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<PCシナリオノベル(シングル)>


第一話 最終列車
◆最終列車
ホームに滑り込んでくる列車のヘッドライトを見つめながら、巫 聖羅は安堵の溜息をついた。

「まったく、高校生をこんな時間まで残しておくなんてどうかしてるわ。」
思わず愚痴もこぼれる。
教師に呼び止められ、次の授業の資料だか何だか知らないが、散々手伝わされて・・・気がつけばこんな時間だった。
腕時計で時間を見ると12時過ぎ・・・この列車が最終電車だ。
これに乗り遅れたら家に帰れなくなってしまう所だった。
シューッという列車のドアが開く音で顔をあげると、目の前でドアが開こうとしていた。
座れたらいいな・・・くらいの気持ちで、列車の中に足を踏み込んで・・・聖羅は硬直した。

「なに・・・これ・・・」

列車の中は惨状と言うに相応しい有様だった。
床から窓から天井に至るまで乱雑に紅で塗りたくられ、シートや床には何か赤い塊が飛び散っている。
その赤い塊が人間の破片であると気がついたのは、足元に落ちた塊から小さな子供の手が見えていたからだった。
「!!」
金属にも似た生臭いにおいを吸い込んだ肺が、痙攣してそれ以上その場にいることを拒絶する。
慣れる、慣れないの問題ではない。
生きている人間の体が、本能的に死の匂いを拒絶しているのだ。
「どうして・・・」
車内を見回しても生存者など誰もいない。
それどころか、人間の原形をとどめているモノすらない。
社内は真っ赤に染められ、そこに多分あわせれば何十人分にもなる肉塊が飛び散っているだけだ。
「どうしてこんな事になったの・・・?」
人間の手による作業には見えない。
狼か何か・・・複数の獣に襲われ食い散らかされた・・・そんな感じだ。
そこまで考えて、聖羅は緊張に体を強張らせる。
もし襲った獣がいるなら、この列車の中に残されているかもしれない。
この車両にいなくても・・・隣の車両にいるかもしれない。

バタン・・・!

不意に背後で物音がして、聖羅は咄嗟に壁際に飛びのいた。
見ると、列車の重心の移動で連結器のところのドアが開いていた。
「向うに・・・いる・・・」
それまで列車の走行音に紛れて気がつかなかったが、開いてぐらぐらしているドアの向うから、微かだが何か湿った・・・咀嚼するようなクチャクチャという音が聞こえてくる。
聖羅は意を決してドアの側へと歩いていった。
黙ってこのまま次の駅が来るのを待つこともできる。
そのドアをしっかり閉めてしまえば、獣がこっちの車両へ移って来る事は出来ない。

しかし、聖羅はそのドアの取っ手を掴むと、大きく横にスライドして開いてしまった!

攻撃は最大の秒御なり。
このまま黙っていることは出来ない。

◆異界より出でしモノ
ドアを開いて、聖羅はそこで更によくわからないものを見つけた。
毛皮を敷き詰めた上に、2人の少女が立っている。
毛皮はもぞもぞと蠢き、クチャクチャという音はその毛皮から聞こえる。
よく見ると、その毛皮はこぶし大の毛の生えた生き物が、少女たちの足元に集まっているようだ。

「だ、大丈夫なの・・・?あなたたち・・・」

聖羅は慎重にその車両の中へ入った。
足元の毛玉の生き物に気づかれたらマズイと、咄嗟に感じたのだ。
しかし、少女たちをそのままにはして置けない。
「こっちへ来れる?」
聖羅は少女たちに手をのばして声をかける。
少女たちは無表情な顔で、黙って聖羅を見ている。
双子だろうか?
鏡に映したようにその顔は良く似ている。
ただ、片方の少女は真っ白い髪で右目が赤い、もう一人の少女は髪が黒く左目が赤い。

側まで近づいて、聖羅は足を止めた。
この環境で怯えて立ちすくんでいるのかと思っていた少女たちが、クスクスと笑い始めたのだ。
「お姉ちゃん、美味しそうね。」
「この子達、まだ食べたりないみたいなの。」
少女たちは笑いながら聖羅を見て言う。
「あなたたち・・・何なの・・・?」
聖羅は睨みつけるようにして言った。

「私は壱比奈。」
白い髪の少女が笑いながら言う。
「私は次比奈。」
黒い髪の少女が笑いながら言う。
少女たちに殺気はない。
遊園地に遊びに来た子供のように、好奇心に目を輝かせているだけだ。
「この子達のお散歩に来たのよ・・・」
そう言うと壱比奈と名乗った少女が、足元の毛玉の生き物の背を撫でる。
「この子達は何でも食べるの。生きている人間の肉とか・・・大好きなのよ。」
「まさか、この電車の中は・・・あなたたちの仕業なのっ!?」
聖羅の言葉に、少女は更に声を大きくして笑う。

