、とシュラインは思ったが、あの千里の暴れっぷりから考えればあり得ない話ではない。
このままでは本当に千里が、というより三下が大変なことになりそうな気がして、シュラインはいてもたってもいられなくなった。
「私、ちょっと見てくるわね」
そう言って部屋を出たシュラインに、若葉が小走りで続いた。
「あ、私も行きます。姉さんのことも気になりますし」





シュラインたちが表に出てみると、三下はすでにボコボコにされて気を失っていた。
そして千里はというと、「新たな獲物」と認識した青葉に絡んでいる。

「こんなことになったのも、ぜぇ〜んぶ、わらしが、わるいって、いいらいんれしょう〜!?」
大粒の涙を流しながら、じっと青葉の顔を見つめる千里。
「や、私は、別にそこまでは……」
青葉がとっさにそう言うと、千里は突然にやりと笑って、青葉の背中をばんばん叩き始めた。
「そ〜らよねぇ、青葉ちゃんは、そんなに小さい人間じゃないよねぇ〜!」
「いや、ちょっと、痛い、痛いってば!
 ちょっ、若葉、シュラインさん、この子なんとかしてよぉ」
困惑しきった表情で、青葉が二人に助けを求める。
とはいえ、今の千里を説得できる自信はシュラインにはとてもない。
「なんとか、って言われてもねぇ……」
対応に困って、シュラインはちらりと若葉の方を見た。

すると、若葉はシュラインの方を見返して軽く微笑むと、青葉の方を向いてこう答えた。
「わかりました。姉さん、ちょっと待ってて下さいね」
「え? 若葉ちゃん、どうするの?」
シュラインが尋ねると、若葉は意味ありげな笑みを浮かべる。
「まあ、見ていて下さい」
そう言って、若葉はつかつかと青葉の方に歩み寄った。
千里は相変わらず青葉の方に気を取られているようで、若葉に気づいていない。
若葉はそのことを確認すると、気配を殺して千里の後ろに回り込み、無言で首筋に手刀を打ち込んだ。
その一撃で千里は気を失ったらしく、ぐったりとなって青葉にもたれかかるように倒れこむ。
「若葉ちゃん、何を!?」
シュラインが驚いて言うと、若葉はシュラインの方を見てにこりと笑った。
「千里さん、眠ってしまわれたみたいですね」
「眠ったって……」
なおも抗議しようとするシュラインに、若葉がゆっくりと歩み寄ってくる。
「違いますか、シュラインさん?」
人形のようにかわいらしい微笑みを浮かべたままの若葉。
しかし、その目が全然笑っていないことに気づいて、シュラインは気圧されたように後に続く言葉を飲み込んだ。

「それじゃ、後はお願いします。私は、三下さんを運んでおきますから」
反論がなくなったのに満足したのか、それだけ言うと、気絶したままの三下を抱えて早々にあやかし荘の中へ戻っていった。
後に残されたのはシュラインと気絶した千里、そして青葉の三人。

「ねぇ、青葉ちゃん。若葉ちゃんって、いつもああなの?」
シュラインが尋ねると、青葉は引きつった笑みを浮かべた。
「いつもは違うけど、お酒が入るとたまにこうなる、かな」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0165/月見里・千里 /女性/16/女子高校生
0830/藤咲・愛/女性/26/歌舞伎町の女王
0328/天薙・撫子/女性/18/大学生(巫女)
0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト

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■         ライター通信          ■
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遅ればせながら、あけましておめでとうございます、撓場秀武です。
今回は季節ものということで早く書き上がるよう最善を尽くしたのですが……目標の七日どころか、気がつけば一月後半になってしまいました(汗)

・このノベルの構成について
このノベルは全部で五つのパートに分かれています。
このうちいくつかのパートにつきましては複数パターンがございますので、もしよろしければ他の方の分のノベルにも目を通していただければ幸いです。

・個別通信(シュライン・エマ様)
どうも初めまして……というわけで、いきなりこんな話になってしまいました(笑)
私自身、こういった感じの作品はあまり書いたことがないため、こんな感じでいいのか今一つ確信が持てないのですが……いかがでしたでしょうか?
もし何かありましたら、遠慮なくツッコミいただけると幸いです。