「だったらどうするの?お姉ちゃん?」

挑戦的な言葉に、聖羅はぐっと言葉を詰まらせる。
少女たちは何も恐れていない。
無邪気に・・・玩具で遊ぶように命を弄び、玩具を壊すように人を殺す。
聖羅の脳裏に、さっき見た子供の手がよみがえる。
小さな子供だろうが、強屈な大人でも、関係無しに殺すだろう。
それを罪とも感じずに。
聖羅に向かって、足元の獣をけしかけるのにも躊躇いはないだろう。
どうする?
それは聖羅自身の問いかけでもあった。

「どうするって・・・決まってるわ。」

聖羅はゆっくりと姿勢を正すと、少女たちに向かって言った。
「悪い子にはお仕置きが必要でしょう。」
猫かの動物を思わせる、釣り目がちな瞳がチロリと光る。
猫を思わせるのは瞳だけではない。
聖羅の動作一つ一つがしなやかな猫を連想させる。
「異界へ旅立ちし御霊よ、我がもとに募りて、その姿を再び映し世に現さん・・・」
大きく広げた両手の先に、蛍の光のような淡い光が宿り集まる。

「ここで私に出会ったこと、後悔させてあげる・・・。来たれ!傀儡の死人よ!」

聖羅の言葉と同時に、手に集まった光は、弾けるように列車中に飛び散った。

◆死人使い
聖羅の放った光は、紅に濡れた肉塊の中へと吸い込まれてゆく。
そして、光の吸い込まれた肉塊はもぞもぞと蠢き始めた。

「あたしは反魂屋・・・死人使い。ここは私にとって最高の戦場だわ!」

肉塊は少しづつもとの形に戻り始める。
手が、足が、首が寄り集まり、人間の形へとなってゆく。
そしてゆっくりとその体を床から起こす。
大地から新芽が息吹くように、死者は仮初の命を得て甦る。

しかし、少女はその様子を驚いた素振りも見せずに見ていた。
「お姉さんのと、私の、どっちが強いかしらね?」
壱比奈はそう言うと聖羅のほうへすっと腕を伸ばした。
「闇統べる異界より邪気、召喚!」
壱比奈の声と共に、蒼白い鬼火が足元から湧き上がり、指先を滑ってあたりに飛び交い始める。
最初は一つ二つだった鬼火が、どんどん数を増してゆく。
「邪気!あいつらを消しちゃえっ!」
「それはこっちの台詞よっ!」
壱比奈が鬼火をけしかけるのと、聖羅の側に控えていた3体の死人が少女たちに飛び掛るのとは殆ど同時だった。
死人は生存の頃とは比べようもない俊敏さで、躍り来る鬼火の前に立ちはだかり、その爪を鬼火に突き立て散らす。
しかし、鬼火は数の勢いで死人に絡みつくと、死人は動きを封じられてしまった。
鬼火は仄かな炎なのだが、それが物理的圧力をもって死人を締め付けているかのようだ。
「餓鬼、行けっ!」
壱比奈の隣にぴったり寄り添っていた継比奈も、足元の毛玉の生きものたち・・・餓鬼を聖羅にけしかけた。
餓鬼はチッチッと火打石のように短く鳴くと、毬が弾むように死人と聖羅に飛び掛る。
「くっ・・・!」
聖羅は素早く新しい御霊を呼び起こし、盾として餓鬼を防いだが、数匹は止めきれずに聖羅の体に襲い掛かる。
餓鬼は飛びついたところから迷わず牙を立て、聖羅は苦痛に顔を歪めた。
「・・・邪魔よっ!」
しかし、聖羅は苦痛を堪えながら肩に食いついた餓鬼を手で掴み、床に叩きつけた。
餓鬼はキィィッ!とネズミのような声をあげて悶絶する。
毛玉の腹には手足もなく、ただネズミのような口だけが血塗れの鋭い牙だけを見せていた。
聖羅はそれを思い切り踏み潰した。

「ぎゃぁっ!!」

餓鬼が青い体液を飛び散らせて潰れるのと同時に、継比奈が悲鳴をあげてしゃがみ込んだ。
「?」
聖羅はもう一匹足元を這っていた餓鬼を踏み潰す。
「いやぁっ!」
継比奈は身震いして悲鳴をあげた。
「・・・繋がってる?」
それに気がついた聖羅は更に死人の御霊を呼び起こした。
次々と床から血塗れの死人が這い上がり、餓鬼に向かって歩き出す。
餓鬼たちは目の前に立ち上がる肉の塊に、吸い寄せられるように近づいてゆく・・・

「死人よ!餓鬼どもを全て叩き潰して!」
聖羅の声を合図に、死人たちは餓鬼に襲い掛かった。

「きゃあぁぁっ!」
継比奈の悲鳴が列車の中に響き渡る。
「継比奈っ!?」
継比奈の異変に気づいた壱比奈が、攻撃の手を緩めてしゃがみ込んでしまった継比奈を抱き起こす。
「継比奈っ?継比奈・・・」
壱比奈はがくがくと継比奈の体を揺するが、継比奈は体を固く強張らせたままブルブルと震えている。
「継比奈・・・」
呆然と継比奈の様子を見ている壱比奈を見て、聖羅も攻撃の手を休める。
「これでわかったでしょ・・・もうこんなこと・・・」
止めなさい・・・その言葉が終わらぬうちに聖羅は驚きに言葉を失った。

壱比奈は抱きしめていた継比奈の喉を鋭い自分の爪で掻き裂いたのだ!

「なっ・・・なんてことをっ!」
聖羅は少女の体から血飛沫が吹き上がるのを呆然と見つめる。
継比奈は声も上げずにしばらく痙攣したように体を震わせていたが、やがて、ぐったりと動かなくなった。
継比奈の返り血で真っ赤に染まった壱比奈の目が、聖羅のほうをギロリと睨みつける。

「死人使いはあなただけじゃない。」

そう言って壱比奈が自分の手を継比奈の額に当てると、その体の中に列車の中にいた鬼火たちが吸い込まれてゆく。
鬼火たちは乾いた砂に水が染み込むように、どんどん継比奈の中へと姿を消す。
そして、列車中の鬼火が継比奈の中へ姿を消した。

聖羅は息をつめてその様子を見つめている。
壱比奈は躊躇いもせず継比奈の喉を掻き裂いた。
どうしてこんなことが躊躇わずできるのか。
この2人は双子姉妹か・・・そうでなくても仲間ではないのか?
自分と同じ顔であっても、自分以外には全て無情になれるのか・・・。

「継比奈・・・あの人を殺して!」

壱比奈の言葉に、継比奈がコクンとうなずく。
「!」
そして、生きていたときと変わらぬ動きで、一歩ずつ聖羅へと歩み寄ってくる。
「死人よ!あの娘を・・・」
聖羅の言葉に死人たちも再び立ち上がった。
しかし、継比奈はその小さな手で死人に掴みかかると、まるで紙でも破くように引きちぎってしまった。
「お姉ちゃんの死人じゃ、力は足りないわ。」
クスクスと後で壱比奈が笑っている。
継比奈が死んだことは何も思っていないらしい。
目の前で継比奈が繰り広げる行為が愉快でならないようだ。
継比奈は聖羅の死人をちぎり捨てると、今度は聖羅地震へと飛び掛った。
「死人よ・・・っ!」
聖羅はすぐに死人を呼び起こしたが、継比奈の手は聖羅の喉元を捕らえてしまった。
「く・・・ぁ・・・」
強い力でギリギリと喉が閉められてゆく。
死人たちがそれを引き剥がそうと継比奈の体を掴んでいるが、小さな少女はピクリともしない。
「あ・・・ぁ・・・」
聖羅の指がそれを引き離そうと継比奈の体に食い込む。
しかし、継比奈はそれ以上に強い力で喉を閉める。

「さようならね。お姉ちゃん。」

聖羅の視界が真っ暗になる寸前、壱比奈の笑い声だけが高く響いているのが聞こえた。

◆最終列車
「・・・学生さん、学生さん、起きなよ。」
聖羅は誰かに体を揺すられて、暗闇の底から浮かび上がった。
「・・・え?ここは・・・」
目を覚ますと、そこはいつも列車を待っているホーム。
聖羅を揺すっていたのは駅員だった。
「あ、あたしっ・・・!」
聖羅は飛び起きる。
どうやらホームにあるベンチで眠ってしまっていたようだ。
「夢・・・?」
生々しい記憶が脳裏に浮かび上がる。
だが、何処を見ても、餓鬼に襲われたときの傷も、首を絞められた様子もない。
「学生さん、次が最終だよ。乗り遅れないようにね。」
駅員は聖羅が目覚めたのを確認すると、そう言ってからその場を立ち去った。
「次が最終・・・」
・・・ということは、聖羅が乗り込んだのはなんだったのだろう?
夢にしてはリアルで、嫌な後味が残っている。
寝てしまった所為か、重く疼く頭を振り払うように軽く振る。
そして、ホームに滑り込んでくる列車のヘッドライトを見つめながら、聖羅は溜息をついた。
腕時計で時間を見ると12時過ぎ・・・本当に遅くなってしまった。
シューッという列車のドアが開く音で顔をあげると、目の前でドアが開こうとしていた。

列車の中に乗り込み、開いている席に腰を降ろす。
最終電車ということもあって、電車の中は程ほどに人で埋まっている。

「あ・・・」

聖羅は窓の外に流れ始めたホームに、二人の人影を見た。
駅員とは確かに違う、小柄な・・・小さな女の子の影。
慌てて立ち上がりドアへと駆け寄ったが、もうホームの影は遠い。

「悪い・・・夢。」

夢か現かわからないまま、聖羅は列車のドアにもたれて、遠くなってゆくホームの明りをいつまでも見つめていた。

The end ?